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とある蛇の世界録

作者:arice
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鏡面世界のクロムダスク 第一話

 
前書き
朧の過去編の始まりです 

 
 これは遠い遠い、遥か昔のお話。


 朧はこの頃、世界中を旅してまわっていた。自分の子供の近況を見てまわるのを兼ねてのことだった。北欧神話たちを訪れた後、次の目的地へと向かっている最中の事。
 
 朧は、深い森の奥の奥に佇む一軒の家を見つけた。
 もう夜も夜。もうすぐ月が真上を越しそうなくらいの時刻だった。大体二時過ぎくらいか。そんな時間だったというのに、その家は窓から光を漏らしていた。
 どうやら住人はまだ起きているらしい。

 それを確認し、その大きくて小さい扉をノックする。

 トントン。

 しばらくして、中から物音が聞こえてきた。そして扉がゆっくりと開く。朧は目を見開いた。そこに居たのは、十歳をすぎるかというほどの、金髪のシスターだったのだから。

「あの、どちらさまでしょうか?」

 その少女の訝しげな声に、ハッとなり答える。

「私は旅のものだ。今晩ここに泊めてはくれないだろうか?」

 その少女はあごに手を当て、いかにも悩んでいますといった仕草をした。それが振りなどではなく、本当に悩んでいると分かった朧は、特に何を思うこともなく、その様子を見つめていた。

「うーん。でも――いやだけど――それでも――」

 と、一人でつぶやきながら悩んでいる少女に、朧は苦笑してこういった。

「泊めるのが無理ならば、少しだけでも休ませてはくれないか?」

 それには少女も大丈夫だと思ったのか、笑顔で了承し、朧を中へと招きいれた。
 家の中は、綺麗に整理されていて、その中でも目を見張ったのは、本棚に一冊だけ置いてあった本だった。それは真っ黒な本だった。花びらの装飾が施された、綺麗な一冊の本。
 だが、問題はそこではなく、明らかにその本に魔力が感じられることだった。

「こんなのしかないですけれど……」

 と、少女はカップに紅茶を淹れて持ってきた。そのカップから湯気が漏れ出でている。それを一瞥し、頂こう、とその紅茶を一口だけ口に含む。
 その紅茶はとても苦かった。時間を考えると仕方がなかったが、苦かった。それに朧は特に甘いものがすきだったので、少し目を細めてしまった。
 それを見た少女は、すこし縮こまって朧の顔をうかがう。

「あの、おいしく、なかったですか?」
「いや、まぁ少し苦かったかな」

 その朧のストレートな返答に、少女は思わずと言った感じで噴き出して笑った。そして、ひとしきり笑うと朧を見つめる。

 ――綺麗だ

 朧は、目の前の少女の事を、純粋にそう思った。歳はまだそういってないので、綺麗というより可愛いといった感じが適切かもしれなかったが、朧はこのとき確かにそう思った。

「あはははは、ごめんなさい。まさか、そんな直球で言われるなんて思ってなくて――」
「別に大丈夫だ。私は気にしてない。それに笑うのは良いことだ、とても気持ちがいいだろう?」
「はい、とっても気持ちいいです。それに心地良いですね」
「それは良かった」
「えぇ、ありがとうございます」

 それから二人は、一つのランプだけを頼りに、顔を見つめあいながら話を続けた。少女が旅の話を聞かせてほしいと、そう言ってきたからだった。

「そうだな、他にも綺麗な女騎士と一緒に戦ったりした話もある」
「凄いです。いいですね、まるで夢のようです」

 時に笑いながら、時に涙ぐみながら、時に真剣そうに、時に顔を真っ青にして。
 色とりどりの表情で、朧の話を聞く少女に、また朧も笑いながら話を続けた。それから長い時間話し続けた二人だったが、いつのまにか少女のほうが船をこぎ始めた。

「眠いのか?」
「はい、ちょっと眠くなっちゃって。ごめんなさい、折角お話をしてもらってるのに」
「気にするな。君は笑っていたほうが綺麗だ。それに、また明日もあるだろう?」

