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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第85話 聖戦対策

 
前書き
 第85話を更新します。

 次回更新は、
 4月9日。 『蒼き夢の果てに』第86話。
 タイトルは、『紅い月』です。
 

 
 急場しのぎで設置されたエアコンが温い空気を吐き出し、体感気温自体は快適と言っても良い温度を維持して居るこの部屋。
 しかし、何故か冷たい。
 まるで、床自体が伝えて来る外気温の冷たさが、そのまま足元から這い上がって来るかのような妙な寒気を感じる……紙に支配された室内。

「そろそろ、御告げの夢に関する話題が民の間で大きく成り始めたよ」

 ガリア北花壇騎士のみの肩書しか持って居なかった頃は執務机の前に立たされて任務の説明を受けるだけで有ったのが、今では部屋に設えられた上質のソファーに座る事を許された俺。

 十二月(ウィンの月)第四週(ティワズの週)、ユルの曜日。
 今月のスヴェルの夜から始まった御告げの夢を不特定多数の人間に見せる作戦は既に十二日に達しており、更に、意図してウワサ話として流している情報。……神は聖戦を望んではいない、と言う情報と相まって、少しずつ、ガリアの民に取っては都合の良い情報が巷に間に広まって居ました。

 もっとも、その大半が未だ半信半疑でしょうけど。
 但し、新教に属する聖職者の夢枕にも聖スリーズは立って居ますから、この辺りに流れて居るウワサはかなりの信ぴょう性を持って流れて居るようです。

「今年の最後の夜。始祖ブリミルの降誕祭の前の夜にオーロラの幻を発生させる準備は整っているのでしょう、姉上?」

 相変わらずの丁寧な……。どちらかと言うと他人行儀な口調で問い掛ける俺。

 そう。流石に、本当のオーロラを発生させられるだけの神話的裏付けを持つ式神……例えば、ローマ神話の暁の女神アウロラや北欧神話的に言えばワルキューレ。中国の神話ならショクインと言う龍神は連れていないので、今回は単なる幻を見せるだけの行為と成るのですが。
 それでもガリアの主要な都市の土地神の協力を得た上で発生させる幻ですから、ある程度の効果は有るはずです。

「蒼穹に紅い光の帯を発生させて揺らめかせるだけなら、夜の一族の手を借りれば難しい事じゃないよ」

 自らも覚醒していないだけで、その一族の末裔であるイザベラが答えた。こちらの方は俺の設定がタバサの使い魔で有ろうと、ガリアの王太子で有ろうとも変わる事のない口調で。

 そう。本来、このガリア辺りの緯度で見られるオーロラと言うのは紅い光の部分のみ。その紅い光が蒼穹に不気味に漂う様が、まるで血が流れる様を連想させるようで、戦乱や災害の予兆。神の怒りの現れだと言う伝承が生まれる事と成ったのです。
 それに、確か地球世界の歴史上でも、第一回十字軍の遠征の直前にもオーロラが蒼穹に現われて、それが宗教的な熱情に浮かされた十字軍の遠征へと繋がったはず。

 しかし、今回はそれを神は聖戦の発生を望んではいない、と言う夢との合わせ技で使用する。
 更に、新年一発目の王室よりの御触れとして、ガリアは神からの御告げに従い、聖戦には参加しないと言う情報を、それ専門の御触れ人が街々で告げて回る予定でも有ります。
 当然、新年のミサなどの説法の際にも、それぞれの司祭たちが神の御告げの話を告げるでしょう。

 ガリアのブリミル教の聖堂は、以前の聖戦の際に酷い略奪にあって居る聖堂が多いようですから、どう考えても、今回の夢の御告げは渡りに船だと思いますので……。
 神の名の元に暴虐の限りを尽くす軍隊から民が逃げ込むのは、大抵が聖堂。そして、余程、酷い人間でない限り、逃げ込んで来た民を追い出すような真似はしないので……。

 結果、逃げ込んで来た民もろとも、異教者や異端者として、処分された聖堂が多いようですから。

「それで、ガリア以外の国の動きはどうなっているのです?」

 民の方の意見は聖戦に参加しないガリア王家の意向を支持するでしょうし、貴族や新教の聖職者たちは間違いなく支持するでしょうから、国内の世論は問題なし。
 戦争を起こせば間違いなく雑兵として民が徴兵され、貴族に関しても兵を出す義務が発生するので、真面な人間ならば戦争が起きる事を喜びはしない……はず。

 少なくとも、千五百万人以上の意志が神の意向は聖戦を起こして聖地を奪還しろ、などと言って居ない、……と言う認識を持てば、今回ロマリアが仕掛けて来た呪いは対処可能だと思いますから。
 それに、このガリアに暮らすのは人間だけでは有りません。精霊たちの意志は初めから反聖戦で固まって居ます。ここに、聖地を奪還しないから精霊力の暴走が起きる、と言う論法の入り込む余地は何処にも有りません。

