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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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番外中編
  蒼空のキセキ5

 
前書き
 最終話です。思ったより長くなっちゃいましたね。 

 
 「んぅ……?」

 今まで味わったことのない奇妙な感覚の中で、私は目が醒めた。

 浮いてる。
 そして。

 「……だれ……?」

 抱きしめられている。
 誰かに、力強く。

 「おー気が付いたかよ……」

 その誰か、は。

 「まったく、最後の最後にやらかしてくれるぜ……」

 寝惚けた私に向かって、頬に汗を一筋光らせながら、にやりと笑った。





 シドの反応は、早かった。

 ソラが足場へと飛び移ろうと膝を曲げた、その動作だけで彼は彼女がいつもと違うことを鋭敏に察知していた。誰よりも彼女の近くで彼女の一挙手一投足を見届けた彼だからこそ、異変の確信をもって即座に駆け出していた。

 「レミっ、『鎖鎌』!」
 「っ!?」

 同時に叫ぶ。

 何が起こったのか分からなかっただろうレミの声には答えず、そのまま『敏捷』全開の疾走。一極化して鍛え上げたその足は、ポリゴン形成すらも置き去りにしてまさに風となって彼女の下へと駆け抜けていく。

 がくり、と崩れる彼女の膝。
 同時に生じる、ボスの爆散による大量のポリゴン片。

 「おおおっ!!!」

 シドの喉から、絶叫が迸る。
 ようやく事態を把握したレミ、ファーが動き出したときには、彼はもう床を蹴って飛んでいた。

 そこは、空の穴。
 落ちれば間違いなく命を奪うだろう空間に、シドは一片の迷いもなく飛び込む。

 同時に、彼の世界がスローモーションへと変じていく。

 なにかを掴むかのように、空中を掻く指先。
 意識の電源の切れたような、空虚な表情。
 聞き取れない、しかし確かに何かを紡ごうとした唇。

 そのすべてが、一瞬だけ空で止まり、そしてゆっくりと下降し。

 「ソラあああああああああああっ!!!」

 落ちていく寸前のその体を、シドは寸毫の迷いもなく力強く抱きしめた。





 「し……ど……?」

 ようやく戻ってきた意識の中で、彼の名前を呼ぶ。
 けれども喉から出たのは、蚊の鳴くような細い音だけだった。

 「おおシドだよ。目ぇ覚めたようで何よりだ」

 それでも彼は、その声にこたえてくれた。

 「私……浮いてる……?」
 「おぉ、そうだ。で、起きたんだったら早急に状況を把握しろ。時間ねえぞ」
 「状況……って、シドっ! 腕っ!!!」

 シドの声のままに目を向け……私は思わず声を上げてしまった。

 シドの、右腕。私のプレゼントである手甲に包まれた腕には重厚そうな鎖が絡みつき、その先端にある刃……大きな鎌が、彼の二の腕に深々と食い込んでいた。おそらく細腕の半ばほどまでを断ち切っているだろうそこから、痛々しい継続ダメージの赤いエフェクトフラッシュが走る。

 「シドっ、う、腕からっ!」
 「そこはまあいいだろ、次、周囲」

 怖くないはずないのに、彼は私にそう言った。
 私をあやすように。私をおびえさせないように。

 声に従って、またあたりを見回して……私はやっと状況を悟った。

 (……シド、助けてくれたんだ)

 伸ばした右手に鎖鎌を絡ませながら、彼は左腕で私をしっかりと抱きしめていた。二人をぶら下げるその鎖の先をみやれば、雲の合間の崩れた足場へとつながっている。

 おそらくレミだ。

 『鎖鎌』は特殊な武器であり、いくつもの攻撃方法がある。おしりについた分銅を投げつける技。鎖で絡め取って、鎌で切りつける技。そして、鎌を《投擲》する技。レミの《投擲》スキルによって投げられた鎖を命綱にして、彼は落下する私を抱きとめた。

 「おーし、状況は分かったみてーだな。じゃあ、次は、指示だ。よーく聞いとけ」

 私の表情を見た彼は笑みを作る……が、その額には、汗が一筋。
 そしてシステムウィンドウでは、決して多くない彼のHPが減少していくのがはっきり見える。

 けれど彼はそれをちらりとも見ないで。

 「ソラ」

 私の顔を、しっかりと見つめて。

 「しがみつけ。絶対に、はなれんじゃねえぞ」

 はっきりと、そう告げた。






 ソラの両手がシドの体を抱きしめた、その直後だった。

 「きゃあっ!!?」
 「っ……!」

 二人の体が、ガクンと揺れた。

 シドの右腕が切断されたのだ。鎖鎌の技に、「相手傷つけずに鎖だけを伸ばす」なんて器用な技はない。レミが咄嗟にはなったのは、「鎖で敵を絡め取って鎌を突き立てる」技だったのだ。彼女の決して弱くない攻撃をもろに右腕に受けたシドの『部位欠損ダメージ』は、ある意味当然と言えた。

 そしてある意味当然と言えたからこそ。

 「っしぃっ!」
 「っ、うぁっ……」

 シドはしっかりと対応をとっていた。

 ソラを抱いていた左腕を伸ばして、上方へと逃げようとした鎖を握りしめる。じゃらじゃらと音を立てて鎖が手のひらを擦っていく様は到底気分のいいものではないだろうが、それでもシドは全身全霊でその鎖を握りしめる。同時にソラが、シドの体に回した両腕に強く力を込める。

