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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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戦王の使者篇
  08.古代兵器覚醒

 

「古城!?」

 少女の悲鳴が聞こえてくる。悲鳴の主は考えるまでもなくわかった。教室から古城と一緒に出て行った浅葱だった。
 屋上庭園に辿りついた彩斗は、目を疑った。
 崩壊しかけている屋上。そこで両耳を押さえて倒れこむ浅葱。膨大な魔力を押さえ込もうとしている古城。
 このままでは、学校が壊れると思った時、小柄な影が古城たちの頭上から舞い降りた。

「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 制服のスカートと黒髪を翻しながら着地する銀色の長槍を構えた女生徒。彼女は崩壊する屋上へと穂先を突き立てた。

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 ありとあらゆる結界を切り裂き。真祖の魔力をも無効化する獅子王機関の兵器、雪霞狼の輝きだ。
 その輝きに古城の眷獣が止まる。
 屋上のあちこちがひび割れまるで廃墟のようになってしまった。ひびはギリギリのところで止まり浅葱は無事だった。

 古城と紗矢華、彩斗は疲れたと言わんばかりにその場にへたり込む。
 そんな古城たちにゆっくり雪菜が近づいて行く。

「二人ともこんなところで、なにをやってるんですか?」

 彼女は、古城たちの眼前に再び“雪霞狼”を突き立てる。
 戦闘の気配を感知して、教室から飛び出してきたのか、肩で息をしている。

「いや、それは……この嫉妬女が一方的に襲いかかってきて──」

「ち、違うの。そこの変質者が雪菜を裏切るような破廉恥なことをするから──」

 古城と紗矢華は、叱られた子供のように互いのせいにし合う。
 雪菜は彩斗の方を見やる。一応真意を確かめようと第三者の意見を求めているようだ。
 彩斗は無言で頷いた。
 雪菜は深いため息をついて古城たちの方に向く戻る。

「なにがあったのか、だいたいの事情は想像できますけど──紗矢華さん」

「は、はい」

「第四真祖の監視は、わたしの任務です。それを妨害することが紗矢華さんの望みですか? そんなにわたしが信用できないということですか?」

 紗矢華が激しく首を振る。
 雪菜は深々と息を吐く。

「それから先輩……こんなところで眷獣が暴走したらどうなるか、もちろんわかってるんですよね。生徒のみんなになにかあったら、どう責任を取るつもりだったんですか?」

「……すみません。反省してます。すみません」

 古城はよほど反省しているようだ。
 確かに雪菜が来なければ、古城の魔力で浅葱を傷つけていた。彩斗がその場にいたとはいえ、眷獣を実体化させるだけでも途轍もない魔力で二次災害をもたらしていたかもしれない。

「緒河先輩」

 雪菜の不意な声に肩を一瞬震わせる。
 先ほどまで怒っていた雪菜に急に呼ばれ驚いた。
 深くお辞儀をする雪菜。予想外の行動に彩斗は少し身構えてしまった。
 だが、そのあとの言葉に彩斗は自分の考えにひどく後悔する。

「ありがとうございました」

「い、いや、俺はなにもしてないし、止めてくれたのは結局、姫柊だったからな」

 ホッとしたような笑顔で彩斗を見る雪菜に心から後悔する。

「雪菜ちゃん! なんかすごい勢いで飛び出していったけど大丈夫?」

 忙しない足音が後方の階段から聞こえていた。中等部の制服を着た女子生徒が顔を出す。耳慣れた凪沙の声だった。凪沙は半壊した屋上に倒れた浅葱、そして反省中の古城たちを、びっくりしたように見回す。

「なにがあったの。わっ、なにこれ。なんで屋上が壊れてるの!? って、浅葱ちゃん!? 怪我してる!? どうしよう!?」

「……二人ともしばらく一緒に反省していてください。わたしと凪沙ちゃんと緒河先輩で、藍羽先輩を保健室に連れて行きますから。“雪霞狼”のこともお願いします」

 そう言って、格納状態に折り畳んだ槍を古城に差し出す。
 彩斗は、倒れる浅葱を背中におぶって、凪沙と一緒に階段を下っていく。
 後方から聞こえる古城と紗矢華の互いを罵り合う抗議に雪菜の冷ややかな声を背にしてその場を後にした。




