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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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戦王の使者篇
  06.戦王の使者

 

「あの、先輩……鼻血……本当にもう大丈夫ですか?」

 通学に使うモノレールの車内で、制服姿の雪菜が古城を心配そうに見上げている。
 彼女はいつものように肩にベースギター用の黒いケースを背負っている。
 その中身は、楽器ではなく、獅子王機関が彼女に渡した真祖を抹殺するための霊槍なのだ。

「まあ、なんとか。俺のほうこそ悪かったな。のぞくつもりはなかったんだけど。てか、彩斗はいつにもまして不機嫌そうだな」

 鼻を押さえながら言う古城に彩斗は不機嫌そうな顔を向ける。

「そりゃ、不機嫌にもなるだろ。どっかの誰かさんのせいで俺の目覚ましは悲鳴だったからな」

 いつにもまして細い目で古城を睨みつける。

「すみません、緒河先輩にまで迷惑をかけてしまって」

 安眠を邪魔されたとはいえ、遅刻せずにちゃんとモノレールに乗れていることは感謝すべきなので複雑な気分だ。

「先輩がいやらしいのは最初からわかってたことですし、警戒を怠ったわたしの責任です」

「え?」

「事故を装って先輩があのような行動に出る可能性は、失念するべきではありませんでした」

「なんで俺がのぞきをするのが当然みたいな扱いになってんだよ!? あれは本当に事故だっただろ。いや、反省してるけど!」

「大声出すんじゃねぇよ、こちとらまだ眠ぃんだよ!」

 クス、と笑う雪菜。彩斗と古城のいつものちょっとした口喧嘩に安堵したような気を感じた彩斗だった。

「駄目だよ、雪菜ちゃん。この変態君をそんな簡単に許したりしたら!」

 その空気にさらに乗るように凪の沙も乱入する。
 モノレールの窓の外から朝の陽射しが容赦なく降り注ぎ、もう嫌になる古城と彩斗であった。
 そのあと凪沙による説教のようなものと朝、雪菜がなぜ暁宅にいたのかを説明していた。
 なんでも球技大会で着るチアガールの衣装を試しに着替えていたらしい。
 クラスの男子全員が、土下座で雪菜に頼んだので、雪菜も断り切れなかったらしい。

 こんな日常の光景に彩斗は安堵を浮かべる。”第四真祖”と獅子王機関の”剣巫”である二人がこんな風に笑い合う日常は、絃神港に停泊している一隻の豪華船によって非日常になることをこの時の三人は知る良しもなかった。



 校門をくぐったところで、彩斗、古城と雪菜、凪沙は別れた。少し離れた位置にある中等部に雪菜と凪沙は向かい、彩斗と古城は正面の高等部を目指す。

 絃神島に九月の秋という夏を過ぎた冬に向けた準備をする期間という気の利いた時期など微塵もない。
 吸血鬼の天敵の陽射しから逃げるように彩斗と古城は、急ぎ足で昇降口に駆け込むと、そこにちょうど見知った顔がいた。

「おはよ、古城、彩斗。めずらしいわね、あんたたちが遅刻しないで来るなんて」

 彼女の隣には、大きなスポーツバッグが投げ出されていた。

「浅葱? なんだその荷物?」

 古城が、上履きに履き替えながら訊く。
 浅葱は、そんな古城を見上げてニヤリと笑みを浮かべる。

「ちょうどいいところに来てもらっちゃって、悪いわね。意外に重くて面倒だったのよ」

「運んでやるなんてひと言も言ってねえぞ。それに彩斗もいんだろうが」

「やー、ホント助かるわ。ロッカーの前に置いといてくれたらいいからさ」

 ささやかな古城の反論を無視して、浅葱が指示を出す。
 そういうことだ、と彩斗は目で古城に言ってから二人の時間を邪魔しまいと一人足早に教室へと入った。
 彩斗が教室に入るとクラスの半数くらいが一斉に振り返り彩斗を見た。