 そう考え、次の質問を行う俺。

「先ず、アルビオンとトリステインの戦争は今年いっぱいで終了。その時までトリステインがアルビオンに築いた橋頭堡を維持出来たのなら、トリステインに有利な形で。もし、追い落とされるような形となれば、戦後の形はアルビオンに有利な形で停戦条約が結ばれる事と成るだろうね」

 どちらにしても、双方とも今回の戦争に莫大な国費やその他を投入しているから、矢継ぎ早に聖戦に兵を出せるかどうかは微妙な所さ。
 イザベラに因る状況説明。
 確かに、戦争を終わらせるのは始めるよりもずっと難しい事なのですが、今回の場合はロマリアに因る聖戦の発動の詔が両国に取っては悪いタイミングでは無かったと言う事ですか。

 今はトリステインが有利に進めている戦争も、敵地。それも真冬の戦争で、物資の輸送も難しい浮遊島での戦争。こんな不利な状況下の戦争は有利な内に終戦に持ち込めた方が良いに決まって居ます。
 対してアルビオンの表向きの目的は聖地の奪還。その目的の為に、聖地に向かう軍隊の足掛かりとしてトリステインとの戦争に及んだのです。その目的の聖戦が始まろうと言う時に、トリステインを相手にする小さな戦争などをしては居られないでしょう。
 指導部がどう思おうとも、国政の内部にまで深く食い込んだ宗教の指導者の方が言う事を聞かない可能性が大ですから。

 ここまでは、差して重要ではない部分。
 そして、ここから先の答えが、俺の暮らすガリアに取っては重要と成る部分。

「ロマリアの軍に今の所、目立った動きはなし」

 但し、ロマリアと我が国の国境には火竜山脈が存在して居る為、陸軍以外にも、ナポリの艦艇の動きにも気を配る必要は有る。
 先にそうイザベラは答えてから、一度呼吸を整え、

「ゲルマニアは既にガリアとの国境線に向け軍を動かしつつあるよ」

 ……と、少し問題の有る内容を告げて来た。

 そう、これはあまりにも対応が早すぎる。
 確かに、ゲルマニアの同盟国トリステインがアルビオンとの戦端を開いてから既に一カ月半以上。その間、トリステインはアルビオンに勝ち続けて居り、既にアルビオン第二の都市エジンバラを押さえて居ます。
 その勝ち戦に便乗して援軍を送り、戦後の交渉に参加する心算で戦争の準備をしていた可能性もゼロでは有りませんが……。

 しかし、それにしては、

「確か、ゲルマニアの海軍の拠点は北方のヴィルヘルムハーフェンの地でしたよね」

 首都のウィンドポナが確か内陸部に存在していたと思いますから、其処から兵を徐々に前線に移行して行くとすると、西から南に当たるガリア国境に既に軍を展開させようとしているとすると少し不審……。
 更に、

「ゲルマニアにも常備軍のシステムはなかったはずですよね」

 イザベラの答えを待つ事もなく、矢継ぎ早に次の問いを発する俺。
 もっとも、こんな事を聞くのはこの場では俺だけ。タバサは政治に関しても軍事に関しても口出しして来る事はなく、その他はすべて人間界の事に関しては無関心の式神たちとこの世界の精霊王二柱。
 当然、全員が質問を行えば答えてはくれますが、積極的に会話に参加して来るような連中では有りませんから。

「まるで、今回の聖戦の発動が最初から判って居た、かのような対応だと言いたいんだろう?」

 口角にのみ浮かべる、酷く人の悪い類の笑みを浮かべたイザベラ。
 もっとも、この状況を聞けば誰でもゲルマニアが聖戦の開始を予測していた、もしくは知って居たのではないかと疑うとは思うのですが。

「三年前からゲルマニア王家が発行する贖宥状(しょくゆうじょう)の数が異様に増えて居たんだよ」

 澄まして立って居たらそれなりの美人。口を開けばかなり幻滅。そして、今浮かべて居る笑みが彼女の本質を現している。そう感じさせるイザベラが、更に言葉を続けた。
 但し、地球世界の日本の普通の高校生に贖宥状などと言う言葉は難し過ぎて判らないでしょうが。
 俺は知って居ますけどね。

 地球世界での贖宥状とは、カトリック教会が発行した罪の償いを軽減する証明書。免罪符、免償符、贖宥符とも言われている代物です。
 元来、キリスト教では洗礼を受けた後に犯した罪は告解によって許されるとしていたのですが……。
 ところが、中世以降、カトリック教会がその権威によって罪の償いを軽減できるという思想が生まれてくる。これが贖宥。

 そして、贖宥状とは、イスラームから聖地を回復するための十字軍に従軍したものに対して贖宥を行ったことがその始まり。
 従軍できない者は寄進を行うことでこれに代えたのです。

 まぁ、ぶっちゃけて言って仕舞えば、地獄の沙汰も金次第。現世の罪も、教会にお金を積む事でチャラに出来ると言う超便利なシステムの事。
 発行する側も、簡単にお金を集める事が出来る代物なので、調子に乗ってジャンジャン発行して居た連中も存在しますから、不信心な俺からするとかなりアレなシステムなのですが。

