| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第52話 「皇太子殿下の切り札」

 
前書き
白酒、もってこーい。 

 
 第52話 「最悪のシナリオ」

 財務尚書のゲルラッハだ。
 宰相閣下のご命令により、フェザーンで泳がせていたバカな貴族達の処分が決定した。
 貴族院にも入れなかったような連中だったが、一応貴族で、貴族全体の約三分の一にもなる数だ。混乱は必至と思われた。
 ところがあっさりと後継が決まり、各領地では混乱もなく終了してしまった。
 肩透かしを食らったような気分でもある。
 新しい領主となった若い貴族達は、皇太子殿下の意志を汲んで改革に動き出している。領民達もそれを歓迎しているようだった。
 無論これには、フェザーンも一枚かんでいる。
 有体に言えば、各星系における借金返済の延長といったものだ。
 さらには政府主導による工業製品の品質向上といったものも含まれている。今までは軍事関係にばかり偏重していた技術力が、民間にも還元され始めたという事でもある。
 平民達の生活水準が底上げされる形で向上してきた。それになにより戦争がなかった。つまり軍にいる男性が、休暇や除隊で民間に帰ってきたという事もある。
 これによって帝国は第一次ベビーブームだ。
 出生率が跳ね上がった。
 それに伴う好景気に沸いているのだ。

「今のうちに設備を整え、技術力を高めておけ」

 とは、皇太子殿下のお言葉である。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 ダスティー・アッテンボロー■

 ホーランド少将が、作戦本部の正面玄関前で記者につかまっていた。
 あいかわらず威勢の良い事ばかり言っている。

「どうも軍首脳部や政府首脳たちは、あの皇太子の幻影に怯えていると見える」

 皮肉げな笑みを浮かべ言い放った。
 主戦派の提灯記事を書いている記者たちも共に笑っている。

「そもそもあの皇太子は本質的に文官だ。決して武官ではない。軍人ではないのだ」

 にやにやと笑う記者を前にして、気分が良さそうだ。

「したがって戦場を知らん。戦場の機微というものが解っていない。諸君、あの皇太子が帝国宰相になってからというもの、戦闘が行われていないと言うが、そのことについてどう思う?」
「和平を考えているのでは?」

 問いに答えた記者に向かい、頷いてみせる。
 しかしひとしきり頷いた後、大仰に記者たちを見回して言う。

「ではなぜ、和平交渉をしようとはしないのだ? 和平を望んでいるのであれば、交渉をすれば良いではないか? だがしない。交渉をしようとはしていない」

 うんうんと記者たちも頷いていた。
 そしてホーランドは記者たちに顔を近づけ、囁くように言った。

「それはな、あの皇太子が臆病だからだ。確かに帝国であれば、奴は好き勝手にできるだろう。皇太子という立場に周囲の者達が阿るからな。しかしそんなものは同盟には通用しない。化けの皮が剥がれる事を恐れているのだ」

 バカが、何を言ってるんだ。例え皇太子が臆病だったとしても、直接交渉するのは皇太子じゃない。部下だ。交渉事に強い者を交渉に当てれば良い。
 剥がれるような化けの皮などないんだ。そんな事も分からないのか?

「戦争も同じだ。実際に戦って負けるのを恐れている。帝国改革という看板に傷がつくのを恐れているのだ。だから綺麗事ばかりいう」

 綺麗事?
 帝国改革が、綺麗事だと? 我々同盟は、帝国の圧政に苦しむ民衆を解放するという看板を、掲げている。あの皇太子が帝国改革をして、平民たちが貴族の横暴から開放されるなら、それは歓迎すべき状況だろう。
 それを綺麗事だと!!

 ■宰相府 財務尚書 ゲルラッハ■

「産婦人科の医師たちが悲鳴を上げているようですぞ」
「頑張れ。嬉しい悲鳴という奴だろう」
「まあ、そうでしょうが」

 帝国では、ぽこぽこと赤ん坊が、毎日のように生まれてきている。
 この分では近い将来、人口が倍に増えるかもしれん。
 はぁ~。思わずため息が出てしまう。
 学校を新しく建てねばならんし、それに、ミルクに医療品の増産も必要になる。なんといっても億単位だからな。
 今年一年で、生まれてくるであろう子どもの数は、十億を越える。
 いったいどうなっているんだ?

