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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第五十話 思春期④



 いつものような日々を当たり前のように過ごしていると、俺はふと考えてしまうことがある。

 あれ、どうしてこうなってしまったのだろう。何がそうさせてしまったのだろうか―――という感じの疑問だ。そして原因を思い浮かべてみると、あら不思議。やべっ、もしかして……という心当たりが出てきてしまう。そんな体験を経験したことはないだろうか。

 自慢ではないが、俺はこういう経験が何故か多い。後々何故あんなことをしてしまったのか。何故あんなことを言ってしまったのか。そんな風に考えたことが、何回もあるのだ。単に学習していないだけだろ、と言われればそれまでだと思う。だけど、言い訳を許してくれるのなら、俺にだって言い分はある。

 ぶっちゃけ、俺の予想を斜め上にぶっ飛んでいくやつらが多すぎるのだ。

 自分にとっては何でもないことでも、相手にとっては、周りにとっては違うかもしれないことはよくあることである。だからこそ、言葉というものは気を付けて使わなければならない。それは俺だってわかっている。……わかっていても、どこらへんがターニングポイントだったのかなんて、後にならなきゃわからないことなんだ。

 それは、後悔なのかもしれない。あるいは、懺悔なのかもしれない。だけど、やってしまったことに、言ってしまった言葉に、きちんと義務を持たなければならないと思っている。だから俺は、斜め上に突き進んでしまった結果に、後悔しないことを決めている。受け止めることが大事だと思ったからだ。

 ……過程までは俺も一緒に楽しんでいたことが多かったから、否定できないのが一番の理由だったりするけど、胸にしまっておこう。


「だからこそ、俺は後悔はしない。だって、クイントが格ゲーの技を色々披露してくれた時は、マジで感動したんだから!」
「君がそういう余計な知識をクイントたちに吹き込むから、運動会がやばいことになったんだろうが」

 だって見たかったんだよ。羅生門とかレイジングストームとかが見れた時は、俺は本気で涙を流したぞ。魔法ってすげぇよ。そしてそれを実現させてしまうクイントがやべぇよ。メガーヌにも余計なことを言ったかもしれない。2人とも、あんなにスペックが高くなるなんて思っていなかったんだ。

 なによりもそんな相手と、……運動会の競技とはいえ、敵対するなんて考えていなかったんだよッ!



******



 俺たちクラ校勢に訪れた、初めての危機。それは今日の朝、夏休みの宿題だった「観察日記」を返却してもらった後に先生が発した言葉がきっかけであった。それにより俺たちは、今自分たちがどれだけまずい立場にいるのか、気づいてしまったのだ。

「さぁ、皆さん。ついに運動会の季節が来ましたね。今年はみんな初等部の高学年として、この小学校の代表になります。下級生のお手本となりながら、自分自身を磨いていきましょう」

 初等部高学年。最終学年になった俺たちは、この学校の顔のような存在となる。俺がまだ1年生だったころは、レティ先輩たちがこの学校の顔だった。そうか、俺はあの時の廃スペックトリオたちと同じ年代になったのか。そう思うと、少し感慨深くなるものだ。

 あの時は、本当にすごかったよなぁー。確かレティ先輩の作戦から阿鼻叫喚が生まれ、そしてベルカの学校に英雄が誕生した。あの光景は今でも思い出せ…………あれ、その時と同じ年代になった? ということは、俺たちが参加する競技も当然―――

「今年はみんなが『魔法合戦』に出場しますね。ベルカの学校の高学年と、魔法を使った集団戦となります。勝利を目指して、頑張っていきましょう」
『…………』

 先生の話の後、友人たち全員と自然と目があった。ベルカの学校の高学年と対戦。しかも運動会の模擬戦形式とはいえ、かなり本格的な試合。目を瞬かせる妹。無言で首を横に振る少年A。顔色が悪い少年B。腹を抑えだす少年C。何かを考え込んでいる少年E。祈りだしたメェーちゃん。

 初等部と中等部の最高学年が参加する、恒例の大イベント。ミッド式vsベルカ式の学校との戦い。それはつまり、俺たちクラ校勢vsクイントとメガーヌという恐ろしい対戦カードであった。俺たちの方が数が多い? それはこの場面では、あまり意味がない。……はっきり言って、あの2人は別格に強いのだ。