「つまり、姉上はゲルマニアがかなり早い段階から聖戦の準備を始めていた可能性が有る、……と言いたいのですか」

 三年前。確か、ゲルマニアの皇帝にアルブレヒトが即位した直後ぐらいからの事ですか。
 以前にタバサに聞いたこのハルケギニア世界のざっくりとした歴史の説明を思い返しながらそう答える俺。
 いや、アルブレヒトと贖宥状の繋がりはもっと深い可能性も有りますね。

 何故なら彼は、元々がマインツの大司教に就いて居た人物。其処からロマリアの特免を得て還俗し、最終的にはゲルマニアの皇帝まで登り詰めた人物ですから。

「可能性の問題さ。そもそも、アルブレヒトと言う人物は梟雄と言っても差し支えがない人物。そんな人間が何時までもゲルマニア一国の皇帝で納まっている心算はないだろう?」

 実の兄を暗殺してブランデンブルグ選帝候の位を得、其処から更に謀略の限りを尽くしてゲルマニアの皇帝の位に就いたと言われている人物ですから、確かにアルブレヒトには梟雄と言っても問題のない一面は存在して居ますね。
 実際、表立った戦は一切していないのですが、彼の政敵はすべて不可解な死を遂げている点も、彼の黒いウワサの論拠と成って居るようですし。

「そうすると、今回の聖戦は領土を増やしたいゲルマニアと、聖地を奪還したいロマリアとの二か国の思惑が重なった事により発生した事態だと言いたいのですか、姉上は」

 純粋な宗教的な心情から発生した聖戦よりは、こちらの予測の方が俺としては背後を理解し易いので有り難いと言えば、有り難いのですが。
 それに、以前に俺の目の前で緑色の液体に変わって仕舞った少年が今際の際(いまわのきわ)に残した言葉。聖エイジス三十二世の野望を阻止しろ、と言う言葉にも合致します。

 要は、聖戦を阻止しろ、と言う事なのでしょう。
 確かに、地球世界のカトリックの聖職者の中にも、十字軍の遠征に対して異を唱えた聖職者は存在して居ますから、ハルケギニアの神官の中にも同じ考えを持つ者が現われたとしても不思議では有りません。

 俺の問い掛けに、無言と言う答えを返して来るイザベラ。
 相変わらずの口角にのみ浮かべる笑みを、コチラに見せたままで。

 成るほどね。それならば、

「聖戦に参加するかどうかの回答期限は、降誕祭の休戦が明ける一月(ヤラの月)第二週(ヘイムダルの週)、エオーの曜日でしたよね?」

 それ以前にガリア国内に向けては不参加を表明しはしますが、外交関係の約束とは国民に対する発表とは違った物と成る可能性もゼロではないですし、そもそも、そのブリミル教の神の降臨を祝う祭の間は、ロマリアもゲルマニアも表立った動きは為さないでしょう。
 どちらもブリミルの敬虔な信徒を自称するのならば。

「流石に、ロマリアも、そしてゲルマニアも回答期限までは待つだろうさ」

 そうすると、最短でゲルマニアとロマリアが事を起こすのは第二週のマンの曜日以降。余裕は二十日程度。
 時間が有り余っている訳ではないか。しかし、

「完全に両国の足並みを乱す事が出来るかどうかは判りませんが、私にひとつの策が有ります」

 この策が上手く行けば、ロマリアの方は軍隊を動かす事は出来なく成るでしょう。
 ロマリアの方の指揮官は、俺が聞いた範囲内では聖職者が務めて居たはず。こう言う連中なら、夢の御告げは信じやすい。
 この世界の司教と言う連中。特に旧教に属する連中は、どうやって領有する荘園から金貨をかき集めるか。どうやって領民から差し出させた娘の味見をするか。こんな事ばかりを考えている連中の事なのですが、それでもある程度は信仰の世界に生きているのも事実。
 まして、ゲルマニア皇帝の名前がアルブレヒトで、其処に更に『贖宥状』が絡んでいるのなら、この両国の足並みを乱れさせるのは児戯に等しい。

 もっとも、教皇の名前がレオ10世ではないので、完全に地球世界の歴史をなぞるとも思えませんが。

 其処まで考えた後、少し思考を巻き戻し、両者の接点に気付く俺。
 そう。俺の記憶に間違いがなければ、レオ10世は史上最も若く、醜男の教皇と呼ばれた人物。
 対して聖エイジス三十二世は、史上最も若く、美しいブリミルの代理人と呼ばれている人物。

 もしかすると、異世界同位体……。次元を超えた歴史上で、同じ役割を与えられた人物の可能性もゼロでは有りませんか。

「アンタやシャルロットが直接ロマリアに乗り込んで行って工作を行うのでないのなら許可をする。流石に、敵地と判って居る所にふたりを送り込む訳には行かないからね」

 俺の顔を少し睨むような目をした後に、イザベラがそう答えた。眼が悪い、と言う訳ではないでしょうから、これは自分の立場は判って居るのでしょうね、と言う確認の意味でしょうか。
 それに……。
 確かに、俺とタバサに回って来た仕事はすべてガリア国内での厄介事。このハルケギニア世界にやって来て、色々な場所に行ったような気がしていたけど、ガリア以外の国の都市で足を運んだのは召喚の地トリステイン以外では、転移魔法で一瞬……ルイズたちを回収する為に一瞬だけ足を踏み入れたアルビオンただひとつ。

