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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第三章 始祖の祈祷書
  第三話 溢れゆくもの

 
前書き
 女性の肌に、濡れた服が張り付いた姿は……エロくねっ!! 

 
 学院長室の中、オスマン氏は王宮から届けられた一冊の本を見つめている。
 オスマン氏が見つめる先の本は、一言で言うならば『ボロい』であった。古びた革の装丁がなされた表紙はボロボロであり、少し触れれば破れてしまいそうである。中も同じく開けば羊皮紙は色あせ茶色くくすみ、最早元の色を伺い知る事は出来ないでいた。
 
 ふむ……と呟きながら、オスマン氏はページをめくる。視線の先―――そこには何も書かれてはいなかった。本の厚さからおよそ三百ページはあるだろうその本の中身は、どのページにも何も書かれてはいない。

「これがトリステイン王室に伝わる“始祖の祈祷書”……ふむ、ボロじゃの」

 六千年前―――始祖ブリミルが神に祈りをささげた際に読み上げた呪文が記されていると伝承には残ってはいるが、呪文のルーンどころか、文字さえ書かれていない。

「まがい物じゃないのかのう?」

 オスマン氏は胡散臭げにその本を眺めた。偽物……この手の“伝説”の品にはよくあることである。それが証拠に、一冊しかないはずの“始祖の祈祷書”は各地に存在する。金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室……いずれも自分の“始祖の祈祷書”こそが本物だと主張している。本物か偽物かわからぬ、それらを集めただけで図書館ができると言われているぐらいだ。
 
「しかしまあ、まがい物にしてもひどい出来じゃ。文字さえ書かれておらぬではないか」

 オスマン氏は、各地で何度か自称“始祖の祈祷書”を見たことがあった。中には全く解読出来ない文字が羅列されているものもあったが、大抵は祈祷書と呼べる体裁を整ってはいた。しかし、この本には文字一つ見当たらない。これではいくらなんでも“祈祷書”とは呼べ無いのではなかろうか。

 オスマン氏がブツブツと“始祖の祈祷書”を見ながら呟いていると、部屋の隅に置かれた机に座り、黙って仕事をしていたロングビルが、オスマン氏に振り返った。

「オールド・オスマン……文句を言うなら心の中で言ってください。ハッキリ言って五月蝿いです」

 ロングビルは、トントンと指で机を叩きながら、いかにも『私は今、とてもイライラしています』とでも言うような所作でオスマン氏に文句を言う。

「なんじゃいそんなにイライラして、生理かの?」
 
 オスマン氏がロングビルの態度を全く気にせずに、飄々とした態度で答えると、ロングビルはドン! と机に手を叩きつけ完全に据わった目でオスマン氏を睨みつけた。

「オールド・オスマン……それはセクハラですよ」
「うっ……すまんかった」

 ロングビルの『今、この場で死ぬか?』、とでも言うような視線に、オスマン氏は体を小刻みに震わせながら、怯えた表情でロングビルに謝った。
 
「誓約書のことを忘れていませんか」
「ううっ……だからすまんかったと……」
 「はあ、次はどうなるかわかりませんよ」

 はあ……全くコルベールくんも厄介なものを書かせてくれたものじゃの……。

 オスマン氏は、コルベールが学院の女生徒と女教師と協力して自分に誓約書を書かせたことについて心の中で文句を言っていると、ロングビルは一度ため息をつきながら机に向き直り仕事を再開した。
 それを横目で確認したオスマン氏は、ロングビルの最近のイライラの原因である男の姿を思い浮かべた。

 はあ、まったくシロウくんは何をやっているんだか。彼が最近ミス・ロングビルの事をかまってあげていないから、そのとばっちりがわしにふりかかってくるんじゃがのう……。

 そう、士郎達がアルビオンから戻ってきてから、ルイズが四六時中士郎にべったりであることから、ロングビルが士郎に上手くアプローチ出来ず、最近ロングビルがイライラしっぱなしだったのだ。

