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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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決戦6

 

 ブラスターが交差した瞬間、言葉にラインハルトは岩場に走った。
 ヘルダーも同様だ。
 驚いた視線が交錯したのは一瞬のことで、同時に同じ岩場に飛び込んだ。
 直後に穿たれるのはブラスターの嵐。

 逃げ込んだ岩を削らんばかりの勢いに、ラインハルトは舌打ちをした。
「敵の動きが、早過ぎる」
 呟いた言葉は、敵の動きによるものだ。
 問答無用で放たれるブラスターは正確に二人の命を狙っている。

 味方部隊が炎上したのは十数分も前。
 それから即座にこちらに反転攻勢をするなど。
 強い視線が隣のヘルダーを捕えた。
 憮然とした表情が映る。

「無線も、味方にも連絡はしていない。知っているのはあの場にいた連中だけだ」
「それが裏切ったとは?」
「マーテルはないな。あいつはそんな大事に手を染められる人間ではない。だから、私も伝えなかった」
 何がという言葉は隠す様子に、ラインハルトは皮肉気にヘルダーを見た。

 他にいた者の名前を考えている様子に、ラインハルトもしばらく考えて、首を振る。
「いや裏切りではないな」
「なぜそう思える」
「もし裏切りがいるのならば、こんな場ではなく、同盟軍が基地に攻めた時に裏切ればいい」
「間に合わなかったかもしれない」

「ならば、次まで待てばいい。今更前線指揮官の貴殿と私を殺しても何もならない。同盟にとっては今の我々に、そこまでの価値はない」
「正直な男だ。確かに、帝国にとっても同盟にとっても前線指揮官や寵姫の弟など、何の価値もないだろう。むしろ、帝国では喜ぶ者の方が多いか」
「ああ。残念ながらその意見には同意しよう」

「ふん――で、それが分かったところで現状には変わりがないな」
 ラインハルトが見上げれば、遥か頭上に同盟軍の姿がある。
 数こそは多くないが、それも時間の問題だろう。
 すぐに援軍がくれば、囲まれることになる。

 そして。
「敵の自滅は期待できそうにないか」
 小さく吐いた言葉に、同じく顔をあげていたヘルダーがラインハルトを見た。
「敵がこちらに近づけば楽ができたのだが」
 そうすれば敵将を狙い、あるいは接近によって功を焦った隙をつく事が出来る。

 それを期待している表情に、ラインハルトはもう一度頭上を見上げた。
 こちらに姿を見せないように、それでいてこちらの動きを釘づけにするように放つ指揮官へと。
「相手の指揮官は、今まで敵の前線基地の指揮をしていた男のようだ。難しいな」
「知っている男か」
「突撃の際に何度か」

「……それは手強いな」
 ヘルダーの言葉に同意するように、ラインハルトは頷いた。
 功を焦ることもなく、無理もせずに出来る限りで最大の出血を強いる。
 今回も突撃をすることなく、ただ味方の援軍を待っている。
 時間を稼げば味方だけでなく、敵の増援も来る事を理解している。
 それを天秤にかけた結果、時間を稼ぐ事を選択した。

 そこには戦功も、あるいは保身もない。
 ただ出来る限りの事をする。
 当たり前のことであるが、それをされる今は笑えることでもない。
 あるいは。

 苦く表情を作った姿に、ヘルダーがブラスターを撃ちながら、怪訝に眉をしかめた。
 敵の攻勢の前には何ら意味を成さないことだが。
「敵はこちらの増援を待っているのかもしれない」
「……それは相手に不利に。いや、なるほど。狙撃兵の理論だな」
 ラインハルトは黙って頷いた。

 敵の侵攻を止める際に、狙撃兵は頭を撃ち抜くことはない。
 撃つのは足や肩など、戦力を削ぎ、なおかつ死なない場所だ。
 そうしておいて、助けに来た味方を撃つ。
 もし助けに来なければ、怪我をした味方を撃って、悲鳴を上げさせる。
 その悲鳴を上げさせる立場は。