「な、なんだよ」

 すると教卓近くにいた短髪のツンツンに逆立てた軽薄そうな雰囲気の男子生徒、矢瀬基樹が近づいてくる。

「いや、ちょうど決まってなかった種目の適任が来たからよ」

 矢瀬はそう言いながら背後の黒板を指す。
 そこには、球技大会の参加種目とクラスメイトたちの名前が几帳面な文字で書かれていた。
 そのほとんどがクラスメイトたちの独断と偏見で決められたらしい。
 黒板から”彩斗”と書かれた名前を探してみると見つけた。

「まぁ、俺はなんでもいいけどよ。いちよう確認ぐらいとれよな、矢瀬」

「まあ、いいだろ。俺とお前の仲だろ」

 矢瀬は、いつもの調子のようだ。

「テニスか……」

 球技大会で彩斗が選ばれた競技は、テニス。いやではなかったが少し複雑な気分になる彩斗だった。
 彩斗の後に教室に入ってきた古城と浅葱は、矢瀬の策略により、バドミントンの男女混合ダブルスに出場されられることになった。

 それがどうであれ、無気力な吸血鬼にはさほど関係ないことだったのはいうまでもない。




 授業後にクラスメイトたちは各々の種目の練習を行うために運動場や体育館へと散って行く。
 その中には、帰路につく者もいてそれに乗ってこっそりと帰ろうとしたところを矢瀬に見つかり彩斗も嫌々テニスコートへと向かうのだった。

 陽射しが肌を刺す。気合いに満ちたような声がコートから響く。
 どうやらテニスは案外、ガチで決めたようなメンバーばかりが揃っている。

「はぁ……熱い……」

 顔を守るため手をサンバイザーのようにし、陽射しの殺人光線を防ぐ。

「───ッ!」

 身体がビクリっと震える。
 ジリジリという感覚が肌を伝う。それは魔力の反応だ。

「どうした、緒河?」

 クラスの男子が急に動いた彩斗に反応する。

「悪りぃ、ちょっと抜ける!」

 男子の静止を無視して彩斗は魔力を感知した方向へと駆けた。
 魔力の感知した方向で見たのは、古城が鋼鉄のライオンと狼に前後に挟まれた姿だった。

「なんだよ、あれは……」

 彩斗は疑問を浮かべながらも鋼鉄の狼へと突進する。
 魔力を纏わせた右の拳が鋼鉄の狼の肉体を一瞬で砕け散る。

「彩斗!?」

 古城が驚いたような声でこちらに振り向く。それとともにもう一匹の鋼鉄のライオンが古城に襲いかかる。

「──先輩! 伏せて!」

 ギリギリのタイミングで、聞き慣れた少女の声が響いた。
 屈みこんだ古城の頭上を、風を切り裂く音とともに空を駆ける。
 それは銀色の槍。
 銀色の長槍は、疾風のごとく鋼鉄のライオンを貫いて粉砕する。

「姫柊!?」

 槍を投げて古城を救ったのは、いつもの中等部の制服ではなく、白地に青のラインが入ったチアの衣装を着た雪菜だった。

「無事ですか、先輩?」

「悪い、助かった。けど、姫柊、彩斗、どうしてここに?」

「すみません。先輩を監視していたわたしの式神が、攻撃的な呪力の存在を知らせてきたので、気になって来てみたのですが……」

「は? 監視? 式神ってなんだそれ?」

 古城の言葉に目をそらし、あからさまに、雪菜が、ぎく、ぎく、と肩を震わす。
 俯く彼女の横顔を、古城が無言でじっと見つめると、わざと咳払いをし、開き直ったように胸を張る。