 オスマン氏が心の中で、今日何度か目のため息をつくと、ノックの音が学院長室に響いた。
 ロングビルがオスマン氏に伺いをたてようとしたが、その前にオスマン氏が来室を促す。

「鍵はかかっておらんぞ。入ってきなさい」

 扉が開くと、一人のスレンダーな少女が入ってきた。桃色がかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズであった。

「失礼します。あの……わたしに話があると」

 おずおずと入室してきたルイズを、オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎した。そして、改めて先日のルイズの労をねぎらった。

「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな? 思い返すだけでつらかろう。だがしかし、おぬしたちの活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」

 優しい声で、オスマン氏は言った。

「そして、来月にはゲルマニアで、無事王女と、ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。きみたちのおかげじゃ。胸を張りなさい」

 それを聞いて、ルイズは悲しくなった。自分は今、好きな相手と一緒にいることができる。しかし幼馴染であるアンリエッタは、好きな人が死んで間もないというにもかかわらず、政治の道具として、好きでもない皇帝と結婚するのだ。同盟のためには仕方がないとはいえ、ルイズはアンリエッタの悲しそうな笑みを思い出すと、罪悪感に胸が締め付けられる。
 しかし、だからと言って自分が何か出来るとは思えない。内心の葛藤を押さえ込みながら、ルイズオスマン氏に黙って頭を下げる。オスマン氏はしばらくじっと黙ってルイズを見つめた後、思い出したように手に持った“始祖の祈祷書”をルイズに差し出した。

「これは?」

 ルイズは、怪訝な顔でその本を見つめた。
 
「始祖の祈祷書じゃ」
「始祖の祈祷書? これが?」

 王室に伝わる、伝説の書物。国宝のはずだった。どうしてそれを、オスマン氏が持っているのだろう?

「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。選ばれた巫女は、この“始祖の祈祷書”を手に、式の詔を読み上げる習わしになっておる」
「は、はぁ」
 
 ルイズはそこまで宮中の作法に詳しくなかったので、気のない返事をした。

「そして姫は、その巫女にミス・ヴァリエール。そなたを指名したのじゃ」
「姫さまが?」
「その通りじゃ。巫女は式の前より、この“始祖の祈祷書”を肌身離さず持ち歩き、読みあげる詔を考えねばならぬ」
「ええっ!? 詔はわたしが考えるんですかっ!?」
「そうじゃ、もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……伝統というのは、面倒なものじゃからのう。だがの、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立会い、詔を読みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」

 アンリエッタは幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。ルイズは覚悟を決めると、厳しく引き締めた顔をあげた。

「わかりました。謹んで拝命いたします」

 ルイズはオスマン氏の手から、“始祖の祈祷書”を受け取った。オスマン氏は目を細めてルイズを見つている。
 
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」





 

 その日の夕方、士郎は風呂の用意をしていた。トリステイン魔法学院に風呂はある。大理石で出来た、ローマ風呂のような造りであった。プールのように大きく、香水が混じった湯が張られ、天国気分との話だったが、もちろん士郎が入ることは出来なかった。そこは、貴族しか入ることを許されなかったからだ。
 学院内で働く平民用の風呂もあるにはあったが、貴族のそれに比べると、かなり見劣りがした。平民用の共同風呂は、掘っ立て小屋のような造りのサウナ風呂である。焼いた石が詰められた暖炉の隣に腰かけ、汗を流し、十分に体が温まると、外に出て水を浴びて体を流すものだ。
 最初は特に気にはならなかった。世界中を旅をしている時は、風呂に何日も入ることが出来ないこともよくあり、サウナのような風呂もこれはこれで気持ちがいいものだと思っていたのだが、数日前、料理長が古い大釜を捨てようとするのを見た士郎は、それで五右衛門風呂でも作れないかと思い譲ってもらったのだった。
 それからというもの、士郎は稽古が終わると、いつも人があまり来ないヴェストリの広場の隅っこで、釜の下にくべた薪を燃やし、風呂に入るのが日課となった。





