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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~慟哭と隔絶の狂想曲~
  レクイエム

それに気が付いたのは、一人の女性だった。

敵のボスと相対する少年の背後。死角になっている場所から、一人のプレイヤーがぬらりと人ごみを割って姿を表したのだ。

その人影は、一種異様な服装だった。

全身を毒々しい真っ黄色のフーデットケープで包み、深くフードを下ろされた顔は、ピエロのようなお面を被っていて素顔を窺うことはできない。

お面はともかくとして、全体としての雰囲気からしてゴーストのようだというのが、リータの第一印象だった。第一、現れ方からしていかにもな感じである。

少年は気付いているかもしれない。

それどころか、もう行動を起こしているかもしれない。

だが、リータにはそうは思えなかった。

そもそも、女性にはもう正常な思考が残されていなかったのだ。

レンのような天性の戦闘の才能や心意の力も持っていないリータが、こんな血で血を洗うほどの惨劇の中で生き残れているのは、ひとえにレンのアドバイスのおかげである。

レンから言われた事は二つ。

《凶獣》ノアの動向を見張ること。そしてもう一つが――――

目立たないこと。

大規模戦闘の中、つまりは多対一の状況下は、当然ながら一の方が不利なのはいうまでもない。銃火器の場合は、跳弾や味方への誤射など、多の方が不利になることもあるかもしれないが、剣や斧などといったバリバリの近接戦闘ではよっぽどのアホでないとあまり期待できない。

その中で、弱者が逃走する以外で生存する方法はただ一つ。

多対一の、多の方の人数をなるべく減らすようにするのだ。大規模戦闘では、良くも悪くも個人の判別が容易につけにくくなる。すると、敵は目の前にターゲットがいても殺すという思考が瞬間的に出現しないという状況が生まれる。

しかし、ここで一つ問題が現れてしまう。

リータの髪、綺麗な蒼色の長髪だ。名前の通り、矢車草の色を持っているその髪は、この戦場の中では極端に目立つ邪魔者でしかない。

だからレンは、一撃で吹き消せる命の灯火を何度も息を吹いて消した。何度も、その身体に切り傷を付けた。

心意の力で。

心意――――インカーネイト・システムは、己の意思を現実に投影させる力だ。そのため、通常のシステムに掛かっている痛覚緩和(ペインアブゾーバ)といった諸機能を無効化する。その中には、血液描写も含まれている。

敵の身体から、さながら噴水のように噴き出した真っ赤な液体は、リータの髪の毛を瞬く間に赤黒く変色させていった。これで、咄嗟にはリータだとは解からないだろう。蒼い髪の女だと認識している彼らだったらなおさらの事だ。

だからリータは、時々襲い掛かってくる刃をいなし、受け流しつつ、生き残ってこれたのだ。

その中で、やっと生まれた勝機。

レンの読み通り、ノアは動いた。リータを攫い、人質にしようとし、そして失敗した。

勝てる。

そう思った。

これほどに集団戦に特化したギルドだが、やはりその中でリーダーが一番強いという事に変わりはない。この【狂った幸運(ドラッグ・ラック)】のみならず、SAOに存在するほとんどの戦闘ギルドはそういう構造をしているのだ。

無論、コネが多いとか人付き合いが上手いなどといった理由でギルドマスターが据えられているギルドも、ないことはない。もともと、SAOにログインしているプレイヤーの九割ほどは、重度のネットゲーマー。世間と折り合いを付ける者が重宝されるのも、仕方がないことかもしれない。

しかし、それはあくまで一部の例。大半は、弱肉強食の実力主義だ。少しでも長より力が上ならば、その者が次世代の担い手となる。

そんな者が倒されれば、この戦闘の重要なターニングポイントとなるのは明白だ。

動揺を生み、混乱を呼び、やがて戦意喪失を招くことになる。

放って置いても、味方同士で勝手に崩壊していくかもしれない。

だが――――

勝利を確信するリータの前に突如として現れた、不確定因子。

敵には見えない。

もしドラグラのメンバーだったのならば、リーダーが殺されようとしている状況を、あんなに平静に、冷静に見る事ができるものなのだろうか。

あんな

檻の中で戯れる鼠を見るような眼で。

ゾグッ、と。

リータの背筋に悪寒が走る。

そのプレイヤーの手には、武器らしきものは見えない。つまり、攻撃の意思はないというの事だろうか。

だとしたら、何でこの場に現れた…………?

理解できないことに、脳が悲鳴を上げ始める。なぜ、なんで、どうして。

分からない。

解からない。

わからない。

目を見開いて硬直するリータの前で、そのプレイヤーはスッと顔を上げた。

眼が合った。

お面の向こうにある眼は、何の感情も浮かんではいなかった。ただただ、冬の湖のように静かだった。

しかし、その奥にナニカ。リータには形容できないナニカが、潜んでいるような気がした。

形容できない。しかし何故か、身に覚えのあるような感情。

誰でも、一度は心の奥底で浮かべたことがあるかもしれない感情。

「あなた…………」

その言葉の先に、何を言おうとしたかは分からない。

しかし、そうリータは言った。

だが、突如として現れたそのプレイヤーは、早々とリータから目を逸らし、目の前のレンを見据える。

ゆらり、と右手が挙がる。

まるで、見えない包丁を振り下ろそうとしているような、そんな構え。

そこで、とある女性は見た。

そのプレイヤーの手の中から、アイスピックほどの針が突き出ていることを。

「――――――――――――ッッッ!!!」

何かを考えてはいなかったと思う。

だって気が付いた時にはもう、レンとそのプレイヤーの間に身体を捻じ込んでいたのだから。

何かを思ってはいなかったと思う。

だって気が付いた時にはもう、自らの身体をもってして後ろの少年の盾にしていたのだから。

何かを感じてはいなかったと思う。

だって気が付いた時にはもう、針は心の臓を食い破って反対側から飛び出していたのだから。

目の前にあるピエロの眼が、愉快そうにひん曲がったのをリータは見た。

―――ああ、そっか。こいつ、それが狙いだったのか。

狙いはレンではなく、自分。

それだけのことだった。

―――たはは、お姉さん失敗しちゃった。ごめんね、レン君………。

指の先から、感覚が抜けていく。

誰かが叫んだような気がしたが、それを正常に聞き取ることはできなかった。










ノドが熱い。

ノドがひりつく。

なぜだろう。夜の空気は、こんなにも澄んでいるのに。

何かが聞こえる。

何だこれ。

悲鳴?

