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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十一章 追憶の二重奏
  第一話 烈風

 
前書き
  

 
「ふぅ……無事なのは良かったのですが」

 椅子の背もたれに寄りかかり、頭上を仰ぎながら、アンリエッタは視線を下に―――机の上に広げられた一枚の手紙と、その隣にある報告書に向けられる。手紙は昨日届いたルイズからの手紙であり、報告書はガリアとサハラの境の町にある、アーハンブラ城で起こったとある出来事についてのものであった。報告書は各国に放っている諜報員の中でも、ガリアに潜ませたものからであった。報告書の文字は、書き手の心情を表しているように、字体は崩れ、乱れていた。
 報告書には五日前、アーハンブラ城の夜空に、突如三つ目の月が現れ、現れた時同様唐突に消え去ったとあった。エルフとの国境沿いの町であることから、エルフの侵攻の可能性もあると、この報告は最速で送られ、受け取ったアンリエッタは、一人で判断するのは危険だと、直ぐにマザリーニ枢機卿に相談をした。マザリーニは情報が少なすぎると、今は静観しておくようにと忠告をしただけであった。アンリエッタも同じように考えていたため、素直に同意し、続報を待っていたのだが、

「これ多分……いえ、きっとシロウさんですよね……」

 手を伸ばし、テーブルの上に置かれた手紙を掴むと、天井を仰ぐ顔の前にそれを広げる。

「エルフを倒して、ミス・タバサとその母親を救出ですか……」

 内容はアーハンブラ城に囚われていたタバサとその母親を無事救出し、現在はゲルマニアのツェルプストー家の城に世話になっているというものであった。アーハンブラ城で何があったかは特に詳しくは書かれてはいなかったが、三百人近い兵士を眠らせ、タバサたちの監視をしていたエルフを一人撃退したことは書かれていた。
 エルフ。
 そう、エルフがいたのだ。
 人間を蛮人と蔑む彼らが、何故、タバサ親子を監視していたのか? 理由は全く不明であるが、少なくともガリア王政府とは何らかの繋がりがあるのは間違いはない。
 エルフは強力な力だ。それが大国であるガリアの味方をしているとなれば、それは恐ろしいことである。
 だが、

「……ですが、これも交渉しだいですね」

 エルフは強力な力だが、それは弱みにもなる。
 エルフと人間の中は悪い。何百ではなく何千年にも渡って殺し合いをしているのだ。仲が良かったら嘘だろう。最悪といっても間違いではないのだから。そんなエルフとガリアが手を組んでいたとするならば、その他の国と同盟を組み、これと対抗するのは比較的容易になるかもしれない。それに、ガリアがもしこの事実を隠そうとするのならば、それこそ交渉次第では色々(・・)と引き出すことが出来るかもしれない。
 しかし、現在の所ガリアから特に何の変化も見られない。アーハンブラ城での出来事についてやらにも、その他(・・・)についても、だ。
 不気味なほどにガリアは静かであった。

「今のうちに、打てる手は全て打っておかないと……」

 音を響かせる勢いで手紙をテーブルの上に下ろすと、アンリエッタは一拍を持って顔を元に戻す。
 すると、扉からノックの音が響いた。

「どなた、ですか?」
「私です。陛下」

 アンリエッタが扉の向こうに問いかけると、銃士隊隊長のアニエスからの返事が帰って来た。

「少し待っててくださる」

 テーブルの上に広げたものを整えると、椅子から立ち上がり扉まで歩いていく。

「すみません。少し考え事をしていまして」

 アンリエッタが扉を開くと、そこには鉄で出来た花のように美しくも強いアニエスの姿があった。アニエスは胸に手を当て、アンリエッタに恭しく礼をする。

「そんな。気にしないでください。それで、私に用とは?」
「ええ。信用できる部下を数名手配してください。少し、行くところが出来ました」
「今すぐにでも動けますが、どうなされますか?」

 アニエスを部屋に迎え入れたアンリエッタは、アニエスに背を向けた姿のまま立ち止まる。「そうですわね」と頬に手を当てたアンリエッタは、目線を上げ少し考える様子を見せると、小さく頷きアニエスに振り返った。

「直ぐに出ます、馬車の用意を。行き先はラ・ヴァリエールです。非公式の訪問ですので、馬車などもそれに配慮したものでお願いします」
「了解しました。……お顔が優れないようですが、どうかなさいましたか?」

 疲労の浮かぶアンリエッタの顔に、アニエスが声をかける。

「ふふ……色々と考えることが多くて」
 
 アンリエッタの顔がテーブルに向けられ、アニエスの顔をそちらに向く。テーブルに置かれた手紙を目にしたアニエスは、アンリエッタの背中に問いかける。

「陛下、あの手紙はもしや」
「……ええ、ルイズからの手紙です」
「手紙ということは、もしやガリアの姫君の救出の結果では」
「無事救出できたようです。お騒がせしましたと……全く、わたくしがどれだけ心配したと思っているのか、それに……」
「ガリア……ですか」

 顔を俯かせ、微かに背中が丸くなったアンリエッタに、アニエスは小さく口の中で呟く。

「正体がバレていないのか、それとも他に何か考えがあるのか……ガリアからの抗議は今のところありませんが……」
「……彼らの越境行為に気付いているものは、今のところ見られません、が」
「それも、今のところ、ですか……」

 気付いていない振りをして、アンリエッタがルイズをどうするのか見ている者がいないとは言えない。ここで何の処罰を与えなかったならば、これ幸いと噛み付いてくるものがいないとも限らない。だが、それもかもしれない(・・・・・・)なのだ。

「陛下はどうされるおつもりですか? ラ・ヴァリエールと言えば彼女の実家ですが」
「甘いと、あなたは言うかもしれませんね」

 顔を上げ、窓に向こう、空を見上げながらアンリエッタは呟く。憂いに満ちたアンリエッタの横顔を見たアニエスは、その場に膝を着き頭を下げた。

「陛下。私は陛下の剣であり盾であると自負しております。いかなる命令であっても剣としてあらゆる者を斬りましょう。陛下の身に危機が迫れば、この身が朽ちようとも御身を守りぬきましょう。ですが、私にもできないことは多くあります」
「……」

 アンリエッタの視線が動き、自身の背後で膝をつくアニエスを見る。

「……内心がどうであれ、陛下の命に従う者は多くいるでしょう。しかし、陛下に従わず、されど、その御心を大切に思うものは限られます。……ご友人は大切になされるべきと愚考する次第です」

 アニエスの言葉を耳にしたアンリエッタは、顔を前に戻し、窓の向こうに見える空を仰ぐ。両手を後ろに回し、背中で指をいじりながら「そう、ですか」と呟くと、顔を俯かせる。

「ですが、陛下の心配もわかります……そう、ですね。越境については今のところ表立って口にするものはいませんので、暫くの閒は彼らに無給で雑役でも与えておき、何か言ってきた際は、それで処罰を与えたとすれば……」
「それで納得するでしょうか?」