「帝国にとってはどうでもいいが、私は利用価値はありそうだ」
「そう思うのならば、ブラスターを撃たずに身体を外に出さないことだ」
 再びブラスターを撃ちかけて、ヘルダーは苦笑した。
 小さく息を吐いて、ブラスターを手に岩に身体を預ける。
「ミューゼル少尉が私の身体を心配するとはな」

「私はまだ死ぬわけにはいかない」
 強い言葉に、ヘルダーは小さく笑う。
 身体を乗り出さずに、顔を出した。
 敵はラインハルトの考え通り、こちらに対して突撃をせずに待っている。

 おそらくは味方を。
 損害を出さずに敵を撃ちとれる人員を集められれば、突撃にするのだろう。
 あるいはこちらが先に人員を集められれば。
 ……チェックメイトだな。
 もし敵よりも先に味方が現れれば、敵は撤退するだろう。

 そうして来るのは敵の爆撃機によるナパームの炎。
 むしろ、敵はそれを望んでいるのかもしれない。
 八方ふさがりの現状に、ラインハルトは隣で親指を食んだ。
 まだ幼年学校を卒業したばかりの若造。

 命をビットした戦場など、経験したこともない。
 だからこそ、幾ら天才といえどもヘルダーは負けないと思っていた。
 知識ばかりの天才など、軍にとっては無用の長物でしかない。
 貴族にとっては、好きにできる獲物に他ならない。

 だが、奴が経験を手にすれば。
 彫像のような金髪の若者が、逃げだす策を考えている。
 まったく――。

 + + +

「ミューゼル少尉」
 隣から聞こえた言葉に、ラインハルトはヘルダーを見る。
 そこには唇をあげて、苦い表情を浮かべる姿があった。
 何も思いつかないのならば、思考の邪魔だ。
 そう呟きかけた声を押さえるのは、ヘルダーの瞳だ。

 決意。
 そうとしかとれぬ瞳が、ラインハルトを見ている。
「先ほど私は何とかしてみろと、言ったが。何とか出来る方法がある」
「……何を?」
「思いつかぬか」
 嘲笑すらも浮かべた表情に、ラインハルトはしばらく待って頷いた。

 有利な地点からの一斉射撃。
 それはラインハルトを殺すだけではない。
 集まった味方すらも一蹴する悪魔の罠だ。
 それを回避する策は、いかなるラインハルトも思いつけないでいる。
 覚悟を決めて、走るか。

 分の悪い賭けであるが、座して死を待つ趣味はラインハルトにはなかった。
「そうだろうな。ミューゼル少尉は、一族郎党が処刑といった。だが、それ以外にも助かる方法はあるのだ」
「……」
「聡明な君のことだ。その策はわかったようだ」

「本気か?」
「冗談ならば、私も嬉しいがな」
 憮然としたラインハルトに、笑い声が響いた。
 楽しげな、面白げな声だ。
「最後に君のそんな顔を見れて、嬉しい」

「本気で言っているのか」
「だから貴様は若造というのだ」
 ラインハルトの言葉を撃ち消すように、強い言葉が響いた。
 彼を睨むように、そして、嘲笑うようにヘルダーは見ている。
「お前が姉を、キルヒアイスを大切にするように、我々にも大切にすべきものがある。それは命を賭けてもだ」

 叫ぶように放たれた言葉に、ラインハルトは反論ができない。
 お前らと一緒にするな。
 そう浮かんだ言葉は、ヘルダーの瞳にかき消された。
「私が死ねば、家族が助かる。ならば、私は命なぞ幾らでも手放そう。暗殺を行う前に、無様に戦死した――そう聞けば、いかに雌狐も私の家族に手は出さぬだろう」

「……貴殿は。ヘルダー大佐はそれで良いのか」
「初めて階級を呼んだな」
 微笑。
 そして、小さな笑みを浮かべながら、ヘルダーはラインハルトを見る。
「賭けは引き分けだな」