違う。

絶叫だ。

「あああぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっッッッッッッ!!!!!!!!!!!」

崩れ落ちた女性の身体を、レンは抱きとめた。

「リータねーちゃん!リータねーちゃん!!リータねーちゃんッッ!!!」

「だいじょ…ぶよ、レン君。まだ死んでない……って」

聞こえてきたのは、かすかな応え。

囁いているかと思うほどの、小さな声だ。

「大丈夫!?大丈夫だよねッ!?」

「だ…から、だいじょうぶ…だって。お姉さんは……不死身なのよん」

気丈に振舞ってはいるが、相当な強度の心意攻撃を受けたようだった。リアルな痛みというものは、相当な場数を踏んだ者しか慣れることができない。つまり、普通にこの世界で生きていた者達にとって、真なる痛みというのはこのSAOにログインしたその日から味わっていないのだ。

腕が吹っ飛ばされようとも、脚をもぎ取られようとも、その痛みは全て『不快な衝撃』くらいのものにしかならない。痛覚緩和(ペインアブゾーバ)機能が、神経から発生する痛覚パルスを頚椎部で全てカットしているのだ。

そんな、痛みに慣れていないものが、激甚な痛覚の前に晒された際に起こりうる事象はたった一つだ。

ショック症状。

少年は、奥歯を砕かんばかりに噛み締めた。ギリリ、という音が血の雨の降る空間の中に響く。

次いでレンは、血走った眼で辺りを見回す。

誰ダ。僕ノ仲間ヲコンナニシタ奴ハドイツダ。

だが――――

どこにもそれらしき影が()()()()()()

―――人込みに逃げ込んだ………?いや、それにしちゃ速過ぎじゃないか?

真っ赤に染まる眼光が、さながらサーチライトのように辺りをねめつけるが、やはり見当たらない。

その間にも、敵は殺到する。

完全に狂気に呑まれている白目男の首を掻っ捌き、水っぽい音とともに首からずり落ちた生首を引っ掴み、唾液を撒き散らしながら腕を振り下ろそうとしていた男の細剣の側面に思いっきり投げつける。

鈍い音とともにブレた剣線から目を逸らし、短刀を男のノドもとに突き立てる。

「ご………かッ…ッ!」

悲鳴とも、呻きともつかない音が漏れ、カクンと男の膝から力が抜ける。

痙攣した後に動かなくなった男を意識からさっさと外し、レンは手元に視線を移す。

「リータねーちゃん……」

レンが見つめるのは、蒼髪(いまは赤黒くなってしまっているが)の女性――――ではなく、彼女の頭上に浮かぶHPバーだった。

通常であれば白く染まっている枠線は、しかし今は毒々しい緑色に点滅してしまっている。

(ポイズン)………。HPの減り方からして、レベル5のリーサル毒か」

チラリ、と手元のポーチに視線を落す。

そこには状態回復ポーション、解毒ポーションはもちろん、回復ポーションまでもが空っけつの状態だった。クリスタルなど論外だった。

「ねーちゃん、ポーション類ってない?解毒系だったら助かるんだけど」

一筋の希望にすがるような詰問だったが、しかしその希望に反してリータは首を横に力なく振った。

「ここには死にに来たようなものだから。アイテムは全部置いて来たのよ」

「……………そっ…か」

レンの脳がオーバーヒートし始める。

リータのHPは眼も染まるような赤に染まっている。さきほどの謎の一撃だけでここまで落ち込んだとは、にわかには考えがたい。ということは、やはり度重なる連戦で少しずつ蓄積されたダメージなのだろうか。

その、残り僅かなHPも毒のダメージによって少しずつ削られていく。この世界での毒は、放って置いても直るとか、残りHP1で消えるなどといった親切仕様は存在しない。

放って置いたら死ぬ。そんな、限りなくシビアな現実なのだ。

もう一つの現実。

現実よりも現実。

それがこの世界なのだ。

どうする………ッ!

どうするッ………ッッ!?

沸騰しかけた頭を一瞬で冷やしたのは、腕の中のリータが放った囁き声だった。

「ねぇ、レン……君」

「なに!リータねーちゃんッ!ちょっと今考え事を――――」



「お姉さんを、さ。ちょっと殺してくれない?」 
 

 
後書き
なべさん「なんか久しぶり。始まったよ、そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「このまま業界から去るかと思っていたよ」
なべさん「うん……なんか意欲が沸かなくてさ」
レン「……と言いつつその本音は?」
なべさん「正月特有の食っちゃ寝病にかかってたZE☆」
レン「……………………」
なべさん「オウ、無言の圧力はよそうぜboy。おいちゃん肘の関節が臨界点ギリギリなのよミシミシ」
レン「このまま折ってやろうかしらギシギシ」
なべさん「は、はい、感想や自作キャラを送ってきて……ってギブギブ!折れる折れちゃ――――ッ!」
パキッ☆
――To be continued―― 
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