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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第三章 始祖の祈祷書
  第五話 竜の羽衣

 
前書き
シエスタ母 「すみませんね、あの子今出かけていて」
士郎    「そんな、突然訪ねてきた俺が悪いんですから」
シエスタ母 「折角ですし、お茶でも飲んでいきませんか?」
士郎    「ご迷惑では?」
シエスタ母 「いえいえ、今家に誰もいなくて、暇でしょうがないんです。お付き合いお願いできませんか?」
士郎    「ははっ、それじゃあ、一杯だけ頂きましょうか」
シエスタ母 「……ええ……いっぱいね……」

 シエスタの家を訪ねた士郎だが、シエスタは出かけていた。シエスタ母の誘いを受け家の中に入る士郎……士郎の背中を見つめるシエスタ母の目が怪しく輝く……っ!!
 熟れた身体を持て余す女の性が、逞しい男の身体を狙うっ!! シエスタは間に合うか!! このまま士郎は食われてしまうのか? はたまた食ってしまうのか? 
 血の絆っ! 断ち切れるかシエスタッ!!!

 結構好評なので続けようかと。
 では本編始まります。 

 
 タバサは息をひそめて、木のそばに隠れていた。目の前には、廃墟となった寺院がある。かつては壮麗を誇った門柱は崩れ、鉄の柵は錆びて朽ちていた。
 明かり窓のステンドグラスは割れ、庭には雑草が生い茂っている。
 
 ここは数十年前にうち捨てられた開拓村の寺院であった。荒れ果て、今では近づく者もいない。
 村跡の近くには、川や森があり、生活するには最適といってもいい場所ではあるが、それでは、なぜそんな場所であるにもかかわらずこの村が打ち捨てられてしまったかというと……

 ドンッ、という音と共に、寺院の崩れた門柱の隣りに立つ木が爆発音と共に燃え上がった。
 それを確認したタバサは、両手で握っている杖を、ギュッと握り直す。
 爆発音に驚いたのか、廃墟となった寺院から、この村が廃村となった理由が飛び出してきた。

 それは、オーク鬼であった。

 身の丈は二メイルほどもあり、体重は標準の人間の優に五倍はあるだろう。醜く太った体を、獣からはいだ皮に包んでいる。突き出た鼻を持つ顔は、豚のそれにそっくりだった。その姿は、二本足で立った豚、という形容がしっくりくる体であった。
 そう、この開拓村が廃村となった理由は、このオーク鬼たちにあった。人が住みやすい環境となれば、他のものにとっても住みやすい環境でもある。開拓村が出来てしばらく経つと、近くにオーク鬼たちが住み始めてしまったことから、村の者たちは領主に訴えたのだが無視をされてしまい、貧しい開拓村には傭兵を雇う金もなかったことから、泣く泣くこの開拓村を放棄したのであった。
 オーク鬼は、ぶひっ、ぴぎぃっ、と豚の鳴き声で会話を交わし、門柱の辺りで燃える炎を指差すと、それぞれ怒りの咆哮をあげた。

「ぶひぃっ! ぴぎっ! びゅぎっ! ぶひょぉぉっ!!!!」
 
 オーク鬼たちは、いきり立つと手に持った棍棒を振り回す。火がある。それはつまり、近くに敵であり、餌でもある人間がいるということであった。
 騒ぎたてるオーク鬼たちの様子を冷静な目で眺めていたタバサは、事前に決めていた作戦を実行するため、呪文を詠唱し始める。タバサが呪文を唱え終えると、オーク鬼たちの周囲を取り囲むように氷の壁が現れた。“アイスウォール”である。
 氷の壁に取り囲まれたオーク鬼たちは、突然の出来事に取り乱し、ぶぎぶひとさらに騒ぎ立て始めた。
 氷の壁に閉じ込められ、混乱するオーク鬼たちの中心に、トンッ、と空から赤い外套を纏った人影が降り立った。
 赤い外套を纏った人影。士郎は地面に足が着くと同時に、既に抜き放っていたデルフリンガーを無造作に横に振り、不幸にも士郎の横にいたオーク鬼の首を切り飛ばすと、まさに風のごとき速さで動き出した。
 士郎は氷の壁を飛び越えた時に確認した、オーク鬼たちの中で一際体格が良く、装飾品のようなものを身につけたオーク鬼。この群れのボスと思わしきオーク鬼に向かって駆け出す。そして、まだ混乱から回復していないオーク鬼のボスの首を、先ほどのオーク鬼と同様に一瞬で切り落とした。
 ボスの頭を切り落とすも、足を止めることなく、士郎は一番オーク鬼たちが密集している場所に飛び込むと、片っ端からオーク鬼たちの首を切り飛ばし始めた。
 そこまでいくと、さすがにオーク鬼たちは、士郎の存在に気づいたが、気付いた時には既に遅く、生き残っていたのは、わずか四匹のみとなっていた。
 残ったオーク鬼たちは、士郎に立ち向かうことなく背中を向けると、氷の壁に閉じ込められていることも忘れ必死に逃げ出す。しかし、士郎はオーク鬼たちが氷の壁に足を止める前に、その背中に追いつき。横一列になって逃げていた、残り四匹のオーク鬼たちの首が、仲良く一振りで切り飛ばされ、それと合わせるかのように最初に首を切り飛ばされたオーク鬼の首が地面に落ちた。
 周囲に動くものがいない事を確認すると、デルフリンガーを一振りし、刀身を濡らす血と脂を振り払った士郎は、デルフリンガーを鞘に納め、氷の壁に向かって歩き出した。





