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乱世の確率事象改変

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裏の糸は知らぬ間に

 袁紹軍が幽州への侵攻を開始するとの報告が入り、これから予定通り準備の為に行動を起こそうかと思っていた頃、袁術軍の総司令官である七乃は一人頭を悩ませていた。

「怪しい動きが無いのも変ですけど……これはこれで問題ですよねぇ」

 彼女の目の前には大量の書簡がうず高く積まれており、その中の一つの内容が現在の彼女の悩みの種であった。
 袁家の張り巡らせた情報網から齎されたそれに記されている事は『首輪付きの飼い猫』と同志である田豊が称している孫策の動向について。
 孫策は連合で手柄を上げる事も出来なかった為、未だ袁術軍の飼い猫として馬車馬の如く働かされているのだが、洛陽での一つの行動がこの地にまで影響を与えていた。
 先の反董卓連合に於いて連合側で大きく名が広まった人物は三人いる。
 徐晃、夏候惇、孫策。
 先の戦で有名なのは誰かと民に聞けば大抵が答えるのはその三人であった。
 洛陽での黒麒麟の活躍は今や大陸全土が知っていると言っても過言では無い美談であり、夏候惇と張遼の一騎打ちの様子は畏敬の念を込めて語られる逸話。それらには何も不思議な事は無い。
 孫策のそれは徐晃の名が広まれば広まる程に効果を表していた。
 曰く、孫呉の戦姫は黒麒麟と同じく大徳である、と。
 曹操も、劉備も、袁術も、袁紹も、公孫賛も、馬超も……他の軍の大将の誰しもが洛陽の煙を見ても突出などせずにいた。
 その中で一人、孫策だけが洛陽内部へと向かった事、そして早々と長老格の人間を抑えて噂を広めた事で名が売れた。
 ましてや、彼女が突入までに戦っていたのは絶対無敵とも言われていた飛将軍の部隊であり、敵の強大さも名が売れる為に功を奏していた。
 曹操軍の方が先に突入していたのだが、それでも軍の大将というのはそれを霞ませるだけの影響力があった。
 名が売れた事によって現在にどのような影響が出ているのか。
 袁術領の民の多くは袁家上層部の課した無茶な増税によって貧困に喘いでおり、人心が安定していない為にその不平不満の心は孫策に希望を向けてしまう。中立を貫いていた各地豪族も孫策を支持し始め、袁家側の豪族でさえも内密に媚を売っている。
 そして孫策自身が不満も言わずに仕事をこなして行く為に、どれだけ馬車馬の如く働かせようと逆にそれが人の心を打ってしまう。
 さすがの夕もここまでは予測出来ていなかった為に七乃が対応を行うしかないのだが……下手に手を打ってしまっては夕の計画が乱れてしまう為に放置する事しか出来ない。

「民の心は移ろうモノ。なら……大徳には大徳を、ですよね」

 思考を止めた七乃は大きくため息をついて報告の書簡を丸めて机の上に放り投げ、計画を進めれば抑え切れるだろう、と小さく部屋の中に言葉を零した。

「さっ、報告も全て確認したし……美羽様とお昼寝しなきゃ」

 にこにこ笑顔でぴゃーっと駆けて行く七乃は知らない。
 覇王は既に先手を打っており、ここに集められた情報には上がっていない密会が行われている事を。


 †


 そこは小さな古ぼけた店だった。
 客はたったの二人。どちらもが眼鏡を掛けており、奥に光る研ぎ澄まされた眼光は鋭く、両者共に相手の瞳を冷たく射抜いていた。

「へいお待ち、青椒肉絲二人前」

 店主の小気味良い声と共に運ばれてきた料理に目を光らせたのは褐色の肌をした麗人。孫呉の頭脳、周公瑾――――真名を冥琳、その人である。

「そう緊張してくれるな客人。ここの店のこれは絶品なのだ。ぜひ気を休めて食べてみて欲しい」

 ふっと息を漏らして微笑み、対面に座る凛とした少女に料理を勧める。ただし、冥琳の目は少女を見極めようと推し量り続けていた。
 対して、凛とした少女はクイと眼鏡を上げてから目線を外し、目の前に置かれた品をじっくりと観察して、

