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SAO ~キリトさん、えっちぃコトを考える~

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第三話

 ―――なぜこんなことになったのだろう。

 頭の中で何度も自分に問い直すが、明確な答えは出なかった。

 「……どうしたの、キリト君?」
 「いや、ちょっとめまいが……」

 横のアスナの百パーセント善意の問いかけが、ひどく胸に刺さる。

 今の俺は、いつぞや……もうはっきり思い出せないほどに昔に感じる過去に変装用に使っていた赤のバンダナを頭に巻いて、首には同色のマフラーで鼻のあたりまでを覆い隠している。いつもの黒のコートまで鈍色の地味な上着に変えての変装は、自分ではそれなりに気合を入れたつもり……なのだが。

 「……やっぱり、センス悪いよね……」
 「う、うるさいなあ……」

 お隣の『閃光』殿にはいまいちお気に召されなかったらしい。かく言う彼女も俺の服装になにかを感じ取ってはくれたようで、いつもの派手な紅白のギルドの正装ではなく、ずいぶん昔の思い出の中で来ていた臙脂色のコートを羽織った地味目の普段着姿。革製っぽい色合いのロングスカートは、戦闘向きではないだろうがいかにも「目立たない」感じである。

 悔しいが俺と違い、その服装は彼女によく似合っており、さらに。

 「……め、眼鏡なんかもってたのか……」
 「変装用よ。……最近、一人で出かけるといろいろめんどくさくって」

 彼女の顔にはオプション装備……「メガネ」が装着されていた。

 地味を絵に描いたような、現実では最近ではめったにお目にかかれないだろう正円形のレンズ……漫画チックに言うのなら「牛乳瓶の底」と称されるようなそれは、確かに彼女をいつもの彼女と別人と誤魔化すくらいなら容易くやってのけそうだった。……もっともそれほどの装備を以てしても、「美女」が「眼鏡美女」になっているだけなのだが、「これで地味な子」と信じているらしい彼女にはそれは言わないでおいた。

 そんなアスナを横目に見ながら、俺は深くため息をつく。

 (そこまでして付き合わなくても……っていうか、今日だけは……)

 アスナの付き合いの良さは身をもって知っていたが、そう、今日だけはご遠慮いただきたかった。なにせ今日は「アスナのパンチラの写真を渡してもらうために、アルゴの隠し撮り写真を撮影してくる」という任務を帯びての行動なのだ。ああ、言ってて自分で頭痛くなってきた。

 もちろん、アスナにそれをありのままに説明しているわけではない(というか、できるわけがない)。彼女には今は「アルゴが秘密のクエストを行っているので、それを彼女に気取られないように尾行・護衛してほしい」という依頼を受けたということで説明している。というか、依頼人のモザイクが咄嗟にそう口裏を合わせてくれた。一から十までふざけた変態だったが、この点だけは感謝せざるを得ない。

 「でも、クエストって……街中でこなすタイプのやつなの?」
 「あ、ああ……たぶん。俺も詳しくは聞いてなくって」
 「……依頼内容でしょ。ちゃんと聞いとかなきゃダメじゃないの?」
 「あ、ああ、そうだな。詳しくきくべきだった」

 真っ赤な嘘だ。詳しく聞く意味なんぞ全くない。
 例の写真が撮られ、それがあの変態の手元にある。それだけでもう十分だった。

 (ああ、なんでこんなことに……)

 二人で通行人を装って露店のパンをかじりながら、ちらりと標的を見やる。楽しげに街中の露店を回りながら談笑する、小柄な女性。フードごしに見えるその顔には、彼女……鼠のアルゴのトレードマークであるおひげのペイントが覗いている。

 その標的……そう、今の彼女は俺にとって『標的』なのだ……に向けて、俺は視線だけで必死に念じる。

 (……頼むアルゴ、『圏外』へ出てくれ!)

 全身全霊のテレパシーでアルゴに訴えかける。

 アスナは、《隠蔽》のスキルを持っていない。それはすなわち『圏外』……人通りの少ない場所でアルゴの《索敵》を誤魔化す手段を、彼女は持っていないということだ。今……主街区でこうして人込みの中では彼女の同行を断る理由がないが、アルゴが『圏外』に出れば自然な流れで彼女の同行をお断りできるのだ。

 ……まずは横のアスナのをなんとかしないことには、アルゴの盗撮どころではない。

 (……頼む! 後でなんでも情報買うから!!!)

