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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
序章  はじまりの街にて
  1.運命の日

 
前書き
この作品は、川原礫先生の電撃文庫『ソードアート・オンライン』の二次創作作品です。

SAO文庫版、星無き夜のアリア、儚き剣のロンド、黒白のコンチェルト(一部)の設定を使用しております。しかし、大多数の部分はオリジナルの設定を追加しております。

※以下、注意点。

この作品は、一人称視点で書かれています。
作中には視点変更する場面が多々ありますが、作者の個人的な趣味で、「~Side」というものは使用しておりません。
なので、視点変更の際には空行に「◆」を置きます。これがありましたら一人称のキャラクターが変わると思って下さい。
誰に視点が変わったかは、申し訳ありませんが、文章で判断して頂きたく思います。

次に、各話のタイトルについて。
話の中には、「Ex」「As」などの付いたタイトルが出てきます。
「Ex」は本編の裏話、もしくはサブキャラに視点を置いた話となっています。
「As」は「アナザーストーリー」「アナザーサイド」「アナザー主人公」。本編とは違う道筋を辿った話となっています。

以上となります。では本編をどうぞお楽しみ下さい。 

 
 二〇二二年、十一月六日、日曜日の午後五時半頃。

 その《運命の日》に、俺はその場所に立っていた。
 叫ぶでもなく、泣くでもなく、唖然とするでもなく、ただ冷静にその《声》を聴いていた。

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 俺の遥か上空に、真紅のフード付きローブを纏った、顔の無い巨大な人影らしきものが見える。
 まるで透明な巨人が――いや、闇で出来た巨人がローブを纏っているような、そんな外見。
《声》は、上空から響いてくるように聴こえた。ともすれば、その巨人が発しているように聴こえる。

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

《茅場晶彦》と名乗ったその声。
 その名前には聞き覚えがある。学校の友人がその人間の素晴らしさを延々と語っていたのは、まだ記憶に新しい。
 確か、VRMMO (仮想大規模オンラインゲーム) を現実のものとした《ナーヴギア》の基礎設計者であり、今俺がログインしている《SAO(ソードアート・オンライン)》の開発ディレクター兼ゲームデザイナーにして、物理量子学者でもあるのだと聞いた。

 所謂(いわゆる)、本物の天才というやつなのだそうだ。
 この《SAO》を作った側という意味なら、先ほどの『私の世界』という発言にも納得できる。
 だが、彼の言う『唯一』という言葉が引っかかる。彼が言っているのは、自分は、自分だけがこの世界の管理できる《神》であると言っているように聞こえる。

 だが俺の眼には、上空に映し出された顔の無い巨人からは、《神》というより《死神》といった印象を受けた。
 そして、その印象はある意味正しかった。

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合では無い。繰り返す。これは不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 ログアウトボタンの消失。それは三十分ほど前から周りで騒がれていた件だ。
 それが無ければ、プレイヤーは自分の意思では、この仮想世界から現実の肉体に戻ることは出来ないという。
 他に戻る手段といえば、現実世界の誰かにナーヴギアを外して貰う、もしくは電源を切って停止させて貰うくらいだと友人は言っていた。
 しかし――

『……また、外部の人間による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――』

 冷静な、いや事務的な声が、無情にもそれを告げた。

『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 つまり、死ぬ。
 そう、茅場晶彦は言ったのだ。
 機械に詳しくない俺には、それが本当のことなのか、本当にありえることなのかは解らないが、茅場晶彦の口調が、この周囲を包んでいる雰囲気が、その言葉の信憑性を強めているように感じた。

『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』

 茅場は続ける。
 だが、その続きはいやでも想像できた。

『――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 実際に、すでに死んだ人間がいる。
 その発言には、誰だって無視はできないだろう。この場にいる者なら尚更だ。何故なら、次は自分かもしれないのだから。

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要は無い。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』

 現実――外部世界と茅場を言っているが――の肉体は介護体制を呼びかけているという。しかし、それを無視して親族が無理矢理ナーヴギアを外してしまう可能性もなくはない。その場合は、ここにいる者は誰も何も出来ずに……ということだろう。

 ――俺の場合は……奴か。

 同級生にして唯一、友人と言えるだろう男、二木(ふたき) 健太(けんた)
 現実の俺は、二木の部屋のナーヴギアでSAOにログインしている。
 もし茅場の言うことが真実だとして、二木が茅場の告知を知ってパニックを起こして俺のナーヴギアを外してしまえば、俺は死ぬということになる。

