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錬金の勇者

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10『タイタンズハンド』

「うわぁ~っ!夢の国みたい……」

 転移門から出た途端、シリカは目を輝かせてそう呟いた。

 アインクラッド第四十七層主街区《フローリア》は、《フラワーガーデン》とも呼ばれる街だ。《花園(フラワーガーデン)》の名が示す通り、この街は一面が花畑で覆われている。中央の巨大な噴水を中心に、赤、白、黄、紫と、色とりどりの花が咲き乱れる光景は、自然公園を思い起こさせる風景だった。シリカは花好きな性格だったのか、先ほどから様々な花を愛で続けている。

「シリカ、そろそろ行くぞ」
「あ、はーい!」

 歩き出したヘルメスの後ろを、シリカがトコトコとついてくる。それを微笑ましげな表情で見るプレイヤー達は、大抵が男女一組……つまりはカップルのプレイヤーだった。手をつないだり、腕を組んだりして楽しげに談笑している。

 アインクラッドでは裏切りや詐欺が横行する。しかし、そんな中にあっても人のぬくもりを求めようとするプレイヤー達は多い。彼らは、悪意ではなく純粋な感情からお互いを求め会う、数少ない人種だと思う。そしてヘルメスは、それらがとても素晴らしいことに感じる。

 そう言えば、とヘルメスは、もう遥か遠くの世界での出来事の様になってしまった、現実世界の記憶に思いをはせる。思い出すのは、琴音水門という少年に対して、と言うより、トリメギストス・アルケミスト・カンパニーの社長、その数多き嫡男に嫁ぐため、許嫁として送り込まれてきた少女だった。強気な性格で、水門を嫌っている節があり、よく怒鳴られたりしていたのだが……元気にしているだろうか。

「……ヘルメスさん?」
「ん?……ああ、すまない」

 不思議そうに声を掛けてくるシリカに謝罪し、ヘルメスはフィールドへとつながるゲートを通った。

 その遥か後ろを、とがった髪型の男が追跡していくのに気付いたものはいない。


  


 ゲート広場を出ても、フィールドは主街区の内部と同じく、花畑で埋め尽くされていた。所々にクリッターMobと呼ばれる、ただの背景に過ぎないオブジェクトに属する蝶々が飛び回っている。

 思い出の丘へと連なる道と、第四十七層主街区《フローリア》をつなぐ大きな大理石の橋の前で、ヘルメスは立ち止まった。

「さて、ここから今回の冒険が開始なわけなのだが……シリカ。一つだけ注意しておくことがある」
「はい」

 シリカが非常に真剣な顔でうなずく。人の話をしっかり聞けるいい子だな、と、ヘルメスは心の中で彼女に対して評価を下した。

「この先、出現するモンスターは低層のそれに比べれば大きさ(サイズ)もデカいし、気持ちの悪い外見の物が多い。だが、所詮奴らは雑魚モンスター。大抵が、首……首?まぁ、とりあえず首の付け根みたいなところが弱点だ。そこを斬れば大体一撃で終わる。だから、取り乱したりしないで冷静に対処すること。いいね?」
「はい」

 よし、とヘルメスはうなずく。

「それと、みんな雑魚って言っても、もしかしたら何か予想外のことが起こるかもしれない。第一層のことなんだけど、雑魚しか出てこないフィールドに、いきなりフィールドボス級が出たことがある」
「えぇ!?」

 シリカが声を上げて驚く。無理もない。ヘルメスですら、アインクラッド第一層で《森の秘薬》クエストをキリトと共に進行中、突然巨大な上位モンスター、《ジャイアント・リトルネペント》が出現した時は危うく錯乱するところだったのだ。あの時はキリトと言う頼もしい相棒がいたからまだしも、今隣にいるシリカは、恐らく……というかほぼ確実にキリトより弱い。むろん、自分よりも。