「……クイント、前に確か陸戦Aランクを取ったって言っていたよな」
「メガーヌも来年ぐらいには取れそうらしい」
「11歳でAランクとかすごいよね」

 ランディ、ティオール、アレックス、と順番に対戦相手についての情報を話していく。お通夜のような空気が漂う放課後の時間。俺たち7人は教室に集まり、机をくっ付け、話し合いをしていた。

 原作を知っている側からすると、Aランクってすごいの? と思ってしまうだろう。実際にSランクやらAAAランクがポンポン出ていたんだ。その原作で一番下のランクが、確かAランクのユーノさんである。そのため俺は、そこまでAランクが珍しいとは思っていなかった。母さんがSランクの魔導師だったのも原因の1つだろう。Aランクの着ぐるみ軍団もたぶん入っている。

 だけど、それでもはっきり言わせてもらう。マジですごかった、Aランク。

「魔力量ならアルヴィンはAA+だよね」
「魔力量だけ、ならな。俺自身の戦闘力を魔導師ランクで表すなら、たぶんBぐらいかな。レアスキルを含めても、B+がぎりぎり限界だろう。陸戦も空戦もそこまで高い適性はないんだ」

 メェーちゃんの言葉に、俺は自身を振り返りながら答える。俺は空戦適正はまだある方だから、空戦Bまでならたぶん頑張ればなんとかってレベル。ちなみにこれ、ミッドではかなりすごい方。10歳ぐらいでBランクが取れそうなのは、かなり珍しいのだ。Aランクなんてまさに天才レベル。

 魔導師ランクっていうのは、「規定の課題行動を達成する能力」を証明するものである。単純な魔力量や戦闘における強さとは直接の関わりはない。だけどランク昇格をするには試験が必要であり、やはり実力は必須なのだ。

 俺のこのBランクという評価は、おじいちゃんからなのでほぼ間違いないだろう。ただ試験は受けたことがないので、おそらくとしか言えない。実際に試験を受けても、受からない可能性はある。試験に合格するには、それだけの訓練が必要なのだ。魔導師ランク用の訓練なんてしていないしな、俺。

 それでも、破格の魔力量とレアスキルのおかげで、Bランクならなんとか取れる。残りの+は今まで俺がやってきた努力らしい。ちなみにだが、総合評価だったら将来的にはAに食い込むことができるかもしれない、とも教えてもらった。総合の評価は戦闘スキルだけではなく、探索魔法や補助魔法などのスキルも含めてくれるからだ。

 まぁどちらにしても、今の俺にとってAランクっていうのはかなりの壁なのだ。魔導師として訓練してきたからこそ、その壁の高さに気づいてしまう。物語からではわからない、百聞は一見にしかずってやつだな。


「可能性があるとしたらリトスじゃね? 俺と違って、ちゃんと陸戦Bランク持ちだし」
「……でも、AランクとほぼAランクの2人は厳しい」
「俺らレベルじゃ、クイントたち相手にはあんまり戦力にならないしな…」

 クラ校勢の中にAランクはいないが、Bランクなら俺とリトスがいる。あとはCランクが何人かおり、D、Eランクと軒並みに続く。向こうはAランク1人、Bランク1人で、残りはクラ校とそんなに変わらない。総合的に見ても、実力的に見ても、向こうの方が優勢だろう。

 ティオたちは戦闘に関しては、だいたいCランクぐらいの実力はあると思う。だけど、俺を含めこちらは戦闘が得意なやつは少ない。メェーちゃんなんか、総合評価だったら確実にAはいっただろう。アレックスも補助系統の総合評価なら、Bランクにいてもおかしくない。だが、今回のような流れではあまり得意分野を発揮することはできないだろう。

 それに比べ、クイントとメガーヌは純戦闘に特化した魔導師だ。メガーヌは補助型だと聞いているが、戦闘を軸にした接近もできるタイプなので相当強い。おそらくリトスと同等かそれより上かもしれない。リトスはどちらかと言えば後衛型で、召喚術で攻めていくタイプなのだ。近接戦になったら分が悪い。