 夜……オーク鬼の住処であった寺院の中庭で、疲れた様子の士郎たちが焚火を囲んでいた。
 焚火には、鍋がくべられており、その鍋の中では、さまざまな具材が煮込まれたシチューがぐつぐつと煮えている。
 士郎はそれをお椀によそうと、焚火を囲む者たちに手渡していった。

「七つめもハズレか、さすがにこんなものが“秘宝”とは言わないからな」

 士郎はシチューが入ったお椀を持った手とは別の手に持った、色あせた装飾品を持ち上げると、苦笑いする。
 するとルイズは、士郎から渡されたお椀を片手で持ちながら立ち上がると、もう一方の手に持っていたスプーンをズビシッ! とばかりに、バツの悪そうな顔をしてシチューを食べているキュルケに突きつけた。
 
「何が“ブリーシンガメル”よっ! ただの真鍮でできた安物のネックレスじゃないっ!! もぐもぐ……これのどこが“燃える黄金”でできた首飾りなのよっ!」
「もぐもぐ……うるさいわねっ! だから最初に言ったでしょっ! もぐもぐ……中には本物があるかもしれないって」
「もぐもぐ……結局全部駄目だったじゃないのっ!」
「全部じゃないわよっ! もぐもぐ……まだ一つ残ってるでしょっ!」
「どうせそれも、もぐもぐ……偽物よっ!!」
「何よっ! もぐもぐ……」
「もぐもぐ……そっちこそ何よっ! もぐもぐ……」

 ルイズとキュルケがもぐもぐとシチューを食べながら言い合っている横では、士郎とタバサがのんびりと食事をとっている。

「ルイズ、食べるかしゃべるかどちらかにしろ。行儀が良くないぞ」
「わっ、わかってるわよ」
「そうよっ! もぐもぐ……シロウの言う通りよルイズっ!」
「キュルケお前もな」 
「うっ」
「もぐもぐ……このお肉おいしい……」
 
 タバサがぼそりと呟くと、士郎は先ほどオーク鬼たちを埋めた場所を指差し、にっこりと笑った。

「そうか? オーク鬼の肉なんだが?」
「「「ごぶふっ!!!!」」」

 士郎の言葉に、ルイズたちは口に含んでいたシチューを噴出すると、士郎に食ってかかった。

「なっ! 何考えてんのよあんたはっ!! なんてもん食わしてくれるのよっ!!」
「し、信じられないっ! どういう神経してんのっ!!」
「っ……! ゲテモノにしてもひどすぎる……っ!!」