 保健室に養護教諭の姿はなく、出張中の彼女の代わりに、そこにいたのはアスタルテだった。
 実のところアスタルテは本来この保健室にいるはずなのだが、その便利さに目をつけた那月が、自分専用メイドに無理やりしたというのが、真実らしい。

 彩斗は浅葱を保健室のベッドに運び、雪菜に、あとは任せた、と言って保健室を後にした。彩斗がいたところで出来ることは何もないし、無防備に寝ている女の子の近くにいるというのも気が引けた。
 もう一度屋上の古城たちの元へと戻ろうとも考えたがあとは雪菜が始末するであろうからそのまま教室へと向かう。
 だが、どこか違和感を感じる。この違和感は依然に感じたことある。以前、殲教師オイスタッハのとき同様の感覚を感じる。
 事件の感覚というのだろうか。
 それに心の中では、蛇遣いディミトリエ・ヴァトラーがこの島に訪れた真意は、第四真祖に会いに来たわけではない気がしていた。また別の
 理由が隠されている気がする。

 教室に戻るとやはり騒がしかった。
 古城の暴走で被害自体はなかったが耳を抑えているような生徒やそれをかばっている生徒たちばかりだ。
 その中からある少年を探す。常にヘッドフォンを付けているクラスメイト、矢瀬基樹だ。
 クラスを見渡すがその姿はどこにも見えない。
 わずかな違和感が徐々に形になっていくような気がした。

 そのときだった。制服のズボンに入っていたスマートフォンを取り出す。液晶画面には、“浅葱”の表示浮かび上がる。
 浅葱はまだ気を失ってる。少しの不信感を抱きながら応答するる。

「どうした、浅葱?」

『残念だが違うぜ、緒河の坊や」

 電話回線から聞こえてきたのは、浅葱の声ではなかった。それは、浅葱の相棒の人工知能の声だった。

「なんだ。お前かよ、モグワイ。どうした?」

『少し、まずい状況になった』

「まずい状況?」

 モグワイは電話越しに信じられないことを口にする。

『浅葱の嬢ちゃんたちが黒死皇派の連中に捕まった』

 言っている意味を理解するまでに数秒の時間がかかった。浅葱は今保健室にいるはずだ。雪菜たちと一緒にいるはずだ。
 仮に連れ去られたとしても雪菜がいるのに連れ去られるわけがない。
 だが、その考えは彩斗のほんの十数分前の記憶が否定した。雪菜は“雪霞狼”を所持していない。さらにあの場には、凪沙もいる。

「クッソ……!」

 教室から飛び出して保健室へと向かう。保健室に近づくに連れて鼻が異臭を捉える。

「……血の臭い」

 彩斗はさらにその足を早めて扉が開け放たれていた保健室へと飛び込んだ。

「──アスタルテ!?」

 そこで目にしたのは、淡い真紅の体液にまみれて床に横たわる人工生命体(ホムンクルス)の姿だった。

「この傷……銃創!? いったいなにがあったの!?」

 彩斗とほぼ同時のタイミングで現れた古城と紗矢華。駆け寄ってきた紗矢華が、アスタルテの傷口を確認する。
 すでに身動きができずにいるアスタルテが、かろうじて残っていた意識で何かを伝えようと息を吐く。

