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この夏君と・・・・・・

作者:なっつん
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想いの芽吹き

 学校の門をくぐって気付いたことは、

「学校元どおりになってるな」

 ここであんな戦闘があったなんて誰も思いやしないだろうな。
 まだまだ分からないことだらけだが――

「ほんっと世界は広いな」

 俺はこの世をなんもない平凡なものだなんて思って生きてきたが、それは間違っていたんだ。
 本当はただ気付かなかっただけ。人には生きるテリトリーがあって、その人相応の場所があって、そこで流れに乗って時には逆らってみたりして、そうやって生活しているんだ。
 夏目はこの世界をつまらないなんて思ったこと無いんだろうな。
 って、なんでそこで夏目が出てくるんだよ俺の馬鹿。そりゃ夏目はつまらなくなんかないだろう。でもその代わりあいつの世界は死と隣り合わせなんだ。俺は刺激を求めていたけれど、それは危険を呼び込むことなんだ。
 俺はそれに気づいていなかった。
 駄目だ、どんどん暗くなっていく。

「らしくねーよ俺、しっかりしろ」
 
 自らを鼓舞して、歩き続ける。ところで……

「俺なんか忘れてる気がするんだよな……」





 昼休み、俺はちょっとやさぐれていた。
 その理由は、

「一位になれなかった気分はどうだった?」

 そう聞いてきたのは幼馴染の健太だ。

「最悪だね」

 今日は数学の小テストの日だった。普段だったらまともに勉強をしているから全く問題ないのだが夏目のことばかり考えている内にテストの存在を忘れていたのだ。 
 実はうちの数学の小テストはとても難しいもので満点なんてそう簡単にはとれない。けれど俺は毎回毎回クラスで一人だけの満点をとっていた。

「まあ今回も満点は一人出たわけだけど。ねえカナタ、あの転入生どう思うよ」
「ほんとあいつ、いつ勉強してんだよ……。あいつが満点? あいつそんな頭良かったのかよ……」

 クラスで一人だけ満点だったのは夏目。クラスの奴らに尊敬のまなざしで見られていた。

「その地位は俺のものなはずなのに!」
「まあクラスの王様カナタが転入生に負けるなんてカッコ付かないよねえ」

 健太は俺を茶化す。
 どうでもいい話だが王様というのはクラスの男子に付けられたあだ名だ。
 なんでも顔がよく、成績優秀、運動能力抜群、性格に難無しの俺は完璧超人でうざったいらしい。
 顔がいいとは思わないんだけどなあ。まあそういうのは俺にはよくわからんからいいけど。
 とにかくその完璧超人である俺が転入生に負けたということでクラスは大騒ぎの状態だ。

「春香ちゃんって普段どんな感じで勉強してるの?」「雪村君に勝ったなんてすごいよ、それも満点だなんて!」
 
落ち着け俺、落ち着け、一回負けたぐらいじゃないか――

「やっぱ雪村と違って満点でも偉そうにしないところがいいよな~」「王様も陥落かな」「美少女に勝てる男はいないってことだよ!」

 俺に聞こえるようにあからさまにしてやったり顔をしている男子どもを見てもう……もう、殴っていいですか?
 そんな俺の殺気じみた感情に気づいたのかもしれない夏目がこちらに顔を向けた。そして――――そしてドヤ顔しやがったっ!

「くっそ、夏目えぇぇ、次こそはギャフンといわせてやるっ!!」
「カナタ、それ悪役のセリフだからね? それにギャフンとか死語だよ……くくっ」
「笑うな馬鹿っ」

 ああ、むしゃくしゃする。
 こんなことでむかつくようなところも王様とあだ名が付けられる理由の一つなのだろうか。

「結局カナタは何点だったのさ」

 突然そう聞かれた。そう言えば満点じゃなかったとしか言ってなかったな……。

「九十五点だ」
「へえ、一問ミスじゃないか。どこで間違ったんだよ」
「最後……」
「ああ、あれ難しかったよな、俺もわからなかったよ」

 違う……本当なら解けた筈だ。ただ時間が足りなかった、いやそれも正確には違うか。
 俺は今回事前に勉強していなかったから、問題自体を解くことは出来たが時間がかかった。それでも、最後の問題に辿り着いた時全力で解いていたら間に合うはずだった。

 ――なんで夏目のことが頭から離れないんだ!

 そう、あの時俺はテスト中なのにもかかわらず夏目のことを考えてしまったのだ。気づいたらテストは終わってしまっていた。
 ああ、馬鹿馬鹿馬鹿!!
 あの時頭の中にあったのはいくつかのビジョン。
 ――敵と対峙していた時の凛々しい少女の顔
 ――俺と契約するときの昂ぶった少女の顔
 ――契約の……キス
 そういえば契約の時は余裕が無くて気付かなかったけれど、

(あれって、俺の初めてのキス、だったんだよな)

 俺は意識せず自分の唇に触れた。

(夏目の唇柔らかかった……な)

 初めてのキスは血の味がした。
 鉄っぽい味だ。けれどその時俺はそんなことに気づいてはいなかった。
 余裕が無かったから。勿論そうだ。
 でも――
 本当にそれだけだったのか?
 今まで感じたことのない、胸の真ん中のあたりが芯から暖かくなるような……。

 駄目だ、これ以上考えたら駄目だ。
 俺は、クラスメートとして、夏目の契約者として、普通に接するだけ、そうそれだけだ。 
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