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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百六話 掣肘




宇宙歴 795年 12月 28日    第一特設艦隊旗艦 ハトホル   ミハマ・サアヤ



第一特設艦隊旗艦ハトホルは同盟軍の総旗艦も務めています。当然ですが総司令部としての機能を持ったわけで大勢の参謀が一時的に配属されました。元々の司令部要員と新たに配属された総司令部要員が一緒に居るのですが今のところ大きなトラブルは有りません。上手くやっています。

貴族連合軍は大軍ですし何と言っても怖い人が総司令官代理として君臨しているのです。出撃前の作戦会議でパエッタ中将がこっぴどくとっちめられた事は皆が知っています。あんな思いはしたくない、誰だってそう思うでしょう。私は会議に参加していましたが少々気の毒に思いました。三十も年下の総司令官代理に皆の前で“馬鹿は貴官ですよ”と言われたのですから。

カールセン大将とパエッタ中将はフェザーン回廊を封鎖しています。封鎖直後、何隻か封鎖を突破しようとした商船が有ったようですが全て拿捕されました。それ以後封鎖を破ろうとした船は無かったのですがここ二、三日また封鎖を突破しようする船が現れ、拿捕されています。貴族連合軍がフェザーンを占領した事で危険を感じて逃げ出したようです。

フェザーンの状況は酷いです。フェザーンから流れてくるニュース放送を受信しているのですが貴族連合軍は軍というよりならず者の集団に近いでしょう。暴行、略奪、殺人……、フェザーンは無法地帯になっています。実際殺人シーンの映像も流れました。同盟軍に助けを求めての放送だろうと皮肉な口調で言ったのはシェーンコップ准将です。ヴァレンシュタイン総司令官代理は興味無さそうでした。

我々同盟軍はランテマリオ星域に集結後、ゆっくりとフェザーン回廊に向かっています。既にポレヴィト星域も通過しました。もっともフェザーン回廊に向かっている事は緘口令が布かれており政府でさえ知りません。そのため公式には同盟軍はランテマリオ星域で貴族連合軍を待ちうけ待機中となっています。ヴァレンシュタイン総司令官代理は同盟軍の動きを貴族連合軍に知られる事を酷く警戒している、いえ怖れています。もしかすると同盟政府をも警戒しているのかもしれません。

今、ヴァレンシュタイン総司令官代理はヴィオラ大佐、シェーンコップ准将の三人で話をしています。どうやらフェザーン占領を考えているようです。スクリーンにフェザーンの地図を映しだしヴィオラ大佐に色々と確認しています。攻略目標は自治領主府、帝国高等弁務官府、航路局、公共放送センター、中央通信局、宇宙港を六ヶ所、物資流通センター、治安警察本部、地上交通制御センター、水素動力センター、エネルギー公団……。総司令部の参謀達もスクリーンを見ていますが口は出しません。地理に不案内ですし陸戦です、自分達の管轄ではないと思っているのでしょう。

「軌道エレベータは如何しますか?」
シェーンコップ准将が問い掛けるとヴィオラ大佐が顔を顰めました。
「本来なら占拠すべきですが貴族連合軍との戦闘に巻き込まれれば破壊されるという事も有りえます。占拠は少々危険です」
そうですよね、ヴィオラ大佐の言う通りです。戦闘中はどんな事でも有り得ます。でもあの軌道エレベータが破壊される? 大惨事でしょう。想像したくない。

「戦局がどのように推移するかによりますね。それによって占拠出来る可能性は変化する……。出来れば破壊される事無く占拠したいと思います、難しいかな……。占拠対象として準備を整えてください。最終決断は私が下します」
ヴァレンシュタイン総司令官代理の言葉に准将と大佐が頷いた。

戦局の推移……、どうなるんだろう? 多分貴族連合軍が回廊から出て来てそれを同盟軍が撃破、そのまま追撃戦でフェザーン回廊に突入してフェザーンを制圧、そんな感じかな……。だとすると貴族連合軍も逃げるので精一杯だから軌道エレベーターも問題無く占拠出来るかもしれません。

オペレーターが“ハイネセンから総司令官代理に通信です”と声を上げました。声を上げたオペレーターはちょっと緊張しています。怖がられている? 違いました、驚きです。相手はサンフォード最高評議会議長だったのです。皆、驚いていましたが一人だけ無反応でした。相変らず可愛くないです。