「──報告します、第四真祖。現在時刻から二十五分十三秒前、クリストフ・ガルドシュと名乗る人物が本校校内に出現。藍羽浅葱、暁凪沙、姫柊雪菜の三名を連れ去りました」

「な……!?」

 アスタルテが伝えた情報に、古城と彩斗は絶句する。
 そこには、確かにアスタルテ以外の姿はどこにもない。

「彼らの行き先は不明。謝罪します……私は彼女たちを守れなか……った……」

 本来なら生きてるのが奇跡のような状態の少女がそんな謝罪を口にする。

「お、おい、アスタルテ!? しっかりしろ、アスタルテ──!」

 古城がアスタルテの耳元で必死に呼びかける。その横で紗矢華が、懸命に止血をする。

「……モグワイ……浅葱たちはどこにいる」

 ずっと通話状態になっていたスマートフォンを耳に当て直す。

『詳しい場所はわからないが、今は絃神島の外だ』

「浅葱たちは無事なんだよな……」

 スマートフォンを握りしめる力が強くなる。

『ああ。今の所は無事だ。だが……』

 突如として電話は途絶えた。




 雪菜たちは、窓が塞がれた狭い部屋にいた。
 どこかの倉庫のなのだろう。
 目隠ししたまま連れてこられたせいで、周囲の状況はわからない。

「ねえ……ここってどこだと思う?」

 浅葱がぽつりと訊いてくる。

「わかりません。ヘリコプターが飛んでいた時間は十分くらいでしたから、それほど遠くまで連れてこられたわけではないと思いますけど……」

 そんな雪菜の反応を見て、浅葱は怪訝そうに目を細めた。

「随分冷静ね。恐くないの?」

「え? あ、いえ……そんなことはないんですけど、あ、藍羽先輩も落ち着いてますよね」

 そうかな、と照れたように呟いて、浅葱は眠っている凪沙の横顔を見た。
 凪沙は今だ意識をなくしている。
 あの時の魔族を見た凪沙の反応は明らか普通の恐怖とは違っていた。

「──凪沙ちゃんのアレを見ちゃうとね。自分がしっかりしなきゃって感じになっちゃうよね」

 そんな雪菜の疑念に気づいたように、浅葱が苦笑して言った。

「これは、ここだけの話にしといて欲しいんだけどさ」

 唇の前に人差し指を立てながら、浅葱はかすかに視線を伏せる。

「凪沙ちゃんは、一度死にかけたことがあるのよ」

「え?」

「四年前にね、魔族がらみの列車事故に巻き込まれてさ。どうにか命は取り留めたけど、一生意識が戻らないかもいれないって言われてたそうよ」

 そう言って浅葱は小さく首を振る。雪菜は唖然として唇を震わせる。

「凪沙ちゃんが、魔族を恐がるのは、もしかしてそれが原因ですか?」

「そんなこと本人には聞いてないけどさ、そうだとしても無理はないよね」

 雪菜は古城が必死で自分が望まずして吸血鬼の力を隠し続けている理由がわかった気がした。

「あと、ごめん。あたしのせいで巻き込んじゃって」

 黙り込んだ雪菜に気を遣うように、浅葱はいつもの軽い口調で言った。
 雪菜は罪悪感を覚えながら首を振る。

「藍羽先輩は、どうして自分がさらわれたのかご存知ですか?」

「ううん、全然」

 両手を広げて、ため息をつく。

「でもまあ、心当たりがないわけじゃないのよね。連中、あたしに仕事をやらせようとしてるみたいだしさ」

「お仕事、ですか?」

 雪菜がきょとんと首を傾げ訊き返す。

「学校には内緒だけどね。あたし、バイトでフリーのプリグラマーみたいなことをやってるから。たまにあるんだわ、非合法なハッキングの依頼みたいなのが。さすがにここまで強引なお誘いは初めてだけどさ」

「──どうやら、きみは自分が有名人という自覚が足りないようだな、ミス・アイバ」

 突然、扉を開けて部屋に入ってきたガルドシュが言った。
 ガルドシュの背後には、都市迷彩の軍服を着た護衛が二人。

「少なくとも我々が雇った技術者たちの中に、きみの名前を知らない者はいなかったよ。さすがに彼らも、“電子の女帝”の正体が、こんな可愛らしいお嬢さんだとは思ってなかっただろうがね」

「それであたしに何かようなわけ?」

 浅葱は冷静に返すが、少しその表情からは恐怖の色が見える。
 ふっ、と満足そうに口元を緩めて、ガルドシュが部下に目配せする。
 部下の男が浅葱の前に差し出したのは、リングファイルに綴じられた分厚い資料の束だった。

「これがなにかわかるかね?」

「──“スーヴェレーンⅨ”!? こんなものどこで手に入れたの?」

 驚愕の声を洩らした浅葱だった。

「我々の理念に賛同してくれた篤志家がいてね。アウンストラシア軍に納入予定のものを横流ししてもらった。絃神島の管理公社できみが使っているスーパーコンピューターの同型機の、最新機種だそうだな」

「こいつで、ナラクヴェーラとかって古代兵器の制御コマンドを解析しろ、ってことかしら」

 何気ない口調で浅葱が呟く。

「我々は、きみに対する評価をもう何段階か引き上げる必要がありそうだな。素晴らしい」

「昨日、つまんないパズルをうちに送りつけてきたのは、やっぱりあんたたちだったわけね」

 不愉快そうな顔をしかめて、浅葱が訊いた。

「我々はこれまで百五十人を超えるハッカーに同じ内容のメールを送ったが、きみのいうところの『つまらないパズル』を解読できたのはわずか八人。その中で一切の矛盾のない正解を導き出せたのはきみだけだ。しかも三時間足らずという圧倒的な短時間でね」

