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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外7話『ドラム島で試し撃ち』

 ドラム島。 

 気温マイナス10℃が当たり前の凍てつくこの島は、年中休むことなく雪に覆われている白銀の島。
 とある事情によりこの島には医者が一人しかおらず、ナミをそのたった一人の医者にみせるべく、ルフィたちはその医者が住むドラムロッキーという雪山を駆け上っていた。とはいえもちろん全員がその雪山を登っているわけではない。

 ゾロとカル―は船の見張り番。
 ウソップとビビは足手まといになるからという理由で山の麓にある町ビッグホーンという村で留守番。
 というわけで今現在雪山を登っているのはハントとサンジとナミを背負ったルフィ。

 ちなみにだが女性好きのサンジやナミ好きのハントがナミを背負っていないのは、ルフィがゴム人間で一番体や体の動きに柔軟性があるからで最もナミにとっての負担が少ないだろうという理由だ。
 それを理解しているサンジやハントも文句があるわけもなく、せっせと雪山を登ることに励んでいた……のだが。

「ん?」
「んん?」
「……んー?」

 順にルフィ、サンジ、ハント。
 全員同じように足を止めて、前方にあるその存在に首を傾げている。

「なんだよ、こいつら」
「白くてでけぇから白熊だよ間違いねぇ」
「……?」

 熊のような巨躯をもつウサギ、ドラム特有の肉食生物ラパーン。吹き荒れる吹雪のせいで視界が悪いこともその一因かもしれないが、ぱっと見て数を数えることができないほどの数の群れが3人を取り囲んでいた。

 熊サイズというだけあって少なくとも3人よりははるかに大きな体をもつその生物たちに囲まれた時点で、普通は恐れおののくのだがもちろんこの3人が熊のような生物に囲まれたからといって危険を感じるなどということがあるはずもない。

 自分たちの進路を妨げるかのように立ち並ぶラパーンの姿を、ルフィとサンジは呑気に、そしてハントは難しい顔でそれらを見つめていた。

「びびってんのか?」

 ハントの表情が少しこわばっていることに気づいたサンジの問いに、ハントは難しい表情を変えることなくつぶやく。

「たぶんこのウサギらがドルトンっておっちゃんが言ってたラパーンだと思うんだけど」
「……あぁ、そういや肉食な凶暴なウサギっていってな……いわれてみりゃそれっぽいが、別にびびるようなもんでもねぇだろ」
「お前ら何言ってんだ、こいつらどう見ても白熊だろ!」

 二人の会話に、ルフィが断固とした口調で言うのだが残念なことに二人はそれをスルー。ハントは唸るようにまた言葉を漏らす。

「なんか……どっかで見たことあるんだよな……ラパーンのイケてるこのフォルムを」

 びびっているわけではなく、何かを思い出そうとしているらしい。

「見たことあるって……ラパーンをか?」
「おめぇこの島に来たことあんのか?」
「んー……白熊でウサギでラパーンで……あの体型……んー」

 サンジとルフィの言葉にも反応せずに、ついにはうんうん唸りだしたハントとその様子を首を傾げて見つめている二人。そんなある意味呑気な彼らの空気を、獰猛で有名なラパーンが許すはずもなかった。

「飛んだ!」

 まさにウサギのような跳躍力で跳ね、そして熊のように鋭い爪を3人へと振り下ろした。

「うわ!」

 さすがに雪国の生物だけあって雪場であるにもかかわらず機敏な動きを見せる。その体型からは想像のできなかったほどの素早い動きに3人があわてて飛びのいてそれを回避。

「これがラパーン……この雪場でこの動き……で、この数か!」

 さすがにこの状況は分が悪い。それをサンジが感じ取った。
 ナミを背負っているルフィは攻撃をすることも防御をすることも許されない。あらゆる全ての衝撃がナミにまで響いてしまうからだ。既に限界近いナミにとってそれらの衝撃は命取りになる。
 そのことについて軽く口で説明されたことにより、やっとルフィとハントの表情にも緊張が走る。

「だったら俺が一気にカタを」

 一歩前へ出て構えるハントの肩を、サンジが「待て待て派手な技は使うんじゃねぇぞ!」

「ぇ、なん――」

 サンジの言葉の意味がわからなかったハントが尋ねようとして、ラパーンが襲い掛かってきた。
 ハントの顔面めがけて爪が振るわれ、それを後ろ背にしたままハントが避ける。