 首を傾げるアンリエッタに、苦笑しながらアニエスは言う。

「この宮殿―――いえ、この国に彼らに匹敵する手柄を上げたものはいません。それが答えです」
「―――そうですね」

 小さく耳を震わせた言葉に顔を上げ、「陛下?」と問いかけるアニエスに体ごと振り返ったアンリエッタの顔には、先程まで浮かんでいた憂いの姿はなく笑顔があった。

「では、彼女にはわたくしを心配させた罰として、お父上に叱っていただきましょう」
「っふ、いえ、失礼しました。では、準備を急がせます」

 噴き出した口元を隠したアニエスは、立ち上がると執務室を出ていった。アンリエッタはアニエスが閉じた扉に目を向けた後、テーブルに置かれた手紙に目をやり。

「でも……本当に無事でよかった……始祖ブリミルよ。わたくしの友人が無事戻ってくることに感謝いたします」

 
 
 





 
 ラ・ヴァリエールの城の中、巨大なダイニングテーブルが置かれたダイニングルームには、ルイズを除くラ・ヴァリエール家の者が勢ぞろいしていた。テーブルの上に並んだ豪勢な昼餐の料理がひろがっていたが、テーブルを囲む者たちは誰一人としてそれに手を伸ばす者はいない。
 ダイニングテーブルの上座に座る、家長たるラ・ヴァリエール公爵は、美髯に当てていた手を離すと、握り締めた拳をダイニングテーブルに叩きつけた。鈍く重い響きがダイニングルームに響き渡るが、家人も端に控える使用人も誰もが微動だにしていない。それはこのような事態が珍しくはないことを示していた。

「越境してガリアに向かうなど……馬鹿かルイズはッ! わしを心労で殺す気なのかっ!」
「そうですわね。反対を押し切って戦争に参加したかと思えば、今度は無断でガリアへ入国だなんてっ! 一体何をしたいのかしらっ、全くもうっ!」

 憤慨を露わにする父に、鼻息も荒く頷くのは、ラ・ヴァリエール家の長女たるエレオノールだった。トリスタニアのアカデミーで働いていたエレオノールだったが、父親からルイズがガリアへ無断で入国し、そのことについて陛下が城にくるとしらせを受け、飛んで帰ってきたのである。
 ダイニングルームに怒鳴り声が満ちる中、父と姉の言葉を耳にしながらも穏やかな笑みを口元に浮かべていたカトレアが口を開いた。

「でも、その理由が友人を救うためだと言いましたわよね。お父さま?」
「むぅ、確かに友のために行動したことは悪いとは言わん。だが、それでも守らなければならない法というものがある」

 カトレアの言葉に喉を鳴らしたラ・ヴァリエール公爵だったが、直ぐに重々しく顔を左右に振った。

「っはぁ……ルイズのことも問題だが、カトレア。お前も人のことはとやかく言えないのだぞ。わしはまだ納得しておらんぞ。全く一体何を考えているのだ。突然学院に行くと使用人に言いつけ家を出ていき、今まで一つも連絡をよこさんとは、わしがどれだけ心配したと思っている。何度も手紙を送ったというのに返事も返さず……全くお前は」
「確かこの前ので百四十六通でしたかしら? あら? でもお父さま。わたしちゃんと返事をお返ししましたわよ」

 頬に手を当て小首を傾げるカトレア。首の動きに合わせ桃色のブロンドがサラリと流れる。その顔にはおっとりとした微笑みが浮かんでいる。

「最初の一枚だけだ! しかも何だ? 『健康になりましたので、そろそろ本格的に独り立ちしようと思います。なので早速ですがトリステイン魔法学院で教師を始めました』とはっ!! 使用人からお前が魔法学院に行くと聞いたときも驚いたが、手紙の返事を読んだ時は心臓が止まるかと思ったぞっ!!」
「あら? それは大変ですね。お医者様は何と?」
「比喩だ比喩っ!」

 苛立ちを露わに怒鳴り声を上げ、テーブルに拳を叩きつける公爵。拳を叩きつけられたテーブルが、先ほどよりも大きく震える。

「あらあら」

 だが、それでも欠片も動揺することなく、それどころか口元に手を当て「ふふふ」と穏やかな顔で笑うカトレアの姿に、公爵は怒気を抜かれたようにため息を吐くと共に肩を落とす。

「はぁ……全くお前は……それで手紙に書かれていた『健康になった』とはどういうことだ? どんな医者もメイジさえも匙を投げたお前の病気が治ったという事なのか?」
「そう、ですね。……詳しいことは話せませんが、ある方から魔道具(マジック・アイテム)をいただいたんですが、それを身につけている間は全く健常者と変わらなくなるというものです」

 目を細めながらもしっかりと頷いたカトレアに、テーブルに身を乗り出しそうなほど身体を前に出した公爵が目を見開く。

「それは本当なのか?」
「ええ。疑われるのなら、今ここで魔法を使ってみせましょうか?」

 公爵の質問に、カトレアは杖を手にとって軽く降ってみせる。じっと娘の目を見ていた公爵であったが、目を閉じ小さく頷くと、背もたれに深く寄りかかり左右に首を振った。

「……いや、構わん。お前が嘘を言うとは思えんからな……だが、その魔道具(マジック・アイテム)はどんなものなのだ? それにそれを与えた者というのは?」
「ふふ、そこは秘密ということで」

 唇に人差し指を当てニッコリと笑うカトレアに、公爵は眉根に皺を寄せ天井を仰いだ。

「っ、はぁ……お前はルイズやエレオノールとは違った意味で厄介だな」
「あらお父さま? 娘にその言いようはどうかと思いますわ」
「……返事の手紙にこれでもかと言うように、でかでかと『ラ・フォンティーヌ家当主』と書いておいてその言いよう……全くお前だけは違うと思っておったのに」

 可愛らしく小首を傾げる娘に対し、ジト目で睨みつけた公爵は口元をヒクつかせる。

「っ……、まあ、いい。詳しい話は後、後だ。今はルイズの話だ。ただでさえ王政府から快く思われておらん時にこれだ。何か考えなければならんな」

 そう言って公爵は難しい顔で腕を組み俯く。
 公爵の言葉通り、現在、ラ・ヴァリエール家は王政府に快く思われていない現状にある。それもこの前のアルビオン戦役にラ・ヴァリエール家が出兵をしなかったためであった。そのため、莫大な軍役免除税を払うことになったが、ラ・ヴァリエール家にとってそれは特に痛手ではない。それよりも問題なのは、以前からラ・ヴァリエール家を良く思っていなかった出兵した貴族たちから、これを機に勢力を削ろうと暗躍しているものがいるのだ。そういった者たちが、大人しくこの機会を指をくわえて待つとは思えない。
 周囲の状況を冷静に思い返し、公爵は改めて難しい状況にあることを思い返す。だが、それでも出来るだけ娘に負担を与えないようにするにはどうすればと考えていた公爵の耳に、

「そう難しく考えなくとも良いのでは。陛下にお裁きを頂くよりも先に、当家がルイズに罰を与えれば良いのです」

 危険な声が届いた。

「っ、ば、罰、とは、ど、どういった、それとだ、誰が……」

 氷着いたような沈黙が広がるダイニングルームの中、カチカチと歯が鳴るのを自覚しながら、首を錆び付いた人形のように巡らし、公爵は声を上げた相手に顔を向ける。視線の先には自身の妻、