「あたしにもいろいろあったのよ。現実逃避したい理由とか」

 拗ねたように浅葱はなぜか横目で雪菜を見た。

「我々の目的は、あの忌まわしき聖域条約の即時破棄と、我ら魔族の裏切り者である第一真祖の抹殺だ。その悲願を成就するために、ナラクヴェーラの力が必要なのだ」

「そんなことを聞かされて、協力できるわけないでしょうが。そんな計画が実現したら、最悪、世界中巻きこんだ全面戦争よ!」

 マニュアルを叩きつけた、浅葱が叫ぶ。ガルドシュは対照的に笑う。

「それこそが我々の望む世界の姿なのだがね──たしかにきみたちの価値観とは相容れまいな。だがそれでも……いや、だからこそこ、きみは我々に協力してくれると信じてるよ」

「は? なに言ってんのよ、そんなわけ──」

「これがなにかわかるかね?」

 そう言ってガルドシュは、部下の手から薄いタブレットPCを受け取った。
 そこには奇妙な長い文字列。呪文のようだが、雪菜が知る限りで当てはまる術式が見つからない。

「あたしが解読した例の暗号文……古代兵器の制御コマンドね。だけどそれって全体のほんの一部なんじゃないの?」

「そのとおりだ。ナラクヴェーラとともに出土した石板は、全部で五十四枚。これはその中のたった一枚にすぎない。だが、ここに書かれていた内容は覚えているかね?」

「まさか……あんたたち……」

 ガルドシュの言葉に浅葱は顔色を変える。
 戦王領域のテロリストは、愉快そうに、そう冷酷に笑っていた。

「そうだ。この石板の銘は『はじまりの言葉』──ナラクヴェーラの起動コマンドだ」




 絃神島を構成しているのは東西南北、四基の超大型浮体式構造物(ギガフロート)だが、実は島の周囲には、そのほかにも細々とした拡張ユニットが多く存在している。
 絃神島十三号増設人工島(サブフロート)は、建設中のそんなゴミ埋め立て施設のひとつだった。
 アスタルテの治療を終えた彩斗、古城、紗矢華は増設人工島(サブフロート)に訪れていた。
 増設人工島(サブフロート)へと通ずる通路は、封鎖されており侵入ができない。
 増設人工島(サブフロート)内部は、もはや戦争のように激しい状況となっている。

「で、どうやって侵入する気だ、古城?」

「どうするかな?」

「はあっ? あなた吸血鬼の真祖でしょ?」

 ノープランだった古城を非難する紗矢華。

「だから俺はついこないだまで、ただの人間だったって言ってんだろうが!」

「眷獣は!? 第四真祖の十二体の眷獣の中に、使えそうな能力を持ってる子はいないの?」

「いやそれが、俺の言うことをまともに聞く眷獣は今のところ一体だけなんだ。あのビリビリもこないだ姫柊の血を吸って、ようやく俺のことを宿主と認めたばっかで」

「なにぃ……」

 紗矢華が剣を握りしめた左手に力を入れる。

「そういえば、あなたも眷獣持ってたわよね!?」

 思い出したように今度は、彩斗に期待の視線を向ける。

「まぁ、侵入くらいなら簡単に出来るが多分、すぐに標的にされて蜂の巣になってもいいなら出すが」

 紗矢華は、困ったように言葉を失う。

「とりあえず、向こうの増設人工島(サブフロート)に渡れればいいんだろ?」

「……なにする気?」

 少し準備運動のような動作をする彩斗を紗矢華は不審そうに見つめる。

「古城は、自分で来いよ」

 そういって準備運動を終えた彩斗はゆっくりと紗矢華に近づく。

「悪いな、ちょっと動くな」

「え、ちょっと……ひゃっ!?」

 お姫様抱っこで抱き上げられた紗矢華が、驚愕のあまり全身を硬直させる。
 彩斗は自らの唇を噛み切り、自らの血を喉へと流し込まれていく。吸血鬼の筋力が解放される。
 絃神島本体から増設人工島(サブフロート)の距離は約八メートルはあるが、吸血鬼の筋力を持ってすれば簡単なことだ。
 増設人工島(サブフロート)へと着地する。