「二百五十億が、二百六十億になったところで、大した問題じゃない。これぐらいでは、まだまだ足りないぐらいだ」

 と、皇太子殿下は仰るが、教師の数も足りないし。
 保育士も足りん。頭が痛い。

「殿下、書類をお持ちしました。軍務省からです」
「ああ、ありがとう。そこへ置いておいてくれ」

 寵姫の一人が、軍務省からの書類を持ってきた。
 暗い目をしている。黒くて、光沢の薄い目だ。暗い雰囲気に覆われているな。顔立ちはかわいらしいのだが、表情がない。もったいない。笑えばかわいいだろうに。

「冷凍イカはあいかわらず、暗いな」
「殿下、ひどい事を仰る」
「悲しいおめめをした冷凍イカじゃねえか」
「なにを戯けた事を仰るやら。いつか刺されますぞ」
「色恋沙汰で死ぬなら本望だ。後は任せたぞ」
「これまた冗談ばかり」

 冗談はこれぐらいにして、本題と行きましょうか。
 書類を取り上げる。
 この一年で向上したのは、出生率だけではない。
 民生品の質。その品質も向上した。同盟のものと比べても遜色ないほどに。
 税金を引き下げられたために家計にゆとりが出てきた。可処分所得が増えたのだ。しかもそれは皇太子殿下の治世が、そうそう変貌しないと思われているお蔭で、将来に対する不安がさほどない。
 すなわち、

「消費に回される金が増えたと言う事ですかな?」
「景気は気からだ。この手の問題は、結局は気合に左右される」
「精神論ですか?」
「そうかもしれんな。帝国は成長するのだ。してみせる。そういう気概がないと、な。特にトップはだ」

 確かにトップは上を向いていてもらわねば、なりませんな。
 下ばかり見てるトップの下では、息がつまる。

「それに上級財と下級財の問題もあるしなー」
「限界消費性向の問題もですな」
「あたまいてー。まあ同盟よりははるかにマシなんだがな」

 皇太子殿下がカップに口をつけつつ、仰った。
 フェザーンを手に入れたことで、解った事がある。

「帝国は自国建て債務ですからな」
「あいつら、フェザーンに借金してたんだぜ。国債を買い取ってもらっていた。まあそれはいいとして、なんでフェザーンの通貨で借金してんだ」
「フェザーンに条件を飲まされたんでしょうよ」
「自国通貨なら、中央銀行に金を刷らせて、国債を買い取る事もできる。インフレが心配だがな。ところがあいつら、金利まで、向こうに操られてやがる。統一したくないな~」
「嫌気が差しますな。ある意味、門閥貴族と大差変わりありませんな」

 皇太子殿下が頭を抱えて、ため息を吐いておられる。
 統一すると言う事は、同盟の借金を背負う事になってしまう。
 巨大な自治領であり、金食い虫を飼うようなものだ。正直なところ、帝国だけでも厄介なのに、借金漬けの他国など、欲しくない。
 いらんと言って、蹴っ飛ばしてしまえるなら、どれほどありがたいことか……。
 もしそうできたなら、とっておきのシャンパンで祝杯を上げても良い。

「民主主義の欠点を教えてやろうか?」

 俯いていた皇太子殿下が、顔を僅かに上げ、上目遣いで言った。

「なんですかな?」
「自由と権利は、無責任と自分勝手に流されるというところだ。だからこそ、自律、自主、自立を掲げたんだよ、アーレ・ハイネセンは。ところが今の同盟はどうだ?」
「衆愚政治を突っ走っていますな」
「だいたい民主主義は、必ずしも良い政体じゃないしな。運用する人間次第なのは、専制政治も同じだ」
「国民総生産は同盟の方が高いのでは?」
「人口比から来る見た目はな。帝国も生産性そのものは低くはないぞ。低ければ、貴族が遊興に金をつぎ込めるわきゃねえだろう。どうしたって、無いところからは取れない。取るものがそもそもない」
「平民達も趣味に、金を落とせるぐらいですからな~」

 ジークの父親は蘭の栽培が趣味だという。
 蘭も案外高い。にもかかわらず買えるのだ。つまり生活必需品ではなく、贅沢品を買える。買おうと思えるぐらいには、余裕がある。でなければ商売が成り立たん。
 貴族のみを相手にしているだけでは、成り立たないものだ。