「――雪山でド派手な技使ってみろ! 雪崩に巻き込まれるぞ!」
「……なるほど」

 ハントがげんなりとした顔で呟き、それと同時にサンジの腹肉シュートがハントに追撃をかけようとしていたラパーンを吹き飛ばした。

 ――あ、思いだした。

 サンジがラパーンを蹴り飛ばした様子を見ていたハントが、ついに思考のモヤから解放された。

 ――グランドラインに入って雪が降った時に作った雪像だ。

 ルフィに殴り壊された雪像のラパーンとサンジが蹴り飛ばした本物のラパーンがハントの記憶のそこで繋がり、表面化した。

「……っていうかこのタイミングで思い出しても……なんか殴りにくくなっただけだし」

 一応は完全な独り言で、それを聞いている場合でもないためルフィやサンジの耳にもこの声は届いてはいない。返ってこなかった反応にホッとしたハントだったが、サンジの蹴りを受けて平然と立ち上がってきたラパーンに少しだけぎょっとした表情を見せた。

 本来なら一撃で決まる威力を秘めているはずのサンジ蹴りだが、ここが雪山という不安定な足場だけあっていちいち足をとられてしまい、まとも威力が出ず、脂肪や筋肉と熱い毛皮でおおわれてるラパーンには大したダメージにはならなかった。

「で、どうするんだ?」とサンジへと尋ねようとした時だった。
「来たぁ一気に!」

 先ほどまではたった一体だけしか行動していなかったが、この言葉通り、群れのラパーンのほとんどが一斉にとびかかってきた。

「森へ逃げ込めルフィ!」
「おう!」
「俺たちは援護だ、ハント!」
「わかった!」

 とりあえずは直接襲い掛かってくるラパーンをサンジが蹴り飛ばしたり、ハントが殴り飛ばしたりとしていたのだが、数は多いわすぐに起き上ってくるわ乱立する木をぶちおって突進してくるわで状況はサンジが考えたとおりに悪い。

 ――無駄に耐久力が高いな。

 ハントも内心でため息をつく。

 サンジが雪場で本来の力を全然出せていないのと同様にハントもまたそのすべてを出せてはいない。が、蹴り技だけのサンジとは違い手技ももつハントはまだサンジの受ける影響よりは幾分かマシ。加えて覇気で単純に攻撃力を増すことができるハントが本気をだせばラパーンを倒すこと……いや、殺すことすらもは実は難しいことではない。

 そのハントがラブーンを仕留めることに成功していないのは、自分が想像で考えた生物が存在していたことによる愛着と、雪場に足をとられることでどれぐらいの手加減で丁度ラパーンを殺さずに気絶させることが出来るかがわからないこと。
 さらにはなにより、これまで生活のため以外では狩りという行為を、命を奪うという行為をしてこなかったハントなりの想いがあったから。ハントがまだベルメールに出会う前のころ、彼が憧れていた狩人の父の姿がおそらくは心のどこかに焼き付いているのかもしれない。

 状況が平時だったのならばおそらくはなにがあっても彼らに対して全力を出さなかっただろう。
 だが、今はナミの命がかかっている状況。
 ナミ第一のハントが、この状況でナミを優先させないはずもない。

「……本気でやるしかないな」

 一度大きく息を吐き、本気で殴ると心を決めたところで、だが不意にまた状況が変わった。

「諦めたのか?」
「追いかけてこなくなったな」

 ルフィとサンジの言葉通り、急にラパーンたちの姿がなくなった。 

「なんか上で跳ねてるぞ?」
「……なにやってんだあいつら」
「確かに、上のほうで何か始めやがったな」

 3人そろって上のほうで跳ねまわっているラパーンたちを見て首を傾げる。
 それは仕方のないことだろう。
 そもそもルフィもハントも頭が回るほうではなく、彼らの中では一番頭が切れるサンジも雪国を経験したことがなかった。
 だから、気づけなかった。