 日が翳り、二つの月がうっすらと姿を見せてきた頃、湯が沸いたので、士郎は自然と緩む顔を抑えきれず、ニヤニヤとしながら服をいそいそと脱ぎだし、湯に浮かべた蓋を踏みながら大釜につかっていく。

「っあ~……やっぱりこれだな……」

 タオルを頭に乗せ、目を閉じる。
 大釜の横の壁に立てかけたデルフリンガーが、そんな士郎に声をかけた。

「いい気分みてえだな」
「ああ、いい気分だぞ」
「ところで相棒、この前は本当に寝ていたのかい?」
「? 何のことだ?」

 デリフリンガーの突然の言葉に、士郎は訝しげな顔を向けた。

「その様子だと本当に寝ていたみてえだな」
「だから何のことだ?」
「いや、相棒が知らねえならいいんだがよ……罪な男とはこういう奴のことを言うのかねぇ」
「? すまん、よく聞こえなかった」

 デルフリンガーが小さく呟いた言葉が聞き取れず、士郎は聞き返したが、デルフリンガーは小さく笑うだけで教えてくれなかった。
 士郎が再度聞き返そうとするが、人の気配がしたため、開きかけた口を閉じ、気配を感じた方向に振り向き誰何する。

「俺に何かようか?」
 
 声を掛けられた人影は、ビクっと体を震わすと、持っていた何かを取り落とした。するとがちゃーん! という陶器が割れる甲高い破壊音が月夜に響き渡った。

「―――わわわ、やっちゃた……。うう……また怒られちゃうよぅ……」

 その声で人影の正体が気が付いた。

「シエスタ、か? どうしてここに?」

 月明かりに照らされて姿を見せたのは、アルヴィーズの食堂で働くメイドのシエスタだった。仕事が終わったばかりなのか、いつものメイド服だったが、頭のカチューシャを外していた。肩の上で切り揃えられた黒髪が、艶やかに光っていた。
 スカートをそっと片手で抑えながらしゃがみこむと、シエスタは地面に落ちた割れた皿に混じった何かを一生懸命に拾い始めた。
  
「手を切ると危ない。俺が拾おう……すまないが少しの間でいい。向こうを向いていてくれないか」

 士郎が戸惑いながらもシエスタに声を掛けると、シエスタはバッと起き上がり両手を顔の前でブンブンと左右に振った。

「い、いえっ大丈夫ですからっ! シロウさんはそのままで大丈夫です。そ、その……とても珍しい品が手に入ったので、シロウさんにご馳走しようと思って。本当は今日、厨房で飲ませてあげようと思ってたんですけど、おいでにならないから……」

 慌ててここにいる理由を言うシエスタの隣には、ティーポットとカップが乗っているお盆があった。
 どうやらシエスタは声を掛けられた拍子に驚いて、カップを一個落として割ってしまったらしい。
 
「ご馳走?」

 士郎はシエスタの言葉に興味を惹かれ、風呂釜から少し身を乗り出すようにしてシエスタを見る。
 そんな様子を見たシエスタは、そこでやっと士郎が服を着ていないことに気がつき、頬を赤くして顔を逸した。

「あ、あの。そ、そうです。確か東方のロバ・アル・カリイエから運ばれた珍しい品とか。“チャ”っていうらしいです」
「茶?」
 
 ふむ、紅茶があるからあってもおかしくないとは思うが、さて、俺の知っているお茶かどうか。

 シエスタは士郎の興味を持った様子を見ると、嬉しそうに微笑みティーポットから割れなかった無事なカップに士郎の知るお茶と同じような緑色の液体を注ぎ始める。注ぎ終えると、カップをお盆に乗せ、顔を逸らしながらおずおずと士郎に差し出した。