「上級財と下級財も厄介だよな」
「まあ確かに」
「安いからといって、下級財とは限りませんからね」
「そうだよな~」

 たとえば、本で言えば解りやすいだろうか?
 ハードカバーの本と文庫本。
 ハードカバーよりも文庫本の方が安い。しかしハードカバーの方は大きくてかさばり、持ちにくい。ちょっと持ち歩いて読むには、文庫本の方が好まれる。
 好む者が多いから売れる。という事は安いからといって、文庫本を下級財と言えるだろうか?
 収入が多いからといって、ハードカバーばかり買うとは限らない。それは値段だけの問題ではないからだ。この場合、値段に差はあるが、両者とも上級財扱いになる。
 頭の痛い問題だ。

「それに基本的に俺は、計画経済には反対なんだ」
「ふむ。そうですか?」
「ただな~。俺が言わないと動かないから言うしかない」
「無意味な自主規制がありますからな~」

 皇太子殿下が皮肉げに笑う。
 昔のルドルフも俺と同じだったかもなと仰る。
 なぜと問う。

「人任せにする奴が多すぎるんだよ」

 ルドルフに任せっぱなしだった。
 あれも頼む。これも頼むばかりじゃ、嫌気が差す。
 そのくせ、一端に口を挟みたがるんだ。
 で、結局。ああ解った。俺がやるから口を挟むな、と口出しできないようにされた。
 ある意味、共和主義者たちの自業自得というやつだとは、皇太子殿下の弁だ。

「まあ、今も昔も世の中を動かすのは、プレイヤーだ。評論家じゃない。自ら動く奴が世を動かす。人がやっているのを見て、偉そうに言う奴らじゃない」

 クロプシュトックの息子なんか良い例だろ?
 と皇太子殿下が笑みを浮かべた。
 確かにヨハン・フォン・クロプシュトックは自ら考え、動いている。その行動がブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム候爵をも動かす原動力となった。

「とはいえ結局、ルドルフの悪影響が響いている。もっとも今の現状をルドルフが見たら、呆れるだろうがな。歴史は繰り返すと言う奴だ」
「不敬ですぞ」
「それがどうした。こちとら皇太子だ。文句は言わせねえよ」

 やっぱりこのお方の俺様ぶりは、たいしたものだ。大帝相手にも萎縮しない。
 銀河帝国の二代目がこのお方だったら、帝国はどうなっていただろうか?
 案外、大帝とケンカしながらでも、うまくいっていたのではないか?
 それにしてもよく勉強しておられる。

「士官学校に入る前から、改革については考えていたからな。あの頃はかなり勉強したぞ」
「そんな昔からですか?」
「問題を探るたびに、やってられっかという気分に陥ったが……」
「私も頭を抱えつつ、やっております」
「ざまーみろ」
「ひどいですな」
「目を逸らしすぎたからだ」

 俺が頭を抱えている理由が解ったかと、皇太子殿下は言った。
 知りたくなかった。知ってしまったいま、痛切にそう思う。
 それから話が公共事業になる。

「公共事業もねー。熊しか通らない道を作っても意味は……」
「あのなー。結果的に野生動物しか通らなくなっただけだ。計画が立てられたときには、人が住んでいた。それが不便だったから人がいなくなったんだ。経済対策としての公共事業にはな。単一の理由しかないわけじゃないぞ」
「ふ~む」
「人間不便なところより、便利なところの方が良いと思うのは、当然だ。インフラを整えて、便利にしていく。企業誘致のみだけじゃなくて、人口流出を防ぐためにも必要なんだよ。ブラッケにも言ったがな、オーディンで橋や道路が必要かと聞けば、要らないと答える者も多いだろう。しかし辺境では、あって当たり前と思えるものもないのが現状だ。その結果、辺境から人が減って、オーディンには人が増える」
「う~ん」
「となると辺境では、活性化したくても人口そのものが足りなくなる。それを良しとする訳にはいかないだろう?」
「確かにそうですな。やはり頭が痛くなりますな」
「だから頭抱えてるんじゃねえか」

 皇太子殿下が憂鬱そうに笑みを浮かべる。
 ため息が吐きたい気分だ。

「……マズローの自己実現理論」

 ぼそっと呟かれる。
 帝国の格差問題ですか?