 ルイズたちの予想以上の反応に、士郎は頭をかきながら、顎に手を当て首を傾げた。

「ふむ……しかし、良く言うじゃないか? ゲテモノほどうまいって」
「だからってオーク鬼はないでしょっ!!」

 ルイズは今にも士郎をくびり殺そうかとでもいうような形相でつかみかかろうとしたが、その直前に士郎が身体の前で両手を左右に振ると、必死な形相で弁解をし始めた。

「うっ、嘘だ嘘っ! 本当はただの野兎だっ!! お前たちが寺院に入っている間に、事前に仕掛けていた罠にかかった野兎を、さっき捌いたんだっ! 本当だっ!」
  
 必死な形相で弁解を始めた士郎を見て安心したルイズたちは、深いため息をつくと、ぶつぶつと文句を言いながらも食事を再開する。

「まったくもう、驚かせないでよね。いくら冗談でもオーク鬼はないでしょうオーク鬼は」
「全く……」
「ひどい冗談……」
 
 何とか落ち着きを見せるルイズたちの様子に、

 ふぅ……これは……失敗だったな……

 士郎は気付かれないよう小さく溜息を吐いたのだった。
 


 
 食事が終わると、キュルケは膝立ちになりながら、残った最後の地図を地面に広げた。

「ねぇ、もう諦めて学院に帰りましょうよ」

 ルイズが呆れた様子で、欲望で濁った目で地図を見下ろすキュルケに諭すように言葉を掛ける。キュルケはぐしゃり、と地図を掴むと、木に背中を預け、体操座りをしながら、士郎の入れたお茶をちびちびと飲んでいるルイズに突きつけた。

「これだけっ! 最後の一件っ! 残り物には福があるって言うでしょっ!」
 
 そんな、まるでギャンブルにはまった人が、最後の希望にすがるような必死な姿を思わせるキュルケの様子に、士郎の顔に苦笑いが浮かぶ。

「それで? 最後の一つはどこなんだ?」
「タルブ村よっ! タルブ村っ! そこにある“竜の羽衣”が駄目だったら学院に帰ろうじゃないっ!」

 士郎の問いにキュルケは勢い良く立ち上がると、左手で持った地図を胸に当て、右手の人差し指をタルブ村があると思われる方向に勢い良く向けた。

「キュルケ……タルブ村は反対方向だぞ?」
「……ぅ」

 士郎の冷静なツッコミに、頬を羞恥に染めたキュルケは、東方に指を突きつけた形を動かさず、足をチョコチョコと動かすことで体の向きを変えると、若干上ずった声で宣言した。
 

「さっ、さあっ! い、行くわよタルブ村にっ!!」


  

 
  



「しっ、シロウさんっ!? どうしてここに?」
「いや、それはこちらのセリフだシエスタ。君こそどうしてここにいるんだ?」
「ど、どうしてって? だってここはわたしの故郷ですし? そういうシロウさんはどうしてここにいるんですか?」
「あ、ああ。ちょっと宝探しをしててな。ここにあるという“竜の羽衣”を探しに来んだよ」
「えっ!? “竜の羽衣”ですか?」
「あ、ああ。そうなんだが、何か知っているのか?」
「えっ、ええ。だってそれは……」



 青々と広がる草原の中、士郎とシエスタは、互いに困惑しながらも互いの事情を話し合っている。そんな様子を、士郎たちの後ろ三メートル後方では、ルイズとキュルケが苦々しい顔をしながら睨んでいた。
 
 なっ、なんでここにあの子がいるのよっ!? まだシロウと仲直り出来ていないっていうのにっ! 学院から離れてあの子からシロウを遠ざけられたと思っていたのにっ!!
 あの子、確かシエスタっていったわね。まさか、この村があの子の故郷で、しかもちょうど帰省していたところだったなんて……何て運がいい子なのよ……。


 
 どうしてこんな状況になったかというと、それは、ほんの一時間ほど前のことであった。 
 キュルケの宣言の翌朝、士郎たちはタバサの使い魔である風竜に乗ると、一路タルブ村に向かったのだった。
 しばらくすると、眼下にタルブ村を発見したことから、士郎たちは近くにある草原に降り立ったのたが、その際には、皆怖いもの知らずなのだろうか? 草原に降り立った士郎たちを取り囲むようにして、士郎たちを不思議なものを見るかのように見つめていた。
 しかし、キュルケたちが風竜からおりた際、杖が見えたのか、取り囲む村人たちの目に、恐怖と困惑、怯え等が伺えた。村人たちの怯えに気が付いた士郎は、危害を加える意思がないことや、ここに来た理由を説明しようと前に出ると、突然村人の中から、見覚えのある顔が飛び出してきた。
 そして、そこから先の冒頭に戻るのである。








「えっ、ええ。だってそれは、もともとうちのひいおじいちゃんのものだったんですよ」
「「「え?」」」

 シエスタの言葉に、士郎だけでなく、士郎たちの後ろで、聞き耳を立てていたキュルケとルイズも驚きの声を上げた。
 ただ、一人だけ風竜の上に残ったタバサだけは、我関せずといった風情に、風竜の背中で眠っている。
 そんな士郎たちの反応に驚きながらも、シエスタは、“竜の羽衣”について説明をし始めた。

