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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第一章  冒険者生活
  4.違和感の正体

「………………」

 俺は、(ようや)く遠目にだが視認出来るようになった《魔物の群れ》を見渡した。
 此処から見える限りでは、トカゲ、歩く植物、ネズミ、犬などの動植物型モンスター、そしてやはりと言うべきか剣技(ソードスキル)を扱う亜人型モンスターの《ロウアー・ゴブリン》も確認できた。割合は動植物型と亜人型で半々といった感じか。やはり亜人型が多いようだ。
 部隊構成も隊列も何も無く、ただ色々なモンスターが混じり、一塊となって近づいて来る。

 ――ここまでは予想通り、か。しかし……。

 目算だが、敵の数はNPCから聞いていた二百という数よりも少なく見える。百匹も居ない。七、八十匹といった所か。
 左側(こちら)の門にこれだけしか居ないというならば、逆の右側の門にモンスターが集中しているのだろうか。

「う、うわああああああ!!?」

 俺がそう思考していると、近くで叫び声が上がった。……この声は、確かネルソンと言ったか。
 視線だけを動かして周囲を見ると、この場に居る殆んどの者がその顔に恐怖を浮かべていた。

「キ、キリュウさん……っ」

 ルネリーとレイアが、心細さからか俺のコートの裾を両脇から掴む。

 ――(まず)いな……。

 普段ならば、その反応を仕方ないと思うだけだっただろう。何十という敵意、殺意が自分たちに向けられる事なんて、学校での虐めなんかの比ではない。常日頃から殺気や闘気に()てられている訳でもない者たちには、この反応は至極当然とも言っていい。
 しかし、それでは困る。流石にあれだけの数は俺一人では対処しきれない。この場に居る全員の協力が必要だ。

「…………」

 俺は一列に並んだプレイヤーたちの前方数メートルの、石橋に差し掛かる所まで歩いた。
 掴まったままだったルネリーとレイアは急に動いた俺に「……あっ」と驚いて手を離してしまったようだ。心の中で二人に謝罪をする。
 そして俺はフレンドリストを呼び出し、向こうのPTLであるクラウド、ジョーストの両名に同じ内容のメッセージを送った。

