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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百七話 説得




宇宙歴 795年 12月30日    ハイネセン    ジョアン・レベロ



いつもの隠れ家に新たな客人が二人来ていた。ジョージ・ターレル副議長兼国務委員長とライアン・ボローン法秩序委員長の二人だ。二人とも幾分こちらを警戒している。まあ仲が良いとは言えない間柄だからな、無理もない。安心しろ、取って食ったりはしない。ちょっと仲良くなりたいだけだ。トリューニヒトが二人に声をかけた。
「まあ、遠慮せずに食べてくれたまえ。話しをしながら食べるにはこれが一番だ。それとアルコールは用意していない、飲んで出来る話では無いのでね」

テーブルのこちら側にはトリューニヒトを中心に私とホアン、反対側にはターレルとボローンが座っている。二人がじっとトリューニヒトを、そして私とホアンを見てからテーブルに視線を移した。テーブルにはサンドイッチ、鳥の唐揚げ、ポテトフライ等の揚げ物、サラダ、フルーツ、水、ジンジャーエールが置いてある。ヴァレンシュタインが見れば大喜びだろう。

ターレルとボローンが顔を見合わせた。“折角だから頂こうか”、“そうだな”と言って食べ始めた。こちらも負けじと食べ始める。やっぱりコンビーフとマヨネーズのサンドイッチは美味い、これが一番だな。トリューニヒトはタマゴサンド、ホアンはクリームチーズとハムとトマトの薄切りを挟んだサンドイッチが好みだ。

ターレルは美味しそうにサンドイッチを食べている。ボローンはポテトフライが好みの様だ。それにしてもこの二人、喰えない奴らだ。普通なら“話は何だ?”と言いそうなものだが無心に食事を楽しんでいる、いや振りをしているだけかな。しかし食事を楽しんでばかりもいられない、トリューニヒトに視線を向けると彼が頷いた。どうやら同じ事を考えていてようだ。

「今日の事だが、君達は如何思った? 二人とも何も言わなかったが」
「フェザーン侵攻か? 馬鹿げているな。攻め込むより待ち受ける方が有利なのは事実だ。危ない橋を渡る必要は無いだろう」
「サンフォード議長もバラースも何とか攻め込ませようと焦っていたな。何処かの企業にでも泣き付かれたかもしれん」
そっけない口調だった。ターレルとボローンは二人ともこちらに視線を向けようとはしない、関心が無さそうな態度で食事を続けている。

「当たりだよ、ボローン。あの二人はフェザーンの企業から金を受け取っている」
二人は食べるのを止めない。
「問題はその企業がフェザーン自治領主府の所有するダミー会社だという事だな」
二人がトリューニヒトを見た。視線を外してターレルが水を飲んだ。ボローンはまたポテトフライを口に入れた。

「本当なのか?」
「本当だ、ルビンスキーが証言した」
トリューニヒトがターレルに答えると今度はボローンが問い掛けてきた。
「ルビンスキーが嘘を言ったという可能性も有るだろう」

「その可能性は無い、彼は我々を頼る他に生き残る術が無いんだ。我々に嘘を吐けば命が危うい事を理解している」
「我々?」
「私、シトレ元帥、ヴァレンシュタイン中将だよ、ボローン。我々が見捨てればあっという間に地球教の手によって命を失う事になる」

その通りだ、フェザーン、地球教にとってルビンスキーは抹殺しなければならない存在だ。特に地球教にとっては失敗者であり裏切り者に等しい存在だろう。そしてサンフォードも出来る事ならルビンスキーの口を封じたいと思っているはずだ。ルビンスキーは我々を裏切る事は出来ない。

「ルビンスキーと話は出来るか?」
ターレルが問い掛けたがトリューニヒトは首を横に振った。
「無理だ、彼はハイネセンには居ない。ここは危険すぎる」
また二人が顔を見合わせた。
「何処に居るんだ?」
トリューニヒトがまた首を横に振った。

「残念だが教えられない。君達を信用しないわけではない。だが何処に敵が居るか分からない状況だからな。君達も知らない方が良い」
ターレルもボローンも不満そうな表情をした。ルビンスキーはハイネセン到着後軍の或る施設に移送された。その後、戦艦ハトホルに密かに戻され匿われている。後方のハイネセンに居るより戦場の方が安全だと判断された。ルビンスキー自身もそれを望んだ、皮肉な話だ。

「シトレ元帥も襲われた、念には念を入れておきたいんだ」
「あれは精神異常者の犯行だろう?」
「……」
「違うのか?」
「実行者は精神異常者かもしれない、しかし何者かに使嗾された可能性が有る。誰が裏に居たのやら……」
ターレルが愕然としている。ボローンは唸り声をあげ“信じられん”と呟くとサンドイッチを一口つまんだ。何かを考えながら咀嚼している。