 結論。うん、まじでどないせぇと。魔導師ランクが全てじゃないのはわかるが、絶望感が半端ない。


「みんな、暗くなっても仕方がないよ。クーちゃんたちとバトルをするのは決まっちゃったことだし、ここはどうやって2人に勝つか考えないと!」
「アリシア、でもなぁ…」
「魔法合戦に参加できない私が言うのは、……説得力がないかもしれない。だけど、みんなだって色々頑張ってきたことを私は知っているから。だからッ……!」

 魔法合戦に参加できない。その言葉に、俺はハッとアリシアの顔を見た。彼女の顔に悲壮さはない。あるのは、ただ本当に真っ直ぐな思いだけ。

 俺たちの中でアリシアだけは、魔法合戦に出場することができない。魔法合戦には、いくつか規定があるためだ。全校生徒がこれに参加してしまうと、とてつもない人数になってしまう。そのため、参加条件として『魔導師としてDランク以上の実力を持つ者のみ』とされているのだ。これは、けが人を出さないための配慮も含まれているらしい。

 アリシアは、そのDランクの規定に入ることができなかった。俺たち初等部の児童にとって、最高の舞台である競技に参加できない。本当だったら妹も、一緒に戦いたかっただろう。何事にも一生懸命に頑張る子だから。……だから、せめてもとこの話し合いに参加しているんだと思う。

 俺たちは、アリシアの分を背負っている。本来なら、他人の思いなんて背負ったら重いはずなのに、不思議と動けなくなることはなかった。むしろ、……芯が入った。

「……そうだな。あの2人が強いのは事実だけど、それで負けるのも癪だよな」
「うん。それに最初から負ける前提なんて、クイントとメガーヌにも申し訳ないわ」
「あいつら、絶対に全力で来るだろうしな」
「ははっ、確かに」

 気づけば、俺たちは笑っていた。笑えていた。向こうが全力で来るのなら、こっちだって全力で立ち向かえばいい。普通には勝てないのなら、考えればいいだけなんだ。俺たちが勝利を掴める方法を。そう考えたら、自然と笑みを浮かべられた。

「……運動会まで、後1ヶ月」
「あぁ。まだ、1ヶ月もある」

 リトスとティオールも、静かにうなずき合う。俺たちの変化にきょとんとするアリシアに、俺は笑顔で頭を掻き撫でた。金髪が撥ねまくって普通に怒られました。みんなに呆れられました。

 さて、気合も入ったことだし……作戦会議を始めますか!



******



『作戦会議① 魔法合戦について』


「まずは競技のルールや勝利条件を把握しておこう。反則負けとかになったら、目も当てられないからね」

 ティオールが進行係を行い、アリシアが黒板に意見を書いていき、メリニスが紙にまとめていく。なんだか本格的な感じになってきました。みんなでこんな風に、1つのことに向けて共同作業をするのはもしかして初めてではなかろうか。

 そう思うと、ちょっと興奮してきたぜ。初めての共同作業……。結婚式でケーキ入刀とかをする時も、こんな気持ちなんだろうか。

「アルヴィン、また横道に逸れていることを考えていないか」
「ティオ、お前……俺がウエディングケーキについて考えていることが何故わかった…!」
「君の思考回路だけは永遠にわからないと思うから安心しろッ!」

 怒られた。とりあえず、ちゃんと集中します。ごめんなさい。

「話を続けるよ。魔法合戦は、学校で選ばれた50人が出場する団体競技だ。補欠に5人ほど選ばれるが、基本ほとんどの参加者はCランク。それに15~20人ぐらいDランクがいるって感じだろう。クイントとメガーヌ以外にそこまで名前を聞く相手がいないから、向こうもこちらと同じ感じだろうね」

 魔法合戦の参加は強制ではないが、Cランク以上は先生から声をかけられる。学校側としても最も盛り上がる競技だし、一応ここ魔法学校だしな。しかも対戦相手は他校であり、当然勝ちに行きたいだろう。高ランクは参加拒否を言わなければ、ほぼ参加枠に入ると思っていい。

 あとは自主的に参加したいやつが入るので、士気は高い。拒否権はあるので、やる気がないやつはもともと試合に出てこない。こちらもむこうも条件としては、ほとんど同じようなものだろう。


「DSAA公式魔法戦競技会が、発足してから5年。競技会が開発した個人計測ライフポイント形式。これを学校側が公式に取り入れたことで、限りなく実戦に近い魔法戦になる」
「管理局の訓練でも使われているんだってな」

