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大往生

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第五章


第五章

「死に方をな。ずっと考えておったのじゃよ」
「ずっと考えていたって死に方を?」
「何でそんなことを考えていたんだよ」
「死に方といっても色々あるじゃろ」
 こう皆に返したのだった。
「生き方もあれば死に方もな」
「まあそう言えばそうだけれど」
「お父さんらしくないわね」
「わしらしくないか」
 子供達のその言葉にはついつい笑ってしまったのだった。
「ははは、そうかもな」
「そうかもなって」
「自分で言ってどうするんだよ」
「まあそう言うな。考えておったんじゃからな」
「まあそれはいいとして」
「そんなの考えていたんだ」
「うむ。そうじゃ」
 自分で言ってみせたのだった。
「それが今わかったのじゃよ」
「わかったって?死に方が?」
「うむ。最高の死に方はこれじゃ」
 また言う朋英だった。
「これなのじゃよ」
「っていうと今が?」
「そうなんだ」
「そうじゃよ。わしは今こうして死のうとしている」
 このことはもう疑いようがなかった。最早それは何があっても避けられない状況だった。
「それでわかったのじゃよ」
「最高の死に方が?」
「死ぬ時になって?」
「そうじゃ。皆に囲まれてのう」
 床の中で至高の笑みになっていた。
「思う存分長生きして色々と楽しい思いをしたうえでな。それこそが最高の死に方じゃよ」
「そういうものなんだ」
「死に方も色々なんだ」
「そうなのじゃよ。さて」
 また至福の笑みと共に述べた言葉だった。
「後はじゃ。皆で仲良くな」
「お父さんもね」
「お婆ちゃんと一緒に」
「ずっとね」
 子供達も孫達も曾孫達も口々に朋英だけでなく彼の妻、皆にとっては母であり祖母であり曾祖母であるその彼女にも声をかけたのだった。
「楽しくやってね」
「あっちの世界でもね」
「人は絶対に死ぬ」
 朋英はまた言ったのだった。
「けれど最高の死に方ができると」
「できると?」
「それだけで人生は最高のものになるのじゃよ」
 これが彼の最後の言葉だった。そうして数日後彼は女房と共にその長く幸福な生涯を終えた。死んだ時の表情もこれまた実に満ち足りたものだったという。これこそまさに大往生と言うべきであろう。


大往生   完


                   2009・1・3
 
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