「え、えっとですね。“竜の羽衣”というものは、それを纏うと空を飛べると言われているものなんです。元々は、わたしのひいおじいちゃんのものだったんです。話によると、ひいおじいちゃんは、ある日、その“竜の羽衣”を纏ってタルブ村にやってきたと、村の皆にいったそうなんです」
「へぇ~」
「でも、結局誰も信じなかったんですけどね」
「? ……なんで?」
「誰もひいおじいちゃんがそれを纏って飛んでいるところを見ていなかったので、誰かがひいおじいちゃんに“竜の羽衣”で飛んで見せろと言ったそうなんですが、ひいおじいちゃんはなんだか色々と言い訳をして結局飛ばなかったんです。おまけに、『もう飛べない』って言って、タルブ村に住み始めたそうなんです。それから一生懸命働いてお金を作って、そのお金で貴族にお願いして、“竜の羽衣”に“固定化”の呪文までかけてもらって大事にしていたそうなんです」
「それで、結局それは今どこにあるのよ?」

 シエスタの話しが進むごとに、やる気が目に見えて減っていくのが分かる態度をとるキュルケは、ため息混じりの言葉をシエスタに掛けると、シエスタは草原の奥、古びた赤い柱が微かに見える場所を指差した。

「“竜の羽衣”は、今はあそこにあります。案内しますので付いてきてください」

 シエスタはそう言うと、士郎たちを先導するかのように、士郎たちの前を歩き始めた。前を歩くシエスタに、ルイズとキュルケ、そしてやっと風竜から降りてきたタバサがついていったが、士郎だけは、その場から動けなかった。


「あれは……まさか……」


 シエスタが草原の奥を指差した瞬間、士郎の驚異的な視力は、しっかりとそれを見てしまい、驚きに立ちすくんでいた。
 シエスタが指差す先にある寺院は、草原の片隅に建てらており、その前には、赤く塗られた丸太を四本使って組立てた門が建てられていた。
 そして、門の奥の寺院は、ハルケギニアの寺院の壁のような、石などを組み立てて作られていたものではなく、板と漆喰で作られており、寺院の中に入るための出入口上には、白い紙と、稲で作られた紐飾りが飾られている。
 
 
 それは、日本人である士郎にとっては、馴染み深い建物……神社にそっくりであった。









「なぜ……こんなものがここに」
 
 士郎の呆然とした声が、薄暗く、ホコリがうっすらと積もった寺院の中に響く。
 寺院の中は、板張りの一室であり、だいたい一辺の長さが十五メートル近くある、正方形の形をした寺院は、灯りが入る窓が少ないことから薄暗い。
 そしてそんな寺院の中心には、寺院の中のほとんどを占領する、大きなくすんだ濃緑の塗装を施されていた“竜の羽衣”は鎮座している。
 “竜の羽衣”は、あまり掃除されていないのか、だいぶホコリが溜まっていることから。上部の方は、濃緑色ではなく、微かに灰色がかって見えた。
 士郎は、そんな“竜の羽衣”を疑問符が浮かんだ眼差しで見つめていた。
 
 そんな士郎の様子とは正反対に、キュルケとルイズは、気がなさそうに“竜の羽衣”を見つめていたが、タバサだけは、どこかに興味を惹かれたのかは分からないが、小さな体を利用して、“竜の羽衣”の周囲を観察している。
 
 シエスタは、士郎の常にない士郎の様子に不安になったのか、士郎の前に立つと、上目遣いで士郎を見上げ、心配気に話しかけてきた。

「シロウさん、どうしたんですか? わたし、何かしましたか?」
「シエスタ……君のひいおじいさんが残したものは他に何かないか?」

 士郎は心配気に見上げるシエスタに顔を合わせることなく、“竜の羽衣”を鋭い目付きで見上げたまま質問をすると、シエスタは顎に右手の人差し指を当て、小首を傾げた。

「そう、ですね。ひいおじいちゃんのものといえば、後はお墓か、遺品が少し家にあるだけなんですが」
「すまないシエスタ。もしよければ、それを見せてくれないか?」

 