「ありがとう」

 色も香りも同じようだな……さて、それでは味は……。

 士郎がゆっくりとした仕草でその緑色の液体を口に含むと、日本でよく飲んだ懐かしい味が口中に広がり、涼やかな香りが鼻腔を通る。
 
 確かにお茶だ……。

 士郎は目を閉じると、感慨深げに息をゆっくりと吐き出した。

「あ、あの。どうでしたか?」

 士郎のそんな様子を見たシエスタは、恐る恐るといった感じに士郎に感想を求めていく。

「ああ、美味しかった。懐かしい味がした。ありがとうシエスタ」
「懐かしい? もしかしてシロウさんは、東方のご出身なんですか?」
「東方か……まあ、大体そんな感じだな……。そう言えばシエスタは、よく俺がここにいるとわかったな?」

 士郎が感心したようにシエスタに尋ねると、シエスタは、微かな星明かりの下でもハッキリとわかるほど顔を真っ赤にしてうつむき、小さく呟くように答えた。

「そ、その……じ、実は、時々ここで、シロウさんがこうやってお湯につかっているのを見ていたもので……」

 そう言えば、ここ数日何かの視線を感じていたが……悪意など感じなかったから、どこかの使い魔程度だと思っていたんだが、まさかシエスタだったとは、しかし黙って見ているなんて……ハハッ、まるで……

「覗いていたのか?」

 士郎は恥ずかしがっているシエスタの様子を見て、からかうように言うと、シエスタは赤く染まった顔をますます真っ赤にさせ、首が取れてしまうのではないかと心配するほどの勢いで首を振り始めた。

「そっ、そそそそそんなことっ! あっ」

 釜の周りは溢れたお湯でぬかるんでいたことから、慌てていたシエスタはそれに足を取られてしまい、前のめりに釜の中に滑り落ちてしまった。

「きゃああああっ! ……え?」

 シエスタは硬い釜の内壁に当たるのを覚悟して、ぎゅっと目を閉じて悲鳴を上げると体を固くした。しかし、体にお湯がかかったかと思った瞬間、とんっ! という覚悟していたよりも軽い衝撃に驚き、シエスタは、お湯に濡れた顔をおずおずと上げた。すると、顔を上げたシエスタの目の前に、心配気にシエスタを見つめる士郎の顔があった。
 呆然とした表情で固まっていたシエスタだったが、裸の士郎に抱きとめられていることに気付くと、慌ててお湯の中から立ち上がった。

「すっ! すすすすいませんっ!」
 
 慌てて頭を下げるシエスタを見た士郎は、苦笑いすると首を振って笑いかけた。

「いや、謝るようなことじゃない。それよりも怪我はないか?」
「あ、はい。怪我はないようなんですが……」

 シエスタはビショビショに濡れたメイド服を見下ろし、何か考えるような仕草をすると、うんっ! とでもいうかのように勢い良く顔を頷かせ、何かを決意したような目を士郎に向けた。
 すると、シエスタの仕草に疑問の顔を浮かべる士郎の目の前で、何とシエスタはバシャンっ! と音をたてながらお湯の中に膝を着き士郎を見上げたかと思うと、くすくすと笑い出した。

