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碁神

作者:Ardito
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食事会は和やかであるべきだと思います。

一口味見をして――うん、悪くない。
おっし、完成だ!

振り向くと、美鶴と山口先生が正座して待っている姿が目に入る。
椅子で足を組んで紅茶を啜る姿が似合いそうな美鶴だが、正座姿も堂に入っている。 流石は棋士だ。
それに対して、大きな身体を小さくしてちんまりと正座している山口先生の姿は言っては悪いが微笑ましい感じがする。
この二人がちゃぶ台挟んで向かい合ってる姿はシュールで何か面白いな。

「お待たせしました」

皿を持ってちゃぶ台に近づくと美鶴も山口先生も凄い勢いで振り返った。
ふ、二人とも笑顔だけど何か怖いぞ……そんなに腹減ってたのかな?

「良い香りですね」
「ナポリタンですか、幼い頃良く食べました。 懐かしいなぁ」

山口先生が料理を見て嬉しそうに笑った。

そう、俺が作ったのはナポリタンだ。
ただのナポリタンではなく、和風ナポリタンって感じの味付けだけどな。
簡単に作れて美味しいから俺は結構好きなんだけど、二人は気に入ってくれるだろうか?

「所詮男料理ですから、あまり期待しないでくださいよ」

念押しをしてハードルを下げつつ自分の分も用意して空いた座布団に座った。

「いやいや、香りからして美味しそうじゃないですか。 椎名先生が料理上手とは知りませんでした」
「そんなに心配せずともプロの料理人と比べるような真似はしませんよ」

端から期待などしていない……とも取れる美鶴の軽口が山口先生は気に入らなかったらしく、美鶴を咎めるように睨み、何故か美鶴まで冷めた視線で山口先生を見据える。
そんな山口先生に気にしてませんから大丈夫ですよ、という気持ちを込めて微笑みかけると山口先生の頬も緩み、ピリッとした空気も緩んだ。
やれやれ、さっきまで仲良く話してたと思ったのに……。

「それじゃあ冷める前に食べちゃいましょう。 時間も押してますし」
「そうですね」
「では……」

「「「いただきます」」」

俺が手を合わせると二人とも律儀に手を合わせて挨拶をしてくれた。
少し緊張しながら二人の様子を伺っていると、一口食べたとたん二人して動きを止め目を見開く。

「えーと……お味のほうはどうでしょう?」
「美味しいです!」

即答したのは山口先生だ。
美鶴は何度か租借し飲み込んでから口を開いた。

「変った味付けですね。 ちょっと和食っぽい風味があって……しかし、とても美味しいですよ」
「……そう言っていただけて安心しました。 今日はみ――先生が来る日でしたから、気合い入れていつもより良い素材買い込みましたからね! 隠し味に昆布茶が少量入っているんですよ。 俺、昆布茶苦手なんですけど、料理に使うと旨みが出て良いんです。 カレーに入れたときは大失敗でしたけど」

二人の口に合った様でほっとし、その安堵から少し饒舌になってしまった。
昆布茶、本当に便利なんだよな~。
和食には大体合うし、何でも和風の味付けにできる。
入れすぎると大惨事だけどな……。

それと、山口先生の前で美鶴のことは『先生』と呼ぶことにした。
『美鶴先生』じゃあ、何で下の名前で呼んでるのか疑問視されるかもしれないし、『香坂先生』とは出来る限り呼びたくない。 呼びざるを得ないと時は仕方ないけど。

俺が『先生』と美鶴を呼んだ瞬間、山口先生の顔が強張った気がしたけど、確認した時には朗らかな笑顔だったから気のせいだろう。

「――しかしこれほど料理が上手とは、椎名先生は良いお嫁さんになれますね」
「ぶっ」

山口先生が突然妙な冗談を言うものだから、思わず飲んでいた麦茶を吹きかけた。

「や、やめてくださいよ! 俺は可愛いお嫁さんが欲しいんです! ただでさえ女っ気無いんですから……女性との縁がさらに遠のく気がするのでそういう冗談はNGですよっ」
「椎名先生、女子生徒にモテるじゃないですか。 ……すぐ、良い人と巡り合えますよ」
「むしろ椎名先生に彼女が居ないことが不思議ですね。 良い人の一人や二人居そうなものですが」
「女子生徒はからかってるだけでしょう……。 というか良い人の一人や二人って先生……、まぁ先生はいかにもモテそうですしね、一人や二人いても普通なのかもしれませんね……ハハハ」