 ライフポイントは、公式試合用のタグがあり、それで管理されている。初期数値が最初に出され、そこに攻撃がヒットしていくとダメージが算出されるのだ。そして、ライフが0になると敗北になる。

 ついでに、この戦闘形式が公共施設で受け入れられているのは、安全性が高く、非常に画期的なものだからだ。実戦的な戦いをお互いに手加減なく行うことができ、それによるダメージはすべて魔力ダメージとなる。後遺症も残さず、試合が終わった時点でダメージ付加が解除される仕組みとなっていた。

 そしてこれが管理局でも取り入れられている最大の要因だが、なんと打撲や脳震盪、感電などの身体的ダメージを本物のように感じられるのだ。身体に蓄積されたダメージ付加も表現されるため、実戦感が半端ない。非殺傷設定を信条とする管理局員は、殺傷設定を持つ犯罪者と戦うことがあるため、その訓練に役立つ。なにより、非殺傷設定ということで、人を傷つけることへの抵抗感を無くさないようにした配慮もあるらしい。

 初等部を卒業したら、すぐにでも就職する奴だっている。学校として、魔導師になろうと将来を見据えているやつに道を踏み外してほしくない。魔法合戦に学校側がこの形式を取り入れたのも、そんな思惑があるのかもしれない。

「魔法合戦の勝利条件は主に2つ。1つ目は対戦相手をすべて倒すこと。2つ目は制限時間まで多く生き残っていたチームの勝ち、という至ってシンプルなものだ」
「初等部の集団戦だし、それが一番わかりやすいな」

 ティオの説明に、ランディはうんうんとうなずく。個人でどれだけ撃破しても、最終的に生き残った数で負けたら意味がないのだ。個より全を取った感じだな。これが中等部になると、大将を決めて、いかに相手の大将を倒すのかという戦略性も競い合うことになるらしい。

 初等部は、外野なしのドッジボールのような感じだろう。生き残りが多い方が勝ち。生き残りが少ない方が負け。確かにシンプルである。

「ちなみに個で負け、と判断されるのは主に6つね。ライフが0になること。意識を失うこと。合戦用の結界の外に出ること。反則行為を取ること。先生から危険と判断され止められること」
「あとは、自分の魔力量が完全に0になってしまった場合だね」

 メリニスとアリシアの補足に、みんなで腕を組んで考える。こうして改めてルールを確認すると、倒すだけが全てじゃないっていうのがわかる。それでも、クイントたちをその6つの条件のどれかに当てはめるには、なかなか骨が折れるだろう。

 しかも、あいつらが反則や危険な行為をするとは思えないから、実質4つだ。一番難しいのは、相手のライフを0にすることだろう。削りきる前に、俺たちがやられる可能性が高い。残った3つの条件で攻めていくのが定石か。

「……クイントかメガーヌをノックダウンできそうな人は手をあげてー」
「いたら悩んでいない」

 ごもっとも。

「あっ、でも『ぎゅうにくさん』ならいけるんじゃない?」
「……アレックス、ナイス。そうだ、今回は召喚術もレアスキルも個人持ちのデバイスもいけるんだったよな」

 アレックスの発案に、ランディは手をポンッと打つ。全員の目がリトスに向くと、彼は少し考え、静かに首を縦に振った。俺たちでは無理でも、異界の存在なら可能性はある。オスなのに、リトスの世話ばかりしまくっていた所為で、母性本能に目覚めかけ『ニューミノさん』になりかけていたぎゅうにくさん。ようやくオスらしいことができそうです。

 世話係の印象が強すぎて忘れていた。確かに見た目はバリバリ戦闘系だったよ、ミノさん。

「……あと、すごく今更だけど。レアスキルが使えるなら、アルヴィンの転移で場外アウトにもできるんじゃ…」
『……あっ』

 俺含め、全員が声をあげた。普段の使い方の所為で、素で忘れていました。



『作戦会議② 戦力把握について』


「ところでアルヴィンは、クイントたちにどれだけ余計なことを吹き込んだんだ?」
「ティオ、最近辛辣過ぎね」
「君だけ特別だよ」

 何その悲しい特別感。友人がものすごく強かになってきて、ちょっとばかり寂しいです。

「俺が知っている範囲でいいなら、クイントは魔力でブーストをかけてからの高速攻撃に続く連続技を習得。この前はベルカの学校の模擬授業で、大量の犬神家を量産したらしい」

 間。

「メガーヌは魔力を円盤状に練り上げて高速回転させ、対象を切断する能力に特化した魔力弾を開発したらしいよ」

 間。

「……何か弁解することはあるか?」
「ノリって怖い。クイントがサマーソルトをやっていた時代が懐かしい」
「現実逃避をするな」

 スパンッ、と理数の教科書が俺の頭にクリーンヒットした。おい、なんでわざわざ理数で叩いた!?


