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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第2話 さいしょのなかま!


 砂が、視界を紅く閉ざしていく――。

 砂漠に潜む魔物の話を聞いた事がある。
 下半身はサソリ。
 上半身はアリクイ。
 奴は毒針によってダチョウやキツネを仕留めるが、蟻を食するアリクイの食性によって肉を食べる事は出来ない。
 そして、長い鼻によって蟻の巣を掘り返せども、肉を食するサソリの食性によって蟻を食べる事は出来ない。
 奴は絶食に耐える。一年でも二年でも、生を享けてからひたすら奴は耐える。
 だけど――。
 飢えに耐えきれなくなった時、命がけの狩りに出るのだ。
 極寒の砂漠の夜に砂中から現れて、村を襲う。テントを破壊し、家畜を殺し、人を殺す。
 けれども何も食べられるものは、結局、見つける事が出来ずに、殺戮だけを繰り返すのだ。
 殺戮だけを繰り返すのだ。

『ウェルド!』
 破壊された織機(しょっき)が、工房を埋め尽くしている。
『ウェルドー!』

 散乱する染料の壺。赤が、青が、黄が、緑が、テントの床の破れ目から砂に紛れ、ただの砂塵へと還ってゆく。
「フィリア!」
 織機の破片や反物に足を取られながら、ウェルドは工房の出口を目指す。
「フィリア、どこだ!」
『ウェルド!!』
 少女の悲鳴はテントの幕の向こう、紅い砂煙の向こうから響く。目を凝らす。テントの幕から工房に、紅い砂が吹きつける。
『私はここよ!』
 その奥に、僅かに揺らぐ人影が見える。
『ウェルド――』
 人影を矢が襲う。一本。二本。三本。
「やめろ――」
 足が上がらない。
 前に進めない。
 人影は矢を浴び、もう人の形を留めていない。それでもなお降り注ぐ矢の雨。二十、三十、四十。

「やめろっ!!」

 ※

 絶叫して起きた。
 薄い布団に固いベッド。小さな机と、細長い明り取りの窓があるだけの殺風景な部屋。
 行かなければならない。ウェルドは汗と焦燥にまみれている。でも、どこへ?
 そして、自分がどこにいるかを理解する。ここが――カルス・バスティード、新人冒険者の宿舎であると。
 溜め息をついた。額の汗をぬぐい、もう一度ベッドに身を倒す。そのまま夢の潮が引くのをただ待つ。たっぷり三十分も天井を見つめてから、ウェルドは今度こそ起きた。
 やるべき事があるのだ、生きている限りは。

