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真剣で武神の姉に恋しなさい!

作者:炎狼
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奢り

 休日の朝。川神院では千李と瑠奈が組み手を行っていた。しかし、千李からは手は出さず、瑠奈の攻撃を千李が一方的に受け、それを流したり受け止めたりと言った感じだ。

 まだ荒削りなためか、瑠奈の動きは無駄が多い。それ以外にも時折重心を崩していたり等、直すべきところは多く存在する。

 だが、千李は拳や蹴りを打ち込んでくる瑠奈を見ながら笑みをこぼしていた。

 ……はじめてきた時から比べればかなり成長してる。

「だけど……」

 千李は言うと瑠奈が放った蹴りを軽く受け止め、彼女の足首を掴んだ。瑠奈はそれを解こうともう一方の足で蹴りを放つものの、それすらも千李は軽く止め、今度はその足も掴んだ。

「はい、終了。今日の身体鍛錬はここまで」

 逆さまに宙吊り状態の瑠奈に千李は告げた。しかし、瑠奈は残念そうに頬を膨らませた。

「むー……。また勝てなかった」

「今の瑠奈で私に勝とうなんて百万年はやいわよ。それに、今の私と貴女じゃ体格差がありすぎるしね。こういう風に逆さまにされないようになるにはもうちょっと必要かな。さて、んじゃあ後はお昼まで瑠奈はルー師範代の授業がんばってね」

 瑠奈を普通の姿勢に戻し降ろすと、瑠奈の頭を一撫でした後、一子と組み手をしている百代の方を向いた。

「百代ー。組み手やるー?」

「ああ。でももう少し待っててくれ、もう少しワン子とやってからな」

 千李は頷いた後、瑠奈の隣に座ると一子と百代の組み手を見つめる。





 その日の夕方、風間ファミリーの面々は川神市にある、焼肉店を訪れていた。千李は皆を見渡しながらニヤリと笑った。

「というわけで今日は私の奢りだから好きなもん注文しなさいな。金はあるから」

 それを聞いたメンバーは歓喜の声を上げたかと思うと、肉やそのほかのメニューを注文していった。

 千李がその様子を肩を竦めながら見ていると、大和が若干驚いた様子で呟いた。

「本当に何でも頼んじゃっていいの?」

「もちろん。上だろうが特上だろうがどんと来いよ」

 フフンと言った様子で胸を張る千李に苦笑いしながら大和はメニューに目を落とした。既に百代たちは好き勝手に注文しているものの、大和はまだ一つも注文していないためであるが、その中で一つ気になるものを見つけた。

「激辛メニュー……なぁ京、これお前好きなんじゃ――――」

「もう頼んである」

「――――さいですか」

 確かに京の前を見ると赤々とした燃えるような色のキムチが皿に盛られていた。見るだけで辛さが伝わってきそうな品であるが、京はそれを涼しい顔で咀嚼すると。

「ふむ……。もう少し辛さがあったほうがいいかな」

 懐からデスソースを取り出し、なみなみとキムチにかけていた。

 それを呆れたような様子で見つつ、もう一度メニューを見ると、顎に手を当てた。

「うーん……いざ食べるとなると悩むな。肉は姉さんとワン子がガンガン注文してるからそれを食べればいいとして……。無難にビビンバとかでも食べるか」

「何注文するか決まった?」

「あぁうん。千李姉さんと瑠奈も決まったの?」

「ええ。百代ー、今から言うやつ注文してくれるー?」

「おーうわかったー」

 百代が了承したのを確認すると、千李は自分と瑠奈のぶんの品を伝えた。

 それに続くように大和も百代に頼んだ。

 ご飯ものが運ばれる間、千李は肉を咀嚼しながら大和に問うた。

「ねぇ大和、アンタ今月末にある東西交流戦の対策とかもう立ててんの?」

「ん、まぁそれなりにはね。けど2-Fだけで戦うわけじゃないからね。他のクラスのヤツとも協力しないといけないわけだし」

「そうね。百代とも話したけれど、2-Sには優れた人材が多いしね。最近入ったマルギッテはもちろんのこと、戦略系で言えば葵冬馬とかね。それにあの子にくっついてる榊原ちゃんとか井上くんも結構やりそうだし」