「い、いや……ちょっと待て。あいつら……まさかっ!」

 だから、真っ先に気付いたサンジの言葉も時すでに遅し。

「おい、逃げるぞ」
「逃げるってどこに」
「っていうかなんで逃げるんだ?」
「いいから! どこでもいい、とにかく遠くだ」

 サンジがうろたえる姿に、やっとルフィやハントもそれに気づいた。

「雪崩がくるぞぉ!」

 彼らの上から、雪崩が押し寄せていた。
 雪崩とはその名の通り、斜面にたまっていた大量の雪、土砂などが激しい勢いで次から次へと崩れ落ちる現象で、規模の大きなそれは戦争においても用いられ数万人単位もの死者を出したこともある。
 その威力はまさに雪山の大災害で、呑まれれば一たまりもないということは明白。それはもちろん超人的身体能力を誇るルフィたちですらどうこうできるようなソレではない。

 ――これは……間に合わないな。

 ハントにしては珍しく、平然と災害のそれを見つめて冷静に分析を下す。雪崩が起こるさまを目視していたルフィやサンジがあたりまえに一目散に逃げようと駆け出すが、逃げても無駄と判断したハントだけが動かずにそれを見つめたまま動かない。
 ハントよりも胆力があるであろうルフィやサンジですらうろたえているのにハントが全くうろたえる様子を見せないのはただただ単純に災害というものの威力を経験しているからで、それだけ。
 とはいえ、ハントが体験したそれはもちろん雪山のそれではなく、海のそれ。

 ――師匠に体験させられた津波体験がこんなところで生きるとは……あの時はこの師匠はアホだって思ったけどまさか感謝することになるなんて。

 軽く笑みすら浮かべて、まるで余裕の態度を見せる。

「なにやってんだ!」

 一秒すらも惜しいこんな時に動こうとしないハントにルフィが叫び、サンジもまた苛立たしげに「早く走れ!」と怒鳴る。
「……」

 が、ハントはやはり動かない。
 それは人智をこえた災害なのだ。雪崩が起きたことに気づいてから、しかもそれを目視できる位置にいて逃げ出すことなどできるわけがない。

 だからこそ、ハントはルフィとサンジを手招きして自分の背中に来るように指示を出す。その目は呆けているわけでもなく、雪崩に対して恐怖におののいているわけでもない。ハントらしからぬ強い意志を秘めた瞳がそこにはある。

 雪崩が迫る。
 木々をなぎ倒し、崩れる雪が更なる雪を崩して、規模を広げて威力を増していく。人間の身長をはるかに超える高さとなった雪崩が暴力的な音をまき散らして彼らの鼓膜を圧迫し、殺人的な獰猛性をその身に宿してちっぽけな3人の人間へと襲い掛かろうとしていた。

 もう逃げても間に合わないと判断したルフィとサンジがハントの気迫にも押されてその背の後ろにつく。それを目の端にとらえたハントが右手の手袋を投げ捨て、雪の中に右手を突っ込み、掌いっぱいの雪玉を持ち上げ、それをそのまま右手で砕く。さらに自分の右手に何度か息を吹きかける。

 ――よし。

 雪が溶けて手がぬれたことを確認したハントが雪崩へと対峙するかのようにいつもの魚人空手の構えをとった。

「てめぇこれでナミさんが助からなかったら、死んでからだろうがオロシてやるからな!」

 雪崩の騒音の中でもかすかに聞こえるサンジの声を聞き流し、ハントは一度深呼吸を。

「……すー……はー」

 ――やってやる。どうせ逃げても間に合わない……だったら俺が、やってやる。

 ハントにもこれをどうにかできる自信はない。少なくとも魚人島を出る時に、今からやろうとすることは完成していなかった。だが、雪崩という災害をどうにかするためにはそれはやらなければならない。

 後ろにいるナミを想い、自分を奮い立たせる。もう一度大きく息を吸い、魚人空手の構えからまたゆっくり別の構えへと移行し始める。

 左半身を大きく前にだし、距離を測るかのように左腕をまっすぐに伸ばす。左掌を雪崩へとしっかりと向けて対象を補足。右半身に体重を乗せ、腰だめに構えた右手は、左掌同様に掌として雪崩へと向けられている。
 
 これで準備は整った。
 吸い込んでいた息を、ゆっくりと吐き出し始め――

 ――雪は水で、ここは陸上で……ならあとは俺のすべてをぶつけるだけだ。

 雪崩が、3人を呑みこもうとその大きな咢を開き――

 ――吐き出していた息を鋭く止め、体重の乗っていた右足を大きく踏み出し、その足で雪山の地面を踏み抜くと同時に、腰だめに構えていた右掌を黒色に変色させて迫りくる雪崩へと開放した。

