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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第50話 決め台詞は【アポ!】

 
前書き
前回のあらすじ

 銀時の家の前に置かれていた銀時そっくりの赤ん坊。その赤ん坊を世話する羽目になってしまった銀時。だが、赤ん坊に終始つきっきりな光景に嫉妬したなのはは突如家を飛び出してしまう。飛び出して行ったなのはを探して外へ出た銀時を迎えたのは、謎の浪人の集団であった。辛くもその襲撃を掻い潜った銀時は、きな臭さを感じ、つつもなのはの捜索を続行したのであった。
 一方、新八達は例の赤子が江戸でも有数の商人である【橋田屋】と何か関連があると睨み、捜査を開始した。
 その頃、なのはは父銀時と何所か似ている面影を持つ男と遭遇。少し会話を交えるもそのまま互いにその場を後にしてしまった。その男が、かつて坂田銀時、桂小太郎、坂本辰馬と並ぶ攘夷戦争を生き抜いた志士であり、鬼兵隊と呼ばれる軍団を指揮する【高杉晋介】だとは知らずに―――
 一同の足は一路、橋田屋へと向っていく。果たして、赤ん坊と橋田屋の関係とは一体? 

 
 ウロウロ……ウロウロ……
 橋田屋の本店入り口前で、なのはは一人右往左往していた。スナックお登勢にて銀時が抱えて行ってしまった赤子が実は橋田屋の主の直系ならしく、しかもその赤子を橋田屋が血眼になって探し回っていると言う。
 このままでは銀時の身が危うい。いてもたってもいられなくなったなのはが後先考えずに、脇目も振らずに橋田屋へと訪れたまでは良かったのだが、案の定予想した通りとも言うべきか、入り口に入った途端受付嬢に門前払いを食らってしまい締め出されてしまった次第である。
 その後は入る度に身振り手振りで追い出されてしまい、結局其処から話が全く進展しないのであった。
「うぅ~~、どうやって中に入れば良いんだろう? 困ったなぁ」
 こう言う時ドラマや映画などでは高層ビルの脇にある排気ダクトなどを使って内部へ侵入したり、他には下水道から中へ侵入したり出来たりするのだが、生憎近くに下水マンホールは見えないし排気ダクトはあったのだが小さくてとても使い物にならない。
 結局入り口からしか入れないのだが、生憎入り口に入った途端に門前払いを食らってしまう。一体どうしたら良いだろうか?
 悩みつつ答えを導き出そうとしているのだが、結局答えが見つからず、こうして入り口前で右往左往する羽目となってしまった。
 このままでは一向に話が進まないまま無駄に文字数だけがかさむだけの詰まらない小説になりかねない。等とメタい事を脳内で考えつつ良い案が浮かばずにただただ歩き続けている。人は悩む時に限って全く意味のない行動を起こしがちだが、なのはのこの行いもそれに起因する。が、だからと言って事態が好転する筈はない。
 無駄に時間だけが浪費されてしまう。それは非常に不味い事だった。なんとかしなければならない。全てが手遅れになってしまう前に―――
 ふと、誰かが入り口に入っていくのが見えた。白い着物に銀色の天然パーマな髪型。そして背中に背負った同じ髪型と色をした赤子。間違いなくそれは父銀時の姿であった。
「あっ!!」
 思わず、なのはは声をあげてしまった。あれだけ必死に探し回っていた銀時をまさか此処で鉢合わせる事が出来たとは。
 急ぎ銀時の後を追って再び橋田屋の入り口へと繰り出す。
「あの、何度も申し上げるのですが、社長と面会なされる為には事前にアポを取られてなければならないのです。失礼ですが、アポはお取りになられてますか?」
「んだぁ? さっきからアポアポと喧しいなぁ。どう見たら俺が16文キックが得意技で身長約2メートル近くあって口癖が【アポ】なレスラーに見えるんだぁゴラァ!」
 中に入るなり聞こえてきたのは物腰柔らかな女性の口調とそれに異を唱えているようだがはっきり言って滅茶苦茶な言い分を言い放っている銀時の声が聞こえてきた。しかも銀問いのその言い方だとはっきり言って20代前半の若者はついていけない気がするのだが。
「お父さん!」
 このままだと埒が開きそうにないと判断したなのはは急ぎ銀時の元へと近づき超えを挙げた。その声を聞き、銀時は声のした方を向き、なのはが居る事にようやく気付いたかの様な顔を浮かべてきた。
「あれ? お前なんでこんなとこに居んの?」
「そんな事よりもお父さん、アポって言ったらあれしかないじゃない!」
「あぁ、あれねぇ。流石は俺の娘だ。中々頭が切れるじゃねぇか」
 なのはの言い分に銀時は手を叩いて見せた。それを見て受付嬢達はほっとする。どうやら隣の小さなお嬢さんはアポが何なのか分かっているらしい。これでようやく話が進む。
 そう思い再度アポがあるのか聞こうとした時、二人は揃ってこちらを向いていた。
 いや、それだけじゃない!