「俺が今まで技を受けてきた感じ、クイントに関しては下手に近づかない方がいいと思うぜ。遠距離から複数で攻めていくべきだ」
「いつもツッコミで吹っ飛ばされている、ランディの言葉なら信頼できるね」

 その信頼性はどうかと思うぞ、アレックス。

「ごほんっ…。とにかく、僕たちのアドバンテージはアルヴィンの転移と、リトスの召喚獣だ。この2つが、僕たちが勝てるかもしれない最大の要素に変わりはない。リトス、召喚獣の種類は何体いるんだ?」
「2体と1体」
「……その1体、何?」
「非常食用で――」
「全部で3体だな」

 この子、本当にたくましくなったわ。ティオがいなかったら、作戦会議はたぶん破綻していたんじゃ…、ということは考えないでおく。

「とりあえず、責任とってアルヴィンは、クイントかメガーヌの相手をしてもらうとして」
「えッ、軽くルナティックルートを決定された!?」
「うわぁー。頑張れよー、アルヴィン」

 おい、ランディ。お前だって筋肉バ○ターが見たい、ってクイントに言っていたのを俺は見たからな。

「ランディはクイントでいいな。一番耐久性があるし」
「ちょッ、ティオォ!? 俺はまだクイントの拳に愛を感じられるまでのレベルに達していないぜッ!?」
「それ達したらまずいんじゃね」
「自主的にMを目指す人は初めてだよ」

 色々絶句した。



 あーだ、こーだ話し合った結果、借りた黒板には大量の文字が躍った。だけど、なかなか決まらない。正直方向性は見つけても、具体案が全く出てこないのだ。思えば、俺たちの中に純戦闘に向いたやつなんていない。ティオールが唯一、俺らの中で近接戦の授業や戦術の授業を取っているが、1人の考えじゃ広まらないだろう。

 何かいい案はないか。向かい合いながら唸りまくる俺たち。そんな時、目をつぶり、静かに腕を組んでいるアリシアに気づく。その口元には、何故か笑みを浮かべているようであった。

「アリシアは、なにかいい案が思いついたのか?」

 俺の言葉に、みんなの視線がアリシアに向く。6つの視線が自身を見ても、全く動じずに不敵な笑みを浮かべ続ける妹。その様子にごくりっ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

「私に……いい考えがあるよ。今のこの迷路のような状態を抜け出す方法にね」
『本当っ!?』

 袋小路に陥っている、今の状態を打破する方法。自信満々に告げるアリシアの言葉に、みんなの期待が高まる。妹はさらにグッと腕を組み直し、笑みを深める。そして力強く目をあけ、同時に椅子から立ち上がった。俺たちに向け、はっきりしたアリシアの声が教室に響き渡った。


「とりあえず、今日は解散ッ!!」


 清々しいまでに言い切った。



******



「アリシアの意見は妥当だったね。あれ以上、ぐるぐるやっていても仕方がなかっただろうし」
「まぁ、腹も減ってきていたしな。あと1ヶ月あるんだ。根を詰め過ぎても駄目だよな」

 学校からの帰り道。アルヴィンとティオールとアリシアの3人は、家に向けて歩いていた。時間的にもずいぶん経っていたので、作戦会議は後日となり、それぞれ解散することになったのだ。テスタロッサ家とティオールの家は、実は結構近い。登下校は基本的にこの3人組になることが多かった。

「お母さんが言っていたよ。追い込みすぎたっていいことなんてないよって」
「あー、そうだな。適度に冷却するのは大事だしな」

 前を歩くアリシアが、クルッと2人の方に身体を向け、笑顔を見せた。結構熱くなりすぎていたらしい、と恥ずかしそうにアルヴィンは頭を掻く。そして、少し思案した顔を見せた。一点に集中した状態から抜け出すと、別の視点が見えてくるものである。例えば、戦闘経験がある人に師事を頼んだり、一緒に作戦を考えてもらうのも1つの手だろう。