 雪崩とハントの掌が接触。
 そしてその瞬間。

 ――雪崩が音もなく消失。無へと帰った。

「……うぉ」
「……な」

 雪崩が、まるでなにもなかったかのように消えるというその光景に、ルフィとサンジが彼ら自身でも気づかないほどに小さな声を漏らした。

 目の前を覆っていた雪の災害が消え、視界が無から有へと広がる。
 雪山に響いていた暴力的な音が消え、騒音の世界が静寂へと変わる。
 完全なる平穏が戻った彼らに、霧雨のように何かが降り注いでいた。もちろんここは雪山で、空からは相変わらずのように雪が降り続けている以上、本物の霧雨などでは決してない。

「なんだ雪降ってんのに雨も降んのか?」と楽しそうに笑うルフィとは違い、サンジが驚きに目をみはる。
「こいつは……雪崩か?」

 サンジの半信半疑の呟きだが、それが正解。土砂も、雪も、雪崩に押しつぶされていた木々も、雪崩が含んでいたすべての要素がまるで霧雨のごとく小さく分解され降り注いでいる。

「……魚人空手陸式奥義『楓頼棒(ふうらいぼう)』」

 技を発動して数秒ほど硬直していたハントが最後を締めるかのように言葉を落とし、音を失った雪山でそれが広く響く。当然に耳に入ってきた言葉にサンジがはじかれたようにハントへ視線を送り、それから慌てて詰め寄ろうとしたところで、その前にハントが背中から倒れこんだ。

「お、おい!」
「ん、どうした?」

 一瞬前とは別の意味でサンジが慌て、早速医者のところへと走りだそうとしていたルフィが首をかしげる。

「はぁ……はぁ」

 大きく、そして小刻みに胸を上下させ、何度も呼吸を繰り返すハントの様子が普通ではないことにさすがのルフィも気づき、慌ててハントの顔をのぞき込む。
 自分を心配してくれている二人に、ハントがゆっくりと上半身を起こしながらどうにか口を開く。

「……だいじょ……体力、が……なくなっ……だけ」
「体力がなくなっただけって言いたいのか?」
「……」

 ルフィの問いかけに、ハントが頷く、

「……ちっ、俺が背負ってやる、さっさと行くぞ」

 不服だがほかに選択肢はない。
 サンジが嫌そうにハントを背負おうとしたところで、ハントが首を横に振った。

「先……ってくれ……俺が、いないほうが……はやい、だろ……俺は少し、休んで……ふぅ……一人で……ふぅ、町に帰る」
「いやけどよ」
「顔色わりぃぞ、本当に山降りれんのか」
「いいから、俺より……今はナミだろ」

 未だに苦しそうだが、たしかによく見れば数秒前よりは呼吸も安定してきているし、何より自分たちに脅威をさらしていたラパーンはハントの技の余波でも浴びたのかすべてが頭上の雪上で倒れている。敵もいないこの状況で、ハントを心配するよりも既に限界に近そうなナミを優先するべきなのは確か。なによりサンジまでハントを背負ってしまったらナミを背負っているルフィを護衛することが難しくなる。

「行ってくれ……ナミを頼むよ」 

 頭だけを下げていうハントに、ルフィが「本当に大丈夫なんだな?」
「ああ……ゆっくりと山を降りれば問題ないと思う」
「……わかった。行くぞサンジ」
「……おう」

 ハント本人が大丈夫と言っている以上、ルフィとサンジもそれを信じるしかない。ルフィがわずかにためらいを見せつつも、すぐに医者のいる城を駆け出し、サンジはルフィとはまた少し違う怪訝な表情を浮かべ、わずかにハントに声をかけるそぶりを見せつつも、今はナミが先だと優先したらしく、結局はルフィの背についていく。

「ふぅ」

 彼らの背中を見つめながら、ハントは一度息を吐き、それから辛そうに立ち上がった。

 ――んー……まぁ、無理だよな。

 限界を超えた疲労からか、痙攣する右腕を見つめて、ハントは面白くなさそうに思う。
 視線を、はるか高いところで倒れているラパーンたちへと送り、彼らは気絶はしているだろうがおそらく半日と立たないうちに目覚めるであろうと推察。

