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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百八話 クーデター



宇宙歴 796年 1月 3日    ハイネセン  最高評議会ビル  ジョアン・レベロ



臨時に最高評議会が開かれる事になった。会議室にはサンフォード議長とバラースが未だ来ていない。ラウド、トレル、マクワイヤー、リウの四人は不安そうな表情をしている。会議招集を要請したのはトリューニヒトだ、迎撃軍に何か有ったのかと思っているのだろう。

サンフォード議長が会議室に入って来た。後ろにはバラースが付いている。いつもの事だ、この二人は最後に入って来る。議長は自分が偉いのだと言いたいらしい。そしてバラースは自分は議長の腹心なのだとアピールしているのだろう、笑止な……。ターンテーブルに十一人が席に着いた。一人ずつ参加者の顔を見た。

最高評議会議長ロイヤル・サンフォード
副議長兼国務委員長ジョージ・ターレル
書記トーマス・リウ
情報交通委員長シャルル・バラース
地域社会開発委員長ダスティ・ラウド
天然資源委員長ガイ・マクワイヤー
法秩序委員長ライアン・ボローン
人的資源委員長ホアン・ルイ
経済開発委員長エドワード・トレル
国防委員長ヨブ・トリューニヒト
財政委員長ジョアン・レベロ
この十一人で会議を行うのも今日が最後だろう。

「一体何事かね、トリューニヒト国防委員長。緊急の会議要請とは穏やかではないがフェザーン方面で何か有ったのか」
サンフォード議長が不機嫌そうな表情で問いかけた。ボルテックに役立たずとでも罵られているのだろうな。まあ金は貰っているのに要求に応えないではそう言われても仕方が無い。

「いささかフェザーン関係で厄介な事態が発生しました」
深刻そうな表情でトリューニヒトが答えるとラウド達四人が益々不安そうな表情をした。役者だな、トリューニヒト。演技過剰になるなよ、お前さんは自分の演技に酔う癖が有るからな、抑えて行くんだぞ。

「それは一体何かね?」
「このメンバーの中にフェザーンの企業から資金提供を受けている人間が居ます」
皆が顔を見合わせた。ラウド達四人はサンフォード議長とバラースを遠慮がちに見ている。やはりこの二人は怪しいと思われたようだ。サンフォードは顔を強張らせバラースはキョロキョロしている。

「困った事にその企業、実はフェザーン政府の所有会社なのですよ。つまり資金の提供者はフェザーン政府という事になります」
「……」
会議室の空気が息苦しいものになった。

「バラース情報交通委員長、君の事なのだがね」
「……証拠が有るのかね」
声が擦れているぞ、バラース。
「もちろんだよ、レベロ財政委員長が調べてくれた」
トリューニヒトが私に視線を向けた。皆も私を見ている。

「フェザーンから君に資金提供がされている。確認したよ」
ファイルケースから書類を取り出し“見るかね?”とバラースに問い掛けたが固まったままだ。サンフォード議長は表情を消している。おそらくはバラースを切り捨てて逃げるつもりだろう。

「認めるかね、バラース情報交通委員長」
「……」
トリューニヒトが問い掛けてもバラースは答えない。チラッとサンフォード議長を見たが議長はそれに応えなかった。それを見てトリューニヒトが苦笑を浮かべた。

「議長を庇っても無駄だよ、バラース。君が受け取った金はサンフォード議長に流れている。そうだね?」
「……」
「彼はもう終わりだ、君を助けることは出来ない」
ラウド達四人が驚いたようにトリューニヒトとサンフォード議長、バラースを見ている。バラースは蒼白になって小刻みに震えている。サンフォードは眼が飛び出そうな表情だ。

「な、何を言うのだね、トリューニヒト国防委員長。私が金を受け取っているなど馬鹿な事を言うのは止めたまえ」
トリューニヒトが苦笑を浮かべてファイルケースから書類を取り出した。
「この書類はフェザーンから提供されたものです。ここにはサンフォード議長、貴方とフェザーン自治領主府との遣り取りが記載されています。これだけじゃありません、通話記録の録画も有ります。貴方がフェザーンの飼犬である事の証拠です」
今度はサンフォード議長の顔が蒼白になった。会議室が騒がしくなった、ラウド達が小声で話し合っている。ターレルとボローンはさっきからずっと無言だ。