 まして、九月以降はそのトリステインの魔法学院にも一度も帰って居ず、このままガリアの王太子とオルレアン家の姫を演じ続けるのなら、魔法学院に戻る事は不可能と成る可能性の方が高く成って来ました。
 それに、タバサの事を庇護してくれていたオスマン学院長が解任されたのなら、尚の事、活動に制限が加えられる可能性も高いですし……。

 其処まで考えてから、自らの右側に座るタバサに意識を向け、其処から、正面のホスト側のソファーに座るイザベラに意識を向ける。
 そう、このガリア国内の厄介事のみに俺とタバサが当てられたのが、果たして偶然なのか、と言う疑問が発生しましたから。

 タバサがトリステインに偽名を使って留学させられていたのは、要は旧オルレアン派の貴族。いや、レコン・キスタに繋がる貴族たちから彼女を護る為の処置だったのでしょう。
 故に、公式の発表ではつい最近までオルレアン家のシャルロット姫の居場所は不明とされ、公の場に現れたのは、俺と共にヴェルサルティル宮殿の正面。噴水広場に馬車から降り立った瞬間が最初のはず。
 ガリアの貴族たちには、レコン・キスタから護る為に、オルレアン家の姫も俺と同じようにマジャール侯爵の元に匿われていたと発表されて居ますし。

 しかし……。
 もしも、あの時期。五月から、六月の時期に俺とタバサにガリアから発せられる矢継ぎ早の任務がなければ、俺たちふたりは、そのままルイズたちと行動を共にしていた可能性の方が高いのでは……。
 アルビオン行きでタバサがトリステインに取り込まれる事を危惧したこのおデコの広い姫さんが、集中的に厄介な事件を回して来て……。

 其処まで思考が進み掛けて、しかし、矢張り首を振ってその考えを否定する。
 何故ならば、それは余りにも陰謀史観的過ぎますから。
 まして、ベレイトの岩塩坑道内でヘビたちの父イグが言って居ましたからね。オルレアンの人形姫とマジャールの蒼銀の戦姫(ぎんのひめ)は最悪の取り合わせだと。
 つまり、タバサは俺と言う使い魔を得る以前にも、表の世界では行方不明でしたが、裏の世界ではそれなりに有名な存在だったと言う事。

 そんな人間を遊ばして置く余裕などないはずですし、国内の問題を処理する部署と、国外の問題を処理する部署は違って居て当然。
 MI5とMI6は完全に別箇の存在ですし、FBIとCIAも違います。
 さしずめ、タバサはガリア版のMI5の捜査員……フランス風に言うのなら、国土監視局の捜査員と言う事ですか。

「ロマリアの聖職者たち。基本的には新教に近い考え方を持つ聖職者たちや前線指揮官どもに御告げの夢を見せた後、私の名前。ガリア国内にノートル=ダムの聖堂を建てまくって居る非常に信心深いガリア王国王太子ルイの名前で、贖宥状に対する疑問を質問状としてロマリアの教皇庁や、主な神学校に送り付けるだけですよ」

 一応、ロマリアサイドからの俺……ガリア王太子ルイの評価は、信仰の擁護者。非常に高い評価を受けて居る事と成っています。
 もっとも、その称号を得る為に、それなりの出費を行ったのは確かなのですが。

 但し、それはすべて俺のフトコロから出て来た資金。この世界の魔法では絶対に魔法に因り錬金された貴金属だと見破る事の出来ないハゲンチが作り出した金や、ハルファスの調達した珍しい工芸品。大地や水の精霊が調達して来た宝石の類がソレに当てられたので、ガリアの国庫はまったく開かれていないのですけどね。
 それで、今回はその出費に似合う働きをして貰いましょうか。信仰よりも別の物が好きな御歴々に。そして同時にガリア寄りの枢機卿は存在するでしょうし、ガリアの総大司教と成るとかなりの権限を持って居るはずですから、そちらの方からの働きかけも可能ならば、行うべきですか。

 自分たち……俺とタバサ、そしてその一党が現在、何故ガリアの統治機構に組み込まれているのか、の疑問については後回しでも良いでしょう。そう結論付けて、その策の大まかな内容を口にする俺。

 要は、宗教改革の引き金となったルターの『九十五か条の論題』をやってやろうと言う事。
 そもそも、贖宥状を買うだけで現世の罪が減じられる、などと言う事を信じて、贖宥状を売りさばいて居る聖職者などいないはず。むしろ、そう言う行為を苦々しく思いながらも口出し出来ずに居る人間に、別の権威から正論を突き付けてやって、口を開き易い状態を作ってやろうと言うのです。
 感謝される事は有っても、非難される事は少ないでしょう。