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に、諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 茅場は続ける。

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 ……なるほど。
 つまり、俺たちに本当に《この世界で生きろ》と言っているのか。
 自由の為に、実際の命を懸けて戦う。
 確かにそれは、ゲームという仮想の世界で、本当の意味で生きていると言えるのだろう。

『それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 その言葉に従い、俺は右手の人差し指と中指を揃えて軽く振り下ろす。
 その動作で、鈴のような音と共に透けた紫色のシステムメニューウィンドウが現れた。
 アイテムストレージのボタンに触れて、所持アイテムを確認する。
 そして、いつの間にか追加されていたアイテムを見つけ、(おもむろ)にオブジェクト化させた。

 アイテム《手鏡》。

 それを手に出現させた数秒後、俺を、いや俺を含めたこの場にいる全員が、一瞬だけ白い光の柱に包まれた。
 その光はすぐに収まり、直後、俺はある予想をしながら右手に持った《手鏡》を見た。

 ――やはり、か。

 そこに映っていたのは、二木と一緒に作った仮想体(アバター)の顔ではなかった。
 十五歳の少年の顔、しかし常に無表情なので同学年よりも少しだけ年上に見える。

 現実での俺。東雲(しののめ) 蓮夜(れんや)、そのものだった。







 ――ことの始まりは、数ヶ月前。
 学校での昼休み、いつも通りに自分の席で、自分で作った弁当を広げていると、

「なあ、なあ、東雲、なあ東雲~」

 ウチの中学校の制服である学ランを着崩した、にやけ顔のやや痩せぎすな黒縁眼鏡の男が近づいてきた。
 眼鏡以外、特に特徴も無い顔をしている、黒髪の少年。
 彼の名は、二木健太。少し前、クラスメイト数人に虐められているところを成り行きで助けたのがきっかけで話すようになった。実際には一方的に話しかけられてきたのだが。

 二木は、俗に言うオタクというものらしい。しかし、俺はあまり俗世に詳しくないので、そういうものなのかという認識しかしていなかった。

「……何だ」
「おいオイおいオイ、東雲さんよ。キミはい~っつも暗いなぁ」

 俺は普通に言ったつもりだったのだが、何故かいつも周りには暗いふうに捉えられる。

「……そうでもないが」
「まあ、それはいいや! なあなあ、俺の話を聴いてくれよ!」

 自分が言ってきたことなのに人の話は聞かない。
 知り合ってから日が経つ度に馴れ馴れしくなっている気がするが、特に怒るほどのことでもないため、黙る。
 この男はこういう男なのだと思っていれば問題は無い。

「俺さ、今さ、《ソードアート・オンライン》のベータテストやってるってこの前言ったじゃん? いやもう、ホント凄いんだってアレ! あの五感に響くようなリアルな仮想世界と、何より《ソードスキル》だよソードスキル! 自分の振るった剣がライトエフェクトで色鮮やかに輝いて敵に当たるあの爽快感は、真剣(マジ)でハマるって!」

 二木は、《SAO》というゲームでしたことを日々、細かく俺に報告してきた。
 やれどこどこでのクエストの報酬で何を貰った。やれあそこのダンジョンで出てきたあのモンスターはこうやって倒した。やれボスモンスターに初めて挑戦したけど瞬殺された、等。
 普通なら、自分もしていることならともかく、他人がした話なんか聞いてもつまらないだけだろう。
 だが二木の話し方は、細部に至るまで丁寧に豊富な語彙で表現し、情景がイメージし易い話し方であったし、その時々の心情を大げさに言うので、まるで物語を聞いているかのように退屈はしなかった。
 更に、俺にとってもそのゲームには少し興味深い点があった。

「あ~あ、東雲とも一緒にプレイ出来たら良いのになぁ。そしたら俺が盾剣士の前衛~、東雲が《槍使い》の後衛~で理想的なタッグが組めるのに!」

 二木が、なぜ俺を《槍使い》と言ったのか、それには俺の実家が関係している。
 俺の祖父は、戦国時代から続く古流槍術の道場をしている。
 無論、俺も物心付くか付かないかの頃より、祖父に厳しく鍛えられた。それも、少しも自由な時間を与えて貰えないほどに。
 だがそのお陰で俺は、同年代からすれば高い身体能力と洞察力を得ることが出来たと自負しているし、更に祖父直伝の槍術も扱えるようになった。