「──任務ですから!」

「任務って……って、まさか彩斗……お前ェも式神かなんかで……」

「俺はただの吸血鬼だ。そんなもん使えるわけねぇだろ。ただ、魔力を感じたから走ってきただけだ」

 それはよかった、と言わんばかりに古城は安堵の表情を浮かべる。

「それよりも先輩、誰かに狙われる心当たりは?」

 雪菜は本題に入るように、一度咳払いをする。
 古城は当然、首を横に振る。

「でも、この術式は先輩を狙っていたというよりも……」

 独り言のように呟く雪菜は、地面に散らばる獣の断片を拾い上げる。それは、あまりにも安物の金属の薄片。

「それってアルミ箔?」

「はい。これも式神です。本来は、遠方にいる相手に書状などを送り届けるためのもので、こんな攻撃的な術ではないんですけど」

 するとすこし遠くの方から誰かの話す声がする。体育館の自転車置き場。下校中とおぼしき二人組の女子生徒が、フェンス越しにこちらを指差している。

「……姫柊?」

「すみません、先輩。”雪霞狼”を見られました。すぐに捕まえて記憶消去の処置を──」

「ま、待った、姫柊!」

「ちょっと、落ち着け!」

 槍を握り、飛び出そうとした雪菜を、慌てて二人で引き止める。

「そんなことはしなくても大丈夫だから! 心配要らないって!」

「どうしてそんなことが言い切れるんですか!?」

 余裕がないような雪菜に、古城と彩斗は互いの顔を見合わせて言うべきか言わぬべきか考えて、彩斗が口にする。

「いや……姫柊の今の格好で、雪霞狼を振り回してたら、痛いコスプレ趣味の女の子だと思われる」

「う……ぐ……」

 自分の格好を見て、雪菜は反論できずに沈黙する。

「なあ。姫柊のその服ってもしかして──」

「衣装合わせの途中で抜けてきたんです。あんまりじろじろ見ないでください」

 プリーツスカートの裾を押さえながら雪菜は、上目遣いで古城を睨む。

「いやでもスパッツ穿いてんじゃん」

「それでも先輩は見ては駄目です。目つきがいやらしいです」

「失礼だな、おい」

「ってか、その言い方だと俺は見てもいいのかよ?」

「緒河先輩なら少しならいいですよ」

 それは、俺が受け入れられているということか、と美少女にそんなこと言われてテンションが上がった彩斗だった。

「緒河先輩は……その……ロリコンですから……」

「まだ誤解してたのかよッ!!」

 思わず大声を出してしまった。
 雪菜にロリコンの疑いをまだかけられたままだと知ってしまった彩斗は俯く。
 すると地面になにか落ちているを見つける。

「なあ、さっきの術式って手紙を届ける術とか言ってたよな」

「はい、そのはずですけど」

「だったらこれが古城宛の手紙じゃねぇのか?」

 そう言って彩斗は地面に落下している真新しい封書を拾い上げる。金色の箔押しが押された豪華な封筒。それを古城へと渡す。
 そこに刻まれたスタンプに気づいて、雪菜が表情を強張らせる。

「この刻印……まさか……」

「「姫柊?」」

 明らかに動揺している雪菜。

「この手紙、なにか心当たりでもあるのか? 俺もなんか嫌な気配がするんだが……」

「はい……ですけど、そんなはずは……」

「蛇と……剣……」

 蛇と剣を模した紋章。それはどこか不穏な何かをまとっている。
 三人は封書を見下ろしながら、雪菜の言葉を待つ。

「──古城?」

 その時、聞き覚えのある声が聞こえる。
 建物の陰から顔を出す。華やかな顔立ちの女子生徒。

「こんなところでなに騒いでんのよ。あんたがいつまでも練習に来ないから、捜しに来てやったのよまったくあたしをあんなカップル時空に置き去りにするとはいい度胸……」

「あ、浅葱?」

 ノースリーブのポロシャツと、かなり短い純白のスコートを着た浅葱。
 この場に来ては、行けなかった人物だ。

「こりゃ、まずいな」

 放課後の体育館の裏。位置的に姫柊と古城が向き合っているせいで手紙を渡しにきて、彩斗が鉢合わせたみたいな絵面になってしまっている。
 彩斗はとっさに古城の手に持っている手紙を奪い取る。

「それじゃあ、猫の貰いての住所ありがとな、古城、姫柊。でも、今度は、普通の封筒に入れてこいよな、姫柊。誰かに誤解されたらどうすんだよ」

 わざと聞こえるような大きな声で喋る。

「とりあえず、古城は、浅葱と練習に戻れ、あとのことは俺と姫柊がやっておくからさ」

 雪菜の手を握り、その場から立ち去る。雪菜もこの状況を察したらしく話を合わせる。

「え、ええ。そうですね。あとのことはわたしと緒河先輩がなんとかしますので」

 彩斗と雪菜は急ぎ足でその場を後にした。




 陽射しは弱まり、赤い光に照らされながら、海沿いの道を歩く三人の影。
 いつものようにギターケースを背負う雪菜、うやむやになって浅葱との球技大会の練習が終わった古城、練習を抜け出してきた彩斗は、流れのように一緒に帰宅するようになった。
 古城は、部活で遅くなる凪沙の代わりに、夕飯の食材を買いにスーパーに訪れる。