「それぐらいの事なら構わないさ。ただ、流石にアンタたちにロマリアに潜入されたら、こちらのバックアップは難しくなる。その辺りの事は理解して貰いたいよ」

 矢張り、タバサの国内での活動にはある程度のバックアップ体制が取られていた事を証明するイザベラの言葉。
 更に、この言葉は俺のウカツな行動を縛める言葉とも成りますから。

 もっとも、流石の俺もロマリアの教皇の暗殺を謀る為にロマリアに潜入する訳は有りませんし、そんな事を為そうとも思いませんけどね。
 そんな事を俺、もしくはタバサが為せば、ふたり揃って徳を失う事と成って仕舞います。
 更に、ブリミル教の聖堂内では、こちらの魔法はかなり制限されて仕舞いますから、危険度は跳ね上がって仕舞います。

 湖の乙女やタバサに釘を刺されている以上、流石にそんなウカツな行動を行える訳がないでしょう。

 まして、教皇一人の意志でロマリアと言う国が動いて居るとは到底思えません。今回の聖戦を開始する詔にしても、ゲルマニアと歩調を合わせるかのような気配に関しても、すべて枢機卿団の承認は必要とされる内容のはず。
 ここで例え頭を潰したトコロで、別の(教皇)が据えられ、同じ方向に向かって進み続けるだけ、でしょうから。

「それよりも……」

 何か言う事を聞かない弟のような感じに成って仕舞った俺に、三人目の姉。設定上は実の姉設定の少女がその辺りに有る紙の山から一枚の羊皮紙を取り出して来る。これはかなり真剣な表情及び雰囲気。
 この様子から察すると、またかなりの厄介事が発生したようなのですが。

 イザベラの表情と雰囲気に圧されて、その指し示された羊皮紙をやや寄り目にしながら、マジマジと見つめる俺。その紙に描かれていたモノとは……。

「戦車?」

 かなり長い砲身。迷彩塗装を施されているような模様。側面からキャタピラが覗いているトコロから、これは俺が暮らして居た地球世界の陸軍が使用する戦車だと思うのですが。
 但し、俺の乏しい知識では、それが戦車で有る事は理解出来るのですが、第二次大戦中の戦車なのか、それとも冷戦中の61式戦車や74式戦車。それ以後の90式戦車と同じ世代の戦車かどうかは判らないのですが。
 いや、少なくとも74式戦車や90式戦車ではない事は確かですか。その二種類の戦車は地脈の龍事件の際に対八岐大蛇戦闘に投入されていたので、その際に一度目にした事が有り、その形とは明らかに違いますから。

「この場違いな工芸品と呼ばれる兵器五十程が、ウィンドポナからガリアとの国境に向けて移動中と言う報告を受けて居る」

 戦車が国境に向かって移動中。
 確かに、零戦が有ったのですから戦車が有っても不思議ではないと思いますが。
 ……と言うか、

「これは魔法を使用して動いて居る代物ではないのですか?」

 かなり呆れながらも、そう問い掛ける俺。
 確かに戦車なのですから、燃料と大地さえ有れば何処まででも移動出来るとは思いますが、ウィンドポナの位置はゲルマニアの中心辺り……かなり内陸部に存在して居たと記憶して居ますから……。其処からガリアとの国境って、どれぐらい有ると思って居るんです?

 固定化や強化が有るから部品の損耗は最小限に抑えられるとは思いますが、燃料に関しては洒落に成らないと思うのですが。
 非舗装の大地を走る場合は、戦車と言うのはかなり燃費が悪くなったと思うから……。
 普通に考えるとアッと言う間にガス欠ですよ。

 俺の記憶が確かならば、第二次大戦中の戦車は列車で前線まで運ばれて居たと思うのですが。タイガー戦車をそのまま貨車に詰め込むと、その巨大さ故にトンネルを通る事が出来ずに……とか言う話も何処かの本で読んだ事が有りますし。
 まぁ、すべてがそうだとは限りませんけどね。

「少なくともアタシが知る範囲内では、こんな兵器は存在していないよ」

 イザベラの答えはにべもない。同じように、俺の視線を受けたタバサも首を横に振る。
 成るほどね。この羊皮紙に描かれた戦車らしき物体は、本当に地球世界か、もしくは地球世界に近い平行世界の産物である可能性が高いですか。
 それに、もし、ガリア両用艦隊の反乱の裏側に居た存在が、ゲルマニアやロマリアの後ろに着いて居たのなら、これぐらいの事は為す可能性も高いでしょうし。

 何故ならば、ガリア両用艦隊が空中戦艦として機能して居たのは精霊力に因るもの。
 しかし、それ故に、こちらが周囲の精霊をすべて掌握して仕舞ってからは浮力を失い、強制的に大地に軟着陸させられて仕舞いました。
 まして、それ以降、俺とタバサが行って居たのは、このガリアの地脈をすべて統べる事。
 当然、その際に主要な都市の土地神たちの助力を得られるように約束を交わして来て有ります。