 その朧の言葉に目を見開き、そして綺麗な純白の花のように笑ってこう言った。


「はい、また明日……」



 朝日に照らされ、目を覚ました少女は、寝ぼけ眼のままベットからゆっくりと降りた。そして、窓をの方を見ると、そこには一人の少女がいた。

 ――思い出した。確か、お客さんがいたんだった。

 その少女は、揺り椅子の中で眠っていた。掛けられている毛布は、たぶん自分のものだろう。少女はおそるおそると近寄る。
 そして近くまで来ると、その端正な顔を覗き込む。

 ――すっごい綺麗だな……

 綺麗な黒髪に、真っ白な肌。ずっと昔に本で読んだことがある。たぶん彼女は東洋人だろうと思う。
 そして、その少女の目は、朧の唇で止まる。それをじっと見つめ、ちょっとずつ顔を近づけ――ッ!自分は何をしているんだッ! 目の前にいるのは女の子なのにッ! いや、そんなことは関係ないッ!あって一日程度の人にき、き……しようとするなんて、普通の人はしないはずッ!
 と、軽く自己嫌悪に陥っていると――

「何をしているんだ」

 少女はびくぅッ、と身体を縮こませ、後ろを振り返る。

「お、おきてたの?」
「あぁ、さっき起きた」
「そっか」

 どうやら、彼女の顔を察するところ、さきほどの一連の『あれ』は殆んど見ていないらしかった。それは良かったような残念なような、どちらにせよ胸を撫で下ろした。

「おもしろい奴だな。どうしたんだ、さっきから」
「ううん。なんでもないの――あっ」

 今になって気づいた。敬語を使うのを忘れていたのだ。なおそうかと思ったけれど、目の前の少女はそれを気にしているようではなかったので、そのままにしておくことにした。そっちの方が、仲良しみたいで良かったから。

「? どうかしたか?」
「――あぁッ! いや、なんでもないのッ。大丈夫」
「そうか、なら良い」

 ――朝ごはんの準備してくる。と少女は奥の部屋へと消えていった。その方向を朧はしばらく見つめてから、窓の外に目をやる。
 とても良い天気だった。それに夜は気にしてなかったからそんなに記憶になかったが、外には立派な畑があった。もしやとは思ってはいたが、やはりあの少女は自給自足で暮らしているらしかった。
 ――まぁ、そのことも後で話せば良いか
 朧はクスッと笑って、昨日の晩に話し合ったところと同じ席に向かった。



「こっちだよ」
「ちょっとまて、そう焦ることは無い」

 朧と少女は、二人で森の中を歩いていた。朝食を食べた後、少女が朧に『見せたいもの』があると言い、二人でその『見せたいもの』がある場所へと歩いていた。
 もう、かれこれ三十分ほど歩いている。

「その『見せたいもの』というのはまだなのか?」
「うん、もうちょっと歩くかな。――でも、すっごく綺麗だから、絶対びっくりするよ!」
「そうか、それは楽しみだ」

 それから、しばらくは歩き続けた。道中は、昨夜のように旅の話をしながら。やはり、少女はころころと顔を変えながら、朧の話を聞いていた。

「もう直ぐだよ」

 そう言い、坂道を駆け上がっていく少女。

「待て、あまり急ぐなよ」

 それを笑顔で追う朧。

 坂を駆け上った先。そこに広がっていたのは、一面の白。
 地平線の向こうまで咲き誇る白い花の畑だった。それはとても綺麗で、少女が急いで見せたがるのにも頷けるほどのものだった。

「ほら、こっちッ!」

 そのまま少女は、お花畑の小路地に入っていく。それを追い、朧も中へと入った。中はまた幻想的だった。白い花が、本来はそうならないであろうほどに高く咲いていたのだ。朧の背丈くらいには成長している。
 そんな中を、少女に導かれながら歩いていく。

