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大往生

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第一章


第一章

                    大往生
 どんな死に方がいいか。不意にそんな話になった。
 気の合う仲間同士で鍋と酒を楽しみつつ。そんな話になっているのだった。
「どんな死に方がいいか?」
「どんななあ」
「ああ。どんなのがいい?」
 その中の一人、桃井朋英が仲間達に対して問うのであった。問いながら鍋の豚肉を箸で取っている。
「死に方はな」
「そう言われてもなあ」
「どうしたものかな」
「死に方っていっても色々だからな」
「まあいい死に方はあるよな」
 自然と死に方自体の話になっていった。
「自殺はまあ。状況次第だけでれどどうもな」
「ああ。それはやっぱりな」
 それはここにいる誰もが引くものだった。
「嫌だよな、どうしようもないっていうかな」
「避けたいよな」
「そうか。自殺は駄目だよな」
 朋英は皆の話を聞いて納得したように頷いた。
「自殺したら天国に行けないっていうしな」
「それキリスト教だったよな」
「俺達キリスト教徒じゃないけれどな」
 死と宗教は切っても切れない関係にある。だから宗教の話に及ぶのも当然だった。
「まあそれでも。自殺っていうのはな」
「いいものじゃないよな」
 こう結論付けられるのだった。とりあえず自殺は駄目ということになった。
 そしてそのうえでであった。彼等はさらに話すのだった。
「事故死とかはあれだよな」
「死体がぐしゃぐしゃっていうのはな」
「嫌だよな」
 事故死についても皆首を捻るのだった。
「死体がめちゃくちゃになってな」
「火事で黒焦げになっていたりあちこち食われたり切れていたりとかな」
「嫌だよな」
 そんな話になるのだった。
「そういうのもな」
「御免被りたいよな」
「事故死も駄目か」
 朋英は話を聞いてそれも駄目だということにしたのだった。
「それも」
「自殺だって首吊ったらえげつねえぜ?」
 一旦自殺の話にもなった。
「電車にしろな。毒飲むのも相当苦しいやつが多いしな」
「まあどっちにしろ自殺は駄目だって」
 あらためて自殺は否定された。皆の中で。
「それはやっぱり駄目だ」
「で、事故死もか」
「運とかも関係あるけれどな。それでも」
「それも嫌だよ」
 また事故死が否定された。とにかく自殺と事故死は駄目だということになった。そして話はさらに進められるのだった。それと一緒に食事と酒も進むのがおかしいといえばおかしい。
「何かいい死に方って考えてみれば」
「結構少なくないか?」
「病気はどうだよ」
 一番オーソドックスと考えられるものが出た。
「それはよ」
「病気か?」
「そう、それだよ」
「どうだ?」
「病気っていっても色々だぜ」
 その病気に対してさらに細かい話になるのだった。
「癌は辛いぜ」
「昔だったら梅毒とか結核とかえげつないだろ」
「ああ、ああいう病気って相当えげつなかったらしいな」
「今だとエボラか?」
 話題の伝染病の話にもなった。
「ああした病気にかかって死ぬのはな。やっぱりな」
「勘弁して欲しいよな」
「苦しみ抜いて死ぬ病気はな」
「それはな。俺だってそうだしな」
 朋英は皆の話を聞いてあらためて言った。
「そうした死に方はな。苦しまず、奇麗に死にたいよな」
「それで他人様に迷惑かけずにな」
「そういう死に方がいいよな」
 そういう話になっていく。とにかく苦しまずに死体も奇麗であってしかも誰にも迷惑はかけない、そういう死に方がいいのだと言うのだった。
「だからな。いい死に方っていうのはな」
「本当に少ないよな」
 皆箸を止めて腕を組んで考える顔になったのだった。
「何があるんだ?本当に」
「いい死に方って」
「俺、死ぬのなら苦しまずに死にたいな」
 朋英はここではじめて自分の考えを口にしてきた。
 
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