 ガリア王国王太子ルイと、その将来の后シャルロットの名前で……。

 これは、ゲルマニアだろうが、ロマリアだろうが、他国の人間が悪意を持ってガリアの人間を害しようとした時、精霊たちはその人間に対して一切の助力を行わなく成ると言う事を意味して居ます。
 精霊が一切助力を行わない。つまり、自らの魔力のみで発動するコモン魔法なら未だしも、強力な系統魔法の類は一切発動しなくなると言う事。他人の工房内で魔法使い同士が戦うような物ですから、侵入者がこの戦いに勝利するのはかなり難しく成るはず。
 科学の発達していないハルケギニア世界でならば、この状態でもガリアを護る事が出来ると思って居たのですが……。

 但し、相手が科学に立脚した兵器を投入して来たら、今回の聖戦と言う名のガリア侵攻戦は、少し厄介な事に成りますね。
 だとすると、

「ティターニア。地霊たちに頼み込んで、この戦車と言われる兵器がガリアとの国境を侵すような事に成った場合、無力化して貰えるか?
 出来るだけ、死人が出ない形で」

 普段ならば左側に陣取るべき少女は少し離れた書架の前に用意した自分専用の椅子の上。代わりに、俺の左側に座る長い黒髪を持つ少女に対してそう依頼を行う俺。

 それに、流石に戦車の大砲から榴弾などを放たれた場合、ガリアの兵の被害は考えるだけでぞっとする物と成るはずです。
 未だ銃が発達して居ないこの世界の戦争は集団戦。判り易く言うならマスゲーム。
 隊列を組み、長槍で相手を威嚇し、大盾に因って弓や黎明期の銃を防ぐ。

 其処に精密な砲撃を戦車から行われると……。
 まして、被害を顧みずこちらから接近出来たとしても、大抵の戦車には副武装の機銃などが装備されているはずですから……。
 これまでこの世界で行われて居た戦争の常識を根底から覆すような、超未来の兵器の登場と成るはずです。
 地球世界の戦車が戦場に投入されると言う事は。

 しかし、

「そんなに簡単に無力化出来る物なのかい、あの兵器は。長さは十メイルほど。高さは三メイル。ゲルマニアに潜入している人間からの連絡では、水中を潜って河を渡る能力も有して居るようなんだけど」

 ティターニアが答えを返す前に、イザベラが口を挟んで来る。
 確かに、鋼鉄製で非常に頑丈な造りに成って居るのは事実ですが。

「あれは単体で飛行が出来るようには成って居ません。まして、堅い大地の上で運用される仕様です」

 何の事はない。要は、底なし沼にでも引き吊り込んで仕舞えばそれで終わりと言う事。泥田坊、泥狐、マッドマンなどの地属性で、底なし沼に引きずり込む、などと言う伝承を有して居る妖鬼系が適任ですか。
 もっとも、もっと簡単に勝負を決するのなら、地霊たちに、土の中から吸着地雷のような物を戦車の腹の下に設置して貰えば、それだけで終わる代物なのですが。
 戦車と言う物は、前面や側面の装甲に比べれば、上部や下部は非常に脆い装甲しか存在して居なかったと記憶して居ますから。

 上と下。脆い物よ、と言う感じですかね。

「ただ、無暗矢鱈と戦死者が出るのは防ぎたいですから、戦車の二千メートル以内にはガリアの軍隊は近付かない事」

 そして、それはゲルマニアの方の兵にも言えます。
 流石に、楽勝で殺せそうだから敵兵は後腐れなく殺して置く、では問題が有りますから。

 不必要な人死には防ぐ。相手の目的が本当に聖戦を起こして聖地を奪還する事なのか、
 それとも、別の理由。多くの人間、その他の生命体を死に追いやって、世界自体を陰の気で満たす事なのかがはっきりしませんから。

「レヴァナ。ウヴァル。二柱はゲルマニア、ロマリア双方の軍隊の動きの予想を頼む。
 戦車以外の危険な兵器。特に、核兵器などの使用の兆候を感じ取ったなら、即座に知らせて欲しい」

 続けて、その職能に未来予知を持って居る二柱に依頼を行う俺。
 確かに、ロマリアの聖堂内で行われている密談の内容を予測する事は、この世界のブリミル教と俺やタバサの式神たちの魔法の相性が悪過ぎて難しいのですが、其処から一歩でも外に出たら問題はないはずです。
 まして、トリステインに零戦が有って、ゲルマニアに戦車が有るのなら、その他の地球産の兵器が有る可能性も考慮すべき。

 特に核兵器はマズイでしょう。あんな物を使われたら、どれだけの人的被害と、その後、何年に渡って不毛の地を作り出すか判った物じゃ有りません。
 流石に放射能に因る汚染が、魔法に因り除去可能かどうかは試した事は有りませんから。

