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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第一章  冒険者生活
  1.林檎と少女

 
前書き
第一章スタートです。 

 
「ふんふ~ん、ふっふふ~ん、ふふふふ~ん♪」

 早朝特有の少し冷たい、だけど清々しい空気の中、あたしたちは街道をゆっくりと歩いていた。
 ただ土を(なら)して整備しただけの三車線くらいもある大きな街道。
 街道の両脇には、この世界に来るまで見たこともなかったほどの緑一色の草原がある。
 よくよく目を凝らして見ると、なんと小さな虫たちまでいた。あたしは何とも無いんだけど、レイアとチマは「何も仮想世界にまで虫を作らなくても……」とガックリしていた。
 まあそれは置いておいても、風で靡いて変わる草原の模様なんかも、かなり良い感じだった。
 まだ時間も早いせいか、それとも《はじまりの街》から離れる人があまり居ないせいか、わたしたち以外に街道を歩いている人は居ない。

「機嫌良いッスね~、ネリー」

 わたしの隣を歩くチマが苦笑しながら話しかけて来た。
 初期装備である白いシャツと灰色のベスト、ベージュ色のスカートは今も変わらない。でもその上に、革製の胸鎧(レザーブレスト)と、同じく革製(レザー)ブーツ、腰には大きめのポーチとスモールソードの剣帯を付けた、如何にも冒険者って感じの出で立ちになっている。

「うんっ。だってさ、何かこう……これから、あたしたちの冒険が始まるんだー! って感じしない?」
「もうっ……街を出てからずっとそうなんだから。途中で疲れても知らないよ?」

 あたしの言葉に、毎度お馴染みとなったレイアのツッコミが入いる。
 少し後ろを歩くレイアをあたしは見た。レイアの装備もあたしやチマと殆ど一緒だ。違いと言ったら、あたしの胸鎧(ブレスト)だけは何かの金属製だってことと、あたしの背中には木と革で出来た円型盾(バックラー)があるってことくらいだ。

「えへへへ~。だいじょぶダイジョブ!」

 レイアの後ろには、既に親指くらいの大きさになったはじまりの街が見えた。
 それを見ると、ああ冒険に出たんだ~って思いがまた湧き上がってきて、こう、なんか動き回りたくなる。


「……敵影確認。二時方向。数一(かずいち)

 不意に、先頭を歩くキリュウさんが声を上げた。
 キリュウさんの格好は、初期装備の上に青いレザージャケットを着て、背中で槍を専用のベルトみたいなもので若干斜めに固定している。槍を横向きに固定すると小回りが利かないし、縦向きだと走るときに足に当たるから、走るときに邪魔にならない程度の斜め上向きに固定するのに苦労していたのを覚えている。
 おとと、そんなことを考えてる場合じゃないね。モンスターが現れたー、です。
 うーん、あたし達が話してる間でも気を配ってくれてるってスゴイよね。

「はい! あたしが行っきまーす!」

 とにかく動きたかったあたしは、背中から円型盾(バックラー)を、腰からスモールソードを抜いてキリュウさんの指し示した方向に走り出した。

「……レイア。一応付いて行ってくれ」
「あ、はいっ」

 後ろから、キリュウさんがレイアにあたしの援護をしろとの指示をしているのが聞こえる。
 この辺りのモンスターならあたし一人で余裕だとは思うけど、油断大敵といつもキリュウさんに言われているから別にそれに文句は無い。
 でも、レイアが来る前に倒しちゃっても大丈夫……だよね。





 ――あ、モンスター視認っ!

 キリュウさんから20メートル程の場所。背が高めの草むらを抜けた先に、一匹の大きな犬が居た。
 ズングリした茶色の毛、大きな爪、光の無い眼、むき出しの黄色い犬歯に垂れ流しの涎。
 ……結構な犬好きだと自負しているあたしだけど、あれはイヤだなぁ。

「はぁぁ……《識別》スキル、発動っ」

 初めて見るモンスターだったので、あたしはその犬から少し離れた草むらの影から、モンスターの情報を得る為に識別スキルを発動させる。別に声を出さなくてもいいのだけど、そこは気分の問題だ。
 頭の中で「シュピーン!」と効果音を出しながら、あたしはその犬を凝視した。