 そしてしばらくして、お花畑の先に光が見えた。それに駆けていく少女に、朧も急げ急げと追い、光の中へと入った。


 ――そこには一本の大樹があった。


「これは……」
「おっきいでしょ? 私のお気に入りなの」

 それはとても大きく、天に腕が届きそうなほどにまで、枝を伸ばした木だった。

「あぁ、大きいな。そして、綺麗だ」
「うん」

 そのまま、二人は大樹の下にまで行き、そこに座り込んだ。

「ここで、お話の続きをしよう?」
「そうだな、じゃあ次は――」

 それからしばらく話をした。
 例えばドラゴンと勇者のお話だとか。例えばお姫様と吸血鬼のお話だとか。例えば、例えば、例えば――…………

 そうやってお昼過ぎまで話し続けた。

「あのね、おなか減ってない?」
「うん?」

 朧は蛇の集合体。そんなことは起こりえなかったが、それでもこのとき朧は、この少女を泣かせるようなことはしまいと思い。その問いにうなずいた。

「そうだな、少しだけだが」
「そっかッ! じゃあ、お昼ごはんつくってきたのッ! 一緒に――ッ」

 その時だった。
 お花畑の向こうから、何かしらの気配を感じた。朧は少し眉根をゆがめ、そちらを向く。だが、何故か少女もそちらを向いていた。それもほぼ同時に。
 つまり、少女もその気配に気付いていたということなのだが、それに関しては追求しなかった。そんな暇では無いというのもあったし、また、少女に嫌われたく無いという感情も、確かにこのとき存在していた。

 お花畑の向こうから現れた存在。それは黒いカラスのような羽を持ったもの――堕天使たちだった。
 それを確認した少女は、まるで朧を護るように前に進み出る。

「『魔女』よ。探したぞ、今なら許してやる。早くかえるぞ」

 そう言う堕天使。朧は、その『魔女』という言葉に不審を抱く。
 確かに、この時期の人間界は魔女狩りというものが行われていた、が堕天使がそういうことをしているとは訊いたことが無かったからだ。

「私は、もう『あの場所』には戻りませんッ!」

 『あの場所』、とはどこかのことを言っているのかはわからないが、おそらくは堕天使たちの研究施設とか、そんなもののことだろう。
 その少女の返答に、顔をヒクつかせながらも、平静を装い、少女に詰め寄る堕天使たち。

「そんなことを言われても。お前の居場所はあそこだけだろう? さぁ、早く戻るぞ」

 連れの堕天使の一人が言う、が

「嫌ですッ!」

 それに顔を明らかに歪ませた堕天使たちは、少女の後ろにいた、朧に目をやり、ニヤリと笑った。その気配で察したか、少女を手を大きく広げ、叫ぶように言う。

「こ、この人は関係ないですッ!」
「そうか、だがお前が戻ってこないと、関係を持つことになるんだがな」
「ッ!」

 悔しそうに唇を噛み、修道服のスカートを強く握り締めて、ふっと手を離す。

「……分かりました。でも、この人は関係な――――」


「――関係ないとは、ひどいことを言うな」


「えっ!?」

 ハッと、顔を上げれば、隣にいる少女。その顔を見て、息が詰まるようで――

 ――やっぱり綺麗だな

「おいおい、女がこんなところで格好つけてんじゃねぇよ。さっさと、そいつを渡せ」
「それはご遠慮願おうか。私の大切な『友人』を、お前達のような存在に渡すわけにはいかない」
「そうか、それは残念だ」

 堕天使たちが、その手に光の槍を形成する。それを見て、前に身を乗り出そうとした少女を庇い、朧は前に躍り出た。
 そして、光が朧へと直撃する。

「ふん、人間ごときが、俺たちの邪魔などするからだ」
「さっさと回収するぞ、研究者は死体だけでも言いといっていた」

 煙のはれないなか、堕天使がそういう。が、そんな甘い話ではけしてないのだ。彼らは、その生の最後まで知ることは無かった、朧という存在の事を。今自分達たちが相手にしている存在が、世界最強だということを、見誤った時点で、彼らの負けは決定していたのだから。