「ダンダリオン。その機甲師団やその他の軍隊の動きを正確に掴む事は可能か?」

 そして、次いで予測の次に必要な正確な情報を得る為の依頼を行う俺。
 リアルタイムでその軍隊の位置情報を掴む事が可能なら、その戦に負ける事は有りませんから。
 もっとも、戦車以外にどのような兵器が投入されるかによって、今回の戦争はつい先ほどまでの俺の予想を超える内容と成る可能性も高く成って来たのですが。

 しかし……。

「不可能ではないのですが、私の能力は個人の監視で有って、軍隊規模の大きな動きを監視するのなら、それに相応しい魔将を召喚した方が確実なのです」

 普段のくそ生意気な少女の口調からするとやや抑えた雰囲気でそう答える黒き智慧の女神ダンダリオン。
 確かに、ダンダリオンの鏡に映すには多少の情報は必要ですし、まして、大規模な軍隊の動きの監視には向いて居ませんか。
 だとすると、

「ソロモン七十二魔将内で言うのならデカラビア、オリアス。十二神将で言うなら天一神や天后などが必要か」

 それに、ここに挙げた以外にも、職能として情報収集や航海の安全などと言う伝承を持って居る神ならば、大抵が有して居る能力と考えても問題はないでしょう。

「肯定。デカラビアやオリアスなら、シノブが召喚をして、其処のイザベラの式神として契約させたら良いのです」

 かなり簡単な事のようにそう答えてくれるダンダリオン。しかし、地獄の侯爵を顎でこき使うガリアの姫と言うのも、かなりシュールな光景だとは思いますが……。
 俺は、そう考えながら、設定上の自らの姉を見つめる。
 このヤケにおデコの広いガリアの姫さんに、ソロモンの魔将などと言う強力な能力を秘めた存在を与えて良いのか、……を見極める為に。
 確かに、今までの彼女の行いは陰に傾いた行動と言う訳では有りませんでした。
 精神的にも安定して居り、コンプレックスの塊と言う訳でもなければ、別に尊大な態度を取る人間でもない。
 本心を中々明かさないのは、貴族や為政者として別に問題有る訳でもない。

 ただ、今まで彼女個人の有して居る能力はごく一般的な少女の能力だけで有り、彼女が行使していたのは、彼女の地位に与えられた能力。
 これから、俺が彼女に与えるのは、彼女自身の能力と成る危険な能力。

 おそらく、系統魔法では最強クラスの術者が現われても、ソロモンの魔将を式神に持つ彼女にかすり傷ひとつ負わせる事は出来なく成るでしょう。
 タバサと同じような存在と成る、と言う事ですから。
 こう言う状況下に置いて、増長し、破滅へとひた走る人間は確かに存在して居ます。

 その上、そんな異常な存在を身近に置く事に因って、彼女自身が持つ異界の因子。彼女もおそらく夜の貴族の因子を強く受け継いでいるでしょうから、吸血姫として覚醒する可能性が高く成るのですが……。
 もっとも、その事に付いてはイザベラ本人が判断をすべき事で有って、俺がアレコレ思い悩むべき事じゃ有りませんか。
 それならば。

【湖の乙女。ダンダリオンの言うように、イザベラに危険な式神を渡して、その結果、自滅するような結末を辿る事がないと思うか?】

 俺の判断では問題なし。ダンダリオンも、ソロモンの魔将を式神としてもイザベラは問題のない人間だと判断したのでしょう。
 ただ、俺の判断力は自分の能力を超えたトコロでは発揮されません。ダンダリオンは効率重視。ならば、もう一人ぐらい冷静な判断を下せる人間の意見を聞いてからでも遅くはない。そう考えて、湖の乙女に【念話】にて問い掛ける俺。

 まして、彼女は神話的にミーミルの側面も与えられて居るようですから。
 常にオーディンの傍に居て、彼に助言を与えたのが賢者の神ミーミル。俺に顕われたルーンが本当にオーディンを指し示す生け贄に定められし者なら、彼女は俺に取っての相談役の可能性が高いはずです。

【問題ない】

 視線は自らの膝の上に広げられた和漢に因り記された書物の上を上下させながら、意識の方は俺の問い掛けに対して答えを返してくれる彼女。
 そして、

【今までイザベラが下して来た判断、及び行動に問題は感じられない。更に、あなたの召喚方法で結ぶ契約ならば、式神として召喚された魔将たちを真名で縛る類の契約でない以上、魔将たちが契約から解放される為に、イザベラの死を望む事も考えられない】

 元々、個人の友誼に基づいた契約で有り、更に、頼む仕事毎に対価を必要とする契約だけに、真名で縛る類の契約と比べると緩い縛りしかないのですが、それ故に、式神を召喚する方の危険度も低く成るのが俺の行って居る契約の基本形。
 式神の方に仕事を拒否出来る余地が有り、更に、その事に対して別に罰則のような物が発動する訳でもないので問題はないですか。

 それならば。
 居住まいを正し、自らの正面に座る少女を見つめる俺。

「姉上。姉上もシャルロットのように成る覚悟は御有りですか?」

 タバサの時には分からなかった事実。ガリア王家……いや、多くのハルケギニア貴族の血の中に存在する吸血姫の因子は流石に厄介すぎる。
 但し、故に同じ血を有する一族の結束は固くなり、更に、生涯の伴侶。夫婦の絆は人間のそれよりも強くなるのも事実。