「この青椒肉絲……なるほど……おいしそうですね」

 言いながらも箸を手にする様子は無い。
 少女の名は郭奉孝――――真名を稟。曹操軍に所属する軍師である。
 今回、稟は主である華琳の命を受けて孫策軍の駐屯地付近の街に来ていた。軍に所属して直ぐの行動であった為、袁家にも顔は割れておらず、疑われる可能性はまず無い。そして彼女は護衛も着けていない。一人の知り合いがこの地に視察に行く、そのついでの馬車に乗ってきただけ。
 そんな彼女達二人に出された目の前の料理は、通常のモノでは無く少し異常な品であった。
 肉とタケノコが多く、ピーマンと赤パプリカが少ない。さらには肉は豚肉であり漬けダレからなのか黄色っぽく仕上げてあった。色合いに黄色が多いその料理は見た目上バランスが悪く、とある高級料理店の店長ならばこのようなモノは絶対に出さない。
 それを見ておいしそう、とはよほどの肉好きか、タケノコ好きしか言わないだろう。
 稟の返答を聞き、箸を手に付けない様子を見て冥琳は笑みを深め、少しだけ歓喜の色が瞳に浮かぶ。
 彼女が無類の肉好き女で、同志を得たと嬉しくなった……わけでは無い。
 このやり取りは冥琳がわざわざ稟の軍師としての手腕を見る為に準備した戯れ。それを間違わずに見抜き、強気な態度ではあるが対等の条件で交渉をしたいとしっかりと示してきたから冥琳は歓喜した。
 軍師とは、敵にこそ理解者がいるのが大抵である。策の有用性を真に理解できるのは、皮肉な事にそれを打ち破る敵の軍師なのだから。
 青椒肉絲は今回の交渉に於ける本題を予想して冥琳が店主に作らせたモノ。色合いは緑、紅、黄色二つ。これが意味する所はなんであるか。
 そう、緑は劉備軍、紅は孫策軍、黄色二つは袁家を表している。白銀の袁術軍の鎧は薄い黄色であるタケノコで示しているのだろう。曹操の軍師である稟に先に食べてみろと勧めたのはどれを先に食べる、狙うのかを見たかったという意味合いも込めて。
 箸すら手に持たなかったのは曹操側の意見としては未だどこにも手を付けるつもりが無い、という意思表示。

「試してすまない郭嘉殿」
「いえ、お眼鏡に敵ったようで何よりです。何せ私はまだ名も売れていませんし、美周嬢と称されるあなたに認めて頂けて光栄の限り」

 素直に謝る冥琳に対して下手から言葉を返してはいるが稟の瞳は揺るぎなく、中には野心の渦が燃えている。

――負ける気はないというのが透けて見えるが……曹操の部下らしいと言えるだろう。

「では、聞かせて貰おう。今回の交渉の要件をな。この店は私の隠れた行きつけであり、腕の立つ見張りも着けているので耳は無いから安心していい」

 ふっと一つ息を漏らした冥琳はもはや戯れは不要だというようにすぐさま本題を切り出す。内容も事前に知らされていたわけでは無く、送られてきた曹操からの密使はただ借りを返す為に使いを向かわせるからという横暴な内容であった。ならばと考え仕掛けたのが今回の戯れであり、このくらいならば許されるだろうと考えていた。

「この皿が言うようにあなたのお考えの通りです。今回の交渉は今後の乱世を見据えて。幽州を掌握する袁紹軍、徐州へと移った劉備軍、そこに攻め入るであろう袁術軍、そしてあなた方孫策軍。あなた方の思惑も我が主は看破しています故、虎牢関で返し損ねたモノを利息付きで返還したいと考えています」
「郭嘉殿は幽州の公孫賛が負けると考えているのだな。今なら助けに向かう事も出来るのだろう?」