「口にした責任として、わたくしが与えましょう」

 公爵夫人の姿があった。
 
「え、えっと、何もお母さまがわざわざ自分の手でやらなくとも……」

 先程まで泰然とした態度で常時笑みを浮かべていた口元を、今は引きつらせながらカトレアは焦った調子で自身の母を止めようとする。隣に座る姉のエレオノールも、顔に大量の汗を浮かばせながら、必死に引きとめようと手を伸ばすが、

「あなたたちは黙っていなさい」

 公爵夫人から向けられたキロリと鋭い視線により、氷着いたようにその身を固まらせた。

「そ、そうは言うがなカリーヌ。娘たちの言うこともほ、ほら、一利あるとは思わんか? 何もお前が手ずから罰を与えんでも……の、のうジェローム?」

 必死に自分の妻に食い下がろうとした公爵であったが、公爵夫人の身体から湧き出る鬼気に恐れをなすように身を引かせると、傍に控える執事に縋るような視線を向ける。
 
「っ、あっ、あ~……い、いけませぬな。突然ですが、私急ぎの用を思い出しましたので、少し失礼させていただきます」

 逃げるように小さな歩幅で、しかしかなりの速度で後ずさると、頭を下げた姿のままダイニングルームの扉の向こうへと姿を消した。そしてジェロームが開けた扉が閉まり切る前に、これ幸いと、何らかの言い訳を口にしながらダイニングルームにいた召使が全員頭を下げたまま抜け出ていく。
 最後の一人が扉から消え、ドアが音を立てて閉まる。しんっと水を打ったように静まり返るダイニングルームの中、ゆっくりと席から立ち上がった公爵夫人は、顔を家長たる夫に向ける。

「ルイズはわたくしが直接教育しました。ならば躾けをしたわたくしが、娘の不始末をつけましょう」

 声を荒げているわけではない。顔を怒りに染めているわけでもない。しかし、それでもその身から立ち上るある気配は、公爵夫人が激怒していることが分かる。それを公爵ははっきりと、それも嫌というほど理解していた。それを思い出し、歯を鳴らす音を強めながらも、それでも愛する娘を守るためと勇気を振り絞り、声を上げるが、

「いや、こういったことは家長であるわしがキッち……―――」

 轟音と地響き、そして背後から吹く風(・・・・・・・)に口が開いた状態のまま固まってしまう。公爵の直ぐ後ろは壁であり、窓一つありはしない。なのに……背中から風を感じる……。衝撃により天井から埃が舞い落ち、テーブルの上に広がる料理の上に乗る。だが、誰もそのことについて何も言わない。顔を前に向けたまま、公爵は目玉をギリギリまで端に寄せ背後を見ると、そこには―――、

 ……か、壁が……。

 ダイニングルームの壁は、固定化の魔法がかけられていた。だが、今その壁には人間大の穴が空いている。より正確に言えば、椅子に座った成人男性(・・・・・・・・・・)と同じ大きさの穴が……。
 
 ……お、脅されてるわし? ……わ、わしって、か、家長だよね?

 視線を前に戻すと、そこには何時の間に抜いたのか、杖を手にした公爵夫人の姿があった。公爵夫人は杖を軽く回しながら、目を細め小さく溜め息を着いた。

「駄目ね、やっぱり錆ついているわ。威力も弱いし、狙いがズレてしまっている」

 ……あ、あれ? 今の狙いズレてたの? じゃ、じゃあもし狙い通りなら何処に……か、考えるのはよそう……。

「え、ええ、えと、そ、そのだなカリーヌ。そ、そうあれだ、あれ」

 ガタガタと身体を恐怖で震わせながらも、それでも娘のためと声を上げる公爵。まさに父の鏡といった姿であるが、

「『その』だの『あれ』だの意味が分かりません。もう少しハッキリと分かるように喋ってください」

 こめかみをヒクつかせている公爵夫人が手に持った杖の先を向けられると、ピタリと身体の震えを止め、

「いえ、なんでもありません」

 とハッキリと分かりやすく返事をした。
 余りにも情けない姿であった。
 おどおどと父と母を見ていた娘二人の視線がすっと細まり、軽蔑の色が浮かんだのは仕方がないことだろう。
 公爵が力なく顔を伏せる姿を見ると、公爵夫人はガタリと音を立て勢いよく立ち上がり、ピシリとテーブルを手に持った杖で叩く。

「前々から思っていましたが、あなたの躾は甘すぎでした! そのおかげで我儘に育ったあの子の性根を、この『烈風』が直々に罰を与え叩き直させていただきますッ!!」









「……ルイズ、やっぱり俺もついていかないといけないのか?」

 ラ・ヴァリエール家の領地へと向かう、揺れる馬車の中、顔を顰めた士郎が隣で縮こまるルイズに声をかける。士郎の手を冷えた手で痛みを感じる程強い力で握り締めながら、ルイズは顔を上げずに士郎をくぐもった声で責める。

「シロウ。あなたわたしの使い魔よね。その使い魔が何で主人を置いて逃げるのよ」
「いや、逃げてるわけじゃ」

 ギリっと手の甲を抓られた痛みに小さく歯を噛み締める士郎。

「本当に?」
「……すまん嘘だ。いや、しかしだな。俺が行ったら絶対トラブルになるぞ。……お前は忘れたのか? 以前参戦の許可を受けに行った最後……どうなったかを……」

 目を閉じれば直ぐに思い出せる。怒りのあまり無表情になったルイズの父親の顔が……。
 
「―――あれは夢よ」
「……っはぁ……全く、お前という奴は……」

 キッパリと言い切るルイズに、士郎は顔を手で覆うと溜め息を吐き首を振った。

「……一体何があったのよ?」

 それら一連の行動を見ていた対面に座るキュルケが、片頬だけを上げた奇妙な顔で呆れた声を上げる。黙り込んだままの士郎とルイズの様子に、キュルケは隣に座るタバサに顔を向けた。タバサは握った自分の大きな杖を見下ろしたまま微動だにしない。
 そもそも何故、タバサがここにいるのかと言うと、ラ・ヴァリエール家に向かう際、士郎たちはタバサに母親と共にキュルケの実家に残るように勧めたのだが、タバサが頑としてそれを了承しなかったため、同行することに相成ったのである。タバサの母親も、キュルケの実家ならば安全だと言う判断もそこにはあった。未だにタバサの母親の心は病んだままであるが、以前よりも落ち着いた様子であることから、キュルケの実家で保護することに問題はなかった。
 タバサはキュルケの視線を感じたのか、手に握った杖から視線を上げると、最初にキュルケ、次に視線を前、士郎とルイズに向け、

「怯―――えてる?」

 コテリと小首を傾げた。
 キュルケも顔を前に向けると、口の端を曲げ首を傾げる。

「ねえルイズ? あなた本当にどうしたのよ? 顔をそんなに真っ赤にして震えて……恥ずかしがってるのか、それとも怯えてるのかハッキリしてちょうだい」
「うるさいわね」

 顔を伏せていたルイズは、微かに顔を上げると、顔に掛かった髪の隙間からキュルケを睨めつけた。

「分かっていない人がごちゃごちゃ言わないで」
「あら? 随分なものいいね」

 膝に肘を当て、手のひらに顎を乗せたキュルケが面白そうに口の端を曲げる。
 自分に向けられるキュルケの冷めた視線に気付くと、ルイズは伏せていた顔を上げ、頭を振って目を伏せた。

