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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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二十二 無明の闇


ドウンッと室内に重低音が響き渡った。くぐもった、だが底力のある轟音。

直後、もの凄い衝撃がナルトの身を襲った。突然の事態に反応が出来ず、一瞬呆ける香燐。遅ればせにやって来た思考が、彼女に悲鳴を上げさせた。
「…ッ!ダーリン!?」
香燐の視線の先には、大広間の壁に張り付くナルトの姿。

背中を強打し、ずるずると壁に沿って墜落する。どさりと床に沈んだ彼の手から力無くメスが零れ落ちた。空虚な音を立てて床の上を滑る小刀は、神農のすぐ近くまで転がっていく。
床に伏せているナルトの許へ、香燐は慌てて駆け寄った。彼の身を案じると共に、怒りを込めた眼で神農を睨みつける。
彼女から鋭い視線を受けた神農は、掲げていた右の拳をゆっくり下ろした。
真上から降り注ぐ緑の照明が彼の顔に濃い陰影を落とす。その影が神農の身を纏う漆黒のチャクラを、より一層不気味に煽っていた。

闇のチャクラというモノだろうか。説明のつかぬ力が働いたとでも言うしかない。とにかくナルトが神農に弾き飛ばされたのは明らかだった。
神農から気味の悪い異様な気配を香燐は察した。畏怖の念が一段と高まって、香燐は服の裾を皺が寄るのも構わずぎゅっと握り締める。閉鎖された空間に神農と一緒にいる事自体が苦痛に思えた。
「ダーリン!おいっ!!」
だが香燐の苦悩とは裏腹に、ナルトはぴくりとも動かなかった。気絶でもしたのだろうか。最悪の事態を思い描いて、彼女は必死にナルトを呼んだ。床に横たわるナルトの身体を揺さぶる。

(頭が切れる小僧だと思ったが、わしの勘違いだったか…)
それを横目で見ながら、神農は首を左右に振った。そして何かに憑かれたかのような、狂気染みた形相で冷笑する。


十一年前、国中の里に流れの医者として侵入し、十年掛けてようやく在り処を突き止めた。
木ノ葉の里――それも火影室近辺の書庫にある、門外不出の巻物。
そこで様々な里の者が出入りする中忍試験時に、観光目的と称して木ノ葉の里を訪れた。名医としてその腕を存分に発揮し、なるべく火影室に出入りする忍者に恩を売る。治療しながらさりげなく情報を聞き出し、書庫に忍び込む機会を窺っていたのだ。
好機は意外にも早く訪れた。五年ぶりに開催する中忍第三試験の予選のために、三代目火影自らが試合を観戦しに、『死の森』にある塔へ向かうというのである。
火影の眼を掻い潜っての巻物窃盗は至難の業と考えていた。故に、この情報を耳にした途端、これ幸いと実行に移した。

そして手に入れたのだ。
『零尾』関連の巻物―――復活の書を。



(この圧倒的な力の前では全てが無意味だ)
想像以上の力に、神農は込み上げてくる興奮を押し殺す事が出来なかった。思わず床に施した円環を見下ろし、にやりとほくそ笑む。円環の縁に刻まれた精微な紋様を目にすると、要塞の中枢にいる零尾の姿が自然と脳裏に浮かんだ。



零尾を従わせるには、零尾を口寄せする術式がまず必要となる。
もっともその術式は案外早く見つけ出せた。しかしながら口寄せしたところでその力を御するには、零尾抑制の術式をも探し出さねば意味が無い。だから零尾関連の巻物を探し求め、再び世界を渡り歩いたのだ。
木ノ葉の里から盗んだ巻物に記述されていたのは、闇のチャクラに関しての他に、零尾抑制の術式。
口寄せの術式にその術式を加筆し、共に石盤に施す。そして復活した零尾を否応無しに服従させた。
石盤に繋がれている限り、零尾はこちらの思うままに動く。零尾を統御する術式さえあれば、空の国に恐いものなどない。


