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とある蛇の世界録

作者:arice
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第三話

 
 それは突然の事だった。前触れも無く、察知することも不可能だった。

 それからも二人の生活の在りようが変わることは無かった。毎日のように大樹の下ヘと歩き、話や昼寝をしる。そんな小さな幸せ。そんな日常をかみ締めながら、二人で一緒に――


 ――――そうなるはずだったのに……

 

 もう日課となってしまった大樹の下へと向かう道中の事だった。綺麗な純白の百合畑の中。手をつなぎながら歩く、朧とリリィの前に、『それ』は現れた。


 ――それは真っ黒な何かだった。


 一瞬固まってしまった朧。少しの間とはいえ、平穏を過ごしていた朧は、言ってしまえばそう、平和ボケしていたのだ。だから、一瞬固まってしまったのだ。
 目の前の『何か』と、目が合った――ような気がした。

 朧は、反応こそ遅れたが、行動への以降は数瞬だった。一気に、その黒い『何か』に殴りかかったのだ。音速を、光速をも超えるそのこぶしを、黒い『何か』は――そのまま受け止めた。

「ッ!」
「――――」

 気付けば吹き飛ばされている朧。体勢を立て直す。一瞬の油断――いや、判断ミスが、その後の命運を分けた。つまり、朧はこのとき、後世の最後の最後まで悔やみ続ける失敗を犯した。
 それこそ、二人を永遠に分かつほどの失敗だった。

 前を見た朧。気付いたのだ、その『何か』の容に。何か、わだかまりを感じながらも――

「――――まさかッ!」

 ハッとして、後ろを向いた。向いてしまった。その黒い『何か』の姿かたちが。何かにそっくりだったから。確認を優先してしまったのだ。
 ――それは、そんな一瞬を見逃す存在では無いというのに、だ。

 動きを察知し、前を向きなおそうとし――ッ!

「こッ、のッ!」
「――――」

 黒い『何か』のこぶしらしきものが、朧の顔面を捕らえる。が、その程度でどうにかなるほど、朧はやわではないのだ。直ぐに反撃をしようとして、腕を振りかぶった――

「ッ! 朧ッ!」

 後ろから聞こえる、リリィの叫び声。それは、大げさなほどに鬼気迫るものだった。
 だが、今朧にそれを気にしている余裕は無かった。そのままこぶしを黒い『何か』に振りかざして――

「――は?」

 気付いた。その振りぬいた腕から染み出る血に。怪我は無い、痛みも無い。それにもかかわらず――

「馬鹿な、どういうことだ……」

 それに、朧に傷をつけられる存在など、片手にも満たないのだから。その片手の内に、目の前の『何か』は類するということなのか? ダメだ、目の前の『何か』に不明瞭な点が多すぎる。

 危険だ。これ以上の戦闘の継続は危険だった。そう判断し、リリィを回収しようと足を踏み出そうとして――体が倒れた。

「なぁッ!?」

 足が動かなかった。その件の足。それを確認して目を見張る。そこに巻き憑かれていたのは、周りに咲き誇る百合のツルだったのだから――

「クソがッ! どけッ! 邪魔を――ッ!?」

 抵抗し、振り払うが、それは四肢に巻き憑き、朧の動きを規制する。腕に、足に、身体に巻き憑く。
 さらに気付く、目の前にいるべき存在が消えていた。どこだッ? どこへ行ったッ? 最悪の事態だった。このままではリリィにも――ッ!
 ――振り返る。リリィを確認する。

 そこにあるべき、守らなければいけない少女の姿は――なかった。

「り、リリィッ! どこだッ! リリッ――邪魔を、するなぁッ!」

 衝撃の波で、百合のツルを破壊する――が、それは直ぐに再生し、朧に襲い掛かってくる。リリィを探さなければ――いや。リリィの居場所は分かっている。リリィの気配は大樹の近くだ。そしてその近くにあの『何か』の気配も――……

「邪魔だッ!」

 足を一閃ッ! 横に薙ぎ、百合の花を吹き飛ばす。百合は再生する、それも瞬時に――だが、その一瞬など、朧には関係ない。
 一瞬にしてトップスピードに入り、大樹の、リリィの下へと――ッ!