 シエスタの曽祖父のお墓は、村の共同墓地の一画にあった。白い石でできた、幅広の墓石の中、一個だけ違う形のお墓があった。黒い石で作られたその墓石は、他の墓石と赴きを異にしていた。
 墓石には、墓碑銘が刻まれている。

「ひいおじいちゃんが、自分が死ぬ前に作った墓石だそうです。異国の文字で書いてあるので、何が書いてあるのか読めなくて。なんて書いてあるんでしょうね?」

 シエスタが墓の前に膝を曲げて眉根を寄せ、困惑気に墓碑銘を見て呟くと、士郎は一瞬息を飲み、隣にいたシエスタでも微かにしか聞こえないほどの小さな声でそれを読み上げた。

「っ……海軍少尉佐々木武雄。異界二眠ル……佐々木武雄だと」
「えっ?」

 小さな声だったが、確かに墓碑銘を読み上げたと思われる士郎に驚き、慌てて膝を伸ばし立ち上がったシエスタは、士郎に詰め寄っていく。

「し、シロウさんっ! 読めるんですか!? この……墓碑め、いが?」
「………」

 士郎に詰め寄って問いただそうとしたシエスタだが、士郎の強い視線に気付くと、その声は段々と尻すぼみに消えていった。
 戸惑った様子で士郎を見上げ立ち竦むシエスタを見下ろす士郎は、これまでに何度かシエスタに感じた懐かしさの正体に気付き、自然と笑みが浮かぶ。

 そう、か……どうしてシエスタに懐かしさを感じていたのかやっと分かったが……しかし佐々木武雄か……まさか、あいつの行方不明のじいさんがこんなところにいるとは、なんかもう、ある意味奇跡だなこれは……。

「何見つめ合ってるのよっ! シロウっ!!」
「はいはい離れる離れるっ!!」

 見つめ合っている内に、獲物に近づくようシエスタがじりじりと士郎ににじり寄っていたが、突然横からルイズとキュルケが、二人の間に体を割り込ませてきた。

「きゃっ!」
「おっと」

 急に体を割り込ませて来たルイズたちに驚きながらも、冷静に後ろに下がってルイズたちをよけた士郎は、軽く顔を振って気を取り直すと、士郎の間に割り込んできたルイズたちを、恨ましげに見つめているシエスタに話しかけた。

「シエスタ。すまないが次は、ひいじいさんの遺品を見せてくれないか」







「まあこれも“兵器”の一つだからな」

 シエスタが家から曽祖父の形見を持ってくる間、士郎は再度“竜の羽衣”が祀られている寺院……神社に戻り、“竜の羽衣”に触れて呟く。
 “竜の羽衣”に士郎が触れると、左手のルーンが光ると共に、士郎の頭の中に、“竜の羽衣”の構造と操縦方法が流れ込んできた。
 まるで解析の強化版のようだなと思いながらも、士郎が“竜の羽衣”を見上げていると、後ろから息を切らして駆け寄ってきたシエスタが声を掛けてくる。

「はぁっはっ……し、シロウさん。持ってきました。こ、これがわたしのひいおじいちゃんの形見です」
  






「ひいおじいちゃんの形見は、これだけです。日記も何も残さなかったそうなんです……ただ、父が言っていたんですが、遺言を遺しているそうです」
 
 シエスタが士郎に両手に持った形見の品を差し出しながら言うと、形見の品を取ろうとした士郎の手が止まり、シエスタの顔を見た。
 
「遺言?」
「は、はい。なんでも、あの墓石の銘が読めるものがあらわれたら、その者に“竜の羽衣”を渡すようにって」
「そうか、そうなると俺にその権利があるというわけか」
「そうですね。そのことを話したら、お渡ししてもいいって言ってました。管理も面倒だし……大きいし、拝んでいる人もいますけど、正直今じゃもう、村のお荷物ですし」
 
 照れくさそうに言うシエスタに、顎に手を当て一つ頷く。

「わかった。ならありがたくいただくよ」
「そうですか。あっ、あと、これを渡す時、その人物にこう告げて欲しいと言ったそうです」
「なんと言ったんだ?」
「えっと……『なんとしてでも“竜の羽衣”を陛下にお返しして欲しい』だそうです。陛下ってどこの陛下かは分かりませんが……ひいおじいちゃんはどこの国の人だったんでしょうか?」
「……日本という国だよ」
「それって確か、シロウさんの国の名前……あっ、だからお墓の銘が読めたんですね。なんだか不思議な気分です、シロウさんと、わたしのひいおじいちゃんが同じ国の人だったなんて……なんだか運命を感じます」