 二木が言うには、《SAO》みたいな《完全(フル)ダイブ》という全身の感覚を《仮想世界》で再現させて動かすようなゲームでは、本来の身体能力が高いほど上手く戦えるらしい。
 実際には、元々の身体能力が高いと、《仮想体(アバター)》を思い通りに動かす《イメージ》がしやすいのだという。

 そして、《SAO》では仮想ではあるが、実際に剣や槍を使って敵を倒すことが出来る。
 今まで習ってきた槍術(もの)を、実際に実戦で試せるかもしてないというのは、特に好戦的でも無い俺だが、やはり魅力的に思えた。

 俺は、祖父との稽古故に小さい頃から友達と遊ぶなんてことはしなかったし、遊びに誘われても稽古がある為に断り続けて来た。
 厳格な祖父と一対一での長年に及ぶ稽古、それに加え一度も他人と遊んだことが無いという過去のせいか、俺はあまり感情を表に出さなくなり、常に無表情でいることが普通となった。
 そして、今まで祖父と家族くらいしかまともに会話をしていなかったため、自然と必要最低限のことしか話さなくなっていった。

 現在、中学三年生。今年でこの学校も卒業だ。
 その時点で友達は誰もいなかった。だが、三年になってしばらくしてから二木と知り合った。
 二木からは、色々なゲームの話を聞いた。
 その中でも今現在、ベータテストの参加資格を手に入れてからハマっているSAOという《仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム(VRMMORPG)》。
 今では昼休みは、ほぼ毎日その報告会と化していた。

「あ~あ~、もう少しでベータテスト終わっちまうんだよなぁ。く~、今まで俺が育て上げてきたキャラが削除されちまうよ~」

 昨日のプレイの話が一段落したのか、黙々と弁当を食べている俺の横で盛大に溜息を吐きながら話を変える二木。

「……その、べーたてすと、というのが終わったら……どうなるんだ?」

 うな垂れて、顔を下に向けている二木に向かって問いかける。

「……そうだよ。 そうなんだよ! そうなんどぇすよっ! 終わったら……終わったらっ! SAOの正式サービスが、始まるんですよ!」

 ぐわっと顔を上げて叫ぶ二木。
 俺は横目で教室内を見回した。……こちらを見て、かなりヒいているクラスメイト達が見える。

「消えるのは残念なんだけど~、やっぱり正式サービス始まるのは嬉しいよね~」

 椅子から立ち、腰をクネクネとしながら喜びを表す二木。
 俺と違って面白い奴なのだけど、何故か友達はいないらしい。

「あ、そうだ! 東雲も買いなよ! そんで一緒にやろうよ! ……な~んて、東雲の家はダメなんだったよねぇ」

 突然の、でもない二木の提案。
 二木はことある毎に、俺とSAOをプレイしたいと言ってくれていた。
 だが、いつもは俺は断っていた。そう、いつもなら。

「……買ってもいいが、いくら位なんだ?」
「え!?」

 俺が肯定的なことを言ったために驚いたのだろう。
 普段の俺は、祖父との稽古がある為、学校や食事、睡眠、勉強以外の全ての時間を稽古に当てていた。
 しかし、今は違う。もう稽古のみに時間を当てなくてもよくなった。

「ど、どうしたんだ!? いつもならじーさんとの修行があるから駄目って言うのに……あ、いや、やっぱり嫌とか、そんなんじゃなくて、単純に驚いてるって言うか……」
「……もう、俺は師匠――祖父に稽古をつけて貰う必要は無くなった。……だからまあ、時間はとれる」
「へ……? い、いきなりのことで、さすがの二木さんもビックリだよ。前まであんなに頑なに拒んでたからな。……なあ、なんかあったのか?」

 二木の疑問は最もだと思う。今までの俺は祖父との稽古が全てだったのだから。
 俺は、その疑問に答えるべく口を開いた。

「……祖父に、免許皆伝を授かった」

 俺の言葉を聞いた二木は、あんぐりと口を開けて数秒間硬直した後、目覚ましの如くいきなり叫んだ。

「マジで!? 免許皆伝!? それってアレだよね? 免許が皆伝ってことだよね!? スッゴイじゃん! あの化け物じーさんから、よく貰うことができたな!」

 二木は、まるで自分のことのように喜んでくれた。それは素直に嬉く思う。
 一度だけ、二木を自宅へ招待して、祖父との稽古を見せたことがある。
 実際には無理矢理付いて来たのだが。
 そのときに見た、祖父の人間離れした動きを思い出しているのだろう。確かに祖父は、孫の俺からしても化け物じみていたと思う。