『敵視認。此方、亜人型、動植物型、比率一対一混成部隊。敵数百未満。其方ハ如何カ』

 出来るだけ完結にしたつもりだが、少し読みにくさを感じるか? いやしかし、打ち直している暇も無い。
 俺は左手に持っていた槍を両手で持ち直す。

 ――さて、まずは固まってしまっている者たちの意識を戻すか……。

 直立姿勢のまま、俺は重力に身を任せて前に倒れる。そして左足を前に出し、石橋を踏み砕く勢いでワザと大きな音を出しながら四股を踏んで腰を落とす。

「っ!?」

 その音に驚いたのか、プレイヤーたちの視線が自分に集まるのを感じた。

 ――さあ、場の雰囲気に呑まれていた者たちの意識を此方に向けることは出来た。後は、《あれ》に立ち向かえるだけの理由だ。

 無理不可能と思わせるな。可能と思わせろ。
 俺は仲間の士気を上げるため、口を開いた。


「…………予想よりも、敵の数が少ないな……」


 しかし、俺の口から出てきたのはそれだけだった。考えるのは簡単だが、俺のような口下手にとっては言葉にする方が難しいようだ。……むぅ。

「は? ……はあああ!?」

 俺の後ろから、呆れたような叫び声が聞こえる。……確かに。自分でも呆れるような台詞ではあったと思う。

「……よく見てみろ。モンスターの数は五十よりは多いかもしれないが、明らかに百も居ない。左右の門のどちらに来るかは解らなかったが、分散している可能性が高いな」

 だが後悔している時間も無い。モンスターたちは今も尚近づいて来ているのだ。

「……ん、じゃあ、クラウドたちが守ってる門の方に残りが行ったっつぅのか?」

 赤い長髪の男、リックさんが訊いてくる。俺は振り向かずに答えた。

「……それ含めて先ほどメッセージを送ったが……今、返信が来た」

 電子音が鳴り、メッセージが届いたことを知らせた。俺はすぐに開いて読む。

『こちらも同じだ。数も百匹はいないみたいだ』

 先ほどメッセージを送った一人、クラウドさんからの返信だった。ジョーストさんからの返信は未だ無い。

「……む、向こうにもどうやらモンスターが現れたようだが、どうもその数も百匹は居ないらしいな」

 言いながら『了解。健闘ヲ祈ル』と返信をした。

 ――しかし、どういうことだ? NPCから得られる情報の信用性は思ったほど高くは無いというのが最近の認識だが。……何処か違和感が残るな。

 モンスターたちとの距離を計算しながら、俺は答えが出そうで出ないような歯がゆい感覚を味わっていた。

「…………いや、今は目の前の事が優先だ」

 軽く首を振り、誰にも聞こえないほどの小さい声で呟いた後でモンスターを睨む。

「ルネリー! レイア! チマ! 来るぞっ……交戦準備!」
「!? ……ひゃ、ふぁいっ!」

 いきなり呼び掛けた俺の声に、舌を噛んだ様な返事が聞こえた。
 ――落ち着け。いつも通りやれば問題は無い。
 心の中で三人と自分に言う。俺は言葉は苦手だ。故に……行動で示そう。

「……お前たち、《作戦D》で行く」
「え? あ、了解ッス!」
「は、はいっ」
「わかりましたっ!」

 何とか返事をした、という様子の三人の声を確認して、俺はもうすぐ石橋に差しかかろうとしているモンスターの群れに向かって槍を脇に抱えるように持ちながら地を蹴った。


 ギー!   グオー!   ギャー!   ギャッ!  グルウ! 

    ギエー!   ガー!    キー!   グルワァ!


 以前森林の中で聞いた蝉の鳴き声の合唱よりも、数段耳障りな奇声が散弾のように俺の数メートル前から浴びせかかってくる。
 統一性の欠片も無く集団で此方に向かってくる魔物の群れは、まるで暗い濃混色の津波。少しでも気を抜けば、意識もろとも命まで呑みつくされてしまうだろう。

 ――集中しろ……! 師匠との稽古を思い出せっ!

 俺は敵に向かって走りながら、全意識を敵の動きのみに集中させる。
 多勢を相手にする場合、一匹一匹を一撃で確実に倒すことが重要となる。しかし、この《SAO》の世界ではそれは叶わない。いくら急所に当てようとHPが無くならない限り、敵は攻撃の手を止めないのだ。
 故に、まず狙うは敵の足だ。敵は隊列も何も無く固まって向かって来ている。通常の戦ならば、前列にいる者たちの足を止めれば、後続の者たちによる勢いで押され踏み潰され、前列を圧殺することが出来る。このSAOでどうなるかは解らないが、今はそれをやるしかない。
 俺は押し合うようにして石橋を入ろうとするモンスターたちの先頭にいる一匹のゴブリンに、槍の射程目一杯の刺突を放った。

「ハァ――ッ!!」「グェアッ」

 此方に向かってくる敵の勢い、そして敵に向かって走る俺の勢いで、相対速度により威力の増した槍の刺突がゴブリンの腹部に突き刺さる。更にそれがつっかえ棒の役割をなして先頭のゴブリンの勢いを相殺し、その場で急停止。なお向かってくるモンスターの前列にそこだけ凹みが出来た。だが後続のモンスターたちにより、そのゴブリンごと槍も押されてくる。
 俺は槍を引くと同時に一歩踏み込みながら体を捻り、槍の中腹にわき腹を当てて、そのまま速度を上げ槍諸共一回転。周りのモンスターたちの下段に向けて思い切り横に槍を薙ぐ。

 東雲流《弓風(ゆみかぜ)》。

 半径2メートル程の円を描いて、周囲のモンスターを巻き込みながら薙ぎ払った。
 足に攻撃を受けて前列にいた亜人型モンスターたちが転倒し、前列の勢いが一瞬だけ膠着する。

 ――どうなる……?