 赤い布で額を巻き、大剣を背負う。宿舎を出ようとしたウェルドは荒々しい足音が背後から迫るのを聞き、
「わぶっ!」
 いきなりぶつかられた。
「邪魔だ」
 女の声が冷たく言い放ち、ウェルドを押しのけて先に宿舎から出て行く。宿舎の扉が開くと、夏の朝が宿舎の床を焼いた。軽鎧に身を包んだ女はウェルドを顧ることなく、町の通りを歩いて行った。
「待ってください、レイアさん! 危険です」
 エントランスより右手の廊下から、別の女が駆けてきた。鎧と呼べるものは身に着けていない。肩当てと手甲だけを防具として着用した、しかし、腰に佩(は)く細剣で明らかに高貴な身分とわかる女だった。波打つ豊かな黒髪に、優しい光を湛えた黒いつぶらな目。彼女は憂いに満ちた視線を、去りゆく鎧の女の背に投げかけた。
「何だぁ? 今の女。感じ悪ぃ」
「あなたは昨日の……」
 細剣の女はウェルドの目を見据えると、そっと一礼した。
「昨日、危ういところを助けて下さった――」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はウェルド」
「エレアノールと申します。彼女はレイア」
 と、エレアノールは顎を外の通りに向けた。
「ゆっくりとお礼を述べる事もできず、申し訳ございません。彼女を追わなくては」
「どうしたんだい」
「あの人は、すぐに遺跡に行かなければ気が済まないと……私は一人では危険だと止めたのですが……」
「優しいんだな」
 ウェルドは半ば呆れて肩を竦めた。
「だったら早く行ってやった方がいいぜ」
「ありがとう。感謝します、ウェルド」
 気高さを感じさせる声だった。エレアノールはまっすぐ伸びる通りを、背を向けて駆けて行った。
 眩しさに目を細めながら見送っていると、大きな声であくびをしながら歩いてくる者がいる。
「おっはよぉう」
 馬車の中で見かけた覚えのある、青髪の少女だった。胸もとで揺れる小さな首飾りが、猫のような二つの目と相まって、取りつけられた鈴のように見える。
「おはよう……って、あんた誰だっけ? ごめんごめん、あたし人の名前覚えんの苦手でさ!」
 少女は屈託なく笑った。
「……も何も、まだ自己紹介済んでないだろ?」
「あれ、そうだっけ?」
「俺はウェルド。セフィータから来た。あんたは?」
「あたしはジェシカ、バイレステから来た泥棒だよ!」
「どろぼぉ?」
「そっ。でもだからってケチな空き巣狙いなんかと一緒にしないでよね。あたしが狙うのは貴族どもとか腹黒い商人どもとかなんだからさ。義賊様ってやつ?」
「……義賊様が何しにカルスの棺桶に来たんだ?」
「そりゃもちろん、でっかいお宝があたしを待ってるからに決まってるっしょ! あんたは? あんたもお宝狙い?」
「ちげぇよ。研究の為だ」
「研究? って、あんたもしかして学者なの!? その顔で!?」
「うるせぇっ」
 ジェシカは高い声で朗らかに笑った。
「ごめんごめん、あんまり意外だったからさ! あんた、今から遺跡に行くところ?」
「ん? ああ、もうちょっと後でな」
「そっ、あたしは今から一稼ぎしに行くところなんだ。あんたも後で様子を教えてよ」
 そうして彼女も走って行こうとする。
「待てよ」
「なに?」
「あんた、一人で行くつもりか?」
「ん~。ホントは昨日、シャルンと行く約束してたんだけどさ」
「ああ、あの」
 ポニーテールの女の子だ。
「でも、少しそっとしておいた方がいいよ。今はさ。じゃあね」
 ジェシカもまた地下遺跡に続く道へと歩いて行く。

