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BLUEMAP

作者:石榴石
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第一章 ~囚われの少女~
  物語の世界



 光だった。ここは真っ暗な世界で、光なんて存在していなかった。そこへ現れたひとつの光。
 正直僕は、絶望していた。この世に神など存在しない。光など皆無だと思っていた。生きる希望もなくただ息をするくらいなら、息なんてしなければいい。
 世界が闇に包まれ、何もかもが信じられなくて。すべて捨ててしまいたかった。
 そんな時現れた光に、気づけば夢中ですがりついている。
 だがそれは、自らのすべての闇を打ち消すことはできないだろう。光がある所には影ができる。影があるという事は光があることである。
――闇に現れた光が、僕にそう語りかける。
 それでもその光を選ぶというのなら、ある程度の覚悟が必要だ。自分の陰を認め、自分が輝ける場所を探すこと。そして見つける。弱さも含めての自分だが、同時に強さも必要だ。僕はそれが欲しい。強くなりたいんだ。
 そうすれば誰かを信じられるかもしれないし、誰かや自分を許せるようになるかもしれない。そして――
 必要とされたい。生まれてきたことが正しかったのだと、そう思えるようになりたい。僕は捨てられるために生まれてきた訳じゃない。
 思い知らせてやりたい。僕を置いてどこかへ行ってしまった事。そして僕が今でも苦しんでいる事を。後悔して、僕に謝ればいい。
 でも――何か、それだけの理由があったというなら、僕はそれを知りたい。どんな理由だろうと、僕は彼らをゆるすことは出来ないかもしれないけれど。それでも知りたい。
 そのためならまだ、生きたいと思った。それが今、僕の生きる意味となった。わかったんだ。今ここで死ぬわけにはいけないと。


――


「これはとある少年のお話です」
 緑の豊かな町に、大きなお屋敷がありました。そこには下働きの少年がいました。
 生まれがまずしく、少年は家族と暮らすことはできませんでした。それでも心の優しい少年は、家族や自分が生きるために働いているのです。
 心の優しい少年には、大好きな一冊の本がありました。くたくたになるまで毎日働き、一日が終わるとその本を読んでいたのです。
「その本の名前は――『少年と小鳥』という本でした」
 その本の主人公は、少年のように貧しい男の子でした。弱きものをいたわり、可愛がる優しい男の子。そして一匹の小鳥との出会いが、少年の運命を変える――そんな空想の世界が本の中には広がっているのです。
 少年はその本に勇気づけられ、男の子のように優しくなりたいと思っていました。

「ある日町に、旅商人の団体がやってきました」
 お祭りの屋台のように、屋根に布を張った台車が軒を連ねます。お屋敷のだんなにお使いを頼まれていた少年は、そこで出会った商店に目を奪われます。
 砂漠をこえて異国からやってきた、旅の商店。少年は毎日、休むことなく働かされていたので、楽しい出来事はほとんどありませんでした。祭りを楽しむ事なんてもってのほか。
「そんな少年でしたから、その商店がとても不思議で、それはそれは素敵なものに見えたのです」
 店には色とりどりの宝石、見たこともない果物が売られていました。不思議な香りを放つのは、虹色に光る木の実です。綺麗な色の物が目立ちますが、少年は鳥が売られているのが気になりました。
 しかしその鳥は薄汚れ、弱っていました。ほうっておけばこのまま死んでしまうでしょう。
 それでもそこにいる商人は、商品を売るのに夢中でした。頭にはちまきを巻いたその商人は、鳥のことを気にしているようすもありません。
 クリーム色をした小さな鳥。薄汚れてはいますが、その鳥は売り物のようでした。しかし、今の小鳥を飼う人はいないでしょう。