 道中に、体育館の裏で拾った封筒にことについて話し合う。
 差出人は、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー。戦王領域、第一真祖“忘却の戦王(ロストウォーロード)”の支配地を治めるもの。
 第一真祖といえば、眷獣を七十二体従える吸血鬼だ。真祖の眷獣は、都市一つなど簡単に壊滅させられるほど強力な眷獣だ。それを何十単位で従えているということは、文字通りの化け物だ。

 買い物を終え、帰りの道中に少し気がかりになっていたことを彩斗は口を開く。

「そういえば、その手紙、パートナーを連れてこいって書かれてなかったか?」

「そういや、そんなこと書いてあったな」

「パートナー?」

 雪菜が、ああ、と納得したようにうなずいた。

「そういえば、欧米のパーティーでは夫婦や恋人を同伴するのが基本なんですよね」

「独り身の古城には、無理な話だな」

「黙れ、ロリコン」

「そのネタまだ引きずるのかよ。じゃなくて、真面目な話どうすんだよ?」

 古城は考える。

「そういう場合は、知り合いの誰かに代役を頼むのではないでしょうか」

「代役……と言われてもな」

 古城は唇を歪める。恋人の代役なんてものが、古城にいるわけもない。それに今回は、吸血鬼がらみで凪沙や浅葱を巻き込むわけにはいかない。
 考え抜いたすえに古城が出した答えは……

「頼んでみるか、那月ちゃんに」

「確かに那月ちゃんなら適任だな、攻魔師資格も持ってるしな」

「先輩の体質のことを知ってて、攻魔師資格も持ってる異性が他にも近くにいると思うんですけど」

 雪菜の独り言のように呟く。古城もようやく気付いた。

「姫柊に頼んでもいいのか? そんなことをして獅子王機関で問題になったりしないのか?」

「この場合、先輩から目を離すことのほうが問題になると思いますから」

 古城のパートナーが決まったところでもうひとつ問題が発生した。
 雪菜も古城もパーティーに着ていく服を持ち合わせていない。

「なんだ、この荷物?」

 郵便受けに入っていた伝票に気づいて、足を止める。宅配用ロッカーに、荷物が届いている。
 入っていたのは、平たい長方形の段ボール。
 だが、三人はそこに記されていた差出人の名前を見て、愕然となる。

「獅子王機関?」

「そんな……どうして先輩宛に?」

 獅子王機関からの届け物に、絶句する。
 その段ボールの蓋に恐る恐る手をかけ、慎重な手つきで包装を剥がし、開封する古城。
 箱の中には、光沢のある薄い布地が、丁寧に折り畳まれていた。あからさまに高級そうな生地。咄嗟になにか呪術でもかかっているのかと身構えるが、雪菜は黙って首を傾げる。
 箱の隅に荷物の明細書を見つけて、古城はそれを拾い上げる。
 その間に雪菜が、そっと布の端をつまみ持ち上げる。ふわりと広がったのはボリュームのあるフリルのスカート。一緒に折り畳まれた付属品が、落ちる。カップ付きのアンダードレスにシルクの下着。

「なんだこれ……オーダーメイドのパーティードレス一式? 身長百五十六センチ、B七六・W五五・H七八、C六〇……姫柊雪菜様、代金領収済み…………え?」

「は? え? あ……!?」

 明細書に記された数字を読み上げた古城は、ふと顔を上げる。
 赤面する雪菜。
 気まずい沈黙が訪れる。この居心地の悪い空間を古城が打ち破った。

「えーと……Cか。意外にあるんだな。うん、見直した」

 最低な言葉で……

「記憶をなくす前に言い残すことは、それだけですか、先輩がた(・・)

 そうか、やっぱり俺も含まれてるんだ、と半分呆れたように呟く彩斗。


 ──その後、起きた出来事は言うまでもない。




 アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーのクルーズ船は、港湾地区(アイランド・イースト)に停泊している。
 パーティーの開始時刻は午後十時。大勢の招待客たちが、船内へと乗り込んで行く。