 『モンスター名《ストレイ・ハウンド》:レベル2 HP308 攻撃的(アクティブ)モンスター』

 大型犬そのまんまなモンスターの頭上のカーソルがある場所に、簡単な情報が付け足される。
 まだまだあたしは《識別》スキルの熟練度が低いため、この程度しか情報が出ない。

「ストレイ・ハウンド……か」
「――直訳すると《はぐれた猟犬》。……この場合はそのまま《野犬》って感じかな?」

 あたしがモンスターを観察していると、レイアが来てしまった。……いやまあ、来て欲しくなかった訳じゃないんだけどね。

「レベルも低いし、楽勝だよねっ」
「……でも、爪や牙には気を付けないと。変な特殊効果がある場合もあるってキリュウさんも言ってたでしょ?」

 おとと、そうだった。
 キリュウさんは、準備期間中に街の図書館で調べたモンスターのことなんかを、あたしたちに丁寧に教えてくれた。その中で、この世界(ゲーム)で出てくるモンスターは低レベルの奴でも毒や麻痺、金属腐食などの特殊能力を持っている奴もいるので、色々と注意が必要だということを聞いたことがあった。そして、そういう特殊能力を持っているモンスターは、大抵がその外見から予測できるとも言っていた。例えば、蛇型モンスターは牙に毒を持っている場合が多いし、口の様な器官の有る植物型モンスターは腐食液や溶解液をそこから吐き出す場合も有るらしい。

 ようするに、らしいモンスターにはらしい特殊効果があるんだと、あたしは認識した。
 そうすると、目の前の《ストレイ・ハウンド》にそれを当てはめて見れば、レイアの言うとおり、あの汚い爪と黄ばんだ牙に何か有りそうだなと予測できる。もし他に特殊な攻撃があるんだとしても、あの外見を見る限り口から何かを吐く? ぐらいしか思いつかない。

「……んー、よし。考察完了! あたしから行くね!」

 身を隠してくれていた草むらから飛び出たあたしは、円型盾を前に掲げながら駆け出した。
 後ろから「まだ返事してないよぅっ」という声が聞こえる。
 心の中で苦笑しながらゴメンと言って、あたしは走りながらその犬の動作を見る。
 攻撃的(アクティブ)モンスターだけあって、草むらからあたしが飛び出した瞬間にはこちらに気付いていたようだ。
 犬が、荒い息と共に涎を撒き散らしながら走ってくる。
 一週間前のあたしだったらこんな光景にはすぐにビビッていただろうけど、六日間のキリュウさんとの訓練を積んだあたしには――あの近づくだけでもおぞましい巨大イモムシを一人で倒すことが出来たあたしには、寧ろ単調な動き過ぎて笑いがこみ上げてくる。

「……むむむ、これもあたしの悪い癖の一つだ、なっと!」

 すぐに調子に乗ってしまう自分の悪癖に自分でツッコミながら、飛び掛ってきた犬の顔側面を盾で裏拳をするように当てて受け流す。そしてすぐさま振り返って、着地の衝撃で一瞬硬直している犬へ背後から斬りかかった。

「せーいっ!」

 片手用直剣基本技《スラント》。
 淡い水色のライトエフェクトを纏った剣が、犬の背中に袈裟斬りを食らわせる。
 あたしが今一番得意としているソードスキルがこれだ。同じ片手用直剣基本技の横斬り《ホリゾンタル》や、縦斬り《バーチカル》よりも、姿見で見たときのかっこ良さがあたし的にツボってしまい、一番たくさん練習してしまったのだ。
 あたしの技をモロに受けた犬はそのまま横に弾き飛ばされた。
 ぐるるる、とあたしを睨みながら立ち上がろうとする犬。
 でもそんな犬に追撃してくる人影がいた。

「……やあっ!」

 タイミングを見計らっていたらしいレイアだ。
 レイアは、まだ立ち上がりきっていない犬に向かって、彼女の最も得意とする剣技(ソードスキル)《ホリゾンタル》を放った。
 体勢の整っていなかった所に追撃を受け、犬はきゃうんとその姿には似合わない声を上げて、光に消えた。

