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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
序章  はじまりの街にて
  9.愚者の思考

――おおう、ついにこのときが来てしまったーって感じッス……。

 この《SAO(ソードアート・オンライン)》の世界に来てから、なんでこんなことになったんだろう、という考えは不思議としなかった。
 SAOにわたしを誘った奈緒を恨むなんてことはしなかったし、あの茅場って人の言葉も『信じられない』っていう思いが先行して、あの人を憎いって思うことも無かった。
 キリュウさんの言葉をあのとき聞いて、これは夢じゃないんだってことは解ったけど、それでも夢のような出来事が多すぎて、わたしは本当の意味でこの状況を理解してないんだろうなぁと他人事のように思っていた。
 初めてのモンスターとの戦いも、その場ではすっごく怖かったけど、のど元過ぎればって感じだった。

 でも、あの二人は違った。ネリーもレイアも初のモンスター戦で相当に心にダメージを受けたみたいだった。
 酒場での食事では普通に振舞っているようだったけど、キリュウさんの突っ込みにはかなり動揺しているみたいだったし……。





 奈緒と美緒。二人とは小学一年生からの付き合いの幼馴染だ。
 わたしの名前《佳奈美》に二人の名前の一字が入っているというそれだけの理由で仲良くなり、今までずっと遊んできて、お互いを普通に親友と呼べる仲になっていった。
 二人の好きなもの、嫌いなものは把握してるし、逆もしかりだ。
 まあ、誰だって内緒というものはあるだろうから、二人について知らないことあっても、二人が感じてることはいつでも共感出来ると、そう思っていた。
 でも違った。二人が感じていることを、今わたしは共感できていないように思う。
 わたしは自分のキャラというか性格というか、それを理解していると思ってる。自分にシリアスが似合わないことなんて何年も前から知ってた。
 だったら逆に騒いでやろう。シリアスを吹き飛ばしてやろう。そんなことを考えて行動してるうちに、いつの間にかシリアスが長続きしないようになっていった。
 怖いと思うこともある。憎いと思うことだってある。でも、寝るか食うかすれば何でもすぐにどうでもよくなってしまう。
 きっとわたしは楽を求めてしまうんだと思う。シリアスは疲れるから。
 でも、それでもわたしだって譲りたく無いものがある。
 それは奈緒と美緒のことだ。二人は今、何かを決心している。そんな雰囲気を感じる。

 だけどわたしはどうなのだろう。
 この二人みたいに何かを決心するような熱くなれるものは、はっきり言ってこの状況に感じてない。感じることができなかった。
 でも、でもさ。それでも二人に置いてかれるようなのは嫌だったからさ。
 いつもふざけていたわたしだけど、少しだけ真剣(マジ)になってみようと思った。

「はいッス! キリュウさん!」

 わたしはピンと背筋を伸ばして手を挙げた。

「……どうした?」

 普通に知らない人が見たら睨んでるような目つきで訊いて来るキリュウさん。
 でもあれが素なんだと解ってから、もう全然怖くなくなった。むしろ……いや、ナンデモナイデス。

「はい! わたしが一番最初に戦うッス!」
「え!?」
「ち、チマ?」

 ――ふっふっふ、驚くのはまだ早いッスよ、お二人さん。

 これからわたしの本気を見せてあげるんスから!







 と、思っていた時代がわたしにもありましたー。

「ギャ――――ッス!!」

 いや待って。ホント待って。これを一人はマジ怖いって!
 正直、昨日は逃げ回ったり、石をぶつけて挑発したりしただけで、ちゃんとコイツと対峙するってのは初めてなのだった。
 いや最初はね、キリュウさんのやってた通りに軽やかに動いてシュパッって感じで攻撃するイメージをちゃんとしてたんだよ。
 でもさ、でもね、イノシシが走ってくると、ドドドドドっていう段々地鳴りが大きくなっていく感じがさ、こうなんていうかな、恐怖を駆り立てるっていうかさ、そんな感じで何でか知らないけど動けなくなるんだよね。

「――チマッ!!」
「……っ!」

 不意に聞こえた、大気が震えるようなほどの大きな声に、気付けばわたしの体は動いていた。
 突進してきたイノシシの横に滑るように移動した、移動できたわたし。
 さっきまで全然動けなかったのに。

 ――今の声って……キリュウさん、ッスよね?

