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ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―

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#プロローグ『《魔王》』:2

 ソーサー、という乗り物がある。文明崩壊の直前に完成した《反重力》をコントロールする、《重力操作機関》で動くこの乗り物は、飛行に従来のエネルギーをほぼ一切使わずに動く。《小さな箱舟》とも呼ばれるこの飛行機は、現在の世界で最もよく使われている乗機の一つだった。どんなに小さな、低ランク《箱舟》にも、《教会》の支部さえあれば、ほぼ必ずソーサーステーションが建設されている。

 ソーミティアも例外ではない。Fランク箱舟の中ではそこそこの大きさであるこの街が、しかし貧困に悩まされている理由の片割れがこれだ。このソーサーステーションには、定期的にやって来る《教会》のソーサーや業者などを除いて、ほとんど客が来ないのにもかかわらず、常に大量の物資をため込んでいるのだ。Fランク箱舟への寄付も、全てこのステーションもしくは《教会》支部にまわされてしまう。加えて、《教会》の暴政。これによって、ソーミティアの一般人たちは、食事にすらありつけないことのある日々を送っていた。

 少女もそんな中の一人だ。生まれてからこの方、一度もソーミティア以外の《箱舟》都市には行ったことがない。両親はもういないし、そもそも十六歳まで生きてこられたこと自体が奇跡の様なものなのだ。

「……《箱舟》を、出るの?」
「ええ」

 少女は隣を歩く、金髪の男……リビーラに問うた。彼はあの毒を含んだ微笑を浮かべて、ひたすらに歩き続ける。乗っていた装甲車は、追手を巻いた場所で乗り捨ててきた。

 《箱舟》を――――ソーミティアの街を、出る。それは、少女にとって憧れでもあり、しかし不安でもあった。

 第一、今の少女は逃亡犯なのだ。こんなことをして大丈夫なのだろうか、と言う、小さな罪悪感がある。

「バレない……?」
「大丈夫ですよ。女性の雑兵も探せばいますし」

 そう言って、リビーラは少女の服装を評価する。

 現在、少女はリビーラに渡された、《教会》雑兵の服装をしている。防菌服にもにたこの服装は、来てみると意外と着心地がいいという事が分かる。動きやすいように細部も作られている。だが、どうも来ていると落ち着かないし、それに視界もふさがれる。息苦しい。常にこの服を着ている気には成れなかった。

「そう、よね……」

 きっと大丈夫だ。それに、逃亡するぐらいで不安になっていたら、今まで三度ほど繰り返している窃盗は何の覚悟を持ってやっていたのだ、という事になってしまう。

「大丈夫、今度もうまくいく」

 いつも、何か事を起こすときに、まじないの様に呟いている口癖を、此処でも口にする。すると、ふっ、と肩から力が抜けた。

 リビーラが笑顔を向ける。

「それでは、行きましょうか」



 ***



 ソーサーステーションの中には、ところどころにマシンガンを構えた《教会》雑兵の姿が見えた。定期便のエリアは封鎖されている。ソーミティアから出ようと思ってソーサーステーションにやってきた客たちが、なにがあったのかと怒り顔で雑兵たちを問い詰めている。

「これは……」
「雑兵を撃退して逃げた犯罪者の情報がもう出回っているんでしょうね。ソーサーに密航でもされて《箱舟》の外に出られたら、もう見つけられません。だからここで封鎖しているんでしょう」

 それはかなりマズイ状況なのではないか、と思う。下手をすれば捕まってしまうかもしれないのだ。そうなってしまっては、この《箱舟》から脱出するというリビーラの目的も達成できない。

「どうするの?」
「ご安心ください。こういうこともあろうかと準備はしています。こう見えても私、《教会》内ではそれなりにいいところにいるんですよ」

 リビーラはにっこり、と、心底楽しそうに笑う。悪寒が走るその笑顔が、不思議と少女に「ああ、失敗はあり得ないな」という確信をもたせた。

「ご苦労様です」

 リビーラは雑兵の一人に話しかける。すると、なんと雑兵は驚いたように身をすくませて、ガシャリと敬礼の姿勢をとったではないか。どうやら彼の言葉に偽りはなかったようだ。

