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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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その手に宿る調律。
  時夜、四歳の一時

 
前書き

感想等、お待ちしております。 

 



時夜side
《出雲・周辺》
AM:4時52分


「…やっぱり、ここら辺は空気が澄んでいて美味しいなぁ」


早朝の“出雲”の緑に溢れた森林の中を俺は歩いていた。
木々による森林浴、その合間から零れる陽の光に気分が癒される。

樹木のざわめき、小鳥達の囀り、虫達のせせらぎ。

出雲は喧騒にまみれた外世界から遮断されていて、一つの世界として成り立っているのだ。
この世界の土地はほぼ全てが開拓されていなく、多くの樹木が伐採されずに残っている。


「……すぅ…はぁ」


俺は腕を広げて深く、大きく深呼吸をする。新鮮な空気が肺に、心に染み渡る。
ここにいれば草木の色濃い匂いで、きっと荒んだ心も宥められるだろう。

早朝一番の緑が心地良良い。ここ最近の日課となっているのが早朝の散歩。
朝食までの間、屋敷から近い距離である場所までをゆっくりと森を観賞して歩くのだ。

……夢。
夢を見た後は、今日の様に早く目が覚める。

けど、それが何の夢なのかは思い出す事が出来ない。
ただ内容が空白で、けどそれを見たという記憶だけが、鮮明に残っている。


「…俺がこの世界に転生してから早、四年か…」


そう呟きながら、不意に空を見上げた。

遠い、遠い頭上。見上げた天頂に浮かぶ白亜の雲海。
彼方からも見渡せる巨大な綿雲が、風に吹かれて千切れてゆく。

―――この世界に転生してから、季節が巡って四度目の春。

今ではこうして制限はあるけれど、自分で立って歩ける、何処にでも羽ばたいて行ける。
あの赤子時代の赤ちゃんプレイは何とか耐え切ったのだ。

昔の人々は暦は消費するものではなく、廻って循環するものと考えられていたとか何とか。
とりあえず、時間が過ぎ去るのはあっという間と言う事だ。

まぁ、たった四歳児が何を年寄りぶった、達観している様な事を言っているかと思うが。
実際には四歳児ではない。前世での年齢を足すと、既に二十代半ば程の年齢だ。

あれだ。
見た目は子供、頭脳は大人、その名は―――

某、子供探偵が頭を過ぎった。
そんなどうでもいい考えが、春の優しい陽気の中で春風と共に過ぎ去って行った。

それだけ無駄な事を考えられる程に、今この瞬間は平和なのだ。






1







「…さて、今日もやるか」


早朝の散歩の内容の中に入っている、朝の鍛錬。
出雲の屋敷からさほど離れていない、一つの大きな樹齢を重ねた大樹。俺のお気に入りの場所だ。

そこに辿り着くと、日陰に入る様にして大樹に背を向ける様に立つ。
祈る様にそっと瞳を閉ざして、精神を深く集中させる。


「………っ…!!」


左手を何も存在しない虚空に翳す。
そうして心を具現化、結晶化する様な確固たる意識を手先へと向ける。

俺は瞳を閉ざしたまま、虚空よりその“柄を掴む”。
そうして門を抜ける様に、一気に手繰り寄せる。


「……出来たか」


ここまでの一連の動作に、約二秒と言った所。

赤子の時より、瞑想する鍛錬は欠かせた事はなかった。
左手に軽く、だがしかし確かな重みが存在する。

視線をそこに移す。何も持っていなかった左手には、一本の陽の光を纏う長刀が握られていた。
今の自身の背丈よりも遥かに長い、刀身2m程の刀。陽を纏うその刀は、日陰を掻き消す程に光を放っている。
羽根の様な軽さなので、難なく今の俺でも持つ事が出来る。