だというのに、今現在覇気で吹き飛ばした少年は挑発めいた言葉を発した。
要約すれば「巻物を寄越せ」だ。
十一年掛けてようやく見つけ出した巻物をそう易々と手放すわけがない。それ以前に、なぜ巻物の存在を知っていたのか。
(巻物奪回のために送り込まれた、木ノ葉の手の者か?)
砦に侵入した不届き者の正体を検討する。どういう魂胆で巻物の事を口にしたのか、今一つ合点が行かなかったからだ。しかしながら闇のチャクラを思い通りに扱える今となっては、そんな事を考える時間すら無駄に思えた。

足の爪先から頭の天辺にかけて、闇のチャクラが全身の隅々まで駆け廻っているのがわかる。無線で会話を村人に聞かれたのは失策だったが、それすら忘れてしまうほどの素晴らしい快感。体中に力が満ち溢れ、それを解放せずにはいられない衝動に駆られる。実に爽快な気分だった。
「ただの身の程知らずのクソガキだったようだな」
感に耐えないとばかりに満ち足りた表情で神農は笑う。そしておもむろに力を下腹に込めた。


「闇のチャクラの力は零尾を復活させるだけではない。使い方によっては……こんなことも出来る!!」
ウオオォオオオオと咆哮する。それに呼応するかの如く、床に施された円環が光り輝いた。

神農の筋肉が急激に盛り上がる。筋力の激増に相俟って上半身の服が弾け飛んだ。
乾き切った唇は艶を乗せ、白髪はふさふさと波打つ黒髪に。落ち窪んでいた瞳は爛々と輝き、皺を刻んでいた皮膚は張りのある瑞々しい肌へ早変わりした。

寸前より遙かに逞しい顔立ちで、神農は「ククク…」と相好を崩す。
「これが【肉体活性の術】。この究極肉体を持って、初めて死門までの八門を全て開放する事が出来る…」


以前の神農と今の神農の姿。その差は瞭然として明らかである。長身で肩幅の広い点は変わらないが、彼の身体が変化した事は顕然たる事実であった。
今や神農は、鍛え抜かれた若々しい肉体を手に入れていた。闇のチャクラを無限に生み出す零尾あっての現象。

血色が良い神農に反して、香燐は顔を青褪めた。ナルトはまだ目覚めない。

神農が殊更ゆっくりと歩み始めた。こつこつと床を踏み鳴らす足音が緑を基調とした室内で大きく鳴り響く。香燐は恐怖で身体が竦んでしまった。息苦しいほどの緊張で声すらも咽喉の奥に痞えて出てこない。
だが全く予期していなかった事が、香燐の眼前で突然起こった。







神農の背後でぼうんっと白煙が巻き上がる。金の髪を翻して神農に躍りかかる少年の姿。同時に香燐の傍で倒れ伏していたナルトが丸太に変わった。
(【変わり身】か…ッ!?)と内心叫ぶ香燐。彼女が驚愕しているのに対し、神農は待ち兼ねたとばかりに舌舐めずりした。

「舐められたモノよ!!」
背中から至近距離で殴りかかられたにも拘らず、その攻撃を予測していた神農がすっと身体をずらす。そして、勢いあまって踏鞴を踏む相手の背中を思い切り蹴りつけた。矢のように吹き飛ぶナルト。壁に激突するのを防ごうと、香燐が慌てて彼の身体を受け止める。

「ふん。貴様がメスに変化している事など想定済みだ」
メスによって会話が駄々洩れだったという苦渋を味わった神農は、ナルトの忠告を覚えていた。子どもとは言え、油断ならぬガキだと無自覚に一目置いていたのである。
「自分の得物が何処を刺したかぐらい把握しておくべきだよ」という一言から、メスに目を光らせていた彼は、闇のチャクラを宿した際の覇気で弾き飛ばしたナルトは偽物だと考えていた。そちらに注意を引きつけ、必ず死角から攻撃してくる。故に己のすぐ傍まで滑ってきたメスに注目していたのだ。

にぃいと口を歪め、神農は香燐に抱き抱えられているナルトを見遣る。覇気よりも【肉体活性の術】における究極肉体の一撃のほうがダメージは遙かに大きい。暫くは動くのも困難であろう。
首をコキと鳴らす。そして一気に踏み込んで、神農は額がくっつくほどに相手へ急接近した。
驚愕する顔。目にも留まらぬ速さで近づいた神農は、香燐の首目掛けて腕を伸ばす。