 ※

 教えられたその家は、一見普通の民家だった。だから、本当にここでいいのかとウェルドは逡巡する。
 ノックの後、返事を待たず扉を開ける。
 中の様子を見て、ここで間違いないと確信した。
 床に散乱する、計算式の書きこまれた何枚もの紙。妖しい紫の光で部屋を照らす石。何より、部屋の真ん中に立つ謎の石板。
 石板の前に立つ、二人の人物が振り返った。
 鬱金色の髪に白い肌。小さな眼鏡をかけ、無精髭を生やした三十前後の男。
 体に纏う知的な雰囲気で、一目で学者とわかる人物だった。
「クムランってのはあんたかい?」
「君は?」
 そして、もう一人。
 背の低い少女だ。肩まで伸ばした焦げ茶色の髪。この暑いのにすっぽり肩にかぶせた砂除けの緑のショール。緑色した二つの目はウェルドを見ると、不信と不満に彩られた。
「クムラン先生に失礼な事を言わないで!」
 探していた少女だった。馬車で震えていたのとは打って変わった強気な態度に、ウェルドは苦笑した。
「俺はウェルド。セフィータから遺跡の研究に来た。酒場のオイゲンって親父にここを紹介されてね」
「ウェルド? 君が」
 人の良さそうな男だった。眼鏡の奥の瞳は開放的な光に満ち、学者は両手を上げる仕草で歓迎の意を示した。
「如何にも僕がクムランだ。君の事はバルデスさんから聞いているよ。今年はこんなに新しく来る人が少ないのに、その内二人も遺跡研究の為に来たってね。珍しい事なんだ。上がってください」
 隣の少女が所在なげな目をクムランにやり、ついで嫉妬をこめた目でウェルドを睨んだ。
「あんたを探してたんだ。今から一緒に遺跡に行かないか」
 少女はぷいとそっぽを向いてしまう。クムランが言葉を添えた。
「ノエルさん、どうしたのですか? 急に黙ってしまって」
 それが少女の名前らしい。ノエルは胸に本を抱きしめて、拗ねたような目でクムランからも視線をそらしてしまう。
「ノエルさん、せっかくお友達が誘いに来てくださったのですよ」
「あ、あんな人、友達なんかじゃありません!」
「そういう言い方はよくありませんね。ウェルドさんはノエルさんを、同じ学者仲間だと思ってわざわざ来てくれたのではありませんか?」
「友達じゃないってのは、まあ、そうですね」
 ウェルドは少し、クムランに対し口調を改めた。
「なんてったって、お互い自己紹介もまだなんです。警戒されても仕方ありませんよ」
「い、嫌よ。帰って」
 ノエルは体を竦め、強張らせる。
「あたしはク、クムラン先生に師事するためにこの町に来たのよ! あなたみたいな頭の悪そうな人と一緒になんていたくないの!」
「あなたらしくない言い方ですね」
 クムランは思慮深い視線をくれるが、ウェルドは肩を軽くすくめるにとどめた。
「でも、あたしは……」
「ノエルさん、あなたはもっと色々な人と接するべきです。人は自分を映す鏡です。いろんな人と接し、自分の内面や考えを見つめ直す事は、学者にとって必要な姿勢です」
「でも……」
「それに、昨日言いましたね。自分の足を使って、自分で汗を流してこその研究だと。自分の殻に閉じこもってばかりいては、新たな発見はありませんよ」
「……」
 ノエルは委縮し、上目遣いにウェルドを一瞥すると、その目をまた伏せてしまった。
「ウェルドさん、ノエルさんを悪く思わないであげて下さい。この子は少し照れ屋さんなんです」
「別に悪くなんて思いませんよ、俺の故郷にも同じような奴がいましたから」
「さ、ノエルさん」
 ノエルは本をぎゅっと抱いて、ウェルドに二歩、三歩と近付いた。
「わかった……クムラン先生の言う通りにするわ」
 そして、真正面からウェルドを睨みつけるや
「勘違いしないでよ! あたしは先生が言うから、あなたについてってあげるだけなんだから!」
 背後で、扉が開いた。
 大きな男が逆光を浴びて立っている。
「おう、やっぱりここにいたか」
「バルデスさん、珍しいですね。ここにいらっしゃるなんて」
「少し、新入りどもに話があってな。上がらせてもらうぜ」