「ロリコ……じゃなかった。井上はともかくあの子が? そんな風には見えなかったけど」

 大和が言うも、千李は人差し指を軽く左右に振ると含み笑いを浮かべた。

「あの子結構足を鍛えてる感じがあったからね。アレで蹴られたら結構痛いと思うわよ」

「へぇ……。結構細い感じしたけどそんなに……」

「まぁ外見はそこまで変じゃないけど、中身は凄いでしょうね。その辺は実際に確認してみるのもいいかもね」

 笑みをこぼす千李だが、その腕は肉の方に伸ばされていた。大和がちらりとそちらを見やると、

「あっ!? 千李姉さん! それ俺が育てたカルビ!!」

「取ったもん勝ちよー。第一名前なんて書いてないじゃない」

「ぐぬぬ……」

 千李のなんともいえないような屁理屈に大和は悔しげな表情をするものの、その隣から京が溜息混じりに告げた。

「仕方ないなー大和。ホラ、私が育てた肉あげるから」

「そんな真っ赤にコーティングされてる肉なんていりません」

「むー」

 京の誘いを手馴れた感じで受け流すと、大和は溜息をつきつつもう一度肉を網の上に置いた。すると、百代が二人を呼んだ。

「姉さん、大和ー。注文してたやつ来たぞー」

「じゃあちょっとこっちまでまわしてくれる?」

 百代はそれに頷くと、隣に座る一子にそれを手渡した。その後、バケツリレーのように運ばれてきたものを受け取ると、千李と大和はそれに手をつけた。

 その後、夜の八時頃までファミリーの面々は焼肉を楽しんだ。





 店を出た千李は財布を確認しながら苦笑いを浮かべた。

「結構食べたわねー。十万くらいは持ってかれたかな」

「いやー、やっぱりおごりほどいいもんはないな。姉さんまた頼む」

「気が向いたらね。だけどそうホイホイと奢れるわけではないからね」

 嘆息気味に息をつきながら、財布を閉じた千李はポケットにそれを押し込むと皆を見渡した。

「さて、じゃあ皆もう帰りなさい。明日は学校だしなるべく早く寝なさいよ」

 千李は川神院とは逆方向に踵を返すと歩き出す、それを不信に思った大和が声をかけようとするものの、大和が声を発した瞬間、千李はその場から一瞬にして姿を消した。

 それに皆が驚いた様子でいると、

「ホラ、姉さんの言ったとおり明日は学校なんだからさっさと帰れよ」

 百代が瑠奈をおぶりながら皆に告げると、皆わらわらと家路についた。しかし、百代は千李が行ったであろう方向を横目で見やった。

「……無理はするなよ姉さん」

 彼女の呟きは夜の風と共に消えた。





 大和たちと別れた千李は建物の屋上を走りながら目的の場所に辿り着いた。千李はそこに着地しながら大きく息を吐いた。

「まったく……女子高生をストーキングするのもいい加減にしてもらえませんか? 釈迦堂さん」

 あきれ返った口ぶりのまま目の前の人物、釈迦堂刑部はニヤリと笑った。

「こんないいオッサンにストーキングされるんだったら寧ろ喜べよ」

「え? 自分のこといいオッサンって思ってるんですか? だったら病院行った方がいいですね、良い精神科紹介しますよ?」

「本気で取るんじゃねぇよ」

「誰も本気で取ってませんよ。で、今日は何の用ですか? 私だけじゃなくて百代にまで感知されてましてけど」

 首をかしげ訝しげに聞く千李に釈迦堂は思い出したように手を叩く。

「あぁそうだ。なんか川神学園でおもしろそーな事やるみたいだな。東西交流戦だったっけか?」

「ええ、やりますけど……。てか、何で知ってるんですか?」

「なぁに、噂ってのは簡単に広まっちまうもんだからな風の噂ってやつだよ」

 手をヒラヒラとさせながらあっけからんとした様子の釈迦堂に千李は肩を竦めてみるものの、ジト目で彼を睨んでいた。

「まぁそれはどっちでもいいですけど。で、東西交流戦がどうかしました? 言っておきますけど板垣の子達は出せませんからね」

「んなこたぁわーってるよ。俺が言いたいのはそういうことじゃねぇ。その東西交流戦の影響なのかしらねーけどよ。最近の仕事でちょっとばかし遠出してきてな、面白い噂を聞いた」

「面白い噂?」

「ああ。関西の方で一人結構強い奴がいるらしくてな。性別は女らしいが、学年や学校まではわかんねぇけどな」

「へぇ……。でも、まさか釈迦堂さんがタダでこんなこと言いませんよねー。なんか条件があるんでしょ?」

 すると釈迦堂は先ほどよりもさらに悪人面な笑いを浮かべると、千李を指差した。

「察しがいいな。そうよ、そのまさかよ。条件は……千李、俺と戦え」

「あー……やっぱりね、大体わかってたけどサ。はぁ……別にいっか、どうせジジイには遅かれ早かればれるだろうし」

「随分とあっさりだな、もう少し渋ると思ったぜ。この前から一体どういう心境の変化だ?」

「いやなんといいますか、ジジイももう気付いてるっぽいんですよ。普通に『釈迦堂と会ったかの?』とか聞いてきますし。もう黙っててもしゃーないし、ケリつけようかと思っただけです」