 その点を突く冥琳の言葉は鋭く、稟の背筋に冷たい汗が伝う。彼女は暗にこう言っている。強大に成長する袁紹の勢力をまだ潰さないのは、静観するという事はそれでも倒す算段が立っていて、その為に我らを利用するだけでは無いのか、と。
 抜き身の刃を首筋に突き付けられたような感覚に少し震えながらも、稟は表情を引き締めて口を開いた。

「前提に信頼有りきの交渉というのは難しいですね。では一つ情報を開示します。事前に我らは公孫賛軍から、攻められた場合は共に戦ってくれないかとの密使を受けていました……が、断りました。危うい状況になりかねなかった為に」
「ほう……私達でも知りえなかった情報だな。今後の展開にどんな予測が建てられたのか聞かせて貰いたいモノだ」

 眉根を寄せた冥琳は自身の軍でも知りえなかった情報があったことと、公孫賛がそこまで迅速に動いていたことに感嘆の息を漏らした。

「……先程の戯れの礼として、主の行った戯れの話もしましょうか。予測の話はその後で」

 稟はつらつらと、少しだけ主の才を鑑みた事を思い出してか顔を紅く染めて、公孫賛の使者と行われた交渉について語りだした。





「――という事です。その同盟を受けていたならば、今後に誰が一番得をするのか予測するに容易いのでは?」

 郭嘉からの話を聞いて私の心の臓に冷たい手を這わされたような感覚がした。
 その交渉を思いついたモノは、公孫賛に注意を促したモノはそんな前からこの展開を予測し、自身の利を考えていた。間者の情報では公孫賛との接点は戦の直後の酒宴のみ。友との酒宴ならば通常の事だろうと流していたが……洛陽の、しかも戦の直後など普通は出来るはずが無いというのにそれをしたのか。甘い思考のあの軍ではそんな事を思いつくのは一人しかいない為に独断である事が分かる。
 雪蓮が興味を持ち、危険視していた理由が漸く分かった。まさしく、あれは手に入らなければ殺すしかない。化け物がこれ以上増えるのはこちらにとっても酷い。手に入れられたとしても御しきれるのは雪蓮か曹操くらいだろう。
 あれは全てを利用し望んだ展開へと捻じ曲げる手を打っていた。ならばこの後にでも、いや、そこまで袁家を警戒しているのならば我らとの戦中交渉が狙いか。

「……分かっている。一番得をするのは移動したての劉備陣営だ。それと、公孫賛に対して誰にも気づかれる事無く注意を促せるのは間違いなくあれしかいない。黒麒麟の考えた同盟交渉だろう」

 何が大徳の将だというのか。ここまで乱世の事を読んで事前に動き、狡猾に利を得ようとする様はまるでもう一人の曹操ではないか。何故、あれは未だに劉備の元にいるのだ。それほどの才を持ち、この大陸を憂いていながら自分で立つ事もしないとは……奴の目的に皆目見当が着かない。

「我が主も黒麒麟の事はかなり評価しておりましたが……ただ友を想っての提案を行っただけではないのでしょうか」

 難しい顔で考え込む郭嘉は徐晃の異様さに気付いていない。確かにその点も含まれるだろうが……それは自身の主である曹操から聞けばいいだろう。

「まあ、今はあの男の事はいい。それよりも交渉の続きを始めよう」

 促すと、郭嘉は一つため息をついて頭を切り替え、力強い瞳で私を見つめて話し始めた。

「そう……ですね。ではこちらの予測を話します。袁紹は幽州を掌握し、徐州は袁術軍が攻める。ただ、徐州は簡単には落とせません。有能な将の数もさることながら軍師が噂の二人であり、民の支持の高さも相まって兵の士気高く、対して袁術陣営は将も少なく、数が多いとはいえ兵達の士気も高くない。ならばどうするか、あなた方の力を必ず頼るでしょう」
「間違いないな。さらに言えば女狐、張勲のやり口から見るに絶大な兵力の消費後に逃れられない状況でそれを行ってくる。そうだな……こちらも少し腹を割ろう。荊州の現在の状況については?」