「っ……ごめん。言い過ぎた」

 背もたれに寄りかかりながら足を組んだキュルケは、軽く肩を竦めてみせる。
 
「ふっ……構わないわよ」

 顔を反らして小さく呟くルイズの姿に鼻を鳴らしたキュルケはにやりと笑う。

「で、結局何でそんな摩訶不思議な状態になってんのよ?」
「……ま、色々あるんだけど―――実家に帰るのが怖いのよ」
「そこまで怖がる必要があるの?」
「……普段ならここまで怖がらないわよ。ただ、今回は違うのよ……わたしが『規則』を破ってしまったから……」

 頭を両手で抱えて蹲るルイズに、キュルケは疑問符が浮かんだ顔を向ける。

「は? それがどうしたのよ? 規則って法律のことよね? でも法律を破ったのは確かに悪いことだけど、そこまで怯える必要ある? お姫さまも今回のことは黙認してたんでしょ実際のとこは? それはまあ、それなりの罰は受けるかもしれないけど、そこまで怯えなくても」
「―――『烈風』のカリン」
「―――ッ!?」

 キュルケの疑問に答えたのは、ルイズではなく、キュルケの横に座るもう一人の人物―――ロングビルであった。その豊かな胸の下に両手を組み、深々と席に座るロングビルは、小さく伏せていた顔を上げ、馬車の中を一瞥する。
 そして、驚愕の顔で固まるルイズで視線を止めると、強ばった顔で続きを口にした。

「先代マンティコア隊隊長『烈風』のカリン。常に鉄のマスクで顔の下半分を隠し、荒れ狂う嵐のような風を操るトリステイン王国史上最高の風の使い手。エスターシュの反乱をたった一人で鎮圧し、ドラゴンの群れさえ一人で退治したとも言われている。その余りの強さに、ゲルマニア軍が『烈風』カリンが出陣したという噂を聞くやいなや、退却を始めたと言われるほどの逸話があるほど。その正体は男装の麗人だとも言われているが、その真偽は判然としていない……」

 突然語りだしたロングビルに、ルイズを除く馬車の中にいる者たちの訝しげな視線が集中する。

「えっと、ロングビル? どうしたのよ突然?」
「その『烈風』のカリンという人がどうかしたのか?」

 キュルケと士郎の問いに、次はルイズが応えた。

「―――母さまなのよ」

 視線が一斉にルイズに向けられる。
 タバサも驚きに見開いた目でルイズを見つめている。

「え? は?」

 戸惑いを露わにするキュルケに、ルイズは乾いた笑い声を上げる。

「は、ハハハ……で、知ってる? その当時のマンティコア隊のモットーを」

 皆の視線がルイズに向けられた後、キュルケの横、ロングビルに向けられる。
 ロングビルはルイズと同じく乾いた笑みを口元に浮かばせながら、微かに震える声で答えた。

「―――『鉄の規律』……『烈風』のカリンは規律違反を過剰なまでに嫌っており、規則を破った者を再起不能寸前にまで追いやったことがあるとまで……」

 ロングビルの応えを聞き、先ほどよりも若干顔色を青くした士郎たちの視線がルイズに向けられる。

「……わたしが怯える理由……分かった?」
 
 








 トリスタニアを出発してから二日後の昼、空に輝く日の光が中天に座す頃、アンリエッタが乗る馬車はラ・ヴァリエールの屋敷に辿り着いた。馬車の周囲には、アニエスを含む五名の馬に乗った護衛しかいなかった。お忍びのため護衛の人数は少ない。屋敷の前には、屋敷中の使用人がズラリと並んで頭を下げている。その背後に設置されたポールには、小さいがトリステイン王家の百合紋旗が掲げられ、風に揺れていた。来訪がお忍びということで、派手ではないが礼に満ちた出迎えであった。
 馬車を止め、馬を降りたアニエスは馬車の扉を開けた。
 開けた扉の向こうから白い繊手が伸ばされ、それを手にとったアニエスがその持ち主を導く。その際、アニエスの視界に、城の本丸に繋がる階段のほぼ中央の位置に立つ一人の騎士の姿を得た。

「あれは……」
「どうかしましたか?」

 アニエスの訝しげな声を耳にしたアンリエッタが、誘われるように顔を上げると、

「あのマント……マンティコア隊の……それにあの羽飾り。あれは隊長職の帽子の筈よね」

 そこにはアニエスが見つめる一人の騎士が立っていた。騎士が纏う黒いマントにはマンティコアの刺繍が大きく縫い込まれており、頭には羽飾りが付いた帽子が。訝しげに眉根に皺を寄せるアンリエッタの前に、アニエスが盾となるように移動した。

「ド・ゼッサール隊長は、今は城にいるはずです。それにあの体付き……ド・ゼッサール隊長にしては細すぎます」
「ええ。まず間違いなく別人ですね」

 アニエスの後ろでアンリエッタが頷く。アニエスたちの視線を受けながら、騎士が階段から下りてくる。それを見て、残りの四人の護衛の銃士たちがアンリエッタの周囲を固めた。既に全員が腰に差した銃や剣に手を伸ばしている。
 階段を下りきった騎士は、アンリエッタたちから約五メートル程離れた地点で立ち止まった。
 代表するように、アニエスが一歩足を前に出る。目の前に立つ騎士を、アニエスは警戒心を込めた目で観察するように見つめる。移動する視線が、騎士の顔でピタリと止まった。

「―――ッ!」

 目にしたものに、アニエスは息を飲む。
 帽子の下にある騎士の顔には、鼻から下を覆うように鉄仮面がつけられていた。だが、アニエスの目が奪われたのはその上―――騎士の瞳、その輝きにだった。目、そのものが輝いているかのように感じる程強い意志を感じられる目の輝きに、アニエスは息を飲む。
 だが、気圧されることなく身を引き締めると、アニエスはその眼光を睨み返す。

「―――ふ」

 微かに息が解ける音が響く。
 
 ―――笑った?

 思考の片隅にそんな思いが浮かぶが、直ぐに心の中で頭を振ると、アニエスは目の前に立つ不審な騎士に問いかける。

「貴殿は何者か? 陛下のおんまえでそのような姿。ラ・ヴァリエール公爵に縁ある者ならば、今すぐ名を名乗り、そのふざけた格好を改るがよい」
「ふざけてなどおりません」

 アニエスの問いに顔を横に振ると、騎士はその場で膝をつくと深々と頭を下げた。

「お久しぶりでございます。このお姿ではお会いするのは初めてのことだと思われますが、私は先代マンティコア隊隊長カリーヌ・デジレでございます。当時は故あって仮の名を名乗っておりましたが、今も変わらず王家に忠誠を誓う者でございます」
「まあっ!」
「―――ッッ!!?」