「な、な、な……なんてことをしてくれるのよ!?」

 突然、紗矢華暴れ出した。
 その反動で後ろにバランスを崩し危うく落下するとこだった。

「ノーカウント! こんなのノーカウントだからね!?」

 紗矢華はそう言いながら彩斗の頭を殴る。
 あとから来た古城と顔を見合わせて彩斗は自分がなぜ殴られたのか考える。

「……なにをやってるんだ、おまえたちは」

 彩斗たちに前に、いきなりこの場には似つかわしくない格好の少女が現れる。
 高価な日傘に、装飾過多の黒いドレス──この島でこんな格好をしている人物を一人しか知らない。

「那月ちゃん? テロリストの相手をしてたんじゃなかったのか?」

「たまには特区警備隊(アイランド・ガード)の連中にも花を持たせてやらなければな。突入部隊が黒死皇派の生き残りどもを圧倒しているみたいだし、私の出番はないだろう」

 銃撃戦の続く監視塔を眺めて、南宮那月が答えてくる。

「それで、私のことを那月ちゃんと呼ぶのはこの口か?」

「痛て痛て痛て、やめて……」

 無抵抗な古城の頬を、那月がぐりぐりと捩じあげる。
 突然だった。

 ゴオオオオオォォォン───

 爆撃にも似た轟音が、その場にいた人の耳をつんざいた。
 中空の増設人工島(サブフロート)がその爆音で激しく揺れる。
 爆音は黒死皇派が立てこもっていたはずの監視塔からだった。

「なんだ、あの爆発!? あれも特区警備隊(アイランド・ガード)の攻撃か?」

 炎に包まれた監視塔は崩壊している。

「いや……自爆、か?」

「自爆って……」

「なに……この気配……!?」

 彼女が見ていたのは、倒壊した監視塔の基底部だった。そこから大量の瓦礫を押しのけて、巨大ななにかが動きだそうとしていた。
 地底から噴き出した巨大な魔力。

「ふゥん、よくわからないけどサ、まずいんじゃないのかなァ。これは」

 異変に圧倒される古城たちの背後で、皮肉っぽく笑う声がした。
 振り返った古城と彩斗が見たのは、これまた戦場には似つかわしくない純白の三揃えを着た金髪の美青年。

「ヴァトラー!? なんでおまえまで!?」

「どうしてあなたがここに!?」

 ニヤニヤと笑うディミトリエ・ヴァトラーを振り返って、古城と紗矢華が同時にうめいた。
 那月も不機嫌そうに眉を寄せる。

「なんの用だ、蛇遣い?」

「まあまあ。積もる話はあとにして、その前にきみたちの部隊を撤退させたほうがいいんじゃないかなァ。どうせ、ここにガルドシュはいないしね。残っている連中は、ただの囮サ」

 サングラスを少しズラしたヴァトラーが、美しい碧眼を悪戯っぽく細める。

「囮だと? こんなところに特区警備隊(アイランド・ガード)を集めてなんの得がある?」

「それはもちろん標的が必要だからだよ。新しく手に入れた兵器のテストにはサ。きみたちも、黒死皇派がこの島になにを運び込んだのか、忘れたわけじゃないンだろ」

「……兵器!?」

 その瞬間、今までの違和感が全て繋がっていく。

「──ナラクヴェーラか!?」

 古城の叫びに呼応するかのように、瓦礫を撒き散ら巨大な影が姿を出現させる。




「了解だ、グレゴーレ」

 無線を切ったガルドシュが、ゆっくりと浅葱たちのほうに向き直った。
 浅葱は、タブレットPCに映し出された中継画像を、放心したように見つめる。
 ナラクヴェーラが閃光を放つたびに、巨大な爆発が増設人工島(サブフロート)を揺らす。

「──ということだが、まだなにか質問はあるかね?」

 そんな浅葱たちを無表情で眺めて、ガルドシュが訊いた。
 沈黙する浅葱の代わりに、雪菜が口を開く。

「なぜですか」

「……なぜ?」

「どうしてあなたたちがここにいるんです?」

「我々の目的はすでに説明したと思ったが?」

「いいえ、そうではなく、なぜアルデアル公があなたたちに協力したのか、ということです」

 ガルドシュは、かすかな驚きの色を浮かべる。

「そうか。服装は違うからわからなかっただ、きみはあの夜の、第四真祖の同伴者だな」

「ここは“オシアナス・グレイヴ”の中なんですね」

 雪菜がうなずいて薄く溜息を洩らす。
 頬に傷を持つ大柄の老人。ヴァトラーが古城を招待したあの夜、給任を勤めていた彼の執事──

「なぜですか。獣人優位主義の黒死皇派は、戦王領域の貴族であるアルデアル公と敵対関係にあるはずです。ましてや彼は、あなた方の指導者だった黒死皇派を暗殺した張本人なのに──」