 普通ならば、後続に踏み潰されて転倒した前列の者は息絶える。……現実の戦(・・・・)ならば。
 しかし、やはりと言うべきか、そうはならなかった。
 転倒したモンスターたちは、《重い障害物》というように後続のモンスターたちに地面をズルように押されている。

 ――モンスターの同士討ちは無理……か。

 前列の膠着により全体の動きが緩やかになったが、それも数秒のことだろう。しかも、レベルが上がり威力も上がった俺の攻撃でも、薙ぎ払った敵には二割ほどしかダメージを与えられていない。
 だが一応《最初の目的》は達した。直ぐに俺は眼前で転倒状態になっている一匹のゴブリンの頭を踏みつけて――

「――はっ」

 モンスター蠢く集団の只中へと文字通り飛び出した。







 俺の能力(ビルド)構成は筋力値と敏捷力値では割合で言うと二対三の敏捷力優先に上げている。
 理由は、敏捷力値は反応速度にかなり影響して来るからだ。今のレベルではまだ、まるで水の中で動いているかのような抵抗感を感じる。この体が元々の俺の反応速度に適応していないからだ。攻撃が来ると解っていても、現実と同じ反応速度では体が付いて来れず、思ったように避けることも受けることも出来ない。
 レベルを上げれば敏捷力値も上がり、より速い反応も出来ると思うが、それは一朝一夕には出来ないことだ。一朝一夕で事を成すならば、必然的に初動を速く行うことで速度を補う方法が効果的である。 しかし、それには敵の動きを正確に予測しなければ、逆に窮地に陥りかねない。
 だが此処で、俺の十五年間の鍛錬の成果がその効力を発揮する。
 初見ならまだしも、既に幾度か見た敵の動きを読むことなど、俺には容易い。それが格下ならば尚の事。幾匹居ようが避け続けるだけなら何ら問題は無い。








 俺はモンスターたちの頭を踏みつけながら群れの上を飛び、移動し続けた。
 敵の真っ只中にいる形ではあるが、今の身体能力で出せる全力の速度を持ってして跳躍移動をし続けることで背後からの攻撃は無視、視界範囲の敵にだけ注意を向けられる状態にする。手首で回転させた槍を振り回し、視界に映るモンスターの武器や頭を弾いていく。
 それは、たった一つ判断を誤れば即死が待っている状況。モンスターの頭間を跳躍したときに足を踏み外しでもすれば、群れの只中に滑り落ち、回避不可能な四方八方からの攻撃を死ぬまで受けるだろう。
 しかし、この状況――誰よりも速く先手を取り、多くのモンスターに攻撃を入れ、モンスターたちが《俺だけ》を意識するような状況が、この大規模戦闘を攻略する鍵となる。







 この世界では、モンスターたちの敵愾心を数値化して計算できるという。
 つまり、此方の行動次第で任意にモンスターの標的を変えることも出来るということだ。
 モンスターの敵愾心(ヘイト)を特定のプレイヤーに対して増加させる方法は色々ある。最初に認識したプレイヤー、一番近くにいるプレイヤー、一番多くダメージを与えたプレイヤー、継続的にダメージを与えているプレイヤー、大声を出したプレイヤー、等々。
 俺がモンスターのヘイトを自分自身に対して増加させる為に取った行動は、一番最初に攻撃を入れるというものだ。
 固まっているため満足に動けないモンスターたちの頭上を、適度に攻撃しながら移動し続けることで、モンスターの意識を俺自身(こちら)に一定期間引きつける。
 そうすることにより、《あの三人》の攻撃力が活きてくるのだ。

 先ほど三人に言い放った《作戦D》というもの。
 これは、四人で定めた幾つかの戦法の内、対集団戦の為の作戦だ。
 言葉にすれば至極単純。俺が囮になり、敵の意識が俺に向いている内に三人が一匹ずつ確実に仕留める。
 俺はソードスキルを苦手としているので攻撃力に難がある。しかし、敵の動きを読むことに優れ、回避や受け流しを得意としている。
 逆にルネリー、レイア、チマの三人はまだ正確に敵の動きを読むことは出来ないが、ソードスキルを使った連携により、三人一緒ならば、かなりの攻撃力、殲滅力を持っている。

「ヤ―――ッ!」

 複数のスポーツを経験したというルネリーは、敵の急所を突くことに長けている。論理的ではなく感覚で相手の急所を感じ、絶妙なタイミングでソードスキルを当てるというのは、もはや才能と言ってもいい。
 得意だという片手剣基本技《スラント》の袈裟懸けの軌跡が、俺に意識を向けているモンスターの急所に吸い込まれる。

「……ハッ!」

 レイアは、双子であるルネリーの動きを完璧に把握している。ルネリーがソードスキルを放ったことによる技後硬直に陥るその瞬間を察知し、ルネリーの右側から回り出て、ソードスキルによる一撃を受けて硬直している敵に向かって片手剣基本技《ホリゾンタル》の真横に振り抜く一閃を放つ。普段からルネリーを気に掛けて、その行動をよく見ているレイアだからこそ、本能で動くルネリーの攻撃にタイミング良く追撃していける。

