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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第55話 「ジークフリード・キルヒアイスの憂鬱」

 
前書き
皆様、本日はお日柄もよく、ご愁傷様です。 

 

 第55話 「人生七転八倒」

 ラインハルト・フォン・ミューゼルだ。
 ブラウンシュヴァイク家に来てからというもの、学ぶべき事が多々あり、頭の痛い日々を送っている。エリザベートもまとわりついてくるし。ただキルヒアイスもリッテンハイム家で、同じように学んでいるという。
 ああ、俺だけではないのだ。ということがなにやら救いに思えてくるから不思議だ。

 ■フェザーン自治領主室(ランデスヘル) ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 ここ最近、オーベルシュタインの顔色がいっそう青ざめ悪くなってきた。
 理由は簡単で、自治領主室内でひそひそと噂話にもなっているほどだ。皇太子殿下の寵姫(笑)が、フェザーンに出向してきてからというもの、何をどう気に入ったのか、オーベルシュタインをやたら構うようになった。
 しかもアンネローゼタイプ。
 肉食系女子の高笑いが自治領主室に響き渡る。
 しかしながら見ている分にはおもしろい。関わりたくはないがね。
 ザ○を従え、書類片手に高笑い。
 いけいけぼくらのクラーラ・フォン・ツヴァイク。
 オーベルシュタインを落としちゃえ。

「何がそんなにおもしろいのだ」

 声が冷たいぞ。
 いやしかし麗しい女性が、向こうから近づいてきているのだ。結構な事ではないか。
 いーなーうらやましいなー。けっけっけ。
 あ、むくれた。めんどうなやつ。

「何を拗ねておられるのですか?」

 声色も涼やかに、金髪美女が自治領主室に入ってくる。
 おお、細身のスーツが身体の線を浮き出させ、見事なプロポーションを際ださせていた。
 やるな。
 見事だ。
 さすが皇太子殿下の寵姫(笑)
 背後に頭を抱えた皇太子殿下のお姿が見えるようだ。
 今頃きっと安堵のため息を漏らしている事だろう。

「いや照れているだけだ。きっと」
「まあ、そうでしたの」

 すっと足音も立てずにオーベルシュタインに近づいていく。
 いったいどこでこれほど見事な隠行を身につけたのだろうか? 士官学校でも学ばせねばならないかもしれんな。
 ストーカー気質の女は怖い。
 オーベルシュタインよ。世のため人のため、なにより自治領主室の平和のために、卿には人身御供になってもらおう。
 そしてクラーラとラブラブになるのだ。
 それだけで自治領主室は平和になるのだよ。
 愛。
 なんとすばらしい言葉だろう。
 部屋のあちこちから漏れる安堵のため息が聞こえるか。
 誰もが卿に期待しているのだ。
 覚悟はできたか?
 宜しい。
 我々は全力でクラーラを応援しているぞ。
 今日も銀河は平和だ。
 遠いオーディンで、皇太子殿下も喜んでおられるに違いない。
 さっそく皇太子殿下にご報告申し上げねば。
 祝電が届くだろう。

「結婚式は派手に行こうぜ」
「何を言ってるのだ卿は」
「まあ、シルヴァーベルヒ様。そんなに派手に成されなくとも……」
「いやいや、ここは派手に行こう。フェザーンを挙げて放送しよう。帝国にも流そうぜ」

 ぐっと親指を上げて見せる。
 恥ずかしそうにはにかむクラーラ。蒼白な表情を浮かべるオーベルシュタイン。
 しかし誰もオーベルシュタインに同情する者はいない。
 誰だって我が身がかわいいのだ。
 フェザーンは一致団結した。
 良い事だ。
 素晴らしい。

 ■軍務省 ウルリッヒ・ケスラー■

 宰相府からめったに出てこない宰相閣下が、珍しく軍務省にやってこられた。
 宰相閣下というお方は、そうそう軽々しく出向かれる事はない。命令系統の遵守ということを大事にされているからだ。
 各省庁のトップに対して命令される事はあっても、その下に直接命令する事はないのだ。
 言うなれば、それぞれ各部署のトップの面子を潰すような事はなさらぬ。
 それだけに直接来られたという事はよほど重要な用件なのだろう。
 軍務省の廊下を堂々と歩かれる姿に、誰もが目を疑う。そして通り過ぎたあとで気づくのだ。
 一見してゆっくり歩いているように見えるが、その実かなり早い。急ぎ足というわけでない。優雅な足取りとすら思えるが、速い。
 宰相閣下の足取りを見た士官学校の格闘技官が、目を見張っていた。