 初めて聞くキリュウさんの大声。さっきから応援してくれているネリーとレイアよりも大きな声だった。
 イノシシと距離が出来た私は少しだけ、離れた場所にいるキリュウさんたちの方を見る。

「……チマ。冷静に相手を観察すれば怖くはない。……冷静に、冷静にだ」
「チマー! 頑張れー!」
「頑張って!」

 3人の声援を受けるわたし。でも何故かわたしの頭の中には「冷静に、冷静に」というキリュウさんの 言葉だけが深く浸透してきていた。

 ――冷静に、冷静にだ。

 少し視界がクリアになったような、重かった体が軽くなったような、そんな感覚。

「……あ」

 自分の変化に驚いていたわたしは、再びこっちに向かってくるイノシシを確認した。
 何でだろうか、イノシシの動きがさっきよりも遅く感じる。
 いや、違う。わたしがしっかりとイノシシを見てるからゆっくりに感じるんだ。

 ――これならイケルかもしれない。

 わたしはイノシシの突進を左に移動することで避け、横を駆け抜けようとするイノシシの勢いを利用して、イノシシの側面を剣で擦るように切った。
 そして、振り返ってイノシシの頭の上にあるHPバーを見ると、それは確かに減っていることが解った。

「……ふ……ふふ、ふふふふふ」

 向こうの攻撃は当たってない。でもこっちの攻撃は当たった。
 それさえ頭で解ってしまったら後は楽だった。
 避けて切って、避けて切って。
 キリュウさんに教えてもらった踏み込みをいくつか試したりする余裕も出来た。

「うおーりゃ~~ッス!!」

 そして、ついにイノシシを倒すことができた。
 昨日今日とわたしたちを苦しめたあのコンチキショウは、わたし自身の手によって光の粒に変えてやった。
 爆発して光の粒になったとき、なんてあっけない消え方なんだって思った。
 わたしの視界の隅で、イノシシを倒したことで取得した経験値が数秒表示されて薄れるように消えた。

「わ、たし……自分で、倒せたんスよね……? あの、イノシシを……」

 何かが自分の足元から込み上げて来て、そのままバーンて弾けそうな、そんな感じ。

「……ぁ……ゃ……った……」

 声を出したいのに喉で詰まって、もうちょっとで出そうな、そんな感じ。

「……ゃっ…た。……やった……やったっ」

 SAO(ここ)に来て、色んなことがあって、それで溜め込んだ何かを全部吐き出すように、わたしは叫んだ。

「やっ…………た――――――ッス~~~~っ!!!!」

 我を忘れて叫びまくったわたし。後で聞いたら二、三分は叫び通しだったって言われた……ちと恥ずかしいッス。



 その後、我を取り戻したわたしは、戦闘中に調子に乗ってしまったこと――攻撃しながら高笑いとか、イノシシの突進をバレリーナスピン避けとか――をゲンコツ付きでキリュウさんに怒られました。はい、すみませんでしたッス。
 うーむ。すごく強いと思ってた相手が、実は物すんごく弱いと気付いたら、なんかつい調子に乗っちゃうんだよね。
 お前みたいなザコにビビッてたわたしは何だったんスか~オラオラオラ~、みたいなさ。

「……ふぅ」

 今はネリーがイノシシと戦ってる。
 ネリーは昨日も一人だけちゃんと戦えてたように見えたし、今だってキリュウさんの教えてくれ通りに無難に戦ってる。
 ちなみに戦った順番は、わたし、レイア、ネリーだ。レイアはすでに戦いは終わっている。
 何というか、叫んだりとかはしてなかったんだけど、レイアの戦い方はどこか鬼気迫ってるというか、そんな感じがした。
 別に無理矢理攻撃を当てに行ってるってわけでもなく、ちゃんとキリュウさんの言いつけは守ってるんだけど……それでも、自分の魂を削ってるような、そんなちょっと怖い風に見えた。
 キリュウさんもわたしと同じ感想だったみたいで、レイアが戦い終わった後になんか話をしてた。