「てぇりゃ――ッ!」

 チマは、ルネリーとは違う意味で勘が良い。自称ビビリだというチマは、攻撃するべき時とそうでないタイミングが感覚で解っている。レイアの攻撃の後に自分が攻撃しても大丈夫かどうかを無意識に判断して追撃している。
 命の掛かっている戦闘において、引き際というのは最も大事なことだ。通常、素人はそこで見誤る場合が多いが、チマは天性の勘で攻撃の成否を読み取り、ルネリーの左側から飛び出て、得意の剣技《バーチカル》を放つ。更に、引くときも攻めるときも、そうと決めたら思い切りが良いというのもチマの長所だろう。

 剣技(ソードスキル)には強制技後硬直時間というものがある。敵がソードスキルを使ったときに俺がそこを突いたように、この硬直時間は自分たちにとっても大きい弱点になりえる。故にその硬直時間を埋める為に、ルネリー、レイア、チマの三人でのソードスキルの同時攻撃ではなく、連続攻撃を行うことで、互いの弱点を補い合う方法をとった。これは、かの歴史的偉人である織田信長公の鉄砲部隊が使った戦法《三段撃ち》から考えを得たものだ。

 意識が俺に向いている格下の敵。硬直時間という隙間を埋めた三人のソードスキルの連撃。それは正に三閃必殺と言えた。

 敵の反撃を受けることもなく、三人交互にソードスキルを放つことで、隙間無く、且つ何連続もソードスキルを放つ三人。
 ルネリーの《スラント》、レイアの《ホリゾンタル》、チマの《バーチカル》、またルネリー、レイア、チマ……。
 幼馴染だという三人故の息の合った連携。
 確実に一匹一匹を秒殺する三人。このままなら、恐らく一時間も掛からずに倒しきることは可能だろう。
 問題は、それまで俺がたった一人で、数十匹にもなるモンスターたちの攻撃を避け、受け流し、その上で最後までモンスターの注意を引くことが出来るかということだ。

 ――いや、出来るか……ではない。やらなければならない。

 敵の頭を踏みつけて飛び、敵の隙間を走りぬけ、すれ違い様に擦るような攻撃を放ち敵愾心(ヘイト)を稼ぐ。離れすぎてはいけない。万遍なく、出来る限り全ての敵に注意を奪う一撃を。敵の攻撃を避けながらもギリギリ攻撃が届くか届かないかの所を動き回る。
 綱渡りの様な攻防。時折敵の攻撃が体を掠り、僅かにHPが減る。

「…………」

 死と隣り合わせなこの状況。しかし、何故か俺の口端は微かに吊り上がっていた。








 それからどの位経ったのか。現在では、モンスターの数は既に二十匹程度にまで減っていた。
息苦しさは感じないが、集中力の酷使し過ぎで時折眩暈の様なものも感じる。体感では数時間も戦っているような気もした。

 ――俺のHPの残量は約四割か。……このまま気を抜かなければ問題無く終わらせることが出来るな。

 油断はしない。そうは思ったが、しかし余裕が出来たことも事実だ。
 見る限りメンバー全員にも余裕が現れて来ている。リックさんのPTも誰一人欠けることなく、今は数匹のモンスターと対峙していた。

「…………!」

 余所見をしている間に四匹のモンスターに囲まれ、同時に攻撃を放たれた。しかし俺は冷静にその内の一匹に突進突きを放って包囲から脱出する。
 敵の数が減ったことで、モンスターの頭を踏みつけての頭上跳躍移動は出来なくなったが、同時に隙間も多く出来たので回避はしやすくなった。

