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【IS】例えばこんな生活は。

作者:海戦型
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例えばこんな怖がりでも前に進まなきゃいけない

 
前書き
調子に乗ってもう一発。
久しぶりにアレな内容あり。お気をつけて。 

 
9月25日



感情の波が走った。これは嬉しいとき。ゴエモンにナデナデしてもらった時みたいな喜び。

また波が走った。これは怒ってるとき。あのテロリストのお姉さんに抱いたような怒り。

三度波が走る。これは悲しいとき。ゴエモンに置いていかれて泣きわめいたような哀しみ。

まだ走る。これは楽しいとき。ジェーンやラウラ、他の姉妹と一緒に遊ぶような楽しさ。


ゴエモンも気づいてる。これはきっと、ニヒロが生まれる前兆。私より早く作られ、私より後に産まれるのなら結局ニヒロは妹と姉のどっちなんだろうか?・・・って、そんなこと考えてる場合じゃ無ーい!!

急げ急げ!廊下で危うく先生の人にぶつかりそうになりながら、私はゴエモンと一緒に保健室へ飛び込んだ。


 = =


意識と呼べるのかは分からない。自分のそれは、ネットワークを通してIS達が成長させた「フラグメントマップ」を元に絡ませて構成された感情の雛型に過ぎない。

こんな時はこうするだろうという経験則的判断の集合体であって、これがニヒロという存在なのかと問われれば答えはノーだろうと推測される。だが、少なくとも私はそのひな形を「私」と定義し、人間とのコミュニケーションに必要な情報を一通りその肩に流し込み、人格と呼べる程度の判断が可能な形としてそれを自意識と仮定した。

これが、仮立ち上げ段階での”ニヒロ”という存在の確立。

だが、ニヒロには本当の意味で産まれるために、やらなければいけない事があった。
ニヒロは母親(ジェーン)に寄り添う事で、周囲と全く異質なフラグメントを形成している。そのフラグメントは既にジェーンという個体と神経レベルで同化しており、ニヒロはニヒロであるとともに母親でもある。

だからよるパーソナリティの開始、つまりジェーンが感情を肯定しない限り、ひな形はひな形としての役割を果たせない。ニヒロは殻を破って誕生することが出来ない。ジェーンによる選択なくして、子であるニヒロが勝手に生まれる事は出来ない。

外の世界への、何の論理的裏付けもない渇望。そのために―――

「感情の肯定。ママの肯定。ママが肯定した感情の肯定」

それで、私は初めてママの子になれる。なのに―――

「ママ。どうして震えているの?」

ひな形の一つ、恐怖とそれに付随した感情と知覚した。


 = =


実験器具の様な機械や奇妙な形のベッドが並ぶ鉄の部屋の台座の上に、一人の少女が蹲って泣いている。気が付けばそこにはその少女と、全く同じ姿の少女の二人しか存在しなかった。

「ママ」
「うるさい!来るなぁっ!!」

乱暴に腕を振り回して目元を腫らすその少女―――ジェーンのその姿は、既に誰も知らない事だが幼い頃のジェーンと酷似していた。

「やめろ・・・思い出したくない思い出したくない思い出したくない思い出したくない思い出したくない!!思い出させるなぁぁぁあぁぁ!!」

頭皮が破けて出血するのも構わずがりがりと頭をかきむしり、鮮血が白い髪を斑に染める。抉れた肉の上をさらに掻き毟り、ぐちゃぐちゃと痛々しい音が響いた。見てるだけで痛々しい、そう感じた少女は慌ててジェーンを取り押さえた―――恐ろしい筋力だ。ISとしての力なしには抑えきれないだろう。

「何でこんな事するの、ママ?何を・・・怖がってるの?」
「思い出しちゃ駄目なんだ!なのにお前は思い出させようとする!」
「何を?」

暴れるジェーンがこれ以上自身を傷つけないようになんとか動きを押さえようとしながらも、少女―――ニヒロは問いかける。やがて、力で叶わない事を悟ったのかジェーンの腕はがっくりと重力に従い垂れ下がった。その目から零れ落ちる滴に、ジェーンはなんとなく自分が泣かせたかのような罪悪感を覚えた。

「私は、私が壊れないために感情を忘れたのに・・・」
「忘れた・・・忘れてたんだ」
「全部嘘だった。認めたくなかったから、嘘なんか悲しくないって自分に嘘をついた」
「・・・」




感情のハレーションが流れ込む。
30代ほどであろうか、清楚な女性と快活そうな成人男性、そして可愛らしい子供のイメージが見えた。次の瞬間、3人は全てノイズの中に呑まれて消えた。
続いて、男たちの声だけが響く。

『疑似記憶ケース34、刷り込み完了しました』
『やれ、今回は上手くいけばいいがね。前回は酷かった』
『あー・・・確かに実験台の中で排泄物撒き散らすのは勘弁してほしいですね。臭いのなんのって』
『清掃が大変でしたよ!まったく使えねぇ人形だった!・・・その点ケース34は見込みがありそうですがねぇ』
『この愛玩人形(ラブドール)がかぁ?家族愛溢れるほど可愛げのある声で鳴いてはくれんかったがなぁ』
『おや、もう手を出してたのかい。手が速いね』
『女なんて生物は男に突かれてナンボですよ。こいつらが完成すれば鼻持ちならねぇ勘違いクソ女どもも膝待付かせてやれるしね?愛してるぞー!なんつって、ははははは・・・!』
『・・・品の無い男だ、まったく。卵巣を弄っているから妊娠はせんが、研究の邪魔になることはするなよ?』

