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それぞれの白球

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加持編 血と汗の茶色い青春
  第三話 代替わり

第三話



ボールが一塁手のミットに収まると、
青のユニフォームの選手達がマウンドで喜びを爆発させた。

対して、是礼伝統の灰色のユニフォームを着込んだ先輩達はグランドに崩れ落ち、立ち上がる事ができなかった。

俺の1年の夏は、スタンドで応援しながら、先輩方の決勝敗退と、八潮第一の甲子園初出場を目の当たりにする事となった。
二つ上の先輩方はけして評判は悪くなかったが、サヨナラ勝ち3回と勢いに乗った八潮第一に押し切られ、決勝戦はまさかの大差がついてしまった。

俺たちにとっては、その無慈悲さも含めまさに神のような存在だった3年生の、あまりにもあっさりとした敗北はそれなりにショックだった。

そして、俺たちもチームの一員とならねばならない日がやってきた。


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「…正直に言って、この夏の決勝戦が貴様らの実力だ。慢心は無かった。全力でかかった結果がこの3-11という結果だ。」
「「「ハイ!!」」」
「貴様らも来年、今の3年生と同じ思いをしたいか?」
「「「いいえ!」」」
「今年は帰省期間は盆までなしだ。明日から練習を開始する。貴様らの気概を見せるように。良いか?」
「「「はい!」」」

敗戦の夜、1・2年生だけのミーティングで冬月先生はこう言った。メディア相手には「自分の責任です。選手達はよく頑張った。」、3年生には「ここまでついてきてくれてありがとう」などと当たり障りの無い事を言っていたが、俺達に対するこの語り口からは、明らかにこのオヤジが怒っている事が読み取れた。明日から容赦ない練習が始まるという事は考えなくても分かったし、代替わりに伴って自分がグランドでプレーできるという事よりも、その練習に耐えられるかという事だけが気がかりだった。




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「君は、体が強いですね」

その先輩に最初に声をかけられたのは、新チームが始まって3日目の練習後だった。
朝から晩まで猛練習をして疲れ果ててはいたが、久しぶりに「野球」ができるのはやっぱり嬉しいもんで、自主練習なんてもんをしていた。
3年生の先輩が退寮した分、洗濯や道具磨きの負担が軽くなったってのもある。俺は早くもレギュラー獲りなんか諦めかけていたが、余裕がある分だけ目一杯野球をしないと、兄貴に申し訳ないような気もしていた。

「今日も3人が熱中症で倒れました…そうやって自主練習に励めるのは、1年生としては中々凄いことですね」

後輩に対しても敬語を使うこの先輩は、鷹匠洋平さん。1年の秋からレギュラーで、この夏は6番捕手として活躍した。聖人だって話は、この人の付き人になった同級生から聞いていた。そして余りに後輩に甘すぎるので、3年生から何度も怒られていた事も知っていた。

「はい、体力だけには自信があります。それ以外は、足りない所だらけでありますが…」
「ふむふむ、そうですね…もう少し横のバウンドに対しては、体を内側に入れる意識を持った方が良いですね。今は体に当たってはいますけど、横に弾いてしまってます。ベースの上に落とさなければ、ボールブロッキングとは言えませんから…」

俺のポジションはキャッチャーで、この時にポジションの先輩でもある鷹匠さんにショートバウンドのキャッチングを教えてもらった。
丁寧で、言葉がとても分かりやすかったのをよく覚えている。
鷹匠さんにはそれ以降、何度もご指導頂いた。
尊敬できる先輩。
俺にとってのそれは、紛れもなく鷹匠さんだった。



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代替わりして以降、ブルペンに入る事も増えた。
そして何故か白神は、俺をブルペン捕手によく指名してきた。

1年の俺がこの秋からレギュラーになんてなる訳がないのは、未だにサブグランドで練習させられていて、1軍の立派な球場にお呼びがかからない事からも明らかだった。

なのに、白神は俺を指名してきた。
正直、こいつの球を捕る自信なんて無いから、俺にとっちゃ良い迷惑なのだが。
理由を尋ねると笑顔で

「え〜?うん、亮司相手だとショートバウンド投げやすいんだよね〜」

などと言われたが、本当にたまらない。
ストレートはあり得ないほどの威力で、ミットが左手ごと持っていかれそうにもなるし、決め球の縦スライダーなんて、落ちながら速くなってるような、バケモノみたいな球だった。
鷹匠さんに教えられたように止めに行っても、最初は全くもって前に止まらない。

そんな情けない俺に機嫌を悪くすることもなく、白神はニコニコしていた。


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俺の初めてのベンチ入りは、秋季大会後の市大会。ミニマムな大会で、どこの高校も普段ベンチに入らないような連中のお試し期間に設定している。

正直、二軍の上位20人に残れるかもギリギリの所だったが、やっとこさ背番号20を貰えたのは、やっぱり俺の体がそれなりに大きく、ガタイの分だけプレーを多目に見てくれたからだろう。

ま、殆ど試合に出られず、俺としちゃ別に是礼に特別な思い入れがあった訳でもないから、「是礼の試合着に袖を通すこと」にめちゃくちゃ感慨が湧いたりもしなかった。

この市大会でベンチにも入れなかった2年生は、「用済み」の烙印を押されたのも同然。1年も、一般入試組は殆ど市大会でもベンチ外で、今後の運命を暗示していた。

日に日にプライドを傷つけられ、夢を失い、死んだような目になっていく彼らを見るのは、少し辛かった。



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是礼の一軍はこの秋どうだったかと言えば、夏休みの猛練習の甲斐あって、準々決勝で甲子園帰りの八潮第一を5回コールドで粉砕して圧倒的に埼玉を勝ち上がったまでは良かったが、関東大会の初戦で神奈川2位の横浜と当たっちまったのが運の尽きだった。神奈川の決勝で一度負けてるとはいえ、この横浜も相当期待されていたチームだったらしい。関東大会1番の好カードと目されたこの試合は、白神のランナーへの無警戒さを突かれて失った5点が命運を分けた。

またしても甲子園を逃した。
冬月のオヤジはカンカンだった。
気合いを入れて春のセンバツを目指すべくチームを鍛え上げてきたのに、今度は自滅で甲子園を逃したのだ。
「貴様らは一体この夏何をしてきた!?」
珍しく声を荒げて俺たちに怒りをぶつけてきた。

俺が入学して以降の是礼は、どこか歯車が噛み合わない。どんよりとした空気が漂う中で、是礼の名物にもなっている厳しい冬のトレーニング期間が始まった。

 
 

 
後書き
名門校の辛い所は、上位進出程度では満足できない事ですね。 
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