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Myu 日常編

作者:時計塔
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城島 冥星は人生を謳歌する

 城島冥星は、人生を謳歌している。自分には財力があり、権力があり、また生まれ持ったカリスマ性があることを自負している。だからこそ、努力という文字は己にとって無関係であると知っている。
 人間という生き物は単純だ。己のように何もしなくとも全てを手に入れられる者。汗水垂らしながら働き、それでも欲しいものに手が届かない凡夫。
 後者でなくてよかった。常々そう思う。なぜなら僕の夢はカリスマニートだからだ。カリスマニートとはどういった者であるかをここで説明するには残念ながら作文用紙が足らないため、省略させてもらうが、つまりは飯を食って寝るだけの生活を永遠に繰り返す素晴らしき日々のことである。何の生産性もなく、作ってもらったご飯をおかわりしても怒られることなく、昼まで寝ていても拳骨を振り下ろすゴリラのいない生活。妹から、ゴミを見るような目で見られることのない生活、は別に気にしていないからいい。
 つまり、僕は何もしたくない。故に、将来の夢はカリスマニートなのである。これは確定された未来なのであり、誰にも我が覇道は邪魔できないのである。これを読んだ先生やゴリラは間違いなく僕を叱るだろう。だが決した僕は屈しない。なぜなら、ニートとは社会のゴミだからだ。ゴミが何をしようが勝手だ。僕はゴミであることを受け入れているのだからそれでいいのだ。僕が何もしなくても世界は回っている。それでいいのだ。これでいいのだ。
 敢えてもう一度言わせてもらう。僕の夢はカリスマニート。ただのニートではない。すべてのニートの上に立つ、王の中の王なのである。刮目せよ、愚民ども。
五年三組 城島 冥星



「ぎゃはははははははははは!! いーひっひっひっひ!!」

 気品も教養もない下衆な笑い声が放課後の校舎に響き渡る。場所は体育館脇の男子トイレ。掃除したくない場所ランキングナンバーワンに常にランクインしている。ここを訪れる者は限られている。
一つめはいじめだ。誰に近寄りたくないということは誰も来ないということ。陰湿な輩が集うにはうってつけの場所なのだ。
 二つめは掃除当番に抜擢された哀れな男たち。たかがデッキブラシ程度で落ちるはずのない汚れをひたすら磨かなくてはならない苦痛。この学校の先生たちは我々を囚人か何かと勘違いしているのではあるまいかと、冥星は常々疑問に思っている。
 三つめは、誇り高き罰則という名のトイレ掃除だ。これは非常に名誉なことなのだ。世間に対し反旗を翻した英雄が受ける罰。もちろん冥星が受けているのはその誇り高きトイレ掃除だ。今日も落ちるはずのない染みをひたすら磨く。なぜなら自分の行為に決して後悔などないのだから。
「お前もこりねぇやつだな冥星! 先生怒らせて楽しいか!?」
「楽しいわけがない。ただ、俺の高尚な理想論を理解できないことが、悲しい」
「ぎゃははははははは! 相変わらずバカだなお前は!」
「……そういう隼人はなんて書いたんだ?」
「俺? 聞きたいのか? どーしよっかな~!」
「めんどくさっ! いいよやっぱ聞かない」
「大統領だ! すげーだろ!? プレジデント! プレジデント篠崎はやーと!」
「出たよ、単細胞。でも、それなら別に怒られることじゃないよね?」
「んにゃ、大統領が何していんのかわかんねーから、とりあえず世界征服しますって書いた」
「……だろうね」

 なぜこんな男と共にトイレ掃除をしなくてはならないのか。なぜこんな男と同じ息を吸わなくてはならないのか。世の中は間違ってばかりだ。そんな些末なことを考えていたらきりがいないことはわかっている。だからこうして冥星は悪友、篠崎隼人と共に悪臭漂う便所掃除に勤しむ。もちろん、自分はバカなどでは決してない。バカは目の前の下品な男だけで十分なのだから。

「でも、お前、よくあんなくだらねーことつらつら難しい言葉で書けるよな! そこだけは尊敬するぜ!」
「……なんだと? 隼人、もう一度言ってみろ」

 さすがの冥星もその言葉にはカチンときた。何がくだらないだと? 自分の夢をくだらないと一周するバカに冥星は怒りを覚えた。自然と体は相手へ接近する。デッキブラシを前方に固定し、態勢を整えた。