 殺さなかったという事実は結果としてハントにしてみれば嬉しいことなのだが、その反面、殺せなかったという事実は雪崩ごとラパーンの群れを殺すつもりで放った奥義の失敗を意味しており、それがハントの顔を暗くさせていた。

 魚人島を出てまだ大してたっていない。そんなハントがいくら毎日の修行をかかしていないとはいえ、魚人島出発時に習得できていなかった奥義をいきなり使えるようになっているわけもなく、それはハント自身もわかっている。ただ、それでもやはり残念な気持ちになってしまうのは仕方のないことだろう。

 ――何か足りないんだよなぁ。

 単純に体力か、それとも筋力か、技の練度なのか。
 思い浮かぶ原因を考え、だがそれらは原因の枝葉であって根本ではないと判断し、首を横に振る。

 ――もっと根本的ななにか、なんだよな多分。

 彼の師匠ジンベエにあってハント自身に足りていないもの。

 ――ま、こればっかりは焦っても仕方ないか。

 自分に言い聞かせ、それよりも今は山を下りることが先決だと思い直し、ゆっくりと歩き出す。いくらハントとはいえ、ここは未だに吹雪き続けている雪の山。ずっとじっとしていたら凍死してしまってもおかしくはない。

 再び歩き出したハントは、考え込んでいる間にまた体力が少しは回復したのか、息切れはなくなり顔色も若干だが元に戻っていた……とはいえ足取りはやはり重いままだが。




 それからどれだけ歩いたか、おそらくは半時間か、もっと短い時間か。多分その程度。

「見てください! いましたワポル様!」
「ぶち殺してくれる!」
「……ん?」

 気だるげに歩くハントを、一陣の影が囲うようにして立ちはだかった。

「まぁてぇい、小僧。海の上ではよくもこの俺に無礼を働いてくれたな!」

 言葉の主のとおり、たしかにハントもその人物を見たことがあった。
 バクバクの実を食した悪魔の実の能力者、ワポルとその配下チェスとクロマーリモだ。3人まとめて、おそらくはこの国の生物なのであろう足の長いカバに乗っているのが少しばかり滑稽だが、それはともかく。

 彼らは麦わら一味がドラム島を探している途中に襲ってきた海賊船の一味だ。メリー号を食おうとしたので主にルフィがぶっ飛ばして事なきをえたのだが、よほど恨みをもっているのか、ただ一緒にいただけで害を与えていないハントにも敵意の矛先を向けている。

 ――……こんな時に。

 ハントはため息をついて自分を囲む彼らへと視線を向ける。

「一人のようだが……麦わらの小僧たちはどこにいる?」

 ――これはまずいかなぁ。

 別に見聞色を使ったわけでもないが、それでも一般的に考えてワポルたちが自分を見逃すわけがない。ハントは既にそういう空気を感じていた。

 普段ならばどうという相手ではない。別のことを考えながら戦っても勝てるような相手だ。ただそれはもちろん普段という条件が必要であって、今のように体に力がまともに入らないような状況ではさすがにまずい。

 ――かといって相手にしなかったらルフィたちに追いつきそうだし。

 いくらルフィたちでも雪国が本職の生物の足にはかなわないだろう。
 ルフィたちが負けるとも思えないが、何かの拍子にルフィが一撃をもらう可能性はある。そしてそれでナミが死んでしまう可能性だってある。

「……はぁ」 

 つまるところ、絶望的に体力のない自分が彼らを倒す、もしくは時間稼ぎをする必要があるということで。その結論に達したハントが「ふ……は……ほ」と軽く体をほぐし始める。

「む? なにやっとるんだこいつは」
「準備運動……ですな」

 ワポルの問いに後ろに座っていた黒アフロの髪型をした男、クロマーリモが答え、それに聞いたワポルが同じく後ろに座っていたチェスという男へと言う。

「王を無視して準備運動を始めた人、惨殺」

 さらりととんでもないことを言うワポルの言葉には耳をかさず、ハントは熱心に準備運動を続けながら「あ、ちなみに崖のある方向ってどっちかわかる?」
「む、あっちだが」
「なるほど、ありがとう」