 バルデスが扉を閉めると、目もくらむような陽光が消え、部屋はまた暗くなった。バルデスは背中の剣をおろし、適当な椅子を引っ張って来て腰かけた。
 ウェルドとノエルは並んでバルデスの前に立った。
「ウェルド、ノエル。お前らは遺跡の研究に来たんだったな」
「ああ」
「てなると魔物を調べたり、地下の財宝について調べるのも目的の内って事になるな」
「……まあ、俺はそれも含まれるけど」
 ノエルを横目で見るが、何も反応しなかった。
「話ってのは?」
「お前らに仕事の斡旋だ。なに、新入りに任せる程度だ、大して難しくもないさ」
「聞かせてくれ」
「『子竜の宝珠』って宝物を持って来てほしい」
 バルデスは単刀直入に言うと、一呼吸ぶん間を空けた。
「遺跡の一番浅い層にいるケイプバイパーってトカゲの化け物が体内に持ってるお宝だ。だが手に入れるのが面倒でな。ケイプバイパーは一つの核から生まれる生き物だ。その核が同胞の生死を感知する。で、その最後の一匹が、死の間際に体内で分泌し固まった物質が『子竜の宝珠』って呼ばれるお宝だ」
「つまり、その財宝を手に入れる為にはケイプバイパーを全滅させなければならないと?」
「そういう事だ。お前らには十日以内に……だができるだけ早くこれを持ってきてほしい。ともかくこの宝珠が貴族どもに高く売れるんだ」
「仕事って事は、報酬がでると考えていいんだな」
「ああ。十日以内に持ってきたら百二十ガルドで買い取ろう。これは通常の倍の値段だ。悪い話じゃねえだろう?」
「俺は蓄財には興味ないんでね」
 ウェルドは応じた。
「だがそのトカゲの化け物には興味ある。乗るぜ、おっさん」
「話が早いな、助かるぜ。じゃ、遺跡の入り口についてざっと説明させてもらうぜ」
 バルデスは足許に散らばる紙を一枚拾い、ペンを取った。
「まず遺跡の入り口を入ってすぐ、こう、通路状に地下都市の空間がある。この壁を伝って降りていくとすぐ『アスラ・ファエル』の入り口につく」
 古いインクの匂いが辺りに満ち、紙上に遺跡の地図が描き出された。
「あとはこれを持って行け」
 腰の荷袋に手を入れ、バルデスはウェルドに、ついでノエルに、何かを投げ渡した。
 反射的に受け取る。
 透明に輝く球体だった。
「これは?」
「トラップカプセルと呼ばれている。その中に魔物相手の戦いに役立つトラップが隠されている」
「何も見えないぜ?」
「侮るなよ、その小さな球の中には俺らの体より遥かに大きな装置が入ってる事もある」
「とてもそうは見えねえが……」
「それは遺跡から発掘された古代の道具です。私や町の各分野のエキスパートが使いやすいように改良を加えたものです」
 クムランがバルデスに代わり解説を加えた。
「残念ながら魔法を詠唱するための道具と相性が悪く、魔法使いには使う事ができませんが、それ以外は何の制約もなく自由に使えます。この町での生存率は、トラップをいかに使いこなすかにかかってくると言っても過言ではないでしょう」
「トラップって具体的にはどういう物なんだ?」
「火が噴き出る物や、物体を凍結させるもの、雷を放出し感電させるもの、いろいろです。どのカプセルにどのトラップが入っているかは、使ってみなければわかりません」
「その使い方ってのがわからんのだが……」
「簡単な事です。遺跡内において秘められた力の具現化を念じるだけです。……それとバルデスさん、あれを」
 バルデスは今度は、丸めた羊皮紙を二人に手渡した。
 広げてみるが、何も書かれていない。
「『時の行路図』だ。遺跡内でお前らが足を踏み入れた場所が自動筆記され、更に念じれば一瞬で町まで戻って来れる。逆に、町から筆記された階層への行き来も自由だ」
 ペテンにかけられた気分だ。ウェルドは疑わしげに羊皮紙をためつすがめつした。
「遺跡に潜ろうとする新米にはまず、この二つの道具を手渡ししている。謂わば俺たちの命綱だからな。なくすんじゃねえぞ」
「……どうも」
「そうだ、ウェルド。お前が昨日気にしてたもう一人の男、もう遺跡に向かってるぜ」
 ウェルドは口許だけで愛想笑いを浮かべた。
「どうも、ご親切に」

