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Meet again my…

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アウトサイド ―セパレーション―


 添付されてた地図を駆使してたどり着いたのはレトロな外観の喫茶店。
 朝焼珈琲館……コーヒー専門店なのか?

 ドアベルを鳴らしながら店内に踏み込む。カウンターに座ってマスターと談笑してた女性が顔を上げて。

「…………あ」

 硬直した。
 それもそうだ。この顔を見れば特に。幽霊を見たようなものだ。

「……こんにちは。それともひさしぶり?」
「どちらでも」
「ボックス席にしよっか。――マスター、彼にブレンド」

 女性――優子さんは自分のコーヒーカップを持って、すぐ後ろのボックス席に移った。僕も彼女の正面に座った。

「リンさんと森さんはお元気?」
「つつがなくやってます。優子さんもお元気そうで」
「おかげさまで。独り身でも何とかやってる。その呼び方、なんだか新鮮ね」

 優子さんにも愛称はあった。旧姓から来ている。辛い事情で離婚した優子さんに旧姓を意識させるのは酷な気がして、下の名前で呼ぶことにした。

 コーヒーが運ばれてきた。申し訳程度に口をつける僕を、優子さんは無言で見守ってた。
 それからしばらく、優子さんは色の濃いビニールバックから、辞書が入りそうな幅のダンボールを出してテーブルに置いた。

「これ、ウチの人からの預かり物。半分は君に、って聞いてる」
「ありがとうございます」

 小さなダンボールの封をその場で解く。中にはクッション材に埋まる水晶の細工。独鈷杵を半分に切って刃物として加工した外観。前に消費したプルパの完成品。霊能力者でなくても単一の武装として使えるよう、優子さんのご主人が改造したものだ。

「残りをウチの人が持って、君と一緒に行く――ことになってたんだよね」

 過去形。するどい人だ。僕が何を言いに来たかを分かっている。

「明日なの。夫が帰ってくるの」
「山を下りられるんですか?」
「ええ。こんな物作ったから破門ですって」

 本人は承知でやったみたいだったけどね。
 そう続いて、かすか、のどの奥が痛んだ。

「まだ君が日本に来たことは教えてないわ。聞かせて。君はどうするつもりなのか。返答次第であたしも夫も行動が変わるから」

 僧籍にある男性を連れ添いとしてあきらめなかった人の静かな声が、僕の覚悟を、エゴを、問う。

「無茶と侮辱を承知でお願いします。日高のもとには僕一人で行かせてほしいんです」
「その提案はあたしたちへの優しさ?」
「……それも、あるとは思います」

 戸籍がなくて法的に裁かれなくたって、人一人を殺したという事実はあの人の胸に残る。奥さんである優子さんの胸にも。彼も優子さんもいい人だから人生に影を落とす行為に踏み込んでほしくないという気持ちはあるけれど。

「でも、それ以上に」

 いやだ、と強く思ったんだ。
 背負わせたくない、と生易しい気持ちで言ってるんじゃない。それはほんとに幽か。

「安部日高を殺していいのはこの僕だけです」

 安部日高の命は僕のものだ。髪の毛1本から血の1滴骨のひと欠片まで僕が殺し尽くすためにあるんだ。誰にもやらせない。僕の家族が受けた苦痛と凌辱をあの女に叩き返すのは僕一人でなければいけない。この役だけはたとえ彼であっても渡せない。
 殺す。
 それだけを願って10年を生き永らえた。
 10年前に家族と一緒に■は殺された。この「僕」は日高への殺意と憎悪で出来た泥人形。師に出会った幸運によって息を継いでいるだけ。
 僕はあの女に殺された僕を取り戻す。それが僕の心臓。
 家族にした嗜虐と凌辱を奴に叩き返す。それが僕の呼吸。

「渡しません。たとえ、あなたのご主人にだって。あの女は僕のものだ」

 ……言い切った。
 麻衣に語った虚飾だらけの決意じゃない。決意を抉った奥にある本物の願望。

「無理に夫が同行したら?」

 邪魔するなら殺してやる。

「――障害は排除します」

 安部日高を殺していいのは僕だけだ。横から掠め取るっていうならたとえあの人でも優子さんでも敵だ。
 やり方なんていくらでも知ってる。ぜんぶ師に教えてもらった。人の殺し方、何通りも。日高を殺すやり方を憎悪に応じて選べるようにと。

「……そう」

 優子さんはそっと目を伏せた。
 きっと優子さんは今、安心している。夫が、10年待ち続けた男が殺人者にならないですむことに。彼を止める理由を僕から与えられたことに。

 僕の見立ては外れてはいない。でも。
 ふたたび僕を見た優子さんの目は愛惜を湛えていた。だから。
 僕の見立ては当たってもいなかったんだと、分かった。

「ごめんね」

 ――君一人に汚れ役を押しつけて。
 ――君より愛する男を優先して。
 ――ずるい大人で。

 名は体を現す。彼女もまた然り。

 僕は優子さんに頭を下げた。
 痛いくらいに優しい人を踏みにじって、僕は仇討ちに邁進する。
 10年の悲願を遂げるために。
 
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