だが動けないはずのナルトが二人の間に割り込んだ。反応出来ない彼女を押し退ける。

標的が入れ替わったのを逆に好都合と見て、神農は小柄なその身を腕一本で持ち上げた。香燐の身代りになったナルトの細い首は、大木の如し太い腕に締め付けられている。

「わしに助言したのが裏目に出たな。同じ手が二度も通用すると思っていたのか」
脳へ巡る血を堰き止めようか、それともへし折ってやろうか…などと残忍な言葉を愉快げに囁く神農。白い首に指がぐぎゅりと食い込む。



嬉々とした表情を浮かべる神農に向かって、風前の灯であるはずのナルトは、あろうことか笑ってみせた。
「……残念」








ぼうんっと手から煙がすり抜ける。空を掴む己の拳を神農は愕然と見つめた。
「同じ手じゃないよ」
神農の真下から、再びナルトの声がした。

顎を蹴り上げる。空へ突き上げるかのような凄まじい一撃。直撃し、鈍い音を立てて飛ぶ男の巨体。気づけば空を舞う己に、今更ながら目を疑う。

顎に走る激痛を堪え、神農は下を見下ろした。香燐の傍にあったはずの丸太が影も形も無い。
(ッ、やられた!!)


一番最初に神農の覇気を喰らって吹き飛ばされたほうがナルト本人だったのだ。気絶したふりをし、メスに変化させていた影分身が神農に飛び掛かったのを見計らって、すかさず丸太に変化。「自分の得物を把握しろ」という助言のような言葉をナルトがわざわざ神農に告げた理由は、メスに気を取らせるための布石に過ぎない。
あたかも【変わり身】を使ったように見せ掛け、影分身を本物と信じ込ませる。そして神農自身がこちらに接近してくる機を窺っていたのである。案の定メスに変化した影分身に注意を向けていた神農は、ナルト本人が変化している丸太を気にも留めなかった。

つまり神農は裏を読んだつもりで、逆にそれを逆手に取られたのだ。



完全に虚を衝かれ、呆然自失から立ち直っていない神農。蹴りによる衝撃で未だ宙に浮かぶ彼の背後にナルトが回り込む。そのまま鋼糸で彼の強靭な肉体を縛りつけた。通常ならば大樹でさえも真っ二つにする鋭利な糸は、神農の盛り上がった筋肉に堰き止められ、切断までに至らない。だがナルトにとってはそれが狙いだった。受け身の取れない状態の神農を逆さにする。直後、破竹の勢いで高速落下。

「【表蓮華】……ッ!」

耳元で風を切る音が遅れてやってきた。続いて、ドゴオッという轟音が大広間を支配する。
派手な土煙。凄まじい墜落によって引き起こされた風圧が香燐の前髪を跳ね上げた。
部屋の中心から蹴立ててくる砂雑じりの風に、思わず手の甲で口元を押さえる。だが目だけは忙しなく動き、ナルトの姿を捉えようと香燐は煙を透かして凝視した。
煙が晴れていくのと反比例するかのように、彼女自身の心臓の音が高まっていく。





朦々と立ち込める砂煙の中で、ナルトのチャクラを感じ取り、香燐はほっと一息ついた。しかしながら同時に不快なチャクラをも察して、再び顔を強張らせる。

「痛くも痒くもないなあ…」

自身の身体に降り掛かった埃をぱんぱんとわざとらしく掃いながら、五体満足のていで笑う神農。反して彼と対峙するかのように佇むナルトは少々息が乱れていた。

【表蓮華】は『八門』の内第一の門『開門』だけを開き、脳の抑制を外し人の筋肉の力を限界まで引き出して繰り出す技。そのため如何にナルトといえど、多少の疲労は否めない。

しかしながら【表蓮華】の技の威力は、エメラルドグリーンの石畳が物語っていた。
ばら撒かれた瓦礫。無数に飛び散っている石片。床に施された円環まで伸びている罅。割れ目が生じた石畳はまるで星空のようだ。翡翠の輝きを帯びた石屑があちこちに散らばっている。