 二人の手にはそれぞれ紅く実っている果実がもたれている。
「アポって言ったらこれでしょう」
「そうそう、青森アッポォウ!」
「………」
 流石の受付嬢もこれには唖然としてしまった。この親あればこの子あり。とはこの事なのだろう。
 片やプロレスラーの口癖をアポと言い、方や青森産の果実をアポと罵る。これではハッキリ言って話が全く進みそうにない。
 そんな光景を目の当たりにした受付嬢は静かにだが、とても深い溜息を吐き出してしまった。




     ***




 新八達が浪人達の後をつけるようにして訪れた場所は分厚い鉄製の扉が備え付けられていた場所であった。扉の丁度頭位の位置には縦溝状に鉄格子が取り付けられており、それのお陰で中の情報がある程度見て取れる事が出来た。
 其処にあったのは、大きな柱にロープで括り付けられた女性が居り、その女性を老人がいたぶっている。更にその周囲を数人の浪人達が陣取って守りを強固にしている。
 下手に中に入れば自分達も女性と同じ末路を辿る羽目になってしまうだろう。だが、何とかして女性を助けなければならない。彼女こそが銀時が匿っている赤子の母親なのだから。
「なんとかしてあの人を助けないといけないけど……どうしよう」
「おいおい、此処に居たら俺等まで巻き込まれちまうぜ。さっさと離れた方が良さそうだろうよぉ」
 扉の奥から見える光景にすっかりビビリが入ってしまった長谷川が新八と神楽の二人を引っ張って早々に引き上げようとしだすが、それに対しこの二人は頑としてこの場から動こうとはしなかった。
「冗談じゃねぇよ。お前あの光景を目の当たりにして逃げれるってのか?」
「逃げるも何も、あんなの俺達の手に負える山じゃねぇって! 悪い事は言わないからさぁ、とっとと此処からずらかった方が良いって!」
「バッキャロウ!」
 怒号を張り上げつつ、神楽が平手打ちを長谷川にお見舞いする。と言うイメージが彼女の脳内には映し出されていたのだろう。が、実際には硬く握り締めたグーパンチが長谷川の右頬目掛けて飛んできたのだが。
「あぶねぇ!」
 咄嗟にしゃがんで回避した長谷川の頭上数ミリ上を神楽の拳が通過していく。常人では絶対出しえない風圧と轟音が長谷川の身と耳を霞めて行き、彼の肝を握り潰した。その直後として、激しい轟音が響いた。
 見れば神楽が長谷川を殴る為に放った拳はコンクリートの壁を突き破り大きな穴を開けてしまっていたのだ。
「ちょっ、神楽ちゃん! 何やってんのさぁ!」
「やべっ、手が滑ったアル」
「いや、滑ったってレベルじゃないよねぇこれ。確実に長谷川さんの事殺す気で放ったよねぇその右拳」
 長谷川と同様に新八も真っ青な顔になって穴の開いた壁と神楽の未だに硬く握り締められた右拳を交互に見ていた。
「どうすんのさぁ神楽ちゃん。あんだけデカイ音立てたら流石に怪しまれるんじゃないのぉ?」
「大丈夫アルよ。古今東西こう言ったシチュエーションだと主人公キャラがくしゃみでもしない限りばれないって言う暗黙の掟が出来てるアルよ」
「どんな掟だよそれ!」
 毎度の如くツッコミを入れつつも新八は扉に目をやった。中では浪人達数人と老人が先ほどの轟音に驚き辺りを見回っている。
 完全に警戒し始めてしまったようだ。
「何だ、今の轟音は?」
「結構近場だったぞ?」
 数人の浪人の声が響く。確実に怪しんでいるのが見受けられる。
 不味い、このまま此処に居ると確実に怪しまれる。
「神楽ちゃん、此処に居たらちょっと不味い、一旦身を隠した方が良さそうだよ」
「何言ってるアルか! 此処で引いたらあの女の人を誰が助けるアルね!」
「だからって僕達まで捕まったら本末転倒だよ! とにかく、此処は一旦隠れよう」
「分かったアル。何所かその辺にあるダンボールにでも隠れるアルよ」
 そう言って神楽は壁の隅で何故か置かれていたダンボールの中に身を隠してしまった。
 因みにダンボールには【大江戸みかん】と言う銘柄が彫られていた。
「いやいやいや、何でそう言う発想になるのさ! どう考えてもダンボールじゃ怪しまれるって!」