 目覚めよ俺の超能力とばかりに精神力を振り絞る……と。

 「……ん? なんか、アルゴさんの様子が……」
 「お、おおっ!? っとと!」

 アルゴが何かに気づいたようにふっと顔を上げる。

 マズイ、ばれたか!? と一瞬不安になるが、アルゴの顔を見てそれを打ち消す。彼女の顔はこちらを向いていなかった。この人込みの中で、それも《索敵》をしているわけでもない状況では、彼女がこちらに気づくのは……目線を合わせてカーソルを表示させでもしない限り……難しい。

 なら、あれは。

 「……メッセージかな? あ、走り出した!」
 「追うぞ、アスナ!」

 何者かからのメッセージか。

 俺は走り出したアルゴを追って、人ごみの合間を走り出した。





 鼠のアルゴ。

 その顔の特徴的なペイントと、「売れるものなら己のステータスでも売り捌く」というその姿勢で名高い、SAOでも指折りの情報屋。そんな彼女と俺の付き合いはなかなかに長く、サブウェポンとして俺のスキルスロットに居座る《体術》も彼女の情報によるものだったりする。

 まあだからと言って、それは別に俺がひいきにされているというわけではなく、事実俺の情報も名も知らぬ誰かにいくばくかの金額で売り捌かれている。彼女の噂の一つにある「鼠と十分話をすれば、千コル分のネタを抜かれているぞ、気をつけろ」の通りだ。

 しかしその長い付き合いの彼女の「仕事ぶり」を見るのは、思えばそうそうない機会だった(後になって思い返せばこの尾行はその貴重な機会だった)。

 十分話せば、千コル分のネタが抜かれる。しかしそれでも、彼女と十分話していたくなる……いや、「話した方が得だ」と相手に思わせている。その境地に達するのに必要な努力と苦労は、俺のようなソロの勝手者には到底わからないものなのだろう。ありとあらゆる店やギルドを渡り歩く彼女の姿には、そんな苦労の片鱗をうかがわせるものだった(もちろんその時の俺は知る由もなかったが)。

 そして、そんな彼女の交流網。
 その広い網には当然、彼女の『同業者』もおり。

 そこには、居てほしくない俺の知り合いがいたりもしちゃうのである。





 ふざけんな! と叫びださなかったことを、俺は自分をほめてやりたい。

 「あれって、シドさんだよね……」
 「ああ、そうだな」
 「え? な、なんか怒ってるの?」

 アスナの問いかけに答える自分の声が、若干震えている自覚はあった。

 大通りからひと気の少ない脇道に駆け込んだアルゴ。そこで待っていたのは、ひとりの……俺のよく知っている男だった。奇妙なほど細長い手足に、アルゴよりもはるかに高い身長。黒を基調としたその服装に一切の武器を持たない特徴的な外見は、見間違うはずがあるまい。

 (なんでてめーがここにいるんだよ……!)

 俺にあのモザイクとかいう変態を、ひいてはこの仕事を斡旋した男。
 情報屋のシドだった。

 「ね、ねえ、キリト君……? さっきからなんか表情が怖いんだけど……」
 「……いや、なんでもない。ちょっと考え事を」

 どうやったらあの男に呪いをかけてやれるか、とかな……と心の中で続けたが、口には出さない。

 断っておくが、べつにシド……クエスト専門の情報屋が、なんでも情報屋のアルゴと接触することが悪いとは言わない。むしろ多くの情報を共有してそれを全プレイヤーへと還元してもらうことは、SAO攻略とプレイヤーの生存率向上に不可欠であり、どんどん勧められることである。

 だが、よりにもよってこのタイミングはないだろう……というより。

 (お前がアルゴと会うなら、お前が盗撮しやがれよ、なんで俺に!?)