「……洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)……か。趣味が悪い名前だな」

 船体に刻まれた文字に、古城は呆れたように呟いた。

「戦王領域がそれだけの権力を誇示するのが、目的なんだと思います」

 雪菜が冷静な口調で解説。
 古城は雪菜を見ながら解説を聞こうとするが、雪菜が古城に銀の槍の穂先を向ける。

「すみません。身の危険を感じて、思わず」

「そ、そうか」

 白地に紺色のパーティードレス。胸元の露出は控えめだが、そのぶん肩から背中にかけて大胆にカットされている。薄い布地に覆われた雪菜の身体の輪郭がくっきり浮き上がっている。華やかなフリルのスカートからは白く引き締まった太腿がのぞく。
 さすがオーダーメイドとあって雪菜に恐ろしく似合っている。
 古城もスリーピースのタキシードを身につけている。獅子王機関から届いた荷物の中に、雪菜のドレスに一緒に入っていたものだ。

 それよりもこの状況で一番の疑問は、古城と雪菜とともにいる古城同様にタキシードを着ている少年だ。

「なんで俺までこんな格好を……」

 かなり気怠そうに背中を少し曲げる彩斗は、愚痴をこぼす。

「理由はわかりませんが獅子王機関からの届け物に緒河先輩のタキシードも入っていたということは、緒河先輩にも来いということなのでしょう」

 雪菜もかなり疑問に思っているようだ。

「姫柊は、俺のことを獅子王機関に言ったのか?」

「緒河先輩が普通の吸血鬼でないことは、こないだの事件でわかりましたが、詳しい素性がわかったわけではないので、獅子王機関の方には報告していませんが……」

「……そうか」

 彩斗がすこし考え込むようにしたを向く。そして少しの間のあとにため息を漏らす。

「とりあえず、まあいいや」

 首を少し鳴らして、曲がっていた背中を元に戻して、いつもの表情に戻った彩斗は、ゆっくりと船の方へと歩いていく。




「──俺たち完璧に浮いてるなよな」

「だな」

 大物政治家や経済界の重鎮、政府や絃神市の要人たちばかりだ。

「いえ、第一真祖の使者がこの島に訪れて、真っ先に挨拶すべき相手は、この地を支配する第四真祖です。先輩がこのパーティーのメインゲストですよ。もっと堂々としてください」

「そんなこと言われても知るか。俺はただの高校生なんだよ!」

 たしかに古城は真祖であるが、彼自身はその気はほとんどなく、数ヶ月前まで普通の人間だったのだから。
 招待状のチェックを済ませて船内に入る。
 なぜか、彩斗もその招待状で入れたのを疑問に思ったが船内の雰囲気にその考えはなくなった。

 きらびやかな照明と豪華な料理。

「で……俺たちを呼びつけた張本人はどこにいるんだ?」

 同じ居心地の悪さを持っているであろう古城は呟いた。
 会場となっている広間は船の中とは思えないほどの広さだ。訪れている招待客は五百人はくだらない。その中から見知らぬ第一真祖の使者を捜し出すのは、簡単ではない。
 だが、それよりも彩斗は奇妙な感覚を感じていた。

「上です。アルデアル公はおそらく外のアッパーデッキに──」

 雪菜の霊視能力でディミトリエ・ヴァトラーの居場所を知ったのだろう。

「アッパーデッキ……どうやって行けばいいんだ?」

「こっちです」

 広間の隅の階段を指さした雪菜が、招待客で混み合う通路を歩き出す。
 慌てて追いかけようとする古城。それについていく彩斗。

 すると殺気を感じ取った彩斗は、古城の前へと強引に割り込み、古城に振り下ろされる銀色の光を掴み取る。
 掴んだのは、鋭く研ぎ澄まされたフォーク。フォークを握っていたのは若い女性。身長は百七十センチ近くありそうだが、十代ほどの少女である。長い栗色の髪に、白い肌。人目を惹きつける優美な顔立ち。すらりとした細い身体に、チャイナドレス風の衣装。