「り、リビーラ様!!」
「急にすみません。少し遠くまで出張しなければならなくなりましてね?通していただけないでしょうか」

 にっこり笑って、あくまでもフレンドリーに話しかけるリビーラ。話の内容は真実とは言い難いが、さほど「嘘である」とも言い難いものに聞こえる。話術の心得があるのだろう。リビーラの話に、雑兵が乗せられる。

「し、しかし……支部長殿から一人として通すなと……。たとえ司祭長でいらっしゃるリビーラ様といえども、通すわけには。給料も出てますしね」

 しかしそこは《教会》雑兵。金の為なら働くらしい。リビーラの頼みを断る。それより少女が驚愕していたのは、雑兵の口にしたリビーラの立場。《司祭長》とは、《教会》支部の司祭たちを取りまとめる、いわば隊長の様な階級だ。一般の司祭とは待遇も位も雲泥の差がある。

 それから二言三言交わしたリビーラと雑兵であったが、結局雑兵が発言を撤回することは無かったらしい。

 リビーラは心底残念そうな声で、しかし、薄く嗤いながら、言う。

「そうですか……残念ですね」

 直後――――プシュッ、という軽快な音が響いた。

 見れば、リビーラが右手で握った奇妙な金属管が、雑兵の腹部に押し当てられていた。その中からは、奇妙な毒々しい液体が漏れ出ていた。

 雑兵が胸を抑える。痛みが走っているようで、時折身を震わせる雑兵。恐らく、先ほど注射された(と思われる)あの奇妙な色の液体のせいなのだろう。少女の脳裏に、《毒殺》という言葉が浮かんだ。

「り、リビーラ……様……こ、これ……は……?」
「《無針高圧注射器》という通販で買った代物ですよ。一週間ほど前に間違えて取り寄せてしまいましてね?使い道がなくて困ってたんです」

 よくやってしまうんですよ、取り違え、と呟きながら、リビーラはより一層()みを強めて歓喜に彩られた声で雑兵に語りかける。

「本当はあなたのような善良な若者を殺したくはなかったのですが……どうしてなかなか。こんな《毒殺》も良い味を出しますね」

 最後にリビーラがニヤリ、と嗤うのと同時に、雑兵の肩から完全に力が抜けた。どさり、音を立てて倒れた雑兵は、もう息をしていなかった。リビーラの注射した液体によって、死に至ったのだ。それを確認して、リビーラは雑兵の遺体、その懐をまさぐる。取り出されたのは銀色のカード。ソーサーステーションのセキュリティーキーだ。

 凄絶な一幕に絶句して、呆然と立ちすくむ少女に、リビーラがくるり、と振り向いて問いかける。
 
「どうしました姫様。そんなようではこの先、毎日失神してしまいますよ?」
「え、ええ……」

 少女が何とかそれだけを言うと、リビーラはあの爽やかな、しかし毒のある笑みを浮かべて、ソーサーステーションの、人がいない一角…そこには、普通なら見落としてしまいそうな裏路地があった…を指さして、言った。

「さぁ、行きましょうか。彼らに追いつかれてしまいます。意外とあなたの罪は重いんですよ?」

 先程奪い取ったカードを、裏路地を塞いでいた扉のドアノブにスキャンさせるリビーラ。その手並みは鮮やかで、《慣れ》すら感じられた。

 もうそれ脱いでもいいですよ、と、裏路地に入った直後にリビーラは言った。少女はリビーラの後を追いながら、雑兵の服を脱ぎ捨てる。新鮮な空気を吸い込むが、しかし、すがすがしさは無かった。

 それらの動作を行いながら、少女は別のことを考えていたからだ。それは、リビーラの先ほどの行為に対する感想。

 ―――――人殺しを忌避しなかった。

「(一体なんなの?この人……)」

 それが、少女がリビーラ・ロイ・セイという男に対して抱いた感想だった。教会の雑兵ですら、簡単に人を殺すのを見たことがない。基本的に彼らの仕事は、罪人を捕まえて、それ相応の罰を与えることだけだ。

 ソーミティアの貧困が悪状況であったのは、『死なない』ことでもあった。もっと状況の悪い《箱舟》では、飢餓によって住民が死に至るという。しかし、ソーミティアでは、飢えはあっても、しかし『飢え死に』することはなかった。延々と、死なない程度の飢えが続く。これが永遠に続くくらいなら、死んだ方がいい、と思えるほどに。