「ナイス、コンビプレイ! レイア♪」

 あたしは剣を腰の鞘に収めて、レイアの所に歩きながら右手を上げる。

「ナイス……じゃないよぅ。ちゃんと打ち合わせしてから行ってよ。……ビックリしたんだからね」

 レイアはぶつぶつと文句を言いながらも右手を上げて、パンッとハイタッチをしてくれた。

「あはは。結果オーライ、結果おーらいっ」
「もう……」

 レイア――美緒とのこういうやり取りは《SAO(ここ)》に来る前から全然変わってない。
 でも、やっぱりSAOでの生活であたしも、そしてレイアも変わった。ううん、変わらなきゃいけなかった。

 この世界を生き抜くには、戦闘でどんなモンスターにも怖がらずに向かっていくようにならなきゃいけなかった。冷静に相手を分析して、キリュウさんに教わった通りの戦い方をする。
 普通ならこんな短時間で戦いに慣れるなんて無理だろうけど、ここが仮想現実だということが皮肉にも助けになった。敵を斬っても血は出ない。敵のHPをゼロにしても死体にならず光になって消えるだけ。そんな現実では有り得ない光景が、あたしたちがあまり抵抗無く戦いを受け入れることが出来た要因だと思う。

 だけど、レイアのことはちょっと心配に思っている。
 一見普通に戦っているように見えても、実は戦う恐怖を押し込めているだけなんだってことはあたしには解る。無理矢理頑張ってるんだということを、ちゃんとあたしは理解している。
 でも、レイアもあたしと同じで、一度こうだと決めたら引かないし、譲らない。
 あたしが、ちゃーんと見守るしかないんだ。
 ……まあキリュウさんも解ってるようだし、チマだって違和感は感じてるみたいだけどね。

「……よぉしっ」

 あたしは、レイアとチマをしっかりと守ることを――守れるくらいに強くなることを改めて決意した。

「? ……どうしたの?」
「あははは~。ううん、なんでもないよっ」
「おーい。二人ともー」

 つい零れた意気込みの声を笑って誤魔化していると、チマの声が聞こえた。
 そして、あたしたちが来た方向からチマとキリュウさんが現れた。

「……二人とも、無事だな」

 キリュウさんがあたしとレイアに訊いてくる。
 あたしたちは今PTを組んでいるから、メンバーのHPや状態(ステータス)は少しなら離れていても解るんだけど、それでもちゃんと訊いてくれるキリュウさんは解ってるなーって思う。
 あたしはレイアの腕を組んで、元気ですとアピールしながらキリュウさんに言った。

「はいっ! 二人とも無事です!」
「あっ、ちょっとネリー! もう……。はい、特に問題はありませんでした」
「……そうか」

 戦いが終わって、初めて見るモンスターのことをキリュウさんたちに報告して、あたしたちは再び街道に戻った。
 キリュウさんに言われ、一応装備の耐久値を確認。……よし、特に減ってないね。
 こんな感じで街を出てからもう六回ぐらい代わり番こに戦っていた。
 今日までの特訓の成果はちゃんと出ていると思う。
 なんというか、最初にこの世界に来たときに思っていたことが、現実になったみたいだ。

 ――これから……あたしたちのスッゴイ大冒険が始まる、ってね。

 あたしたちは《冒険者》になったんだ。








 その後、しばらく街道を歩いていたあたしたちの前に、分かれ道が現れた。
 右の道の先には山が見え、左の道の先には深い森が見える。

「あれ? 分かれ道ですよ?」
「……おかしいな。あのNPCは街道沿いに行けば村に着くと言っていたんだが」
「あ、キリュウさん! ここに《立て札》が倒れてるッスよ!」

 声を上げたチマの指差す方を見ると、草むらの中に隠れるようにして立て札が横たわっていた。

「ホントだ。えーと、右が《小鬼の山》で、左が……うん? 擦れてて解らないよ?」

 あたしが倒れてる立て札を屈んで読んでいると、キリュウさんが立て札を持ち上げようとした。

「っ…………動かないか」
「……ということは、これは《座標固定オブジェクト》ってことですね」

 たぶん、キリュウさんは後から来るだろう人のために立て札をちゃんと立てようとしたんだろうけど、それは出来なかったみたいだ。
 レイアが言った《座標固定オブジェクト》というのは、動かす事が出来ない物をそう呼ぶのだそうだ。ちなみに、その殆どが《破壊不能オブジェクト》でもあるらしい。その名の通り、壊せない物だね。主に街や村の中にあるものがそうらしい。家とか、公共物とかが多いって聞いた。
 この立て札も、その《座標固定オブジェクト》だということは、こうして倒れていることがデフォルトなのかな? 
 でもこれ、気付かない人は絶対気付かないような位置だよね。