 同行するノエルは押し黙ったまま、心を開こうとしない。ウェルドはそれについて極力気にせず、気楽な気分で遺跡の入り口へと歩いて行った。
 大方、仲間の新入りの顔と名前は把握したつもりだ。歩きながら頭の中で反芻した。
 隣にいるノエル。さっき会ったレイア(感じ悪ぃ女!)とエレアノール(美人だったなあ)、自称義賊様のジェシカ。暑苦しい騎士のアーサー。黒衣の女イヴ。弓使いのパスカ。ポニーテールの少女シャルン……何だかワケありっぽかったな……えーっとあと、エプロンの女の子サラ。聖職者のルカ。と、あれ、あと一人、なんかでかくて影薄いの。えーっとあいつ何だっけ……オーラが薄いっつーか存在感無くて思い出せない……まあいいや……。
 新人冒険者は自分以外に十三人。顔を合わせていないのはあと二人という事になる。
 その内の一人が今まさに、町の片隅に口を開けた遺跡の入り口へと足を踏み入れようとしていた。
「待てよ」
 男が足を止めた。
 痩せた青年だった。襟足の長い青い髪と、そこから覗く首の、肌の浅黒さが目を引く。濃い青のローブに、端を足許まで垂らした黒い帯。衣服を寒色で纏めているせいで、ますます細く見える。
 手には石板を携えていた。彼は少しだけ首を捩り、糸のように細い、鋭い目で、ウェルドを一瞥した。
「あんた、俺たちと同じ新人だろ」
「……」
 青年は興味なさそうに、遺跡入口の闇の奥へ歩いて行く。一歩足を踏み入れると、別世界の様な冷気が通路に満ち、進むごとに冷たさは刺すような痛みに変わっていった。
 アーチ状の通路に、三人の足音が響く。
「おいおい、無視はねぇんじゃねえの」
 青年の背を追いながら、ウェルドはもう一度声をかけた。冷たい声が幾重にも反響しながら帰って来る。
「友達が欲しいなら他を当たれ」
 ウェルドは走り出した。隣のノエルがビクッとして一瞬立ち竦む。ウェルドは青年に先回りし、目の前に立った。
「てめえ、俺がお友達探しにカルスの棺桶までのこのこ出かけてきたとでも思ってんのか? 馬鹿にしてもらっちゃ困るな」
 酸素を引きこむための孔がそこかしこに開けられており、壁に掲げられた松明には魔法による火が点っている。その陰影の中で、ウェルドは相手を睨みつけた。青年は陰鬱な細い目で、視線の圧力を返してくる。
「……用は何だ」
「俺に力を貸せ」
 無言。
 ウェルドは待った。
「戦力として、という事か」
「ああ、そうだ」
「ならば行動を共にしてやってもよい」
 青年はウェルドを追い抜いて、先に歩いて行った。ウェルドは隣に並ぶ。
「じゃ、名前ぐらい知っといても不便はないだろう。俺はウェルド。あんたは」
「ディアス」
 と、素っ気なく答える。
「ふぅん。あんた、ここには何しに来た?」
 答えない。
「見たところ学者か?」
 無言。
「それとも聖職者?」
 ディアスが急に足を止めた。今の一言で、彼の触れられたくない所に触れた手応えを、ウェルドは得た。
「口を噤め。詮索は無用だ」
 ノエルが追いついた。ウェルドは肩を竦める。
 三人は並んで歩き出した。
「あんたには馬車の中から目をつけてたんだぜ。大陸の識字率は高くねえ。その中でわざわざ重くてかさばる本を持ち歩いてる変わり者は嫌でも目立つ」
「それがどうした。何を勝手に期待したのか知らんが、俺は戦力以外の要素で貴様の力になるつもりはない」
 ディアスが改めて立ち止まる。
「今の内に断っておく。貴様の主義主張に興味はない。貴様の行動や目的に口を挟むつもりも、手を貸すつもりもない。そのつもりでいろ」
「……へいへい」
 人選間違ったかなこりゃ……心の中でこぼしながら、高い天井を見上げた。
 遠くに火が見えた。
 腰の高さの石柱に、炎が宿っている。
 ウェルドは『時の行路図』を開き、驚愕に足を止めた。

〈黒の羨道(えんどう)〉

 いつの間にか黒いインクで、羊皮紙に書かれていた。
 ノエルとディアスも足を止め、ウェルドを振り返る。
 何か、湿ったものが蠢くような物音が、行く手から聞こえてきた。
「来やがるぜ」
 ウェルドは低く呟く。
 打ち解ける気配がない三人の、共闘の始まりだった。
 
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