 だから、少女には《死》に対する耐性が、思いのほか少ない。リビーラがなんてことはないように人を殺したのを見て、絶句してしまったのも当然のことである。

 その感情を見透かしたかのように、リビーラがこちらに少しふりかえって言った。
 
「なぜああも簡単に殺せたのか、とでもいいたげですね?」
「え!?え、え~っと……」

 ズバリと考えていたことを言い当てられて、言いよどむ少女。しかし、リビーラはそれに微笑でこたえる。

「私なんて可愛いものです。これからあなたが出会う二人組と比べれば」
「二人組……?」
「ええ。言ったでしょう?『あの程度』で驚いていては失神してしまう、とね……さぁ、着きましたよ」

 そう言って、リビーラは、古めかしい、さびたドアを開ける。ぎぃぃ、という不気味な音が響き――――
その中は、少女が予想していたものとは全く異なっていた。

 ソーミティアの街に、これほどの設備があったのか、と思えるほどの、最新鋭の整備設備。恐らく、《教会》支部専用のソーサーを置いてある部屋よりも高級なのではないだろうか。見たことも無いモデルの作業用機械(ワークローダー)があちこちで動いている。
 
 しかし、その作業用機械(ワークローダー)が整備しているソーサーだけには、見覚えがあった。

 流線形のシルエット。先端から左右にかけて、V字型のウイングが伸びる。背部には最新モデルと思われる、コーン型の《重力操作機関》。

 少女は、震える声でそのソーサーの名前を言う。

「304年型ソーサー……《王都》でしか使用されてない限定車じゃない……!」
「ほう、詳しいですね、姫様。もっとも、現在使われているのは306年型……これは一代前の流行ですよ。もっとも、いまだ最も多く《王都》で使われているのはこれですがね……」

 リビーラが反応し、言う。それもそうだ。幼いころの少女が持っていた唯一の『遊び道具』と言えば、今は亡き父親が残してくれた、ソーサーの全モデル網羅図鑑だったのだ。普通ソーサー鑑賞なんて男の子の趣味だ、と、少女はこの趣味をちょっとだけ恥じていた。

「だ、誰でも知ってるわよ!!こんな有名なソーサー……あなたホント一体何者……」

 照れ隠しのつもりで、そこまで叫んだ、その時。

「あ―――――!!リビーラ様やっと来たぁ―――――!」

 何者かの叫び声がした。メゾソプラノと言うのか、高すぎずも無く、さりとて低くもない。多少子供っぽい色があるが、完璧と言っていいほど統制のとれた女性の声だった。

 同時に、二つの影がソーサーの上から落下してくる。

 ドスン!という音と共に、二つの影が着陸――――否、着弾する。長いツインテールを払いながら立ち上がったのは、クリムゾンレッドの髪の少女だった。年は少女と同じくらい、もしくは一歳ばかり下か。露出している右腕には、痛々しい焼印(マーカー)の痕が何本もある。よくよく見れば、髪と包帯にに隠された右目も消失しているようだ。重罰を犯した者に与えられる、『部位没収刑』だ。

「遅かったじゃん」
「……何か、ありましたか」

 赤髪の少女に続けて、もう一人の影が立ち上がる。砂色の髪を、首筋で結んだ青年だった。やはり腕には幾本もの焼印(マーカー)。同じく、右目は奪われているようだ。包帯が結ばれている。

「いえ何。姫様が《教皇》のリンゴを盗んだせいで追手がかかってしまいましてね?振り切るのに多少手間取りまして」
「……私のせいなの?」

 青年の問いに対するリビーラの答えに、何か不憫な物を感じて、少女はしかめっ面でリビーラにコメント。しかしリビーラは涼しい顔でそれを受け流す。

「ふ~ん」

 それを、赤髪の少女が興味深そうに眺める。
 
「あなたがお姫様?はじめまして!!」

 彼女はにっこり、と、花が咲くような笑顔を浮かべ――――次の瞬間、いつの間にやら少女の目の前に出現していた。

「!?」
「早速だけど……」

 ゾクッ!!