「……茅場晶彦も、趣味が悪いな」
「ですよねー。でも、この立て札通りなら、右の道に先に見えるあの山が《子鬼の山》ってことになりそうですね」
「じゃあ、左に見える森へ続く道が、あのNPCの言ってた村に続く道ってことかな?」

 レイアが道の先にある森を指差す。その森は結構深いらしく、ここからでは本当に村があるのかも解ない。
 あ、今なんか鳥みたいのが飛んだ。

「う~ん。この《子鬼の山》って明らかに危ない臭いぷんぷんッスよね? あーでも、そうと見せかけて逆に森の方が危ない~とか?」

 チマが立て札を睨みながら唸っている。
 立て札みたいな(こういう)細かい嫌がらせをしてくるような人だったら、チマの言う通り、逆に森の方が危ないんじゃないかなと、あたしも思う。

「……キリュウさん、どう思いますか?」

 レイアが、森と山を交互に見ていたキリュウさんに訊いた。

「……確かに、チマの言うことも解るが、そもそも両方同じく危険だと考えた方がいいだろう」
「あー、確かに」
「実はどっち選んでも変わらない、ってのはありそうですね。でも、そうするとどうしますか?」
「……ここは左へ行こう。どちらに村がありそうかを考えれば、やはり森のほうが可能性は高そうだ」
「そうッスよねー。わざわざ《子鬼の山》なんて所に村を造る人なんて…………居ないッスよね!」
「…………」

 チマの台詞に一抹の不安を抱きながら、あたしたちは左の道を進んだ。







 そうして五分程歩いて、あたしたちは森の入口に着いた。

「うわぁ……」

 森の中に入ったとき、あたし、レイア、チマは口を揃えて全く同じ呟きをしてしまった。
 なんていうか、森の中は悪い意味で神秘的だった。
 チチチ、と小鳥のさえずる鳴き声が聞こえるのは良いんだけど、森の奥に進むにつれて段々と薄暗くなるのは、御伽噺のそれのようだった。

「如何にも何か出る、って感じッスねぇ……」

 普段よりも少しテンションが低いチマがボソッと言う。
 何が、とは訊かなくても想像できるけど、確かにチマの感想には同意だった。

「……心配するな。出て来てもモンスターだけだ」

 キリュウさんが、何でもないように言いながら先頭を歩き出した。

「クス……確かにそうですね」
「あうー、それを言っちゃあお終いッスよー」
「あはは」

 全く動じないキリュウさんを見ると、何故かこっちも怖くなくなってくる。
 あたしたち三人は顔を見せ合って笑いながら、キリュウさんの後を付いていった。







 森の中に続いている道を歩くあたしたち。
 イメージ的には、見渡しの良い街道なんかよりもモンスターとエンカウントする確率が高そうなんだけど、森に入ってから十分程経った現在も、未だモンスターは現れなかった。

「モンスター……来ないですね」
「……ああ」

 キリュウさんは、絶えず《索敵》スキルで周囲を警戒してくれているらしい。
 キリュウさんは現実の世界でも気配を察することが出来るんだと言っていた。普通なら嘘だーと思っただろうけど、キリュウさんが言うと不思議と本当なんだって思えてしまう。
 でも、こちらの世界では使えなくなったと言ってたので、準備期間の間は、冒険の安全の為にもって言って、キリュウさんは《索敵》スキルの熟練度とその扱い方を積極的に上げていた。
 そんなキリュウさんの索敵にも、今のところ何も引っかかりもしないらしい。
 嵐の前の静けさ的な予感を、あたしたち全員が感じていた。

 そんな感じでもう十分程歩くと、ちょっと困ったことになった。

「……道が……無くなってるッスね……」

 そう。深い深いこの森で、あたしたちが唯一頼りにしていた土肌の道が、今あたしたちが居る場所で途切れてしまっていた。
 周りは深遠に続いているかのような鬱蒼とした暗い森しかない。

