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悪童

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第一章

                      悪童
 織田信長の幼い頃、吉法師と呼ばれていた頃の悪童ぶりはつとに有名である。彼は幼い頃から傾いていたのだ。
 だが悪かったのは彼だけではない、上杉輝虎入道謙信もだ。 
 彼がまだ虎千代と呼ばれていた頃だ、長尾家の家臣達はいつも頭を抱えていた。
「全く、あれでは」
「うむ、ご次男であるから出家されるのが筋であるが」
 彼には兄である晴景がいる、病弱であるが兄は兄であり嫡男だ。
 だからだ、彼の将来はこの時決まっているとされていたのだ。
「出家されるにしてはあまりにも」
「うむ、乱暴過ぎる」
「少しもじっとしておられぬ」
「やれ馬だやれ剣だと」
「励まれるのは武芸ばかり」
「経典等も一切読まれぬ」
 読むのは兵法の書や軍記ものばかりだ、長尾家の主になるのならいいが。
 僧になるにはだ、とてもだった。
「あれではのう」
「僧になられるには陽の気が強過ぎる」
「申し上げても聞かれぬ」
「僧にはならぬとさえ仰る」
「まことに困った方じゃ」
「外見にも気を使われるしのう」
 僧の衣を好まず侍の服を好んでいたのだ、しかも伴天連の者が着ているマントにさえ興味を見せている程だ。
 だからだ、彼等も頭を抱えて言うのだ。
「参ったのう」
「全くじゃ」
「大人しく出家して頂きたいが」
「それは難しいかのう」
「困ったことじゃ」
 とかく虎千代は手がつけられなかった、少なくとも僧侶になるにはこれ以上はないまでに不向きと思われた。
 この日もだった、激しく馬を操り剣に槍を振っていた。その彼に対してだ。
 家臣達は困った顔でだ、こう言って諌めるのだった。
「あの、常に申し上げておりますが」
「虎千代様は出家されるのですから」
「どうか武芸ではなくです」
「御仏の道を学ばれて下さい」
「是非共」
「あんなものを学んで何になるのです」
 だがだ、虎千代は彼等の諫言に不満そうに返すだけだった。言葉を返す間もその手には木刀が握られている。
「私は武門の子、それならば」
「ですから出家されるのですぞ」
「そういったことは」
「仏門のことなぞ学んで何になるというのですか」
 言葉遣いは丁寧だが口調は強かった。
「ましてや今は戦国の世です。僧といっても戦の場に立つこともあるではありませんか」
「ですがそれでもです」
「どうか」
「私は止めません」
 やはり断固とした口調であった。
「武芸は」
「そして仏門もですか」
「そちらも」
「学びません」
 こちらにも断固とした口調であった。
「決して」
「左様ですか」
 これには家臣達も困るしかなかった、だがその虎千代を見てだった。
 父の為景は何も言わない、それは何故かというと。
「それならば奥に言うのじゃ」
「奥方様ですか」
「虎御前様にですか」
「うむ、虎千代は奥によく懐いておる」
 このことはその通りだった、虎千代は父よりも母を慕い母に対しては随分と親孝行であり素直だ。只の悪童かというとそうでもなかったのだ。
 それでだ、為景もこう言うのだ。 
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