 膝をつく先代マンティコア隊隊長を名乗る騎士を前に、アンリエッタは喜色が混じる驚愕の声を、アニエスは悲鳴混じりの驚愕の声を飲んだ。

「先代マンティコア隊隊長ということは、まさかあなたはかの有名な『烈風』のカリン殿ですかっ!」

 アンリエッタがアニエスの前に出る。跪く騎士の姿を改めて見るアンリエッタ。アンリエッタが知る限り、先代マンティコア隊隊長『烈風』のカリンが城に仕えていたのは今から約三十年前。そう考えると、確かに騎士の身につけるマントや帽子はどれも色あせ、年月を経たものと分かる。しかし、どれも年月による劣化は見られるが、それ以外の損傷はどこにも見られない。毎日丁寧に手入れをしているのだろう。
 興奮を露わにするアンリエッタの姿に、目を細めた騎士は小さく頷く。

「はい。しかし陛下がその名をご存知とは驚きました」
「驚くもなにも、トリステイン王国史上最高のメイジと名高き『烈風』のカリンの名を知らぬ者などこの国にいるはずがおりません! 特にわたくしは、母があなたのファンだったので、子供の頃、わたくしはいつも寝物語であなたの武勇伝を聞きながら寝ていたのですから! アニエス殿! 勿論あなたも知っている筈ですよねっ!」
「……はい、勿論知っています」

 目をキラキラと輝かせながら、興奮気味に声を上げる主を前にアニエスは、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えていた。

 ―――勿論知っておりますとも陛下……王宮で知らぬものなどおりません。『烈風』のカリン―――いえ、『鉄の規律』のカリンの名を聞いて怯えぬものなど……特にド・ゼッサール殿など、その名を聞いただけで失神するほどの怯えよう……今ならその理由が分かる……。

 青ざめた顔のアニエスに気付くことなく、アンリエッタはカリーヌの手を取り立たせると顔を寄せ言い寄る。

「勿論わたくしも大変あなたに憧れていましたのよ! 数々の武功に勲章……貴族が最も貴族らしかった最後の時代! その時代最高にして真の騎士と詠われたあなたに憧れ、数多の騎士があなたを真似したと聞きました!」
「それほどでは」
「謙遜などなさらなくとも結構ですわ! あなたはそれだけの結果を示したのですから。でも、わたくしそんなあなたの秘密を一つだけしっておりますの。母から教えていただいたのですが、実はあなたが女性だということを。それにしても引退後はその行方が全く知られていませんでしたが、まさかラ・ヴァリエール家にいたなんて……今は何をなされておられるのですか?」

 アンリエッタの問いに、カリーヌは顔の下半分を覆う仮面を外すことで応えた。仮面の下から現れた顔を見たアンリエッタの口と目が大きく開かれる。

「なっ、え? こ、公爵夫人っ!? 公爵夫人ではありませんかっ!?」
「「「「「はっ?!」」」」」

 アンリエッタの言葉を耳にし、アニエスとその後ろに立つ銃士たちが一斉に呆けたような声を漏らす。

「こ、公爵夫人が、まさか『烈風』のカリンだなんて……」
「はい。そしてルイズの母でもあります。結婚を機に衛士を辞めたのですが、その時の話をすれば長くなりますので、今はご容赦を」
「え、ええ分かりました。しかし……」

 アンリエッタが改めて目の前に立つ、マンティコア隊の隊服を着るカリーヌを見る。何故そんな服を着ているのか? という問いかけを視線に混ぜて。視線でその続きに気付いたカリーヌは、アンリエッタに頷いてみせる。

「今、この時の私は公爵夫人カリーヌ・デジレではなく、鋼鉄の規律を尊ぶマンティコア隊隊長であるカリンとしてここにおります。これから国法を破りし娘に手ずから罰を与えることによって、陛下への忠誠の証とさせていただこうと愚考する次第です」
「……え? あ、あの、その、い、今なんと?」

 アンリエッタの顔に浮かぶ笑顔がピシリと音を立てて固まる。
 カタカタと震える身体で、小首を傾げ尋ねるアンリエッタに、カリーヌは厳しく引き締めた顔で頷いてみせ。

「この手で娘に罰を与えます」

 ―――この手で娘の首を獲ります。

「ち、ちち、ちっ―――ちょっとお待ちになってくださいっ!!」

 アンリエッタの耳には確かにそう聞こえた……ような気がした。
 青ざめた顔に汗を滲ませながら、アンリエッタは焦った調子で声を上げる。今更ながら、アンリエッタは自分がとてつもない失態を犯したことに気付く。いくら自分が黙認していたとはいえ、心配をかけた親友に対し少し意地悪をするつもりで今回の一件をラ・ヴァリエール家に伝えたことを……。勿論ただの意地悪だけでラ・ヴァリエール家に伝えたわけではない。黙っておくことで、公爵に迷惑がかかる可能性もあることから、事前に軽く報告し、詳しい話は今回の訪問と共に説明しようと思っていたのだが……。

 か、完全に裏目に出ました―――ッ!!?
 
 カリーヌの言葉を聞き、改めてその姿を見れば、確かにこれは王の出迎えのために正装をしたというよりも、

 完全戦闘体勢という感じではありませんかっ!?

「乱暴はいけません! ええ乱暴はいけませんとも公爵夫人っ! そもそもわたくしはここに罰を与えるつもりでやってきたのではありませんっ! いえ、勿論無罪放免とするわけではありませんが、実は今回の一件は、色々と事情が入り組んでおり、一言で説明することが出来ず、よってこうしてわたくし自らが説明のため―――」

 今すぐにでも頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られながらも、アンリエッタは必死にカリーヌを止めようとする。

「陛下、分かっております。ご心配せずとも陛下のお心。このカリーヌしっかりと理解しておる所存です」
「で、では―――」

 手を前に出しアンリエッタの言葉を遮ったカリーヌが深く何度も頷く。その姿に説得出来たかとアンリエッタの顔に赤みが戻りかけるが―――

「愚かな娘を案じる陛下のお言葉、身に、心に染みました。そんな陛下の思いを無駄にしないためにも―――」
「はい、はいっ!」

 ぱあっ、とアンリエッタの顔が輝き―――

「二度と心配をかけることができないよう調教します」
「―――ッッ!!?」

 いや、調教ってッ!!? という思いがその場にいる全員の頭に浮かぶ。決して声に出してツッコミはしない。したらヤられる。そう本能で理解し、アンリエッタと護衛の銃士たちが固まる中、カリーヌは右手を上げる。城の天守に影が差し、豪風をなびかせながら巨大な黒い影が降りてくる。轟音と激しい砂埃を立てながら着地した老いた巨大な幻獣―――マンティコアが砂埃の中から姿を現す。
 蛇に睨まられた蛙のように固まるアンリエッタたちを尻目にマンティコアに飛び乗ったカリーヌは、マントを翻しながら声を上げる。

「始祖から与えられた陛下の王権は神聖不可侵。その御名をもって発せられた国法もまた然り。陛下の王道をお守りする国法を二度と破らぬように、我が娘を厳しく罰しますので、どうぞ寛大な下知をいただきたく」

 ―――さっきからそう言っているではないですかッ!!