 荊州と全く的違いな地の話を出しても郭嘉は動揺する素振りも見せず、予想の範囲内であったというように小さく頷いた。

「劉表が病床に伏し、娘が代わりに政治を行っているようですが親ほどは上手くいっていないようで臣下の心も離れていきそうだとか。水鏡塾出身の徐庶という新たな軍師を得たらしいのでこれから巻き返せるかに期待、と言った所かと」

 自軍と情報が同じである為、信憑性が出た事に安堵する。二つの軍で同じ答えならば正確だろう。
 郭嘉は私達の軍が荊州侵攻を強要されるであろうと既に確信しているわけだ。
 思春の部下が手に入れてきたもう一つ大きな情報もあるが……ここで開示していいものかどうか。いや、交渉で有利に立つ為には迷わずに開示した方がいい。

「重ねて情報をやろう。劉表の所には呂布が内密に保護されている」

 絶句。郭嘉は目を見開き、数瞬だけ思考が中断され、しかしすぐさま知性の籠った瞳で潜っていった。
 洛陽の戦後、呂布の消息は斥候の誰もが掴めずにいた。どれだけ探そうとも見つからず、放った斥候のほとんどが帰って来なかったのだ。そんな折、たまたま見つけたのが荊州での陳宮の姿。追っていくと城の中に消えて行った為に間違いなく劉表の元に呂布もいるだろう。

「その上で、だ。我らの軍は郭嘉殿の予測通りに荊州へ侵攻する事になる。袁術は荊州も徐州も弱体化させてから掠め取る事を選んでくるからな」

 袁家内部で対立しているとはいえ未だにそれらの情報網は広い。必ず呂布の居所を知っている。先の戦から見ても呂布の被害は火を見るよりも明らかであり、あわよくばこちらの有能な将を減らす算段で間違いない。

「……対策は?」
「詳しくは言えないがある。荊州での戦については放っておいてくれて構わん。徐州の方は……そちらの条件次第と行こう」

 言いながら郭嘉に笑いかけると少し微笑み、同じ事を考えているのだと理解出来た。
 やはり思考の速さが同じような軍師との会話は楽だな。私の後継者達もこのくらいまで育って欲しいモノだ。

「気付いていましたか。では本題を――」

 流れるように話された内容は二つ。どちらも自分の考えていた展開通りであり、渡りに水、と言った所であった。

「分かった。我が主からは交渉の判断を私に一任されている。その条件、受けよう」
「さすがは断金、と言った所でしょうか。ではそのように、これで互いにとって最も有益でしょう。ただ……受けて頂けた場合に言伝を預かっております。『どの事態になろうとも釣りはいらない、どちらにしろそれほどのモノを得る事が出来るのだから』だそうです」

 何を得るのかは理解出来た。遊びが過ぎるのは珠にキズだと思うがな、曹操。
 郭嘉も同じことを考えているようでぶつぶつと不満を漏らしていたが、机の上に目を落としてさーっと顔を蒼褪めて難しい顔に変わる。

「料理を戯れに使ったと知られれば……店長になんと言われることか……」

 ぽつりと独り言を零して箸を手に取り、急いで料理を口に運び始める。
 郭嘉のいきなりの変貌に疑問が浮かんだが振り払い、倣って私も、肉が多いながらも薄味に仕上げてある青椒肉絲をゆっくりと片付け始めた。


 †


 机の上には数多の酒、そして二つの杯を並べていた。
 曹操軍との交渉が上手く行けば二人で酒を飲もうと言ってあり、冥琳と私は今私室で向かい合って座っている。
 冥琳からの報告を聞き、曹操からの交換条件に思わず顔がにやけてしまった。