「てめーの夢が、くだらねぇっつたんだよ」

 隼人は冥星を嘲笑いながらデッキブラシを片手に担ぐ。怒り狂った獣を仕留める狩人のような目つきで敵を睨み付けた。
 既に雌雄は決している。己と悪友の道は違えた。ならばやることはただ一つ。

「はぁぁぁやぁぁぁぁとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「めぇぇぇぇいぃぃぃぃぃせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 鳴り響くデッキブラシの打ち合う音。戦士たちは己の任務を忘れ、ただ本能の赴くままに敵へとぶつかる。実はちょっとめんどくさくなっていたが、始まってしまった戦いを中断することは決してできない。いや、別にできるが、男としてそれはどうかと思うわけで。

「いいかげんみとめちまえよ! お前はバカだって!」
「絶対に! お前にだけは言われたくないわ!」
「んだとぉぉぉぉぉぉ!?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 なんだかんだで楽しい。間違いなく隼人のほうが数倍バカであることは事実なのだが、このやりとりを心地よいと思っている自分も確かにいるわけで。
 こんな生活も、悪くない。そう思い始めている自分が、いた。


※※※※※※

「言いたいことは、それだけか?」
「なに? 何か文句でもあるの? 悪いけど食事中だから。食事中は私語を慎めという城島家の掟に従い、俺はこれから何もしゃべらないぞ」
「秋坂流、奥義、熊殺し」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎ……ただの絞め技じゃないか……」

 テーブルを強く叩きタップタップ。冥星たちの夕食は今日も賑やかである。話題はもちろん、悪名高き学校の問題視である城島冥星と篠崎隼人のボケナスコンビだ。一日一回は教室の外に立たされ、一日一回はグラウンドを走らされ、一日一回はトイレ掃除をさせられるという、まるで学校へ罰を受けに行っているかのような生活を送っている冥星に、秋坂明子は怒りを通り越して呆れてしまっていた。

「冥星、私が編入前になんて言ったか覚えているか?」
「もちろんだ」
「言ってみろ」
「元気で頑張れ――以上」
「以上、じゃない! 冒頭だけだろうが! いいか? 決して問題を起こすことなく、元気で明るく品行方正な学生となり、勉学に励むよう努力しろ、だ」
「努力とか、愚民がやることだ。俺には関係な、が!!」
「クソガキの分際で生意気言ってんじゃない! もう、お母さん悲しくて悲しくて」
「……誰が俺の母ちゃんだよ」
「あ!?」
「アイスルカアサマゴメナサイ!」

 理不尽な暴力に対しては断固抗議したいが、目の前の女は実質自分の後継人であり、飯を食わせて寝床を用意してくれている人だ。そんなゴリラに対して多少の恩義を感じないでもない冥星は唯々諾々とその言葉に従うしかない。

「お前、今私をゴリラだと思っただろ?」
「そんなわけ、ないでしょぉぉぉ」
「だったらその胸を叩くようなしぐさをやめろ腹立つ!」

 拳骨の雨あられを甘んじて受け入れる冥星。これもすべては飯と寝床のため。こんな暴力女と共に共同生活をしなくてはならない自分の身を呪う。
 だいたい初めからこの明子という女からは気品を感じなかった。城島家というスーパーボンボンのお坊ちゃまである自分にとっては愚民にも等しい女だが、どうやら先祖がえりでもしたのか、時々本当に野生動物のようなしぐさをするので始末困る。特に寝ている時なぞ、全裸になりいびきをかき、抱き着いてくるのだ。さすがに死にたくなったので別々の部屋で寝ることを提案したが。

「頼むから、普通に過ごしてくれ……これ以上は私の頭を悩ませるな」
「俺は普通だ。ただ、学校が俺の夢を否定したから断固抗議したまでだ。ありえない。教育機関というのは子供の夢を壊すのか?」
「カリスマニートなんて職業はこの世に、ない!」

 ゴリラの顔がゼロ距離で冥星を睨む。さきほどからゴリラゴリラと言っているが、この女、デカいこと以外は至って普通の女である。具体的に言えば胸のデカい、美人だ。冥星にとっては女という存在は、ただ飯を作ってくれること以外に生産性を見いだせないため、どんなに接近されようがどうということはない。普通の男なら彼女との共同生活を喜んで受け入れてくれるだろう。