 声を大にそう叫びたかったアンリエッタだが、先程から起きる様々な事態に心が混乱し、頭も身体も正常に働かない。そうこうしているうちに、マンティコアに跨ったカリーヌが空に駆け上がっていく。砂埃が広がり、咄嗟に目を閉じるアンリエッタ。次に目を開けた時、空の向こうに見えるマンティコアに乗ったカリーヌの姿はゴマ粒ほどの大きさになっていた。肩を落とし、呆然と空を仰いでいたアンリエッタは、口の中に入った砂利ごと唾を飲み込むと、ポツリと乾いた声で呟いた。

「……わたくし、ルイズに会えるのかしら………」

 その問いに、応えられる者はいなかった…………。





 ラ・ヴァリエール公爵の領地は、ゲルマニアの国境と接しているため、馬車で国境を越え三時間も進めば、ラ・ヴァリエール城の尖塔の頂きが視界に入ってくる。士郎は窓の向こうに見える尖塔を眺めながら、隣で行われている会話を耳にしていた。

「ま、まあ、でも、わたしの知っている限りじゃあ、ここ三十年彼女がコレといった騒ぎを起こしたとは聞かないし、いくらあの(・・)『烈風』のカリンだとは言え、年食って大分丸くなってるんじゃないかい?」
「……は、ははは……知ってるようで知らないのね……年食って丸くなるような人じゃないわよ」

 ロングビルが引きつった顔で、しかしそれでも、顔を伏せて死んだような表情を浮かべるルイズを励まそうとするが、ルイズはただ乾いた声で笑うだけであった。二の句が告げないでいるロングビルを、深く席に腰を下ろしたキュルケが背もたれに背中を預けながら顔を横に向け、目を細めて隣に座るロングビルを見る。

「……っていうか、あたしとしては、何でロングビルがルイズの母親についてそこまで詳しいかが謎なんだけど……?」
「ま、昔取った杵柄と言うか……蛇の道は蛇と言うか…………詳しいことは勘弁して」

 ジト目のキュルケから顔を逸らしたロングビルが、窓の外を眺める士郎の脛を軽く蹴りつける。

「……人が大変な目にあってるというのに、あんたは何無視してんだい」
「ん? ああ、すまないな。一応話は聞いていた。で、俺なりの結論だが……」

 顔を窓から離して馬車の中を見渡すと、士郎は一度ゆっくりと頷く。

「そうだな。俺は一度しか顔を合わせていないし、話も特にしたわけじゃないが……見たところ未だに身体を鍛えているようだが、まあ、多分、ルイズの心配は的を外してはいなようだな」
「何でそんなことわかるのよ? 特に話したこともないんでしょ?」
「まあそうなんだが……なあロングビル」

 士郎に話を振られ、ロングビルが首を傾げる。

「なんだい?」
「一つ聞きたいんだが、ルイズの母親……つまり先代のマンティコア隊隊長は、顔の下半分を鉄の仮面で覆ってたりするのか?」
「聞いたところによるとそうだね。鉄の仮面で顔の下半分を隠して、マンティコア隊の名のとおりマンティコアに乗り縦横無尽に暴れていたそうだよ」
「そう、か……」

 ロングビルに頷いて見せると、士郎は顔をまた窓に向けた。視線は遥か向こう。微かに見えるラ・ヴァリエール城の尖塔に向けられている。
 また窓の向こうに視線を向ける士郎の姿に、流石に不審を感じたキュルケが問いかけた。

「どうしたのよシロウ? さっきから窓の向こうばっかり見て。何か見えるの?」

 何気なく口にした疑問。
 特に変わった返事は期待も予想もしていなかったキュルケの耳に、

「―――ああ。鉄の仮面で顔の下半分を隠した騎士が、巨大なマンティコアに跨ってものすごい速度で近づいてきてるぞ」
「「…………は?」」

 ロングビルとキュルケが気の抜けたような声を漏らした瞬間、ルイズは顔をバネじかけの玩具のように顔を上げると同時に席から立ちあがり、馬車の外へと出ようと動き出す。
 だが、

「待て」
「きゅっ?!」

 士郎の手が伸び、逃げ出そうとしたルイズの首根っこを掴み上げた。士郎はじたばたと暴れるルイズを手元に引き寄せる。

「ちょ、離してっ!? か、母さまがっ! 母さまがきちゃうぅ~~?!」
「いいから落ち着け。今出ても直ぐに捕まるぞ」
「でもっ、ここにいても捕まっちゃうでしょっ?!」

 ぐるりと首を回して、ぷらんと猫のように持ち上げられたルイズが士郎を見下ろす。

「まあそうなんだが、もう少し待て」

 ルイズを席に座らせると、士郎はぽんっ、とルイズの頭に手を乗せた。ルイズは頭に乗った士郎の手を両手で掴み、ぷるぷると身体を震わせながら恨ましげな目でにらみ上げる。

「も、もももう少しって何時よ?」
「そうだな……」

 士郎が空いた手で顎に手を当てて声を上げると、

「……ねぇ、窓の外が何だかとんでもないことになってるんだけど」
「あ~……ヤバいねあれ」
「……このままだと巻き込まれる」

 士郎たちの前に座るキュルケたちは、窓の外を見て口々に引きつった声を上げる。タバサの声は何時ものように平坦ではあったが、どことなく引きつっているようにも聞こえていた。
 キュルケたちの様子に、士郎とルイズの視線が窓の外に向けられる。

「あ、確かにあれはやばいな」
「ちょっ! か、母さまっ! 何やってんのよ?!」

 士郎たちの視線の向こう。窓の向こうに、巨大な竜巻の姿があった。巨大な竜巻はぐんぐんと近づき、

「……あ、巻き込まれた」
「へ~……器用なもんだねぇ。ハーネストだけを破壊して、馬を残して馬車だけ空に飛ばすなんて。威力もだけど、ありゃ精度も桁違いだね。それはそうと……大丈夫かねあの子達?」
「……一応大丈夫そう」

 士郎たちが乗る馬車の近くを走っていたもう一つの馬車を包み込んだ。竜巻に飲まれた馬車には、士郎たち以外、つまりマリコルヌとギーシュが乗り込んでいた馬車であった。ギーシュたちが乗る馬車は空高く巻き上げられ、振り回され、掻き回されながら破壊されていく。砕かれた馬車の中から、叫び声を上げるギーシュとマリコルヌが放り出された。ぐるぐると洗濯機で洗われる洗濯物のように中空で回転している二人だったが、直ぐに竜巻の中からも放り出さた。竜巻から放り出されたギーシュたちは、地上に激突する前に『レビテーション』を掛けられたのだろう。ゆっくりと地面に下ろされた。しかし相当身体に負担があったのだろう。二人はぐったりと力なく地面に転がっている。二人が無事であることを確認した士郎は、隣りで同じく窓の外を見て、身体を痙攣するようにガクガクと身を震わせているルイズをちらりと見る。

「中々厳しそうな母親だな」
「あれの何処か中々なのよっ!? い、いいからもう離してっ! い、今すぐにでも逃げなきゃッ?!」
「まあ、流石に今度は俺もそれに反対はしない。とは言え逃げ切れんだろうな。まあ、まずは馬車を降りるか。逃げるにせよ、立ち向かうにせよ馬車の中は動きが制限されるからな」

 士郎は背中の壁を数度叩き、御者台に座るものに停車を頼んだ。士郎の合図を聞き、馬車がゆっくりとスピードを落としていく。それと共に、ギーシュたちが乗る馬車を完膚なきまで破壊した竜巻が、ゆっくりと士郎たちが乗る馬車に向かってきていた。
 馬車が止まりドアが開くと士郎を先頭にルイズたちが素早く降りて行く。