 シエスタはどこかうっとりとした顔でそう呟くと、何かに気づいたのか、顔をハッとさせると、士郎に顔を向けた。

「それじゃひいおじいちゃんは、本当に“竜の羽衣”でタルブ村までやって来たんですね」
「“竜の羽衣”か……シエスタ、これの本当の名前は、“竜の羽衣”という名前じゃないぞ」
「? それじゃ、なんて言うんですか」
 
 士郎は少なくとも半世紀は経っているにもかかわらず、錆の一つも浮いていない濃緑色をした機体を見上げた。

 竜の羽衣か……確かにその形は、翼を広げた竜に見えなくもない。

 全長九メートル、全幅十五メートル、全高三.五メートルあり、総重量は約二トン。その圧倒的な大きさとなにより何も説明しなくとも、人を殺戮するための“兵器”としての気配を漂わせるそれを、何も知らない者が見れば恐怖を覚えることだろう。
 その恐怖と巨大さに、竜を感じた者が名づけたのだろうか?
 翼と胴体には赤い丸の国籍標識があり、もとは白い縁取りが為されてらしいその部分は、機体と同じ塗料で濃緑に塗りつぶされていた。そして、黒いつや消しのカウリングに白抜きで書かれた“辰”の文字。部隊名であったのか、奇妙な偶然に士郎は苦笑いする。



 “破壊の杖”と同じもの……魔法世界にあって、強烈な違和感を放ちながらも、圧倒的な存在感を誇るもの。
 あるはずのないもの……六十年以上も昔の戦闘兵器。物言わぬ兵器……天かける翼……“竜の羽衣”。

 そして……

 士郎は“竜の羽衣”を見つめ直したあと、彼女の面影が感じられるシエスタに振り向くと言った。 

「ゼロ戦……昔の戦闘機だ……」
「ぜろせん? せんとうき?」
「人を乗せて空を飛ぶものだ……シエスタ、君のひいじいさんは間違いなくこれに乗ってやってきたんだ……」
「……これに……」
 
 “零戦”――零戦は、大戦初期において、その長大な航続距離、重武装、優れた格闘性能により、連合国の戦闘機に対し圧倒的な勝利を収めるほどの優秀な機体であり、当時の連合国パイロットからは“ゼロファイター”の名で恐れられていた機体。

 そして……

 あいつのじいさんの機体か……






 その日、士郎たちはシエスタの生家に泊まることになった。貴族の客を泊めるとなって、村長までが挨拶にくる騒ぎになった。
 士郎はシエスタの家族に紹介された。父母に兄弟姉妹たち。シエスタは八人兄弟の長女だった。父母はシエスタが頬を染めて士郎を紹介するのを見て、品定めをするように士郎をじろじろと見つめる。母親は士郎の体つきと顔を見ると、シエスタにニヤリと笑い掛け一つ頷いてみせたが、父親は難しい顔をしたまま俯いていた。
 そんな家族に囲まれた士郎は、後ろにいるルイズたちに困惑の表情を浮かべた顔を向けると、ルイズたちはジト目で睨み返すだけであった。
 
 全くなんでこうなるんだ?

 シエスタの家族に紹介されるやいなや、シエスタの家族に取り囲まれてしまった。
 母親は自分の体をじろじろと見たあとシエスタに何でか頷くし、父親の方は難しい顔をして俯いている。小さい子供たちは俺の体をつついてくるし……ルイズたちは睨みつけてくる……はぁ、なんでさ。
 内心でため息をつくと、何とはなしにシエスタとひそひそと話し合っている母親に目を向ける。

 ……しかし……似てるな。

 シエスタの母親を見ていると、一時期共に暮らしていた女性のことを思い出してしまう。
 シエスタに似ていると思ったが、どちらかというと母親の方が似ているな。まぁ、当たり前か、あの人とは従姉妹になる訳だからな。
 懐かしげにシエスタの母親を見つめていると、不意にシエスタと話していた母親が顔を上げ……目が合った。士郎はそのまま何となく視線を動かさないでいると……

 しかし、本当に似てるな……ん?