これほどの衝撃をその身に受けたにも拘らず平然とする神農を香燐は睨みつけた。
【神楽心眼】で神農の秘密を探ろうと瞳を鋭く細める。彼の身体から醸し出される異常なチャクラを視た香燐は、ハッと息を呑んだ。

神農の背後で、顔がぼうっと空に浮かんでいる。血の気の引いた白い顔。

ゾクリと背筋を凍らせた香燐は頭を振った。ただの仮面をなぜ顔と見間違えたのだろうか。
額に『零』という字が施された生白いお面。しゃらりと揺れる五本の飾り紐に、眦と唇に引かれた紅が白面上一際目立つ。顔面に施された両眼は眼と言っても窪みすらない糸目だ。
笑っているのか怒っているのか泣いているのか。判然とせぬ面相であった。
香燐の瞳が、お面の双眸を捉える。一瞬、目が合った気がした。ずしんと何かが全身に重く圧し掛かる。





途端、彼女の視界は闇に閉ざされた。何も見えない黒闇の中で、方々から囁き声が聞こえてくる。
〈 熱い熱い 焼ける 燃える 痛い 苦しい 助けて 嫌だ死にたくない 熱い熱い……… 〉
香燐はうろたえ、辺りを見渡した。誰もいない。ただあまりにも深くそして広大な闇が広がるばかり。だが四方八方から聞こえてくるさざめきには、耳慣れた声をも孕んでいた。故郷たる村の住人、中忍試験を共に受けた仲間、友人……そして家族。

突然、ぽっと火が出現した。小さな灯火はあっという間に火の海となり、香燐の眼前で激しく燃え盛る。映像のように、目まぐるしく展開する火災の情景。火事に見舞われているのは紛れも無く、自分が生まれ育った村だった。
〈 熱い熱い 焼ける 燃える 痛い 苦しい 助けて 嫌だ死にたくない 熱い熱い……… 〉
今にも消え入りそうだった微かな声が次第に大きく膨れ上がる。まるで耳元で囁かれているかのような錯覚に陥った。

実際に故郷の焼失場面を見てもいないのに、あたかもその場にいるかのような光景が香燐の眼の中に飛び込んでくる。炎に身を焼かれた誰かが助けを求めるように手を伸ばした。宙を彷徨い、そして力尽きたその一場面が、香燐の脳裏に色濃く焼きつく。
〈 熱い熱い 焼ける 燃える 痛い 苦しい 助けて 嫌だ死にたくない 熱い熱い……… 〉
「やめろ!!」
堪らず香燐は叫んだ。耳を塞ぎ瞑目した姿勢のまま、その場に蹲る。絶叫は闇の中で反響し、彼女の身を包み込んだ。

香燐自身、故郷が戦火に捲き込まれたという知らせを聞いたに過ぎない。故に村の焼尽が確かに起きたのかも正直なところ解らない。だから今現在映し出される眼前の映像は、彼女自身が生んだ根拠の無い想像に他ならないのだ。
しかしながら闇は彼女の神経を執拗に責め立てる。奥底に仕舞い込んでいた心の傷を抉り出し、負い目を曝け出す。闇のチャクラに触発されたのか、じわじわと溢れ出す負の感情。




「しっかりしろ!」


何処からか、耳を聾するほどの檄が飛んできた。霞の如く朦朧としていた意識がその声で持ち直し、全身に圧し掛かっていた重圧が消え失せる。ハッと我に返り、香燐は瞳を瞬かせた。
視界がぼやける。だが視野に入るのは闇ではなく金だった。ふわりと翻るナルトの髪。
「だ、ダーリン……?」
ナルトが何時の間にか香燐の眼鏡を手に立っていた。彼の姿を輪郭でしか捉えられないのは、眼鏡越しではなかったからだと香燐は気づく。
焦点がずれて像がぼけて見える。しかしながらそのおかげで零尾の視線を外せたのだ。目が悪いという事が逆に幸いした。