「雪蓮……お前の好みそうな事だというのは分かっているが、そう素直に顔に出すな。一応今は大徳の仮面を被っているんだから」
「あら、いいじゃない。今は民の目もないし私の愛するあなたしかいないんだし」

 軽く舌を出して返すと冥琳は大きなため息をついて額に手を当てジト目で睨んでくる。
 厳しくも信頼の色が浮かぶ瞳に微笑み返し、机に並べてある酒から冥琳の好きな果実酒を選んで手に取る。杯に注いで彼女の前に置き、自分はきつい酒を注いで先に掲げる。
 ふっと微笑んだ冥琳は杯を手に持ち、

「仕方のない奴だ」

 やれやれというように私の掲げた杯に打ち合わせ、二人で一息で飲み干した。

「あー、生き返った心地だわ。久しぶりに気分良く飲める気がする」
「ふふ、大徳の姫が大酒飲みでは新たな地の民も訝しむからな。まあ、今日くらいは潰れるほど飲むことを許そう」
「ありがと冥琳。それにしても乱世の箱、か」

 報告にあった曹操の戯れを思い出して思考を回す。
 私はどれを選ぶのだろうか。否、どう答えるのだろうか。
 曹操自身の答えについては教えられていないが……どうせ全ての箱からいい所を全部とか言うのだろう。
 箱はいらないから別のモノが欲しい、というのは黒麒麟の答えで間違いなさそうだ。
 私は――

「ねぇ冥琳。私ならどう答えたと思う?」

 上品に酒を飲んでいる彼女に問いかけると少しだけ目を瞑って考えていた。冥琳なら、私の答えも分かってくれるのではないかと期待に胸を膨らませて返答を待つ事幾分、彼女は優しく微笑み口を開いた。

「そうだな……私の中の雪蓮なら、まず蓮華様や小蓮様を呼んできて何が出てくるか楽しみながら三人で開け、さらに孫呉の重鎮の皆を呼んできて多くを開ける。箱が全て無くなる程の人数を呼ぶ、なんて事はしてくれない事を祈っている」

 その後に、どうせ勘で一番欲しいモノを引き当てるのがお前だろう、なんて言う。

「あはは! 分かってるじゃない。欲しいモノが手に入るまで繰り返す。間違いなく私らしい、いえ、我らが孫呉らしいわね」
「孫呉の地を取り戻す為、世代をどれだけでも重ねて行く。血の絆、土地の絆、人の絆が我らの力だ。あと……これからの時代でもう奪われないように天下を取るという最終目的も忘れないでくれたらいいわ」

 くい、と酒を煽って冥琳は大きな事を語る。本当は……私は孫呉の地があればいい。けれどもそんな甘い希望は乱世では許されはしない。なら全てを我らで包み込めばいい。そうすればもう奪われることも無く、争う必要も無い。もちろん、自分の力も試してみたいし、家族にはいい思いをしてほしいという気持ちもある。
 最近気付いた事だが、きっと公孫賛は私達と同じなのだ。ほんの少し甘くて野心が薄いだけ。彼女も自分の地が大好きで、誰よりも家の幸せを願っているのだから。
 他人事なのに同情してしまうのは私の甘さ。

「公孫賛は……生き残れるかしら」

 思わず零してしまった。彼女が私達と同じ選択が出来るかどうかが気になって。

「雪蓮……軍師として言うならば、五分五分だろう。屈辱の果てに我らと同じ選択をするのか、はたまた誇り高き死を選ぶのか」

 負けは確定である事を前提で話す冥琳は私の心を予想してか少し眉を寄せたが、今回は何も言わずに持論を並べて行く。

「ただ、生き残られると後々厄介な事になる。劉備軍の強化は望むことでは無い。黒麒麟がいる限りはな」

 お前の言いたかった事が分かったとばかりにあの男の二つ名を強調してきた。やっと冥琳も気付いてくれたようだ。

「あれがいなければ劉備軍は一番利用出来る駒だった。安穏と内への思考だけを続けてくれたなら同盟国として手を取り、国力の底上げを同時に行いつつ邪魔モノを排除出来たはずだ」