 「よーし、ぜってぇはなすなよ……!」
 「う、うんっ!」

 ソラが頷く。顔を赤らめ、何度も、何度もうなずく。

 「だ、大丈夫ッスか!? すぐ引き上げるッスよ!」
 「……もうちょっと、堪えて……」

 穴の上から、レミとファーの声。
 あわてる声と同時に鎖が強く引かれて、二人の体が上昇していく。

 ゆっくり、ゆっくりと登っていきながら。

 「だってよ……。まったく、気の抜けない冒険だぜ」
 「……うんっ。ぜったい、はなさないよっ……!」

 しっかりと抱き合う二人は、にっこりと笑いあった。





 「ぜってぇはなすなよ……!」

 どきん、と胸が鳴ったのを、私ははっきりと感じた。思えばおかしな話だ。このSAO……バーチャルの仮想世界では、心臓の鼓動なんてないはずなのに。それなのに、寄り添う彼に対して自分の胸の音が聞こえちゃわないか心配になるほどに、心臓が早鐘を打つ。

 「う、うんっ!」

 赤くなっていく顔を自分でも意識しながら、しっかりと両腕に力を込める。

 「うんっ。ぜったいに、はなさないよっ……!」

 顔が、ゆでだこみたいになった顔で、私は満面の笑みを作る。こんな状況で、まさに命拾いした直後で、今まさにみんなが頑張っているというのに、不謹慎だと自分でも思う。でも、それでも、私は頬が緩むのをこらえきれない。

 (……えへへ……ぜったいはなすな、っていわれちゃったっ)

 彼が、私に。
 自分のことを、絶対に離すなって。

 抱きしめる両腕すらも足りなくなって、私は彼の体に頭を委ねる。頬ずりをするように彼に寄り添う。彼はそれに気づいているだろうか。さすがに、私ほど不謹慎ではない彼は、そんなことを気にする余裕はないかもしれない。

 (……好きだよっ。大好きだよっ!)

 唇だけで呟く。私は、彼が大好きだ。絶対に離したくない。

 (何があっても、絶対に離さないからねっ! もう、聞いちゃったからっ!)

 友達として、一緒に馬鹿やってくれる彼が好きだ。
 仲間として、力を合わせて冒険するのが好きだ。

 でもでも、まだまだ足りない。
 私はまだまだ、満足してない。

 ―――絶対に、はなれんじゃねえぞ。

 (……分かったよっ、シドっ)

 私はきっといつまでも一緒には冒険できない。これから先、さっきみたいな発作はまた繰り返される。その時、今回みたいにみんなが都合よく助けてくれるとは限らない。今回みたいなことが繰り返されれば、私はもうみんなと肩を並べて……シドと背中を合わせて戦えなくなっちゃう。

 (……ううんっ、ひょっとしたら……)

 そしてもしかしたら、それはもう「発作」なんて生易しいモノじゃなくて……。

 (……でも。でもっ、ねっ!)

 それでも私は、一緒にいるんだよ。
 私はぜったい、ぜったいにシドと一緒にいるからね。
 たとえ何が起こっても、どんな姿になっても、私は離れないからね。

 そのときの彼に、私が見えなくっても。
 そのときの彼が、私を見失ってしまっていても。

 あなたが言ってくれたように、私は絶対に離れないから。

 (あなたも、私のことを、忘れないでね……)

 それは、酷かもしれないけど。すごくすごくつらいかもしれないけど。
 私のために、あなたは一生苦しんでしまうのかもしれないけど。

 それでも、私はそんな願いをこめて、彼の胸に顔をうずめた。











 「御主人様、どうなさいました?」

 その声に、俺ははっとした。
 そして自分が何をしていたのかを思い返して……苦笑してしまった。

 「いえ、なんでもありませんよ、牡丹さん」
 「……なにかあればどのような些細なことでも仰ってくださいませ。春の件であれだけのことをしでかしておきながら、また何か私に落ち度があれば、今度こそ本家と『神月』に合わせる顔がございませんので」
 「……だからそれは勘弁してくださいと……」

 相変わらずの牡丹さんの言。もうどれだけ前のことだと言いたくなるが、恐らく彼女は一生このことを言い続けるのだろう。であれば、下手に誤魔化したりせずにそのまま話す方がいいだろう。幸い、別に隠すようなことでもないし。

 「……じゃあ、アレ。窓の外、見えますか?」
 「空ですね。いい天気です。雲もいくつか見えます」

 俺は、雲を見ていた。
 懐かしい、まるで階段の様に連なった雲の群れ。

 「あの雲が、階段みたいで、ずっと登れそうだな、って思っただけですよ。……自分でも変なこと言ってるっては思うんですけどね。VRMMOのやりすぎでしょうかね」

 そこに見えたとある冒険を思い出しながら、俺は苦笑した。

 「……」
 「どうしました? 牡丹さん」

 そんな俺のセリフを、牡丹さんは笑わなかった。いや、確かに彼女は俺の言葉を鼻で笑ったりするタイプの人間ではないのだが、それでもこんな……ほとんど見ない、呆気にとられたような……顔をするような反応をされるとは、俺も思わなかった。

 「えっと……」

 なんかまずいこと言ったかと思った俺が、なんとか取り繕おうと、頭をめぐらす。
 だが、そんな俺の口が気の利いた言葉をひねり出す、その前に。

 「ええ、そうですね。その通りです」

 牡丹さんは、何かを含んだような声で、そう返した。
 その表情はこれまためったに見ない、驚くほど優しい笑顔のそれだった。

 その笑顔の意味……俺はまだ、それを知らない。


 
 

 
後書き
 番外編にしては少々長くなりましたね。
 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました! 
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