 だからもしものときには、シリカを守りつつ、自分だけが戦わなければいけない。それが苦だ、というわけではないのだが、時としてシリカが足手まといになってしまう場合が存在するかもしれない。

 だから――――

「もしそんなことがあったら、迷わずこの結晶で脱出すること」

 そう言って、ヘルメスはアイテムストレージから、銀色の結晶(クリスタル)アイテムを取り出し、シリカに手渡した。シリカはもの珍しそうに掌の上の結晶を眺める。

「なんですか、これ……」
「それは《結晶錬成》で作れる、最上級品《完全転移結晶(パーフェクト・テレポートクリスタル)》。使用から転移までのタイムラグはゼロ、一切のトラップや妨害効果を無効化して転移脱出できる代物なんだが……君に渡したそれと、あと一つ別の人間に渡したの意外にはこの世界に存在しないアイテムだ」

 シリカの表情が凍り付く。それはそうだろう、とヘルメスは心の中で頷く。ヘルメスだって、世界にひとつしかないアイテムを渡されたら扱いに困る。最近はレアアイテムは全て素材に変換してしまっているのだが……。

「そのアイテムはたぶんユニークドロップと思しきアイテムを結晶錬成素材にしようと思ったら、《転移結晶》の代わりに出てきた奴でな……素材になったアイテムがもうないから、多分二度と出来ない」

 《完全転移結晶》は、アインクラッド第四十三層の隠しダンジョンの一つ、《水晶湖》と呼ばれるところに出現したフィールドボスモンスター、《ザ・クリスタルマスター・ドラゴン》のドロップアイテムから作られた。このダンジョンは転移結晶や回復結晶、さらには回廊結晶などをほぼ無尽蔵にドロップする宝物庫のようなダンジョンだったのだが、最奥部に待つボスを撃破したあと崩れ去り、現在は中に入ることができない。

 ヘルメスは此処で手に入れた結晶アイテムや、素材を錬成して作った結晶アイテムの大半を雑貨屋やNPCショップに売り払ったり、自分で売ったりしたりしている。ヘルメスから直接アイテムを買おうとしないプレイヤーも、さすがに命綱にもなる結晶アイテムは見逃せないのか、いくつか買っていくことがある。そうして手に入れた(コル)で、さらに新しいアイテムの素材を買ったりするのだ。

 無償配布ではないのは、ヘルメスにも食材や素材を買うための金が必要であること(ヘルメスが自分で錬成できるアイテムの中には、現状、なぜかコルがない。もっとも、モンスター撃破時に金は手に入るのだが)、《結晶錬成》には、錬成に大量の金貨(素材としての役割であり、別に銀貨でもよいと思われるが)が必要となることなどが挙げられている。ちなみに《結晶錬成》で錬成できるアイテムの中に《蘇生結晶系》という物があるのだが、残念ながら現在その項目はグレーアウトしており、錬成は不可能となっている。

「あぶない、と思ったらすぐにそれで逃げるんだ。いいな」
「はい」

 シリカがしっかりと頷く。ヘルメスは微笑してそれに頷き返し、それでは、行こうか。と、橋の向こうへと渡った。


 *+*+*+*+*+


 モンスターは弱いから、取り乱したりしないで冷静に対処すること。そう、ヘルメスに言われた。だからシリカは、どんな外見のモンスターが出てきても、決して騒いだりしない様にしよう、と思っていた。思っていた、のだが……。

「いやぁぁぁっ!なにこれ!来ないでぇえええ―――――っ!」

 出現したのは、二メートルほどは在ろうかと言う、ひまわりを醜悪にカリカチュアライズしたようなモンスターだった。人のそれに良く似た、大きな歯がならぶ口をいっぱいに開いたその下、首の付け根と言えなくもないような、寄席集まった茎の様なものとの境目に、脆弱そうな白い部分があった。しかし……