 少女は、背筋に感じた悪寒によって、身動きが取れなくなってしまった。それほどまでに、目の前の赤髪の少女から感じた《ナニカ》は強大だった。

 殺される。なぜか、そう感じた。

 だが、少女の直感は、結局不発に終わる。

「ククリ!!」

 砂色の髪の青年が、彼女を抑止したからだ。ククリと呼ばれた赤髪の少女は、不機嫌そうに青年に振り返る。

「なによ。冗談よ、クロート」

 少女は内心で胸をなでおろしながらも、戦慄をいまだ押さえられなかった。

 ――――何、この()……いま、なんて言おうとしたの……?

 それを考えてはいけない気がした。その先を知ってしまったら……少女は、無理やり思考を打ち切った。丁度そこを見切っていたかのように、砂色の髪の青年が頭を下げる。

「相方が失礼なまねを……。俺はクロート・シュートと申すものです。『シュート』とお呼びください、姫様」
 
 青年――――シュートに続いて、赤髪の少女も手を振る。

「あたしはククリ・アメミヤだよ☆『ククリ』ってよんでね~」

 シュートとククリの自己紹介を、半分ほどうわの空で聞きつつ、少女がいまだ絶句していると。

「おや」

 リビーラが、何かに反応する。その頭の、取りの羽根にも見える跳ねっ毛が、ぴこぴことはためいた。

「みなさん、そろそろ出発しますよ。敵さんが来てます」

 その声の通り、廊下の向こうから小さく足音が聞こえてきている。雑兵の青年が斃れたことに、誰かが気が付いたのだ。
 
「は~い!」

 リビーラの呼びかけに、元気よく答えるククリ。リビーラとククリは、ソーサーのコクピットに続く階段を上っていく。

「姫様、行きましょう」
「え、ええ……」

 シュートに手招きされながら、階段を上る少女の胸中を占めていたのは、先ほどとは別種の驚愕だった。


 ――――あのアホ毛、危険を察知して動くのかしら……。



 ***


「システムオールグリーン」
「こっちもOKだよ」

 ソーサーのコクピットは、少女が見たことも無いほど清潔で、そして未来的だった。銀色の壁は緩く流線形を描いている。全天候型の窓が天井を蓋い、そこから外の様子が見える。そこでは、メンテナンス室の扉が開き、発射台が展開されていく過程が繰り広げられていた。そとは、これまで少女が見たことがないほどの快晴だ。

 操舵席に展開したホロウィンドウを見て、シュートとククリが口々に言う。それを聞いて、リビーラが満足そうにうなずいた。艦長席、と言うのか。そこはなぜか誰も座っておらず、その横に少女とリビーラが座る。

 リビーラはどこかで聞いたようなセリフを言い放った。

「それではしっかり掴まって!!3,2,1……」
 
 キュァァァァァ……という何かの……いや、間違いなく《重力操作機関》の駆動音が響く。そして訪れる無重力感覚。少女が、世界で五番目あたりに苦手な事象だった。

「発進!!」
「らじゃー!」
「ヤヴォール!!」

 そして、ガシャリ、とコントロールレバーが倒される。ズバァン!!という凄まじい音と衝撃が少女がを襲う。

「キャァアアアアア!?」

 たまらず叫んでしまう少女に、ククリが愉快そうに問う。

「何々?もしかしてお姫様、こーゆーのキライ?」

 そして彼女は、満々の笑顔で、世にも恐ろしいことを言った。

「大丈夫っ!この先絶対慣れてくるから!!」


 ――――それはつまり、今後もこのようなことが続く、というわけで。

「いやあぁぁぁぁぁぁ…………」


 少女の絶叫が、《箱舟》外の空を横切って行った。



 ***



 それでも数十分ほど飛行すると、何とか外の景色を見る余裕も生まれてきた。窓の向こうに見える世界は、いまだところどころ崩壊を続ける砂漠一色であった。

 三百年前のことだ。当時繁栄の極みに会った世界が、《ラグ・ナレク》と呼ばれる事象によって、一年も満たずに崩壊したのは。
 
 《教会》が《箱舟システム》を公開しなければ、恐らく人類は滅びていただろう。そこだけは《教会》に感謝である。


 そのうち、少女たちの乗ったソーサーは、一つの《箱舟》に辿り着く。以前は商業コロニーか何かだったのだろう。資源を採掘した後のあるその《箱舟》には、しかし一切の生命の営みが見られない。