「そう。だから魔族特区の警備隊も、この船を疑おうともしなかった。この船の乗組員の約半分は、我らが黒死皇派の生き残りだ。しかし、ああ見えてヴァトラーは貴族だからな。自分の船に乗り組んでいる船員の素性など、いちいち詮索したりはしない。船員を雇った船の管理会社の責任、ということになるな──」

 雪菜は不快そうに眉をひそめた。

「アルデアル公は、なにも知らなかった、と言い張るつもりですか。そんなことをして、彼になんのメリットが?」

「不老不死の吸血鬼の考えなど知ったことではないが、おそらくやつは退屈だったのだろうさ」

「──退屈?」

「そうだ。だからナラクヴェーラとの戦いを求めた。真祖をも倒しうるやもしれぬ神々の兵器。暇を持て余した吸血鬼にはちょうどいい遊び相手だ。その前に第四真祖がナラクヴェーラと戦うというのなら、その見物もまた一興。どう転んでもやつの退屈はまぎれるよいうわけだな」

「そんな……」

 ガルドシュは、絃神島への攻撃をしないことを条件にナラクヴェーラの制御コマンドの解析を要求してきた。
 ナラクヴェーラが動いてしまっている以上それに従うしかない。

「どのみち私には選択肢はないってわけね。いいわ。だけどこの貸しは高くつくわよ」

 ガルドシュは部下を引き連れて部屋から出て行く。
 浅葱が部屋の奥にある扉を乱暴に蹴り開けた。
 冷蔵室の中には、魚や肉などではなく、ラックマウント式のHPCサーバー……いわゆるスーパーコンピューターである。回路を冷却するためにキンキンに冷やされた部屋の中へと、浅葱が入ろうとすると思いがけない方向から声がした。

「──焦るな、娘」

 眠っていた凪沙の口から流れ出したのは、いつもの声とは違うようだった。
 短く結い上げた凪沙の髪が解け、腰近くまで流れ落ちている。

「心を乱すな。おまえとその機械(ガラクタ)の性能なら、滅び去った文明ごときの書きつけを読み解くのに、さして時はかかるまいよ」

「凪沙……ちゃん?」

 普段とは別人のような気配に戸惑う浅葱。
 雪菜は驚愕の表情で首を振る。

「いえ、違います……この状態は、神憑りか……憑依……?」

「ふふ、そうか。おまえも巫女だったな。獅子王の剣巫よ」

 凪沙はそう言って愉快そうに笑った。

「ならばおまえにもわかっていよう。心配せずとも、あの坊やたちが時を稼いでくれる。そこの娘の策が練り上がるまでの時はな」

「あなたは……いったい……!?」

 雪菜が鋭く目を細めて訊き返す。しかし凪沙はなにも答えない。無言で静かに瞼を閉じて、その場に崩れ落ちる。
 床に激突する寸前に雪菜が抱き留めた。

「今のは、なに? 誰なの?」

 浅葱の質問に、雪菜は黙って首を振る。
 雪菜もなにが起きたのかはわからなかった。

「藍羽先輩。携帯電話を貸していただけますか?」




「あれがナラクヴェーラの“火を噴く槍”。まあまあ、いい感じの威力じゃないか」

 楽しげなヴァトラーを睨みつけ、苛立つ彩斗と古城。

「ああくそ。なんであんたがここにいるんだ。自慢の船はどうした!?」

「ああ。実は“オシアナス・グレイヴ”を乗っ取られてしまってねェ」

 ヴァトラーの飄々とした口調でいう。

「乗っ取られた!?」

「そうそう。そんなわけで、命からがら逃げてきたんだよ」

「それにしてはずいぶん冷静じゃねぇか、ヴァトラー」

 殺意にも似た視線を向ける彩斗にヴァトラーは薄く笑みを浮かべる。

「ああ、そう言えば逃げて来る途中でこんなのを拾ったんだが」

 足元にあった濡れている何かをこちらに投げる。
 ぐしゅ、と湿った音を立てながら転がったのは、高校の制服を着た男子生徒。
 ツンツンに逆立てた短い髪と、首のヘッドフォンに見覚えがあった。

