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マウンドの将

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第五章


第五章

「ボールの転がり方に癖がありましてね。結構独特なんですよ」
「そうなんですか。それは知りませんでした」
 横浜内野陣の守備には定評があった。ショートにこの石井がおりサードには進藤達哉、セカンドには主砲でもある助っ人ロバート=ローズ。そしてファーストには駒田徳広。その守備の良さは他チームをして『併殺網』と言わしめる程であった。だからこそさ程気付かなかったのだろうか。
「じゃあこれで」
 石井はそう言うとグラウンドに出て行った。そして雨の中走り続けた。グラウンドを丹念に見ながら。
 それが終わると彼はロッカールームに戻った。そこには横浜ナインが集まっていた。
「お、西口か」
 ロッカールームに戻った石井は二台のモニターに映し出されている一人のピッチャーを見て言った。
「ええ、何せ第一戦の先発ですからね」
 彼等は西口の投球に見入っていた。やはりその球は良かった。
「スライダーがいいな」
「時折混ぜるチェンジアップも効果的に使ってるな」
 彼等は口々にこう言った。そして彼の投球を細部まで見ていた。そのフォームも実に綺麗なスリークォーターである。スリークォーターである。ワインドアップではない。ここに難点があった。
「ん!?」
 最初にそれに気付いたのは横浜きっての好打者鈴木尚典である。首位打者を獲ったこともある男である。
「どうした?」
 鈴木が首を傾げたのを見て石井が声をかけてきた。
「いえ、西口ですけれどね」
 彼は思いきり投げる西口を指差しながら言った。
「投げ終わったあとやけに一塁に身体が流れますね」
 確かにそうであった。スリークォーターで思いきり腕を振る為だろうか。身体が大きく左に動いていた。
「御前もそう思うか」
 石井はそれを聞いて言った。
「俺も今それを言おうと思ってたんだよ」
「石井さんもですか」
 鈴木はそれを聞いて言った。
「ああ」
 石井は考える目をしながら答えた。
「西武のサードは鈴木健だな」
「はい」
 お世辞にも守備はいいとは言えない。特に前のボールには弱かった。
「成程な」
 彼は再び考える目をした。
「一つ試してみる価値はあるな」
 石井の脳裏にある奇計が思いついた。こうしてシリーズ開始前の雨は両チームに多くの影響を与えた。だがこの時には誰にもわからなかった。
 十月十九日、遂にシリーズが幕を明けた。先発は両監督の発表どおり野村と西口であった。
「やはりな」
 石井はベンチにいる西口を見て呟いた。
「見たところあまり落ち着いてはいないな」
 西口は投手としてはあまり気が強くはない。その為かここぞという時に打たれることもままある。
「最初が肝心だな」
 石井はポジションに向かいながらそう思った。そしてプレーボールとなった。
 まずは簡単にツーアウトとなった。野村の立ち上がりは悪くはない。
 だがここで高木大成がレフト前ヒットで出塁する。ここで東尾は動いた。
「まずは先制点だ」
 サインを出す。高木はそれを見て頷いた。
 打席にいるのは西武の助っ人ルディー=ペンパートン。その四球目だった。
 高木は走った。それに対し横浜のキャッチャー谷繁元信は素早い動作で二塁に投げた。
 その肩は定評がある。高木はあえなく二塁で死んだ。
「谷繁さんっていい肩してるな」
 西口はそれを見て言った。彼はベンチ前で投球練習をしていたのだ。
「頼むぞ」
 東尾は彼に声をかけた。
「任せて下さい」 
 西口は強い声で言った。そしてマウンドに向かった。
「さて、と」
 彼はロージンを握りながらバッターボックスに向かう石井を見ていた。
「このバッターだけは出塁させたくはないな」
 石井の足のことはもう聞いていた。まず彼から横浜のマシンガン打線ははじまるのだ。
 攻撃の芽を潰しておきたい、そして何よりもまずはワンアウトが欲しかった。それで気持ちが楽になる。
 石井がバッターボックスに入った。西口はロージンを落としボールを握った。
「まずは」
 その独特のフォームで投げた。外角いっぱいに入るスライダーだった。
「ふうん」
 石井はそれを見て心の中で呟いた。そして西口の顔を見る。
 やはり焦っていた。とにかくアウトをとりたいのが手にとるようにわかった。
「あれをやるか」
 石井は焦る西口を見て思った。そして身構えた。
 二球目はストレートだった。一球目と同じく外角だ。石井はここで動いた。これがシリーズの流れを半ば決定付けた。
「なっ!」
 それを見て西口は叫んだ。彼だけではない、西武ナインも、東尾もアッと驚いた。
 何とバントだ。石井は西口のその外角へのストレートを三塁側に転がしたのである。
「しまった!」
 西口は咄嗟に動こうとする。だが態勢が一塁側に流れていて反応が遅れた。
 
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