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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第6話「私、戦う」

―――前日のこと。

イダはヤズとキカに相談をしていた。それは一つの願い。

彼女には力がない。薪を運び、料理を作り、ベッドメイクをして、客をもてなす。

森の一軒家に生まれた少女にしては、それは誇ってもいいほどの旨さであろう。

加えて、宿の仕事を行う彼女は小柄ながら膂力は親のそれを受け継ぎ、

同世代の平均を超えているといっていい。

それは間違いない。だが、それは戦えるという事ではない。

彼女はタダの宿屋の娘であり、一人の非力な少女である。だからこそ…

「…戦う術を知りたい、じゃと?それをワシら精霊に聞くものなど初めて聞いたのう」

ヤズは短くため息を付き、眦を下げて彼女を見返す。本気か?聞かんばかりに。

それに対し、イダは勿論本気だ、と目で訴えていた。

「イダ。俺達は精霊だぞ。そんなことを簡単に言われても、その…困るよ。本気で」

キカの呆れと困惑を含んだ言葉がイダに突き刺さる。だが、彼女はひるまない。

「精霊の扱いなら、精霊に聞いたほうがいいと思ったの。魔法使えたほうが戦えるし…」

イダはそう言って、頭を振る。

「次になにかあった時、私は殺されてしまうかもしれない。それも、今回みたいに

エルフさんやお父さんたちにすんごい迷惑をかけちゃうかもしれない。

…私は、お父さんやお母さん、ジェイガンたちが悲しむところを見たくないよ」

泣きそうな顔をして、イダはそう言ってうつむいてしまった。

死ぬのは怖くなかった。生前のイダ、つまり広場つくしという人間は霊魂の存在を

全く信じていなかったからだ。死後に何かあるとは思っていなかった。

死ねば電球が切れるようにプツリと何も見えなくなり、聞こえなくなり、感じれなくなり

そして何も考えられなくなって無に拡散していくのだろう、と思っていた。

「だけど、そうじゃなかった。私は知ってしまった。この世には魂があることを。

死んだ後も意識が残る可能性があることを」

二人の精霊は彼女の話を神妙な面持ちで聞いている。それは簡単な表情ではない。

「それで戦う術を知りたい、ってことか…やれやれ」

キカは呆れて言葉を紡ぎ、それから

「…のう。お主、ワシらと普通に喋れておるな。それはなぜだと思うね?」

と、ヤズがおもむろにそう聞いた。

言わなければならないことを言わなければいけないと思いつつ。

「…どういうこと?」

イダの言葉に、ヤズは深い深い溜息を付き、キカに促した。

「わかった。俺から話すよ。

お前、あのコウジンとかいうエルフが精霊魔術を使ってる所見たことあるか?」

「いや、ないけど。魔法なんてこういう明かりとかの生活の魔法はともかく、

軽々しく使うもんじゃない、ってコウジンさん言ってたし」

オーの放つ光を指さしながら、怪訝な表情を作るイダ。その表情に、二人は落胆する。

「…一つ重要なことを言うぜ、イダ。本来、俺たち下位精霊は意思を持たない。

それを与えられるのは、魔素と神素の濃い魔地や聖地だけだ。意味、わかるか?」

キカの言葉に、更に怪訝な表情を深め、イダは「は…?」と短く答えた。

「…ヤズ。それってどういうこと?」

「精霊は世界の基盤の一つじゃ。流れる自然の現象を回す存在に意思は必要ないのじゃよ

自然現象そのものに比べれば、余程お主ら生き物に近い存在ではあるがの」

イダの疑問に答えながら、ヤズはその髭に覆われた体で部屋を歩き回る。

「生命体はマナとエーテルを肉体から生み出し、自然に供給しておる。

そして、魂はそれを使い命を保ち、生き続けるのじゃ」

老人の姿をしたブラウニーはそう言って嘆息する。

「お主は異なる。如何なる訳か、お主の魂はマナもエーテルも必要としていないのじゃよ。

それはつまり、長く一所にいればそこの魔素や神素が濃くなっていくということ。

それ故に、この部屋は、お主が最も長くいるこの場所は聖地であり魔地である」

建てられてから20年はたった宿の壁に触れながら、ヤズは感慨深げにそう言った。

「そのペンダントからオーとキカ、そしてこの部屋そのものからワシの意志が生まれたのは

偶然のようなものじゃ。よって、ワシらにはお主に教えられるようなことはない」

呆然とするイダを見つめ、ヤズはまたため息を付いた。

「…そもそも、精霊の言葉を少し聞いただけで覚えられたお主なら、独学でも精霊魔術

を扱えるようになるじゃろう。もしダメそうなら、エルフどもに聞くがいい。

奴らは弓と精霊魔術に長ける森の民じゃ。お主になら快く教えてくれるじゃろう」

ヤズの言葉は半分くらいイダの心に染みていた。

どういうことかはわからない。わからないが、これは自分が転生者であることと