「……」

敵の対処に余裕が出来たからか、ふと頭の中にあることが甦って来た。それは、作戦会議中に感じた違和感だった。

 ――少し、整理するか……。

 こちらに向かってくる三匹の亜人の足を薙ぎながら、俺は違和感の正体を探るべく、今回の出来事について最初から思い浮かべた。






 昨日、俺たちは森でNPCの少女と遇い、その少女の案内で村まで向かった。その途中で亜人型モンスター《ロウアー・ゴブリン》と戦闘し、その後森側の門から村に入った。更に俺たちが村に来た翌日、リックPT、クラウドPT、ジョーストPTが、森側の門の正反対の位置にある川側の門から時間差で入ってきた。
 そして、それぞれの理由――クエストを受けたり、情報を聞いたり――で村長宅へ訪問。しかし、それは《大規模戦闘(レイド)クエスト》開始のフラグだった。
 クエスト内容は、二百匹ものモンスターの群れから村を守ること。しかし、難易度が高いと言われる《大規模戦闘(レイド)クエスト》の割には、襲ってくるモンスターの数が少な過ぎるという指摘が入った。皆で話し合う内に、俺が森で戦った本来この周辺には居ない筈の《ロウアー・ゴブリン》が怪しいということになり、その対処方法を話した。
 襲ってくる魔物の群れは、二つある川側の門のどちらか、または両方を襲撃するだろうとの村長たちの言葉通り、その両方にモンスターの群れは現れた。そして予想通りに、魔物の群れの半数がソードスキルを使う亜人型のモンスターだった。

 ――む、何だ……?

 俺へのヘイトが弱まり、標的をルネリーたちに変更したモンスターに再び攻撃をして、俺を意識させる。

 ――何故、俺はこんなにも違和感を感じている……っ。

「ギギー!」

 目の前にロウアーゴブリンが迫ってきた。

「……っ!」

 そのゴブリンが俺に向かってソードスキルを放とうとする姿が、昨日森で戦ったゴブリンと重なったとき――――俺の頭に一つの疑問が思い浮かんだ。

 ――そう、だ。何故……何故あのロウアー・ゴブリンは《あの場所》に居たんだ……?

 今までの戦闘で既に体に染み付いた、ロウアー・ゴブリンが放つソードスキルの対処方法を無意識に実戦し、すぐさま足に向かって突きを放つ。

「グギッ!?」

 初動の形を崩してソードスキルの発動を止める。突き出した槍を引きながら、逆に石突を前に出すように横に振るってゴブリンの頬を横から打ち抜く。

 ――難易度の高いレイドという話だ。故に普段はこの周辺に居ない亜人型が出てくるというのは解るし、その亜人型が出てくるというヒントとして一匹だけ通常フィールドに居たというのも解る。

 だがそれなら、何故――――《森側》に居たのか?
 最初に俺がロウアーゴブリンと戦ったのは、森→村→川→山と並んでいる地理上の《森》だ。しかし、モンスターの群れを最初に発見した場所は、村と川を挟んだ向こう側の《山》だという。普通に考えて、モンスターの群れの出発地点が《山》だとしたら、クエスト前のヒントとして一匹だけ居るのだとしたら、山側に出すのではないのだろうか?
 だが実際には、正反対の位置の《森》に居た。……それは、何故なんだ?

 そして更に疑問なのがモンスターの数だ。NPCの報告では二百匹だったのが、川側の左右の門に襲ってきたモンスターの数はどちらも百匹も居ないという。残りは一体何処に行ってしまったのか……

「…………っ!?」

 突如、悪寒とも言える《ある予感》が俺を襲った。
 襲ってくる方向とは真逆に居た、普段は居ない筈のモンスター。
 そして、最初に聞いた二百匹という数に満たないモンスターの数。
 そこから導かれる答えは――

「…………まさか、斥候……か?」

 最初に遭遇した亜人。あれがモンスターたちの《斥候》の役割を担っていたんだとすれば……。川側ではなく、《森側からの襲撃》の為の斥候だったとすれば、あの場所に居た説明もつく。

 ――いや、しかしっ。

 森に居た亜人は俺自身が排除した。斥候なのだったとしたら、報告に戻らない斥候が行った場所からなど襲撃はしないだろう。
 それに、NPCも川側からの襲撃のことしか言っていなかった。群れを目撃された場所から森側の門までは、川を越えて回り込む必要がある。普通ならば……そう、現実(ふつう)ならば《それ》は有り得ない。

「…………くっ」

 しかし、有り得ないと思ってはいても嫌な予感は消えない。寧ろ次第に大きくなっていく。
 俺は周囲を確認した。既にモンスターは十数匹まで減っていた。

 ――これならば、もう俺が居なくても大丈夫だろう……っ。

 俺はソードスキルを放っている三人に聞こえるように大声で言った。

「ルネリー! レイア! チマ! 此処は任せる! 俺は森側の門に行く!」

 言いながら三人の横を走り抜ける。

「へ? ……ええっ!?」
「え……っ、どういうことですか?」
「ちょっ!? な、何なんスかーっ!?」

 ドップラー効果のように三人の疑問の叫び声が小さくなる。

 ――済まない。説明している暇は無い。この予感が間違いであってくれれば後でいくらでも謝る!

