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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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二十 王の都の砦

「やはり村一つ焼いた程度では、まだまだ起動には程遠いか…」

薄闇の中で男が静かに呟いた。
穏やかな面持ちに落ち着いた品格。傍目には善良な人間に見える一方、床を見下ろす男の眼差しは酷く冷酷なものだった。彼の足下で、黄金の円環が妖しげな輝きを放つ。

淡い翠緑の光が注ぐ大広間。緑玉でも敷き詰めているのかエメラルドグリーンの石畳には巨大な柱が迫り出している。柱に纏わりつく木の根もまた大きく、それでいて複雑に絡み合っていた。
広間の中央に我が物顔で鎮座する石柱は、威厳を誇る反面、どこか勿体ぶった重々しさを湛えている。
「我ら空の国を復興させるには、動力源となるチャクラを集めねばならん」
男は自らの同胞が長年掛けて拵えた砦を誇らしげに眺めた。

『王の都の砦』―――『アンコールバンティアン』と名付けられた要塞の中枢。その真上に位置する広大な部屋の四方には、放逐された大理石の山が高く積み上げられている。
無造作に男は腰を下ろす。座った椅子もまた例に洩れず、男の身が埋もれるほど巨大なモノであった。

「闇のチャクラをな……」









捩れて節くれ立った木の根が壁一面を覆い尽くしている。根と根の間にある蛍光灯は、施された紋様を主張するかのように、敷石の通路を照らしていた。

ジャングルの奥地に佇む割に、堅固な造りたる内部。文明が途絶えた遺跡のような外見に反し、内装はやけに近代的だ。
明らかに外敵を意識した設備に、無数に分岐する路。網目の如く巧妙に張り巡らされた構造はさながら迷宮を思わせる。
一見寂れた古代遺跡に足を踏み入れれば、侵入者はたちまち迷路に陥ってしまうだろう。

その通路を素早く、しかし慎重に駆け抜ける二つの影。
壁に沿って並ぶいくつかの扉には目もくれず、ただ真っ直ぐに進む。複雑きわまる迷路にいながら目的地を把握しているのか、彼らの足取りには迷いが無かった。

ふと、前方から響く足音を耳にし、歩みを止める。
こちらへ近づいてくる人の気配に、すぐさま二人は壁際の暗がりに身を潜めた。


「何事だ」
「どうやら子どもが一人忍び込んだようです」
「何をモタモタしている。さっさと捕らえんか!」
武器を身構えた忍び達が慌ただしく通路を駆けていく。忍びに似合わぬ荒々しい音を立てながら走る彼らの背中を、物陰から二人は見送った。遠ざかっていく足音に、一人が思わず不敵な笑みを浮かべる。
「あの方にご報告…」
「必要ないだろう。たかがガキ一匹……。早急に対処すれば問題ない」
武装した複数の忍び達が足早に立ち去る。通路を入り乱れて動き回る彼らの行く先は何れも同じだ。
各所で物々しく警備する忍び達。それをやり過ごした二人の内一人が、ほっと胸を撫で下ろす。

「囮役、一応やってんだな。あのギスギス野郎……」
眼鏡のブリッジを押し上げ、そう呟いた彼女は、傍にいる者の同意を得るため「なあ?」と肩越しに振り返った。だが声を掛けようとした相手の姿が見えず、慌てふためく。
「だ、ダーリン!?」
「しぃ~…ここだよ」
もはや呼び方の訂正を諦めたナルトが、ひょっこり顔を出した。彼の顔を視界に入れ安堵すると同時に、香燐は瞳を瞬かせる。

再びナルトの姿が忽然と消えたのだ。

壁の中から彼のチャクラを感じ取り、香燐は壁面を睨みつけた。先ほどの忍び達をやり過ごす際に身を隠した壁の右方。この部分だけ、止め処なく壁を覆っている木の根がぽっかり無かった。それを不審に思い、彼女は益々目を凝らす。
すると、よく見なければ気づかないだろう繋ぎ目がその壁だけに入っていた。
うっすらとした線の切れ目を指でなぞる。途端、壁が音も無く開き、人一人やっと通れるほどの入り口が現れた。ナルトは暗がりに身を寄せた時に偶然、隠し扉のようなモノを見つけたのだ。
壁と一体化している扉を恐る恐る潜る香燐。隠し扉の中に入った彼女の後ろで、入口が静かに閉まる。