「死体? 死体がどこにあるというんだ?」
「なっ!?」

 煙がはれると、現れたのは無傷の少女二人。ありえない、人間ごときが俺たちの攻撃を――

「ありえないことはない。私はこう見えても――」

 ――世界最強なんだから

 虐殺が始まった――――



 それから数分たって、堕天使が羽となって散った後、朧は後ろを振り向く。そこには目を見開き、朧を見つめる少女がいた。
 それに近づき、手を出すと、少女の体がびくっと硬直する。

「……怖かったか?」
「う、うん。少しだけ……」
「そうか……」

 そのまま、朧は少女の隣に座り込む。そして、目前のお花畑に目をやり、口を開いた。

「例えば――」
「え?」
「例えば、ある日の夜に出会った少年少女が、夜通し旅の話を語り合い。その後、二人で向かった先に現れた、カラスの化け物を、少年が倒す物語。そして二人は、永遠に幸せに暮らすんだ」
「それは――」
「君が魔法使いだということは、最初から知っていた」

 その朧の言葉に、強張りを見せたが、少女は観念したように笑った。

「そ……っか……」
「あぁ、正確に言えば、家に上がったあとに見た、あの魔道書が理由だが」
「うん。あれはおばあちゃんから貰ったものなんだ」

 あの本に篭っていた魔力の密度は、とんでもないものだった。うっかり天使が触りでもすれば、確実に堕転するだろう。そのくらいの闇の魔力。それを持っていた、少女の祖母は、相当の魔法使いだったのだろう。

「だから、私も君に一つ秘密を教えよう」
「ひみつ?」
「そう、それでお相子だ」

 首をかしげ、朧の言葉を待つ。

「私は――――男だ」
「……………………えっ?」
「君はおそらく、私の事を女だと思っていたんだろうが、私は生物学上も、論理上も、完全に男だ」
「えっ? でも、え、うそ」
「嘘じゃないさ。私は男だ、だから――」

 朧は、目に見えて慌てる少女に一瞥くれ、ニヤリと意地悪く笑って告げる。

「あんまり、近づきすぎると、襲ってしまうかもしれないからな、気をつけろよ」
 あんまり、近づきすぎると…………?――――――ッ!
 
 先ほどまで慌てていた少女が、顔を真っ赤にしてもだえる。その姿にまた朧は笑った。

 まさか、まさか、まさか。
 朝の『あれ』、見られてたのッ?

「あの、えと、えーっと、あにょでしゅね」
「落ち着け、何を言っているか分からない」
「あのですね、あれは別にそんなのじゃなくて、あの、あれはだから、えと、綺麗? だなって思ったから、その――――」

 あせって、色々言っているが、それに笑いながらも、朧は付き合う。最後まで見届けて、少女が落ち着くのを待つ。

「あの、ごめんなさい」
「いや、気にするな。可愛かったぞ」
「かわっ!」

 朧は気付く。
 ――この娘、初心だな。と、

「そろそろ帰ろうか」
「しょ、しょうですね」
「また噛んでるぞ」

 仲良く笑いながら、道を歩こうとした、そこで気付いた。

「あの――」
「ん? どうかしたか?」
「私、あなたの名前知らないかも。ていうか知らないや」
「そういえば、言ってなかったか?」
「はい」
「そうか……」

 口調が雑になったということは、少し落ち着いたのだろう。
 花に囲まれた中で、二人は向かい合う。

「じゃあ、改めて」
「はい」

「私は御神朧だ」
「御神朧…………なんか可愛い名前だね」
「可愛い、とははじめて言われたな」
「そうかな? 可愛いと思うけど」

 それに苦笑して、朧は少女に目をやる。
 少女は大きく深呼吸をして、笑った。



「私の名前は、リリィ・イデア。これからよろしくね、朧」



 少女の笑顔に釣られて、咲き誇る百合たちも、風に揺られて笑った。

 
 

 
後書き
今までで一番長い話ですね。

リリィ・イデア。即興の割には良い名前だと、自画自賛。

『リリィ』の部分に関しては、最初から決まっていたんですけどね。

過去編も、後二、三話くらいで終わる予定です。

それでは、また次回。 
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