 胸中で三人に謝りながら、俺は今現在出せる最高の速度を持ってモンスターたちを振り切り、大通りを走って森側の門へと向かった。




  ◆




 ――ど、どうして……?

 モンスターの数が十五匹を切り、あと少しで全部倒しきるといった所で、いきなりキリュウさんが「森側の門に行く」と言って、言葉通りの方向へ走って行ってしまいました。
 私は視線を、視界の左端へ動かしてPTメンバーのHPを見ました。
 ルネリーを初めとした私たち三人のHPは、キリュウさんがずっとタゲを取ってくれていたので、八割方残っていました。でもキリュウさんのHPは既に四割を切って三割近くまで減っています。

 ――もしかして、HPを回復させる為に戦線を引いたの……?

 ですが、ずっとPTメンバーのHPの残量は確認していましたけど、キリュウさんのHPは敵が減るにつれてHPが減る量も減っていました。敵が二十匹を切った辺りからは殆んどHPも減っていなかったし、なによりキリュウさんのHPが五割を切ったときに「一旦後退してHPを回復して下さい」と言ったけど、「この戦いが終わるまでは大丈夫だ」と言って臆しもせずに戦闘を続けていました。
 そんなキリュウさんが、もうすぐ倒し切るというタイミングで戦場を離れるでしょうか?
 これまで一緒に居た私には――いえ、私たちには考えられないことでした。

「おいっ、アイツはどうした!? 何処行ったっつぅんだっ!?」

 リックさんの少し困惑したような怒鳴り声が聞こえました。
 キリュウさんが居なくなったことで、モンスター七匹を同時に相手をするようになったリックさんのPT。いきなり対処する敵が増えたことに戸惑っているようですが、元々格下のモンスターたちなので今のところは大丈夫そうでした。

「も、もしかして、逃げたんじゃ……」

 リックさんのPTの一人がぽつりと呟いたのが耳に入りました。
 その言葉に、私は何時に無くカッとしてしまい、つい叫んでしまいました。

「――っ、キリュウさんは逃げたりなんてこと絶対にしませんっ!!」
「う……」

 その人を睨む私、そんな私を戸惑うように見てくるその人。辺りに一瞬だけ気まずいような雰囲気が漂いました。
 こんなに大きな声を出したのは――しかも、奈緒や佳奈美以外の人のことで――初めてで、私自身内心はビックリしていました。

「レイア! 敵っ!」
「……え?」

 突然のネリーの声に我に帰ったた私の目の前で、キリュウさんからタゲを外した亜人型モンスターの一匹がソードスキルのモーションに入っていました。

 ――しまっ……!?

 今からではソードスキルを妨げることも避けることも出来ない。私は剣をソードスキルの予測軌道に置いて、被害を減らすことを優先しました。

「やあああ!!」
「えりゃ――ッ!!」

 身構えた私に敵の攻撃が当たる寸前、モンスターの左右からネリーとチマのソードスキルが炸裂し、敵はバリィィンと音を立てて砕け散りました。

「あ……二人とも、ありが――」
「レイア! ぼーっとするのは後! 今は敵を倒すことだけ考えるよっ」
「そうッスよ! キリュウさんは《此処は任せる》って言ったんスよ!?」
「……あ」

 二人は、私が言おうとした言葉を遮って、怒鳴ってきました。

 ――そう……。確かにそうだった。

 キリュウさんは、私たちに《此処は任せる》と言いました。つまり、あとは《私たちだけで対処出来る》と、そう思ったのではないのでしょうか。

「……だとしたら」

 だとしたら、それに応えるのが今まで鍛えてきて貰ったことに対する礼儀なのではないか……と、そう思いました。
 そうして結論を得た私は再び剣を構えて、今の自分に出来る事であるルネリーたちのフォローに走りました。




  ◆




「んく、んく、んく……はぁ」

 俺は森側の門へと続く大通りを走りながら、腰のポーチから取り出した《回復ポーション》を一気に飲み干した。俺たちが戦っていた川側の門から森側の門へは、距離にして二百メートルほどだ。時間にすれば直に着く。しかし逆を言えばHPを回復させる時間が無いということでもある。
 空になったポーションの瓶を投げ捨て、Y字路の通りを下に曲がりながら俺は己のHP残量を見た。

