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Fate/InterlaceStory -剣製の魔術師-

作者:nayuta
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第四話 ー 最低限の覚悟 ー



 一辺が沈黙に包まれている。
 ――外を歩いている人達の足音が鮮明に聞き取れるくらいに、今士郎がいる一軒家は静寂に包まれていた。
 その場にいる誰もがこの上ない程の緊張感――だがそれは普段の士郎が身を置いてきたような戦場の物ではなく……そう、精神的に追いつめられたような、そんな微妙な空気が渦巻いていた。
 あの件を終えてから、働き先がほしい士郎のために忍はうってつけだと思った場所に彼を案内した。
  ――そこまでは良かった。
 ……その働き先が、士郎が別れもなしに出ていった高町の家だということを除けばだが。
 
「――恭也。これは…どういう事だ」

 何か切羽詰まったように睨んでくる士郎に恭也は何も答えない。
 内心では彼にすごく同情していたし、謝りたい衝動に駆られていた。 何故なら母の桃子が例えようもない笑顔を顔に浮かべているから。
 普通なら誰もが見惚れる笑顔が今は凄く怖い。
 恋人である忍がこういった混沌な状況を無意識に引き起こす女性であることを完全に失念していた。
 だからそんな視線から出来るだけ顔を逸らすことしか出来ない。

「――それでシロくん。どうしていなくなったのか説明してもらえるかしら?」

 表情とは反対に怒りを発している彼女に、士郎は諦めるしかなかった。
 静かに息を吐くと、何時ものような冷静な雰囲気に戻り二人に向き直る。

「どうもこうもない。君達を巻き込むわけにはいかなかった。…それだけだ」
「――それはシロくんが魔術師だから、ということ?」
「そうだ。厄介事は厄介事を誘う――この意味を知っているだろう?ましてやその厄介が魔術を扱う者ならば尚の事だからな」

 ――そう。
 士郎が幼少より切嗣から魔術の手解きを受けて以来、現在に至るまで彼は命の危機に晒されてきた。
 その中でも代表的なのが五次の聖杯戦争。
 士郎の魔術の本質――投影の異常性を見抜いていた切嗣は、意図的に彼には物質の強化と構造把握の魔術しか教えなかったのだ。
 そのために十代後半になっても士郎にはそういった初歩的な魔術しか使えなく、強さの面でも一般男性の誰よりも少し上であるくらいにしか過ぎなかった。
 ――そんな彼が聖杯戦争と呼ばれる魔術師達の殺し合いの場に巻き込まれたのだ。
 それからというもの士郎はNGO活動中での死徒との遭遇、自らの目的のために関係無い一般人を犠牲にする魔術師との戦闘、そして封印指定、自らの死徒化と……もう数えきれないくらいに命のやり取りの場に巻き込まれてきた。


 ――魔術を扱う危険性を理解するには十分だろう。
 
「――そうだな。その通りだ。俺と忍も裏に関わる者だが、これ迄にもそういったことは経験してきた。先日での件もそれを証明しているしな」

 自分が特殊な存在であればあるほど非日常に巻き込まれる。
 例え自身が何事にも関わらなく、平穏な日常を望んでいたとしてもだ。
 ――月村一族は吸血鬼であり、一般人ではない。だが基本的に人間に危害を加えることもなく、日常を望む温厚的な部類に入る。

 そんな彼女達でさえ、吸血鬼であるという事実だけで狙われてきたのだ。

 それをよく理解している恭也は深く溜め息を吐くが、困ったように口を開く。
 ――苦笑いを浮かべて。

「――というわけで…………諦めろ、士郎」
「――少しは母親に抗おうとはしないのか?」

 士郎の意志に通じるものがある恭也は全面的に賛同だったが、横目で桃子の笑顔を見てしまい諦めてしまったのだ。

「……そう。つまりシロくんは自分が厄介事を呼ぶ人だから関わらない方が良い――そう言っているのね?」
「そういうことになるな」
「――――なら問題ないわね。今日から翠屋でのアルバイト……頼むわねっ」
「何故そうなるっ!?」

 何度か頷いた後で、良い笑顔で先程までの話がなかったかのように押しきった彼女に士郎は堪らず絶叫した。
 ――同時に何故自分の知り合う女性にはこんな人ばかりしかいないのかとも。