「何を?」
「そうだろう? 結局、貴様は私を何とかすることはできなかった。だが」
 言葉と共に、ヘルダーは懐に手を入れて、放つ。
 それは一枚の紙切れ。
「雌狐の手紙だ。何の証拠にもならないがな」

 苦笑。
「もしヴァルハラに来ると言うのであれば、その時は賭けに勝ったと。そう言ってから来ると良い。何もなければ、そのまま現世に突き落とす」

 + + + 

「おおおおおおっ!」
 叫んだ声は咆哮。
 力強く呟いた声は、まるでレーザーすら避けるようだ。
 集中されたレーザーは動き出したヘルダーを狙い、しかし捉える事ができない。

 雪原を獣のように駆け抜けて、ブラスターを放った。
 突然の攻勢に、同盟軍が驚いたようにたじろいだ。
 動揺している。
 ならばと、ふらつく足に更に力を込めた。
 第一戦にいた頃ならば、この程度で疲労など覚えなかっただろう。

 後方任務と思い、身体を鍛えなかったことが悔やまれる。
 だが。
 ヘルダーは表情に笑みを浮かべて、同盟軍を見る。
 戦場を走りきることはできずとも、一矢報いことは可能。
 見れば、先頭に立つ指揮官も若い。

 ラインハルトほどではないにしろ、ヘルダーにとっては子供と同じような年齢だ。
 それを可哀そうなどとは思わない。
 戦場に立てば存在するのは味方と敵。例え撃ちとられようが、無駄にはしない。
「ぉぉ!」
 叫んだままに引き金を引いた。

 放たれた弾丸からブラスターが放たれ、敵指揮官の近くで雪をまき散らした。
 敵が銃撃を止めて、慌てたように周囲が指揮官を庇うように走る。
 だが、それを手で制止し、二つの双眸が冷静にこちらと、続いて岩陰に残したラインハルトを見ていた。
 少しは焦ればやりやすくなるがな。

 襲い来る敵に怯むことなく、周囲にも視線を走らせる姿にヘルダーは小さく舌打ちをした。しかし、それでも他の手は止まった。
 チャンスとばかりにさらに接近するヘルダーに、指揮官が小さく息を吐いた。
 一瞬の逡巡。

 すぐに下された命令は、即座の反撃だ。
 僅かでも迷えば、その首をかき切ってやったのに。
 苦虫を噛み潰したヘルダーを狙うブラスターに志向性が生じた。
 それまでただ闇雲に撃っていたブラスターが、進行方向を予測するように前方へと集中。
 必然的にヘルダーは進路を変えるが、それは今までの回避ではなく、誘導された逃亡だ。

 岩場へと追い込まれていると知りながらも、逃れる事ができない。
 追い詰められながら、ヘルダーは小さく笑む。
 こちらを狙い始めたということは。
 ブラスターの弾倉を交換しながら、ヘルダーは視線を横に向ける。

 ヘルダーにブラスターが集中すると同時、走り抜けるラインハルトの姿があった。
 良い判断力だ。
 こちらを振り返れば、敵はその瞬間を狙い撃つ。
 あるいはそれが敵の狙いであったのかもしれないが。

 あとはこちらが時間を稼ぐだけ。
 右へ左へと動きながら、小さな岩場へを走り抜ける。
 やがて足が限界を迎えた。

 自らの意思に反して折れる足。
 動きの止まったヘルダーをブラスターの閃光が捉えた。
「かっ……」
 小さく血を吐いた。

 そこに、押し寄せるは幾筋の光。
 胸を、足を、腕を――閃光によって貫かれながら、倒れていく。
 視界が若い指揮官と、そして。
 倒れながら見たのは、ヘルダーを囮として駆け抜けるラインハルトの姿だ。

