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土壇場の意地

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第五章


第五章

「野村さんは賢い。だがな」
 森はニヤリ、とここでも笑った。
「私としても負けるわけにはいかない」
 彼もまたここで野村を牽制しておくつもりだったのだ。
「頼むぞ」
 そしてマウンドにいる杉山に目をやった。
「ブライアントとハウエルはかなり違うタイプだが」
 ブライアントはとにかくバットを振り回す。ハウエルはそれに対して時としてミートに徹することもある。
 しかし左にあることにかわりはない。絶好の仮想敵であった。
 杉山は森の期待に応えた。ブライアントをショートフライに討ち取った。
「よし」
 それを見て森は満面に笑みをたたえた。
「では交代だ」
 そして杉山をレフトに送った。そして潮崎がマウンドに立った。
「考えたもんやな」
 老ファンは感心したように言った。
「こんな抑え方があるんやな。流石にここまではわからんかった」
「おっさん、そんなこと言うてる場合ちゃうで」
 ここで三色帽が言った。
「そうや、このままやと西武の胴上げやで」
 作業服も言った。彼等は明らかに焦っていた。
「そん時はそん時や」
 老ファンはそれに対して突き放したように言った。
「それも野球を見てたらあることや。観念せんかい」
「しかしなあ」
 彼等はそれでも食い下がった。
「あとあんた等何年近鉄ファンやっとるんや」
「いきなり何言うんや!?」
 二人はそれを聞いてハァッ!?とした顔になった。
「聞いとるんや。ファンになって大分経つやろ」
「そりゃまあ」
「物心ついた時からや」
 二人は頭を掻きながら答えた。
「じゃあわかってる筈や。このチームが今までそういう勝ち方してきたかな」
「ああ」
 二人は老ファンのその言葉に頷いた。そうであった。近鉄の野球はある意味奇跡的なところがあった。
 絶体絶命の状況から立ち上がり勝利を収める。そうしたことが何度もあった。
「九回で六点差ひっくり返したこともあったやろ」
 この年の六月のことであった。ダイエー戦で誰もが諦めた状況から勝利を収めたのだ。
「それがうちの野球や。忘れたわけやないやろ」
「そらまあ」
「わしもパールズの頃から知っとるし」
 彼等はまだ戸惑いながら言った。
「じゃあよく見とくんやな。そしてあかんかったらそこではじめて諦めるんや」
「そやな」
 二人は老ファンのその言葉にようやく納得した。そしてまたグラウンドに目を戻した。
 その間に潮崎は石井を三振に討ち取っていた。遂にあと一人だ。
「さて」
 ここで森は再び考えた。
 次のレイノルズはスイッチヒッターだ。だが左投手には弱い。
「どうするべきか」
 ここで杉山に代えるべきか。それとも潮崎でいくべきか。彼は迷った。
「止めておくか」
 彼は杉山を引っ込めた。代わりにレフトに垣内哲也を送った。
「あれ、杉山をおろすんか!?」
 これには誰もが驚いた。
「折角の秘策やのにな」
 実は森には彼を使わなければ引っ込めざるを得ない理由があったのだ。
 杉山と潮崎に外野の守備練習を行っていた時だ。杉山の動きが悪いことに気が着いたのだ。
「これはまずいな」
 森は思った。彼は守備を特に重要視することで知られていた。
「相手の戦力を見る時はまず守備からだ」
 彼はよくそれを言った。間違っても打線から見ようとはしなかった。
「打線から見たら戦力を見誤る」
 それが理由であった。打線は確かに派手だ。だがその派手さに惑わされるのだ。
 だから彼はまず守備から見た。そしてそこから攻略法を見出すのだ。
 そして八七年の巨人との日本シリーズにおいては決定的な勝利を収めている。
「巨人の守備には致命的な弱点がある」
 彼は巨人のデータを調べてそう看破した。
「センターのクロマティだ」
 彼は巨人の主砲であった。その打撃センスの良さは折り紙つきだった。
「バッターとしては脅威だ。だがその守備は穴になっている」
 まず彼はクロマティの動きを見た。
「動作が緩慢だな」
 確かにクロマティの動きは遅い。打球への反応が悪い。特に内野への送球が遅かった。
「そして肩も弱いな」
 そのボールにも注目した。そして彼は結論を出した。
「彼のところにボールがいったならば積極的に次の守備を狙え」
 そうノートに書いた。そしてその機会がやってきた。
 第六戦。ここで勝てば西武の日本一である。遂にその作戦を実行に移す機会がやってきた。
 二塁には清原がいる。彼は西武時代は足もあった。
 ここでセンターフライがあがった。深い。森の目が光った。
「行け!」
 清原がタッチアップした。クロマティも巨人ナインも誰もが三塁だと思った。
 だが清原は三塁ベースを回った。三塁ベースコーチ伊原春樹の右手が大きく回った。
 清原はそのままホームへ突進する。中継の川相が慌ててボールをホームに送球する。
 
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