「良いのよ。裏が裏を呼ぶのだったら夫や子供たちなんて全員が裏に関わってる人間なんだから。そこに一人増えるくらいなら問題ないわよ」

 士郎はその言葉に押し黙るしなかった。本当はといえば自身のそれは――恭也達の部類とは訳が違う――と心の底から否定したかったのだが、根本的には双方とも裏に関わる人間であるので否定出来なかったのだ。
 それでも険しい様子を隠さない士郎に対して桃子は優しく微笑みながら口を開いた。

「――シロくんが私達を守ってくれたら万事解決なんだから」
「……貴方は…君は今、魔術の危険性を本当に理解した上でそう言っているのか?」
「ええ。だけどその魔術を扱っているのがシロくんなら頼りになるくらいよ」

 その言葉にどれ程の救いがあったのかはこの場にいる誰にも分からないだろう。
微笑みを浮かべながらそう言った桃子を士郎は近くにいながら遠くに見え、そして張り詰めていた息を吐くと――承知した、とだけ伝えた。




 ーInterlude outー




 士郎の翠屋バイトの件を終え、恭也と忍はそこからそう遠く離れていない森林の中道を歩いていた。
 特にここに用があったわけでも、ただここに来たかったわけでもなく、あの話の後に士郎にここに来るようにとだけ伝えられたから訪れたにすぎない。
 
「――あれで良かったの?恭也」
「……良し悪しで言うなら、俺も士郎と同じで
反対だな。――まあ大丈夫だろう。会ってそれほどたってないが、士郎が母さんに危害を加えるような人間じゃないってことくらいは俺でも分かるからな」

 ――最もあの時の母さんに誰も逆らえないってことが大きいが。
そう遠くを見つめる恭也に忍は苦笑するが、奥に見える人影を見つけると急に静かになる。
恭也も同じで静かにそこで、瞳を閉じて佇む士郎に歩み寄っていった。

「――――来たか」
「ああ。こんな所に呼び込んで何の話なんだ?士郎」
「君達にとってなによりも大事な事だ。―――そう……この先避けては通れないかもしれない…な!」
「なっ!?」

 瞑想し、下げていた頭を上げた士郎は瞬時に干将莫耶を投影し恭也の隣にいる忍に肉薄する。
そのあまりに突然すぎる展開に忍は現状が理解できず、出来たのは隣で小太刀を抜刀した恭也だけだった。
 恭也は咄嗟に小太刀をふるい忍に迫る白の刃を受け止めた。

「どういうつもりだ!士郎ッ!!」
「どういう事だと?これは異なことを聞く。目の前に人に害成す吸血鬼がいるのだぞ。排除するのが当たり前ではないのか?――ああ。一般人の目を気にしているのなら安心しろ。簡易ではあるが認識阻害の結界を張らせてもらったからな」

 恭也の怒声に士郎は表情を一つも変えることなく、攻撃の手を緩めずに淡々と言葉を紡ぎ続ける。
 袈裟懸けに切り上げ、柄を逆手に握り直してそのままに振り下ろした士郎による莫耶の重さに恭也は苦悶しながらも怒りを発する。

「忍がそういった類いの吸血鬼で無いことはもうお前も知っているだろう!」
「確かにそうだ。今の所はな。――だがこの先は分からないだろう?」
「何を言って――」

 返された干将を一歩下がることによって躱し、鋼糸を投擲する。
士郎はそれを自分の周りに集まらないように、ある所は弾き、ある所は隙間を掻い潜る。
 あの鷹のような瞳には鋼糸の軌跡が全て見えているのではと思わせるほどの回避だ。

「分からないか?吸血鬼ならば…いや吸血鬼であるからこそ、何時しか吸血衝動に理性を支配される可能性があることを」
「――ッ!!?」

 衝撃で頭をぶん殴られたような感覚だった。
 当然だろう。そんなことなど今までに考えたことなどなく、もしあるとしても恋人にそのような日が来るかもしれないなんて考えたくもない。
 だが士郎の言っている事は間違ってはいなく、そしてこうした行動を起こしたことも納得できてしまう。

「――そしてもしそのような事態に陥った場合、君は忍を殺せるか?」
「ッ!?――そんな事出来るわけ無いだろっ!!」
「出来る出来ないじゃない!やらなくてはならないんだッ!!」

 ――瞬間。気づけば恭也は壁に叩きつけられていた。これまでのどれよりも今の士郎の斬撃は鋭く、恭也を吹き飛ばすまでに重かった。
 だがそんな事よりも恭也は呆然としていた。
自身が打ち負かされたことに対してでは無い。
普段から冷静で、昨日の戦闘においても冷徹に状況を処理したあの士郎が……感情を暴発させながら叫んだことに対してだ。