「馬鹿な……、何故そんな物が……」
「未だ分かりませんか? 貴方はフェザーンに切り捨てられたのです」
“切り捨てられた?”と議長が呟いた。困惑している、何が起きているのか理解できていない様だ。トリューニヒトがこちらを見た、私が首を振ると微かに苦笑を浮かべた。

「貴方はフェザーンを救うために軍を動かすことが出来なかった。ボルテック自治領主はフェザーンを救うためには、自由惑星同盟軍を動かすには貴方ではなく他の人間に頼るしかないと判断したのです」
「……君を選んだのか……、ボルテックは私を裏切ったのか」
呆然自失、そんな声だ。トリューニヒトが笑い出した。侮蔑が込められた笑いだ。

一頻り笑うとトリューニヒトが生真面目な表情になった。憐れむような視線を議長に送っている。
「ボルテックは裏切っていませんよ、サンフォード議長。貴方はフェザーンにとっては道具でしかありません。ボルテックはフェザーンのために用済みになった道具を捨てただけです。仲間だと思っていたのは貴方だけですよ」
「……」

「先程裏切ったと仰っていましたが裏切ったのは貴方でしょう。同盟を、同盟市民を裏切っていた。最高評議会議長である貴方が」
トリューニヒトが非難しても反応が無かった。聞こえなかったのかもしれない。トリューニヒトが溜息を吐いてボローンに視線を向けるとボローンが席を立った。そして会議室の出入り口に向かう。

ドアを開けると私服の男達が六人、中に入って来た。警察関係者だろう、六人とも緊張しているが最高評議会の開催中に入って来たのだ、無理もない。
「サンフォード議長、バラース情報交通委員長、お二人には国家機密漏洩罪、収賄の疑いが有ります。捜査に御協力願います」
ボローンが言ったが二人とも反応が無い、虚脱している。“連れて行きたまえ、丁重にな”とボローンが言うと二人を席から立たせ会議室から出て行った。

二人が出て行くのを見届けるとボローンが席に戻り大きく息を吐いた。一仕事終わった、そんな感じだ。ラウド達は未だ状況が掴めていないのだろう、落ち着きなく周囲をキョロキョロしている。
「サンフォード議長とバラース情報交通委員長の解任動議を出す必要が有るかな? 賛否を問う必要が有るかという意味でだが」
「その必要は無いだろう、ターレル副議長。あの二人が国家を裏切っていたのは事実だ」

ホアンが答えるとターレル副議長が頷いた。
「現状では政治的な空白期間を作る事は避けるべきだろう。我々の中から暫定で最高評議会議長を選出し、フェザーン方面での戦争が終結後、改めて同盟議会に図り最高評議会議長を選出しなおす。そういう事にしたいが」
ターレル副議長が皆の顔を見回す。反対する人間は居なかった。

「では先ず私から推薦させてもらおう。トリューニヒト国防委員長に最高評議会議長をお願いしたい」
ターレルがトリューニヒトを推薦するとラウド達がギョッとするのが分かった。聞き間違いとでも思ったのだろう。頻りにターレルとトリューニヒトを見ている。

「賛成する」
「私も賛成だ」
「トリューニヒト国防委員長にお願いしたい」
私、ホアン、ボローンが口々にトリューニヒトを支持するとラウド達の顔が強張った。我々が事前に根回ししていた事、これが周到に準備されたクーデターだと理解できたのだろう。四人が顔を強張らせながらトリューニヒト支持を表明した。

全員がトリューニヒトの議長就任を支持した。トリューニヒトが席を立ち神妙な表情で“責任を持って議長の職責を果たしたい、同盟は今難しい状況に有る、これからも皆さんからの御助力を頂きたい“と言うと皆が拍手をしてトリューニヒトの最高評議会議長就任を祝福した。席に座ったトリューニヒトの頬に赤みが差した。

「さて、先ずは欠員となった国防委員長と情報交通委員長の後任者だが混乱を避けるためにも国防委員長は私が兼任したい、如何かな?」
トリューニヒトの提案に皆が頷いた。フェザーン方面で戦争が始まるのだ、今この時点ではトリューニヒトの提案がベストだろう。

「情報交通委員長だが誰か適任者が居るかな?」
トリューニヒトが問い掛けるとターレル副議長が
「ピエール・シャノン代議員は如何だろう?」
と推薦してきた。ピエール・シャノン? 国防委員会に所属していたはずだがトリューニヒトのシンパでは無かったはずだ。ターレルは親しいのか……。