「いやぁぁっ!」

 なまじ花が好きなだけあって、その外見には生理的嫌悪を催す。モンスター……固有名詞、《ウィーグ・ゾンネブルム》を見ないようにやみくもに短剣を振るが、当然の様に攻撃は当たらない。なすすべもなく接近されて、しゅるしゅると伸びてきた蔦に足を取られて、宙吊りにされてしまう。

「きゃぁ!?」

 仮想の重力に馬鹿正直にしたがってずり落ちようとするスカートを取り押さえるが、その無理な体制ではなかなか攻撃が当たらない。

「ヘルメスさんたすけてぇ!見てないで助けて!!」
「み、見るなと言われてもだな……」

 ヘルメスの方を見ると、彼もまた正直に両手で顔をしっかりと覆っていた。ああ、これはダメだな……とシリカは覚悟すると、

「ええいっ!」

 一瞬。一瞬だ。それにヘルメスは見てない。そう念じて、スカートから手を離した。ばっ、と音を立ててスカートがめくれ、その下に履いていたパンツが丸見えになる。しかしそれを何とか無視して、歩くひまわりの首根っこに、短剣のソードスキルを繰り出す。閃いた銀色の一撃が、動く植物モンスターのHPを一瞬で刈り取り、その体を四散させた。いくらなんでも弱すぎでしょ……少し、そう思わなくもなかった。

 とりあえず、ヘルメスの方を振り返って、聞く。

「……見ました?」
「見てない」

 ヘルメスは、相変わらず顔を両手で覆ったままだった。


  


 その後の戦闘はスムーズに進んだ。醜悪な外見のモンスター達にも、先頭を重ねていくことでだんだんと慣れていった。一度だけ、イソギンチャクの様なモンスターに絡まれたときは危うく気絶しそうになったが……。

 だが、その時もそれ以外のときも、どうしても動けない時はヘルメスが助けてくれた。ヘルメスは大抵の場合、モンスターの攻撃を()()()いなすと、脆弱な弱点部分をシリカが狙いやすいようにモンスターを誘導する。シリカが攻撃を決めると、それらは一瞬で消滅していった。しかし彼らは非常に弱い割に、与える経験値が多い。SAOでのパーティープレイにおいては与えた攻撃回数に応じてもらえる経験値が増加するらしいので、一撃で倒しているにしては破格の経験値領だった。後に知ったことなのだが、この時シリカが一撃でモンスター達を倒し、大量の経験値を手に入れられていたのは、武器のランクが超高レベルだったこと、そして、ヘルメスに与えられたアイテムの中に、獲得経験値を1.2倍にするものが含まれていたことに起因するらしい。

 兎にも角にも、シリカの快進撃は続き、《思い出の丘》に到着する頃にはレベルが二つも上がっていた。

「……さて、ここから先が思い出の丘なんだが……この先のモンスターは、フィールドMobとは一味違う、《ダンジョンMob》だ。フィールドダンジョンだからそこまで強くはないけど、結構な数が出てくるし、それなりな強さはあるからもしかしたら弱点を突いても一撃で倒せないかもしれない。気を付けてくれ」
「はい!」

 ヘルメスの言うとおり、モンスターとのエンカウント数は激しくなり、まれに一撃では倒せないモンスターも出てきた。しかし、ヘルメスからもらった錬成短剣の強さは非常に高く、それでも大抵のモンスターを一撃で撃破することができた。

 強い、と言えば、ヘルメスも非常に強かった。一人では相手にし切れない数のモンスターが時折出現するようになったため、ヘルメスも戦闘に参加するのだが、彼は銀色の長剣のひと撫でだけでモンスターを撃破してしまうのだ。それに、なんというか、『戦い方が美しい』。洗練された剣術の使い手。そんな印象を与えられる、非常にきれいな戦い方をしていた。お兄さんが戦い方を教えてくれた、と言っていたが、どんな訓練をすればここまで綺麗に戦えるのだろうか。

