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偽りの涙

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第四章


第四章

「なっ!!」
「これは!!」
「そういうことです」
 ラミアの影を見て驚く人々。何とそこにあるのは人の影ではなかった。下半身が蛇になっている異形の女の影であったのだ。
「影は真の姿を映し出す。その影こそが貴女の真の姿ですな」
「うう・・・・・・」
「では私は今まで」
「そうだ」
 ここに至りようやく真実を受け入れる気になったユリニウスに対して告げた。
「御前はもうすぐで食い殺されるところだったのだ」
「食い殺される、私が」
「ラミアは人を貪り食う魔物」
 そうなってしまったのである。狂い魔物となったことによって。
「ならばわかるな。己がどうなったのか」
「はあ」
「さあ、ラミアよ」 
 アポロニウスはきっとラミアを見据えた。そうして彼女に告げるのであった。
「すぐに我が弟子の前から去るのだ。このコリントからも」
「そんな、私は」
「何かあるというのか?」
 拒む素振りを見せたラミアに対してきつい調子で問う。
「私の言葉に。言いたいことがあるのなら何でも言うのだ」
「確かに私は魔物です」
 ラミアは言う。
「しかし。それでも私は」
「どうだというのだ?」
「あの方を愛しています」
 そう言うのだった。それと共に涙さえ流しだした。
「本当に。心から」
「そういえばラミアは」
「そうでしたな」
 ラミアの涙を見たことにより周りの人々は考えを変えだした。彼等もまたラミアのことは知っているのだ。その悲しいいきさつを。そうして同情の心を芽生えさせたのである。
「元々は人でありましたな」
「ではこの涙は」
「先生」
 ユリニウスも師に対して言ってきた。
「魔物とはいえ悔悟の心はあります。ですから」
「許して欲しいというのだな」
「はい」
 素直に頭を垂れて述べたのであった。
「御願いできますか、それは」
「人の心に従えばそうなる」
 それがアポロニウスの言葉であった。
「いや、そうするべきだ」
「では先生」
「しかし。駄目だ」
 それでもアポロニウスはそれを否定するのであった。何としてもそれを認めないのであった。言葉には強い意志さえガンとしてあったのであった。
「これはな」
「それは。何故でしょうか」
「見よ」
 アポロニウスは必死に自分に対して問う弟子に対してまたラミアの影を指差すのであった。
「また影ですか」
「そうだ。今言ったな」
 弟子に対して述べる。
「影は真の姿を映し出すと」
「はい、今確かに」
 忘れる筈がない。その通りだ。
「では。見てみるのだ」
 そうしてまた影を見るように告げる。
「ラミアの影を。今どうなっているのか」
「影を。では」
「うっ・・・・・・」
「これは」
 ユリニウスだけではなかった。他のそれまでラミアに対して同情的であったコリントの人々もまた言葉を失った。そのラミアの影は。
 笑っていたのであった。下半身が大蛇の妖女が嘲るような笑みでいたのだ。ラミアは泣いていたが影は笑っていたのであった。
「こういうことだ。これがラミアなのだ」
「これが・・・・・・」
「何ということだ」
 ユリニウスもコリントの人々も言葉がなかった。あまりにも異様な禍々しい影になっていたからだ。
「この銀や姿と同じなのだ。ラミアの涙は偽りなのだ」
「偽りなのですか。何もかもが」
「それは自分でもどうすることができないのだ」
 哀れみも同情もなく。ラミアのことを言ってみせた。
「何故ならそれが魔物なのだからな」
「そうなのですか」
「それで」
「何ということか」
「二度は言わぬ」
 アポロニウスはここまで話してまたラミアを見据えた。そうして勧告するようにして告げるのであった。峻厳な声で。
「立ち去れ。よいな」
「はい・・・・・・」
 ラミアは今度は泣かなかった。項垂れるだけであった。しかし見れば影は憤怒の姿で神を振り乱していたのであった。
「今度もまた」
「影が」
「やはり魔物ということなのか」
「これは」
 コリントの人々もその影は見ていた。そうして言い合うだけであった。
「影は全てを語る」
 アポロニウスは言う。
「若しここで暴れ回るのならよし。しかしそれならば」
「それならば」
「最後に御前は死ぬことになるだろう」
 全てを否定する言葉が発せられた。
「結局のところはな。若しくはわしが御前を滅する」
「・・・・・・・・・」
 アポロニウスは本気であった。本気でラミアを滅ぼすつもりであった。そうして彼女にコリントからすぐに立ち去り弟子であるユリニウスの前から姿を消すように告げるのであった。有無を言わせぬ言葉で。
「よいな。それでは」
「わかりました」
 ここに至り。ようやくラミアも頷くのであった。彼女としてもそうするしかなかったのだ。
「それでは。もうこれで」
「そのまま。砂漠へでも去るのだ」
 アポロニウスは言う。
「誰も御前の姿を見なくともすむ砂漠へな。去るのだ」
「そうして永遠にですか」
「御前が死ぬまでだ」 
 また峻厳な言葉がラミアに与えられた。
「わかったな。それでは」
「はい・・・・・・」
 最後に頷いて姿を消す。その瞬間にその場にあった食器もテーブルも料理も全て消えてしまった。後には何も残ってはいなかった。コリントの人々もこれには呆然とするばかりであった。
 ユリニウスは危ういところを逃れアポロニウスは名を残した。しかしラミアがその後どうなったかは誰も知らない。砂漠で見たという者も聞かない。ただ後に砂漠で項垂れて泣くばかりの美女を蜃気楼の中で見たという話が残っている。これがラミアなのかどうかはわからない。しかしその話がラミアだとするとあの涙は奥底からの偽りのものであったのだろうか。それに答えられる者もいはしないのであった。

偽りの涙   完


                 2007・1・1
 
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