 ――三割と少し……という所か。

 もし予感が当たったときにの為に、せめて五割は回復しておいて欲しいが……この様子では望み薄そうだ。
 亀の歩みの如くゆっくりと回復していくHPにもどかしさを感じながら、今度は武器の耐久値を見る。

 ――此方も三割程度か……。

 心許ない数値ではあるが胸騒ぎは尚も続行中だ。寄り道する時間など無いという思いに駆られる。

「……ただの俺の思い違いであってくれれば……――――っ、やはりそうも行かないか」

 視界の正面、約四十メートル先に構える木製のアーチ型(ゲート)。その門の更に先の森、木々が鬱蒼と生い茂り、その奥が深遠になっているかのような暗闇から――――《亜人型のモンスター》たちが次々と飛び出して来ていた。
 予想が当たって、こんなにも嬉しくないのも初めてかもしれない。

 ――ギリギリだが、間に合った……かっ。

「ハアッ!!」

 俺は走る勢いそのままに、門の内側に入ろうとする五匹のゴブリンたちを、低い軌道の《弓風》で足を薙いで転倒させ、門の前に陣取った。そして《弓風》の範囲外にいた三匹のゴブリンに一度ずつ突きを放つことで敵愾心を煽り、全てのゴブリンに俺を標的と認識させた。

 ――亜人型八匹か……。これなら余裕だ。川側の門(あちら)も、もう大丈夫だろう。十数匹程度、今の三人(あいつら)の敵ではない。問題はクラウドさんたちが守っている門がどうなっているかだな……。

 だがルネリーたちの所の戦闘が終われば、クラウドさんの所にも応援を向かわせることが出来る。

「……あとは、此処を何とかすれば…………っ!?」

 僅かに見えた光明につい安堵交じりの声を出すが、それを否定するかのように森の奥の暗闇から次々とゴブリンたちが湧いてきた。……その数、目算で約四十匹。

「…………っ。此処が、正念場か……!」

 俺は覚悟を決めると、槍を構え直した。

 ――俺一人で四十匹……か。

 此処にはルネリーたちも居ないし、援軍も何時になるか正確には解らない。
 唯一の救いは、敵が全て亜人型モンスターしか居ないということだろうか。動物や植物型よりは動きが読みやすいし、単一種類しか居ないので、対処をモンスター毎に変えるということをしなくて済む。

 ……だが、怖くない、と言えば嘘になるだろう。四十匹も居る敵の全てが、ソードスキルを使う強力な攻撃力を持つ亜人型ばかりなのだ。武器の耐久値も心許ないし、なにより俺のHPは現在四割と少しまでは回復したが、逆に言ってしまえばそれだけしか回復していない。つまり、二回、もしくは三回もまともにソードスキルを食らえば……。

「…………いや、どうと言う事は無い」

 しかし俺は首を振って、最悪の事態を否定する。

 ――そうだ。どうと言う事の程は無い。

 あのときの――あの《何もすることの出来ない恐怖》に比べれば、今の状況は最悪には到底程遠い。手も動くし、足も動く。思考末の結論を行動することが出来る。俺は……戦えるっ。
 敵を見ろ。視界に映る全ての情報を整理、有効活用しろ。
 動きを読め。敵集団全体の流れを感じ取れ。
 体を動かせ。一つ所に(とど)まるな。
 祖父との稽古に明け暮れた己の十五年を、信じろっ!!

「さあ…………思考しろっ!!」

 ――生き残る為に。

 俺は己を叱咤し、亜人の群れに向かっていった。




  ◆




「……くっ、はぁぁっ。よぅやっと終わったか……」

 キリュウさんが居なくなった数分後、ネリーが最後の一体にトドメを刺し、モンスターが全て倒されたのを確認した後、リックさんが溜息と共に言いました。数十匹と居たモンスターの大群が光に消えた石橋の上は、まるで最初から何も無かったかのように戦闘の痕跡が見当たりませんでした。しかしそんな石橋の上では、私たち全員が疲労困憊といった様子で、膝に両手を付いたり、武器を支えにして立っていたり、地面に座りこむ人も居ました。