 まったく。
 ヘルダーは思う。
「年は取りたくないものだ」
 優秀すぎる味方に、優秀すぎる敵。
 老骨の時代は終わったか。

 だが、望みがあるとすれば。
 ……私もともに戦いたかった。
 小さく呟いた意識は、一筋の閃光によってかき消された。

 + + +

 敵の射程外に達して、ラインハルトは汗に濡れた顔で振り返った。
 吐き出す息は荒く白い。
 息を息を吐きだしながらみれば、降りてきた敵の指揮官が見える。
 小さいながらもはっきりとわかる。

 自らと同じ金色の髪をした男だ。
「ラインハルト様」
 かかった声に、ラインハルトは振り返った。
 キルヒアイスだ。

 その後方からは息も絶え絶えに、マーテル中佐の姿もあった。
「ミューゼル少尉。大佐はいかがした」
 その問いにラインハルトは視線で、同盟軍を示す。
 小さく息を飲む声が聞こえた。

「御無事でよかった」
「ああ」
 返事をしてから、しばらくの間があった。
 あちらもこちらをじっと見ている。
「戦いますか」

「……勝てるか」
「……」
 ラインハルトの問いに、答えるのは沈黙だ。
 やがて、頷きかけたキルヒアイスをラインハルトは言葉で止めた。
「戻ろう。命をビットするには、あまりにもわりにあわない」

「しかし」
「わかっている。あの指揮官――名前を調べられるか」
「ええ。すぐに」
 いまだ呆然と立ち尽くすマーテル中佐の隣を歩き、ラインハルトは視線を落とす。

 カプチェランカでの戦いは、ラインハルトにとってはまったくの無駄で、意味のない戦闘のはずだった。
 しかし、まだまだ学ぶことは多い。

 自分達以外は阿呆ばかりと思っていたが、存外敵も味方もそうではないようだ。
 なればこそ、味方が必要だ。
 強く思い、ラインハルトは雪を踏む足に力を込めた。

 足踏みをしている時間はない。

 + + +

「良いのですか」
「これ以上、深入りをして犠牲を出す必要はないさ。無傷で敵指揮官を撃ちとれた。それで十分じゃないか?」
「にしては、戦果に満足されていないようですが」
「今回が最大のチャンスではあったからね」

 部下もいない単身の状況下で、おそらくこの先にはこれ以上のチャンスはない。
 予想外だったのはヘルダーの特攻。
 もしヘルダーに狙いを切り替えなければ、捨て身となったヘルダーによってこちらも被害がでた。だから、そうせざるを得なかった。

 あるいは、もう少し時間を置いてからの方が良かったか。
 いや、そうすればキルヒアイスが戻っていた。
 彼の腕を勘案すれば、下手をすればこちらの味方にも被害があっただろう。
 他部隊を誘うべきだったか。

 そうなれば、戦闘にすら間に合わなかっただろう。
 敵指揮官を発見したとの無線連絡をしてから、いまだに援軍が到着しない事がその証左。
 結局は敵が一枚上であったのだろう。
 あるいは何らかの力で、ラインハルトは守られているのかもしれない。

 馬鹿馬鹿しい。
 浮かんだ考えを、アレスは首を振って消した。
 彼ら生き残った事は、奇跡などという漠然としたものではなく、彼自身の判断力と、そして、ヘルダーの捨て身があってこそだ。
 ラインハルトも、そして彼も、自らの力で行動し、そして失敗すれば死ぬ。

 みれば、ようやく到着した赤髪の少年がラインハルトに言葉をかけている。
 人影がようやく認識できる距離。
 しかし、アレスはラインハルトと確かに視線を交わした。

 遠目からもはっきりとわかる英雄の気配。
 その英雄は今回を糧にしてさらに大きくなるだろう。
 やがて、巨大に成長した彼は帝国を、そして同盟を食らう。
「大変だな」

 肩を叩いたバセットが驚いて目を開き、そして微笑んだ。
「いえ。少尉と共に戦うことに大変な事などありません」

 目を輝かせる姿に、アレスは苦笑を深めて、歩き始めた。

 
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