サンフォード議長は不機嫌そうな顔をしています、なんだろう?
『ヴァレンシュタイン中将か、今貴官達は何処にいるのかね』
「ランテマリオ星域で貴族連合軍を待っています」
サンフォード議長が顔を顰めました。あのー、本当は嘘ですけど……。
『何故フェザーンに行かんのかね、貴族連合軍はフェザーンに居るのだろう?』
「フェザーンから出て来るのを待っています。待ち受けて戦った方が有利ですから」
議長が益々顔を顰めました。あれかな、自分は機嫌悪いんだってアピールしてるのかな、だとしたら意味無いんですけど……。

『フェザーンからの放送は見たかね?』
「ええ、見ました」
『酷いものだ、何の罪も無い民間人が大勢犠牲になっている。貴官は如何思うかね?』
要するにアレ? 早くフェザーンに攻め込めって事?

「酷いものですね」
『そうだろう、そうだろう』
アラ? 何か嬉しそうなんですけど。犠牲になった人を悼んでいるんじゃないの?
「しかしサンフォード議長閣下が心配する事ではないと思いますよ。フェザーンにはボルテック自治領主が居ます。彼が何とかするでしょう、それが彼の仕事ですから」
議長の顔が歪みました、紅潮しています。総司令官代理はニコニコしていました。性格悪いです。

『ヴァレンシュタイン中将、私は最高評議会議長なのだがね、理解しているかな?』
押し殺したような口調です。明らかに怒っている。
「もちろん理解しています。ですからフェザーン人の事よりも同盟市民の事を考えるべきだと申し上げているのです。お分かりいただけましたか?」
『……』

あ、議長のこめかみがピクピクしてるように見えるんですけど錯覚? 錯覚よね、映りが悪いんだわ。艦橋の総司令部要員は皆気まずそうな表情をしています。大丈夫、気にしない、気にしない。総司令官代理を見習いなさい、世の中には何の問題も無いような顔をしているから。実際問題は無いんだろうな、彼にとっては……。

「議長閣下は軍をフェザーンに攻め込ませたい意向をお持ちなのですか?」
『……そうは言っていない』
「安心しました。念のため忠告致しますが攻め込んで負けたりすると政府の支持率が下がるのは間違いありません。口出しはお止めになった方が宜しいかと思いますよ。議長閣下の命令で攻め込んで大敗などしたら閣下の進退問題にまで発展するでしょう」
心配そうな口調ですけど火に油を注いでいるような……。あ、ピクピクがはっきり見えました。映りが悪いんじゃないようです。

「トリューニヒト国防委員長からは政府は軍の作戦に口出しはしない、その事は最高評議会で確認したと伺っております。閣下、軽率とも取られかねない行動は御慎み下さい……」
『……』
「御用が無ければ小官は忙しいのでこれで失礼させていただきます」
総司令官代理がオペレーターに“切りなさい”と命じました。オペレーター達が顔を見合わせている間に通信が切れました。議長が切ったのでしょう、“不愉快な”と吐き捨てる声がしましたから。

皆、顔を見合わせています。最高評議会議長を怒らせてしまったけど良いのかな、そんな感じです。でも軍の作戦に口を出すなと言うのは正しいでしょう。基本方針は≪貴族連合を同盟領に引き寄せ迎撃する≫で決まっているのです。細部は軍人に任せるべきです。総司令官代理がトリューニヒト国防委員長への通信を命じました。クレームかな。

『どうしたのかね、ヴァレンシュタイン中将』
相変らず格好良いです、トリューニヒト国防委員長。スマートで女性層に人気が有るのも分かるなあ、私の母もフアンです。でも声はシトレ元帥の方が渋くて素敵です。
「今、サンフォード最高評議会議長から通信が有りました」
国防委員長の表情が厳しくなりました。
『それで、サンフォード議長は何と?』

「露骨には言いませんでしたがフェザーンに攻め込ませたかったようですね」
『そうか……』
「基本方針に変化が有ったのですか?」
総司令官代理の問い掛けにトリューニヒト国防委員長が片眉を僅かに上げました。
『いや、変化は無い。同盟領に引き摺り込んでの迎撃だ』

「困りますね、基本方針を無視して政治家達が恣意的に軍に圧力をかけるのは。これ以上の軍への介入は現場を混乱させるだけですよ。勝てるものも勝てなくなります、そうなれば同盟の存続にも大きな影響が出るでしょう」
トリューニヒト国防委員長が頷きました。