「どうしよう。……引き返しましょうか?」

 レイアがあたしたちに提案する。
 あたしもそうした方がいいかな、と思ったんだけど、キリュウさんがある一点を見つめていることに気付いた。

「? キリュウさん、どうかしたんですか?」
「……ああ。索敵に反応があった」
「っ!?」

 あたしたち三人は、一瞬驚き、でもすぐに背中合わせになって周囲を見渡した。

「……此処に来て襲撃ッスか」
「確かに、此処は襲い掛かってくるにもいい場所かもね」

 軽口を叩くあたしとチマ。でも、あたしたちの双眸は、油断無く周囲を警戒していた。

「……いや、すまない」
「へ?」

 いきなりキリュウさんが謝ってきた。
 そのせいか思わず気の抜けた声を出してしまった。

「……索敵に反応はあったが、これは敵ではないようだ。……恐らく、NPCだと思う」
「え、NPCですか……」
「モンスターの気配は無いんですね?」
「……ああ。それは間違いないと思う」

 キリュウさんの言葉に、あたしたちは張っていた緊張を解いた。
 だけど、こんな森の中にNPCが居るなんて……。街の中だけにしか居ないと思ってた。

「……気にはなるが、どうする?」

 キリュウさんがあたしたちに訊いてくる。
 でも、あたしの答えは決まっていた。

「もちろんっ、そのNPCの所に行きましょう!」

 なんとなく予感がしてた。危ない~とかの予感じゃなくて《冒険》の予感が。
 意外と特に反対も無くて、もし敵に囲まれたときのための戦闘布陣(フォーメーション)の打ち合わせをしながら、キリュウさんの案内であたしたちはそのNPCのいる場所へ向かった。




「…………!」

 ほんの十数メートル歩いた所で、先頭を歩くキリュウさんが立ち止まって、あたしたちも止まるようにと片手を上げるジェスチャーをした。そして、樹齢幾年という巨木の陰からキリュウさんの指差す方向を見るあたしたち。

「……あ」

 あたしたちの視線の先には、十歳にも満たないような女の子が一人、一本の木の上の方を見上げていた。
 ライトブラウンの短い髪の毛を頭の両端で結んだような髪型で、黄緑色のワンピースを着ている。
 その女の子は時折、木の周りを回ったり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりしている。
 あたしは一応、声を潜めてキリュウさんに訊いた。

「キリュウさん。あの子がNPCなんですか?」
「……よく見てみろ。HPバーの下に【NPC】とある」

 キリュウさんの言うとおり、あの女の子をじっと見ると頭上にカーソルが現れ、そこにあるHPバーの下に確かに【NPC】と書いてあった。
 あたしたちは、周囲にモンスターがいないことを確かめた後、その女の子に近づいた。

「うーん」

 女の子は、近づくあたしたちには気付かずに木を見て唸っている。
 そんな女の子に、あたしは声をかけた。

「ねぇ、どうかしたの?」

 女の子は、やっと気付いたかのように一瞬びっくりした顔をしてから、話しかけてきた。

「……えと、風邪を引いてる弟に林檎を食べさせてあげようと思ったんだけど、わたしじゃあそこの実まで届かないの……」

 その言葉を言った瞬間、女の子の頭の上にハテナマークが出てきた。
 ――あ~、やっぱりクエだったのかぁ。
 あたしは視線だけで後ろのキリュウさんたちに、クエストを受けるかどうか問いかけた。
 そして全員の頷きを肯定と見なして、あたしは女の子に言う。

「じゃあ、あたしが取ってあげるよっ」

 そう言って木を見上げるあたし。視界の左端には【クエスト:林檎と少女】というクエストタグの更新が記されていた。
 あたしが了解の意を告げると、少女の頭のハテナが、クエスト受領中を表すビックリマークに変わった。

「おー、けっこう高い所にあるなぁ」

 少女が見上げていた木は、やはり《林檎の木》だった。
 だけど、《林檎の実》はかなり高い場所にあるみたいだ。地上4、5メートルくらいかな。確かにこの女の子じゃ届かないなぁと思いながら、あたしは木に登ろうと最初の太い枝に手をかけようとした。