「でも良かったじゃん! これで一緒に遊ぶこともできるってことなんだしさ!」
「…………ああ、そう……だな」

 素直に嬉しがっている二木、しかし俺はそこまで喜ぶことはできなかった。
 そんな俺の雰囲気に気付いたのか、二木が尋ねて来た。

「おい、どうしたんだ? 嬉しくないのかよ?」

 心底、不思議といったような間抜けな顔で訊いてくる。

「……俺と祖父は、先日試合をした。その試合で俺は勝ち、免許皆伝を授かり、祖父と稽古から解放された」
「うん。良いこと……なんじゃねーの?」
「……だがその試合の翌日、祖父は眠るように…………お隠れになられた」

 体の中が冷たいもので埋められていくのを感じる。
 重力が増加したかのように体が重くなる。
 あのときのことは、少なからず俺の精神に影響を与えているようだ。

「……へ? オカクレになった?」

 その言葉の意味が一瞬思い出せなかったのだろう二木が、首を傾げている。

「…………亡くなった。死んだってことだ。死因は老衰」

 御歳八十七歳。普通に考えればいつお迎えが来ても不思議では無かった。しかし前日にあれだけ暴れたというのにいきなり、なんて、祖父らしいといえば祖父らしい。あの人は、別れの言葉なんて絶対に言わないような人だったから。

「! ご、ごめん。知らないで、はしゃいだりして……」

 二木は目に見えて落ち込み、視線は地面で固定された。
 この少年は、人を怒らせる、悲しませるといったことに凄く敏感に反応する。
 恐らく、過去に人間関係で何かがあったんだとは思うが、深くは知らないし、聞こうとは思わない。

「……いや、知らなかったのだし仕方ない。……それに折角、自由な時間が出来たんだ。祖父だって、いつまでも落ち込んだ俺なんて見たくはないだろう」

 俺がそう言うと、二木は恐る恐るといったふうに顔を上げ、話すうちに次第にいつもの二木に戻っていった。
 それから俺は、今まで遊べなかった分を取り戻すかの如く積極的に、《SAO》をプレイするために二木から色々なことを聞き、来るべき日に向けて準備をすることになった。







 ――そして、《SAO》ベータテストとやらが終わり、正式サービスが開始される日。
 俺は二木の家に来ていた。ナーヴギアを買ったはいいが、その使い方について不安が残った為、一緒にログインしてみるという話になったのだ。

「よし、これで設定は完了。後はギアを被って『リンク・スタート!』って言うだけだぜ」

 基本的に機械に詳しくない俺の代わりに色々とセッティングをしてくれた二木。

「……すまない。機械は……苦手なんだ」
「へっへへ~のへ~。んなことはお前の古風過ぎる家に行った時にはすでに気付いてたから無問題(モーマンタイ)だぜ!」
「…………そうか」

 家を見ただけで気付くとは、二木も中々やるな。

「俺の方はとっくに準備OKだから~、後は開始時間を待つばかり! つってもあと三分も無いんだけどな~!」

 SAOの公式サービス開始は、今日の午後一時からだ。
 自分のベットの上で胡坐をかいている二木は、いつもより興奮しているように見えた。
 俺は、二木のベットの横に予備の布団を借りて敷き、その上に座って準備をしていた。

「あっと二分! いやあっと一分! あっと――」

 二木が大声で秒読みを行っていたとき、いきなり部屋のドアを開けて二木の母親が顔を出した。

「健太! あんた進路調査票まだ出してなかったでしょ!? 担任の吉田先生から電話があったわよ! 今、整理してる最中だから持ってきて欲しいって言われたわ! 今すぐ支度して行ってきなさい!」
「――なっ!?」

 二木の母親はそう捲し立てたあと、俺に向かって今の剣幕が嘘のように変わった優しげな顔で言った。

「ごめんなさいね、東雲くん。そういうわけだから、うちの子はこれから学校に行かなくちゃいけなくなったのよ……」
「……そう、ですか、仕方ありません。二木、今日は――」