「『廃スペックトリオ』から意見をもらえたりはできないかな…」
「……確か、去年中等部を卒業した伝説の先輩さんたち?」
「先輩さん、すごかったよねー」

 アルヴィンの言葉に、2人もすぐに該当人物の当たりをつける。『廃スペックトリオ』は、5年前の初等部での魔法合戦で、3人組の雄姿からつけられた称号である。その当時もすごかったが、去年の運動会で行われた中等部の魔法合戦は、さらに凄まじかった。

 一言でいうと、理不尽すぎた。あの世代だけ、色々おかしかった。インフレを起こしていただろってレベルだった。

 驚異のAAAランクという、クラ校の最高ランクをたたき出したバインド王子。それに続き、AAランク所持者の箒で爆走する図書室の先輩。そしてAランクながら、衰えることのない斜め上さが売りのレティ先輩。この3人組はある意味有名すぎて、本名よりも異名の方が轟いているらしい。伝説の先輩とか、理不尽の塊とか。

 そんなとんでもない相手との魔法合戦。だが、対戦相手であったベルカの生徒たちも……その3人組の所為で色々ふっきれてしまっていた。理不尽に対抗するには、同じく理不尽になるべきだと。ベルカの英雄さんを筆頭に、双剣を振り回す特攻型シスターや、マジで居合剣・絶みたいにぶっ放している方など、すごいのがいた。

 きっと、そういう時代だったのだろう。今では全員、めでたく管理局か教会の方に就職したらしい。素直に喜べないのはなぜだろう、と悩む上層部の方々がいたとかいなかったとか。


「先輩さんたちか…」

 ティオールは去年を思い出しながら、小さく呟く。彼はそこまでその3人組と交流があったわけではない。それでも、彼らの強さは印象に残っていた。特にアルヴィンが廃スペック先輩と呼ぶ、黒髪の少年はティオールにとって憧れの人物でもあった。バインドとかは置いといて。

 黒髪の先輩は、万能型の魔導師であった。相手に合わせ、味方に合わせ、己のスタイルを変えられる。だが、決して器用貧乏というわけではなかった。すべてにおいて、高い水準を維持し続ける文字通りの天才。近、中、遠というオールラウンド型。

 このメンバーの中で、戦闘に関する授業全般を受けていたのはティオールだけだった。遠距離型の戦闘訓練なら、リトスやアルヴィンも参加していたが、近接戦闘の授業を彼らは受けていない。近接戦闘ならティオールが一歩前に出ているだろうが、自信を持って任せろ、と言えるほどの実力はなかった。クイントと打ち合っても、勝負にすらならないだろう。

 授業では時々、初等部と中等部で合同授業をすることがある。その時、黒髪の先輩と直に打ち合ったことがあるティオールだからこそ、壁というものを強く感じた。もともと自身にとって武術とは、家の方針として訓練されていただけのもの。才能というのは、どうしようもないものなのかもしれない。

「うーん、先輩ならこんな状況になった時、どうしたのかなぁー」
「お兄ちゃん、先輩さんと仲がいいよね。ちきゅうやでよくお話をしているって、エーちゃんが言っていたもん」
「地球の漫画とかテレビとか、話が合うんだ。SFアニメを見て、キラキラした目でビーム砲を撃つために提督になりたい! って言っていたしな。……アルカンシェルは撃たないでくれることを祈るけど」

 次元世界で宇宙戦争がないことに安堵したアルヴィンだった。

「……そうだ、せっかくだからちきゅうやに行ってみるか。レティ先輩に会えるかもしれないし」
「えっ、今からか?」
「この時間なら、少し待てば勤務時間も終わるだろうしな。図書室の先輩の意見もあるといいかもだし、そこはメェーちゃんにお願いするか」

 ティオールとしては、ここまでやる気十分なアルヴィンを不思議に思う。作戦会議の時はぶつぶつ文句を言っていたが、なんだかんだで受け入れているのだ。負けず嫌いな性格だが、喧嘩になりそうだったら、彼はすぐに身を引くところがある。今回は喧嘩ではないとはいえ、戦闘だ。痛いのは嫌だと公言しているアルヴィンが、前向きに戦闘準備をしていることに疑問を持った。