『君の言う通りだ、最高評議会できちんと釘を刺しておこう』
「宜しくお願いします」
『他のメンバーにも相談しておくよ。協力してくれるだろう』
「……」
『正念場だね、ヴァレンシュタイン中将』
「そうですね、期待しております」
う、怖いです。二人とも口元に笑みが有るのに目は笑っていません。肉食獣が獲物を見つけた様な目です。

通信が終わると総司令官代理は“少し自室に戻ります”と言って艦橋を後にしました。
「昨日もこの時間に部屋に戻ったな」
「一昨日もですよ、デッシュ大佐」
ラップ少佐の言葉に皆が何とも言えない様な表情をしました。何処かに連絡でもしてるのかしら……。直ぐにコソコソし始めるんだから。また何か考えているんだわ、きっと。



宇宙歴 795年 12月30日    最高評議会ビル    ジョアン・レベロ



そろそろ宇宙歴七百九十五年も終わる。今年もこれまで通り戦争で始まって戦争で終わる一年になりそうだ。だが例年とは違うところも有る。帝国との和平、戦争の終結が見え始めている。来年は良い年にしたいものだ。そんな事を考えていると情報交通委員長シャルル・バラースがフェザーンの事を話し始めた。

「フェザーンは随分と酷い事になっているようだが」
チラ、チラとサンフォード議長に視線を向けながら話す、どうやら議長から命じられたらしい。もっともバラース本人もフェザーンから金を受け取っている、議長に頼まれなくても動いたかもしれん。或いはボルテックがせっついたかな、奴もフェザーンが占領されては必至だろう。

「確かに酷いな。略奪、暴行、殺人か……、貴族連合軍はならず者の集まりだな、あれで軍と言えるのかね」
「貴族達の私兵だからな、正規軍じゃない。統制は緩いのだろう、そういう軍は始末が悪いよ」
マクワイヤー天然資源委員長とトレル経済開発委員長の言葉に皆が頷いた。

「このままで良いのかな?」
「……」
「フェザーンに軍を送り貴族連合軍を追い払うべきじゃないか? そうすればフェザーンも同盟に感謝するだろう。色々とやり易くなると思うんだが」
バラースの言葉に皆が顔を見合わせた。

「それは同盟領へ引き摺りこんで迎撃するという基本方針を変更するという事かな」
「そういう事になるかな」
バラースがラウド地域社会開発委員長の問いに答えると皆がトリューニヒトに視線を向けた。だがトリューニヒトは無言だ、まるで関心を示さない。サンフォード議長が面白くなさそうな表情をしている。バラースは面子を潰されたと思ったのだろう、トリューニヒトに向ける視線が鋭くなった。

「国防委員長、如何かな?」
「何をかね?」
気の無さそうなトリューニヒトの返事にバラースが全身に力を入れるのが分かった。激発を堪えた、そんなところか。しかしな、この程度の挑発に乗ってどうする、阿呆。

「軍の基本方針を変えてはどうかと……」
「却下だな」
「しかし……」
バラースは最後まで言えなかった。トリューニヒトに睨みつけられて口籠っている。

「却下だ」
「……」
「二十万隻もの大軍なのだぞ、一旦決めた基本方針を簡単に変えられては軍が混乱する。少し考えて口を開いて欲しいな」
バラースの顔が紅潮している。馬鹿扱いされて屈辱を感じたのだろう。しかしな、トリューニヒトに好意を持たないターレル副議長兼国務委員長、ボローン法秩序委員長もお前に同調しない。馬鹿扱いされても仕方が無いだろう。

「しかし、人道的な見地からあの様な蛮行は……」
「フェザーンの事はボルテックに任せればいい。安っぽいヒューマニズムを振りかざすのは止めてくれないか、バラース委員長。我々は勝たなければならないんだ。それにあそこは地球教の根拠地だ、甘く見るのは危険だ」
「……」
ウンザリした様な口調で遮るとバラースの顔が強張った。皆気付いていないようだがサンフォードは不機嫌そうにしている。思うようにいかない、そんなところか。

「攻め込んで待ち伏せされていたらどうする。大変な損害を受けるぞ。君はその危険性を考えているのか?」
「……しかしフェザーンを助ければ経済面での利得は計り知れない。人道だけじゃない、実利も有るだろう」
バラースの言葉にサンフォードが微かに頷いた、微かにだ。

「議長閣下も同意見ですか?」
トリューニヒトが幾分丁重な口調で問い掛けた。サンフォードが目をキョロキョロしている。積極的に自分から火の粉を被ろうとはしない男だ。火の粉がかかりそうで慌てているらしい。
「頷いておいででしたが?」
トリューニヒトも見ていたようだ。意地悪く指摘した。

「そんな事は無い。確かに軍の方針を変えるのは大変かもしれないがバラース君の意見にも一理あるのではないかね。検討の余地は有ると思うが……」
苦労しているな、そんな言い方で中立を保ったつもりか? 決定的な言質を与えず望みの方向に誘導する。まるでフェザーンだな、議長。おまけに地球教の脅威については全くの無視か。何を考えている! 

