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八条学園怪異譚

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第五十二話 商業科の屋上その七

 商業科の校舎に入る、するとその入口に。
 日下部がいた、丁度その商業科の後者に入るところだった。見ればもう海軍の冬の軍服になっていた。黒の詰襟のものに。
 その軍服姿の彼がだ、二人を見て言って来た。
「あの話を知ったか」
「はい、商業科の屋上ですね」
「あそこもですよね」
「そうだ、あの屋上はだ」
 そこはだ、どうした場所かというと。
「いるのだ」
「幽霊さんがですか」
「おられる場所なんですね」
「そうだ、学生服の少女のな」
「屋上で制服って」
「まさか」
 飛び降り自殺、二人はすぐにこの不吉な言葉を思い浮かべた。
「そういうのじゃないですよね」
「違いますよね」
「案ずるな、そういう話ではない」
 日下部の返答は二人を満足させるものだった。
「飛び降りやそうしたことはな」
「なかったんですね」
「そうなんですね」
「いつも通りだ」
「つまりもう亡くなられた卒業生の方がですね」
「学生時代を懐かしまれて」
「そうだ、その人がだ」
 屋上にいるというのだ。
「時々白いワンピースの時もある」
「何か典型的な少女の幽霊ですね」
「そのままですよね」
「そうだな、確かにな」
 日下部も二人に応える、そして。
 三人で校舎に入った、そしてだった。
 その校舎の中でだ、日下部は二人にこう言うのだった。
「彼女は実に幽霊らしい幽霊だ」
「何か微妙な言葉ですけれどね」
「幽霊らしい幽霊って」
「しかしだ、彼女は実際にだ」
「幽霊らしいんですね」
「そうした人なんですね」
「脚も見えていないことが多い」
 円山応挙からの伝統も守っているというのだ。
「とはいっても死霊ではない」
「ああ、生霊なんですか」
「そちらの方なんですか」
「まだ若い、二十代前半だ」
 その幽霊の人はというのだ。
「若い人だ」
「そうですか、それじゃあ」
「嫁姑とかお仕事とかで悩んで」
「それで昔を懐かしんで、ですよね」
「生霊になられてるんですよね」
「随分暗い所帯じみた話だな」
 二人の話を聞いてだ、日下部はその嫌な意味での生々しさに対して顔を曇らせながら言葉を返した、そのうえでこう言うのだった。
「現実的過ぎてな」
「けれど実際にありますからね、世の中」
「派遣切りとかありますよね」
「後育児疲れとか」
「最悪旦那さんの浮気とか」
「あと上司のセクハラとか」
「諸君等の話は時折生々し過ぎるな」
 日下部はその顔をさらに曇らせて言った。
「どうもな」
「そういう話じゃないんですね」
「違うんですか」
「違う」
 生憎、といった口調での返答だった。 
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