「ふふふ」
「シエスタ?」

 士郎が急に笑い出したシエスタに訝しげな顔を向けると、シエスタはお湯に浸かりながら星空を見上げ、どこかボーッと惚けた様な表情で士郎に笑いかけた。

「気持ちいいですね……もしかして、これがシロウさんの国のお風呂なんですか?」
「ん? ああ、まあそうとも言えるな。しかし……」
 
 シエスタの急な行動に驚きながらも、表面上は士郎は冷静な態度をとり続けていた。
 
「普通は服を着ながら入ったりはしないんだが」

 士郎は服を着たままお湯に浸かって気持ちよさそうにしているシエスタを支えながらも、こぼすことなく手に持っていたカップのお茶を口に含んだ。

「っ! ……やっぱりそうですよね。でも……ううんっ! そう、そうよね……じゃあっ! わたし脱ぎますっ!」
「ぶっ!」
「―――きゃんっ!」

 どういう思考経路でそんな考えに至ったのか、突然のシエスタの宣言に、士郎は口に含んだお茶を吹いてしまう。士郎が吹いたお茶はまるで悪役レスラーが使う毒霧のように、目の前でお湯に浸かっていたシエスタの体にぶっかけてしまった。
 士郎に緑色の液体をぶっかけられてしまったシエスタは、一瞬呆然と自分の体を見下ろし、どこか妙に熱いため息を吐くと顔を俯かせた。

「んっ、ぅあ……はぁあ……あ……。あ~あ……汚れちゃった……」
「すっ、すまんっ!」

 先ほどまで泰然自若の態度をとっていた士郎だったが、冷静な態度をかなぐり捨てたかと思うと、慌ててシエスタに謝った。
 しかし、シエスタは霞かかった瞳で士郎を見上げ、バラ色に頬を染めた顔にかかった茶を指先で拭うと、指先に付いた緑色の液体を舐ぶる様に口に含みながら、ゆっくりと首を左右に振るう。
 
「んむ……ん、にが。ん……ううん、シロウさんは謝らなくていいですよ……ふふ……このままじゃお湯を汚してしまいますね……うん、やっぱり服を脱がないと」
「し、シエス、タ?」

 熱に浮かされたような態度で蕩けた目を士郎に向けながらそう囁くシエスタは、戸惑う士郎を尻目に、まるで焦らすかのようにゆっくりとメイド服を脱いでいく。

「んっ……あっ、べたべた、する。あっ……」

 ズルっ……ベシャッ……ぴちゃ……

「っあん……つめ、たい……」
 
 ぽとっ…ぴしゃっ……

「うん……しょっ……と……はぁ、ぅあ」

 ―――ゴクッ―――

 いちいち艶かしい態度で服を脱ぐシエスタ。もちろん最初は止めようとした士郎だが、止めようと声や手を出そうとした瞬間、まるでタイミングを図ったかのように、シエスタはその蕩けきった目を士郎に向けるのだった。その目を見た士郎は、まるで蛇に睨まれたカエルのように固まってしまい、結局最後までシエスタを止めることは出来なかった。 
 シエスタはメイド服を全て脱ぎ捨てると、その白く滑らかな肌を星明かりと薪が燃える明かりに照らし出す。シエスタは露になった胸を両腕で隠すようにするが、シエスタの細い腕から白く柔らかな乳肉が溢れている。着痩せするタイプなのか、士郎の大きな手でも掴みきれず溢れてしまうと思われる胸が両腕から溢れているにも関わらず、シエスタは大胆にも体を士郎に向けた。
  
「ああ……本当に気持ちがいいですね。ねぇシロウさん」
「っ! あ、ああ、うん……そう、だな……」

 豹変といってもいいぐらいのシエスタの様子の変化に、士郎は何か覚えがあるような気がしたことから、思わずシエスタをマジマジと見てしまう。
 士郎の視線に気が付いたシエスタは、その白い肌を熟した桃の様に淡く桃色に染め上げると、そっと顔を横に逸した。
 
 いやいやっ! そこは顔じゃなくて体を隠すだろっ! ……ん? そう言えば昔、これと同じようなことを考えたことがあるような?