「フェザーンを甘く見てもらっては困りますな」
トリューニヒトが言うとサンフォード議長は居心地が悪そうに身動ぎした。標的はバラースから議長になった。ホアンが微かに笑みを浮かべている。結末は見えた。
「貴族連合軍とフェザーンが組んでいるとは御考えにならないのですか?」
誰かが“組んでいる?”と呟いた。皆は顔を見合わせている。

「あの放送は“やらせ”だと言うのかね、国防委員長」
「いや、そうは言いません。実際に被害は出ているのでしょう。しかし貴族連合軍とボルテック自治領主が組んでいる可能性は有る。議長、私はそう考えていますよ」
「……」
サンフォードは不満そうな表情だ。馬鹿な奴、フェザーンが味方だと思っているのか? お前はフェザーンの駒の一つでしかないのだ。もう直ぐそれが分かるだろう。

「我々に助けてもらってもフェザーンにとってはメリットは有りません。貴族連合軍に痛めつけられ我々からは恩を着せられ報酬を毟られるだけです。フェザーンの政治的な地位は低下するだけですな」
トリューニヒトの言葉に何人かが頷いた。もちろんその何人かにはサンフォードとバラースは入っていない。

「しかし貴族連合軍と組んで同盟軍を叩ければどうか? 当然ですが貴族連合軍からは感謝される。特にヴァレンシュタイン中将を戦場で殺す事が出来れば帝国内ではその武勲は空前絶後の評価を受けるでしょう。大きな恩を売れます。それに貴族連合軍の力が強くなれば政府の力は相対的に弱体化する。当然だが帝国での改革は失敗、いや廃止されるでしょう」
「……」
彼方此方で唸り声が起こった。顔を寄せ合って囁き合っている人間も居る。反論は出ない、否定出来ないのだ。

「そうなれば帝国は政府、貴族、平民の間で緊張が高まるはずです。場合によっては内乱、革命という事も有り得る。そして同盟は敗戦により政治的、軍事的に酷い混乱が生じるはずです。帝国も同盟も積極的な軍事行動を執る事は到底無理でしょう。フェザーンの、いや地球教の一人勝ちです」

トリューニヒトが声を上げて笑った。明らかに嘲笑と分かる笑い声だ。サンフォード、バラースの顔が歪む。いや、二人だけじゃない、他のメンバーも表情が強張っている。
「トリューニヒト国防委員長の言う通りフェザーン侵攻は危険だと思う。同盟領内での迎撃という基本方針を守るべきだ、変更すべきではない」
私の言葉に皆が同意の声を上げた。

「サンフォード議長、宜しいですな?」
トリューニヒトが問い掛けるとサンフォードも渋々頷いた。
「それと先日、議長はヴァレンシュタイン中将に直接連絡をしたと聞いていますが」
「……」
皆の視線がサンフォードに向かった。おそらく通信の内容も想像出来た筈だ。サンフォードが気まずそうな表情をしている。

「中将が困惑していました。議長閣下が自分に何をさせたいのかがさっぱり分からないと。フェザーンに攻め込ませようとなさったのですか?」
「そのようなことは無い。今どのあたりに居るのかと気になっただけだ」
誰も信じないだろうな。だがトリューニヒトは頷いた。

「なるほど、そうでしたか。軍はランテマリオ星域で貴族連合軍を待ち受けています。御心配には及びません」
「……」
「それと今後は直接連絡を取るのはお止め下さい。軍を混乱させるだけです。宜しいですな、皆さん」
トリューニヒトの呼び掛けに皆が頷いた。

これでサンフォードの動きは封じることが出来た。ボルテックもサンフォードは役に立たないと理解するだろう。奴がトリューニヒトに接触を図るのも間近の筈だ。その前に多数派工作をしないと……、来年こそは和平を実現するのだから……。





 
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