「ああ、あれですか?」
「世の中、あの通りに回ってるなんて思っちゃいないが、まあ目安だな」
「そうですね」
「治安は何とかなる。単純労働だが、仕事もできてきた。医療問題は例の劣悪遺伝子排除法を廃法したときに、筋道をつけておいた。教育問題はクロプシュトックに押し付けてやろう」
「千里の道も一歩からです」
「違いない」

 帝国を背負うというのは、こういう事なのですな。
 こう言ってはなんですが、皇族に生まれなくて、良かったとつくづく思います。

 ■自由惑星同盟 統帥作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

 作戦本部の会議室。その一角で、フォーク大佐とホーランド少将がにらみ合っていた。
 短絡的な戦争主義では、皇太子に勝てない。
 そう主張している。

「そもそもあの皇太子が臆病などと、いったいどこから聞きかじってきたんだっ!!」

 ばんっと両手を机に叩きつけ、フォーク大佐が言う。
 目はホーランド少将から外さない。
 睨み付ける視線がいっそう強くなった。

「ではなぜ、和平交渉をしないんだ?」

 せせら笑うホーランド少将に対し、フォーク大佐は一言呟く。

「欲しくないからだ」

 自由惑星同盟など欲しくないからだ。と叫ぶように言った。
 その言葉に部屋の中にいた全員の視線が、フォーク大佐に向けられた。
 誰もが呆気に取られた表情を浮かべる。
 いったい何が言いたいんだと、言いたげな表情だった。

「帝国……いや、あの皇太子は自由惑星同盟など欲しくはないというのか? 大丈夫か、お前?」

 怒りを通り越して、哀れむような口調でホーランド少将が、フォーク大佐を見つめながら言う。
 視線が伏せられぎみだ。
 おかしくなったのでは? という疑問すら湧いてきた。
 だが、フォーク大佐は、そんな視線を気にしたような様子を見せずに、話し出す。

「帝国はフェザーンを手に入れている。フェザーンに買い取られた国債の額。それらは莫大なものだ。借款期限が過ぎているものが大半だ。それを全て返済しろと迫られたらどうだ?」
「そんなものは……」
「いかに戦争しているとはいえ、踏み倒せるか? そんな事をすれば二度と貸してくれなくなるぞ」
「そ、それは……」

 ホーランド少将の口調が弱くなった。
 経済危機。
 その言葉が脳裏に浮かぶ。
 部屋の中にいる我々も、考え込んでしまった。

「しかもフェザーンの通貨だ。返済はほぼ不可能。となれば、頭を下げて同盟の通貨で返済しなければならなくなる。借金を返済しきれるだけの額だ。同盟内はハイパーインフレどころの話じゃないぞ。しかもその時には、フェザーン資本も撤退するだろう。同盟の経済は壊滅状態になる」

 ぞくっと背筋に冷たいものが走り抜けた。
 いつでも同盟を壊滅させる事ができるのだ、あの皇太子は。武力衝突も無しに……。

「そうしておいて兵を動かす。混乱しきった同盟に対処し切れるのか?」
「無理だろう」

 思わず呟いた言葉に、フォーク大佐がこちらに視線を向け頷いた。

「治安維持に軍の力は必要だ。いったいどれだけ動員できるものか……。その上、帝国は一〇個艦隊以上は動員してくるはずだ。一気に終わらせるためにな」

 帝国の正規艦隊が大群を成して、同盟に攻め込んでくる。
 その光景を想像する。体が震えた。
 悪夢だ。
 一気にハイネセンまで進軍される。
 そして降伏か……。
 あっという間に自由惑星同盟は消滅する。
 あの皇太子、こんな切り札を持っていたのか。余裕があったはずだ。

「これが最悪のシナリオだ。それを防ぐために、軍の行動は慎重を期さねばならん」

 フォーク大佐が部屋の中をぐるりと見回しながら話す。
 そして再び、ホーランド少将に視線を合わせ、

「なぜ、それが解らないんだっ!!」

 と叫んだ。 
 

 
後書き
三月です。
ひなまつり。
三人官女ならぬ、わたしたち三人も、明日は飲み会です。
お雛様じゃないところが、けっ。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