 能力的な面から考えると一長一短が有るのですが……。

 俺の問い掛けを聞いた瞬間、イザベラが笑った。いや、嗤った。

「シャルロットに出来て、あたしに出来ないって言うのかい?」

 不敵な笑みに続く言葉は、それに相応しい言葉。これで彼女の覚悟は理解出来ました。
 ならば、これ以上、問い掛ける必要はないでしょう。

 低い音を響かせてエアコンが僅かにその出力を上げた。年末……。いや、そろそろ冬至を迎えるこの季節。陽の落ちる時間は早く成り、センサーが室温の低さを感じ取ったのかも知れない。
 さて、それならば次の仕事に掛かる必要が出て来ましたか。

 そう考えて、座り心地の良いソファーから腰を上げようした俺。
 しかし、

「待ちな。未だ話は終わっちゃいないよ」

 そんな俺をソファーへと押し止めるイザベラ。その表情は先ほど戦車の描かれた羊皮紙を出して来た時と同じ表情。
 何か続けざまに厄介事が降り掛かって来るようで非常に頭が痛いのですが。

 これが、為政者の側に立たされると言う事なのかと、簡単に王太子の影武者役を引き受けるんじゃなかったと言う、正に、後悔先に立たずの言葉通りの思考に囚われる俺。
 もっとも、こんな事は日常茶飯事。タバサの前では口が裂けても言えませんが、自分の中でだけなら、百万遍はウカツな、更にかっこ付けの自分に対して悪態を吐き続けて来ましたから。

 リュティスに新たに建てられたノートル=ダムの大聖堂で行われた立太子の儀で晒し者に成った時などは特に。

 そんな俺の気持ちを寸借する気さえ存在しない。……と言うか、俺が王太子の影武者で有る事さえ忘れたんじゃないかと言う……、本当の次の王に対して、国事に関する厄介事を告げて来る宰相の口調で言葉を続けるイザベラ。

「天文方から報告が上がって来た。西の蒼穹に新しい彗星が発見されたそうだ」

 戦乱に向かう世界に於いては、ある意味相応しい象徴となる天体の存在を。
 ……と言うか。
 確か地球世界で中世のヨーロッパでは、彗星は天体ではなく気象現象の一種と考えられていたはずですから、その点ではこのガリアの自然科学の分野は多少、地球世界よりも先に進んで居る可能性も有りますか。
 しかし……。

「そう言うからには、今までの記録内に残された出現例はない彗星が現われたと言う事なのですか?」

 少し腰を浮かしかけたが故に、やや浅くなった腰の位置を座りの良い位置に戻しながら、そう聞く俺。
 それに確か、地球世界の例で言うのなら、彗星の観察は紀元前の昔から行われていたはずですから、このハルケギニア世界の六千年の歴史から考えると、かなりの観察記録が有るはず。
 もっとも、その六千年の歴史とやらも話半分に聞くべきだとは思いますが。

 所謂、白髪三千丈と同じ程度の信用度と考えた方が無難でしょう。

「今、古い記録を調べて居る最中だから何とも言えないけど、今の所は該当する公式の記録はないよ」

 六千年の三分の一が実際の歴史だったとしても、その時間は二千年。その間、ずっと同じ王家が治めて来たのなら、その王家が持つ記録は膨大な物と成る。その歴史的な資料との付き合わせを行って居るのなら、多少の時間は要しても不思議ではありません。
 しかし、それにしては……。

「このガリア王家には古い伝承が残されている」

 西の蒼穹に現われた彗星を、新たに発見されたと言い切った部分に違和感が有る。そう考え掛けた俺に対して、イザベラが言葉を続けた。
 まるで彼女自身が御告げを告げる巫女の如き、厳粛な雰囲気で……。

「西の蒼穹にフェンリルの尾が細く棚引く時、太陽と月はその輝きを失うだろう。
 終焉をもたらせる女が大地に降り立つ時、最初の男たる輝ける闇が万軍を率いる。
 そしてすべては始まる。
 女は智慧或るモノすべての滅びを望み、
 いと高き男は破滅の鍵を開くだろう」


 
 

 
後書き
 いよいよ、ヤバ気な雰囲気ですな。
 尚、次話の第86話前半がこのリュティスで起きる一連の流れ……政治的な流れの最後です。後半は、次のパート。原作の『タバサと吸血鬼』のOPと成ります。
 そして、その『タバサと吸血鬼』が、第5章『契約』の最後の事件と成っています。
 それでは、次回タイトルは『紅い月』です。

 追記。……と言うか多少のネタバレ。
 主人公の考え。アルビオン行きから後に矢継ぎ早に発せられた任務に関しては……。
 主人公の予測は正解です。

 アルビオン行きの際に無理矢理ジョルジュが付いて来たのがその証拠。もっとも、タバサの状況が既に整って居たので、かなり危険な事件にも対処可能となって居たのですが。
 
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