「シャノン代議員か、誠実な男だ。……他に誰か候補者が居るかな? 居なければシャノンにするが……。居ない様だな、シャノン代議員を情報交通委員長にしよう。次の最高評議会から参加してもらう事にする」
トリューニヒトの言葉に皆が頷いた。

「これから皆に私が信頼する友人を紹介したいと思う」
ボルテックの事か?
「少々、いやかなり口は悪い、性格もね。だが能力は信頼できる。その誠実さもだ」
ヴァレンシュタインか……。ホアンが肩を竦めるのが見えた。他のメンバーは訝しげな表情をしている。

スクリーンにヴァレンシュタインが映った。他にも軍人が映っているところを見るとどうやら自室ではないらしい。
「やあ、ヴァレンシュタイン中将。忙しいところを悪いね」
『大丈夫です、それほど忙しくは有りません』

ヴァレンシュタインは無表情にこちらを見ている。愛想の無い男だ。こちらが最高評議会の最中だと気付いているだろうが気にした様子も無い。周囲は緊張しているぞ、ヴァレンシュタイン。平静なのはお前だけだ。愛想だけじゃない、可愛げも無い。

「紹介しよう、最高評議会のメンバーだ」
『ヴァレンシュタインです』
トリューニヒトの言葉にヴァレンシュタインが軽く頭を下げた、軽くだ。おそらく不満に思っている人間も居るだろう。筆頭はヴァレンシュタイン自身だろうな、馬鹿共を紹介してどうする、そう思っているに違いない。

「サンフォード議長が失脚した。今は私が暫定ではあるが最高評議会議長になっている」
『……』
ヴァレンシュタインの周囲が驚いている。隣に小声で話しかける者、周囲に視線を向ける者、様々だ。だがヴァレンシュタインが平静を保っている姿に気付くと慌てて驚きを隠した。なるほど、指揮官は常に沈着でなければならないという事か……。

「祝ってはくれないのかね?」
トリューニヒトが幾分不満そうに言うとヴァレンシュタインが口元に微笑みを浮かべた。
『最高評議会議長になるのは手段であって目的では無いと思っていました。目的が達成されていないのに何故祝うのです? それとも私は間違っていたのかな? だとすれば興醒めですが』

皆がギョッとした表情になった。会議室も、スクリーンの中もだ。まさか同盟の最高権力者になった男に期待外れと罵倒する人間が居るとは思わなかったのだろう。トリューニヒトが声を上げて笑い出した。
「君らしい祝辞だな、この程度で浮かれるなという事か」
ヴァレンシュタインの笑みが幾分大きくなったように見えた。この二人、性格の悪さでは甲乙付けがたいな。

「感謝するよ、中将。確かに少し浮かれていたようだ。我々は武器を得ただけで目的は何も達成していない」
『ようやくスタートラインに辿り着いた、そんなところですね』
「スタートラインか、確かにそうだな」
トリューニヒトが頷いた。同感だ、ようやくここまで来たが未だここまでしか来ていないとも言える。

『まあここまで来るのは結構大変でしたからね。多少浮かれるのも仕方がないかもしれません。議長就任、おめでとうございます』
ここで御祝いの言葉か、溜息が出た。トリューニヒトがまた笑い出した。皆に“私の言った通りだろう。口が悪いし性格も悪い”と言った。どっちもどっちだ、皆が呆れているぞ、トリューニヒト。それにしてもお前、貶されて喜ぶとはマゾだったか……。

「君に連絡を取ったのは議長就任の報告をしたかったからじゃない。ボルテックとこれから連絡を取る。君がまず交渉を行う」
トリューニヒトの言葉に会議室がざわめいた。彼方此方から“良いのか?”、“それは……”、“しかし……”等という声が聞こえた。

「トリューニヒト議長、その交渉には我々も参加できるのかね」
ターレル副議長が問い掛けた。不信感が表情に溢れている。無理もない、海千山千のフェザーン人に二十歳を超えたばかりの若造をぶつけようというのだ。不信感が出なければおかしいだろう。彼らはヴァレンシュタインがどういう人間か知らない。