関係していると思った。確かに、元の世界にはインチキ霊能者はたくさんいたが、

マナもエーテルもおそらくは存在していなかっただろう。自分がその世界の魂を

そのまま使っている存在だとしたら、どうだろうか。

「…チートだ、チート」

イダの言葉が虚空に漏れる。バサリ、と粗末なベッドに倒れ込む彼女は続ける。

「…じゃあ、もっと精霊の言葉を教えて。まだ、英会話で言ったら英検4級くらいでしょ。

もっと複雑な語彙を普通に喋れるようになりたいんだけど」

今話しているのは共通語だ。それに対して、ヤズたちは彼女の頭に直接に話しかけている。

『エーケンが何かは知らないけど…わかったよ。それならいいだろ、爺さん』

キカが精霊の言葉でヤズにそう言い、ヤズが拒否の色を示さないのを見て取ると、

『しばらくお前の心には語りかけない。精霊の言葉だけで話す。ちゃんと覚えろよ』

と笑って言う。イダは『うん、わかった』とやはり精霊の言葉で返した。

後は、ジェイガンに頼むべきことだろう。或いは、グウェンにも。

倒れこんだベッドで、イダの心は眠りの世界に落ちていく。心地良い疲れとともに。

―――私は、強くなる。

そう決意して、ストンと彼女の意識は暖かな闇に飲まれていった。



―――そして、今日。

イダはヤズたちにそうしたように、ジェイガンたちにも頭を下げていた。

「戦う術を教えてくれ?」

ジェイガンが何を言っているのかわからん、というように髪を掻いた。

「言葉通りよ。教えて欲しいの。剣でも、弓でもいい。ナイフだっていいから、

ああいう時、自分で戦えるようにしたいの」

真剣な目でジェイガンとグウェンを見つめ、口元をちちおやと同じようにへの字に曲げて

イダは自分の考えを伝えた。

もし、あの盗賊たちが私の力そのものが狙いだとするなら、もう一度こんなことが

あっても不思議じゃないこと。その時は、もう自分の命の保証はないということ。

だから、自分一人でも戦う術がほしい、ということを。

身じろぎ一つせず、彼女は見つめる。数少ない友といえる二人の人でない人に。

「にゃ?別にいいんじゃにゃい?それでわちきら損するわけでにゃあし」

グウェンは実にあっけらかんと言ってのけ、そして「わちき、ナイフとスリングしか

教えられるものにゃあけど、いいにゃ?」と表情一つ変えずに続ける。

「代わりに柿とかりんごとか、毎日食べさせてほしいにゃあ♪」

頼みを聞く時は報酬もきっちりと。それがグラスランナー流だ。

イダは分かった、と一つ頷くとジェイガンを見つめ、そして不安げに云う。

「…ジェイガン。お願い。なんでもいいから、教えて。絶対モノにしてみせるから…」

見つめる怯えと不安がない混ぜになった瞳をジェイガンは見つめている。

―――戦う術がほしい。その言葉を反芻しながら。何度も何度も。

「…イダ。お前…何に怯えてるんだ?」

ジェイガンは聞こえないくらいの小さな声で、そうつぶやく。怯えは遥かに魂の奥。

微かなその流れを彼は見逃さなかった。

呟きは誰の耳にも届かず、音の精霊の伝えるまま世界に拡散していく。

その匂いを感じながら、ジェイガンは―――その怯えを感じながらも。

「…すまん。お前はまだ迷っていると思う。だから、戦う理由をもっと明確にしてくれ。

俺が戦うわけは森を守る戦士だからだ。グウェンがそうであるのもそうだ。

確かに一族の過去から与えられた役割ではあるが、俺達には明確な理由がある。」

そこで言葉を区切って、彼女の瞳を見つめる。

「ジェイガン、おみゃあ堅いにゃあ。そんなこと言わんでもいいにゃ」

グウェンの茶化すような言葉にも耳を貸さずに、彼は「うるさいな」と一言言って、

「少し考えてみてくれ。己の身を守る術だけなら、お前の力を使えばいいだけだ。

戦う力を得るということは、大きな意味を持つことだと俺は思っている。だから…」

「―――わかった。私が、自分の命を守るため以外に戦う術が欲しいのは、

みんなと一緒に、ずっといたいから。私は…ずっと、一緒に…」

イダの目尻に涙が光る。怯え、怒り、悲しみを感じる。それでもジェイガンは。

「…少し、考えさせてくれ。お前に戦う術を教えることが、本当にいいことなのか。

今の俺には判断できない。少し、少しだけ考えさせてくれ」

ジェイガンは申し訳なさそうに、彼女に頭を下げると踵を返す。

その背中はとてもつらそうに見えたが、今のイダの眼に入ることはなかった。

「あー。いっちゃったにゃあ。いいじゃん、弓とか剣とか教えるくらいならさあ。

ねえ、イダ。わちき、おみゃあは物覚えがええからすぐ覚えられると思うし、

べっつに、護身術程度ならなんでもいいと思うんだけどにゃあ」

グウェンは肩を落とす彼女の背中をポンポンと叩きながら、そう言って慰めた。

「ありがと、グウェン…」

その姿に、いつもの元気は見られない。彼女は自分でも驚いていた。

(―――拒否されるって、辛いんだね)