 士郎がシエスタの態度に内心で突っ込みを入れていると、昔、同じようなツッコミを入れたことを思い出した。

 ああ、シエスタは彼女に似ているのか……ふむ、そう考えると、所々似ているところがあるな。
 
 士郎がその昔、色々(・・・・)とお世話になったことがある日本人の女性、その女性にシエスタはよく似ているのだった。
 そのことを思い出した士郎は、思わずジロジロとシエスタのことを見つめた。

 艷やかな黒髪、白い肌……大きな黒い瞳……派手さはないが、野に咲く可憐な花のような魅力……やっぱり似ている。でもまあ、似ている人間がいてもおかしくないだろう、それがたとえ異世界だったとしても。
 
 士郎が顎に手を当てながら、まるで品定めをするかのようにシエスタを眺めていると、さすがに我慢の限界を迎えたのか、シエスタが蚊の鳴くような小さな声で訴えてきた。

「あ、あのシロウさん……その、そんなにじっと見られたら、さ、さすがに恥ずかしいんです……が……」
「あっ! すっ、すまない」

 シエスタの言葉に、士郎は慌てて顔を背けると、シエスタは顔を俯かせた状態で、士郎を上目遣いで見つめてきた。

「で、でも。シロウさんが見たいなら、が、我慢します……」
「い、いやいや。大丈夫だからっ! 我慢しなくてもいいからっ!」
「あっ……そうですか……」

 シエスタの覚悟が含まれた言葉を聞いた士郎は、慌てて顔を振りながら答えた。すると、なぜか残念そうな表情を浮かべたシエスタは、落ち込んだ様子で肩を落とした。
 
 なんでさ……だから何で落ち込むんだよシエスタ。はぁ、こういうところも彼女にそっくりだな。

「そう言えば、シロウさんの国ってどんなところなんですか?」
「ん? 俺の国か……そう、だな」

 シエスタは肩を落として落ち込んでいるものと思っていた士郎は、急にシエスタに声を掛けられたことに驚きながらも、目を閉じて久しぶりに昔のことを思い出す。

「そうだな……平和な国だ。戦争はなく、基本的に差別もなく皆平等に暮らしている」
「平、等? そんな国が本当にあるんですか?」
「ああ、ここからずっと遠くにな……」
「シロウさん?」

 どこか寂しげな様子で呟く士郎に、シエスタが心配気に声を掛ける。士郎はかすかに笑いながらシエスタの濡れた頭に手を置き優しく撫で始めた。

「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だ。確かに故郷を懐かしくは思うが、そんなに心配されるようなことはないよ」
「……はい」

 しばらく士郎にされるがままに、頭を撫でられていたシエスタだったが、士郎が頭から手を離すのと合わせるようにして、胸を押さえながらお湯の中から立ち上がった。
 プルン! ではなくブルン! と大きく揺れる胸に、思わず目がいってしまった士郎だが、シエスタがその視線に気付くギリギリに何とか顔を背けることに成功した。

「ありがとうございました。このお風呂、とっても気持ちよかったです」
「あ、ああそれは良かった」
 
 シエスタはそう言うと、風呂釜から出て行く。

 ッッ! だからっ! 何でこう無防備なんだよっ! 見える! 見えるって!
 
 シエスタは士郎に笑いかけたあと、まるで見せつけるかのようにゆっくりとした仕草で風呂釜から出たことから、その際色々と見えてしまいそうになり、士郎は顔を赤くしながら慌てて顔を背けた。
 それを風呂釜から出たシエスタが、真っ赤な顔をして横目で見ると、拳を握って小さくガッツポーズをしたいた。
 そして、服を脱ぎ出した時、ちゃんと風呂釜の火で服を乾かせるように置いていたことによりすっかり乾いた服を、脱いだ時とは違っていそいそと服を着始めた。
 



 メイド服を着たシエスタは、風呂釜で顔を赤くして顔をまだ背けている士郎に向き直った。
 
「あの……その……」
 
 先程の大胆さは鳴りを潜め、もじもじとした仕草で俯き、何事か呟くシエスタに気付いた士郎は、まだ赤い顔をシエスタに向ける。
 
「シエスタ?」
 
 士郎の訝しげな声を聞いたシエスタは、バッとその真っ赤な顔を上げると、全身を震わせた。

「い、いつも、こんなことしてません……シロウさん……シロウさんだから……」
「えっ?」

 それはつまり、俺がここまでされても、女性に襲いかかったりしないことを信じていた。ということなのか? いつの間に、俺はそこまでの信頼を築いていたんだ? いや? もしかしてこれは落ち込んだほうがいいのか?
 