「や、矢瀬!?」

「あれ、もしかして知り合いだった?」

 ヴァトラーは愉快そうに笑う。
 なぜ矢瀬がこんなことになっているかは、考えずともわかった。
 再び、彩斗はヴァトラーを睨みつける。

「さて、と。まあ、安心してくれ。ナラクヴェーラはボクが責任を持って破壊する」

「安心できるかっ。おまえ、最初からあの化け物を相手に暴れたかっただけだろ!」

 古城はヴァトラーの思惑にようやく気づいて、怒鳴る。
 するとこのタイミングで間の抜けた着信音が響いた。

「ああ、くそ。誰だよこんなときに──」

 ぼやきながら古城は携帯を取り出し、液晶を見て叫ぶ。

「浅葱か!?」

 浅葱の言葉を聞き、彩斗は古城の耳元に顔を押し付ける。

『……わたしです、先輩』

「え!? 姫柊?」

「無事なの、雪菜!? 今どこにいるの!?」

 すると紗矢華も古城の耳元へと接近する。
 無事です、といつもの生真面目な口調で雪菜が答える。

『今は“オシアナス・グレイヴ”の中です。藍羽先輩や凪沙ちゃんにも怪我はありません』

「そうか。とりあえず、こっちにいるよりは安全そうだな」

 古城は脱力するような安堵の声を洩らす。
 雪菜はそれに対して呆れた息を吐く。

『やっぱりナラクヴェーラの近くにいるんですね』

「あ、ああ」

『またそうやって勝手に危ない場所に頭を突っ込んで。先輩は自分が危険人物だという自覚があるんですか。紗矢華さんが一緒にいて、なにをやってたんですか』

「いや、それはなんていうか、まさかあれが出てくるとは俺たちも思ってなくて」

「ゆ、雪菜たちが誘拐されたっていうから心配で……」

 明らかに機嫌を損ねている雪菜に古城と紗矢華が苦しい言い訳をする。

「まぁまぁ、姫柊もそんなに怒るなって」

 彩斗の声に再び呆れたような息を吐く。

『緒河先輩もいたんですね。先輩も自覚がありますか。先輩の眷獣も辺りに被害をもたらさないというわけじゃないんですよ』

 でも、ちょっとよかったです、と雪菜は安堵したような声を洩らす。

『先輩がた、ナラクヴェーラが市街地に近づかないようにしばらく足止めをしてください』

「「……足止め?」」

『はい。藍羽先輩が今、ナラクヴェーラの制御コマンドを解析してくれてます。それが終われば、現在の無秩序な暴走は止められますから』

「浅葱が……なるほど、そういう話か……」

 古城が重々しくうなずいた。
 彩斗も作戦の意図を理解した。浅葱が暴走を止めるコマンドを解析する時間を稼げということなのだろう。

『──足止めだけでいいんです。無理に破壊しようとして、被害を拡大するような真似だけはやめてください。あと、それから紗矢華さん』

「なに? 私にできることならなんでも言って!」

 雪菜は名前を呼ばれて紗矢華が、声を弾ませながら携帯に耳を押し当てた。

『暁先輩と緒河先輩と話したいことがあるので、ちょっと離れてください』

「え!? ええ!?」

 泣き出しそうな表情で紗矢華はふらふらと後ずさり、その場でうずくまって膝を抱えた。

「……話ってなんだ、姫柊?」

『実は、その──』

 紗矢華さんのことなんですけど、と声を潜めて雪菜が語り出す。

「「……えっ」」

 雪菜の話を聞き終えた古城と彩斗は、沈黙した。
 短い情報だったが、彩斗は先ほどの行動を後悔してしまう。

「わかった。とりあえず足止めについては任せろ」

『はい。先輩がたもお気をつけて』

 そう言い残して電話が切れる。古城はポケットに携帯を突っ込みながら、破壊された監視塔の方を見た。
 いまのところナラクヴェーラは、静かだ。
 だが、やつはこの状況でも周囲をスキャンして破壊目標の情報を収集している。

