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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第三話

 ふみ江と出会ってから数年が経過しようとしていた。二人で生きる生活は一人だった時よりも生きがいがあり、妹紅にとっては人間との共存の喜びを久々に感じられた日々だ。ふみ江にとっても二人でいる日々は特別なものとなっており、これがいつまでも続けばいいと思っていた。
 そんなある日の夜、二人は川で捕った魚を食べながらたわいない話をしていた。
「そう言えば妹紅ちゃんは私よりも長く生きてるんだよね?」
「ん? まあそうだけど?」
 この日の話題は妹紅の昔話のようだ。ふみ江は昔の出来事を知るのが好きらしく、時よりこのような話題を出してくる。
「その頃の人里ってどうなの?」
「どうと言われてもなぁ……別に今と変わった様子はないと思うかなぁ。まあ道具が便利になったと言えばそうかもしれないけど」
「そうなんだ……じゃあこう言うのを作るのもすごく時間がかかるってことなの?」
 そいったふみ江は懐から色鮮やかに輝く髪飾りを取り出し妹紅に見せた。
「うーん……私は職人じゃなかったから分からないけど、たぶん時間がかかったんじゃないかな?」
「そうなんだ……」
 軽く返事を返した後、ふみ江は取り出した髪飾りをまじまじと見つめる。そこ顔はどこか懐かしそうな表情をしていた。
「その髪飾りさぁ、たまに取り出してはじっと見てるよな」
「えっ……ああ、そうかもしれないね」
 ふみ江は髪飾りを懐にしまうと、懐かしそうな顔をしたまま話を始めた。
「これはね……お母さんとお父さんからもらった最後のプレゼントなんだ」
「最後の……プレゼント?」
 話をまとめると、彼女がこの髪飾りをもらったのは十二・三歳の誕生日を迎えた日の事らしい。ちょうどこのころから周りの子供との成長の差が出始めていたころで、両親からは年齢的にいい感じの髪飾りをプレゼントされたとのことだ。個人的にもすごく気に入っており、当時は毎日のように身につけて行動していたのだとか。
 彼女が森の中へと逃げ込んでしまってからは、髪飾りが壊れるのを恐れて身につけるのはやめたらしいが、それでもたまに手にとってはあのころを思い出している。
「へぇ……」
「すごく嬉しかったんだぁ。だからお守りみたいなものなの」
「そうか。そりゃよかったな」
 その後二人は笑いながら食事を楽しんでいた。


 次の日二人はいつものように森の中を歩き始めていた。
「今日はどうする?」
「うーん……こっち」
 どこに向かうか決めるのはふみ江の役割だ。とりあえずどこに向かうか指をさしてもらい、後はひたすら進むだけ。それにふみ江は運がすごく良いらしく、ここ数カ月は妖怪に出会ったことはなかった。動物や山菜を見かけることも多くなり、食料不足にもなることはなくなんとか食いつないでいた。
 進行方向を決めた二人はその方向へゆっくりと歩き始める。このとき妹紅はまた平和な日々が続くものだろうと思っていた。
 そして……その時が来たのはそこから二・三時間後の話だった。

