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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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アリシゼーション編
  episode2 そしてまた彼の世界へ2

 ―――今日の夕刻、―――にきてくれ……装置が動かしにくくてね……

 呼白さんは、そう言って俺の質問にはほとんど応えることなくさっさと去っていってしまった。好意的に捉えるのなら俺をそのSTLとやらに詰め込むための種々の準備をしに行ったのかもしれない(事実そうなのだろう)し、もし残ってあれこれ説明してくれたとしても、結局俺には半分も分からんのだろうし。

 その点。

 ―――ボクは特に何もないけど、まぁ、居ても意味ないし。長居しても蒼夜が怖いしねぇ

 玄路さんはもっと飄々と去って行った。……が、こっちは俺にも分かる。きっと『彼ら』なる人物に俺がこの計画に関わるということを説明しに行ったのだろう。この辺りの面倒事は、それなりに社会人やってる俺は嫌ってほど知っていた。きっとそこには、嘘や口止めといった綺麗事で済まないものもあるのだろう。

 たぶん、玄路さんはそんな役を継ぐ人がほしかったのだろう。
 この苦労が何となく思い至れる点、俺にもそういう素質はあるのかもしれん。

 ―――さっさと消えなさい。忙しいのよ、私は。

 蒼夜さんはもっと露骨だった。毒舌な人だが、裏表のない分ある意味分かりやすい人なのかもしれない。まあ、攻撃的な分、分かりやすくても「与し易い」とは到底言えないのがあの人の困ったとこなのだろうが。

 そして最後の一人。

 ―――行きなさい。母さんは、信じてるから。母さんよりも、挨拶するべき人がいるでしょう?

 朱春母さんは、そう言って俺を笑って送り出してくれた。





 (……いるのだろうか?)

 母さんよりも……っていうか、そもそも挨拶するべき人なんて……とそこまで考えて、俺は苦笑いしてしまった。一体何回同じ思考を繰り返すのか、という自分に対する嘲笑だ。毎度毎度飽きもせず同じことを、同じように忘れている。

 (……いるじゃねえかよ)

 そう、いるじゃないか。
 ソラと同じように、気兼ねなく『仲間』と呼べる、そんな友人たちを。





 「……どこまで、お話しましょう」
 「ああ、ぼた……ブロッサムさんはいつも通り、黙っていてくださいよ。……俺が説明しますから」

 そういえば数えるほどしか聞いたことのないブロッサムの声が、ひどく弱弱しい。

 うーん、こんな時に不謹慎かもしれないが、なんというか無口キャラってずるいな。よっぽどのことがない限り喋らない分、その「よっぽどの時」になった際に吊り橋効果が半端じゃない。弱弱しいブロッサムの声なんて、慣れない分くらっとくる。

 「……しかし……」
 「どこまで話すか、俺だって悩んでるんですよ……或いは、個別のほうがいいかも、とか……」

 ガシガシと頭を掻く。

 ありがたいことに今の俺のアバターは、「ラッシー」のそれだ。その長い指とアバターの体をを生かして力任せに頭を掻き毟って混乱を誤魔化す。どれだけ掻いても血が出たりしないその体は便利と言えば便利だ。だからといっていくら掻こうといい案が浮かぶわけではないのだが。

 「……」
 「はぁ……」

 ブロッサムがそのまま沈黙する。そして俺は溜め息をつく。
 まあ、この際だ。洗いざらい時間の許す限り話すというのもありだろう。

 俺が知っていることくらいなら、どうせあの人たちにとっては問題はないのだろうから。





 「……まあ、事情を知らないなりに納得はしたよ?」
 「うむ。要約すれば古馴染みの友人……失敬、昔の妻に会いに行くので数日空ける、と」
 「なんでわざわざ言い直したクソボーズ」
 「クソボーズではないグリドースだ。……なんだ、違うのか?」
 「別に的確な要約だと思いますよ。それに関してなら別に我々は特に問題ありませんよ。もともと以前はラッシー……シド抜きで『血塗れ雑技団』は回っていたのです。ほかのメンバーも比較的暇ですし、傭兵の申し込みも多いですから」
 「うんうん、こっちは心配ないよ? だからシドは、そっちの事を最優先、ね?」
 「……悪いな」

 ツカサ、グリドース、ミオンは、あっさりとそう割り切った。

 この三人は比較的ソラとの関わりが薄かったのが原因かもしれない。そして彼らは良くも悪くも俺より「大人」だった。あいつらは、人にはそれぞれここまで生きてきたことに付随する事情があって、自分たちがそれに対して出来ることなどそう多くないことを知っている。