 アリシアがいるからだろうか。彼女が参加できないことに、アルヴィンはどこか決意をしたように見えた。いつものようにかっこいいところを見せたい、という理由なのかもしれないが。少なくとも、モチベーションという点では、アルヴィンと自身の心境は違うのだろう。ティオールは不可解そうに、眉をひそめた。


「よし、善は急げだ。アリシア、少年B、家にカバンを置いて行ってくるから、先に帰るな」
「はーい。お母さんには私が言っておくよ」
「サンキュー。ついでにアリシアのカバンも、一緒に持って帰ってやるよ」

 アルヴィンが差し出した手に、アリシアは「ありがとー」とカバンを手渡す。11歳になっても、相変わらず兄妹仲はいいらしい。その様子にティオールは思わずふっ、と笑みを浮かべた。

 忙しないアルヴィンに少し呆れながら、アリシアとティオールは、転移で帰っていった少年を見送った。2人だけになった帰路。アルヴィンは無限書庫の仕事に出かけることが時々あったため、2人だけで学校から家に帰ることはそう珍しいことではなかった。

 それでも、少し気分が落ち込んでいたティオールにとって、今日は気まずさが感じられた。良くも悪くも、アルヴィンは台風のように引っ掻き回してくるので、その対処の所為で余計なことを考えなくていいのだ。無言で住宅地を2人で歩いていたが、ティオールは会話で気まずさを打開しようと考えた。

「アリシアはさ」
「ん?」
「その……ア、アルヴィンがあんなにやる気いっぱいな理由を知っていたりする?」

 打開策に必要な、会話のタネが見つからなかった。心の中で悶えまくった。

「お兄ちゃんが…」
「いや、ごめんね。ちょっと気になっただけで、深い意味は―――」

 途中まで言葉を続けて、ティオールは口を閉じた。横を歩くアリシアの顔が、目に映ったからだ。どこか寂しげに、でも誇らしげに、愛おしげに。様々な感情が浮かぶ、そんな微笑みを見せていたから。初めて見る友人のそんな表情に、呆然とティオールは見つめていた。ただ、見惚れていた。

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんとして頑張っているから、かな」
「えっ?」
「ティオ君もティオ君として頑張っているでしょ? それときっとおんなじだよ」

 アルヴィンはアルヴィン。ティオールはティオール。当たり前のような、でも忘れてしまいそうな言葉。なんとなくわかるが、やはり意味がよくわからないのが正直な感想だった。そんな彼女の言葉に、ティオールはさらに会話を続けた。今の自分の中にある、鬱々としたこの感情の答えをアリシアが知っているような気がして。


「僕が頑張っているってさ。でも、何を? 僕は先輩たちやクイントやメガーヌ、それこそアルヴィンやリトスと比べたって……才能や特別な力なんて何も持っていない。家の期待にだって応えられていない。僕だけ、みんなと違って将来を何も決められていない」

 ティオールの家は、それなりの魔導師を輩出する家系だった。その成果が認められ、富豪となった実力派。さすがに『雷帝』と呼ばれるダールグリュン家のような大物の富豪と血筋を持つ家とは比べられないが、中堅であり、十分に裕福であった。

 前当主の孫の子どもの内の1人。分家という立ち位置であり、本家に行くのは年に1回あるかないかぐらい稀だ。ティオール自身は、少しお金持ちなだけの庶民である。それを本人は特に苦に思ったことはなく、自分が貴族だという認識もない。それでも、家系として受け継がれた魔導師としての技術はあった。

 幼い頃から、父親に家の魔法を教えられた。ベルカ式の術式が含まれた技術を。だがティオール自身は、ベルカ式より、ミッド式の方に適正があった。魔力量も決して多くはなかったのだ。父と母から自身の魔力資質について、何かを言われたことはない。2人とも十分な愛情を注いでくれたのだから。

 それでも、どこかで恐れていた。自分に何ができるのだろうか。優しい両親に何を返してあげられるのだろうか、と。自分よりも才能がある親戚の者たちを見てきたから、その焦燥は成長するにつれて大きくなっていった。