『構いませんよ。但し、発言は私の許可を得てからにしてもらいます。こちらが混乱していると思われるのは得策じゃありません』
「だそうだ、良いかね?」
トリューニヒトが確認を取ると皆が多少不満そうな表情を見せたが同意した。これで思った事の半分も言えんだろうな。

スクリーンが二分割されフェザーン自治領主ニコラス・ボルテックが映った。
「お待たせした、ボルテック自治領主閣下。トリューニヒト最高評議会議長です」
『おめでとう、トリューニヒト議長。資料が役に立ったようだですな。議長とは協力し合う事で良い関係を作りたいと思っています』
嬉しそうな表情だ。恩を着せようというのか、或いはようやく貴族連合軍を追い払う目処が付いたと考えているのか。

「フェザーンを貴族連合軍から救って欲しいとの事ですがそれに関しては私の代理人と交渉して欲しい」
『代理人?』
『私ですよ、ボルテック自治領主閣下。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将です』
ヴァレンシュタインが名乗るとボルテックの顔が露骨に歪んだ。嫌悪か、それとも恐怖か、多分両方だろう。

『ヴァレンシュタイン中将、こちらはトリューニヒト議長に協力しているのだ。今度はそちらが我々の苦境を救うべきだと思うが』
ボルテックが露骨にトリューニヒトとの関係を強調してきた。交渉を優位に進めようというのだろうがヴァレンシュタインは鼻で笑った。

『ふざけないで欲しいですね、自治領主閣下。貴方は役に立たなくなったサンフォード議長を切り捨てただけじゃありませんか。それを恩に着せて交渉の主導権を取ろうとするとは……、笑わせないでください』
彼方此方から失笑が漏れた。ボルテックが苦虫を潰したような顔をしている。

『同盟政府はフェザーンが地球教の根拠地だと考えています。自治領主府は地球教の手先だと。その疑惑が払拭されるまでは救援など無理ですね』
『我々は地球教とは無関係だ!』
ボルテックが吐き捨てるような口調で地球教との関係を否定した。それを見てまたヴァレンシュタインが露骨に嘲笑した。

『貴方は長老委員会で選ばれて自治領主になった。地球教はその長老委員会を支配下に置いている。そして代々自分達の言う事を聞く奴隷を自治領主にしてきた。貴方もその奴隷の一人だ。それでも無関係ですか?』
皆が顔を見合わせた。ボルテックの顔が強張っている、どうやらヴァレンシュタインの指摘は事実らしい。

『私は彼らとは手を切った! これは本当の事だ! 信じてくれ』
『無理です、貴方がどれほど無関係だと言っても信じることは出来ません。信じて欲しいなら行動で示してください』
手を切った可能性は有る、だが事実は分からない。ヴァレンシュタインの言う通り信じることは出来ない。しかし行動? 一体何を……。

『……私に何をしろというのだね』
唸るような口調で問い掛けてきた。
『二つあります。先ず一つは同盟政府が発行した国債、約十五兆ディナール。それと帝国政府が発行した国債、約十二兆帝国マルク。これらを全て同盟政府に譲渡する事……』

会議室の中が凍り付いた。皆固まっている。ボルテックは眼が飛び出そうな表情だが彼も凍り付いている。
『……馬鹿な、そんな事は』
『出来ませんか? 出来なければフェザーンはそれらの国債を利用して同盟、帝国を思うままに動かそうとしていると判断するだけです。救援は出来ません』
『……』

皆が沈黙する中、ヴァレンシュタインが言葉を続けた。
『いずれ貴族連合軍はフェザーンに居座るのに飽きて同盟領に進撃してくるでしょう。ボルテック自治領主、それまで何もせず待つという手も有りますよ』
『……』
『まあ余りお勧めは出来ません。なぜなら同盟軍は貴族連合軍を殲滅した後はフェザーンに進撃し地球教の根拠地であるフェザーンをこの宇宙から抹殺する事になるからです。完全包囲して二カ月間の持久戦の後に全面攻撃……』

『それは……』
ボルテックが喘いだ。ヴァレンシュタインが笑い声を上げた。
『かつてブラック・フラッグ・フォースが地球攻略戦で使用した作戦です。地球にとって最も残酷な結果になったと聞いています。地球教の根拠地であるフェザーンの最後に相応しい作戦でしょう』
皆が凍り付く中、ヴァレンシュタインの笑い声だけが流れた……。


 
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