 そういう理由なら仕方ない。別にこれが最後の機会というわけでもなし、俺は二木にどうするか訊こうとした。
 だが――

「ま、待てって東雲! ソッコー行って帰って来るからさ! そ、そうだ、お前は先にログインして《仮想体(アバター)》の練習でもしとけよ! な? な!?」

 二木は、焦ったように俺に言った。

「何言ってんのアンタは! 家から学校まで往復で二時間以上かかるでしょ! それまで東雲くんを一人で待たせる気なの!?」

 二木の母親が言っていることは事実だ。二木の家からウチの中学校までは、電車とバスを使って片道一時間少しかかる。
 ちなみに、俺の家は中学校と二木の家の丁度、中間に位置している。
 今から学校に行ったとしたら、未提出の件で先生に説教を貰う時間を引いても軽く二時間。電車の待ち時間など様々な要素を入れたら三時間を越えるかもしれない。
 それは二木も解っているだろう。解っていたとしても、二木は今日一緒ゲームがしたいと言ったのだ。

「……せっかく、せっかく……やっと一緒に出来るんだ。ホントに、ホントに早く帰ってくるから……な? 頼むよ……」

 二木が、泣く寸前のような顔で俺にすがるように言った。

 俺の知る限り、学校に俺以外の友達は、二木にはいない。
 それは俺も同じだが、二木はずっと自分と一緒にゲームが出来る相手を探していたように見えた。
 軽く聞いた限りでは、他のネットゲームでの知り合いも、学校にいる同じ趣味の奴とも、長くは続かなかったらしい。
 自分の行動が裏目に出て、段々と溝が出来ていって、最後には完全に他人になるのだと言う。
 だからこそ、今までで一番長く付き合いが続いた俺と、自分の趣味であるゲームをするのが余程楽しみだったのだろう。

 二木の言葉には、一種の悲壮感が籠められていた。
 だが、その二木の様子に俺は、逆にどこか暖かい気持ちになっていた。
 友達がいなかったのは俺も同じだ。
 そして、友に求められるということが、こんなにも暖かい気持ちになれるなんて知らなかった。

「……解った。そもそも今日は泊まる予定だったな。……仮想世界(あちら)で足手纏いにならないように、先に行って練習していよう」

 泊まる予定、というのは定まっていなかった、と言う意味では本当だ。
 ナーヴギアを使った完全(フル)ダイブ。これには人によって合う合わないがあるらしい。
 限りなく現実に近しいが、それでも現実ではない情景は、合わない人ならば俗に言う《3D酔い》というものになることもあるそうだ。
 勿論、慣れることで改善することもあるらしいが。

《仮想世界》、そして《SAO》というゲーム、これらに合わない場合は、泊まりはしないと決めていた。
 もし酔ってしまったら、ゆっくり慣れさせていこうという話は二木としていたのだ。
 しかし、二木の言葉を聞いて、つい泊まると言ってしまった。
 言葉を言った後のことを考えるよりも先に口が動いていた。こんなことは初めてだった。

「……東雲。 あ、ありがとな! すぐ! ソッコーで帰ってくるからよ!」

 だが、二木の元気が戻ったことを考えれば、それはけして悪いことではないと思った。
 俺は時計を見て、自身のナーヴギアをかぶって二木に言った。

「……もう、公式サービスとやらは開始したな。……じゃあ、二木。俺は先に行っている」
「ああ、最初は見ててやるから。リンク、してみろよ。あ、俺はログインしたら中央広場にいるからな。何時になるかちょっと解らないけど……」

 二木の言葉に頷き、俺は布団に横たわって目を閉じてから……その言葉を、呟いた。

「……《リンク・スタート》」

 こうして俺の意識は、《SAO》――《ソードアート・オンライン》へと呑まれていったのだった。 
 

 
後書き
長きに渡る雌伏の時を経て、『暁』様にて更新再開しましたっっっ!

2014/06/16 追記
※禍原のSAO独自解釈コーナー
アイテム『手鏡』は『それで映したものを現実の世界と同じ姿に戻す』という特殊な能力は持っていないと私は思います。
茅場さんが言った『諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。』という発言はSAOのログインしているプレイヤー全員に対するもの。つまり全員を現実世界の姿に一斉に変えるという発言に他ならないと考えます。わざわざ『鏡の能力にする』なんてややこしい作りにする意味もなければ、そんなシステム的にもすっごく面倒くさいことをするはずもない、というのがこの考えの理由です。

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