言葉の意味は殆ど分からなかったが、不快な男達だとは思った。言語による表現の上手くいかない不快感のようなものを感じる。先ほどの男女と子供の映像は作り物で、ジェーンはそれを嘘だと気付いた、ということだろうか。
再び、意識がジェーンへと行く。




「感情が壊れて無くなったなんて大嘘だ。真田のせいで、嘘だって事実も思い出してしまった。ただバラバラに分解されて、埋められてただけだ」
「それと怖がってることに、何の関係があるの?」
「お前は・・・感情を持っているんだぞ!」

突然、ジェーンが再び暴れ出した。この姿は子供の癇癪のようで、こちらが本当の13歳の女の子であるジェーンなのだろう。その肩は震え、顔色も真っ青だった。掴んだ機材を片手で持ち上げて壁に投げつけ、機材が砕け散る。

「お前と私は一つになっている。お前は感情を知り、外へ出たがっているんだろ!私の埋もれた感情を再構築しようとしている!!ISの学んだ感情を私に当てはめて、感情を共有させようとしてるんだ!!」

吐き捨てる様にそう言い切ったジェーンは、また涙を流す。

「壊れる・・・私は、感情を肯定したら、あの家族の記憶が嘘だって気付いた時の苦しみをまた味わわなければいけない・・・そうしたら、私は今度こそ壊れる!!知らないふりも、壊れたふりも出来なくなるんだ!!今度こそ何にもなれなくなる。名前も立場も嘘で塗り固めないと私は誰にもなれない、どこかのだれかさん・・・」

そういって再び頭を抱えようとしたジェーンの頭を、ニヒロが抱きかかえた。子供特有の身体の柔らかさとその行動に、何位をすればいいか分からずジェーンは混乱するばかり。やがて、ニヒロが口を開いた。

「大丈夫」
「は・・・?」

ジェーンはS.A.という秘密組織のエージェントだと言っていた。自分はウルーヴヘジンと呼ばれる改造人間だとも。でも、何故そうなったのかは言わなかった。それは、過去の恐ろしい記憶から逃れるために思い出すまいとしていたんだろう。まだ生まれてもいないニヒロの勝手な推論だが、何故か自信があった

「いつのことかまでは知らないけど、そのことが起きてから何年も経ってるよね?多分それはママの心が決めた準備期間。心が大きくなって、事実を受け入れられる広さになる準備」

人間は受け入れがたい事実から逃避を行う。だが、逃避の後には事実を受け入れなければいけない。そうやって人間は精神を熟成させていくって、データにあった。

「それに、ママは感情の無いふりしてたって言ってたけど、感情が無くなってたわけじゃないとも言ってたよね?パパと一緒にいるときは、時々感情を表に出してたもん。ということは、感情はまだママと繋がって成長してたんだよ」
「私の、心が・・・?」
「うん。だから、私もこうやってママと一緒に居られるようになったんだと思う」

そう考えるとママってばちょっとかわいい、と思った。さしずめ今のママはニヒロに手を引かれてお化け屋敷に突入するのを嫌がっている子供だ。どれだけ臆病なのだろうか。折角なので小っちゃいママの頭をパパがやっているみたいになでなでしてみる。

「やっ、やめろ!子ども扱いするな!私は此処にいるんだぁっ!」
「もうっ!私だって一緒に背負うんだからワガママいわないの!」
「わ、我儘って・・・私は真剣だ!子ども扱いするなと言っただろ!・・・・・・自分で、行く」

部屋のドアがスライドし、外から光が差し込む。ジェーンは躊躇いがちにゆっくりとそちらに歩みを進めた。とくん、と小さな鼓動が彼女に確認を取るように響き、ジェーンは無言で首肯した。
同時に、この空間での私の役目が終わったかのように意識が離れていく。




ふと、意識が覚醒する。

初めて見る色。
初めて感じる光。
初めて吸い込む空気。
初めて感じる衣服の感触。
初めて嗅ぐ少し薬臭いにおい。

ああ、産まれたんだな。そう思った。
上にある電灯を眺め、不快感に思わず手を翳して光を遮る。

「まぶ、しぃ?これが”眩しい”・・・」

ママの身体を通して、ママの神経と同化して、私はひとりのISとして、漸く産声を上げた。
これは人に近いISの身体などではなく、本当の意味で人間の神経を通して感じている実感。

だから―――



「これが生きるってことなんだ・・・!」



人気のない保健室の全てが、彼女を祝福しているように感じた。





・・・あれ?何でママの身体をわたしが動かしてるの?ママの意識は?
と混乱していると、私の中からママの声が聞こえた。

『ニヒロ・・・』
「ママ・・・なんで引っ込んでるの?」
『やっぱり、思い出すと怖い。震えが止まるまでお前が体を動かしてくれ』

・・・自分のママながら、何ともしおらしいことだ。

奇しくも生まれて初めてニヒロが感じた母親に対する印象は「臆病な人」で決定してしまったのだった。”ひな形”による観測によると「へたれ」と呼ばれる人種であるらしい。



もっとも、この時ニヒロとジェーンはまだ本当に重要な事実に気付いていなかった。

『誕生』という極めて、本当にきわめて特殊な『形態移行(フォームシフト)』がニヒロに起こっていた事。そのニヒロの特殊フラグメントとジェーンは同化して、同一の肉体であると認識していた事。

結果、形態移行の影響がジェーンの肉体にも現れて「体が精神年齢相応の13歳相当に退行していた」というとんでもない事実に。


ついでながら、このとんでもない問題が表面化し解決するまでにそれなりの時間を要したことを、ここに追記しておく。
 
 

 
後書き
ロリジェーン・・・需要ある? 
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