「長谷川さんも早く隠れた方が良いですよ!」
「って言うけどさぁ、新八君! 俺等どうやって隠れれば……」
 言い終わる前に長谷川は言葉を区切ってしまった。目の前に見える光景に唖然としてしまったからだ。
 長谷川の目の前には、これまた一体何処にあったのか疑いたくなる程にその場に似つかわしくない代物に扮して隠れている新八の姿があった。
「な、なぁ新八君……それは一体何のつもりだい?」
「何って、決まってるじゃないですか。考える人の銅像ですよ」
「結局お前もボケに回ったのかよ! 何所をどう考えたら考える人の銅像が通路の端っこに置かれているんだよ! アホだろ! 馬鹿だろお前!」
「長谷川さんも何時までも騒いでないでさっさと隠れた方がいいですよ」
「そ、そんな事言ったって……」
 かなり焦り気味に長谷川は何か隠れる物がないか辺りを見回しだす。だが、悲しい事に周囲に長谷川の身を隠せるほどの物は見当たらない。
 有ったのと言ったら小物を入れる程度の大きさのダンボール、ガラスケースに入れられている鎧甲冑、ホルマリンにも良く似たカプセル内で眠っているタイ○ント、ガン○ム、発泡スチロール内に目一杯に詰められた紅鮭、Zガン○ム、その辺を飛び回っていた蝶を貪り食っているカマキリ、ワインを溜め込む酒樽、フリー○ムガン○ム、ect……
「おぉぉおい! 何だよこの廊下! 何でこんな禄でもない物ばっかり置かれてるんだよ! ってか何でガン○ムがあるんだよ! どんだけサン○イズ押しなんだよ! どんだけこの廊下カオスが入り混じってんだよ!」
 流石の長谷川も大声でツッコミを叫ばずにいられなかった。だが、その直後として後ろの扉が勢い良く開かれる。どうやら時間切れだったようだ。開かれた扉から数人の強面の浪人達が現れてきた。その手には既に鈍い輝きを放つ刀を抜き放っており、その目線もまた殺気にギラついていた。
 今すぐに走って逃げようと思ったのだが、生憎この通路は一本道。しかも最奥にある曲がり角までは30メートル近くはある。急いで走った所で確実に目をつけられるのは明白な事だった。
 下手に走って逃げようものなら確実に浪人達に追われて切り殺されてしまうだろう。それならば此処で上手く誤魔化した方が幾分か安全に思えた長谷川の手には、これまた何故か掃除用のモップが持たれていた。
 そして、現在の長谷川の格好は掃除パートのエプロンを身に纏い三角頭巾を頭に被った言わば掃除婦の格好をしていた。
 となれば誤魔化せる方法はこれしかない。長谷川は咄嗟に床をモップで掃除し始めた。
 浪人達がそんな掃除をしている長谷川を目撃してすぐさま近づいて来た。
「おい!」
「は、はい! ななな、何でしょうか?」
 なるだけ怪しまれないように振舞おうとはしていたのだが、内心かなりビビッているせいか声が上ずってしまっていた。
 浪人達の射殺すような目線が長谷川に突き刺さってくる感覚に思わず下半身が震えてしまっていた。
「此処で何している!」
「え、えぇっと……そ、掃除をしていただけなんですよ!」
「掃除だと?」
 明らかに怪しむかの様に浪人達が長谷川を睨んでいる。長谷川の顔が徐々に真っ青になっていく。肩が既にガタガタ震えており、下半身の震えは既にその倍以上に震え上がってしまっていた。
「おい、この壁の穴は何だ?」
 浪人の一人が壁に開いた穴を見つけて指差して見せた。紛れも無く神楽が開けた穴である。
 その穴を見てしまった浪人一同の視線がこれまた長谷川へと向けられる。
「おい、これは一体どう言う事だ? 何だあの穴は?」
「ししし、知りません! 私も今しがた気付いたんですよ!」
「嘘をつけ! さっきの音からして此処からそう離れてないだろうが!」
「ほ、本当なんですよぉ! 信じてくださいよぉ!」
 グラサンをしているお陰で目は見えないが、其処から大量の涙が零れ落ちているのが見て取れた。長谷川のビビリも既に頂点に達してしまったのか、その場にへたり込み両手を目の前で合わせてまるで神にでも縋るかの様に必死に弁解していた。