 息をつき、軽く首を傾げながら告げた千李に釈迦堂は面白げにくつくつと笑った。

 ひとしきり笑い終えると釈迦堂は千李を見据えた。その目はまさに獲物を狙う野獣と言った感じだ。

「あのじいさんはハンパねぇもんな。それどどうする? ここでやるか、それとも移動するか?」

「ここでいいんじゃないですかね? どうせ廃ビルですし。それに釈迦堂さん程度なら一撃で終わりに出来ますし」

「ほぉ、言ってくれるじゃねぇか。俺を一撃かよ。これでもガキの頃のテメェとはそれなりに渡り合えてたんだがな」

「ガキの頃の話ですから、今はあの時以上に成長してますし」

 二人は一定の距離をとりながら、言い合っているもの、二人の表情は実に対照的といってもいい感じだ。

 千李は面倒くさそうに半眼でいるが、釈迦堂は待ち望んだ時が来たといった風にニヤニヤとしている。

「言っとくが『始め』なんて形式ばったことはやんねーぞ。仕掛けるのは各々自由だ」

「でしょうね。じゃ遠慮なく」

 軽くはき捨てた後、千李は一瞬にして釈迦堂の眼前に躍り出た。同時に放たれた拳に間一髪反応した釈迦堂は後ろに飛び退きながら少し焦った様子で千李に言った。

「今の流れからすればどう考えても俺が仕掛ける流れだった気がするんだが?」

「えー、形式ばったことをしないんだったら別に私が仕掛けたっていいじゃないッスかー」

「うっせ。ったく、次は俺から行くぞ」

 気を取り直すように釈迦堂は地面を蹴り、真っ直ぐと千李に向かって駆け出す。

「川神流、無双正拳突き!!」

 放たれた拳打の嵐に千李は臆することなく真正面から相対すると、軽々とそれらを受け流し、避けていく。

 決して釈迦堂の拳が遅いわけではない、寧ろその速さは百代にも匹敵する速度だ。しかし、それに対する千李の反応速度が速すぎるのだ。

 涼しい顔で全ての攻撃を避けきった千李はそのまま後ろに後退した。

「相変わらずバケモンだなテメェは。元師範代の立つ瀬がないぜ」

「それは残念でしたねぇ。つーか釈迦堂さんも随分と腕が落ちましたね、修行サボってんじゃないですか?」

「そりゃあな。板垣の奴等鍛えてやってるけど自分の修行なんざ大してしてねぇからな。だが――――」

 釈迦堂が言ったところで、彼の体から黒い気があふれ出す。それは幼少の頃の千李が出していたそれと酷似していた。

 今までとは別の気配に千李も少し身構える。

 すると釈迦堂を取り巻いていた黒い気が彼の腕に収束し、輪を形成した。

「行くぜ千李。割と俺の取って置きだ。……いけよぉ!! リングゥ!!」

 咆哮と共に輪状の気の塊が千李目掛けて射出された。速度も速く、千李はそれをすぐさま避け、釈迦堂のほうに目を向けるが、既にそこに釈迦堂の姿はなかった。

 しかし、その瞬間、千李の後方に強烈なまでの殺気が現れた。千李がそちらを振り向いた時は既に遅く、釈迦堂は先ほどのように腕に気を溜めており、既に射出態勢に入っていた。

「さすがのテメェも零距離でコイツを喰らえば少しはダメージがいくんじゃねぇか?」

 ギラリと歯を除かせながら言った釈迦堂の目はまさに野獣だった。それに対し、千李は眉間に皺を寄せ悔しげに歯噛みした。

「喰らいやがれ、リングゥ!!」

 同時に射出された気の輪が千李に迫る。

 だが、その攻撃が彼女の身体に当たることはなく、千李はそれを掌で握りつぶした。

「なっ!? おいおい……マジかよ……」

「残念でしたね釈迦堂さん。ではそろそろ終わりにして差し上げます。……頭上にご注意ください」

 そういった瞬間、千李は余ったもう一方の手を空にかざすと、小気味良い音を立て指を鳴らした。釈迦堂が上を向くと、そこには一匹の巨大な狼がその凶悪な牙をむき出しにしながら彼を睨みつけていた。