 なのにあの男がいるだけで外への思考を持ってしまう。袁家転覆の為に手を組めば確実にその借りを利用される事だろう。私達は袁術からの独立を己が自身でしなければ民は納得しない。というより、徐晃と劉備の組み合わせに手伝われては全ての民の支持を持って行かれかねない。
 従わざるを得ない状況にされれば、確かに今よりも無茶は押し付けられる事は無いが、それでも窮屈な事に変わりは無いのだ。

「覇業を成し遂げる為にはあの思想が外へ向かうのは邪魔でしょうね。まあ、曹操の条件の二つ目の事態になればこっちが貸しを押し付けられるし、その上であの男を引き込む機会が出来るわね。公孫賛がいようといまいと変わらないわ。確率は低いけど一つ目の事態なら……あの男は捕まえちゃいましょう。殺してもいいけど縛り付ける方が私達の為になるし」

 言い切ると、冥琳は小さく喉を鳴らして楽しそうに笑った。何か彼女が楽しくなるような事を言ったのだろうか。

「どうしたの?」
「いや、曹操にしろ、雪蓮にしろ、二人共が一人の男を奪い合おうとしているのが面白くてな」
「優秀な子種は手に入れておいて損はないわ」

 口ではそう言ったのだが私の心は少しだけ違和感を覚えた。
 曹操も私もあの男が王の資質を持つ事は気付いているが、何故、こうまで求めてしまうのだろうか。
 考えても答えは出ず、そのまま酒を煽って疑問を振り払い、愛しい人とのひと時の酒宴を楽しもうと気持ちを切り替えた。



 †


 孫策の元から帰ってきた稟に交渉の結果を聞き、その日の会議も仕事も全て終えて、久方ぶりに自室で一人寝をしていた。
 夜の闇の中で巡り続ける思考はこれからの乱世の状況を次々に生み出し、消えては現れを繰り返している。
 烏丸に動きがあるとの情報が入ったが、それならば公孫賛の負けは確定的。徐晃の望みの一つは潰えてしまった。

 私の心には寂寥が圧しかかっていた。
 公孫賛という英雄の敗北、私自身が全てを以って彼女と戦えないという寂しさ。無駄な思考というわけでは無いが、私達が攻めれたなら、というもしもの事も考えてみていた。
 どのようにして城を落とし、どのようにして追い詰め、逃げ場を無くし、私のモノに出来るか。無事勝利した後に幽州の地は公孫賛に任せ、私の覇業を支える一人にしたかった。彼女の才ならば、臣下を増やせば幽州だけでは無く河北四州をも治めきれただろう。
 そうなれば、麗羽に真っ直ぐに意見をぶつけていたように私にも真摯な瞳で、怯えながらも力強い瞳で意見してきたに違いない。

 ここで一つの感情に気付く。
 ああ、私は麗羽が羨ましいのだ。自分の力を認めさせて、公孫賛とそのような関係になりたかったのだ、と。
 それに伴って別の感情が湧いてしまう。二つの感情が綯い交ぜになったそれは私の中で煮え切らない。
 孫策には二つの展開を示したが、我が軍が起こす行動でこの後は一つの展開にしかならない。その展開では私の掌の上でしか無く、如何な状況に陥ろうとも望んだモノは手に入る。否、手に入れる。
 敵対者の成長に歓喜押し寄せる心とは別に感じていたモノ、洛陽で春蘭が傷ついた時に感じたモノも同じだった。
 ずっとずっと昔に、覚悟を呑んだ時点で高みに一人で立つと決めていたのに、いざ、乱世となると溢れてきた気持ち。
 孫策にしても、劉備にしても、麗羽と田豊の組み合わせにしても、公孫賛にしても、あの男にしても……私は共に肩を並べて立てる程の英雄を求めてしまっている。