 それに、ヘルメスと第三十五層で出会った時。彼はなぜあそこにいたのだろうか。これほどの使い手なら、もっと上の層で活動するのが丁度良いだろうに……。

 加えて、《錬金術》の存在。茅場晶彦が直々に渡したユニークスキルだと言うが、そんなスキルは聞いたことがなかった。ヘルメスは「攻略組は知ってるけど、中層プレイヤーにはあまり見せたくない」と言っていた。そういえば、上層から来たプレイヤーの話を聞いたときに、《錬金術》を使う《詐欺師》の話を聞いたことがある気がする。

 まさか、とは思う。《詐欺師》なんていう言葉は、優しいヘルメスには似合わない。
 

「うわぁ……」

 そんなことを思いながら《思い出の丘》を登っていくと、遂に丘の頂上へとたどり着いた。付近の丘より頭一つ高い頂上から見る、第四十七層フィールドの花畑。その景色は絶景で、シリカは思わず感嘆のため息を漏らしてしまった。

「あそこに、使い魔蘇生アイテムが咲く」

 ヘルメスが丘の頂上、さらにそのてっぺんにある、石の祭壇の様なオブジェクトを指さした。シリカがそこに駆け寄ると、今まさに、輝く純白の花が咲き誇ろうとしているところだった。

 しゃらん、と音を立てて開いた、ユリにもにた、その花を手に取ると、『【プネウマの花】を手に入れました』という表示が視界に出てくる。

「蘇生アイテム《プネウマの花》……プネウマって言うのは、ギリシャ語だったかで《命》とか《精神》みたいな意味だったと思う」
「へぇ……」

 ヘルメスの博識に感嘆してしまう。知識人と言うのは、そういう豆知識を一体どこに収めておくのだろうか。現実世界ではそれほど記憶力のいい方ではなかったシリカは、ヘルメスの博識に憧れてしまう。

「その花の中にある蜜を心アイテムにふりかければ、ピナを生き返らせることができる。けど、この辺はちょっと強いモンスターが出るからな。安全第一で、主街区まで戻ってから蘇生させよう」
「はいっ!」

 シリカはヘルメスに笑顔でうなずきかけ、思い出の丘を降りた。

 
 前半で大分モンスターを乱獲したせいだろうか。モンスターのPopに遭遇することは無く、無事《フローリア》のゲート近くまで来ることができた。最初にわたった橋に足をかけた、その時だった。

 ヘルメスが、シリカの肩に手をかけた。

「……ヘルメスさん?」
「―――――そこにいるんだろう?出て来いよ」

 ヘルメスが、今までより一トーン低い声を発した。すると、橋の向こう側にある木が揺れて、木の後ろから、ドぎつい赤髪の女が姿を現した。黒いぴっちりしたレザースーツに、十字型の穂先の槍……。

「ろ、ロザリアさん……!?何でここに……」

 瞠目するシリカの問いに、しかしロザリアは答えず、ヘルメスの方を見て言った。

「あたしのハイディングを見破るなんて。なかなか高い索敵スキルじゃなぁい?」
「どうかな。四分の一くらいは勘だよ……」

 ロザリアはヘルメスの答えに侮蔑の表情を浮かべると、今度はシリカに顔を向けた。嫌な予感がする。

「その調子だと首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね。おめでとう、シリカちゃん……じゃ、早速、その花を渡してもらおうかしら?」

 ロザリアの表情が、一気に邪悪なものに変わる。シリカの予想を裏切らなかったそのセリフに、反応したのはヘルメスの方だった。

「いや、残念ながらそうはいかないな。ロザリアさん。いや……オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言った方がいいか?」

 そこで初めて、ロザリアの表情が曇った。へぇ、と感心したような声を立てる。

「お、オレンジギルド……?でも、ロザリアさんのカーソルはグリーン……」

 窃盗や傷害などの罪を犯した犯罪者プレイヤーは、カーソルがオレンジになる。それは昨日、ヘルメス自身が言った事ではないか。

「抜け道なんていくらでもある。それに《タイタンズハンド》がとっていた行動は特に原始的な奴だ……グリーンのメンバーが獲物を取り繕い、待ち伏せスポットに誘導して、オレンジのメンバーが殺す」
「じゃぁ、この一週間同じパーティーにいたのは……!!」