 また油断。朧は焦っていた。それが原因で、目の前に迫る、百合のツルに気付けなかった。それを察知しても、もう遅かった。そのツルは、朧の身体を貫かんと、その鋭利な枝先を、朧に向けて――



 急に暗転した視界。目を覚ますとそこは、見慣れた大樹の下だった。あれ? 朧は――ッ!
 
「朧ッ! どこッ! おぼ――ッ!」

 朧を探し、周りを見回したところで、気付いた。自分の目の前にいる、黒い『何か』に。そして、朧がその『何か』に――何を考えているッ! 馬鹿なことをッ! 朧が負けるわけ無いッ!

 震える身体を押さえ込む。朧は私を絶対に守ってくれる。だからこそ私も朧を助けるんだッ!

「あ、あなたは、だれ?」 

 その黒い『何か』は、リリィに振り返った――ように見えた。少なくともリリィには。

「――――」
「え?」

 その言葉に、驚愕する。何を言っているんだ、この『何か』はッ、意味が分からないッ。

「あなた、何を言って――ッ!」

 つかみ掛からん勢いで、その『何か』に詰め寄ろうとしたリリィだったが。その『何か』の手元にある、それに驚いて足を止める。

 それは黒い本だった。祖母に貰った、花柄の装飾のついた魔道書。たった一つの忘れ形見だったのだから。忘れるはずもない。

「あなたが、なんでそれをッ!?」
「……―、――、―」

 ――え? 今、なんて言ったの?



 「私は『ラグナロク』……あなたが、この『箱舟』の意志、だから」



 突然、魔道書から現れたどす黒いもやが、リリィに襲い掛かった。



 百合のツルが朧を貫く寸前。そのツルが、一瞬で現れた影に吹き飛ばされる。朧はそれを確認し、体勢を立て直す。呆けている暇はない、今破壊された百合も、もう再生を完了しているのだから。

 その影と、背中を合わせる。

「父様、これはッ!?」
「分からない。突然現れた『何か』が原因という事くらいか、分かっていることは。それに――」
「そんなことは今良いッ! 父様、こちらもわかったことがあった」
「何?」
「この辺りの百合は全部、『――――』」
「ば、馬鹿なことを……」
「そんなことを――ッ! 来るぞッ!」

 敵が増えた事により、ツルの攻撃は勢いを増した。まるで、相手の強さに合わせているかのように――

「――――まさかッ。こいつらッ! 足止めが目的かッ!?」
「その可能性は高い――父様。先に行けッ。さっきの話を憶えておけよッ、絶対に必要になるッ。あの小娘がどうなるか、にもだッ」
「言われなくてもッ!」

 一歩、朧はバックステップをとった。それに反するように、ニーズへックは一歩、大きく前に出る。

「我、祈る。我、願う。我、参る。終わりの日よ、終焉の幕よ――」

 だが、相手も馬鹿ではない。おそらくは、自立した形で、朧たちの足止めをしているのだろうから。それはつまり、優先的に攻撃対象とするべき相手を、考え選ぶことができるということ。
 数多のツルが、詠唱途中のニーズへックに襲い掛かる――が、それは朧たちにもいえることで。詠唱をするニーズへックへと、ツルが突き刺さる瞬間、横から割り込んだ、数十、数百の蛇が、その行く手を阻む。

 ――朧だった。

「――ッ、――――ッ――――ッ!」

 次第に重なり、人間の耳には及びつかない、神聖な呪文となる、ニーズへックの詠唱。そしてゆっくりと目を開くニーズへック――それと同時に。

 天地開闢にも等しき、終焉を追う爆発が、ニーズヘックを中心に巻き起こった。
 そして、それと同時に飛び出す一つの影。それはニーズヘックにも視認できないほどのスピードで、あの大樹の下へと――リリィの下へと向かう。

 朧がちょうど大樹の下へと辿り着いた瞬間――爆発が収束し、そしてぶり返した。

 圧倒的な熱量と衝撃をもったその爆発に、朧は何の迷いも無く、大樹の下に倒れているリリィへと駆け出した。
 そしてリリィに覆いかぶさり、地面を覆いつくすほどの蛇を盾にする。