 二つの感情は嫉妬と歓喜。
 劉備という一人の王に対して私は嫉妬しているのだ。
 あの男に大陸を治めきれる器であると認められている事が、私よりもそれをするに相応しいと信じられている事が。
 悔しくて堪らないのだ。
 私と同じ思想と覚悟を持ち、友であろうと利用して切り捨てて、民の平穏の為のみを考えるあの男が私を認めない事が。
 あれは自分で気付いていてもおかしくない。私の元にいる方が効率が良く、自分の心を砕く事も無く、自分のしたい事を出来るのだと。死者への想いに引きづられる事はもうなくなっただろう。未だに壊れていないのがその証拠。なのに何故か……私のモノにならない。
 洛陽での会話では感情を抑え込むことに必死だった。劉備に心酔しているわけでは無いが確実に影響されていたから。自分と似た思考のあの男が劉備を真っ直ぐ信じて従っているその姿が許せなかった。
 そこで……先に行き着く展開を思い浮かべて微笑みが漏れた。

――お前が信じる全てを打ち壊してあげる。私に跪き、私の為に尽力する選択肢を示してあげる。その上で、私を認めないというのなら、劉備の方が正しいというのなら乗り越えて、乱世の果てに証明してみせなさい。

 矛盾だらけの自分の心はもう一つの感情も見せつける。それが歓喜。自分の力を試すことの出来るモノが成長する様が嬉しくて。こればかりはどうしようもない。
 劉備か徐晃、どちらかが私の手を掻い潜って生き残る事が出来るのなら、天下は三つの思想に分かれる事となるだろう。
 我が規律と秩序による覇道、孫家による血の絆を元にした旧き王道、大徳による民の為の新しい道筋。
 天下三分。間違いなくそれとなる。三つの思想の内の二つは民に何が正しいかをより明確に示す事の出来る生贄となり、たった一つだけが悠久の平穏の為の指標と成り得る。
 全てを呑み込んで、私が最後に立ちましょう。
 徐晃、お前の向けた刃は封じた。今度は私の刃を受けて貰いましょうか。
 私の元に来るのか、敵対者の元にいるのか、どちらでも構わない。どちらでも嬉しいし、どちらでも哀しいのだから。

 ただきっと……お前は壊れてでも……矛盾の道を選ぶのでしょうね。
 そんなお前に私の全ての力を使わせた事、光栄に思いなさい。










~誰が夢か~

 空に浮かぶ日輪の輝きは大陸全土を照らし出す。
 薄暗い暗がりも何も無くなっていったのだ。
 ただ、日輪は休息を望み傾き始める。どうにか落ちないようにと自分は願った。願うだけでは飽き足らなかった。
 自分は日輪を支える為に駆けたのだ。遂に辿り着き、両の手で日輪を受け止め、支える事が出来た。
 しかし空は蒼天では無くなってしまった。
 半分が橙に照らされ、半分は藍色に染まった。
 藍色に染まった半分の大地は暗く、悲しかった。
 ふいに、真月が藍色の空に上る。その輝きは優しく、暗い大地を青白く照らしてくれた。
 日輪と真月が同時に上がり、混ざり合った藍橙の空は美しい。
 されどもすぐに消えてしまうひと時の色なのを理解していたから哀しくて、自分はその空が続くようにと想いを馳せた。

 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。


幽州の話が終わってなんですが、幽州の戦最中の他国の動きを。
稟ちゃんと冥琳さんというかなり珍しい組み合わせでした。
どちらもクイクイとメガネを上げてる様子が目に浮かんでくれたら嬉しいです。チンジャオロースも使えてよかったです。

覇王と少女の両方を持つ華琳様の一人思考。
雪蓮さんが気付けないのは隣に立っている絶対の友がいるから、ですかね。
恋ちゃんがちらっと話題に。この事象で逃げた場所は荊州です。
そろそろ劉備軍が辿る道筋が見えてきたのではないでしょうか。
夢の話は……重要であったりなかったりします。

次は店長の話か主人公勢力です。
ではまた 
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