俺が生まれながらに持つ異能、神器“心剣創造”。
俺自身の感情を媒介にして創り出す事の出来る心剣。これは喜の感情を媒介にしたものだ。

人間の持つ六情、喜・怒・哀・楽・愛・憎。
それらの六相を基盤とする感情の刀剣を生み出す能力。

今現在創り出せる感情武装は喜、そして楽の二本だけだ。


「二本とも、能力的にサポート系だしなぁ。どうも攻撃系統には向かないな」


戦い方にもよるが、いまいち決定打に欠ける事だろう。
まだ力を使いこなせていないという現状。

そして、その切れ味も今の俺では切り落とすと言うよりも、擦り落すと言った方が正しい。
途方も無い鈍らだ。未だに、残りの四本は未だ覚醒の兆しはない。

それに一つの感情を出している間は、他の感情を引き出す事ができない。
今はまだ、只々修行不足という事だろう。

それを痛い程に痛感する。
幼き頃より行っているが、一長一短ではどうにも出来ないという事だろう。


「…そろそろ“時間”か」


遥か後方を見据える。そうして、これから起こる事象を解っているかの様に、言葉を呟く。
それと同時、具現化した感情武装が光に解け、そうして心の内へと戻る。

少年の瞳が光の加減なのか、一瞬水鏡色に染まって見えた。






2







「…時夜様、こちらでしたか」

「綺羅お姉ちゃん、おはよう」


小気味よく、地に生える草木を踏む音が聞こえてくる。
刹那、俺が辿ってきた道から特徴的な犬耳を生やした銀髪の少女が姿を現した。

数瞬前に俺が見たビジョン。
俺が見た“未来の光景と同じ展開”がそこには広がっていた。

―――『天球図画』

脳に大小なりとも負荷を与える代償に、僅か先の事象を映像化して視る事を可能とする力。
母親である時深の持つ“時見の目”の劣化互換と言ってもいい。


「はい、おはようございます時夜様。さぁ、朝ご飯の時間ですよ。散歩はこれまでです」

「は~い」


そう元気良く答えた時夜の瞳は既に、父親譲りの蒼穹の瞳へと戻っていた。

最近はもう日課と化している散歩。周囲の人達も今は俺の散歩に対して何も言わなくなった。
だが、最初の内は色々と大変だった。珍しく早起きをして、散歩に出た時の事。

家の過保護な親バカである両親の暴走と、出雲全体を動かした総動員の捜索。

まぁ、当の本人が言うのはアレだけど、騒動の鎮静に手間取った。
親バカ達の事だが。家の両親は子供の俺が言うのは何だけど、過保護過ぎると思うのだ。

だが、その時は失念していたのだ。

俺は前世の人格を保有している為に、その年齢の子供から見たら大人びて見えると思う。
けど、普通の親ならば急に子供が消えたとなれば心配し、死に物狂いで探す事だろう。
この出雲は自然が手付かずで残っている為に、野生の動物達もいるのだ。

俺が親ならば、子供を野放しにはしたりしない。
ようはそういう事なのだろう。家の両親達の思いも理解出来る、だが度が過ぎると俺は思うのだ。


「……どうしました、時夜様?」

「んっ、何でもないよ?それよりも綺羅お姉ちゃん、今日の朝ご飯は何かな?」


無意識の内に思案顔にでもなっていたのだろう、綺羅お姉ちゃんがそう聞いてくる。
まさか思った事を話す事は出来ないので、時夜は話を変える様にして口を開く。


「今日は時夜様の好きな、なめこのお味噌汁です。早くしないとナルカナ様に全て食べられてしまうかもしれませんよ?」

「うわぁ、ルナお姉ちゃんならやりそうだね。早く帰ろう、綺羅お姉ちゃん!」


俺は姉に急かされる様に言葉を掛けられ、手を引く様にして屋敷へと歩を進めた。






3







「おはようございます!」

「ただいま帰りました」


散歩の終着点。
出雲の本社に着いた俺と綺羅お姉ちゃんは長い廊下を歩いて、表座敷の襖を開けて中へ入る。


「おはようございます時夜さん。今日も元気ですね」

「おはよう時夜、待っていたわ」


俺達を迎え入れる見慣れた顔ぶれ、それが二つある。
一人は異彩風な服装を纏った黒髪の少女。もう一人は、同じく異彩な服装を纏った緑髪の女性。

上の人物は上位永遠神剣、永遠神剣第一位『叢雲』の化身、ナルカナ。
そして残りの一人はこの出雲を統べる長であり、俺の母親の姉に当たる女性、倉橋環。

二人とも本当に俺に良くしてくれる。綺羅お姉ちゃんを含めて、自慢で自信の姉で家族だ。
…まぁ、色々と癖の強い人達だけれど、それでもいい人達である事には変わりない。

ここが大切な俺の居場所。
……嘗て、前世で一度は手にして、手放してしまったもの。

この温もりを、俺は失いたくない。手放したくない。そう心から思う。
だから、俺は家族を守りたい、得た力も家族やこれから出来る大切な人達を守る為に使いたい。


「…はぁ、良かったぁ」


そんな思考はさて置いておく。
俺は今現在の食卓の状況を確認して、ほっ…と、一息吐く。


「良かった、まだ残ってる…」


心底落ち着いた表情をする俺を見て、ナルカナことルナお姉ちゃんが思わず小首を傾げた。


「…どうしたの、時夜?」

「……えっと」

「ふふっ、いえ。早くしないとナルカナ様に朝食を全て平らげられると、時夜様とお話していたので」


ルナお姉ちゃんの問い。

それに答えづらそうにしていると、助長する様に俺の変わりに問いに答える。
綺羅お姉ちゃんのその言葉を聞いて、ルナお姉ちゃんが可愛らしく頬を膨らませ、鋭い視線を向ける。