 じっとシエスタの母親を見つめていると、だんだんとシエスタの母親の頬が赤く染まっていく。 
 どこか具合でも悪いのかと思い、ぐっ、と視線を強くして見つめていると、急に横からルイズとキュルケが焦った顔をして体を引っ張てきた。
 
「ん? どうしたんだルイズ?」
「どうしたってシロウっ!? ホントもうっ! ホントにもうっ!! なんであなたはそうなのっ!! 本当にどうしたいのっ!!?」
「親子丼っ!? 親子丼なのっシロウっ!! シロウの許容範囲ってどれくらいなのよっ!!?」
「かっ、かかっ母さんっ!! 何で頬を染めているんですかっ!! はっ!! だ、ダメですよっ!! シロウさんはダメですっ!! っていうか父さんも何か言ってくださいっ!!」

 一瞬にしてシエスタの家の中が、狂乱の宴の場のように騒がしくなった。
 そんな中俺は、ルイズとキュルケに囲まれ詰問され、シエスタは頬を染め惚けている母親の肩を掴んでガクガクと揺さぶっている。父親の方は腕を組んでまだ俯いてい……というか泣いてないかあれ? 子供たちはいつにない家族の様子に興奮したのか、家の中を走り回っている。
 
 ……俺が一体何をしたんだよ……はぁ……なんでさ……




 
 

 夕方、士郎は村のそばに広がる草原を見つめていた。夕日が草原の向こうの山の間に沈んでいく。辺りは沈みゆく太陽に照らされ、草原が赤く染まっている。
 所々に咲いている様々な色の花が、夕日の赤に染められ、眼前に映る全てが赤く見える。
 
 赤い……な。
 世界が赤く染まっている……。
 
 全てが赤い。そんな光景を目の前にして、立ち尽くしていた。
 赤は身近に感じている色だ。しかし、身近に感じる赤は……こんな鮮やかな色ではない……こんな燃えるような、輝くような……煌めくような色ではない。
 自身の心を染める赤は……濁った、粘りつくような赤だ。




 
 
 自嘲の笑みが口元に浮かぶと、後ろから足跡が近づいてくる。
 何気なく振り返り……息を飲んだ。
 後ろにはシエスタが立っていた。
 士郎の後ろに立つシエスタは、スカートと木綿のシャツ姿ではなく、眼前の夕日と同じ色をした緋色の着物を着ていた。
 何も模様はないが、鮮やかな緋色に染められた着物を着たシエスタは、木の靴ではなく草履をはいた足で、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 近づいてくるシエスタに、声を掛けることも出来ず、ただその姿をぼーっと見つめていた。
 シエスタは士郎の横に立つと、風になびく髪を左手で抑え、赤く染まる草原を見た後、恥ずかしそうに俯いた。

「ここに居たんですねシロウさん。お食事の用意ができましたので、迎えに来ました」
 
 隣にたつシエスタから日向の香りがする。俺は再度赤く染まる草原に顔を向け、目を細めるとシエスタに話しかけた。

「綺麗だな」
「ありがとうございます。この草原、シロウさんにみせたかったんです」

 シエスタはそう言うと、士郎に顔を向け笑い掛けた。士郎を見つめるシエスタの顔は、沈む夕日に染められ真っ赤になっている。赤い着物を着たシエスタは、まるで燃えているように見える。

「シロウさんがひいおじいちゃんと同じ国からやってきただなんて、凄い偶然ですね」
「ああ……本当にすごい偶然だな……」

 本当はもっと凄い偶然があるんだがな……。

 士郎はシエスタが着ている着物に目を向けると、それに気が付いたシエスタが、着物を見せつけるように両腕を広げた。

「綺麗な服ですよね。キモノと言うそうです。ひいおじいちゃんがお母さんに作ってあげたんだそうです」
「そう……か……ひいじいさんが」
「はい、わたしはひいおじいちゃんと会うことはなかったんですけど、とっても優しい人だったそうですよ……ただ」
「ただ?」

 シエスタがなにやら難しい顔をすると、自分が着ている着物に目を落とした。

「ただ……いつもどこか寂しそうだったって。お母さんにこれを渡すときも、なんだか悲しげだったって。もしかしたら、ひいおじいちゃんは故郷に誰か大事な人がいたのかもしれませんね」