「すごいな。体勢がまったく崩れていない。中心線、いや軸がぶれていないとは」

 そんな呟きが聞こえてきた。
 ただ歩く。
 それだけで格闘の専門家を驚かす。
 いったいどういうお方だ。まだまだ底の見えぬお方だと思う。私には気づかなかった。専門家だからこそ気づくような些細な点。それを見抜く技官の力量もさすがというべきか。
 宰相閣下がさりげなく敬礼をして通り過ぎた。
 畏敬の篭った目で見送る技官。
 実に対照的な光景だった。

「何者だ。この先は……」

 軍務尚書の部屋の前で、警備をしていた兵士の一人が鋭い声で誰何する。
 荒々しいと思える態度だ。しかし宰相閣下だと気づいた瞬間、血の気が失せた。声が小さくなっていく。

「帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。開けてくれるかな」
「りょ、了解いたしました」

 警護の兵を前にして穏やかな声で名乗られた。
 気分を害した様子はない。落ち着いていらっしゃる。慌てる兵とは大違いだ。しかし笑う気にはなれん。私でも突然、宰相閣下が目の前に現れたら慌てるだろう。
 開けられた扉の向こうで、旧式の片眼鏡をかけた軍務尚書エーレンベルク元帥が、机の前で書類を眺めていた。来訪を告げる兵士の声に顔を上げ、じろり睨みつけるように視線を向けてくる。
 その視線の先にあるのは宰相閣下でも私でもなく、警護の兵士だ。
 さきほどの誰何と態度が微かにでも聞こえていたのだろう。
 視線に冷たいものがある。宰相閣下とは対照的だ。

「警護の兵が失礼致しました」

 ゆっくりとではあるが立ち上がりながら、エーレンベルク元帥が言ってくる。
 空気が変わった。
 私の前に立つ宰相閣下の纏う空気が凍りついたように冷たいものに変わる。

「何の話だ」

 答える声すら冷たい。

「宰相閣下を押しとどめるなど許される事ではありません」

 エーレンベルク元帥の語尾が弱い。頬から一筋汗が流れた。

「自らの職務に忠実なだけだ。警護の兵士であれば、相手が何者であろうと見慣れぬ者が近づいてくれば、誰何し押しとどめるは当然。何も失礼な事ではない。卿は良い部下を持っている。ああいう部下こそ大事にするべきだ」

 職務に忠実な兵か、なるほど通りで宰相閣下に気分を害された様子がないはずだ。そして名乗られたのも、おかしな話ではないか……。

「と、ところで今日はどのような用でしょうか?」

 エーレンベルク元帥が露骨に話題を変えてくる。
 それに宰相閣下も気づかれたのだろう。軽く笑みを浮かべソファーにゆったり座られた。その前にエーレンベルク元帥も座る。

「ブラウンシュヴァイク公が自由惑星同盟首都星ハイネセンに向かう」
「知っております」

 ブラウンシュヴァイク公爵がハイネセンに向かうのは、秘密でもなんでもない周知の事実だ。
 護衛は一個艦隊。指揮官はアウグスト・ザムエル・ワーレン。中々堅実な指揮ぶりだともっぱらの噂だ。だがこれだけでは宰相閣下が直接来る理由にはなりえない。
 エーレンベルク元帥も気づいている。頷いて先を促がす。

「さてここからが本題だ。ブラウンシュヴァイク公に同行するのはラインハルトと、ここにいるウルリッヒ・ケスラー大佐。そしてアドリアナ・ルビンスカヤだ」
「あのフェザーンの女狐……」

 エーレンベルク元帥の目が驚愕に見開かれた。
 代表としてブラウンシュヴァイク公爵は当然だが、ラインハルトや私に事務的なものを手配する事務官達、その辺りまでは不思議ではないが、まさかあの女を派遣するとは思っていなかったのだろう。
 元々はアドリアン・ルビンスキーの影だった女だ。信用できないと思うのも不思議ではなかった。

「何を不思議がる? 事はサイオキシン麻薬と地球教に関するものだ。あの女以上に詳しい者など帝国にも同盟にもいまい」
「た、確かにそうではありますが……」
「信用しろとは言わん。あの女が話す内容とこちらが話し合ってきた内容を比べ、分析せよ。詐欺に引っかからないようにするのは、どこで儲けを出すのかということを考える事だ。儲けのない商売など誰もしたがらん。どこかで利益を出す。それがこちらにも利があるのか、利用されているだけなのか、これを分析するんだ」

 宰相閣下の物言いは利に基づいている。
 まるでフェザーン商人のようだ。しかしそれだけに向こうでもやりにくい相手だろう。
 その後はスパイ網の構築と分析。
 宰相閣下が構築された選挙対策本部。
 改めて聞くと驚かされる。
 まさか同盟の選挙にこちらから人を送り込んで、立候補させているとは。