「しかし、本当なのか? いくらなんでもフェザーンそのものが議長を買収していたなど……」
「ターレル副議長、レベロ財政委員長が裏を取った。間違い無い」
トリューニヒトが私を見ると二人も私を見た。
「間違い無い、フェザーンのある企業から金が送られている。その企業だがフェザーン政府主導の開発事業に絡んではいるが実態は殆ど無い。株式会社の形態をとっているが株を所有しているのはフェザーン政府が百パーセント出資している国営事業会社だった」

ターレルとボローンが顔を見合わせた。
「ルビンスキーを拉致して以来、フェザーンが絡むとサンフォード議長の言動には不可解な点が多かった。君達も思い当たるフシは有るだろう。彼がフェザーンの紐付きだと分かれば合点がいく」
ホアンの言葉にターレルが大きく息を吐いた。

「世も末だな。最高評議会議長がフェザーンの飼犬か。しかしそこまで分かっているなら何故あの二人を弾劾しないんだ? 追い落とすのは簡単だろう」
「ターレル副議長の言う通りだ。地球教の問題も有る。同盟にとっては安全保障上の一大事だ。猶予は出来ない、何をグズグズしている」
この二人、サンフォードの排除には賛成の様だ。弱みを握って傀儡として操るというのは考えないらしい。

「そう簡単には行かない。金を受け取っているのはバラースでありサンフォード議長は表向き関係ないんだ。ルビンスキーの証言だけでは信憑性に欠けると言われるだろう。おそらく万一の時にはバラースに全て押付けて切り捨てるつもりじゃないかと考えている。サンフォード議長はなかなか狡猾だよ」
トリューニヒトが嘲笑交じりに答えるとターレルとボローンがまた顔を見合わせた。

「実際にサンフォード議長が関係無い、収賄はバラース一人の問題という可能性は無いか? ……いや、無いか。バラースは常に議長の顔色を窺っている。フェザーンに攻め込めというのも明らかに議長の意向だろう。となるとやはりバラースは隠れ蓑で真の受取人はサンフォード議長か……」
ボローンが考えながら話すとターレルがウンウンというように二度頷いた。

「となるとバラースを寝返らせるしかないな」
チラッとボローンがターレルを見た。同意を求めたのだろうがターレルは首を横に振った。
「上手く行くかな? 議長の後ろ盾が無ければ誰も相手にしない奴だ。バラース本人もそれは分かっている。裏切るかどうか……」
ボローンが顔を顰めた。ターレルの言う通りだ、バラースが裏切る可能性は決して高くない。

「説得に手間取ってサンフォード議長に気付かれるとバラースの命も危ないだろう」
「……」
「サンフォード議長、いや地球教が動きかねない。彼が殺されれば全てが闇の中だ」
私とホアンが指摘すると二人がギョッとしたような表情を見せた。

「ではどうする? このまま放置は出来んぞ」
挑むような目と口調でボローンが問い掛けてきた。
「確かに放置は出来ない、フェザーンにサンフォード議長を切り捨てさせる事を狙っている」
トリューニヒトが答えるとターレルとボローンが顔を見合わせた。

「フェザーンは貴族連合軍を同盟の力を使って追い払いたがっている。そのためにサンフォード議長をせっついているのだろう。だがサンフォード議長に軍を動かす力が無いと判断すれば……」
「……ボルテックはサンフォード議長では無く国防委員長である君に接触してくる、そこでサンフォード議長失脚の証拠を提出させる。そういう事だな、トリューニヒト」
「そう言う事だ、ボローン。その後は君にあの二人を預ける事になる」
ボローンが目を細めた。点数を稼げると思ったか。

「そこまでシナリオが出来ているなら何故私達をここに呼んだのだ?」
ターレルがじっとトリューニヒトを見た。ボローンも同様だ。二人とも強い視線だがトリューニヒトは怯まずに見返した。
「その後の事を決めておきたいんだ、君達とね」
益々二人の視線が強まった。何を言いたいのかが分かったのだろう。

「会戦が迫っている。とりあえず暫定政権で会戦を乗り切るしかない」
「……」
「私が最高評議会議長になる。ホアンとレベロは協力してくれる。君達も私に協力して欲しい」
最高評議会で互選により議長を選び暫定政権を発足させる。戦争に勝てば暫定政権から暫定の文字が消えるだろう。

ターレルが私とホアンに視線を向けた。
「何時からだ、何時から君達はトリューニヒトと組んでいる?」
さて、何と答えよう? ホアンに視線を向けたが彼は苦笑を浮かべて肩を竦めた。
「それが大事な事かな、ターレル副議長、ボローン法秩序委員長。私、トリューニヒト、レベロの三人は協力体制に有る。或る目的のためにね。そちらの方が大事だと思うが……」
二人がホアンに視線を向けた。睨むように彼を見ている。