「……待て。俺が行く」


 と、登ろうとしたらキリュウさんが止めてきた。

「えへへ。大丈夫ですよ、あれくらいだったらっ」

 きっと心配してくれたんだろうなぁ、と思うとちょっと嬉しくなった。
 あたしは気分良く、再度木登りを開始した。……したんだけど。

「……ネリー! あなた今スカートでしょっ」
「ちょっとは慎みを持つッスよ~。ネリー」
「にゃっ!?」

 丁度足を上げようとしたところで二人の指摘が入って、思わずスカートを抑えてしまった。
 まだ1メートルも登ってなかったけど、その拍子に滑り落ちてしまう。
 チラっと後ろを見ると、キリュウさんは……顔を背けてた。

 ――うぅ……恥ずかしいよぉ……。

 あたしはスカートを抑えたまま、そそくさと後退した。

「……す、すみませぇん。お願いしますぅ」
「…………」

 そう言ったあたしの言葉に、キリュウさんは無言で林檎の木に近寄った。
 そして勢いを付けて跳躍。ほとんど手を使わずに足だけで枝を踏みしめて登っていく。

「ほえ~」
「凄い……」

 その様子を見て、チマとレイアが感嘆の声を上げる。

 ――うん。やっぱりキリュウさんはスゴイ。……そしてあたし、カッコ悪い。

 あたしはキリュウさんを見ながら、心の中でよよよ、と泣いていた。
 キリュウさんは、特に危なげも無く林檎を手に入れて軽々と降りて来た。

「あ、ありがとうっ」

 無言で林檎を差し出すキリュウさんに、女の子が極上の笑顔でお礼を言う。
 視界にクエスト達成のメッセージと加算経験値が現れる。簡単なクエストだったから、かなーり経験値は少なめだ。

「あ、そーッス。……ねえねえ、そこなお嬢ちゃん。わたしらこの近くに村があるって聞いて来たんスけど、場所どこか知ってるッスか?」

 チマが、なんだかよく分からないキャラで女の子に質問した。

「えーと、わたしの村だと思うよ? ここからすぐの村だから」

 あたしが十歳の頃ってこんなにちゃんと答えられたっけ、と思うほどしっかりと答える女の子。

「……よかったら、案内して貰えないかな?」

 屈んだレイアが、女の子に視線を合わせながら訊いた。
 女の子は少し考えるような顔をしてそれに答えた。

「うんっ、いいよ。……でも、この辺りはモンスターがたくさん出るから危ないよ?」

 その言葉に、あたしたちは首を傾げた。
 ここまで結構な距離を歩いてきたけど、この森にはモンスターの気配さえ無かったのだ。
 あたしたちが不思議に思っていると、女の子の頭の上に、再びハテナマークが現れた。
 視界にも再びクエストタグのタスクが更新される。

【クエスト:少女の護衛】

「えーと、『案内をしてくれる少女を無事に村まで送り届ける。モンスターの攻撃を受けて、少女のHPがゼロになるとクエスト失敗。』だって」
「こ、これは……護衛クエ!? うーん。だとしたら、このクエを受けた瞬間モンスターに襲われるかもしれないッスね」
「……なるほどな。今まで敵が現れなかったのはこの為か」
「え? どういうことですか?」
「このクエストを受けるまで、この森にどんなモンスターが出てくるか解らないから、対策が出来ないようになっている……とかですか?」
「……ああ。もしそうなのだとしたら、このクエストを受けても受けなくても今後は敵が現れるだろうな」

 クエストを受けても受けなくても、もう出てこない意味はないのだから、絶対にモンスターは出てくる。

 ――だったらっ。

「キリュウさん、受けませんか? どうせ村に行くなら案内してもらった方がいいと思いますし」

 あたしは両手をグッと握り締めて提案した。キリュウさんは少しだけ考える素振(そぶ)りをした後、あたしに頷く。
 それを見て、あたしは女の子に向かって言った。

「――それじゃあ、村までの案内をお願いしてもいいかな?」

 女の子はうんっ、と笑顔で頷いてトコトコと歩き出した。
 視界の端に、クエスト受注の表示が現れる。

 ――いよーし。いっちょやってやりますかっ!

 そうして、あたしたち四人は、村まで案内してくれる女の子の護衛をすることになったのだった。

 
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