「失礼。つい、手が滑ったわ」

「気をつけろ。手を滑らすなら殺気ぐらい消せよな」

 握ったフォークから手を離すと長い髪の少女は、彩斗を睨む。

「アドバイスどうもありがとう。でも、下劣な性欲を剥き出した手が雪菜に触れようとするからよ、暁古城」

「なに……!?」

 少女は古城を知っているらしい。

「誰だ、おまえ?」

 困惑する古城が訊く。

「──紗矢華さん!?」

 睨み合う古城たちの間に割って入ってきた雪菜が唖然としたように長い髪の少女の名だと思われる名を呼ぶ。

「雪菜!」

 長い髪の少女は勢いよく雪菜に抱きついた。
 なんでもこの長い髪の少女は、雪菜の高神の杜にいた時の元ルームメイト、煌坂紗矢華。獅子王機関の舞威媛。
 舞威媛……呪詛と暗殺を真髄とするらしい。

 そして紗矢華がここにいる理由は、アルデアル公が絃神市の住民に危険にさらさないように監視する任務でここにいるらしい。
 そして、この船の案内も頼まれているようだ。

「だったらさっさと案内しろよ」

「言われなくても連れて行ってあげるわよ。だからさっさと死んできてちょうだい」

「死ぬかっ!」

 苛々と怒鳴り返しながら、古城は紗矢華のあとをついて階段を上る。その後ろに雪菜、彩斗という順番だ。

「お前の元ルームメイトいつもあんなんなのか?」

「ええ、まあ。少し事情がありまして……」

 雪菜は、困ったような表情を浮かべる。

 それはともあれ問題は彼女ではない。徐々に近づく強力な力。それは、初めて古城の眷獣を自らの眷獣で無効にした時のあの感覚に近いものを感じる。
 彩斗の中に流れる”あの血”が昂ぶる。

 第一真祖直系の子孫たる純血の吸血鬼。その戦闘力など不完全な第四真祖がまともに戦って勝てるような相手ではない。

 船の上甲板に出る。
 漆黒の海と夜空を背景にして、広大なデッキの隅に立っている一人の男。
 純白のコートをまとった美少年。長身。金髪を揺らしながら振り返った青年が蒼い瞳で古城を見た。
 刹那、彼の全身が純白の閃光に包まれた。

「──先輩!」

 真っ先に動く雪菜。だが、それをかばって動く紗矢華。
 だが、それをもっても、純白の閃光は防げない。動こうとする彩斗だが、あまりの速さに反応が遅れる。
 コートの男が放った光の正体は、光り輝く炎の蛇。灼熱の吸血鬼の眷獣だ。
 古城はまったく反応できてない。

「ぐお……っ……!」

 すると古城の全身が眩い雷光に包まれて、放たれた稲妻が炎の蛇を迎え撃つ。
 どうやら、古城が従えた唯一の第四真祖の眷獣、“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”が宿主に変わって、防御したようだ。
 純白の蛇は消滅するとどうじに、古城の稲妻も消える。

「あっ……ぶねぇ! なんだこれっ!?」

 焼け焦げた甲板。
 白いコートの男は、拍手をしている。

「いやいや、お見事。やはりこの程度の眷獣では、傷つけることもできなかったねェ」

 のんびりとした声で男は言う。
 古城は低く身構えたまま男を睨む。
 他の三人も愕然としたまま動けない。
 あれだけの眷獣でもまだ一部でしかない。それをもし解き放っていたら果たして古城は防げていただろうか。
 男は古城へと徐々に近づいてくる。
 しかし男の次の行動は、誰も予想できなかった。
 彼は古城の前で片膝を突き、恭しい貴族の礼をとったのだ。

「御身の武威を検するがごとき非礼な振る舞い、衷心よりお詫び奉る。我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖“忘却の戦王(ロストウォーロード)”よりアルデアル公位を賜りし者。今宵は御身の尊来をいただき恐悦の極み──」

 あまりの見事な彼の口上に、みながその場に立ち尽くす。

「あんたが、ディミトリエ・ヴァトラー……? 俺を呼びつけた張本人?」

 かすれた声で古城が訊いた。
 ヴァトラーはニヤリと微笑んで顔を上げた。

「初めまして、と言っておこうか、暁古城。いや、“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”──我が愛しの第四真祖よ!」 
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