 ふとネリー、チマの二人と目が合い、お疲れ様と言おうとしたとき、三人同時に目を見開いて声を張り上げました。

「キリュウさんっ!」

 突然居なくなったキリュウさん。確か森側の門に行くとか言っていましたけど……。
 私は《エウリア村》のマップウインドウを呼び出し、キリュウさんの位置を確認しようとしました。

「あっ! キリュウさん戦ってるみたいっ、HPがちょっとずつだけど減ってるよ!?」

 視界左端に表示されているPTメンバーのHPを見たのか、ネリーが声を上げました。
 そして、マップを見ると確かにキリュウさんは森側の門に居ました。

「と、取り合えず、キリュウさんと合流しましょうっ」
「う、うんっ」
「そうッスねっ!」

 一体何がどうなっているのか。疑問は尽きませんが、キリュウさんが戦っているのなら、私たちも此処で休んでいるわけにはいきません。私たちは駆け出しました。

「お、おいっ! お前ら何処行くんだよっ!?」

 走り出してすぐ、後ろからリックさんの声が聞こえました。じれったい気持ちを押し込めて、足を止めてリックさんに言いました。

「あ、えと……ま、まだ戦いは終わってないみたいですっ。私たちは森側の門で戦ってるらしいキリュウさんの所へ行きます。リックさんたちは……出来ればクラウドさんたちの所へ応援に向かって下さい。お願いします!」
「お願いしますっ」
「しますッス!」
「え、あっ、おい!?」

 私たちは頭を下げながら早口でそう告げると、(きびす)を返して再び駆け出しました。リックさんの声を無視するような形になってしまったことに心の中ですみませんと唱え、疲れた体に鞭打って足を動かしました。
 横目でキリュウさんのHPを見ると、今は二割と少し……随分減っていました。二人も同じように確認しているのか、厳しい顔つきのまま黙ったまま走っています。

「二人ともっ、今のうちにポーションを……!」

 皮肉なことですが、二人の切迫した顔を見ていると、反対に私は落ち着くことが出来ました。
 今の私達のHPは約七割。キリュウさんが何匹の敵と戦っているのかは解りませんが、キリュウさんのHPを回復させる時間を、私達で稼がなくてはいけません。

 ――焦らずに、自分に出来ることをひとつひとつ確実に……っ。

 私の言葉を聞いて、ネリーたちは思い出したように回復ポーションをポーチから出し、三人で走りながら呷ります。美味しくはありませんが、自分の命の為に一気に飲み干しました。
 Y字路の大通りを森側の道に曲がると、正面に小さく門が見えてきます。

「はあっ、はあっ、もうっ、ちょっ、と……っ」

 ネリーが走りながら呟きました。……きっと無意識に。
 三人がずっと見ているキリュウさんのHP。もうすぐ二割を切ります。

 ――待って、待ってっ、待って……!!

 次第に減っていくキリュウさんのHPバーに、届くわけもない願いを心の中で叫びます。

「あっ、いたっ!」 

 ネリーの声に前を見ると、確かにキリュウさんは居ました。先ほどは私たちも戦っていたのであまり意識できませんでしたが、数十匹ものモンスターたちに、単身で渡り合っているよう見えるその姿は、思わず息を呑むほどの光景でした。
 最初の情報とは違うこの場所で、何故キリュウさんが戦っているのかは今は置いておいて、剣を抜いてキリュウさんのもとへ三人とも急ぎました。

「キリュウさんっ!!」

 キリュウさんとの距離が20メートルほどにまで来たとき、私はつい大きな声でキリュウさんに呼びかけていました。

「……っ」

 私の声に反応して視線を此方に向けるキリュウさん。一瞬だけ私と目が合った次の瞬間、弾かれたようにキリュウさんは敵の方に向き直り、槍を盾にするように体の前に掲げました。
 そして――――

「え……」

 勢いよく《何か》が槍に当たり、バキバキと軋む音がしたかと思うと、槍の真ん中が砕け散り――真っ二つに、折れてしまいました。

 ――キリュウさんの、武器が……壊れ、た?

 武器の無い状態。周りにはまだ数十匹のモンスター。そこから待っているのは、確実な……《死》。

「……だ、め」

 槍が壊れた瞬間、私の中の《何か》も弾け飛びました。

「だめェ――――ッ!!」

 私は正に形振り構わず、キリュウさんに向けて攻撃モーションを取っているモンスターに飛び掛りました。

 
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