彼女は願い事をあまり抱かず生きてきた。だから、他者への期待も出来るだけせずに

自分でできることだけをやってきた。人に頼むのは、公式に頼んでいいとされていること…

例えば、仕事上でのお互いの助け合いなど、社会的に当然とされる場合のみだった。

「…やっぱり、欠けてる。私、すごく欠けてる」

ほう、と溜息をつき、目尻の涙を拭いイダは空を仰いだ。

「ジェイガンに賛成してもらえなかったのは残念だけど…グウェン、お願い。

私にナイフとスリングの使い方、教えて!」

グウェンの手をギュッと握り、すがるような目線でそう叫ぶように頼んだ。

その行為に、一瞬にへら、と笑って、そして表情を正すグウェン。

そして、一拍置いて言葉を繋ぐ。

「まあ、ジェイガンもちゃんとわかってるにゃ。一度言い出したらおみゃあさんが

諦めるやつじゃない、ってことくらい。その一度言い出したら、の回数が少なすぎて、

わちきは心配してたにゃあ。ちょっと、わちきは安心したにゃ」

…イダは気づいていただろうか、グウェンの唇が、その言葉の後、

「人間らしくて」と動いたことに。それは…つまり……



―――その日の夜のこと。グウェンからグラスランナー流の戦法を教えてもらう、と

父母に話したイダは、両親に大層驚かれてしまっていた。

「お前、前に「宿の娘に冒険者の技なんかいらない」って言ってたろうが。どうしたんだ?」

リックが心底心配そうにそう言うと、イダが「別に…もう捕まりたくないし」とだけ

ポツリと言った。その言葉にリックは不思議な事もある、呟いて一言「了解だ」といった。

「俺は剣闘士、ヴァレリーは魔素魔導師だったからな。お前の素質にはあってないから、

俺達は教えないほうがいいだろう」と、同じように頼まれると思ったか、リックは続ける。

「お前なら…メインは短弓、サブにナイフ…使えそうなら、精霊魔術がいいか」

長年宿の主人を努めてきた眼力からか、リックは優しくそう言ってイダの肩に手をおいた。

「ある程度形ができてきた、とグウェンから聞いたら、俺も参加してやる。

ビシビシしごくから、覚悟しろよ?」

「えっ」

「えっ、じゃない。俺もやってやると言ってるんだ。元冒険者を舐めるなよ?」

嬉しそうに修行への参加を宣言する父親にイダは大いに慌てた。ちょっと待て、と。

「あ。いや、でも、宿が」

「心配するな。お前の出してくれた香辛料だのイネだの果物のおかげで余裕はある。

数日したら、お前も一緒にドライベールのトコまで行くぞ!」

しどろもどろになって立ち上がろうとするイダの肩を抑えて椅子に座らせ、

リックは楽しげに答える。

「お前に出した課題は、まあ反則気味だったがきちんと解決したってことで、

これはその褒美だ。俺がどこに出しても恥ずかしくない新米冒険者にしてやるよ」

そう言うと、カラカラと笑ってイダの髪をくしゃくしゃと撫ぜた。

「覚悟しなさいよ、イダ。お父さんの特訓は本当にすごいわよ?」

ヴァレリーも軽ぅ~く笑って、お気の毒様、とイダの頭をそっと抱いた。

「え、え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~っ!?」

泣きそうな顔で叫ぶイダだったが、リックもヴァレリーももう取り合ってはいなかった。

二人して「やはり罠回避を…」「最初はマナやエーテルに耐える…」「ナイフなら…」と

特訓メニューについて話し始めていたからだ。

「いや、ちょっと待って!?ねえ、あのぉ!?」

「だから、俺達の任せておけ!悪いようにはしないさ!」

彼女の叫びと両親の楽しそうな声は、彼女が諦める夜半までガヤガヤと続いていたのだった。



―――その頃。

「…森の子よ。彼女は、戦う、と言ったのだな?」

…顔は若いが、老人のように嗄れた声が、暗い空間に響いた。

「…はい。理由は、私には平易で教えるに足らぬものとしか思えませんでしたが」

答えたのは、若い男性の声。その声には聞き覚えがある。

「ジェイガンよ。今はそれで良い。見守れ。教えろ。いつかのためにな。

草の子は無邪気に、お前は出来うる限り思慮を持ってな」

「…わかりました」

まだ納得がいっていない、と声に含ませて男は…ジェイガンはそう言って立ち上がった。

「では、下がるが良い。ゲブリュール…そして、『姿なき闇の十精霊』の託宣は下った」

嗄れた声が、ジェイガンに去るよう促し、そして場に沈黙が落ちた。

―――まだ、まだ始まらない何かのために。 
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