香燐の視線の先に、書棚の前に佇むナルトの姿があった。





隠し扉の中はさながら図書室のようだった。

壁という壁一面に添え付けられている書棚。床に設置された大型書架。どちらも本や巻物がぎっしり詰められている。
狭い部屋を埋め尽くすように積まれた書物は、何れも均一した大きさや形ではない。しかしながらどれもかなりの年代物であるらしいと、読書に興味のない香燐の眼にも見て取れた。
書棚から巻物の一つを手に取ったナルトが、ぱらぱらと流し読みする。
「やはりアレは手許に置いてるか…」
苛立たしげに彼はそう吐き捨てた。そんなナルトの様子を珍しがりながら、香燐は書棚に手を伸ばす。
「なんだ、これ?」
ちらっと中身を覗く。そしてすぐさま彼女はパタンと本を閉じた。よく読まなかったが、どうも人体についての内容だったのは確かである。
「げげっ!ここにある奴ほとんどが、医療関係じゃねえか」
書棚を少々物色した香燐がうんざりした声を上げた。棚に並ぶ書物の大半の内容が、医療忍術に関して。今現在ナルトが目を通している資料も、人体にある点穴の位置についてだった。
「早く出ようぜ。こんなとこ」
香燐に促され、ナルトは本を棚に戻す。そしていくつか目星をつけた書物を最後に一瞥し、彼は香燐に続いて隠し扉から外へ出た。
再度閉じた入り口は、もはやただの壁と化している。この隠し扉の場所を忘れぬよう頭に位置を叩き込む。

そして武装した忍び達が向かった先とは別方向に、再び二人は駆け出した。










石壁に備え付けられた蛍光灯がぼんやり光る。淡い色合いの照明の中、白が一瞬掠めていった。

「どっちに行った!?」
「そこだ!捕らえろッ!!」

白き袖を翻して、故意に足音を立てて走る。武器を手に追い駆けて来る忍び達の眼前に、君麻呂はわざと躍り出た。忍び込んだ者が自分一人だと見せ掛けるために。

自分達の本拠地だからか、武装した忍び達は最小限の攻撃しか仕掛けてこない。しかしながら多勢に無勢。たった一人でなるべく多くの敵を引き付けるのは、骨が折れるに違いない。
それを承知で囮役を買って出た君麻呂は、今現在、複数の忍びに追い駆けられていた。通路を突っ切り、待ち伏せしていた相手の包囲網を破る。ナルトの言葉に従い、この遺跡を警備する忍び達の目を自身に向けさせるのが彼の第一目的だ。

風を切るように走る君麻呂の耳に、人の呻き声が微かに聞こえる。ハッと顔を上げた彼は、迫る追手を振り切って声のする方へ足を向けた。
猫の額ほどの狭い通路を走り抜ける。すると、朧げな翠緑色が君麻呂を迎えた。如何にも妖しい緑の光は、建物の最奥部、それも地下から放たれている。
石の階段を素早く駆け降りた君麻呂は、その奥にいる者達を目にすると、すぐさまナルトに報告した。









君麻呂のおかげで、人気が無い通路。要塞深部へと伸びる路までもが、呆れ果ててしまうほど無防備な有様だ。
香燐の案内で路地を走っていたナルトがふと目を細める。君麻呂からの連絡が【念華微笑(ねんげみしょう)の術】によって、彼の脳裏に伝わったのだ。

この【念華微笑の術】は、伝えたい事柄を音にせず念じる事で相手に伝えられる。中忍第一試験内にも用いた術である。
この術を使うには術を編み出したナルトの許可が必要。ナルト自身が媒介となっているため、万が一秘密裏に術で会話しようとしてもその内容は間にいる彼に筒抜けとなる。またチャクラ消費はほんの僅かで済み、傍目には瞑想に耽っているようにしか見えない。
ただし念じている間は無防備になってしまうため、戦闘中には多用できぬのが難点。故に、周囲に敵がいない、もしくはなんらかの結界術を張っている際に使うのが効率的だ。

君麻呂の緊急報告に、ナルトは考えをめぐらした。暫し思索に耽っていた彼は、前で走っていた香燐が急に足を止めた事で我に返る。
左側の壁際に身を寄せた彼女同様、右側の壁陰にナルトは隠れた。両脇壁の向こうは行き止まりで、突き当たりにある部屋の傍に見張りが二人立っている。