「……では、その目的とは」
「和平だよ、ターレル副議長、ボローン法秩序委員長」
トリューニヒトがターレルの問い掛けに答えると部屋に沈黙が落ちた。五人が微動だにせず沈黙している。こちらは手の内を晒した、相手はどう出る……。

「本気で言っているのか? トリューニヒト」
「本気だ。君は一度もその事を考えた事が無いのか、ボローン」
「……」
答えが無い。しかし表情は沈痛と言って良かった。やはり一度は考えた事が有るのだ。

「ヴァレンシュタイン中将とレムシャイド伯の会話を君も見た筈だ。このままでいいのか?」
ボローンが大きく息を吐いた。ターレルが水を飲もうとしてグラスを取ったが途中で止めた。

「君達も分かっているはずだ。同盟はもう限界に近い。増税による市民への負担増、そして働き盛りの三十代、四十代の男性の減少、それによる出生率の低下……。年々人口は減少しそれによって税収も減少している、しかし軍事費は増加する一方だ」
「……」

「国債の発行により不足分を補っているが何のことは無い、借金を減少していく次の世代に残しているだけだ。負担はより大きいものになるだろう。このままでは国家が戦争によって喰い潰されかねない。同盟は破滅へと疾走しているんだ。戦争を止めるしか破滅を回避する方法は無い」
「……」

「レベロの言う通りだ。同盟はもう限界だ。今は戦争に勝っているから市民はそれを直視しようとはしない。しかし我々はそれで良いのか? 国政の担当者としてそれが許されるのか? ターレル副議長、ボローン法秩序委員長、君達は今同盟が抱える危機を見過ごす事が正しいと思うのか?」
「……」

二人とも無言のままだ。私の言葉にもホアンの言葉にも何の反応も示さない。ただ黙って何かを考えている。ようやくボローンが視線を上げた。
「……出来ると思うのか? この勝ち戦続きの中、同盟市民が和平を受け入れると思うのか?」
ボローンが発言するとターレルが大きく息を吐いた。

「ボローンの言う通りだ。確かに地球教の存在が有る以上同盟市民も和平という選択肢が有る事は認めるだろう。だが選択肢を認める事と受け入れる事は別だ」
ホアンが突然テーブルを叩いた。
「私が聞きたいのは君達が和平の必要性を認識しているかどうかだ! 実現の可能性がどうかじゃない! どう思っているんだ?」

ホアンが怒鳴る様な口調で問うと二人がそれぞれ必要だと思うと答えた。
「ならば我々は協力するべきだ。状況は厳しいかもしれない、しかし今を逃がせばさらに状況は厳しくなるだろう。手を拱いているべきじゃない」
戸惑っている。実現性に自信が持てないのだ。失敗すれば政治生命を失いかねない事が二人を臆病にしている。トリューニヒトに視線を向けると大きく頷いた。

「和平が必要だと思うなら、私に協力してくれ。私には和平を実現させる成算が有る。最高評議会議長にさえなれば和平は可能だ」
「……」
「帝国のブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯も和平を結びたがっている」
「……」
「これが最初で最後のチャンスかもしれないんだぞ。君達も分かるだろう?」
「……」



『それで、上手く行ったのですか?』
「ターレルもボローンもなんとか協力してくれる事になったよ。それと例の件を話したからね。二人とも驚いていた、これ以上戦争を続けるべきではないと彼らも強く思ったようだ」
トリューニヒトが答えるとスクリーンに映るヴァレンシュタインが頷いた。内密の話しだ、自室から連絡しているらしい。

「まあ何時までも戦争をしているような状況じゃない、そんな事はちょっと考えれば分かる事だ。ただそこから目を逸らしているにすぎない」
『現実を見るのではなく見たいと思う現実を見る……、そういう事ですか』
「そういう事だね。戦争に疲弊している現実では無く戦争に勝っている現実を見ている」
トリューニヒトが首を横に振った。見たいと思う現実か……、確かにその通りだな。

『後はボルテックからの接触待ちですか』
「そうなるね」
『ボルテックにはフェザーン侵攻の言質は与えないでくださいよ。あくまでサンフォード議長失脚の材料を提出させる事が先だと突っぱねてください』
「当然だな」

『議長就任後、改めてボルテックとの交渉の場を設けてください。交渉は私が行います。フェザーンへ攻め込む前に確認しなければならない事があるんです』
トリューニヒトが私とホアンを見た、どうする? と訊いている。
「良いんじゃないか、作戦に関する事なら必要な事だ」
私が答えるとホアンも頷いた。

「良いだろう、君に任せるよ。精々ボルテックをきりきり舞いさせてくれ」
トリューニヒトの言葉にヴァレンシュタインがニッコリと笑みを浮かべた。邪気のない笑顔なのに寒気を感じるのは何故だろう?
『期待に添えるように頑張ります』
寒気が強まった、今年一番の冷え込みだな。来年は暖かくなって欲しいものだ……。



 
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