 今に当てはめるなら、それはただ笑顔で送り出すこと、そして。

 「別にこれが拙僧たちとの今生の別れというわけではあるまい?」
 「少々の不在など、大した問題ではありませんよ」
 「うん。オレ達が、待ってるからね?」

 俺の帰りを、待っているくらいのこと。
 それは傍から見たら大したことではないのかもしれないけれど。

 俺にとっては、なによりも嬉しいことだった。





 さて、実にオトナな対応をしてくださったGGO……『血塗れ雑技団』の面々に比べて、非常に子供らしい反応をしてくれたのは、モモカだった。ああ、誤解の無いように言っておこう。「子供らしい」というのは、「聞き分けのない」という意味じゃあない。実に若々しく、微笑ましい、ということだ。

 「私も行きます!」

 真直ぐな目で、モモカは言った。

 「私だって、シドさんの仲間なんです! えっと……だから、ソラ、さんだって、私の仲間なんです。シドさんにとって大切な人なら、私にとっても大切な人です。……私が居たって何にも役に立たないかもですけど、でも、何か役に立つかもしれないです!」

 真直ぐで、強い意志を讃えた目で、言った。

 「危ないことだって、構いません! いいえ、シドさんだけで危ないことをするほうが、ずっとダメです! 前みたいにみんなでやれば、きっとできますよ!」

 両手に握り拳を作って、ともすれば鼻から気合が噴き出すのが見えるくらいのセリフは、なんというか……どこまでも「スレていない」セリフだった。そのセリフは、俺にはもうない……いやもしかしたら物心ついた頃からもう持っていなかった、そんな明るさを感じさせてくれた。

 世の中には俺や俺達にはどうしようもないものが沢山あって、昏くてドロドロしたものがいろいろと渦を巻いていて、間違ったことが山ほどあって。そんな世界を「くだらないものだ」と思っているような、俺みたいにはもう持ちえない、「世界の正しさ」を本気で信じているような、そんなモモカの真直ぐな心が、俺には眩しかった。

 「……信じてます! シドさんはいい人です! きっとソラさんだって助かります!」

 そんなモモカの力強い励ましは、俺の心の中で反響する。

 その声に、応えたい。
 まだ世界の暗さより、明るさのほうを信じる彼女に、それを示したい。

 だから俺は、笑顔で約束した。
 必ず笑顔で帰ってくると。

 モモカもそれに、満面の笑みでうなずいてくれたのだった。





 「悔しい、っすよ、正直。でも、そういう風になってるなら、しょうがないっす」
 「……一人、ソラを助けにいくなら……シド。異論はない」

 ソラのことをよく知る、長い付き合いの二人は、そう言った。

 今回、ソラの魂を保護、養育している世界である『アンダーワールド』に行くための筐体……ソウルトランスレーターは、一機……それも呼白さんが作った試作の試作機しかないらしい。プロジェクトの大本である、玄路さんの関係者のほうに連絡を取れればもう少し数があるのかもしれないが、現状すぐに用意できるのはその一機だけ、とのことだったのだ。

 必然、彼女の下へと行けるのは、たった一人ということになる。

 「……悪いな」

 二人には、その席を俺に譲ってもらったことにある。

 レミの言うとおり、このメンバーで(ゲーム的なステータスではなく、現実的な側面を見て)突発事態、不測の事態への対応力という点で言えば、自惚れでなく俺が一番だという思いはある。それは二人だってそうだろう。

 だが、そういう問題ではないのだ。

 たとえそれが最善だとわかっていても、それでも個々人の、「思い」は別なのだ。ファーだって、レミだって、自分がソラを助けるために何かをしたいのだ。俺は二人に助けとして、「助けるのを我慢すること」を強いた。それはきっと、俺以上に辛いことのはず。

 それでも、二人は、頷いてくれた。そして。

 「……そのほうが、ソラも喜ぶ」
 「ギルマスを助けるなら、やっぱりシドさんッス!」

 そう言って笑った二人に、俺もまた笑って手を振った。


◆ ◆


 彼らの、彼女らの、想い。
 その想いは、ここまでの道のりは、決して無駄ではなかった。

 その想いは、力となり、光となり、届く。

 ―――私にも……できること、ないかな……

 遥か遠い異次元、アンダーワールドの中までさえも。


 
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