 士郎が何事か悩んでいるのを見たシエスタは、小さくため息を吐いたあと、何事か小さく呟く。

「はぁ……わたしって魅力ないのかな?」
 
 軽く顔を振ったシエスタは、再度何事か悩んでいる士郎を見ると、風呂釜の中で一人頷いた時と同じように何事か考えたあと頷き、またもや何か決意を秘めた眼差しを士郎に向け、バッと勢い良く頭を下げた。

「それでは、わたしもう行きます……そ、それとっ! こ、今度もま、またお願いしますっ!」
「へっ! ま、また? ちょっ、ちょっとシエスタっ! それって……」

 シエスタの最後の余計な一言に我に返った士郎は、慌ててシエスタに問いただそうとしたが、既にシエスタの姿は既にそこにはいなかった。

「何をお願いしますなんだシエスタ……」

 人影が全くなくなったヴェストリの広場の隅っこで、士郎の呆然とした声が虚しく響いた。







 
 湯からあがって、ルイズの部屋に戻ると、ルイズはベッドの上で何かをやっていた。ルイズは士郎の姿を見ると、慌ててそれを本で隠した。見たことのない、古ぼけた大きい本であった。
 
 しかし、士郎はそれに気がつかず、ルイズの前を横切っていった。何故なら、士郎は先程のシエスタの言葉が気になり、上の空の状態であったためである。
 上の空の状態であっても、士郎はいつもの習慣で洗濯物の入ったかごに近寄っていくと、それを持ち上げた。しかし洗濯かごを持ち上げた瞬間、その中に何も入っていないことに気付いた士郎は、やっとそこで我に返った。
 
「? ルイズ洗濯物が何も……ルイズ……何やってるんだ?」

 士郎がベッドの上にいるルイズに振り向くと、士郎は疑問の声を上げた。何故ならルイズが士郎の服を着ていたからだ。
 ルイズが今着ている士郎の服は、士郎がこの世界に来てからルイズから渡された服があり、今までに何度か着たことがあったのだが、部屋の隅にたたんでいたそれが今、士郎の目の前で何故かルイズが着ているのだった。

 ルイズと士郎の身長差は約三十センチ以上、だからルイズが士郎の服を着ると、かなりブカブカになる。そのため、ルイズが今着ている士郎の服は、ワイシャツの様な服であったが、ルイズはそれを着ているというよりも、袖も丈もぶかぶかなので、まるでシーツを被っているような状態であった。

「洗濯物ならもう洗ったわよ……」
「いや、それならいいんだが……何で俺の服を着ているんだ?」
 
 士郎がそう言うと、ルイズは服をまるで抱きしめるかのように両腕を組み、頬を染めながら俯いて小さく何事か呟いた。

「だって……こうしていると、シロウに抱きしめられているような気がするんだもん……」
「ルイズ? どうかしたか?」

 そんなに顔を赤くして、まさか風邪か?

 真っ赤な顔をしたルイズに心配になった士郎は、熱を計ろうとルイズに近寄っていった。
 ルイズがボーッとした表情で士郎を見つめる中、士郎はボーッとした状態のルイズの肩を掴み、顔を近づけていった。
 ルイズは顔をますます赤くすると、そっと目を閉じて顎をついっと上げた。
 
 ふむ、ほんとどうしたんだルイズは?