「ちょっと綺羅、あたしはそこまで暴食じゃないわよ!」

「さて、席に着きましょうか時夜様」

「は~い」


そんな事もどこ吹く風。
綺羅お姉ちゃんは慣れたものと言わんばかりに気にも止めないで、俺を連れて席に着く。

尚もきゃいきゃいと吼えているルナお姉ちゃん。
俺はそれに、しれっとした顔で止めの一撃を繰り出した。


「…ルナお姉ちゃん、うるさい」


その俺の一言で、難なく撃沈するルナお姉ちゃん。
何かが崩れ去る様な擬音が聞こえた様な気がするが、気には留めない。


「……時夜にうるさいって言われた…うるさいって言われた…」


この人も俺に対して、大概にどういう訳かブラコンだ。
原作本編では語られていなかったが、案外子供好きなのかもしれない。

それか、俺というイレギュラーが生じたせいで色々と誤差が生じたのか。

涙目を浮かべ、体育座りをして沈むナルカナ。
外見が半ば美少女だからその様相ですら可愛く見える。
…というか、格好が格好な為に、下着がモロに見えている。まぁ、そこは何処と無く視界に入れない様にしよう。

まぁ、ルナお姉ちゃんは放って置いても大丈夫だろう。その内、何時もの様に直る。


「では、朝食にしましょうか。今日は時夜さんの好きな、なめこのお味噌汁ですよ」

「やったね!」

「ふふっ、いっぱい食べて下さいね。」

「そうですよ、いっぱい食べないと早く大きくなれませんよ?」


そう言い、綺麗に微笑む環お姉ちゃん。環お姉ちゃんマジ聖母

出雲は外界から遮断された場所になっており、その時代感は旧暦の古き良き日本の情景だ。
その為に、食事は和食が主となる。

出雲は緑が溢れていて、自然の恵みが豊富にある。
季節によって、採れるモノも変わり、新鮮で飽きがこない。

それ故に、前世では一人暮らしで最低限の料理しか出来なかった俺からして、此処の料理の数々は舌を巻く程だ。

だけれども、時には洋食が食べたいと思う俺は贅沢な悩みなのだろう。


「…そういえば、お父さんとお母さんはまだ帰ってこないの?」


今現在、この場を見れば解る様に両親はいない。
二人ともそれぞれの仕事で出雲を出ている。最後に会ったのは、一週間と少し前だ。
俺の四回目の誕生日を祝った後ほどから二人して、出雲を出ている。

俺はふと食事の途中で箸を置いて、思い至った事を環お姉ちゃんに質問した。


「ごめんなさい、時夜さん。凍夜さんも時深も仕事が忙しいみたいで、まだ帰って来れないみたいなのです」

「……そうなんだ」

「時夜様、寂しいですか?」


俺の一瞬の逡巡を感じ取ったのか、綺羅お姉ちゃんがそう聞いてくる。
俺はそれにゆっくりと左右に首を振る。


「ううん、二人もお仕事で忙しいんでしょ?なら、少しは俺も我慢しなくちゃ」


これは建前だ。正直その答えに内心安堵感を覚えて、一息吐く。
あの両親達は毎回帰ってくる度にまるで、何年も会っていなかった様に、感動の再会の様な茶番をする。

その矛先が俺に向かなければよいのだが、いかんせん、アレらは恐るべき親バカなのだ。

俺はだから心底、心の中で安堵する。
暫くは、あの親バカ共に会わなくて済むと。別に嫌いじゃない、むしろ両親の事は好いている。

ただ、あの茶番が嫌なだけだ。
帰って来てから数日は、俺の自由というものが存在しないと言ってもいい。


「大丈夫よ、時夜。寂しいなら私達がいるから、遠慮せずに甘えなさい」


何時の間にか復活していたルナお姉ちゃん。大きな胸を主張させながら、そう言葉を俺に告げる。


「まぁ、機会があったらお願いね、ルナお姉ちゃん」






4







「では、今日のお勉強の時間を始めますね」

「は~い!」


朝食を何事もなく終えて、俺は環お姉ちゃんと一つの部屋にいた。
最近は環お姉ちゃんに、勉強を教えて貰っている。
勉強と言っても、読み書き等をする訳ではない。

過去に歴史にあった出来事を掻い摘んで教えて貰っているのだ。
環お姉ちゃんは教えるのが上手で、まるで小説や絵本を読んで貰っている様な感じだ。


そうして、穏やかな時間は流れてゆく。






5







環お姉ちゃんとのお勉強を終え、綺羅お姉ちゃんと遊んで、昼食を摂った後。
俺は、朝と同じく最近のお気に入りスポットの大樹の前まで来ていた。


「…ふぁ…あっ」


自然と洩れる欠伸、精神は大人でも身体は子供、身体が睡眠を欲している。
俺はお昼寝をする為に、木漏れ日の光が射す大樹の元にやって来た。

まぁ、おやつの時間になれば、綺羅お姉ちゃんか誰かが起こしにやって来てくれるだろう。
ここら辺は、特に害も危険もない。


「……芝の感触が気持ちいいなぁ」


芝の柔らかな感触、木々の合間から射す、優しい陽の光が俺を眠りへと誘う。
俺は、それに抵抗する事もなく、意識を手放した。


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