「どっ、どどどどうすんのよあれっ?!」
「あちゃ~……これは凄いわね」
「『烈風』のカリンか……噂に違わず、だね」
「スクウェアクラスの魔法」

 馬車を降りた士郎たちの前には、暴風を吹き散らす竜巻の姿があった。手で顔を覆い、吹き付ける風から守りながらルイズたちは口々に文句を垂れる。その声色には、恐怖や驚き、呆れや感嘆の色が混ざっていた。
 ルイズたちの前に立ち。竜巻に立ちふさがるように立つ士郎は、腰からデルフリンガーを抜きながら溜め息混じりの声を漏らす。

「はぁ~……竜巻でお出迎えとか、この娘にしてこの母と言うか、この母にしてこの娘と言うか……」

 抜き放ったデルフリンガーを垂らした士郎が迫る竜巻を見上げていると、

「ル~イ~ズ~ッ!!」

 竜巻と士郎の間に空からゆっくりと幻獣に跨った黒いマントを羽織った騎士―――ルイズの母親が降りてきた。地の底から響いてくるようなその声を聞き、『これは話してわかる相手じゃないな』と思いながらデルフリンガーの柄を握り直す。
 ルイズの母親が大地に降り立つと同時に、ピタリと竜巻がその動きを止めた。
 マントを翻しながら幻獣から飛び降りたルイズの母親―――カリーヌが、一歩一歩力ゆっくりと足を動かし近づいてくる。口元を覆う鉄仮面と帽子の間から覗く眼光は炯々と輝き。まるで獲物を前にした獣のようである。獲物に忍び寄る獣のようにゆっくりと近付くカリーヌは、士郎から十メートル程離れた位置で立ち止まると、士郎の後ろに隠れるルイズを睨み付けた。

「ルイズ。前に出なさい」
「ひぅっ!」

 息を詰めるような悲鳴を上げたルイズは、ビクリと震え身を縮みあげる。何時までもビクビクと小動物のように震えて動かないルイズに業を煮やしたのか、カリーヌが一歩前に出た。その前に、

「―――少し、待ってくれませんか?」
「…………」

 士郎が立ち塞がる。
 ジロリと一際強く、そして鈍く輝いた眼光を向けられる士郎。
 だが、士郎は全く気にした様子を見せることなく、笑みを浮かべてみせる。

「ルイズが法を破ったのは確かですが、それには理由が―――」
「関係ないものは下がりなさい」

 鉛のように重く、剣のように鋭い声が士郎の声を遮る。
 笑みを浮かべたまま固まる士郎に、カリーヌは剣を向けるように杖を突きつけた。

「確かにルイズは以前から少しばかり考えなしなところがありましたが、これほど大それたことをするような子ではありませんでした」

 杖を突きつけられた胸元に目を向けた後顔を上げた士郎は、カリーヌに向かって肩を竦めて見せる。

「いや、十分しそうだったような」
「最近手柄を立てたことに調子に乗っていたと考えていたのですが……」

 士郎の顔に向けていた視線を動かし、その後ろに寄り添うように隠れるルイズを見たカリーヌの眉間に皺が寄る。

「……ルイズの教育が不十分だったと反省していましたが……どうやら原因はあなたのようです―――ねッ!」
「―――ッ!!」

 カリーヌが顔を上げた瞬間、士郎に突きつけていた杖の先から荒れ狂う風の固まりが射出された。
 士郎は背中に隠れていたルイズを抱き上げ後方に大きく飛び退く。地を蹴り宙に浮いた士郎の足先を風が通り抜ける。

 ―――桁が―――違うッ!?
 
 足先を微かに擦った風の塊の感触に、士郎はカリーヌがこれまでのメイジと呼ばれる者たちとは別格だと知る。先程足先を通り過ぎた風。おそらく『エア・ハンマー』の魔法だろう。だが、まるで物質のように固められたそれは、他の者のソレとは一線を画っしていた。
 砂煙を立てながら地面に降り立った士郎は、ルイズを後ろに下がらせると、デルフリンガーを構える。

「これはどういうことですか……」
「……あれを避けますか……やはり只者ではありませんね。……別に簡単な話です。どうやらルイズが国法を破るようになったのは、あなたによるところがあると見ました。ですので、ルイズを躾け直す前に少しやることが出来たということです」
「―――母さまっ!? そんなこ―――」

 ルイズが否定の声を上げようとしたが、言い切る前にカリーヌの杖が振り切られた。
 カリーヌの横を抜け、迫り来るのは先程ギーシュたちが乗る馬車を天高く舞い上げ破壊した竜巻。それが更に強化されたのか、倍近い巨大さに膨れ上がりながら迫り来る竜巻を見やりながら、士郎は肩に乗せたデルフリンガーに声を向ける。

「デルフ。あれ、ちょっとヤバイやつじゃないか?」
「おう相棒正解だ。ありゃただの竜巻じゃねえ。真空の層を練りこまれた竜巻―――『カッター・トルネード』だなありゃ。触れればスッパリと切り刻まれる恐ろしいスクウェアクラスの魔法だぜ」
「……ちょっとどころじゃないな……さて、それでは近づくのは得策ではないか」
「ならどうすんだよ?」
「ま、セオリー通りに行くか」

 チラリと後ろを見た士郎は、身体を震わせるルイズの首根っこをつかみあげると、

「すまんなルイズ」
「ほぇ?」

 気の抜けた声を上げるルイズをキュルケに向かって投げつけた。

「しっ、しろおおおおぉぉぉぉぉぉっ?!」

 ルイズがロングビルにキャッチされるのを確認した士郎は、返す勢いで今度はデルフリンガーを竜巻に向け投げつけた。
 余裕を見せていたカリーヌだったが、

「その程度でわたくしの魔法が―――ッ!?」

 竜巻を貫いてカリーヌの足元に突き刺さったデルフリンガーに続く言葉を飲み込む。剣が突き刺さるというよりも、巨大な鉄槌が叩き込まれたかのよな轟音と振動が響き渡り、土煙が辺りを包む。局地的に発生した地震に身体のバランスを崩したカリーヌだったが、その鍛え抜かれた体幹により直ぐに立ち直る。視界を覆う土の煙を、そして直ぐにカリーヌは杖を一振りし、立ち上る土煙を散らす。晴れ渡る視界に、しかし、

「―――いない」

 そこに士郎の姿はなかった。先程まで士郎がいた場所には、渦を卷く竜巻の姿しか見えない。デルフリンガーにより一瞬大穴が空いた竜巻だったが、散らすには至らず未だその姿は健在ではある。が、肝心の士郎の姿がない。

「……何処に」
「完全に殺る気な魔法だなあれ」
「―――ッ!」

 隣で突然聞こえた声に、カリーヌは確認を取ることなく杖を声が聞こえた方向に振り抜く。その動きはメイジ(魔法使い)というよりも剣士。それも一流の腕を持つそれであった。虚を突かれ不覚と感じたカリーヌであったが、声が聞こえてきた位置からではこの抜き打ちには対応出来まいと自信を持って杖を振るった。その杖には鋭く固められた風が纏わりついていた。それはどのような刃物よりも鋭く鋭利であり、触れればスッパリと切り刻まれてしまうだろう。
 振り抜かれる鋭き風を纏う杖。
 だが、