 シリカは思わず叫んでいた。うふふ、とロザリアは嗤う。

「そうよぉ。戦力を評価すると同時に、冒険でお金がたまるのを待ってたの。一番楽しみな獲物だったシリカちゃんが抜けちゃったからどうしようかしらと思ってたら、なんかレアアイテムを獲りに行くって言うじゃなーい?情報収集って大事よねー」

 槍の穂先を撫でながら、ロザリアは言う。そしてヘルメスの方に向き直ると、

「でも、そこまで知ってながらのこのこその子についてくなんて、馬鹿?それともほんとにたらしこまれちゃったの?」
 
 言った。シリカは憤怒と羞恥で顔が焼けそうになる。しかしヘルメスは平然として答える。

「残念だが多分どちらでもないよ。学力的には馬鹿ではないと自負しているからね……とにかく、俺がシリカについてきたのは……この子についていけば、あんたが必ず姿を現すはずだと考えたからだ」

 ロザリアがより一層眉をしかめる。

「……どういう事かしら?」
「あんたら、十日くらい前に《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったよな。貧乏なギルドだったから、あんたは覚えてないかもしれないが……そこのリーダーだった男は、最前線で泣きながら仇討ちしてくれる奴を探していたよ。本当ならその依頼は、キリトみたいな誰からも信頼される奴が受けるべきだったんだろうが……生憎、奴は今迷宮区に籠ってるあたりでね。代わりに俺が受けたんだ……そしたらな。その男は、俺にお前らを監獄送りにしてくれ、って頼んだんだよ。……わかるか?あいつの気持ちが」

 ヘルメスの言葉に、しかしロザリアは動じない。

「はん!わかんないわよ。何よ、それ。マジんなっちゃってバカみたい。ここで人殺したって、ホントにそいつが死ぬ証拠なんてどこにもないしぃ?アタシそういう奴が一番嫌い。この世界に勝手なルール持ち込む奴がね……それより、自分たちの心配をしたらどう?」

 にやり、とロザリアが嗜虐的な笑みを浮かべる。ぱちん、とその指が鳴らされると、それに惹かれた様に木々の陰が歪み……身を隠していた十人ばかりのプレイヤーが姿を現した。十人中九人がオレンジプレイヤー。唯一のグリーンは、シリカの部屋を盗み聞きしていた、あのとんがった髪の男だった。くわえて、全員がいかにも旅人を襲う盗賊めいた装備・服装をしていた。

「ヘルメスさん、数が多すぎます!逃げないと……」
「……君は結晶を用意して、見ていてくれ。それと……少し、怖い思いをさせるかもしれない。先に謝っておく。すまない」
「……ヘルメスさん!」

 歩み去って行くヘルメスに、シリカは叫び声をあげる。すると、その叫びを聞いたオレンジプレイヤーの一人が、懐疑的な表情を浮かべた。

「……ヘルメス?」

 その言葉を待っていたかのように――――ヘルメスは、アイテムウィンドウを出して、そこから一つの金属塊(インゴット)を取り出した。シリカに渡した武器を作った時のそれとは、比べ物にならない輝きのそれを。