「私、此処に入ってまだ日が浅い新人なもんで、右も左も分からない状態なんです! だからいきなりそんないちゃもんつけられても答えようがないんですよぉ!」
「むむぅ……」
「お願いですよぉ! どうか、どうか命ばかりはご勘弁をぉぉぉぉ!」
 ついには大の大人が床に頭を下げて大声で泣きじゃくりし始めてしまった。流石にここまでやられてしまうとちょっとやりにくい感じになってしまった浪人達。さっきまでの殺意に満ちた目線も消え去り、一同はどうしたら良いのか困り果ててしまった。
「おい、他所を探しに行くぞ」
「だが、こいつはどうする?」
「こんな腰抜けがあんな大穴開けられる筈がないだろう。きっとそいつは捨て駒だ。放っておけ」
「ちっ!」
 軽く舌打ちし、浪人達は部屋の入り口前まで戻って行った。すると、その入り口から例の老人がゆっくりと姿を現してきた。
 以前であった優しそうな顔とは裏腹に、まるで狂気に満ちた目をしていた。
「何をぼやぼやしているんだ! さっさと探して来い! もしかしたら勘七郎を匿っている例の浪人が紛れ込んでいるかも知れんぞ」
「分かりました! 至急くまなく探して参ります!」
「急げよ! 全く、この大事な時に限って……」
 浪人達を散らばらせた後に、老人はブツブツと文句を垂れながら部屋を後にした。苛立ちに任せてか部屋の扉を蹴って閉めて行った辺り、恐らく鍵は閉めていないのだろう。
 歩き去って行く音が消えたのを判断した後、ダンボールに隠れていた神楽と考える人に扮していた新八が動き始める。
「上手く誤魔化せたみたいですね」
「やばかったアル。もう少し身長に行動した方が良いアルね」
「”慎重”ね。後その言葉を神楽ちゃんが使うのはおかしいよ」
 何事もなかったかの様に先ほどの部屋へと入りに行こうとする両者。だが、その時背後から掠れた声が聞こえてきた。言わずもかな長谷川の声である。
「お、お前等~~~。俺を起こしてくれ~~~」
 見れば、其処にはすっかり腰を抜かしてしまい自分の力で立ち上がれないでいる長谷川の姿があった。しかも、長谷川の足元には楕円状に水が広がってるのが見える。只の水溜まりかと思ったのだが、色が微妙に黄色掛かっているし、何所となくアンモニア臭に似た匂いがした。
「は、長谷川さん、もしかして……」
「だって、だってよぉぉぉ~~~」
 再び号泣しつつ立ち上がれないまま長谷川は新八と神楽に縋るような目線を向けていた。
 そんな長谷川に対し、新八と神楽の二人はどうしたら良いか困った顔をしていた。
 助けないといけない、と言うのは分かるのだが、すっかりビビリ切っている上に失禁までしてしまっている38歳のおっさんを助けなければならないと言う事実に何となく嫌そうな感じになっていたのだ。
「ど、どうしよう?」
「意地悪しないで起こしてくれよ~~~~!」
「はぁ……」
 半ば諦めたかの様に新八が近づいて長谷川に手を伸ばしてきた。その最に長谷川の周囲に溜まっている汚れた水溜りに触れない様に慎重になりながらも。
 震える手で長谷川は手の伸ばして新八の手を握った。新八はそれを感じ取り、長谷川の手を強く握り締めた後、力一杯腕を引っ張って長谷川を起こした。何とか起こせたのは良かったが、未だに長谷川の両足は内股でガクガク震えている様子が見て取れる。相当なまでにビビッてしまっているようだ。
「長谷川さん……ズボンがびしょ濡れですよ」
「マジかよ……俺、もう38歳なんだぜ。それなのに、こんなに派手にやっちまうなんてよぉ」
 再び盛大に涙を流してしまい、思わず足が砕けてしまいそうになるのを必死に堪えていた。目の前で神楽が両腕を鳴らしながら【今度またしゃがみこんだら思いっきり横っ面を殴るぞゴラ!】と言う目線で睨んでいた。
 そんな訳で新八と神楽の二人は震える長谷川を引き連れて先ほどの部屋に入った。幸い部屋の中には縛られた女性以外は誰もいなくなっている。どうやら先ほどの轟音のお陰で中に居た殆どが血眼になって辺りに散らばってしまったようだ。