「さて、少し休憩するか」
「うん」
 二人はまるでぽっかりと空いた穴のような広場に着くと、近くにあった手頃な石を椅子代わりにして腰を下ろした。妹紅は葉っぱで作った包み紙を取り出すと、昨日の残りだった焼き魚残りを二人でわけながら食べ始めた。
「今日もだいぶ歩いたな……」
「そうだね。まだ動物とか川は見つかってないけどね」
 この日は珍しく食料を確保できる場面がまだ現れていなかった。いつもなら一時間ほど歩くと野兎の一匹や二匹は目につくはずなのだが、今日は鳥が飛び立つ音すら聞いていない。妹紅はそんな状況をすこし不気味に感じていた。
「ふみ江……少ししたらすぐに出発しよう」
「どうして?」
「いや……何となくだよ」
 妹紅は何となくと言ったが、実はちゃんとした理由があっての提案だった。妹紅はふみ江に会うまでの生活から大体の事は推測できるようになっている。今回は野生の動物が一匹も見えないどころか鳴き声すらしていない。妹紅はそれを妖怪が食べつくしているからと考えていた。
 そしてその予想は的中することとなる。
「……うん。じゃあそうしよっか」
「ああ。このままなにもなけ――」
 妹紅がしゃべっていると、突然背後から茂みがゆれる……いや踏みつぶされるような音が響き始めた。
 妹紅はふみ江をかばうように立つと、音のする方をじっと睨みつける。ふみ江もただならぬ何かを感じ少し怯えているようだった。
「いいかふみ江、絶対に前にでてくるんじゃねえぞ」
「う……うん」
 音は徐々に近づいてくる。それと同時に黒いシルエットがうっすらと現れ始めていた。シルエットからは長い胴体と何十本もの足、顔らしい場所から二つの長い爪のような物が確認できる。妖怪であることに間違いない。
 そしてシルエットだった妖怪はゆっくりと姿を現した。
「えっ……」
「ムカデ……?」
 現れたのは巨大なムカデだった。長い爪のように見えた者はムカデの特徴でもある顎肢のようだ。しかしその部分は刃物のように鋭利と化しており、噛んで毒を注入するというよりかは切り落とすものになっている。あんなもので噛まれれば胴体が引きちぎられてしまうだろう。
 大ムカデはこちらの存在を確認すると、顎肢を使ってこちらを威嚇し始める。完全にこちらを食料として見ているようだ
「ちっ!」
 妹紅はいきなり走り始めると、一気に大ムカデとの距離を詰める。大ムカデは接近してくる妹紅をとらえると、体全体を使って妹紅に顎肢を突き刺そうとしはじめた。だが妹紅はその攻撃を簡単によけると、相手の長い胴体を思いっきり蹴り飛ばす。大ムカデは大きな衝撃に耐えながらも、奇妙な声をあげていた。
「けっ威勢がいいのはその巨体だけってか!」
 妹紅は一度地面を強く蹴りだすと、大ムカデの足を二・三本蹴り落とし根元からへし折っていく。その度に大ムカデは大きく声をあげて苦しんでいた。完全に戦況はこちらが有利だ。妹紅はもはや勝利を確認していた。
 だがこれが彼らの戦法だったことに妹紅はまだ気づいていなかった。
「これでよく生きてられたな! これでおわ――」
「きゃああ!!」
 止めの一撃を加えようとした瞬間、辺りに少女の叫び声が響き渡る。紛れもないふみ江の声だ。
「なっ!?」
 振り返った妹紅は思わず言葉を失っていた。
 彼女達の周りにいたのは紛れもない大きな妖怪。しかも今戦っている物と同じ大ムカデだった。それに一体二体の話ではない。十匹前後はいるだろう。
 妹紅は一瞬呆気にとられたがすぐに思考を取り戻すと、大ムカデとは反対方向に向けて走り始めた。
「ふみ江!」
 戦うことができないふみ江は、一人後ずさりしながら恐怖にかられていた。そんな少女に大ムカデの群れはじりじりと詰め寄ってくる。それに危機に陥っているのは彼女だけではなかった。
「うわっ……くそっ、こいつら!」
 大ムカデが数を増やしたことにより妹紅への攻撃もヒートアップしていく。ついにはその対応に追われ、ふみ江を助けるどころではなくなってしまった。
「くそっ……ふみ江! ここから逃げろ!!」
「ええっ!?」
 とにかくふみ江を逃がさないと危ない。妹紅はふみ江に指示を出すと目の前の大ムカデ二・三匹を炎で丸焦げにした。
「とにかく逃げろ! 道はつく――!?」
 再びふみ江を見た瞬間、妹紅は背筋が凍る感覚に襲われた。
 妹紅が見たのは、こっちを向いている彼女の背後にいた大ムカデが、尖った顎肢で彼女の首元を挟もうとしている瞬間だった。彼女はそれに気付いている様子もなく、目を丸めてこっちを見る妹紅を不思議そうに見ている。
 妹紅は体を翻してふみ江を助けようとするが、誰が見てもわかるほど大ムカデの攻撃の方が早い。完全になすすべがなかった。
「ふみ江! 逃げろ!!」
「えっ――」
 妹紅がそう叫ぶと同時に、辺りに刃物がすれる音が鳴り響いた。
「あっ……」
 ふみ江の頭は木から落ちてきたリンゴのようにゆっくりと地面に転がり、彼女の首からはおびただしい量の赤い液体が噴出された。液体は大ムカデの顔や顎肢、そして彼女が来ていた服をすべて真っ赤に染め上げていく。
 その光景を目の当たりにしていた妹紅は、しばらく動く事が出来ずその場に立ちすくんでいた。
「う……あ……」
 頭の中で鳴り響いたのは彼女と出会ったときに言った自分の言葉だった。お前を守るなんて簡単なことだと自分で言ったのに、彼女を守ることができなかった。ふみ江が不老不死だろうが関係はない。彼女は自分自身に腹が立っていたのだ。
「ああ……ああああ! うあああああああああああああ!!!!!」
 突然彼女は獅子の咆哮のように叫び始める。その威圧感は周囲にいた大ムカデを怯ませるほど大きなものだった。
 その後彼女の視界はそこで暗転し、気がつけば周囲には黒焦げになった何かと、頭がとれた彼女の姿が残されていた。
 
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