「――――《等価交換(Equivalent Austausch)最上位片手剣作成(Top Einhandschwert erstellt)》」」

 すると、インゴットが白銀の輝きを放ち、美麗な長剣へと姿を変えた。陽光を反射して、白銀の刀身が光る。

「……今俺が使っている剣の中で、二番目に良い剣だ。明日あたり錬成しなおそうと思ってインゴット化しておいたんだが……まさかこんなふうに役立つとはな」

 ヘルメスが苦笑いする。しかし、盗賊たちはそれに反応する余地もないようだ。最初にその名前を呟いたオレンジが、わなわなとふるえながらロザリアに言った。

「れ、《錬金術》だ……やばいよロザリアさん。こいつ、最前線で《詐欺師》って呼ばれてるチーターだ……お、俺、このギルドに入る前に前線に知り合いがいたから分かる……こいつ、やばい……!!」
「そ、そんな奴がここにいるわけないじゃない!!本物だとしても、この人数でかかればどうってこと無いわよ!行きなさい!!」

 ロザリアの叱咤を受け、オレンジたちはヘルメスに向かって剣を構える。しかしヘルメスは、優美な動きで剣を振り払い――――迫りくるオレンジ全ての四肢を切り落とした。

「な……」
「うそ、だろ……」
「どうやったら、そんな事……」

 地に付したオレンジたちの言葉に、しかしヘルメスは無表情に呟いただけだった。

「……お前たちの剣は素材になりそうにもないな……」
「……チッ」

 部下たちの弱さに業を煮やしたのか、ロザリアが槍を構える。しかしヘルメスは、凄まじいスピードでロザリアに近づくと、とんがりヘアーの男と、ロザリアの首根っこをつかんでほかの犯罪者プレイヤー達と同じところまで引っ張ってきた。

「は、はなせよ!どうする気だよ畜生!!」

 男が喚く。

 ヘルメスは再びアイテム欄を開くと、転移結晶より一回り大きい、濃紺色の結晶アイテムを取り出した。《回廊結晶》だ。

「こいつは俺の手持ちの回廊結晶だよ。依頼人にはすでに金を返してある。全員、これで監獄エリアに飛んでもらおう」

 ロザリアはわなわなとふるえていたが、ふと何かを思い出したようににやり、と笑って言った。

「もしいやだと言ったら……?」
「そうだな……こうしてしまおうかな」

 ヘルメスはロザリアに近づくと、その首根っこをつかんで唱えた。

「――――《等価交換(Equivalent Austausch)》」

 ぱき、と音が鳴る。それはだんだん連続した音になっていき、それにつられたようにロザリアの纏うレザーアーマーが()()()()()()()

「ひっ、ヒィィィ……」
「俺は《詐欺師》だからな。ここにいる全員を石に変えて、オブジェクト商人にでも売っ払ってやるよ。自分で彫りました、ってな」

 もう誰も逆らわなかった。ヘルメスの開いた回廊(コリドー)に、全員が収まっていく。そして、全ての《タイタンズハンド》メンバーが消えた時、回廊が消えると同時にヘルメスはぼそり、と呟いた。

「……装備を石に変えただけだったんだが……意外な怯えようだったな……もっとも、使用権限が別のIDに固定されてるアイテムを錬成するのは結構至難の業なんだが……」

 そして今度は、シリカの方を見て言った。

「すまない。君をおとりにするような形になってしまった」
「いえ……あ、あの、足が動かないんです」

 すると、ヘルメスはシリカの手を引いて、立ち上がらせてくれた。
 

 結局、ヘルメスは上の層に戻ってしまう事になった。けど、シリカは心の中で決めている。ピナに、今日一日の、冒険のことを。

 自分の、一日だけの、自分のことを「お姉さんみたいだ」と言ってくれた人のことを、教えてあげるんだと。 
 

 
後書き
 実際問題、現在のヘルメスでは《タイタンズハンド》全員の鎧を石に変えるとか無理です。せいぜい三人がいい所。

 お待たせしました。お久しぶりです。『錬金の勇者』最新話の更新でした。諸事情で遅れてしまい、本当に申し訳ありません……。今回でシリカ編は終わりです。次回からはオリジナルの話にするか、圏内事件にするか迷っていますが……どちらにせよ、また少し遅くなってしまうと思います。

 感想・ご指摘等よろしくお願いします。

 次回の更新でまたお会いしましょう。 
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