 災い転じて福を成すとはこの事だろう。幸いにも労せず女性を助ける事が出来るのだから。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい」
「うぅ……あ、貴方達は?」
 相当痛めつけられていたのか、気を失っていた女性が顔を見上げて新八達を見る。先ほどの老人や浪人達の姿がない変わりに新八達が居る事に少し驚いていた。
「落ち着いて下さい。僕達は貴方を助けに来たんです」
「もう大丈夫アルよ。安心して良いアル」
 そう言いつつ、神楽は女性を縛っていたロープを半ば力任せに引きちぎって女性を自由にしてあげた。
 相当弱っていたせいか自由になった際に女性はふらつき、倒れそうになってしまったのを、間一髪新八が手を伸ばして支えてくれたお陰で何とか倒れずに済んだ。
「あの、貴方達は確か、スナックで会った人達ですよね?」
「はい、そうです。貴方が僕達の家に赤ん坊を置いて行ったお母さんですよね?」
「はい、そうです。あの……あの子は、勘七郎は無事なんですか?」
 女性が新八の肩を掴んで必死に訪ねて来た。彼女の目の色を見る辺り相当心配だったのだろう。そんな女性の手を優しく下ろしながら新八は彼女を心配させないようになるだけ落ち着いた表情を浮かべて見せた。
「安心して下さい。その子なら無事です。今家のオーナーと一緒に居ます。オーナーと一緒なら絶対に安心できますよ」
「オーナー?」
「僕達はこの町で万事屋と言うのを営んでいるんです。まぁ、聞こえは良いんですけど実際には何でも屋って言う仕事ですよ」
 後ろ頭に手を当てながら新八は語った。その言葉を女性は必死な形相のまま聞いていた。やはり、何かしら理由があるのだろう。
 先の老人の豹変振りと良いあの殺気だった浪人達と良い、只事じゃなさそうだ。
「話してくれませんか? あの子とこの橋田屋は一体どんな関係なんですか?」
「勘七郎は……橋田屋の主、橋田賀兵衛様の一人息子、【橋田勘太郎】の子なんです」
「やっぱり」
 何となく新八は予想が出来た。恐らくあの老人、橋田賀兵衛はその赤子、即ち勘七郎をこの家の跡継ぎにしたい為に狙っていたのだろう。
「でも、それじゃその父ちゃんはどうしたアルか? 子供がこんな大変な事態に巻き込まれているってのに薄情な父親アルよ」
「勘太郎様は、もう居ません」
「どういう事アルか?」
「勘太郎様は、もう随分も前に亡くなっているんです」
 女性のその言葉に、回りが一瞬静寂に包まれた。その空気の中で、女性は静かに、低いトーンのまま話を続けた。
「勘太郎様は、元々病弱な身で、ずっと家に篭り切りだったんです。そんな勘太郎様のお世話を私がするようになって、初めは勘太郎様の悪戯に振り回されてばかりだったのですが、誰にもでも分け隔てなく接してくれるあの人に、何時しか私は惹かれてしまったんです」
 その後の女性の進言は続いた。彼女の話によると、女性は勘太郎と共に橋田屋を夜逃げ同然で抜け出し、江戸の小さな長屋にて貧しいながらも慎ましく暮らしていたそうだ。だが、風の噂を頼りに勘太郎の居場所を探り当てた父賀兵衛の手により勘太郎は連れ戻され、それ以降二人は二度と会う事はなかった。
 それから数年の後に、女性は勘太郎の子、勘七郎を生み、亡き夫の忘れ形見を必死に育てていたのだ。
 しかし、今度はその勘七郎を奪おうと賀兵衛はその魔の手を伸ばしてきた。
 彼女はその手から勘七郎を守る為に、断腸の思い出勘七郎を銀時達の家の前に置いて去って行ったのであった。
 これが、女性の経緯でもあった。
「そんな事があったんですね」
「辛いなぁ。俺も相当辛い思いしてたけど、あんたの方がよっぽど辛い思いしてたんだなぁ」
 話を聞き終わった後、後ろの方で長谷川が涙を流して聞き入っているのを見た。今回、長谷川は上も下も泣きっぱなしである。
「それにしてもその賀兵衛って爺は本当にいけ好かない野郎だぜ! まるで下種野郎だな」
「下種はその女の方だ!」
 突如、別の方から声が響いた。声のした方を振り返ると、其処には先ほど何所かへと散って行った筈の賀兵衛と浪人達が入り口を固めているのが見えた。