 釈迦堂は回避行動をとろうとするものの、足が何かに固定されたかのように動かないでいた。

 見ると、彼の両足には上空にいる狼ほどではない小さめの狼が二匹、彼の足に喰いついていた。

「クソッ! 一体いつから」

「釈迦堂さんがあのーなんでしたっけ、リング? の最初の一発を撃った時上の狼を打ち上げて、私に二発目のリングを撃った時にその足元にいる狼を生み出したんですよ」

 髪をかきあげながら千李は軽く舌なめずりをすると、小さく笑みをこぼした後、上空にいる狼に命令を出すように腕を振り下ろした。

「――――堕ちろ堕天狼星(だてんろうせい)

 声と同時に頭上の狼がその顎を広げながら釈迦堂へと真っ直ぐに堕ちた。その速度たるやまさに刹那の時間であり、釈迦堂が逃げおおせる事は不可能だった。

 彼の身体にはまるで雷にでも打たれたのではないかというほどの衝撃が走った。しかし、不思議と彼はその衝撃の中で笑みを浮かべていた。

 やがて、衝撃が止むと釈迦堂はそのまま仰向けに倒れた。放たれた狼、銀は千李の元に戻ると、彼女に「なでてくれ」と頼むように頭を垂れた。

 千李は銀の頭を撫でた後、銀を身体に戻した。そのまま倒れている釈迦堂に近寄ると、彼の頭をガスガスと容赦なく叩いた。

「ほら、こんなことで気絶なんてしてないですよね。タヌキ寝入りはやめてください」

「ばれたか。……あーぁ、ったくどんだけバケモンなんだよテメェは、本当にチートだろ」

「生まれてこの方バケモンなんて言われ慣れてるんで。あとチートもね」

「そーかい。つか、あの狼どうなってやがる、俺の気ごっそりと持って行きやがった」

「銀は相手の気を喰う性質があるんですよ。だから釈迦堂さんの気は今私の中です。嬉しいでしょう? こんな美少女に気を喰ってもらえるなんて」

 千李は若干ドヤ顔で言うが、釈迦堂は肩を竦め呆れたように息を吐いた。

「バケモンの中に取り込まれてもうれしかねーよ。持っていかれた気は戻るんだろうな?」

「ええ。釈迦堂さんなら明日の朝には全回復しますよ。十分もすれば身体も動きますって。んじゃ私はこれで」

 そういうと千李は踵を返し、ポニーテールを風にはためかせながら川神院へと戻っていった。

 千李の後姿を見送りながら釈迦堂は、大きく溜息をついた。

「あー、クソッたれ。やっぱじーさんを倒したぐらいはあるな。……というかアイツあの狼に名前付けてんのか?」

 素朴の疑問を抱きつつも、釈迦堂は気が戻るまで最近あまり見ることがなくなった夜空を仰ぐこととなった。





 川神院へと戻った千李は着いて早々苦々しい顔をした。鉄心がムスッとした表情で待っていたのだ。

「た、ただいまージジイ。ちょっと遅くなっちゃったー」

「なーにが遅くなっちゃったー、じゃバカもん。お主釈迦堂と戦ってきたな?」

「それは……はい、スイマセンでした」

 千李は頬を掻きながら頭を下げた。鉄心はそれに深く溜息をつくと彼女の頭に拳骨を落とした。

「痛ぁ!? 結構本気で殴ったでしょ!?」

「当たり前じゃ、全く前々から釈迦堂と会っておるとは思ったが話している程度じゃから見逃していたが、戦うのであればワシに許可を取らんか阿呆!」

「ぐぬぬ……。正論過ぎて言い返せない」

 伏目がちに微妙な表情をする千李に追い討ちをかけるように鉄心が嘆息交じりに命じた。

「罰として、お主は暫く川神院の掃除洗濯食事の準備を二週間してもらうからな」

「マジで? 平日は?」

「無論平日もじゃ。この程度で済んだことに感謝せい」

 鉄心はそういうとそそくさと自室に戻って行った。しかし、千李は見逃さなかった、部屋に戻る鉄心が小さく笑みをこぼしていることを。

「ちょっ!? 笑ってるでしょジジイ!!」

「何をいっとる、わらっとりゃせんよ」

「いいや、絶対笑ってるわ、だって肩震えてるし!!」

「ギクッ」

 鉄心は一度足を止めたが、次の瞬間、目にも止まらぬ速さでその場から脱した。

 千李はそれを頬を引きつらせつつも大きく溜息をついた。

「はぁ……私が悪いんだからしょうがないっちゃしょうがないか……。けど笑ったことは絶対に許さないわ。あのジジイ……」

 もう一度大きな溜息をついた後、千李は百代たちの下へ向かった。 
 

 
後書き
なんか釈迦堂さんかませっぽくなってしまった……orz
ま、まぁ千李つえーししょうがないかな!(すっとぼけ)

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