 見物に来ていた客と商人の会話が聞こえてきます。
「旅の途中で鳥が何匹も死んじまってなあ。砂漠が思うように越えられなくてよお」
 残念そうに言いますが、その話はそこそこに切り上げ、他の商品を客にすすめます。弱っている小鳥の手当てはしないのでしょうか。
「ああ、なんてかわいそうなんだ」
 少年はそう思い、小鳥をしばらく見つめていました。こちらを小鳥は、丸くて青い瞳で見つめます。
――商人のことをうらまないのかな? かごに閉じ込められて、こんな所に連れてこられて……。
 そうしていると、こちらに気付いた商人は少年にこう言うのです。
「汚いガキだな。商売の邪魔だから、あっちへ行きな」
 それはとても冷たい視線で。しかし少年はどうしても、鳥のことが気になって仕方がありません。そしてそこから離れないどころか、綺麗な蒼の瞳で商人を見つめて言います。
「おじさん、この小鳥、僕にください」
 その言葉を聞いた商人は、顔を真っ赤にしておこりました。
「おじっ……な、なんだ! 物乞いか! 金もないのにこんな所に来るんじゃない!」
 お金ならあります。けれどもそれは、お使いのお金でした。お屋敷のだんなのお金ですから、少年が好きに使うわけにはいかないのです。
「でも……」
 小鳥が弱っている事をいいましたが、商人は全く相手にしてくれませんでした。

「おい、そこで何をやっているんだ!」
 少年に向かってそう言ったのは、お屋敷のだんなでした。
「こんな所で油を売ってたのか! 使いはどうした!? ……まさか金を使ってないだろうな?」
 だんなは少年を疑います。
「違います! お金ならこの通りここに」
 少年は腰につけていた袋を出しましたが、それ以上の話は聞いてもらえず、だんなに腕をつかまれます。そのまま少年は、ひきずるようにして連れて行かれてしまいました。
「ごめんよ……」
 このままではきっと、小鳥は死んでしまうでしょう。旅商人の団体は、すっかり見えなくなりました。
「そこのだんな、ちょっとお待ちよ」
 そこへ声を掛けてきたのは、片目を蝶の眼帯で隠し、銀髪を高く結んだ人物でした。少年より悠に高い背、綺麗な色をしたショールの下にはたくましい腕がありました。
「なんだよ兄ちゃん、何か用か?」
 その人は一瞬、顔をひきつらせたような気がします。それから笑いました。
「うふふ♪ ……その少年、あたしが頂いてもいいかしら?」
 お屋敷のだんなは少々青ざめています。
「こいつをどうする気だ……。こ、こいつは俺が雇ってんだ。貰おうってんならそれなりの――」
「カ・ネ?」
 何かがぎっしりと入った袋を目の前に差し出され、だんなは何も言えなくなりました。少年の腕をはなすと袋の中を確認します。
 カチャカチャと音を立てるのは金貨でした。そこから手で宝石をすくい、目を凝らします。
「――いいだろう。ぼうず、世話になった。幸せにな」
 その言葉の意味はわかりませんが、少年は背中を押され、だんなはお屋敷の方へ帰っていきました。
 ぽつんと残された少年に、銀髪の人物は言います。
「突然で驚かせたね。アンタさっき、鳥の事気にしてただろ? そこで気に入っちゃったわけ。アンタみたいな優しい少年を探してたんだ♪」
 その人は嬉しそうでした。でもそれだけの為に、だんなにあのような大金を渡したのでしょうか。
「あの……」
 少年は何か言いたげにしています。
「ん? お金のことなら心配しないで。その分働いて貰うからさ♪」
 それはよい意味ならいいのですが、少年にはさっぱりわかりません。その人の素性もわかりません。お金のことも、何か悪い事をしていなければいいのですが。今の少年にとっては、その人だけが頼りでした。
「あの、さっきの鳥を助けたいんです」
「そのために自分はどうなっても、構わない?」
 少年の心は変わりませんでした。綺麗な蒼の瞳は先ほどのように、その人をまっすぐ見つめています。
「いいわね♪ アンタのそういう所。ますます気に入った! 磨けばダイヤになる」
 笑顔でそう言われると、なんだか嬉しくて恥ずかしくなりました。
「――そうそう、アタシはライラ。よろしくねん♪」


                             -第二十二幕へ-
 
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