 その時間、コンマ0,0003秒。世界最強がその身の全霊をもってはじき出した業だった。そしてそれを追うように爆発が二人を飲み込んで――



 目を覚ますとそこは大樹の根元だった。ハッとし、自分の身体に抱えられている少女を確認する。息はあった、ただ気絶しているだけ。それにホッと息をつき、しゃがみこむ。
 辺りの警戒は忘れない。いつ、あの黒い『何か』が襲ってくるか分からないのだ。もう油断はできない。
 
 そこで朧は、また不審なものに気づいた。
 百合の花たちは、その身を散らしていた。再生する素振りは見られるが、やはりそれは難しいのだろう。起き上がってはたおれを繰り返し、そして力尽きたように萎れた。

「なんだったん、だ。やつらは」

 そうつぶやいた時だった。おそらく朧の声に反応したのだろう、リリィの体が少しうごめく。そして、次第に開く目。それにまた一息ついて、リリィに話しかけようと口を開いて――


「――――はッ!?」


 抱きしめていた少女、リリィの手が、真っ赤に染まったのだ。
 その手の行き先は、今、目の前にいる最愛の人。
 その身体を貫いた手刀を見て、ニヤリと笑うリリィ。


 ――朧の身体を貫いたリリィは、その腕を無造作に引き抜く。


 朧は倒れた――が、その勢いを利用し、転がってリリィから距離をとる。
 そして向かい合い、リリィを、その殻を被った『何か』を睨みつける。

「きさッ、まッ。リリィを、何処へやった」

 その台詞に、また笑い。リリィらしき少女は口を開いた。

「『平穏の守護者』。あなたの恋人は、死にましたよ」

 と、何の感慨も無く。その『何か』はそう口にした。

「何をいっているッ! 貴様は何物だッ!」
「慌てても意味は無いですよ、『平穏の守護者』。それに、あの少女が消えた理由も、一概に私だけが悪いとは言えませんよ」
「だから、何を――」

 その言葉を制すように、『何か』は両腕を横に薙ぐ。身構えるが、何も起こらない。ただに身振りだったようだ。

「私は、『平穏の守護者』。つまりあなたへの抑止力です。あなたが世界のバランスを保つという役目をないがしろにした場合の、ですが」
「抑止力、だと?」
「はい。『蛇』というものは神聖な存在ですから。力を蓄えれば、龍にもなれる。そんな存在です。それを司るあなたが、もし何か一つのものに肩入れをした場合の抑止力です」
「馬鹿なことを。世界は今、十二分に平穏だろう。私に役目はまだ先のことだ」
「だからですね、『平穏の守護者』。私は、あなた自身が世界のバランスを崩すことに対しての抑止力なんですよ。世界がその時平和だろうと、そうでなかろうと関係ないんですよ」
「…………」

 クルリと一回転する。真っ黒な修道服が、ふわりと舞った。

「この少女にとても思い入れがあるみたいじゃないですか。素晴らしいくらい甘い過思い出をお持ちのようで」
「お前には関係ないだろう?」
「はい、ないですね」
「…………」

 気味の悪い。奥底が見えない。目の前の『何か』の考えが見えない。

「さらに、その肩入れの相手が悪かったですね。まさか『箱舟』の管理人とは」
「それは、なんなんだ。『箱舟』、とは……」
「あなたも気付いていたはずですよね、『平穏の守護者』。この辺りの異様さには。百合の花は枯れない。この大樹の葉は散らない。それに――人間が一人も寄り付かない」
「だが、『箱舟』はあの洪水の後、ノアの一族が祀り物と共に燃やしたはずだろう」
「えぇ、ですがこれは『ノアの箱舟』とは存在理由が違いますから」
「存在理由、だと」

 はい、と笑う。『何か』は言う。



「この『箱舟』の存在理由は、『新たなる神』を祀る為の祭壇ですから」



 




 
 
 

 
後書き
ふと文字数をみたら4646文字で良い感じだったのでここできります。

さぁ、出てきました『ラグナロク』と『箱舟』

おそらく次回は説明会です

では、また次回の話で。 
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