「抜け道なんぞいくらでもあるものだ。利用できるものは何でも利用する」

 薄い笑みを浮かべたまま宰相閣下が言った。
 そして立ち上がる。
 話はこれで終わりらしい。
 たったこれだけの話をする為だけに足を運ばれる。TV通信で終わるような話だが、それではいけないのだろう。
 直接、会って宰相閣下から命ぜられた。
 その形式こそ重要なのだ。

 ■オーディン リッテンハイム家 ジークフリード・キルヒアイス■

 リッテンハイム候爵家に無理矢理連れてこられてしまった。
 ラインハルト様がブラウンシュヴァイク家に連れて行かれたように、わたしもリッテンハイム家にいる。
 ひどい話だ。
 わたしみたいな平民に対するものとは、このように理不尽なものか……。
 じーざす。
 特にリッテンハイム婦人であるクリスティーヌ・フォン・リッテンハイム様に至っては、まるで姑の如きものだった。

「ジークフリードさん、窓の桟に埃が残っていますよ」
「あらなにかしら、このスープ。塩辛いったら、わたくしを高血圧にするつもりかしら?」
「これだから下賎な生まれは、あなたをリッテンハイムの婿とは認めませんよ」

 いったいどこの姑だ。ろくなもんじゃない。
 リッテンハイム候が諫めていたが、婦人は平気なものだ。

「あら、こういうものじゃないの? へんね~最近放送していたお昼のドラマでは、こうだったのだけど……」

 などと言いやがる。
 それにしてもお昼のドラマとは、あれかっ!!
 華の嵐。
 最近放送し始めている。連続ドラマ。通称、昼メロ。どろどろドラマ。
 あんなもんに影響されてやがるのかよ。
 ハッ、いけない。
 私はなんという悪い口調になっているのか……。
 それもこれもきっと宰相閣下の悪影響だろう。
 脳裏に戦え。ファイトだ!!
 という宰相閣下の姿が見えたような気がするが、たぶん幻影だ。
 それにしても宰相閣下ならどうなされただろうか?
 そう言ってみたら……。クリスティーヌ様が真っ青な顔色となり、全身を震わせて怯える。

「ジークフリードさん、あなたは鬼です。悪魔です。血も涙もないのですかっ!! あのルードヴィヒならばなどと言い出すなんて、ひどい」

 よよと泣き崩れてしまった。
 宰相閣下、あなたはいったい姉である夫人をどう扱っていたのでしょうか……?
 考えると怖くなったので、底まで知りたくありませんがっ!
 気にはなります。
 ですが一つ解ってしまいました。
 宰相閣下はまだまともだったんですね。
 俺様ぶりや口調の悪さで、勘違いしがちですが、行動そのものは理性的で、道徳的にも良識の範囲内ですし。
 ……良かった。
 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムが皇太子で。
 夫人がもし仮に男性で皇太子であれば、きっと帝国は崩壊していたはずです。
 夫人達は良くも悪くも、五百年続いた帝国の皇族らしいお方なのでしょう。
 けっ、ろくなもんじゃねえ。
 あーわたしもずいぶんやさぐれてしまったものだ。
 ブラウンシュヴァイク家に行っているラインハルト様も、きっと今頃は苦労なさっているに違いない。
 ルドルフ大帝が甦って、子孫である夫人達を怒鳴りつけてくれないものだろうか?

「ルードヴィヒが現れて、わたくしを足蹴にするというのですか? た~す~け~て~」

 ほんといったい、なにをしたんでしょうか?
 ガッツだぜ。
 全ての障害はただ進み、押し潰し、粉砕する。
 立ちふさがる者があれば、たとえ親兄弟であろうとぶちのめす。
 そこに遠慮などいるものか。
 俺の前に立ちふさがったのが、間違いなのだ。
 ああ、宰相閣下の幻聴が聞こえてくる。
 あのお方の言いそうなことだ。あれぐらい割り切れたら人生楽しいかもしれない。
 あれ? そういえばラインハルト様も似たような部分がある。
 ひょっとして二人とも根っこの部分は似ているのかもしれない。
 意外な発見だ。
 ラインハルト様に言ってみよう。
 たぶん顔を真っ赤にして、否定するかもしれないが。
 宰相閣下は今頃気づいたのか、なんて言いそうです。なんだか楽しくなってきました。

「その笑み、まるでルードヴィヒのようです。こないで~」

 ほんと宰相閣下のように足蹴にしてやろうか? 
 

 
後書き
友人の結婚式に、親戚のお葬式と立て続けに続いてしまい。
休みは全て潰れてしまった。
休んでない。休んでないよ。
両手を壁につけて、呟く日々。
ただでさえ増税前の駆け込み注文が来て、忙しかったというのに。
がっでむ。
 
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