 いきなりハントの問いに反射的に答えてしまったワポルだが別に彼は親切なおじさんでもなんでもない。ハントたちに復讐しようとしている怒りをもったおじさんなのだ。

「って何こたえさせてくれとんじゃ!」

 当然激昂し、そして――

「――殺してやれお前たち!」
「そのように」
「そのように」

 ワポルの指示が飛び、クロマーリモとチェスが一斉に動き出す。

「ビックリマーリモ!」

 クロマーリモの黒いグローブから鉄の棘が生え、それで殴ろうとハントの顔面へと拳を振るう。既に心構えが出来ていたハントは慌てずにそれを回避し、がら空きの顎にアッパーを打ち込もうとして、動きを中断。「くそ」と悪態をついてその場から飛び上がって後退した。
 直後、ハントが寸前までいた位置に3本の巨大な矢が突き刺さる。

「っ」

 ホッと一息をつく暇はない。
 着地したその場で、慌てて左足を軸にして半回転。右足による後ろ回し蹴りを、真っ白な雪が覆う背中側の景色へと放ち――

「――ぐほ!?」

 雪の景色に隠れていたワポルを蹴り飛ばした。

「ワポル様!?」
「貴様!」

 チェスがあわててワポルに駆け寄り、それを守るようにクロマーリモがまた鉄のグローブで覆われた拳をハントへと振るう。これに、ハントはまっすぐに構えて、そのまま正拳を打ち込む。
 クロマーリモの鉄の拳がハントの薄皮を切り裂き、その頬に血をなじませたが、それだけ。空振りに終わってしまったクロマーリモの拳とは対照的にハントの拳は見事にクロマーリモを捉えていた。
 いわゆるカウンター。
 自分の力だけでなく相手の力も利用して一撃を加える技術。

「ぬお!」

 ワポルと同様に吹き飛ばされていくクロマーリモが木の幹にぶつかってそのままずり落ちる。ダメージは――

「……おのれっ!」

 ――あまりない様子。

 あわよくば、そう考えていたハントだが残念ながらやはりそううまくはいかない。僅かにげんなりとした表情になり、先ほど蹴り飛ばしたワポルを見やれば「大丈夫ですか、ワポル様」というチェスの言葉に「まはは、まるで女子供よ!」とクロマーリモ同様、ほぼ効いていない様子が彼の目に入った。

「……はぁ……はぁ……ふぅ」

 ――……くそ。

 少し動いただけにも関わらずまた息が切れてきた。力が入らない。力が入らないため魚人空手陸式も使えない。体も重くて全く持って本来のように動けない。今はまだ遅い動きでも見聞色の覇気でなんとかなってはいるが、残念ながらその覇気を使う体力も、もう空に近い。
 この状況で覇気を使えなくなったら、おそらく負ける。

「なんだ、もうへばっておるのか」

 まっはっは、と笑うワポルが笑い、同じくにやけた笑みを浮かべたクロマーリモとチェスがそれぞれの得物を構えてハントに対峙する。

 ――……こうなったら。

 ハントは覚悟を決めた。なぜならもう今のハントに出来ることは一つだけ。

「さぁ、今度こそやってしまえい!」
「はっ!」
「かかってこい」
「言われなくとも!」

 ハントの言葉に対してチェスが矢で狙いを定め、クロマーリモがとびかかる。またワポルが雪景色に隠れようとするサマを見ながら、ハントは覚悟を決める。諦めたように一度頷き、彼らを睨み付けてそして言う。

「ばーかばーか!」

 まるで子供みたいな言葉を吐き捨てて、そのまま背を向けて走り出した。

「誰がバカか! 王を愚弄した人惨殺!」

 悪口を言われて反射的に言い返したワポルだったが、背を向けて自分たちから離れていくハントの行動の意味がわからずにすぐに「む?」と首を傾げた。要するにハントは彼らから逃げ出したわけだが、それがつい先ほどに『かかってこい』と言った人物の行動にとは結びつかず、ワポルたちは呆けてしまう。

「……」

 じわじわと遠ざかる背中の意味が分からずにそれを眺めていたワポルだが、数秒ほどたってやっとハントが逃げ出したという事実に気づいた。

「逃がすな、追え!」
「逃がすかっ!」
「逃げられると思っているのか、バカめ!」

 口々に言い、ハントを追う。

「捕まてみろー、このあほー!」
「アホって言ったほうがアホじゃあ!」

 雪山で、大人による子供の口喧嘩が吹雪にのって舞っていた。
 ハントは――

「……っ」

 ――唇をかみしめ、拳を強く握りしめていた。


 
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