 あの男も情報屋とはいえ、それなりの実力者である。その上それなりに《隠蔽》のスキルを上げている上に、能力は敏捷特化型。尾行も盗撮もこいつのほうがずっと向いているだろう。いちおうなんとかというギルドにも入っていたが、もっぱら活動はソロなので、汚名をかぶってもさほど困るまい。

 ……とまあ、どこまでも適任者なのだし、本人もそれが分かっているはずがなのだが。

 (……それを知りつつ、俺に丸投げしやがって……)

 目一杯憎しみを込めて楽しげに談笑するシドを睨みつける。アスナの表情がますます怪訝なものへと変わっていくが、それはこの際無視。視線にダメージ判定があるのであればHPの半分くらいは減らしてやれそうな勢いで視線を飛ばすが、もちろんそんな都合のいいシステムなど存在しない。

 「……んー、あの二人、やっぱり仲いいのかな……私どうにもシドさん苦手なんだけど……キリト君は同じソロ活動の多いヒト同士割と仲いいよね」
 「今まではな」
 「え?」
 「い、いや、なんでもない。……まあ斜に構えたヤツだし、向こうもなんとなくアスナには苦手意識あるみたいだよな。割とテキトーな奴だし、合う合わないはあるんじゃないか?」
 「適当……そう、適当よね、あの人。もうちょっと真剣になれば攻略だってもっとはかどるようになりそうなものなのに……」
 「ああ、今度シメてやっといてくれ」

 俺の恨みの分までな。

 他愛のない会話の間にアルゴとシドはなにやらやけに楽しげに談笑している。唐突な呼び出しでひと気の少ない脇道での情報屋同士の密会、という一見シリアスな雰囲気が漂いそうなシチュエーションだが、当人たちはそんな様子は見えない。まあ、見えない、というだけで。

 「……さすがにこの距離だと、なに言ってるかは聞こえないわね。キリト君はどう? 《聞き耳》とか上げたりしてないの?」
 「まさか。俺もさっぱり聞こえないな……さすがにそこまでスキルスロットの余裕はないよ」
 「君ならなんでも上げてそうな気がするけど、まあしょうがないわね」

 大通りで壁にもたれかかってその様子を遠くから窺う俺達には、その会話までは聞き取れない。もしかしたら談笑しながらドシリアスな会話をしているのかもしれない(極めて好意的にとらえるなら、だが)。

 なんとか少しでも聞き取ろうと、耳を澄まし、

 「……? メッセージ?」

 た、俺に聞こえたのは、メッセージを受信したことを伝えるシステム音だった。アスナのほうを見れば彼女もそれだけで察してくれたようで、コクリと一つ頷いてアルゴのほうに意識を集中する。それを確認してメッセージを開いて、

 「……? …………???」

 俺の頭には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。

 まず送信者名。……シド。は?
 次に件名。……シャッターチャンス! はぁ?
 最後に本文。……『映像結晶』。全力ズームで構えろ。早く! ……はあぁ?

 訳が分からない。とにかく反射的に指示通りにアイテムを取り出して、

 「っ、うおっ!!?」

 二人を見やった瞬間に、俺は思わず目を見開いた。

 会話が終わったらしく、二人が路地の向こうへと駆けだそうとして……アルゴが派手にすっ転んだのだ。纏ったコートがふわりと大きく広がり、ブーツが、太腿が、そしてその上が。いや、その上は丈の短いズボン……キュロットスカート、というのか……だった。……だった、のだが。

 「……うおぉ……」

 そのシーンは、今の俺には刺激が強すぎた。あの一場面は、いやがおうにも俺には先日の……隣の彼女のとあるアクションを思い至らせてしまう。知らずに感嘆の声を漏らして、さらにはごくりと喉がなってしまうのが感じられた。

 そして、一瞬おくれて。

 「……キリト君。……それ、なに?」
 「……え?」

 アスナの、絶対零度もかくやという冷めた視線が俺へと突き刺さった。

 「……え? ……えぇ?」

 すっ転んだアルゴ。
 影からそれを見つめる、俺。
 そしてその手にある、撮影用の、『映像結晶』。

 それらの符号の意味するものは。

 「ちちち違うんだこれは!? さっきのメッセでちょっと確認することがあって!!!」

 本当に違うんだ。いや、目的的には違わないけど、これは違う。
 アスナの視線に心のHPが全損されかけながら、必死に弁解する。

 幸いなことに、俺の悲痛の叫びはアルゴ達には聞こえなかったらしかった。

 
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