 先ほどの殺気じみた目線もまた健在でこちらを睨みつけているのが見える。
「な、戻って来た!?」
「ふん、案の定と言う奴じゃな。何か臭うので戻って来てみたらこれだ」
 どうやら老人の鼻が利いたせいだろう。完全に逃げ道を塞がれてしまったようだ。
「おいマダオ! お前がお漏らししたせいでばれちまったじゃねぇか! どうしてくれんだよぉゴラァ!」
「えぇっ!? お、俺のせいなのぉこれ?」
 完全にやぶ蛇であった。少なくとも長谷川のお漏らしと老人の鼻は全く無関係なので此処に書き記しておく事にする。
「まぁ良い。貴様等の話は大体聞かせてもらった。要するに勘七郎は貴様等の言うその浪人が匿っているようだな。となればもうその女に用はない」
「他の奴らはどうします?」
「ガキ二人は生かしておけ。人質として捕まえておけばそいつ自らやってくるだろう。その後で浪人共々始末すれば良い」
 恐ろしい事を惜しげもなく言って来る辺り、この老人の目は既に狂気の域に達しているようだ。最早話し合いで解決など無理に等しいと言えた。
「あ、あのぉ……自分は無関係なんでお暇させて貰って宜しいですかぁ?」
「この場を見てしまった以上誰一人として生かしては帰さん。運が悪かったと諦めるんだなぁ」
 老人のその言葉に長谷川の顔は真っ青を通り越して真っ白へと変貌してしまった。まぁ、どの道あんまり関係なかったりするのだが。
「賀兵衛様、貴方は勘太郎様がどんな思いで過ごしていたのかお気づきになられなかったんですか? あの人はずっと、外の世界に憧れていたんですよ!」
「黙れ! 薄汚い下種な女の分際でワシの勘太郎をかどわかしたその罪、万死に値する! 貴様のせいで、貴様のせいでワシが人生を賭して築き上げた作品を台無しにされたんだぞ! 貴様にその痛みが分かるか?」
「作品? その作品って何ですか?」
「女のお前には分かるまい! 男とは、一生を賭して一つの芸術を作り上げる。ワシにとってそれはこの橋田屋の事じゃ! その橋田屋を完璧に仕上げる為ならば、ワシはどれ程汚れても構わん! 例えこの手を血に染めてでも、この作品は仕上げて見せる!」
 言い終えた後、老人は周囲の浪人達に掛かれと合図を送った。
 咄嗟に身構える新八達。
 一時の沈黙が生まれた。老人が幾ら合図を送っても、回りの浪人達は一向に動こうとはしない。
「どうした? 何故掛からん! ワシの言う事が聞けんのか?」
「すんまっせぇん、何か話が重いんでぇ、付き合ってられませんわぁ」
「何だと?」
 老人の顔が強面になっていく。その刹那、浪人達は突然蜘蛛の子を散らしたかの用に吹き飛んでいく。その最に老人もまた跳ね飛ばされてしまった。
 新八達は何故浪人達が吹き飛ばされたのか、その奥を見た。其処には普段から見慣れた光景が映っていた。
 銀色の髪に白の着物を羽織り、死んだ魚の様な目をして腕には木刀を持った万事屋のオーナー。
「ぎ、銀さん!」
「よぅ、あんたがこの会社の社長さんかい? だったらこれで面会してくれるだろ?」
 そう言って銀時は老人に向かい何かを投げ渡してきた。老人が受け取ったそれは、真っ赤に輝く果実であった。
「な、何だこれは?」
「何だこれは? そうです、それこそ皆大好き―――」
 銀時が一旦区切り、懐から同じような紅い果実を取り出して見せる。すると、銀時の後ろからついてきたなのはが姿を現し、同じように真っ赤な果実を手に持って現れた。
「「青森アッポォウ!」」
「アッポォウ!」
 見ると背負っているであろう赤子までもがあわせるかの用に手に真っ赤な青森アッポォウ、つまりリンゴを手に持っていたのだ。
 余りに唐突な銀時達の登場に思わず場の空気が静まり返ってしまったのは、この際言わずもかな、だったりする。




     つづく 
 

 
後書き
次回【子供は結局親が好き】

次回で橋田屋編が決着します。お楽しみに 
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