「ごちそうさま」
「海星、もういいのか」
「いい、病気が移るから部屋にいる。何かあったら呼んで」
「あ、おい……」

 実はもう一人この夕食には席を共にしている者がいたのだが、黙々と食事をとっていたため敢えて紹介を控えていた。
 冥星の妹である、海星だ。兄と同じく白い髪。それを肩まで伸ばした学校でもかわいい子ランキング一位を争うほどの人気がある。もっとも、兄の方は彼氏にしたくない男ランキング一位を争っているから泣ける。

「……なんだよ、飯はあげないぞ」
「死ね、くそ兄貴」

 バタンと勢いよく絞められた襖を一瞥したあと、冥星は己の食事に戻った。妹の罵倒などなんら気にすることはない。そんなことでは腹は膨れないし、どうでもいいからだ。 

「……お前たち、昔からあんな感じなのか?」
「なんだよ、母さんのくせにそんなこともわからないのか」
「……このっ、私はなっ!」
「いいんだよ。めんどくさいからこのままで。別に今更仲良くなろうとかキモいでしょ。それに、兄妹ってこんなもんだよ」
「……お前はそれでいいのか?」
「いいよ、別に。俺は、何も感じないし、何も気にしない」

 黙々と丼に盛った米を胃に叩き込む。その食欲には、明子も感服するほどだ。冥星という少年はとにかく食う、寝る、食う。それでいて、食った分は動こうとせず、寝た分はまた寝るまでごろごろしている。一言でいえば怠け者。二言で言えば、社会が生み出した屑である。
 面倒なことに、少年は自らが社会のゴミだと気が付いていることだ。それでいて、屑の王、「カリスマニート」とやらを目指しているから本当に、殺したくなってくる明子だった。

「見ろ、海星の通信簿だ」
「おお、オールファイブ」
「そしてこれが貴様の通信簿だ」
「ナンバーワンにならなくていい。もっともっと特別なオンリーワン」
「死ね!」
「暴力反対!」

 たかが通信簿如きがなんだというのか。所詮、大人が判定した独断と偏見による評価ではないか。ああ、だが悲しいかな。それこそが現代における子供たちの価値観なのである。個人としての評価など一ミリたりとも役に立たない。親はかみっぺらを見ながら自らの子供の成長を見届けるしかないのだ。やがて、子供は個々としての特性をなくしていき、会社は学歴で評価し、ニートは社会のクズだと決めつける! 最低の世の中だ!
 冥星は丼に突っ込んだ顔を根性で起き上がらせ、天敵、秋坂明子の顔を睨み付けた。
 文句の一つでも言ってやろう。実際この女は暴力だけで口なら自分の方がいくらでも回る。たまには本気で泣かせてやることでどっちが上なのかわからせてやることも必要なのではないか。
 そう思い、冥星は口を開こうとした。

「うっ……うっ……うっ……」
「もう、泣いている、だと!?」

 明子は口を押えながらよよよと体を崩し、ボロボロと大粒の涙を流していた。さすがに冥星もその姿には狼狽し、どんぶり飯を放置し、ようとして全部口の中に詰め込み、咀嚼しながら明子の元へ寄っていく。

「くちゃくちゃ、明子、くちゃ、どうした、くちゃ」
「食いながらしゃべるな」
「明子、どうした?」
「なぁ、冥星、私は、お前たちのお母さんにはなれないのか?」
「初めに言っただろ。俺たちは母親っていう物を知らないって」
「冥星は言うことを聞かない。海星は心を開かない。私はどうしたらいいんだ……」
「とりあえず……一杯いっとく?」
「死ね。まじめに聞いているんだぞ」

 こっちだって真面目に話そうとしている。そう言いかけた冥星だが、明子が本気で泣いているところを初めて見たため、己を見つめ返すことにした。
 拾われて約二年。とりあえず生活を共にすることに違和感がなくなってきたわけだが。
 果たして目の前の女を、自分は母親と認識したことがあっただろうか。
 否だ、飯を作るだけの女。寝床を整えてくれるだけの女。あとはただのゴリラとしか認識していない。
 これでは明子が悲しむのも自明の理。冥星は深く反省した。

「明子、ごめん、俺……」
「冥星! わかってくれたのか!?」
「これからは、明子のこと、役に立つ女として見ることにするよ」
「……秋坂流、奥義、虎殺し」
「ただのジャーマンスープレックスだろぉぉぉがぁぁぁぁぁ!!」

 頭部を激しく損傷した冥星は改めて思う。
 デカい女と暮らすのは大変だと。
          
 
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