 ただあるのは、何かが採掘された後と、壊れた機械と、岩と、荒野だけ。 

「……こんな何もない所に?」
「ええ。私たちの《城》があります。それに、文献に寄れば百年ほど前まで栄えていたらしいですよ。もっとも、今は何も出ませんがね……」

 少女の質問に、リビーラは答える。そのまま飛行すること数分。岩の間に、奇妙なゲートがある場所に辿り着く。一行の乗ったソーサーは、そこに入って行った。

 内部は、やはり最新式と思われる設備であった。シュートのエスコートを受けてソーサーを降りると、少女が一生で一度も嗅いだことの無いほどの澄んだ空気の匂いが漂ってきて、驚かされる。

 そのままリビーラに促されて歩くこと数分。彼は、一つの場所で立ち止まった。

「ここです」

 それは――――巨大な扉だった。そう、恐らく今まで少女が見てきた中で、最も巨大な。装飾は華美だが、決してけばけばしいとは思わせない何かがある。むしろ「ああ、当然だ」「これでこそ《彼》にふさわしい」という不思議な感覚。

 なぜ、そう思ったのだろう。恐らくこの向こうにいると思われる、彼らが言うところの《王》には、少女はまだ一度も会った事がないはずなのに――――

 少女の思考を、しかしリビーラの衝撃的な一言が断ち切る。

「それでは、私たちは此処で」
「え!?私一人で行くの!?」

 驚愕である。てっきりリビーラ達も来るのだと思っていたのに……。答えたのは、シュートであった。あくまでも冷静に言う。 

「あなた一人で来い……《魔王(キング)》は、そう(おっしゃ)いました」
「頑張ってね、お姫様~☆」

 無邪気に手を振るククリ。さぁ、王が怒り出さないうちに、と言うリビーラの声に無理やり後押しされ、少女は扉に手を掛けた。

 ぎぃぃ、という音を立てて、意外なほど簡単に巨大な二枚扉は開く。その先は、完全な漆黒であった。

「真っ暗……何も見えないじゃない……」

 思わずそう呟かずにはいられない光景。背後でごごん、という音と共に扉が閉まると、完全に光は無くなった。

 あたりを見回す少女は、ふと、こつん、という何者かの足音と、そして、聞いたことはないはずなのに、どこか懐かしい『その声』を聴く。

「やっと来たね」

 やさしい、穏やかな声だった。

「誰!?」

 その声のした方向に、はじかれたように振り向く少女。いつの間にか、階段と思しきその場所の左右には、光がともっていた。《教会》の支部にすら数少ない、永遠に光をともし続ける魔力の灯だ。それが、何個も、いや、何十個もともっているこの状況に、動揺を隠せない。

 声の主は、苦笑混じりの声で言った。

「いきなり『誰!?』はひどいなぁ。……そうか。君は僕の事を覚えていないんだったね」

 こつん、こつん、という音を立てて、階段から声の主が降りてくる。その間にも、少女の中にあったのは、困惑。

 ――――何?この人は何を言っているの?

 けれど、分かることもあった。《彼》とは、どこかで、一度会ったのだろうか。初対面とは思えない、奇妙な温かさが胸を締め付ける。

「けれどね。僕は、君のことをよく覚えているよ」

 そうして、声の主が完全に姿を現す。

 長い前髪の、真紅の髪の少年だった。目の色も髪と同じ赤。黒いロングコートに、黒いグローブ。長いズボンの色は白だ。その顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。

「久しぶり。そして、この世界でははじめまして。メイ。僕が、《魔王(キング)》だよ」

 少女は、その口から紡がれた名前に驚愕する。だってそれは――――

「メイって……私の名前!!……どうして知ってるの?あなたは一体……誰……いいえ、《何》なの?」


 《魔王》と《姫君》の出会い――――否、《再会》だった。 
 

 
後書き
 『ノヴァ箱』プロローグ後編でした。次回は《魔王》君による説明会。厨二ヤンデレ気味地味系主人公と、元ツンデレの同じく地味系ヒロインがお送りする、全くかみ合わない会話をお楽しみください(笑)

 後の話に合わせてソーサーの名称を変更しました。また、リビーラさんが毒☆殺したあとの描写を追加。これで正当性が……保てねぇや。 
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