「…………」

 キリュウさんって不思議な人だと思う。
 触ったら切れてしまうような雰囲気を纏っているように見えて、ゲーム内での自己紹介でうっかりリアルの名前を言っちゃうこともあるし。
 ゲームが初めてだって言いながら、全然戸惑ったところを見ないし。いつも堂々としているように見える。
 多分、キリュウさんがいなかったら、私たちは三人ともちゃんと戦えなかったんじゃないかな、って思う。
 だって、昨日は本当に怖かった。
 食べて寝れば嫌なことはすぐに忘れてしまうわたしだけど、もう一度戦うなんてことになればそのときの恐怖は蘇って来る。
 でも、戦えた。
 わたしだけじゃなくてネリーも、昨日動けなかったレイアさえも。
 なんていうか安心感があるんだと思う。キリュウさんが大丈夫って言えば大丈夫と思っちゃうし、冷静にって言えば冷静になっちゃう。

 ――あ~、やばいなぁ。やばいんスよねー。

 あの茅場って人が、わたし達の顔とか体とかを現実のものにしたみたいなんだけど、髪とか瞳とかの色は変わってなかった。
 わたしはそのままの茶髪だけど、ネリーもレイアも現実での髪は金でも銀でもない。
 きっと、キリュウさんの青い髪と瞳もゲーム内だけのものなんだろうけど……あの顔で、あの青い瞳で見つめられると、なんかヤバイ。すっごくヤバイ。
 声を聞くと安心。でも瞳を見るとドキバク。わけ解らんです、はい。
 まあでもねー、あの双子ちゃんたちもきっとやられてるんだよねー。
 ネリーなんか最初っからやられてるし。
 レイアも、あの子が歳の近い男の人とちゃんと喋ったのなんてかなり珍しい。幼馴染のわたしが言うんだから間違いない。
 でもなー。ネリーは精神的に子供過ぎだし。レイアは遠慮しぃだし。わたしは……だし?
 てか、そんなことを考えてる余裕がある状況でもないのか。
 はぁー、わたしってホントしょうがない奴だよねー。ホント、わたしって《愚か者》だ。

「キリュウさーん! あたし、やりましたー!」

 あ、ネリーがイノシシを倒したみたいだ。
 すっごいはしゃいでる。まあ、わたしもだったんだけどね。
 ってあああ、キリュウさんに抱きついて……うーん、子供はいいッスなぁ無邪気で、うぅ。
 だけど、これでわたしたち三人、あのイノシシにリベンジ出来たんだなぁ。正直、こんなにあっさり行くなんて思わなかったけど。
 きっと、ネリーもレイアも同じことを考えてると思う。

「――チマ~! まだ日も高いから、もっと戦いの経験を積むってよ~!」

 おっと、少し離れた所からネリーが呼んでる。ぼーっとしすぎてしまったみたいだ。

「わかったッスー!」

 わたしは両手を振ってネリーに応えて、小走りでみんなの所に向かった。





 三人だけだと無理だけど、キリュウさんが近くにいてくれればちゃんとわたしたちでも戦えるってことが解った。
 キリュウさんとわたしたちの関係については一旦置いておくとする。これ以上考えるのは危険だと思うし。
 でも、なんか良い方に向かってる気はする。
 現実に戻れなくて絶体絶命、って思ったけど、キリュウさんとの出会いで希望が見えてきたと思う。
 わたしはにやけようとする口を、逆に思いっきり笑顔をすることで誤魔化し、三人の下で立ち止まった。

「もう、チマ。何してたの?」
「ゴメンごめんッス。つい――」


 ――あ。


 プツン……って音が聞こえた。


 ザーザー……だったかもしれない。


 でも、どれでも同じだ。


 だって、わたしの目の前が真っ暗になってしまったことに、変わりは無いのだから。
 
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