「熱はないようだな」
 
 士郎はそう言ってくっつけていた額を離そうとしたが、ルイズがぶかぶかの袖ごしに士郎の腕を掴んできた。
 
「ルイズ?」
「このまま……」

 戸惑う士郎の目の前で、ルイズがそっと目を開けると、上目遣いで士郎を見つめてきた。

「……一緒に……寝よ……」
「お、おい?」

 ルイズはそう言うと、ゆっくりと体をベッドの上に倒していく。
 ルイズの色香を感じさせるような態度に戸惑う士郎は、それに逆らえることが出来ず、そのままルイズを押し倒すような格好でベッドの上に倒れた。

「あっ……シロウのにおい……これ……すき……んっ……しょ……」
「ちょ、ど、どうした……?」

 士郎に押し倒された様な状態になったルイズは、士郎の下でもぞもぞと動いてさらに士郎にくっついた。そんなルイズの様子に戸惑う士郎を尻目に、満足いく場所を見つけたのか、ルイズは士郎にぴったりとくっついた状態で目を閉じた。
 
「おやすみ、シロウ……」
「お、おいルイズ? 本当にどうしたんだ?」

 ルイズは士郎の言葉に答えず、そのまま士郎にくっついた状態で指を鳴らすと、部屋の明かりが消えていった。
 
「ほんと……なんでさ……」 

 士郎の戸惑う声が、早くも聞こえてきたルイズの寝息に重なる。

 風呂から始まった怒涛の如く積み重なった心労に、自然と士郎の瞼も落ちていった。

 シエスタもルイズも……ほんと…………なん……でさ……………
 
 






 その頃、キュルケはタバサの部屋にいた。
 いつもどおり、タバサはベッドの上に腰を掛けて本を読んでいる。そんなタバサに、隣に座ったキュルケが話しかけている。

「最近、ルイズの攻勢が激しくなった気がするのよ……」
「……」

 キュルケの愚痴にタバサは無言で答える。

「最近は同じベッドで寝ているそうだし、いつも一緒にいるし……」
「……」
「食堂では『あ~ん』よ『あ~ん』。信じられる? あのルイズよ。あのプライドの塊のようなルイズが『あ~ん』……あたしもしたいのに……」
「……」
「ねぇタバサ。何か言ってよ」
「何か」
 
 タバサがキュルケの訴えに、本から目を離さずにそう言うと、キュルケは顔を真っ赤にさせてタバサに抱きつく。

「……」
「何よもうっ! 何が『何か』よっ! このっ! このっ!」
「……」
「何よもうっ! 悲鳴ぐらい上げなさいってこのっ! このっ……この……こ……」

 タバサに抱きつき立ち上がり、ブンブンとタバサを振り回していたキュルケだったが、急にギュッとタバサを強く抱きしめると、タバサの髪に顔を埋めた。

「?」
「初めてなのよ……こんな気持ち……」
「キュルケ?」
「最初はただ、からかっていただけなのに……」

 頭に感じた濡れた感触に、タバサが心配気にキュルケの名を呼ぶが、キュルケはそれに答えずにただ呟き続ける。

「はぁ……まったくこれじゃ“微熱”の名が泣くわね」
「……がんばれ」
「ふふ、ありがとタバサ」

 キュルケは珍しく慰めの言葉を言ってくれたタバサに礼を言うと、タバサをベッドの上に置き、扉に向かって歩き出す。

「いつもごめんねタバサ」
「別に……」
「おやすみタバサ」
「おやすみ……」

 扉の取っ手に手をかけたキュルケは、振り返らずにタバサに声をかけたあと部屋から出て行った。
 




 バタンと扉を閉めたキュルケは、閉めた扉に寄りかかると、薄暗い廊下の天井を見つめ、微かに笑うと誰にいうことなく呟いた。

「あたしを本気にさせた責任……とってもらうわよ……シロウ……」 





    
 

 
後書き
 黒髪、白い肌……巨乳っ!! 濡れ濡れぇ~!! イエスっ! いえすっ! YESッ!
 ……すみません……興奮しすぎました……
 感想、ご指摘お願いします。 
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