恋話になるとダークサイドが顔を覗かせる俺である。
山口先生がこの場にいなかったら美鶴の首を締め上げてガクガク揺さぶってたかもしれない。
そんな俺を見た美鶴は苦笑して肩を竦めた。

「物の例えという奴ですよ。 私も恋人なんて過去一度も居たことありません」
「え!」

美鶴も年齢=彼女居ない歴……だと……。
意外すぎる。
こんなにイケメンなのに、それでも彼女が出来ないなんて……。
俺は一抹の憐憫と仲間意識を感じ、自愛に満ちた生暖かい視線を美鶴に送った。

「先生に彼女が居ないなんて……世の女性は見る目がありませんね」
「いや……恋仲になりたいと言われたことは何度かありましたが、何せ幼い頃から碁一筋だったもので。 恋愛に興味も無いし、続くと思えなかったので全てお断りしてしまった結果ですよ」

前言撤回、やはり敵だ。

○ ● ○

そんな雑談をしているうちに皿が空になり、話もひと段落ついた。
「さて――」という言葉と共に美鶴が立ち上がり山口先生を見据えた。

「そろそろ私と椎名先生は対局の方に移ろうと思うのですが――」
「そうですね、あまり長居しても迷惑になりますし」

山口先生も笑って頷き、「よいしょ」と腰を上げた。
そんな山口先生を見送るため俺も一緒に立ち上がる。

「山口先生、今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ美味しい昼食をご馳走様でした――あの」

見送るためにいそいそと玄関に向かう俺を山口先生が呼び止める。

「もし、ご迷惑じゃなかったら、二人の打つところを見学していっても良いですか?」
「え……」
「実は私も囲碁というのを始めてみようかと思っていまして。 興味があるんですよ」

美鶴の眉がピクリと動き、目付きが剣呑になった。
言いたいことは分かったけど怖いからやめてくれ……。

「うーん……俺と先生の対局を見ても良く分からないと思いますし、暇になっちゃうと思いますよ」
「駄目、ですか?」
「済みませんが……負けるところ見られたくなくて。 囲碁なら今度教えますよ」

職場に碁を分かる人が居ないし、一番親しくしている山口先生が興味を持ってくれたことは嬉しいが、美鶴との対局は数時間に及ぶ可能性もあるし、山口先生が居たんじゃ集中できない。
一度集中しちゃうと、きっと山口先生の存在忘れ去っちゃうだろうからな……。
山口先生のことは好きだし、感謝してるし、申し訳ないと思うが、碁を打つ時は他の事を考えたくないのだ。

俺が引かないことを察したのか、山口先生は「仕方ないですね」と笑って帰り支度を始めた。

玄関のドアを開けて三人でアパートの廊下に出た。

「それでは、着替えは月曜日に帰しますから」
「ありがとうございます。 この服もその時お返ししますね」
「ええ――わざわざ洗濯していただかなくても構わないんですけれどね」
「そんなわけにはいきませんよ。 それじゃあ、お気をつけて」
「はい。 香坂先生も突然ご一緒してしまって済みませんでしたね」
「いえ」

車に乗って走り去っていく山口先生を見送り二人で家に戻った途端、美鶴が頭を軽く抑えて「ふぅ」とため息を付いた。
何となく苛立ちを含んでいるような気がして美鶴の顔色を窺う。

「えーと……こっちの事情に付き合わせちゃってごめんな? 約束の時間にも遅れたし――」
「いや、別にそれは構わないが――椎名」
「ん?」

美鶴は俺の目を射抜くように見据え、眉を顰めて強い口調で言った。

「あの山口とか言う男とは、縁を切ったほうが良い」 
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