「アレックスは宇宙に行って、色々な生態系を見たいって言っていた。ランディやリトス、クイントやメガーヌは管理局に入るかもしれない。メリニスは母親の実家の方の家業を受け継ぐって言って、ずっと頑張っている。アルヴィンは司書になって、冒険家を目指している」
「…………」
「アリシアの夢は聞いたことがないからわからないけど、前にどんなことをしたいのかは聞いた。僕には、何がやりたいのか、何ができるのかすらわからないんだ」

 気づけば、ずっと胸の奥にしまい続けていたものを吐き出してしまっていた。止められなかった吐露に、自己嫌悪が彼の胸に広がる。これではただの八つ当たりだ、と巻き込んでしまった友人に申し訳なさが溢れた。

 家のことや自身の力なんて、個人的なものだとわかっている。それでも、自分がほしいものを持っていて、やりたいことを決められている友人たちが羨ましかった。そして、そんな気持ちを持っている自分が嫌だった。


「……そっか。ティオ君は、私ともおんなじだったんだね」
「えっ…?」
「自分ではどうしようもなくて、羨ましくて、悔しくて、……大好きな人たちに置いて行かれるかもしれないことが、すごく怖くて、ただ震えることしかできなかった」

 アリシアの言葉は、今のティオールの心とほとんど同じものだった。彼の心情を読み取って言い当てた、というには彼女の口から紡がれる声には奮えがあった。おんなじだったんだね、と言ったアリシアの言葉が、もう一度ティオールの中を廻った。

 秋風が2人の間を吹き抜け、沈黙が流れる。赤みを帯びた髪と金糸が風にはためくが、2人の目はお互いに外れることがなかった。どれぐらい経ったか、スッとアリシアは視線を外すと、ふわっといつも通りの笑顔を浮かべた。それに、無意識に肩に力が入っていたティオールの緊張も解ける。


「アリ、シア…?」
「うーん、そうだねー。どうしたらいいのかな。むぅー?」

 口元に手を当て、小首をかしげながら悩む少女。への字に下げられた眉。それらの仕草が、ちんまりとした彼女を更に幼く見せた。さっきまでの印象ががらりと変わったことに、戸惑いを隠せない。それでも、先ほどまでの彼女も間違いなく彼女なのだ。それをティオールは、静かに受け止めていた。

「あっ、そうだ」
「ん?」
「ティオ君って、私とお兄ちゃんが大ゲンカをしちゃったことって知ってる?」
「……はぇ」

 変な声が出たことには気づいたが、ぽかん、と口をあけて放心してしまった。大ゲンカ? アルヴィンとアリシアが? 先ほどまでの2人の様子が頭の中にリフレインされては、アリシアが発した言葉の意味をなかなかティオールは理解できなかった。

「え、えっ……いつ」
「確か、私たちが3年生になってぐらいかな? あの時は、ちょっと家出までしてしまいまして」

 いやー、と恥ずかしそうに笑うアリシア。ティオールとしては、正直もういっぱいいっぱいだった。何からツッコめばいいのかがわからない。自分のこと。アリシアのこと。喧嘩のこと。布団以外に喧嘩理由があったこと。いや、そもそも布団で喧嘩もおかしい。等々。


「よーし、ティオ君! 迷える子羊さんに、アリシアお姉さんがどーんと教えちゃうよ!」
「え、誕生日は僕の方が早いはずだけど」
「こまけぇこたぁいいんだよ!!」
「よくないよ!? お姉さん発言じゃなくて言葉遣いが!?」
「むぅー? お兄ちゃんから伝授されて、頑張って練習したのに」
「……アルヴィーーン!!」

 アルヴィン・テスタロッサ。彼女の兄の業の深さを思い知った。

「ほらっ、早く早く! 今日はリニスとウィンは見回りだし、コーラルとブーフもお出かけしているはずだから、家には誰もいないと思うよ」
「そ、それはそれでまずいんじゃ。一応男女だしさ」
「んー、小学生だからきっとセーフだよ。こういう特権は使える時にフル活用するべし! あっ、ここテストに出るって言ってたよ」
「それ言ったの絶対にアルヴィンだろ!」

 いたずらっ子のような笑顔を見せ、走り出したアリシアに、慌ててついて行くティオール。木枯らしのように様々な思いが渦を巻きながら、少しずつ天へと駆けのぼっていった。

 
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