「何故最悪の場合を考えない!血に堕ちて…そして彼女を殺せるか殺せないか、躊躇してる暇なんてない!!迷っている間に自身の大切な人が数多の命を奪う事になるんだ!」

 恭也の側に駆け寄っていた忍はその言葉に思わず息を飲んだ。
――想像してしまったのだ。
 もし本当に自分が吸血衝動に敗退し、真の吸血鬼と成り果てた時、数多の人間から吸血し命を奪っているところを恭也が知ったらどんな表情をするのか……。

 ――それは悲しみ、絶望に他ならないだろう。

 その事に絶句しつつ、彼女は士郎の悲壮な叫びにまさかと見つめてしまう。

「――もしかして士郎君は……あるの?大切な人を」 

 その言葉に士郎は静かに顔を上げ、何かを思い出すように遠くを見つめる。

「……ああ。桜といって血は繋がってなくとも家族も同然の妹のような後輩がいた。元々広い一軒家に一人住んでた俺にとって、彼女が来ると家族が帰ってきたような…そんな悪くない感情を抱いたな」

 その当時の事を思い出しているのか、士郎は口元に笑みを浮かべる。
 しかしそれはすぐに消え去り、先ほどの…悲しみ、絶望にまみれた表情に戻った。

「――忍とは違って桜は吸血鬼じゃなかったけど、確かに人外だったんだ。人外とつくだけあって、桜は俺の知らないなかでその精神を抑え続け、人としての心を必死に守り抜いていたみたいだった。――だがそれも限界が来たみたいでな。訳あって海外に身を置いていた俺が日本に帰ってきたときには…彼女は既にその精神に堕ちていたんだッ!」

 士郎の贖罪ともとれるその慟哭に恭也と忍は表情を歪めた。
 特に忍は、その桜という少女がもう一つの心と長年に渡って苦痛とも呼べる戦いを続けていた事に思わず唇を噛む。
 今の自分にはさほど過激な吸血衝動はない。……だがその少女はどうだろうか。自身とは比べられない程の衝動と、何年にも渡って抗っていたのだ。
 
「俺には自分の目が信じられなかった。海外に出るまでっ、先輩――そう慕って俺を呼んでくれていた妹が…自身の見えるところで、数多の人を飲み込み喰らっている光景なんて。――ああ迷ったよ。今の恭也のように桜を殺さなければならないなんて!!……だが時間は残酷だ。俺が躊躇しているうちに桜は更に百、いや数百人以上の人を殺戮していたんだからな」

 相変わらず士郎からは感情と言えるものが表情から窺えない。…だが二人には、そんな彼の瞳の内に宿る光が泣いているように見えた。

「その時自分の甘さを悟ったよ。…俺が躊躇すればするほど最愛の家族が殺戮を続けていく。――それを見逃すのは余りにも自身の理想に反していた。……そう。だから俺は……この手で、桜を殺した」

 ――殺した。その一言に二人は呆然とした。
 何時しか自分達にもそのような日が来るのか。
そしてもしその日が来ると、恭也は忍を手にかけられるのか、と。
 同時に士郎は間違いなく見た目より遥かな時を生きていることに確信を持った。
そのような事など、見た目通りの年齢で耐えられるわけなどないからだ。
 ――一体彼は今までにどれほどの絶望を経験してきたのだろうか……。

「――別に俺は忍が吸血鬼であり、恭也がそれを良しとしてることに怒っているわけではない。俺も吸血鬼だし俺の恋人も吸血鬼だ。吸血衝動もそれなりに襲っている。問題なのは君達がその最悪の展開を片隅だけでも頭に入れていなかったということだ」

 もう話は終わりにしよう。
 そう切り上げると士郎は後ろに振り返り、その場から離れていく。
 その背中からは感じる気配は――孤独――その二文字だった。
途中でふと足を止めた士郎は振り返ると優しく微笑んだ。

「――済まない。俺としたことが熱くなっていたようだ。忍やすずかが伝承通りの吸血鬼に堕ちる事など俺は無いと思う。だが覚悟だけは持っていてくれ。もしその事態に陥り、恭也……君が躊躇するというなら――」




 ――――――その時は俺が代わって忍を殺す。


 如何なる理由にせよ数多の命が失う事態など俺には看過出来ないからな。


 それだけ言って、士郎は森林の闇の中へと遠ざかっていった。  
 

 
後書き
皆様お待たせしました。
それでは御読みください。 
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