「ダーリン。メスのチャクラと同じチャクラがあそこから……」
とうとうメスに宿っていたチャクラの主を見つけた香燐。彼女が指し示す場所は、今正に警備の者達がいる部屋の中であった。
ナルトは【念華微笑の術】で君麻呂に指示を与える。君麻呂の了承を脳裏で得た彼は、次に「例の手で頼む」と香燐に囁いた。ナルトの意を酌み、頷きを返す香燐。
そして彼女はおもむろに印を結んだ。








警備に当たっている忍び二人は、突然人の気配を感じ、身を強張らせた。視界の端で何やら動いたような気がして、咄嗟に身構える。
自分達が警護している後ろの部屋には、彼ら空忍の国を復興せんとする指導者がいるのだ。
二人は無意識のうちに武器を前方の壁に向ける。そして「誰だ?」と、鋭く叫んだ。
しかし壁陰から現れた者を目にした途端、彼らは緊張を緩める。
「警備の交替で参りました」
自分達と同じ空忍の一人が笑みを浮かべながらこちらに歩いて来た。手許の武器を下ろしたものの、二人は眉を顰める。
「なに?」
「まだ交替の時間じゃないぞ」
不思議そうに瞳を瞬かせる警備の忍びを、「交替だ」と申し出た忍びはにこやかに見つめた。そして「いえいえ、お二人は休憩に入ってください」と笑顔で告げる。


その言葉が終わるや否や、真上から誰かが降りて来た。目にも留まらぬ速さで背後から放たれる手刀。
気づいた時には既に遅く、部屋を警備する空忍二人の意識は落ちていった。
「ゆっくり休めよ~」
翳む意識の片隅で、含み笑う少女の声を耳朶に残して。








一瞬の出来事だった。おそらく自分の身に何が起こったのかも理解出来ていないだろう。
もっとも実際に起きた事は至極単純。
空忍に変化した香燐が、部屋を警備する二人の注意を引きつけている間に、ナルトが天井に張り付く。そして音を立てずに、手刀一発で眠らせたのだ。遺跡に忍び込む前に打ち合わせていた事を実行したに過ぎない。
「流石、ダーリン」
「一時間ほどで起きるけどね」
変化を解いた香燐の熱っぽい視線に気づかずに、ナルトは気絶した二人を壁に寄り掛からせる。昏睡した空忍を見下ろしながら、彼は小さく呟いた。
「もっとも目覚めた時には、既に何もかもが終わってるだろうけど……」








闇のチャクラをどのようにして集めるか。
手の甲に顎を乗せて思案に暮れていた男は、ようやく違和感を覚えた。
喧騒が遠く離れた場所から聞こえてくる。部屋の外で警備しているはずの見張りに声を掛けるが、返事は一向に返ってこない。
(何かあったのか…?)
一度思索に耽ると周囲に気づかない彼は、この時初めて奇妙に思った。なにやら騒動でもあったのかやけに慌ただしい室外に、男は眉を顰める。

不意に彼は足下を見下ろした。部屋の真下――要塞の中枢にいるアレと連結している黄金の円環が妙な点滅を繰り返している。まるで何かを待ち望んでいるような……。
男はやにわに手を石柱に這わせた。なんらかの紋様を指で押すと、柱の一部が小さく開く。柱の壁に埋め込まれた蓋を開き、中から無線機を取り出した。

胸騒ぎがする。
杞憂であればいいが、と男が砦の監視室に問い合わせようとしたその瞬間―――――。


「こんにちは」


背後から声を掛けられ、男は弾かれたように激しく振り向いた。男の瞳に、見知らぬ子どもの姿が映る。人の良さそうな笑顔で佇む金髪の少年と、顔を強張らせ緊張している赤髪の少女。
(なんだ、このガキどもは……。見張りの奴らは何をやっている)
内心男は警備の忍び達に悪態を吐く。そして人好きのする笑みを浮かべ、紳士的に尋ねた。
「何か用かな?」
心中の不機嫌は全く表情に出さず、長年世間に認識させた善人の顔で問う。途端、男の頬を何かが掠った。

後方でカッ、と音が響く。頬を伝う血を拭いながら振り返ると、見覚えのある銀が刺さっていた。



「落し物を届けに」
「それはそれは……ご丁寧にどうも」




空気が凍える。
穏やかな物腰で礼を述べる男――神農。彼に負けず劣らず優しげに微笑む少年――ナルト。
笑面夜叉の二者が対峙した事で、一気に下がる室温。




石柱の壁に突き刺さっているメスが冷たい光を放っていた。
 
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