特区警備隊(アイランド・ガード)の撤退状況は?」

「サブフロートからはギリギリ脱出できたようだね。負傷者の数も予想したほどじゃない」

 古城の質問に即答したのは、ヴァトラーだった。
 やはりヴァトラーは、タイミングを見計らっていたようだ。

「わかった。だったらあいつは俺が相手する。捕まってる浅葱たちを頼む、那月ちゃん」

 古城は一方的にそう言い切った。

「それは俺がやる」

 古城の言葉に彩斗がいち早く反応する。古城がなにかを言おうとするがそれを遮って、彩斗は口を開く。

「考えてみろ。この場でもしも俺の眷獣とおまえの眷獣が暴走でもしてみろ。今度こそこの島は確実に沈むぞ」

 言い返すことが出来なかった古城に、ヴァトラーが口を挟む。

「他人の獲物を横取りするのは、礼儀としてどうかと思うな、暁古城」

「黙ってろ、ヴァトラー! それにテメェこそ第四真祖(コイツ)の縄張りに入っといて礼儀知らずはどっちだ!」

「ふゥむ、そう言われると返す言葉もないな」

 青年はあっさり納得して引き下がった。

「それでは領主たる古城に敬意を表して、手土産をひとつ献上しよう。古城が気兼ねなく戦えるようにね──“摩那斯(マナシ)”! “優鉢羅(ウハツラ)”!」

「なっ!?」

 ヴァトラーが解き放った膨大な魔力に二人の吸血鬼は言葉を失う。
 青年貴族の背後に出現したのは、全長数十メートルにも達する二匹の蛇。荒ぶる海のような黒蛇と、凍りついた水面のような青い蛇。蛇遣いの異名のヴァトラーの眷獣。それも二体同時。その二体は、空中で絡み合い、一体の巨大な龍へと姿を変える。

「二体の眷獣を合体させた!? これがヴァトラーの特殊能力か──!」

 荒れ狂う竜巻のような眷獣の姿に、古城が硬い声を洩らす。
 これが雪菜が言っていたヴァトラーの特別な力の一つなのだろうか。
 二体の眷獣を合成して、より強大な眷獣へと変える。こんな能力など聞いたことがない。
 この力がヴァトラーを限りなく真祖に近い存在だと裏付ける証明である。

「まあこんなものかな」

 ヴァトラーは、その眷獣で十三号増設人工島(サブフロート)と、絃神島を連結させるアンカーを、全て破壊した。

増設人工島(サブフロート)を、絃神島本体から切り離したのか……!?」

「これで市街地への被害を気にせず、思うさま力を使えるだろう。せいぜいボクを愉しませてくれたまえ」

「あ、ああ……」

 この男がそんなこと考えるわけがない。ただ自分が楽しみたいだけだ。

「ナラクヴェーラが動き出したわ、暁古城」

 騒ぎ出した紗矢華に振り返る。
 周囲の瓦礫や鉄骨を蹴散らして、ナラクヴェーラ本体が姿を現す。
 高さおよそ七、八メートルほどの六本脚の戦車。全体的な印象としては、エビのような甲殻に覆われた巨大アリ。楕円形の胴体に、半球型の頭部が埋もれるような形でくっついており、その先端に触覚のような副腕が二本生えている。

「動き出しやがったか」

 彩斗は古城へと拳を突き出す。

「死ぬんじゃねぇぞ、古城!」

「お前こそな、彩斗!」

 古城はその拳に自らの拳をぶつける。
 互いに不死身の吸血鬼で有りながら死ぬなと言い合う意味など普通に考えれば不明な行動だな。

 彩斗は、古城を信じて雪菜たちがいる“オシアナス・グレイヴ”へと駆けた。 
 

 
後書き
今回も小説の内容とほぼ同じになってしまい申し訳ありません。
次回は、しっかりとオリジナル要素を加えて書くように努力いたします。

次の編、天使炎篇ですがそこにいくにあたって今回の話で緒河彩斗の正体が"神意の暁"ということが古城たちにバレました。そこで彩斗にもオリキャラの監視役をつけるかどうか考えています。
どちらにしても自分としてはいいので参考意見でいいので気軽に感想などに書き込んでください。

特に要望などがなければ、自分の書いてるときの気分と疲労感などで適当に決まります。

《天使炎上》編が始まる前に意見を下さると助かります。
これからもよろしくお願いいたします。 
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