香燐に眼鏡を手渡しながら、ナルトは己の不甲斐無さに臍を噛む。
【表蓮華】の後遺症により少々動けなかった彼は、神農による香燐の精神攻撃を許してしまった。零尾と目を合わせてしまい硬直する香燐を正気に戻すために、彼女の眼鏡を引っ手繰ったのである。
「落ち着け。アレは心の闇を歪曲し、誇大する。目を合わせるな」
耳に快いナルトの決然とした声は香燐の気を鎮める。同時に耳障りな嘲笑が彼女の耳朶に触れた。

「よもや小娘の心の闇を照らし出してしまうとは…」
如何にも残念そうに頭を振りながら、神農が言った。先ほど以上に深く黒ずんだ闇が彼の全身を覆っている。神農は香燐の心の隙につけ込み、彼女に零尾を憑依させたのである。


世に戦乱が溢れ、人の心に闇が蔓延りし時、復活する。心の闇を喰らい生まれ、無限に成長する闇の権化―――『零尾』。

怒り・憎しみ・恐怖…といった心の負を糧とする尾獣。どちらかというとサトリの一種に近い。ちょっとでも不安の種があれば、それを敏感に感じ取り、心を見透かす。そして負の思いを闇のチャクラに変える事で、実体化が可能となる。また闇のチャクラは術の威力を倍増させる事も出来るのだ。

メスに変化した影分身をナルト本人と思い込んでいた時分。香燐の首に手を伸ばした時、神農は彼女の瞳を覗き込んだ。その一瞬で、香燐が心の傷を負っていると零尾が知らせてきたのである。
故郷消失という凶報に上辺は納得しても、心が理解を拒むのは人間の自衛本能だ。故に一見なんでもないように装いつつも、内心香燐が不安を抱くのは仕方の無い事であろう。
だが神農はそこにつけ入り、彼女に零尾を憑依させた。

闇の化身である零尾はその身を無明の闇に変え、相手を閉じ込める。そして獲物がもっとも忌み嫌う幻を見せ、絶望の淵に陥れる事で闇のチャクラを育む。神農はまんまと香燐の心の闇を自分の力へ変換させていたのだ。


嬉しい誤算にせせら笑いながら、神農は石畳に広がる障害物を尽く踏み越える。つかつかと踵を返す彼の視線の先には巨大な椅子があった。
瓦解した床を物ともせず聳え立つ椅子。身が埋もれるほどだったそれは、今の神農にちょうどよい大きさであった。
「なるほど…。究極肉体を持つ者が座るべき大きさであったか……」
己の身に宿る凄まじい力に恍惚としながら、神農は腰を下ろす。ナルトの【表蓮華】により消費してしまったチャクラを、香燐のおかげで取り戻した彼は、気を持ち直したように高圧的な態度で告げた。

「まさに王たる者が座りし玉座」
優越感に浸りつつ、神農は二人を見下した。まるで跪けとばかりの佇まい。

神農に利用された香燐は益々顔を険しくさせた。だがここで一縷の憎悪の念でも抱けば、再び闇のチャクラにされてしまう事が目に見えているので、懸命に耐える。肩を震わせる香燐の顔をちらりと覗いてから、ナルトは神農に向き合った。



刹那、ゴトリという音が神農の耳に入る。


硬質な造りを誇る椅子の三分の一がごっそり無くなっていた。身を乗り出して神農が後ろを振り向けば、椅子の角ばった部分が断面を向けている。曲線を描いた切断面は、確かにこの硬い椅子のものである。神農の顔から一瞬血の気が引いた。
高々と聳え立っていた椅子の右上から左下にかけて。そこが見事な切り口を残して斜めにざっくりと斬り取られていた。

腰掛けている者には一切傷つけず、ナルトが鋼糸で斬り落としたのだ。

暫し瞠目していた神農が、やがて怒りで顔色を変える。椅子と共に自分を攻撃する事も可能だったはずなのに、そうしなかった。何時でも倒せるという余裕が感じられ、彼はナルトを睨んだ。青筋を立てた顳顬(こめかみ)がぴくぴくと動いている。

「……わしの玉座を傷つけた償い――その身で味わえ」

声に苛立ちを滲ませながら、神農は宣戦布告する。対してナルトはただ静かな眼差しを神農に据えていた。その瞳には何の感情も見当たらない。




――――――――闘いはまだ、序盤戦が終了したばかり。
 
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