 赤い着物を見下ろして、悲しげに呟くシエスタの頭に士郎は手を置くと、ゆっくりとシエスタの頭を撫で始めた。
 

「あっ」
「……俺たちは明日には学院に帰るが、シエスタはどうするんだ?」

 俺に頭を撫でられているシエスタは、まるで撫でられている猫のように目を細める。

「んっ……まだ、休暇が残っていますので、まだここに居ます……んっ……」
「そうか……」

 士郎が手をシエスタの頭から離すと、シエスタは離れていく手を何だか物欲し気な目で追っていくが、軽く息を吐きポツリと呟く。

「“竜の羽衣”は、また飛べるんでしょうか?」
「シエスタ?」
「わたし、貴族の方が魔法で空を飛んでいるのを見て、いつも思っていたんです」

 シエスタは沈みゆく夕日と共に、暗くなっていく草原の中を、まるで赤い草原を追いかけるかのように歩き始めた。
 しかし、太陽はあっという間に沈み、赤い草原が姿を完全に消してしまうと、シエスタは立ち止まり、士郎に振り返った。

「あの広い……広い大空を飛んでみたいって……貴族でも何でもない、ただの平民のわたしだけど、空を飛んでみたいっていつも思っていたんです……」

 太陽が沈み、双月と星々が輝く空の下、草原に立つシエスタは、双月と星々の光を受け、淡く、赤く輝いている。
 それはまるで、沈みゆく夕日のような、儚げな美しさ。
 そんな儚げな美しさを見せるシエスタに、士郎は見惚れていた。
 そして、シエスタはそんな士郎の状態に気づきもせず、話し続けている。


「だからシロウさん……もし……もし“竜の羽衣”が飛べたら、一度でいいんです……わたしを空に連れて行ってもらえませんか」

  
 満天の星空の下、緋色の着物を着て草原に立つシエスタは、夜の輝きを受け淡く緋色に燃えているようであり、士郎の目には、まるで一つの絵画のように見えた。



 シエスタは目を閉じ両手を広げ、青い空を思う。



「あの……青い空に……」









 
 

 
後書き
士郎    「ちょっ、ちょっと待って下さいっ! お母さん」
シエスタ母 「ふふ……どうしたの……そんなに慌てて」
士郎    「そりゃ慌てますよっ! なんでそんな格好で膝の上に乗ってくるですかっ!」
シエスタ母 「あら? 似合わないかしら……この下着?」
士郎    「いや、真っ黒な下着と白い肌のコントラストがとても色っぽく、妖艶で素晴らしっ、て違いますよっ!!」
シエスタ母 「ありがとう。体の線もそれなりに自身あるんだけど……太ってる?」
士郎    「いや、子供がいるとは思えないほどに素晴らしい肢体ですっ、てだから違うって!!」
シエスタ母 「あらあら……うふふ。ならいいじゃないですか。そんなに身体を固くして……。ほら……固くするのはそこじゃなくて……こ、こ」
士郎    「おうっふ」
       ドカンっ!!
シエスタ  「そこで何をしているんですか母さんっ!!!!」
シエスタ母 「ちっ」
シエスタ  「何が『ちっ』ですかっ!! ていうかナニを握っているんですかっ!!??」
シエスタ母 「ナニって? ナニよ。 ほら」
士郎    「くあっ」
シエスタ  「きゃっ! な、な、なななナニを見せてくれますか母さんっ!!」
シエスタ母 「シエスタ、すごいわよシロウさん。指がまわらないわ」
シエスタ  「え? マジで?」
シエスタ母 「ええ、マジで。ほら」
士郎    「っあ」
シエスタ  「わわっ……す、すごく……大きいですってそうじゃないですよ母さんっ!! シロウさんから離れてください!!」
シエスタ母 「嫌よもったいない」
シエスタ  「お父さんが泣きますよっ!!」
シエスタ母 「……シエスタ……女はね、時に野獣になるのよ」
シエスタ  「何が野獣ですかっ! それじゃあ淫獣ですっ!!」
シエスタ母 「……そんなにシロウさんが欲しいのならばっ! 奪ってみせなさいシエスタっ!!!」
シエスタ  「言われなくても……っ! 今日こそあなたを超えてみせますっ!!!」
シエスタ母 「母の強さを見せてあげましょうっ!!!」

 持て余す欲情に暴走するシエスタ母っ!! ギリギリで間に合ったシエスタだが、母から士郎を奪い返せるか!!??
 高らかに笑うシエスタ母っ!! 強大な敵! 打ち破れシエスタっ!!!

 ……やりすぎた?

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