「―――っ、な?!」

 杖を振り抜いた瞬間、カリーヌの視界が回った。天と地が入れ替わり、内臓が一瞬宙を浮き、血が頭に下がる(・・・)。全身に風を受け平衡感覚が一瞬だけ狂った後、

「―――か―――、は」

 気付けばカリーヌの身体は地面に押し付けられていた。
 うつ伏せの姿勢で地面に押し付けられ、杖を握っていた腕は横に膝を着く士郎に掴まれ関節を決められていた。全身が地面に縫い付けられたようにピクリとも動かず、それでも無理矢理身体を動かそうとすれば、極められた腕に電気が走ったかのような痛みが走り動くことさえままならない。押し付けられた顔を動かし、カリーヌは頬に土をつけながらも自分を押さえつける士郎を見上げる。

「き、貴様、何を―――」
「何もしないと約束してくれるのなら説明するが」
「……なら結構」

 頬を撫でる風に士郎が顔を上げる。そこには、

「この状態でも操れる、か」

 竜巻が迫ってきていた。士郎は押さえつけるカリーヌを見下ろす。

「このままだと一緒に巻き込まれるが?」
「そうですね。ですがそれがどうかしましたか?」
「はっ、全くこの親子は」

 冷たささえ感じさせる視線で士郎を見上げてくるカリーヌに、士郎は口元に引きつったような笑みを浮かべる。
 間近に迫った竜巻の風を巻く音が耳を叩く。ただの竜巻であっても巻き込まれれば無事では済まないが、この竜巻は更に危険な代物であり、早く逃げなければ無事で済むどころか命の危機である。だが、逃げようとすれば、その隙をついて何を仕出かすか分からない者が一名足元がいることが問題であった。一見完全に勝負がついているように見えるが、実の所まだ勝負はついてはいない。迫る竜巻もそうだが、この状態であってもカリーヌは魔法が使える可能性があった。そこらのメイジならば魔法を放つよりも先に落とすことは可能であるが、先程カリーヌが放った魔法を見るに、この距離でも七対三というところだと士郎は判断していた。それに先程の魔法。似たような魔法は何度もみたが、威力が段違い……いや、桁違いであった。威力もそうだが、その発動の早さも桁が違い、一発でも当たればかなりの負傷が予想される。士郎がカリーヌを押さえ込んだまま動かないでいる間にも、竜巻(カッター・トルネード)は近づいてくる。
 上と下。
 視線が交差し合い。互いに相手の様子を伺う士郎とカリーヌ。

「逃げないのですか?」
「怖い人が睨んでいるんでな」
「……ですがこのままでは死にますよ」
「ふむ、それは確かに。だが、まあ大丈夫だと思うが」
「ほう。この状態で何か出来るのですか?」

 見上げてくるカリーヌの目に、疑問の色が浮かぶ。問いに、士郎は軽く肩を竦めて見せると、顔を横に向けた。

「出来るというか、まあ、信じているということだ」
「信じる?」
「俺のご主人様を、な」

 士郎の視線に誘われるように、カリーヌの視線が動く。横に、士郎が見る方向に。そこには、

「ルイズ?」

 カリーヌの眉が微かにひそめられる。視線の先には杖を構えたルイズの姿があった。
 何をするつもりだという疑問がカリーヌの脳裏に浮かぶ。魔法を使用するとしても、下手な魔法であれ(カッター・トルネード)を壊すことは出来ない。それにルイズは自身の系統に目覚めて日が浅い。火の系統だと聞いたが、いくら破壊に特化した火の系統だとはいえ、生半可な魔法でスクウェアクラスの魔法を壊すことは不可能だ。
 様々な思考が頭に過ぎる中、カリーヌの耳に、聞きなれないルーンの調べが届く。数多の敵と戦い、様々な魔法を見聞きしてきたカリーヌであったが、今耳にしているようなルーンを聞いた覚えはなかった。ルイズから聞いた火の系統でもなく、その他の水や風、土の系統でも聞いたことがない調べ。疑問の答えが出る前に、ルーンの調べは止み、魔法が完成した。ルイズは振り上げた杖を『カッター・トルネード』に向け振り下ろし、

「―――ッ?!」

 背後に光が生まれた。
 視線が届かない後ろ。カッター・トルネードが迫り来る方向から光が差し込んでくる。
 突如生まれた光に思考に空白が生まれたカリーヌは、直ぐに気を取り戻したが、何が起きたかはまだ理解は出来てはいなかった。

「な、何が?」
「説明するよりも見たほうが早いな」

 疑問の声に、士郎はカリーヌを押さえつけていた手を動かし、カリーヌが後ろを確認できるようにする。士郎の意図を理解したカリーヌが、無言で背後を確かめる。そこには迫り来るカッター・トルネードの姿が―――

「なっ!?」

 なかった。
 呆然とした声を上げたカリーヌだったが、直ぐに口を閉じ歯を噛み締めると、士郎を睨みあげ、

「……これは、あの子が」
「中々のものだろ」

 士郎が目を細めて肩を竦めて見せると、何かを言おうとカリーヌは口を開くが、続く言葉は出ることはなかった。それよりも先に背後から声を掛けられたからだ。

「っ、ぁ、っふ、ま、間に合ったと言えるのかはわかりませんが……もうそこまでにしてください。これ以上何かするつもりならば、わたくしにも考えがありますよ」

 声が聞こえた方向に顔を向けた士郎の目に、馬に跨り、息を整えるアンリエッタの姿が映る。その後ろには、同じように馬に乗ったアニエスの姿もあった。

「シロウさんは公爵夫人を離してください。全くもう。女性を地面に押し付けるなんて、失礼ですよ」
「……命がかかっていたんでな」

 苦笑いを浮かべ、小さく口の中で呟きながらもカリーヌから手を離した士郎は、立ち上がるとまだ地面に膝をついたままのカリーヌに手を差し出す。

「失礼をしました」
「……構いません」

 一瞬躊躇したカリーヌだったが、直ぐに手を伸ばし士郎の手を取る。
 その様子を見て小さく安堵の息を吐いたアンリエッタは、手を叩きながら辺りをぐるりと見回す。

「色々言いたいことはありますが、それもこれもまずはお屋敷に戻ってからにしましょう。行きますわよ」

 手綱を引き馬を動かしたアンリエッタが、背後を見て声を上げる。アンリエッタが跨った馬が動き出すのを見たロングビルが、先程から地面に転がったまま動かないギーシュとマリコルヌを作り出したゴーレムを使って馬車の屋根の上に放り投げると、気疲れで倒れ込んでしまったルイズを抱えて馬車の中へと入っていく。キュルケとタバサがそれに続き、士郎もその後に続こうとした、が、

「待ちなさい」

 呼び止める声に足を止めた。
 振り返ると、そこにはカリーヌの姿があった。

「あなた名前は」

 眼光鋭く視線を向けてくるカリーヌだったが、その眼光が先ほどよりも少し……ほんの少しだけ弱くなっているような……気がした士郎は苦笑を浮かべ振り返り。



「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔―――」



 深々と頭を下げた。



「―――衛宮士郎」





 
 

 
後書き
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